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福州清音斎2(2)

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斗酒庵,清音斎と再会す の巻2021.5~ 清音斎(2)

STEP2 中2のころ,13日の楡街に "それ" はいた。

 見たい…はやくこの月琴のハラワタが見たいよぉぉお----

 と,いうわけで----
 日々刻々とつのる世界への破壊衝動を,右腕に巻いた聖骸布のホータイで封印しつつ調査・記録を続けております斗酒庵主人でございます。

 まずは前回の続き,この楽器の,清楽月琴としては目立った特徴である,長い棹なかごから。

 この棹なかごは,棹口から胴内を貫通して,楽器のお尻のところに1センチほどつきだしています。延長材は,松かヒノキのような針葉樹ですね。松よりは少し粘りがある気がします。

 棹基部の棹オモテがわに「九」の墨書があります。

 九番目に作った楽器なのか,大きさ的な「九号」の意味なのかはいまいち不明ですが,裏板の棹口のあたりにも蘇州碼字(中国南方で数字の代わりに使われていた符牒記号)で「9」にあたる「文」か「久」みたいな記号が見えますのでこれと同じなのかな。

 お尻のほうはかなり色が薄くなっちゃってますが,棹の楽器の外に出ている部分は唐木風に染められています。

 紫檀よりはタガヤサンに似せた感じかな,ちょっと目には分からないくらいかなり自然でいい色あいですね。棹基部とお尻の部分に残る染め痕から見て,庵主がいつもやってるのと同じスオウを主体とした染めのようです。そうやって基部辺りまで染めてあるため,棹の元の材質は判然としませんが,指板部分のフレット痕などから見える木地はかなり色が薄く,やや黄色っぽい感じ,木理からも考えて,おそらくは春先の老天華と同じく,ラワン材の類だと推測されます。

 これでようやく外面からの観察は終了……ゃっはーッ!!バラバラにして

 などと世紀末チンピラ風台詞を口遊みながら,まずは棹や表板上に接着されている物をはずしてゆきます。
 フレットや山口の状況から考えて,庵主より前に 「修理(?)」 を施したものが複数人いたのは確実なようですが……さて,どんなことになっているものやら。

 指板部分のお飾り等は比較的簡単にハガれました。
 除去痕を清掃すると,パリパリカサカサとした透明な膜がハガれてきます----たぶんセメダイン系の接着剤ですね。かなり劣化しているようですし,木工ボンドが主流となる前はセメダインばかり使ってた覚えがありますから,昭和40年代なかばごろとかの修理かな?

 蓮頭の接着はニカワでした。これはもっと古い時期の修理。
 間木のところがかなり虫に食われてますね。色から見てやはりラワン材系のようですが,この木はもともと虫害に弱いんですよ。
 胴上,左のニラミは木工ボンドによる再接着。これはまたセメダインのとは手が違うようです。右のほうは一部はじっこのほうにセメダインが付着していましたが,真ん中のあたりはニカワのままでした。端のほうが板から浮いてたのをへっつけようとしたのでしょう。

 ハイ,だいたい終わりました。

 セメダインやらボンドやら使われていたわりには,比較的スムーズに終わったと思います。というのも,再接着のほとんどがヨゴレの上からのものだったので,接着剤が木地にまで浸透しておらず,濡らすとヨゴレごと浮いてきたからですね。この点からも,前修理者が木工に関しては完全なシロウトだったというのが分かります。接着前に接着面をキレイにしておくのは木の仕事のキホン中のキホン----まあ,今回はそのおかげでラクできたわけですが(w)

 ただ一箇所,シャレにならなかったのが半月とバチ皮のところ。

 バチ皮の下半分から半月の底全面にかけて,これでもか!というくらい大量のセメダインが厚盛りされ,ガッチガチの層ができあがっていました。
 ちょうどデジカメの電池が切れてしまい,工程は撮影できなかったのですが。ここはもともと上物に覆われていたため,汚れのついてないウブな板表面が露出していたようです。そこに接着剤をどっちゃりやらかしやがったので,一部木地にまで滲みこんじゃっててもうタイヘン。全部キレイにこそげるのに,けっこうな時間がかかりました。

