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松音斎(4)

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斗酒庵松の葉音のすゑに聴きゐる の巻2021.3~ 松音斎(終)

STEP4 遅れてきた男

 さて,依頼修理の松音斎。
 「観賞用の骨董品」として見た場合には,オリジナルの部分の保存が良く素晴らしく 「ウブい」 状態なので,修理などしないほうが,いッそよっぽど(骨董品的な)価値は高いのではありますが----

 「楽器として使用する」 ためには----誰も弾かぬままメンテもなく,数十年なり放置されてきたわけですから----どうしても修理・調整が必要になってきます。しかし,修理を施せば,せっかく百年以上保たれてきた貴重なオリジナルの部分が,大なり小なりかならず損なわれます。
 元の状態がヘタに良かっただけに,やるがわとしてはジレンマですな。(泣)

 たとえば,今回の修理の主要な作業のひとつが,表裏板の虫食いの処置。
 元の状態で表面上見えているのは,小さな孔とかうっすらとしたヒビ割れ程度でしかありません。個々の食害は程度も浅く,場所によっては放置しておいてもいいくらい大したことのない箇所もあるのですか,とにかく数が多い。

 食害自体は表面より板の内部で広がっているので,修理しようと思えばその部分を,ある程度の範囲でほじくるなり切り取るなりせにゃアカンのですが。数が多いだけに,ふつうにやってたんじゃ,板がたちまち切られ与三になっちゃいます。修理の範囲をなるべく最小限にとどめ,そこ以外をなるべく傷つけないよう作業はしたものの,修理すればするほど新しいキズが増えちゃうのは変わらない----ついでに作業のたび,古物愛好家のほうの庵主の繊細なハートにも,ズキズキとキズが増えてゆくわけですね(www)----イヤ,ほんと。むしろ原状が64号くらいボロけてたほうが 「ヒャッハー!やっちゃえ~ッ!」 でいけるので,気楽なんですが~。

 ほじくっては埋め,切り抜いてはハメる板の修理と並行し,棹の手入れもしておきます。

 全体に油切れしていたので,表面を清掃後,亜麻仁油で拭いてカルナバロウで磨き仕上げます。乾いてから指板部分だけラックニスを刷いてツヤ出ししました。
 最初に作った糸巻は,染めの最後のほうでしくじり,修整しようとイロイロ足掻いたのですがけっきょくダメで,4本1セット削り直しとなりました。
 ----うん,こんどは大丈夫。美しく真っ黒に染まったし,ハガれてもきません。

 つづいて桑材の胴側部分。接合部と内がわにはいろいろやりましたが,表面にさしたる損傷はないので,棹と同じく油拭き・ロウ仕上げ。油切れして白っぽくなっていたのが,桑材特有のチョコレートブラウンに戻りました。
 ふだんもやってることですが,今回は特に表裏の板がとてもピュアな状態ですので,ここで油染みとかつけようものなら台無しになりますゆえ。木口をしっかりマスキングし,胴をつかむための新品のきれいなウェスをもう一枚用意して慎重にやってゆきます。

 しっかり油を乾燥させたところで表裏の板を清掃。
 虫食いがあったのはともかく,板自体は新品みたいにまっ白ですんで,今回は「キレイにする」というよりは,修理で埋めた箇所や上物の除去で出来たにじみ痕を散らして目立たなくするほうがメインでしょうか。
 そもそも関東の石田不識や山形屋の楽器に比べると,松音斎の月琴の表裏板は染めが上品に薄いのです----

 今回の保存が良い中で,板だけがやたら虫に食われまくっていた原因の一つは,この原作者の染めがあまりに薄すぎた,ということがあるかもしれません。

 というのも,桐板というものはもともと「あく」の強い木で,これを漂白するために雪の上にさらしたり薬品で処理しておかないと,時間の経過とともに黒っぽくなってしまうのですが,逆に言うとその「あく」が含まれているおかげで苦く美味しくなく,虫が寄り付きにくいわけですね。そして桐板の「あく」も,染めに使われるヤシャブシも,主成分は同じ「タンニン」----お茶の渋みと同じ成分ですから,これを塗布するのには色付けのほか虫よけの意味合いも若干あるものと考えられます。

