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福州清音斎2(7)
POPE01_07.txt
2021.5~ 清音斎(終)
STEP7 福州洋頭街の梁山泊
1ヶ月半
…いいえ,けっきょく
2ヶ月近く
もかかっちゃいましたか。福州清音斎,修理も最終局面となりました。
清掃と染め直しの終わった胴体に棹を挿し,
半月を接着
します。
まずは位置決め。
原作者の目印は残ってますが,それを容易く信用するほど庵主のココロは純心ではありません
(ふッ…ヨゴれちまったのさァ…)
棹の指板部分に先端から数箇所,幅の中心になるところに印をつけ,それを目印に
中心線を胴体のほうへ伸ばしてゆき,
半月の上縁(真っ直ぐになってるところ)でそれと
垂直に交わる線
を設定----
うむ,上辺位置は原作者の指示線とほぼ重なりましたわ。
つづいて
指板の先端,
山口が乗っかる所に小さな孔を1つ。そこに
竹釘を挿して糸を渡し,
中心線と重なるようにしながら,半月のところまでひっぱります。「半月の中心」は全体の寸法の中心ではなく,
糸孔間の中心
になりますので,半月の上面にもマスキングテープを貼って,中心位置をしるしてあります。
この半月の中心を楽器の中心線と重ねて行って
……おお~,ここもオリジナルの指示線との差は1ミリほどです。
国産月琴でもちゃんと測ってみたら5ミリくらいズレてたりするもンなんですが----
さすが老舗,
きっちりすべきところはちゃんと仕事してますね。
半月の材は
接着難◎の唐木のじゃじゃ馬・タガヤサン
ですので,接着面をペーパーで荒し,筆で湿らせたうえ。クリアフォルダの上に置いてしばらく放置し,表面によーく水気を染ませておきます。
表板がわも筆でじゅぶんに濡らし,やや緩めに溶いたニカワを何度も塗っては拭いて染ませて,
固定中に位置がズレないよう,
板で囲んで接着します。
半月の補強と山口の補作は,もうずいぶん最初のほうでやっちゃってます。ほかの部品も胴や棹の補修と並行で作ってしまっているので,
あとはほとんど組み立てるだけ
ですね。
ではここでその他の部品の工程を----
蓮頭
は付いていたものを参考に,欠けた部分を想像で補って補作しました。
材は前々回の老天華でも使った
ホワイトラワン。
本器も棹や胴側は
同じ系統の材
が使われています。
ただ,この工房到着時に付いていたコウモリの蓮頭のデザインは
清音斎のほかの楽器に付いていた例
とかなり異なっているので,これが元々付いていた「オリジナル」なのかについては多少怪しいですね。
接着はたしかにニカワ
でしたので,取替えられたとしても最近ではないと思いますが…
相違点としましては,まず
全体のカタチ。
一般に国産月琴がやや
横長
なのに対し,唐物月琴の蓮頭は
縦横の寸法が同じくらい
になっています。これに対し本器のものは,推定される限り
やや縦幅が小さい。
国産月琴のもののほうに近いのですね。
次に
コウモリ自体のデザイン。
左の画像の左がわは,ほかの清音斎の楽器に付いてたコウモリ蓮頭ですが,上端中央の渦巻に接している
翼の先端が二股
になってますよね----本器のものはこれが1本しかありません。最初上のほうが折れたんだろうと思ってたんですが,破断面を見てみるとそういう部分が付いてた形跡はありませんでした。そもそも,左のほうを見て分かる通り,
渦巻に接しているのは
二股になってる上のほう。本器のものは
一本なのに接触しちゃってます
から違いは明白です。
あと
コウモリの顔
がね……
唐物の蓮頭のコウモリの目は
楕円形か円形
が多いですね。本器のような三角目のほうが
彫るのラク
なので,量産型なためそうなったのかな?----とは考えられますが。
ともあれ,彫り上げた蓮頭はスオウ染めオハグロ仕上げ,黒染を少しムラムラにして,棹の使用感と合わせてみました。
つづいて,
胴左右のニラミ
は庵主言うところの
獣頭唐草
----おそらくは
雲龍を簡略化
した意匠だと思われます。前々回の老天華と同じ類ですね。
右のお飾りに欠損
がありますんで補修しました。破断面を均し,補材を接着して整形します。
ちゃっちゃとな~庵主の好物系作業ですので楽しいです。
これが「龍」だとすると,この欠けてた部分はおそらく
尻尾の先端
と,
前足
のどちらか片方なんだと思いますよ。
全体に色が褪せ気味でしたので,スオウやオハグロで染め直しました。
通常,こういう左右対称のお飾りを作る時は,薄板を二枚接着し,だいたいのカタチに整形してから剥がして2枚にする,という技法が使われますが,本器の2枚は
