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福州清音斎2(6)

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斗酒庵,清音斎と再会す の巻2021.5~ 清音斎(6)

STEP6 色づく人生の愉しみ

 響き線の防錆と調整,内桁や側板の再接着,接合部の補強…そして棹の調整とフィッティングも(いちおう)終わり。「桶」の状態でやっておくことはもなくなりました。
 いよいよ裏板を貼って,胴を「桶」から「箱」に戻しましょう!

 裏板を剥がす前に開けておいたガイドの小孔が,ようやっと役に立つ時が来ましたね----ハイ,とはいえあちこち矯正した影響で,この孔を使ってもピッタリ戻らなくなっちゃっておりますが,目安のつけにくい円形の胴体ですから。大体の原位置が把握できるだけでも,再配置の合わせがずいぶんとラクになります。

 もっとも変形の大きかった左側板がわをカバーするため,板のそちらがわの縁を少しだけ余らせたいので,オリジナルの接ぎ目から板を二枚に分割します。

 国産月琴ですと何枚もの小板を接いで一枚の板にしてますが,この楽器の板は大小2枚だけ。分けた小さいほうがちょうど余らせたいがわで良かったです。
 まず大きいほうの板を,胴材となるべくピッタリ重なる位置で固定。いつもの板クランプで接着します。
 圧し板が傾がないよう,小さいほうもいっしょにはさんでありますが,この時点ではまだ接着してません。

 一晩置いて具合を確認したら,少しだけ空間をあけて小さいほうを接着します。とはいうものの,今回必要なスキマは1ミリないくらいで良いので,いつものように埋め木ではなく,接ぎ目に少し桐塑を盛るやり方で接着します。

 裏板がへっついたところで,また棹と胴のフィッティングをやり直し,細かいところの補修を数箇所。
 まずは表板左端。ちょうど真ん中の縁が,ネズミに齧られて削れてます。ここはガタガタになってる鼠害痕を斜めに削り均し,古い桐板の補材をへっつけるだけですね。

 接着剤が固まったところで余分を切り落として整形します。

 …ちょっと間に線がついちゃいましたか。ここは後でも一度補修しましょう。

 ついでいつものように表裏板のハミ出た部分を整形。唐物量産楽器のこのあたりの工作は少し粗いので,もとからハミ出てた部分もあったりしますね。ついでに地の側板や左側板の,矯正して収まり切らなかったぶんなども少し均してしまいます。

 さらに一補強。
 一般的な国産月琴と唐物月琴の棹の基部,接合部分の工作は少し違っていて----

 国産月琴では棹茎の周縁をわずかに刳って,接合部周縁のほぼ全面が胴と接触するようになってますが,唐物月琴の棹茎は,幅が棹本体と同じであり,棹茎をはさんだ接合面の上下端だけが胴と接触しています----まあフィッティングの加工がかなり粗いため,そもそも胴にちゃんと密着している例が少ないのですが,本来,設定としてはそうなるようになっています。(w)
 庵主はこの棹と胴体とのフィッティングを,それこそヘンタ…いえいささか偏執的にやっちゃってますので,修理した楽器では基本的に,この部分がちゃんと密着しているわけですが。唐物楽器の場合,この上のほうの接合部が表板の木口のところにかかっちゃうんですね。そうなると構造上,糸を張った時の力は,この柔らかい桐板の木口部分が集中して受け止めることになるわけで……そのため古物ではよく,ここが潰れたり変形したりしたせいで,棹が前にお辞儀しちゃってる例をけっこう見ます。
 ということで,楽器を長もちさせるため,棹の触れる棹口周辺の板木口を強化しておきましょう。

 まず,エタノですこし緩めたエポキを板木口に塗ります。あんまりドバっと塗るとシミになっちゃいますからね。小筆で少しづつです。
 で,そこに桐塑で使う桐の微細な木粉をパラパラ…時間を置き,少し固りかけたところで,指でおさえてなじませます。完全に硬化したら表面を軽く均してできあがり。
 ほかにもこの部分にだけ丈夫な材を埋め木するとか,突板を貼るといった手もありますが,金属弦を張ったりしない限り,月琴の弦圧はそんなにスゴイものじゃないので,この程度の補強でも十分に役立ちます。工作ラクですしね。(w)

 いくつかの小細工が終了したところで,表裏板の清掃に入ります。

 国産月琴の表裏板には,桐箪笥と同じようにヤシャブシと砥粉を混ぜたものを塗って染められていますが,唐物の場合は染液におそらくでんぷん糊の類と少量の油を混ぜたものが塗られているようです。濡らすと国産のものよりずっとベトベトしますね。
 関西の松派や唐木屋の楽器の染めは極端に薄く,保存が良い器体だとこないだの松音斎のように真っ白ですが,唐物の染めはかなり濃く,片面ぬぐっただけで洗浄液も拭き布も真っ黒になります。
 裏板のほうは,まず中央のラベルをクリアファイルのカバーで保護してから全体を清掃。カバーをはずしてラベルの縁ギリギリまで拭ってから,きれいな重曹液を別に用意し,これを含ませた脱脂綿をラベル全体にかぶせます。
 数分置いたら布で軽く叩くようにして汚れを浮かせ,脱脂綿を交換して数度くりかえします。

 オリジナルラベル,貴重ですからね。

 おそらくもとはスオウドラゴンブラッドで赤く染められていたものだったと思われます。すっかり褪せてしまっているので,さすがにそこまでは回復できませんが,字が読みにくいくらい真っ黒だったのが。下地部分の汚れが落ちたのでかなり分かるようにはなったと思います。

 板の清掃が終わったら一晩乾かして,こんどは表裏板の木口・木端口をマスキングし,胴側にシーラーをかけ,磨きます。

 部分的に表面を削っちゃってるので,胴側の染め直しは既定なのですが,修理前の状況を考えると胴側を構成するこの木材は変形しやすいのかなーと思われましたので,染め液が木の内部にまで染みこまないよう手を打っておきます。
 染みこまないようにするということは 「染まりが悪い」 ということでもありますが,そこは少しづつ塗っては乾かしの手数の多さで対処するとしましょう。
 赤染めに三日----染まりの悪いところを小筆で集中的に染め重ね,全体をなるべく同じような色合いにしてゆきました。
 それでも染まり切らなかったところと,補修で元の色が完全にハガれてしまったところを中心に,やや薄目に溶いた黒ベンガラを刷いて目隠しをしておき,ついでオハグロで全体を黒紫に染めてゆきます。

 胴側の変形等の再発など,不具合が発生しないか数日観察。
 問題がなさそうだったので,亜麻仁油を二度ほど拭いて仕上げました。

(つづく)


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