 とりあえずノロイの人形に錆びたマチ針を刺してジャブ神棚にお祀りします。ううう…コノウラミハラサデオクベキカ。

 半月のポケット部分から,こんなものがギターとかの弦のボールエンドの部分かと。前回書いたよう,この楽器の半月には糸を張った痕跡がほとんど見られないので,これも実際に張られたかどうかはちょっと分かりませんが,前修理者が金属弦を貼ろうと考えたのならば,テールピース…半月をガッチリ固定しようと,セメダインつゆだく大盛りにしやがったというのは理解できなくもありませんね。

 ちなみに,棹も胴体も唐木風の染めでしたし,この半月も同じように染め木だろう,と思ってたんですが----ハガしてみてびっくり!なんとここだけタガヤサンの無垢でありました。
 なんですか,量産型楽器なのに「一点豪華主義」みたいなものですかね?
 でもまあ,ここだけ唐木でしかも接着に難があることで有名なタガヤサンだったてのも,ここがセメダイン大盛りとなった原因のひとつだったかもですね。

 除去箇所をキレイにしたら,指板部分に指示線が浮かんできました。
 等間隔に近いこの4本の痕跡は----実際の音階としてに合ってるかどうかは分かりませんが----原作者のつけたもともとのフレット位置の指示だと思います。作業前は,後補のフレットやお飾りが貼りついてて,ぜんぜん分かりませんでしたね。

 胴左右のニラミは再接着でしたが,中心にあったこの凍石の円飾りの接着はオリジナルだったようです。円飾りの裏にはスオウ紙が接着されていて,石が板に直接触れないようになっていました。
 石と木を旧式な接着剤である「ニカワ」でくっつける----というのは,聞いた感じすぐハガレそうに思われるのですが,実際のところ,この手のお飾りの剥離には毎度苦労しています。接着面の整形が精密でちゃんと密着していれば,水分が滲みこまないだけむしろ石・木をハガすほうがタイヘンです----清音斎はこのあたり,後々のことまでしっかり考えてくれたのかな?扇飾りなどの透かし彫りの飾りの裏面に,赤いスオウ紙が貼られていた例は,唐物でも国産月琴でも時折見かけますが,石の装飾の場合,こういう紙一枚が貼ってあるだけで,メンテでハガさなきゃならない時,すごく楽になりますからね。

 今回の楽器は,表裏どちらのがわにもともに板の剥離が見られますし,側板の一部などすでに完全にはずれてぶらぶらしてますから,どこからバラすのも自由。

 いやホント…前回の松音斎のように,これがカミソリの刃も入らないくらい完璧でウブな状態のままだったりしますと,庵主のガラスのハートに罪悪感のチクチクと後悔懺悔のブレイクなヒビがいっぱい入っちゃって堪らないので,このくらいのが有難いです(^_^;)

 今回もやっぱり,後の諸作業上,比較的影響の少ない裏板がわからまいりましょう。

 そういや福州のほかの作家さんの楽器でもそうなんですが,ここの人たちはどうしてこの手の同じような板を,わざわざ選んで裏板に使うんでしょうね?

 こういう節のある板が,楽器の用材として「良い」と言えるとは到底思えませんし,この節目玉の上にかならずラベルを貼るのを習慣にしてる人もいたようなので,この手の板の使用は何らかの慣習・伝承上の理由に基づいているとは思うのですが,今のところ定かではありません。

 とまれ今回の楽器では裏板の中心にこの貴重なラベルがあり,その横には大きな節目玉がありますので,いつものようにど真ん中から割って2分割で再接着というワザが使えません。この真ん中部分を残して3分割とするのが次善の策ですが,そうなると小分けになるぶん,元の位置に戻す調整がタイヘンになるんですね。

 そのため板を剥がしてしまう前に,板中央部分のへりに数箇所小さな孔をあけておきます。

 裏板を3分割にした場合,位置の目安となるのはこの中央部分です。再接着の時もここが元の位置から寸分ズレないように,この小孔に竹の細棒を挿してガイドとするわけですね。接着後,孔は埋めてしまえばいい。

 ここまで準備して,いよいよ!

 裏板がわのすでに剥離している部分から刃物を入れ,詠唱しながら胴材の縁を一周させまあす----さあ,我が前に顕現せよ! 刻(とき)の闇に封ぜられし古代の叡智よ,失われし栄光よ! 月の臓腑(ぞうふ)をイケニエとし,滅びし理(コトワリ)もて現世(うつつよ)すべてを混沌へと引きずりもどせッ!

 -ぼぼーん!-

 …………

 なんか意外と 「ふつう」 じゃね?

(つづく)


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