重ねても全然合いません。
工作を見る限りどちらかが後補というような差異も見られませんでしたので,おそらくは量産目的の作業簡易化のため,同じ部品を
大量に作った中から適当に選ばれた2枚
なのでしょう。まあ重ねてみたりしない限り分からない程度の差異ではありますが。
柱飾り
は5つ残ってましたが,すべて前修理者による
ギター化魔改造
の一環で,表面が
平らに削られて
しまっていました。
5つのうち3つ
は,形状と周縁に残った彫りやいままでの経験から,元がどんなだったのかだいたい想像できるのですが,残りの2つはまったく分かりません。
今回は意匠が復元できそうな左の3つを彫り直して使い,後4つを補作して追加することにします。
篆刻もやってたんで工具は揃ってますが,凍石は石ながら普通の彫刻刀でも彫れちゃいますからね~。彫りあがったら,表面をコンパウンドで磨き,
裏に和紙
を貼っておきます----次のメンテの時,
はがすのがラク
になりますからね。
あと,前々回の老天華の記事でも触れたかと思うんですが,通常だと5・6フレット間にある
扇飾り
は,唐物の量産器の場合,ふつうの柱間飾りに置き換わって付いてないことがあります。
本器の場合,それっぽい痕跡が見えないでもないのですが,
本当に付いてたのか?
と言われると少し自信はないですね。
とまれ,無いと何か物足りない感じがするので,桐板で作っておきましょう。これもデザインは天華斎より流用。
さて,部品も揃ったところで,いよいよフレッティングです。
従前ではやたらと低い
骨か象牙製
と思われるフレットが付いてましたが,大きさも高さも滅茶苦茶なうえ,ボンドやセメダインで接着されてましたので,すべて
前修理者による後補部品
と考えられます。そもそも唐物月琴では,かなり高級な楽器でもフレットは
ふつうの竹板
のことが多いですね。
というわけで,今回のフレットもホームセンターで買える竹材を使います----例によって
いささか手間
は加えますがね。
山口を丈13ミリにしたので,1~3フレットまではやや高めですが,
4フレットからガクっと低くなって
最終フレットでは5ミリちょい。
庵主はそもそもフレットの丈をビビるぎりぎりに調整してますので,たいてい
オリジナルよりは高め
になりますが,それで
5ミリ
というのですから,唐物としてはかなり低いほうですね。
胴上の
各フレットの長さ
は,オリジナルの接着痕がほとんどあてにならず,分からないので,
53号天華斎のデータ
を参考にしています。一般に唐物月琴のフレットは国産月琴のものより幅の変化が小さいもので,一番長い
第6フレットでも5センチ
くらいです。
推定されるオリジナルのフレット位置で配置した時の音階は----
開放
1
2
3
4
5
6
7
8
4C
4D
-6
4E
b-4E
4F
#+12
4G
+19
4A
-4Bb
5C
-5C#
5D
+40
5F
-7
4G
4A
-7
4B
b-4B
5C
+34
5D
+14
5F
-48
5G
+38
5A
+34
6C
-25
フレットの原位置については,清掃した結果,
オリジナルの指示線や接着痕
がハッキリと分かるようになりましたのでほとんどはそれに従っています。清掃前は汚れと前修理者の接着剤のせいでほとんど分かりませんでしたからね。ただ
第5フレット
のところだけ指示線が不鮮明で,主に接着痕から推定しましたので,原位置なのか前修理者の何か貼りつけた位置なのか少し怪しいです。
モノが竹なので
切った削ったはたやすい
のですが,さすがに真っ白なままだと悪目立ちしちゃうので,
古色付け
をします。
どこのご家庭にもある
「月琴の搾り汁」
(表裏板清掃後の洗浄液を煮詰めたもの数面ぶんのをMIX)にヤシャブシ液を適量加え,ひと煮たちさせたものにドボン----数時間置いて引き揚げ,乾かしたら次にアルコールで少し薄めたラックニスにドボン----
数日乾かし,磨いて完成です。
いつもながら,ふつう
ただの白竹製フレットにかける手間ではありません。
また「古色」とはいうものの,これはあくまでも
「それッぽい色」
にしてるだけ。そもそも自然状態で竹がこんな色になってたら,たぶん竹肉の部分は風化してボロボロになっちゃってるだろうな~と思いますよ。まあ,偏屈職人の自己満自己満(www)。
フレットが仕上がったところで,西洋音階準拠で並べ直し,少し再調整して接着。
そのほかのお飾り類を付けて----
2021年7月13日。
福州洋頭街の楽器舗・清音斎の月琴,修理完了!
