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松音斎(3)

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斗酒庵松の葉音のすゑに聴きゐる の巻2021.3~ 松音斎(3)

STEP3 埋め込まれた男

 胴体の接合補強,響き線の防錆,表板虫食いの補修,そして棹とのフィッティング。
 ここまで終われば,いよいよ裏板の再接着です。

 裏板にも一箇所,接ぎ目がスカスカになってる虫食い箇所がありますが,食害は浅いのでここは切り取らず,接ぎ目を桐塑で充填・整形し,接ぎなおして1枚にしておきます。

 で,せっかく一枚に戻した裏板ですが,このまま戻しても元通りにはなりませんので。(w)例によって,真ん中付近の接ぎ目から2枚に分割し,左右に広げて接着します。
 この分割するところにちょうどオリジナルラベルがあって,何とかハガしておきたかったんですが,前回同様破損が酷く,再利用可能な状態では救出できませんでした。

 ふむ……またラベルの贋作(w)が必要なようじゃな。

 板接着後一晩置いて,真ん中に開けたスキマを埋め込み,面を整形します。表板の時と違い,こちら面の作業時には胴体が箱になってしまってますので,埋め木を裏がわから整形したり調整したりすることができません。そのため,埋め木はやや薄く削り,きっちり奥までおさまるようにしてあります。そのぶんあとでスキマができちゃったりするのですが,そこは桐粉やオガクズを埋め込んで,ニカワで固めます。
 ついでに埋め木の表面を,軽くヤシャブシで染めて補彩しておきましょう。

 今回,表板はハガしませんでしたので,周縁の整形は裏板がわのみ。
 胴材に余計な傷がつかないよう,マスキングテープで保護してから周縁を削り落としました。

 箱に戻った胴体ですが,今回の虫害は程度は浅いものの数が多く。板の接ぎ目沿いのものなどはまとめて処理しましたが,そのほかにも,内桁や周縁の胴材接着部,またまったく関係のないようなところにもポツポツと存在しています。
 前回も書いたように,現状,楽器の強度に影響がなさそうなものや,きわめて軽度なものは無視するとしても,穴やヘコミになってるものや,薄い割れを生じさせているものなどは,見た目的にも無視できませんので,それらを一つ一つ埋め込んでは整形・補彩してゆく地味な作業がけっこう延々と続きます。

 で,その間に----
 糸巻でも削ったりしておきましょうかね。

 去年のちょうど今ごろ,修理がたてこんだので糸巻の素体(丸棒の四面を斜めに落としたもの)を20本近く作ってあったんですが。その後,なんやかんやで糸巻の支出が多く,道具箱漁ったら残り1本になってしまってました…さあ,今年も斬りまくるど!

 ----というわけで。
 とりあえずは月琴2面ぶん+予備2本で計10本。 いつもいつも言ってますが,庵主,この素体作りがキライなだけで,ここから糸巻を六角形に削り出す作業はキライじゃないんですよ?

 まっすぐ縦に挽き割るのより,横に垂直に挽き切るのより,この繊維に対して浅く斜めに挽くというのは,木を切る時にいちばん大変なのですよ。その作業を1本の糸巻につき6センチx4面,ぜんぶつなげると月琴1面で1メートル近い長さを挽くわけですからね。

 今回は10本やりましたから,庵主はこの苦行を2メートル以上やり遂げたわけです。ちょっと前に,今までやったぶんを計算しましたら,ちょっとした旅路の距離になってましたわ,はぁ………もっと褒めてよ!讃えてよ!甘やかしてよおぉ!!