 清掃のついでに,うちで煮出したヤシャブシ汁を新たに垂らし,軽く染め直しておきます。今はあんまり分かりませんが,一年ぐらいすると色が上ってきて,前より少し濃い色になってくると思います。

 今回は小物の補作もほとんどなく,個人的にサミシイ(w)ので,「予備の蓮頭」を作ろうと思います。

 オリジナルの蓮頭も珍しく損傷のないほぼ十全な状態で残っておりますが,これは庵主が 「簡易蓮」 と呼んでいる,量産型の楽器によく付けられる飾りです。
 今回の楽器は確かに松音斎の量産数打ちの一本ではありますが,松音斎自体の腕が良いので,数打ちでもほかの作家の特注品ぐらいの品質はありますゆえ,その質にふさわしいお飾りを何か一つぐらい追加してあげたいものです。

 まあ蛇足の品ですので,気に入らなければ付け替えてもらって構わないということで,ちょっと遊びもしましょうか。(w)

 彫るのはコウモリ。


 庵主が最初に扱った松音斎の月琴には,コウモリの蓮頭がついてました。翼をひらめかせ口先に花をくわえたこの意匠は他の作家の楽器にも付いていますが,コウモリ自体のデザインは作家により微妙に違っているんですね。そこで,左画像の松音斎のコウモリを参考に,ちょっとだけデザインを変えて,ちょいとおめでたい中国語の洒落を,その口元に落とし込んでみましょう。

 オリジナルが花をくわえてるのに対し,庵主のコウモリがくわえているのはモモかスモモの実のついた枝です。

 中国語のコウモリが「遍福(へんふく=いいことだらけ)」に通じるというのは前にもたびたび書いてます,「桃」がザクロ・ブシュカンと合わせた「三多」というめでた尽くしの中で 「多寿(=多汁)」 という意味付けがなされている,というのも何度か触れましたね。(他ふたつは「多子」と「多福」)

 そこから,「コウモリが桃を持って飛んでくる」 という図は,「福」が「寿」を持ってくるという意味の 「福寿臨門」 という吉祥図になるんですね。さらにこの飾りは「蓮頭」と呼ばれており,月琴の丸い胴体につながっています。「コウモリと蓮と丸いもの」 の組み合わせはさらに,「福縁連至(コウモリ・円形・ハス) という別の吉祥図も呼び起こしますから,おめでた感マシマシですわ。

 あと,この部品には,糸倉を衝撃から守る車のバンパーみたいな役割があります。
 ここが先にぶつかって壊れたりはずれたりすることで,糸倉への損傷を回避するわけですね。今回は木地に樹脂を染ませて強化してありますのでこの部品,オリジナルよりさりげなく弾力があったりします。

 3月末にはじまり,出だしは好調だったものの,4月後半から稼ぎ仕事がコロナの影響で混乱,さらに糸巻の製作でしくじったり,月蝕の影響で庵主の左腕に封印されし暗黒邪龍がアレするなど……諸事情(w)ございまして,完成直前での足踏み状態が続いておりましたが----5月後半,ようやく組立てへと漕ぎ着けました。

 まずは半月と山口を取付けます。

 半月にもさしたる損傷はなかったので,染め直して表面を柿渋やニスで軽く固めた程度ですね。再計測して中心線を新たに出しましたが,ほぼオリジナルの位置----右にわずかにズレたくらいでしょうか。

 あらかじめ半月と山口を仮付して弦高のチェックをしたところ,オリジナルの山口で問題がないようでしたので,今回はこれをそのまま戻します。糸溝だけしっかり切り直しておきましょうね。
 国産月琴の作者の多くは,ここの糸溝の意味があまり分かってないのですね。本邦の弦楽器に 「複弦楽器」 というものがほとんどなかったのも原因でしょうが,ここの幅は弾き手の好みもかなり反映されるところなので,本来は購入者が自分の手に合わせて自分で切っていたようです。ただ,同じようにワカラナイで買っちゃってた人なんかは,溝も切らずツルツルの状態で使っていたりもしたようですね----弦が短いわりにはテンションもそれほど高くない楽器なので,ここで弦が糸溝にちゃんと噛んでいないと,糸をはじくたびに位置が動いたり調子が狂ったりするので,ただただ弾きにくいですよ。
 この松音斎のように「このへんだよ~」という目印ていどの浅い溝を切ってあるなどは,かなり親切なほうだったと思います。
 松音斎の目印は,外弦間14,内弦間 9.5ミリで,内外の幅はどちらのコースも同じでしたが,庵主は高音弦がわを糸の太さの半分くらい狭くしてあります。

