« 松音斎(4) | トップページ | 福州清音斎2(2) »

福州清音斎2(1)

POPE01_01.txt
斗酒庵に再会す の巻2021.5~ 清音斎(1)

STEP1 漢は黙って初志貫通!

 さて----

 音斎 が終わったと思ったら,こんどは 「音斎」 がやってきました。
 作者,一字違いで続いてますねえ。もしかすると次は 「清斎(山田縫三郎)」かな?

 日本の明清楽で「清音斎」というと渓派の流祖・鏑木渓菴の別号でもあり,彼自身楽器も自作する人だったので,ちょっと紛らわしいところもありますが,こちらの清音斎は天華斎や玉華斎と同じ,中国は福建省のメーカーさんです。
 だいぶん前になりますが,すでに一面,扱ったことがありますね。

 http://gekkinon.cocolog-nifty.com/moonlute/2011/12/post-dbfb.html

 前回の楽器(左)ではラベルの一部に損傷があったため文章の一部が分かりませんでした。今回の楽器のラベル(右)もそれほどキレイな状態ではありませんが,前回の楽器のと合わせることで,ほぼ10年ぶりにようやく,清音斎のラベルの店名以下の部分全文を解読することができました。ありがたや~。

  本号福省南関外/洋銀街坐西朝東
  開張七代老店造/文廟楽器各款各
  琴諸公賜顧者請/認三記長房不悞

*福省南関外洋銀街:福建省の省都福州は城郭内に最も古い町があり,そこから南の港方向へのびる道を中心に発展した。旧城南門(南関)から出て真ん中あたりで右に曲がって,天華斎のある茶亭街のいちばん西がわが「洋銀街」だったと思う。
*坐西朝東:風水的におめでたい立地。
*文廟楽器:福州では文廟音楽が盛んでありました。文廟は孔子廟,文廟楽器はその祭礼などで用いられる楽器のことですが,ここでは「高尚・上品な楽器」ていどの表現と考えたほうがよろしい。

 訳すなら 「弊店は福省南関外の洋銀街の好き地に店を構え七代続く老舗でございます。みやびな楽器を各種お値段色々取り揃えております。皆々様のご愛顧と永のおつきあいをお願い申し上げます。」 といったあたりでしょうか。「七代(or 八代)続く老舗」 という表現は同時代の天華斎・老天華なんかのラベルにも見えますが,いちばん古そうな天華斎にしたところで,このころまだ三代目くらいですからね。こういう広告文でのただの常套表現と考えたほうがよろし。

 見た感じ,春先にやった老天華同様,流行晩期の輸出用量産型月琴ってとこでしょうか。材質やお飾りの意匠が同じです。

 蓮頭が割れててっぺんのあたりがなくなっちゃってますね。
 裏に薄い板が貼られています。吹雪さんとこの玉華斎なんかでも最初同じようなことがされていましたが,これは蓮頭が落ちにくいようにする工夫で,前所有者の仕業です。このお飾りはだいたいかなりスカスカに透かし彫っているので接着面がせまく,ちょっとした衝撃ではずれちゃうことが多いのです。

 糸倉はアールが深く,蓮頭の接着面がほぼ正面を向いています。
 狸さんとこの天華斎(天華斎正字号=おそらく天華斎仁記)とか25号しまうー(これもおそらく天華斎仁記)などが同じ形式の糸倉になってました。晩期の唐物量産月琴によく見られたデザインだったのかもしれません。

 糸巻は3本ついてました。
 糸倉との噛合せも悪くなく,現状で使用上問題はなさそうですが----一般に唐物月琴の糸巻は溝の深い六角形で,ドライバーの握りみたいに角を丸めたものがほとんどなのですが,これは国産月琴と同様の,六角面取りのカタチになっています。上右画像の25号のような例もありますので,一概にないこととは言えませんが,オリジナルか後補かは多少迷うところですね。

 山口は材質から見てオリジナルのようですが…ずいぶん低く削られちゃってますね。高さ6ミリしかありません。フレットは象牙か骨か分かりませんが,これも低い----工作もテキトウですし,すべて後補のようです。ギターっぽく改造したかったのかな?
 フレットの丈に合わせたのか,凍石の柱間飾りの表面が削られて平らになってますね。このレベルの量産楽器では,輪郭だけ切り出したような板状の飾りが付けられることもあるってのは,前の老天華の時にも書いたと思いますが。表面がただ削ったまま,磨かれもせず白っぽくなってるあたりが不自然ですので,工作したのは後のニンゲン,山口を削ったりフレットまがいをへっつけたりした人だと思いますよ。
 胴左右のニラミはこないだの老天華と同じタイプのもの。獣頭唐草----おそらく龍を意匠化したものの一つと思われるお飾りです。胴中央に白くて丸い凍石の円形飾りがついてますね。ふちの部分の丸いくぼみは21個ありますがこれは意味不明,中央部分の透き彫りは 「楽」 の字をデザイン化したものじゃないかと思うんですがさて。

 小さめの半月。清楽の月琴の半月はもうすこしふっくらとしてますね。この頃になると現代月琴の横に長い半月に近いカタチにだんだんなっていってるのだと思います。糸孔はやや大きめです。糸を巻きつける上辺の部分に,糸擦れの痕跡がまったくと言って良いほど確認できないので,これは楽器としては,そんなに使用されてなかったんじゃないかなと思います。
 バチ皮になってるのは,たぶん三味線の皮です。

 楽器正面から見て,胴左がわの側板から地の側板にかけて大きく板が剥離しています。天の側板から右の側板のほうはほとんどハガれてませんから,側板自体か板のこっちがわに,何か不具合----反ったとか縮んだとか----があるのかもしれませんね。

 そして今回の楽器でいちばん興味深いところがコレです!

 そう,この楽器は棹が胴体を貫通しているんですね。

 清楽/明清楽の月琴,および響き線の入っている古いタイプの中国月琴の多くは,棹なかごが胴内の内桁のあたりで止まっており,こんなふうに胴体を貫通していることはありません。胴の下半分の空間には何もなく,響き線が自由に揺れて効果を発揮しやすくなっているわけです。

 現代中国月琴がこれと同様の構造になっているのは,弦を金属弦としたので,そのテンションに耐えるためだったと聞き及びますが,外国の博物館の所蔵楽器などから見ると,日本における清楽流行と同時期の輸出用でない(お飾りのない演奏用の)中国月琴にも,同様の貫通構造になっている例はふつうにあったようです。

 お江戸風俗百科事典『嬉遊笑覧』の作者・喜多村信節の 『筠庭雑考』 にある,お江戸のころに輸入された月琴の図(右)にも,この楽器と同じく,お尻のところに棹なかごの出っ張りがついてますので,明治の以前の日本にも清楽/明清楽の楽器として,このタイプの月琴がまったく入っていなかった,ということはなさそうですが。

 これと同じ棹貫通型の月琴は,現代中国月琴同様,響き線が入っていないことが多いんですね----なにせ棹なかごで胴内部が縦に二分されちゃいますから,空間的な制限が大きいので,効果の大きい長い曲線は入れれないでしょう。

 しかしながら今回の楽器。
 棹貫通型でありながら,振るとガランガラン…ちゃんと金属音がしますので。響き線,あるいはそれに類する構造が仕込まれているのは間違いありません。


 前修理者の蛮行の痕跡もあり,全体にかなり傷んでますから,分解修理は既定の路線なれども----さて,この楽器の内部はどうなっているのか?

 今からもう,見るのが楽しみでなりません。

(つづく)


« 松音斎(4) | トップページ | 福州清音斎2(2) »