福州清音斎2(7)
![]() STEP6 色づく人生の愉しみ 響き線の防錆と調整,内桁や側板の再接着,接合部の補強…そして棹の調整とフィッティングも(いちおう)終わり。「桶」の状態でやっておくことはもなくなりました。 いよいよ裏板を貼って,胴を「桶」から「箱」に戻しましょう! ![]() 裏板を剥がす前に開けておいたガイドの小孔が,ようやっと役に立つ時が来ましたね----ハイ,とはいえあちこち矯正した影響で,この孔を使ってもピッタリ戻らなくなっちゃっておりますが,目安のつけにくい円形の胴体ですから。大体の原位置が把握できるだけでも,再配置の合わせがずいぶんとラクになります。 ![]() ![]() もっとも変形の大きかった左側板がわをカバーするため,板のそちらがわの縁を少しだけ余らせたいので,オリジナルの接ぎ目から板を二枚に分割します。 ![]() ![]() 国産月琴ですと何枚もの小板を接いで一枚の板にしてますが,この楽器の板は大小2枚だけ。分けた小さいほうがちょうど余らせたいがわで良かったです。 まず大きいほうの板を,胴材となるべくピッタリ重なる位置で固定。いつもの板クランプで接着します。 圧し板が傾がないよう,小さいほうもいっしょにはさんでありますが,この時点ではまだ接着してません。 ![]() ![]() 一晩置いて具合を確認したら,少しだけ空間をあけて小さいほうを接着します。とはいうものの,今回必要なスキマは1ミリないくらいで良いので,いつものように埋め木ではなく,接ぎ目に少し桐塑を盛るやり方で接着します。 裏板がへっついたところで,また棹と胴のフィッティングをやり直し,細かいところの補修を数箇所。 まずは表板左端。ちょうど真ん中の縁が,ネズミに齧られて削れてます。ここはガタガタになってる鼠害痕を斜めに削り均し,古い桐板の補材をへっつけるだけですね。 ![]() ![]() 接着剤が固まったところで余分を切り落として整形します。 ![]() ![]() …ちょっと間に線がついちゃいましたか。ここは後でも一度補修しましょう。 ついでいつものように表裏板のハミ出た部分を整形。唐物量産楽器のこのあたりの工作は少し粗いので,もとからハミ出てた部分もあったりしますね。ついでに地の側板や左側板の,矯正して収まり切らなかったぶんなども少し均してしまいます。 ![]() ![]() さらに一補強。 一般的な国産月琴と唐物月琴の棹の基部,接合部分の工作は少し違っていて---- ![]() 国産月琴では棹茎の周縁をわずかに刳って,接合部周縁のほぼ全面が胴と接触するようになってますが,唐物月琴の棹茎は,幅が棹本体と同じであり,棹茎をはさんだ接合面の上下端だけが胴と接触しています----まあフィッティングの加工がかなり粗いため,そもそも胴にちゃんと密着している例が少ないのですが,本来,設定としてはそうなるようになっています。(w) 庵主はこの棹と胴体とのフィッティングを,それこそヘンタ…いえいささか偏執的にやっちゃってますので,修理した楽器では基本的に,この部分がちゃんと密着しているわけですが。唐物楽器の場合,この上のほうの接合部が表板の木口のところにかかっちゃうんですね。そうなると構造上,糸を張った時の力は,この柔らかい桐板の木口部分が集中して受け止めることになるわけで……そのため古物ではよく,ここが潰れたり変形したりしたせいで,棹が前にお辞儀しちゃってる例をけっこう見ます。 ということで,楽器を長もちさせるため,棹の触れる棹口周辺の板木口を強化しておきましょう。 ![]() まず,エタノですこし緩めたエポキを板木口に塗ります。あんまりドバっと塗るとシミになっちゃいますからね。小筆で少しづつです。 で,そこに桐塑で使う桐の微細な木粉をパラパラ…時間を置き,少し固りかけたところで,指でおさえてなじませます。完全に硬化したら表面を軽く均してできあがり。 ほかにもこの部分にだけ丈夫な材を埋め木するとか,突板を貼るといった手もありますが,金属弦を張ったりしない限り,月琴の弦圧はそんなにスゴイものじゃないので,この程度の補強でも十分に役立ちます。工作ラクですしね。(w) いくつかの小細工が終了したところで,表裏板の清掃に入ります。 ![]() ![]() 国産月琴の表裏板には,桐箪笥と同じようにヤシャブシと砥粉を混ぜたものを塗って染められていますが,唐物の場合は染液におそらくでんぷん糊の類と少量の油を混ぜたものが塗られているようです。濡らすと国産のものよりずっとベトベトしますね。 