 フレットは牛骨で。
 補作は棹上の3枚だけ。胴上の5枚はオリジナルのものがそのまま使えました。
 数打ち楽器のフレットは個々の楽器に合わせたワンオフでなく,同一規格でだーっと作ったようなモノが多いので,いつもですと低すぎて半月にゲタを調節したり作り直したりすることが多いのですが,今回はオリジナルのままでまったく問題ナシ----このあたりもさすが松音斎。
 フレットをオリジナルの位置で配置した場合の音階は以下。

開放
4C4D-24Eb+494F-74G-34A-215C+65D+45F+13
4G4A-24B-495C-115D-115E-215G-145A-66C+1

 おおおおお…第3音(第2フレットの音)がやや低すぎるくらいで,かなり整った音階になっています。
 清楽の音階では月琴の最低音を「ド」とした時「ミ」にあたるこの音が,西洋音階に比べて20~30%低くなるのが定石。低音域の第3音は多少低すぎますが,そのオクターブ上にあたる高音弦第5フレットの音がマイナス20ですので,おそらく原作者はちゃんと分かっているのではないかと考えられます。ほか各コースの5度上やオクターブもかなり正確に出てますし,ほとんどの楽器で合ってることの少ない最終フレット最高音(低音開放弦の2オクターブ上)もほぼピッタリ。
 電子チューナーなんかない時代ですからね。
 フレット痕やオリジナルの目印などから見て,このあたりに後補の修整はあまり入っていない様子。それでいてドレミ7音階の第3音をのぞくほとんどの音が,西洋音階A=440のほぼ10%あたりでおさまっているとなると,それはそれで異常事態です----西洋音階準拠に並べ直しても,第2・5フレットの位置がわずかにズレたくらいしか違いが出ません。
 次代を考えると「名工だから」というだけでは少々足りないですね……ピアノで合わせたとか,かなり正確な調子笛みたいなものがあったとか……ふむ,興味深い。

 あとはお飾り類を取付け,バチ布を貼り。最後に裏板に模刻のラベルを貼って----

 2021年5月25日……たいへんお待たせいたしました!
 松音斎,いよいよ修理完了です!!

 何度も書いてきたように,外見上はもともと「素晴らしくキレイ」な状態だったので,このくらいのサイズの画像だと,修理前後であまり変化が感じられないかもせん。近くば寄ってじっくり見ても,虫食い補修などで修理前よりいくらかキズが増えてるくらいですかね。

 補作した部品は上から蓮頭,糸巻,棹上のフレット3枚。あとは内桁を1枚交換しました。果てしない虫孔との格闘のほかは,再組立てと棹のフィッティングを鬼のように精密にしたあたりが苦労でしたかね。

 関東の楽器や鶴寿堂とかに比べると,棹がやや太めですが,グリップに違和感はなく,楽器の重量バランスも良いので,操作性は抜群です。
 第1~3フレットは例によりビビるギリギリの高さで調整してあるので,ほぼフェザータッチ状態ですが,オリジナルフレットの部分でも運指に対しての反応はなめらか,低音域<>高音域とどちらに指を滑らせても,ひっかかりはほとんどありません。

 音量はやや小さめですが,優しげな広がりのあるやわらかな音と長く繊細な余韻……うん,これこそ「月琴」という名前から日本人が想像(妄想?)した楽器の音----って感じですね。これをさらに突き詰めてゆくと,最終的には山形屋の楽器のような,ガラスの風鈴みたいな余韻になっていくんでしょうが,そのへんはまだやや荒削りで,唐物月琴の構造と音色もいくぶん残しており,「国産月琴の音」の基礎というか萌芽みたいな段階でもある気がします。

 もともとちゃんと修理・調整されていれば,松音斎の楽器の操作性や音色に文句の付けようがあろうはずもありません。
 なんせ国産月琴においては庵主の認める「名工」の一人ですからね----

 楽器は道具,壊れたらまた直します。
 まずはこのキレイな音を楽しみつつ,バリバリ弾いてやってください!

(おわり)


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