 失礼----作業の疲れから少々錯乱いたしました。(老眼鏡をクイッ)

 松音斎の糸巻には六角三本溝のものと六角一溝の2つのタイプが確認されていますが,今回の楽器と同等レベルのものにはだいたい後者が付けられていたようです。
 六角一溝の糸巻は国産月琴では一般的ですが,松派あたりの糸巻は,関東の作家のものに比べると若干短く,握り尻の帽子の部分が浅くあまり突き出していないもののほうが多いようですね。
 さすがにいままでこの工作だけのために,東海道五十三次か汽笛一声で東京圏からいくつか先の駅までの距離ノコギリ挽いて到達しているだけあり。年々,糸巻製作の速度が上がっている庵主ではありますが。素体切り出しからだいたい足かけ三日ほどで,一面ぶん4本の加工が完了。

 松音斎は工作精度が高いので,ほかの作家のように糸孔の大きさがバラバラなんてことはなく,どこの孔を基準に作ったものでも,他の孔に挿してまったく問題なく噛合いますね。その調整が要らないぶん短縮されても,やっぱり三日ぐらいはかかっちゃうもんですが。

 できあがった糸巻は,スオウで染めてオハグロで黒染め,仕上げは亜麻仁油と柿渋です。
 今回はミョウバン媒染をせず,薄めたオハグロを重ね塗って鉄媒染。指板の色に近い赤紫から赤茶の紫檀風にしてみました。

 で,小物パート2。
 菊のニラミ(月琴の胴表左右についている飾り)のうち左がわに一部カケがあります。これも補修しておきましょう。

 よく 「そこまでやるかッ!」 みたいなこと言われますが,この手の作業,庵主の大好物なんですよ----ええもう,本体の修理なんかよりずっと。(www)

 欠けているのは,てっぺんに3枚広がっている葉っぱのうち左向きの1枚。
 この菊のデザインは清楽月琴でよく見るタイプのものですが,前に修理した初期の松音斎(下画像)のものに比べると多少簡略化されており,後裔と思われる松琴斎や松鶴斎の楽器に付いてるのとほぼ同じになってますね。

 そんなに長くない月琴の流行時期に二千,四千といった数を作ったらしい人なので,後のものほどこうした省力化によるコストダウンがなされていったようすが,ここらへんからもうかがえます。

 さて,作業はいつもどおり。

 欠けてないほうのニラミから欠けてる部分のカタチを写し,左右反転させてホオの薄板からおおまかに切り出します。
 つぎに,切り出した補材を欠けたところに接着。
 接着剤はエポキで,裏面に和紙を貼り,この紙ごと接着して薄い樹脂の支えを作ります。この部分は貼りつける時表面を軽く荒しておけばふつうに接着できますからね。

 小さなヤスリやペーパーを貼った当て木などで,ほかの部分とつながるように整形し,最後に彫り線などの細かなところをつなげます。

 よく磨いたら,作業で擦れちゃった部分といっしょにスオウで赤染め,ミョウバン媒染,オハグロで黒染め。
 周辺と色を合わせてゆきます。

 まあ,よーく見ると継ぎ目に線がうっすら見えてますが,こんなものでしょう!

 できあがったお飾り類は,ざっと全体を染め直して色合いをそろえ,軽く亜麻仁油をはたいておきます。色止めと木部の保護のためですね。
 人と接しないまま乾ききった薄板は割れやすくなってますので,油を染ませてしなやかさを取り戻させるわけです。ただ,この作業。油が乾く前に貼りつけると表板に油染みが広がっちゃいますので,組み立てるけっこう以前にやっとかなきゃなりません。

 「古楽器の修理者」としての庵主の修理の手の早さ(技術的な事ではない)はそこそこなものだと思っておりますが,切った貼ったのワザではイロイロと抜け道もアリ,けっこうな速度をあげられる庵主ではありますが。さすがに乾燥に24時間かかるものを数分で乾燥させたり,硬化に三日かかるものを何秒かで固めちゃうような,物理をちょーえつした魔法の力は持っておりませぬ。
 いいや----修行してこの厨二力(ちゅうにぢから)をあげてゆけばいづれは何とか!----とは思っておりますものの(w)
 今回は,なんやかんやコロナ禍による稼ぎ仕事とのタイミング的な関係で,うまく段取りが回らず……このあたりでちょっと余計に時間がかかっちゃってます,ほんと申し訳ない。

(つづく)


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