ひさびさに面白い構造の楽器だったので,
わっひょーい
と調査に身が入っちゃったのと,コロナ下での稼ぎ仕事との兼ね合いもあり,
いつもよりすこーし時間
がかかっちゃいましたが,なんとか夏の草刈り帰省前に間に合いました。
音はやっぱり
唐物月琴の音。
天華斎・老天華よりは玉華斎なんかに近いかな?
板がまだ完全に乾いてませんので本気の音ではありませんが,弦音に
太い響き線
が唸るような余韻をかぶせてきます。なかなかに迫力のある音……国産月琴の厨二病的な余韻ではなく,
健康的な「響き」
ですね。
「余韻」とは書きましたが,掛かりが少し早く,音尻よりは
アタック音のすぐ後から
効果が迫ってくる感じですね。音のヌケは少し悪く,余韻が短いぶん
一音がやや短い
のですが,板が乾いてきたら,このあたりにも多少の変化があることでしょう。
唐物にしては
長い棹
----4フレットまで棹上ということは,関東の渓派の楽器と同じで,全長が645。不識あたりよりは数センチ小さいものの,唐物月琴の平均よりは1~2センチほど大きい感じです。しかしながら,さして取り回しや楽器の重心に違和感はなく,バランスは良く
扱いやすい
ほうだと思います。お尻のところにポッチがあるので,
立てて弾く時は
膝の上で楽器が滑らないってのも利点ですね。
フレットの工作とスケールの関係で,
第2・3フレット間
がややせまくなっており,指がポジションに当らないとうまく音が出ない時があります。通常,指はフレットの少し手前におろし,フレットの頭には触れないようにしないと音がミュートしちゃうんですが,ここだけは弦を
3フレットの頭に斜めから押しつける
ようにしたほうがうまく音が伸びます。
このあたりは調整どうこうより,
楽器の癖
として慣れちゃったほうがラクですね----この点をのぞけば,操作性に関してさしたるアラはありません。
修理前と比べると現在表裏板がかなり白っぽくなってますが,
もともとの染めがかなり濃かった
ので,おそらく1~2年もすると色が上ってきて元の状態に近い色に戻るかと思います。
清音斎には庵主の扱ったこのラベルのあるものののほかに「祖廟清音斎」「祖伝清音斎正老舗二記」「福州清音三六代老字号」といったラベルの楽器が確認されています。最後のラベル(三六代)が「三代目」だとするなら,お店の始まったのは
天華斎とさほど違わない時期
じゃないかと思われますが,そのへん今のところほかに資料がないので何とも言えません。
今回の楽器は「二記」のラベルのものにほぼ同様の構造をした近似例があることなどから考え,初代ではなく二代目以降の作でありましょう。
日本で清楽が興り,流行し,急激に衰退してゆく間に,
大陸の月琴
は国産月琴とは違う方向に変化してゆきました。今回の楽器は輸出用で,棹やスケールには
日本の月琴の流行が取り入れられており,
同時期に「楽器として」当地で作られていた月琴とは,一部異なる工程をはさんで作られていたものと思われます。
流行が隆盛な時期だと輸出用の「特別品」として,現地仕様のものとはまったく違う工程で作られてたかもしれませんが,このころになるとおそらく,
部分的に同じ工程・同じ部品
が用いられるようになっていたのではないでしょうか。
日本人が大陸の月琴を真似て作ろうとした時に,
理解できない構造や加工
があったのと同じように,中国人も日本人が真似た自分たちの楽器を見た時に「なぜここをこうした?」「なぜここがこうなっている?」といった疑問はあったと思います。
日中両国人が純粋に「楽器としての」月琴を求めていた場合,そうした疑問は相互理解の種ともなり,やがて解消されていったでしょうが,この楽器の場合,売るほうも買うほうも,まあ
ほとんど良く分からない
状態でやっていたようです。そのためこの種の改変には,
どこか不安定でチグハグな感じ
のすることが多いですね。
音を奏でる道具でありながら,
「音楽」そのものとほとんど関係のない,
二つの国の
商売事情
のはざまで揺れ動いた結果と思われるそのカタチや構造に,いろいろと考えさせられることの多い,面白い修理でありました。
(おわり)
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