関西の松派や唐木屋の楽器の染めは極端に薄く,保存が良い器体だとこないだの松音斎のように真っ白ですが,唐物の染めはかなり濃く,片面ぬぐっただけで洗浄液も拭き布も真っ黒になります。 裏板のほうは,まず中央のラベルをクリアファイルのカバーで保護してから全体を清掃。カバーをはずしてラベルの縁ギリギリまで拭ってから,きれいな重曹液を別に用意し,これを含ませた脱脂綿をラベル全体にかぶせます。 数分置いたら布で軽く叩くようにして汚れを浮かせ,脱脂綿を交換して数度くりかえします。 ![]() ![]() オリジナルラベル,貴重ですからね。 ![]() おそらくもとはスオウかドラゴンブラッドで赤く染められていたものだったと思われます。すっかり褪せてしまっているので,さすがにそこまでは回復できませんが,字が読みにくいくらい真っ黒だったのが。下地部分の汚れが落ちたのでかなり分かるようにはなったと思います。 板の清掃が終わったら一晩乾かして,こんどは表裏板の木口・木端口をマスキングし,胴側にシーラーをかけ,磨きます。 ![]() ![]() ![]() 部分的に表面を削っちゃってるので,胴側の染め直しは既定なのですが,修理前の状況を考えると胴側を構成するこの木材は変形しやすいのかなーと思われましたので,染め液が木の内部にまで染みこまないよう手を打っておきます。 染みこまないようにするということは 「染まりが悪い」 ということでもありますが,そこは少しづつ塗っては乾かしの手数の多さで対処するとしましょう。 赤染めに三日----染まりの悪いところを小筆で集中的に染め重ね,全体をなるべく同じような色合いにしてゆきました。 それでも染まり切らなかったところと,補修で元の色が完全にハガれてしまったところを中心に,やや薄目に溶いた黒ベンガラを刷いて目隠しをしておき,ついでオハグロで全体を黒紫に染めてゆきます。 ![]() ![]() 胴側の変形等の再発など,不具合が発生しないか数日観察。 問題がなさそうだったので,亜麻仁油を二度ほど拭いて仕上げました。 (つづく)
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![]() STEP5 世界はスルピタのために,スルピタは世界のためにッ!! ゴムをかけ回し,位置を調整しながら,時折内がわから濡らして湿り気を足し,伸びた部分を矯正すること三日ばかり---- ひどいところで2ミリ近くもあった側板のハミ出しも,だいぶんおさまりました。 ![]() ![]() 板が縮んだせいで合わなくなっちゃってた内桁も端を削り直し,表板から剥離してた(楽器正面から見て)左がわの部分もバッチリ再接着されてます。 スキマがあってグラグラしていた右端は,桐板をはさみこんで止め,剥離していた裏板がわの木口面もニカワで付けなおしました。 ついでに裏板の再接着が容易になるよう,切ったってわずかに飛び出ていた桁の両端を,少し斜めに削り落としてあります。 側板を戻しましょう。 まあ,そのまま組んだだけだと,まだあさーく板からハミ出ちゃうところもありますので,そこらは両端の接合部を調整して,なるべく許容範囲におさまるように再接着しました。接合部が単純に木口同士をくっつけたタイプだったら削るにしても足すにしてももっとラクだったんですが,例によって見栄えだけの凸凹継ぎなもんで,調整が少しタイヘンでしたね。 ![]() ![]() Cクランプまみれで一晩。 クランプをはずしたら,側板にかけまわしたゴムはそのままで,内がわから接合部の補強をします。 上のほうで「見栄えだけ」と言ってるとおり,この接合部の工作は拙く。表面がわからちゃんと組み合わさって見えてるだけで,内がわはスカスカのスキマだらけだったりしてますので,そういうところは再接着の際,桐塑でスキマを埋め込んであります----遠慮なくベットリ盛られてますけどね,ここの桐塑には樹脂を滲ませていないので,濡らせばホレ,余分は布で簡単に拭きとれちゃいますのよ。 ![]() ![]() ![]() 思ったようなカタチになるまで,あるていど繰り返すことが出来る----桐塑の場合,パテのように硬化させる時にはさらに一手間必要ですが,「固める」と単に「詰め込む」工程の区別が出来るあたりは,木粉粘土と違って面白いですね。 それぞれの接合部内壁に合わせて桐板を加工し,ニカワで貼りつけます。 ![]() ![]() また一晩ほど置いて,接着の具合を確認したら,貼った補強板をできるだけ均等に薄く削りましょう。 ![]() ![]() まあこのあたりは日本人しょくにんこんじょう的感性なんで,なにやら音響的な意味を大事に考えたうえとかいうことはありません。