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福州清音斎2(3)

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斗酒庵,清音斎と再会す の巻2021.5~ 清音斎(3)

STEP3 見慣れた景色に潜む日常

 棹なかごが胴体を貫通している----という,清楽月琴ではあまり見ない特徴から,トンデモな内部構造が期待された福州清音斎でしたが。
 裏板をあけてみるとそこには意外と見慣れた景色が………

 胴中央近くに内桁一枚,楽器(正面から見て)右肩に響き線の基部。線はそこから内桁の孔を通って,楽器下端の中央手前まで弧を描いて伸びています。

 通常と異なるところといえば,線のコースがやや胴側がわに寄っていることと,先端が丸めてあることぐらいでしょうか。
 響き線がぶッといですね。直径は1.2…いや1.5ミリくらいかな?
 一概に唐物月琴の響き線は国産月琴のそれに比べると太めで,前に手掛けた玉華斎がこれと同じくらいあったと思います。春先の老天華(量産型)なんかはもうちょっと細く,国産月琴に近かったですね。

 線が太いと,高音域での効きがやや薄くなりますが,長い弧線にありがちな調整の難しさが多少軽減されます。線が細いほうが余韻に与えるエフェクトが大きいのですが,長くすればするほど,線自体の振れ幅の増大と自重によって器体に触れやすくなります。楽器内部のどこかに触れたとたん,エフェクトはなくなってしまいますからね。
 線が太ければ,多少長くても振れ幅の差異は小さいので調整は比較的ラクで済みます。

 先端を丸めてあるのはやはり,棹なかごにひっかからないようにするためでしょうかね。いくつかの楽器ではここを同様に加工し,先端の重さを増すことで楽器の振動に対する振れを大きくする目的があったようですがこれは……いやいや,考えすぎでしょうねえ。繊細な鋼線ならともかく,ここまでぶッ太い頑丈そうな線だと,こういう加工にしてもあまり変わらん気がします。

 全体に,それほどではないもののけっこうサビが浮いています。
 特に基部付近が真っ赤でガサガサになっちゃってますね。やはり線が太いので,このていどならたぶん大丈夫だとは思いますが……

 内桁も----太いというかぶ厚いというか…15ミリもありますね。ふつうは厚くても1センチくらいでしょうか。桐製のようで,天華斎や老天華のように側板に溝を切ってのはめ込みではなく,木口にニカワを塗って内壁に直接接着してあるだけですね。まあ,側板のほうは接着に難のある唐木ではなさそうですし,このくらい厚みがあればニカワによる接着だけでもじゅうぶんに強度は保てましょうか。

 楽器右がわに響き線を通す孔。前回の老天華と同じく木口から鋸を入れて木の葉型に挽き切っただけのものです。日本の職人さんだと両端に錐で孔を穿ち,挽き回しでキレイに貫くとこですが,このあたりは大陸風。ただ,この加工だと板の一端を真ん中から割っちゃってるのと同じなので強度的には少し問題があります。実際,孔のあるがわの端っこが,押すとブニブニ沈み込みます。(汗)柔らかい木なので,あんまりいじると折れちゃいそうですね。

 中央にある棹なかごを通す孔は,幅39と,棹なかごの幅よりかなり大きめにあけられています。長いなかごを通しやすいよう,ひっかからないように,という配慮なのかもしれません。

 表面の棹口とお尻の孔は,だいたいなかごの寸法きっかりにあけられていますから,棹にかかる力はじゅうぶんに受け止められますし,グラつきも少ない。弦圧は分散されているので,53号のように棹口部分に力が集中し,天の側板が変形するような恐れはないわけですが。この中央部分が胴とちゃんとフィットしていないのは,音響的にはどうなのかな?----というあたりは気になります。

 剥がしたあとの接着面をキレイにしましょう。

 表板がわから剥離している,左側板と地の側板も取り外してしまいます。 取り外した側板の接着部にはセメダインやボンドがなすりつけられていました……いちおう,元のカタチに戻そうとはしたみたいですね。原作者がニカワを塗った上からやったので,ぜんぜんくっつかず,結局諦めたようですが。

 再組立てのとき支障とならないよう,古いニカワとともにできるだけこそげ取っておきます。裏板のウラがわも同様に。

 胴内にたまったホコリもはらい落とし,キレイになったところで。
 あらためて内部を計測,記録をしておきます。
 結果をまとめて描きこみ----今回のフィールドノート,完成です!

 たかが修理で,毎回なんでこんなメンドくさいことをやっとるのか----と,いうことを時々言われます。もちろん庵主は本業楽器の修理屋さんじゃなく,この楽器とその音楽周辺の研究屋なので,資料・記録として,という部分がメインではありますが。

 人間の目というものは,一度に立体物のただ一面を各個別に見ることしかできません。部分にとらわれると,その部分の全体での役割についての考察がなおざりにされがちです。
 こうして分かったことを「絵」というものにまとめることで,上下左右に表裏,個々の部分の関係性までが一度に見てとれるようになりますんで,損傷の原因や構造の理由,このあとの修理の方向性を考やすくなります。「マズい修理」 というものはとかくこうした下調べや準備をちゃんとやってない,いわゆる 「やッつけ仕事」 の結果であることが多いんですね。製作の場合はいくらでもつじつまが合わせられますが,修理の場合はあとで 「ああ,ここはこのためにこうなっていたのか…」 ということが分かっても,すでに手遅れの場合が多いのです。そういう事態を少しでも減らし,よりオリジナルに近い状態でないと,庵主にとっての楽器を修理することの目的である音やら音階やらのあたりのデータが不正確なものになりかねませんしね。

 剥離していた部分の接着面をキレイになったら,次は響き線のお手入れです。まず下に新聞紙を敷きつめ#400のSHINEXで表面のサビをこそげます。サビの粉----すなわち鉄分は,桐板に使われているヤシャブシと反応しやすく,黒ずみやシミの原因になっちゃったりしますので注意です。基部周辺と先端部分といった特にひどい箇所を中心に,ガサガサになってるサビがあらかた落ちたところで,次に木工ボンドを塗布。

 一晩置いて,付着したボンドを刃物とSHINEXで浮いたサビごとこそぎ,軽く磨いたら,下敷きをラップに替えてこんどは柿渋を塗ります。
 柿渋が鉄と反応し真っ黒になって乾いたら,キッチンタオルで拭い取り,それを2度ほどくりかえします。そして仕上げにラックニスを軽く刷いてできあがり。

 線が太くて頑丈なぶん,いつもよりガッっとやれますねえ。

(つづく)


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