効能的にはただの小板をぺッと貼りつけただけでも,そんなに違いはなかろうもんですがね。 胴体のカタチが「桶」に戻り,従前より安定した状態となったところで,棹のフィッティングに入ります---- 今回のはいつものと違って,棹茎が貫通してますからね。まずはふつうに挿してみて,あらためて現状どこがどうなっているのか調べてからにしましょう。 ![]() ![]() ![]() 表板の中心,円形飾りが付いてたあたりを基準とした時(月琴の表裏板は,内桁を中心とした浅いアーチトップ/ラウンドバックになっているので),棹の傾きは山口のところで背がわに約3ミリ----この点はこの楽器の設定としてほぼ理想値ですね。 棹口にもお尻の孔にもそこそこスキマはありますが,前後左右へのグラつきはほとんどありません。 ただこのぉ----内桁の孔がですね---- ![]() ![]() 見事にスカスカ。 棹茎と触れているのは裏板がわの面だけ,ほかの3方向には5ミリ近くのスキマがあります。 ここをこういう加工にすることについて,構造や音響の上で何らかの理由・利点があるものかどうか……二三日考えては見たのですが,まったく思いつけませんでした。(w) デメリットのほうはナンボでも思いつくんですけどね---- たとえば,これだと現状,棹は上下側板の棹口だけで支えられているのと同じわけで----つまりはこれに糸を張れば,ほぼこの長い棹だけが弓なりになって楽器の構造を支えるということになりますな。清楽月琴は弦圧がそれほど高くないので,短期的にはそれでも問題はないでしょうが,まあそのうち逆サバ折りで四散しちゃいそうですね。 そもそも共鳴胴の中心にこんな余計で不安定なスキマがあるということからは,ここで振動が止まったり,変なノイズの発生源になっちゃうだろうな~というようなことが容易に想像できるわけで……逆に何か,それによって特定の倍音とか,邪神を召喚するための特殊な音波を発生させるといった目的以外があったなら別ですが。 ええ,もちろん。 これを「楽器」として考えなければ,メリットはありますよね。 流行のモノをひとつでも多く,効率よく,安く作るため,胴体と棹を別個に製作し,組み合わせて完成させるという工程の簡略化は,産業革命が起きてなくたって誰でも容易に思いつきます。 ここですでに「箱」の状態になっている胴体に,別個に作った棹を挿した時,この内桁の孔が棹茎の寸法ギリギリだったら……孔のほうが修整できないだけに,ちょっとでもひっかかれば一発歩留まりになっちゃう可能性が高くなりますね。逆にこのくらいユルユルに加工しとけば,工作のバラつきがけっこうあっても,だいたいの棹は通るわけです。 まあ,いつものように。 「音」より経済的な理由のほうが優先されることの多い楽器ですんで,ケツロンとしてはたぶんこッちが真相だろうなあ----と。 現在,楽器は裏板のない「桶」の状態になってます。 製作時と同じように胴を先に完成させちゃった場合,内桁の孔は調整不能ですが,今ならナンボでも可能です。 ここを通る棹茎をここで受け止めてやれば,弦の張力の負担も分散されますし,音響的にもむしろメリットがあります。ケーケン的に言っても,この楽器の音のヨシアシは,胴体がどれだけ 「キッチリした箱になっているか」 で決まっちゃうんですからね。 ![]() ![]() ![]() 内桁の孔のスキマには桐板を刻んで接着します。 ![]() ![]() ![]() 胴上下の棹孔のスキマにはホワイトラワンの薄板を。以上,胴体がわのスペーサの接着はすべてエポキ。内桁のなんかハズれたら困りますからね。 一方,棹基部に貼りつけるほうはすべてニカワで。こちらは後でもけっこう調整しますんで。 ![]() ![]() ![]() 削ったり貼ったりで調整しつつ,棹の背がわへの傾きはそのままに,棹口には密着,指板部分と表板は面一に。抜き差しゆるぎなくスルピタを目指します。こちら大きなところはホワイトラワンの薄板,ブナの突板で微調整。 ![]() いくらやっても外見的にはあまり反映されることない,地味~な作業ではあるのですが。楽器の操作性や音に最も影響の大きな部分ですので,例によって三日ほどかけて,地味~に完成……あ,これで終わりじゃないんですよ。 胴体が箱になってからだって…何回も…何回だって…アタシとアナタが,ぴったりスルピタになるその日まで……再調整してゆきますからね。(ヤンデレ的に) (つづく)
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