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福州南台太華斎2(4)

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斗酒庵 太華斎と再会 の巻2021.10~ 太華斎の月琴 (4)

STEP4 余った唐揚げで天丼

 ----余るンです。

 天地の板の中心を,裏板に引いた中心線に合わせて置き,両端を裏板の端に合わせますと。

----と。ご覧のように,天の板・地の板ともに,真ん中のあたりで裏板のふちが天地板の輪郭より外に出てしまいますね。
 いつもですと側板の変形を疑うところですが,今回は庵主,思いあたるところがあり,これは原作者の工作が原因ではないかと推測しております。その理由の一つがコレ----

 分解したときに,天地の板の下から出てきた指示線です。
 いや,ほんとだったら天地の板はこの内がわに接着されてるはずなんですよね。
 あらためて天地の板を合わせてみますと,外がわの輪郭がこのオリジナルの指示線とほぼ重なります。つまりは----本来この位置に取付けるはずだった部品が,ちゃんと取付けられてなかった,ということですわな。
 内桁が不自然にへにゃ曲がってたうえ,その状態で接着されていたこととか,胴全体が縦長になっていたことなども考え合わせますと,おそらくは,納期が迫ってたかなにかで,寸法の微妙に合わない部材を,無理やり変形させて組み立てた……んじゃないか,と。
 その状態で湿気の多いところにでも放置されていれば,木材もそれなりに諦めてそのカタチになってくれたでしょうが,百年以上,木としてはけっこう良い乾燥・保存状態で放置されたもので,こないだバラしたため解放されて,ほぼもとのカタチに戻ったんじゃないのか----つまり現状は「部材が変形した」のではなく「元来の姿に戻ってる」のでしょうね

 とりあえず,加工の悪かったせいで狂いの出てる右の側板以外は,組立て上問題ないと考えられます。
 再組立てに向かって,まずは表板を徹底的に補修いたしましょう!

 現状,まずは楽器正面から見て右端にあった節目が,板の剥離作業中にポロリしてます。
 あと,中央と左の小板の接ぎ目に沿って虫食い。
 左肩,ニラミのついてたとこの斜め上くらいに,比較的大きな虫孔があるほかは,表面上それほど問題なさそうに見えるのですが,この虫,かなり律義な性格だったらしく,孔のところから接ぎ目全体の5/6くらいまでをトンネル状にスカスカにし,さらに接ぎ目から右方向へ,最大2センチの範囲くらいまで,あちこち食べちゃってるようです。
 節目のほうはノリつけてぶッこみゃあスグに直りますが,まずはこの虫食いからですね。といっても,やることは棹や胴体と同じ。樹脂を注入して充填します。
 縦方向へまっすぐは,緩めに溶いた樹脂を入れて板を立てておけば,重力の関係で下へ下へと勝手に流れて埋まってくれるんで比較的充填しやすいのですが。横方向への食痕へは流れて行きにくいので。針の先などで虫食いのルートをたどっては,途中か終点附近に小さな孔を何箇所かあけ,そこから樹脂を足してやります。
 ほかの充填箇所とほぼ同時進行でしたが,これにも一週間くらいかかりました。なるほど,文化財の修理が時間かかるわけだ。

 虫食い箇所の補強が終わったところで,板ウラを整形します。
 板オモテなんて飾りです!楽器の良し悪しは板ウラで決まるんです!エラいヒトにはそれが分からんとですたい!----いやほんと。この楽器,ジ○ン軍整備兵A(九州出身)になっちゃうくらい,板ウラの処理があまりにもテキトウです。
 まずは内桁の貼りつく中心部と,側板の貼りつく周縁部分を中心に,接着部分のヘコミを埋め込み,段差を均し,てっていてきに平らにしてゆきます。

 表板の左肩部分にネズミが齧った痕があります。
 被害はそんなに大きくないのですが,これがまた,ちょうど胴接合部の真上にかかっているので,組立て前にはちゃんと修理しておかなきゃなりませんね。
 ガリガリとカジられてエグレた箇所をいちど平らに均し,そこに補材を接着。整形します。

 続いては下縁部,左右の板の接ぎ目の割れの補修。
 すでに述べたように,組立てがかなり無理無茶だったみたいなので,部材の収縮で割れちゃったんでしょうね。それでもこの程度で済んでるあたり,板接ぎの工作だけはそれなりに優秀。
 ごく薄い割れ目なので,カッターの刃を通してすこし広げてから,桐板を薄く削いだのを埋め込みます。

 最後にもう一度,板ウラ全体を擦って厚みをなるべく均等にします。上にも書いたように,板作りの加工工作自体がかなりテキトウだったようなので,鋸痕もそこここ残ったままでガサガサしてますし,場所によっては1ミリ以上も厚みが違ってましたからね。

 そしていよいよ天地の板----この楽器の背骨----を戻します。
 場所は最初に書いたように,新しい中心線に沿ったところ。こんどは原作者の引いた指示線の正しく内がわです。

 天地の板がついたところで,左右の側板を接着します。
 天地板を正位置で接着したため,縦方向に少し縮みましたからね。
 端を少し削って,はまるように調整しました。

 内桁もまだついてませんし,四方の接合部も接着されてませんが,バラバラだった楽器の胴体がこれで,とりあえず 「桶」 の状態にまで戻りました!

(つづく)


田島真斎(3)

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斗酒庵 田島真斎と邂逅す の巻2021.10~ 田島真斎 (3)

STEP3 あんしゅはさくらんしている。

 うーん…うーん………1d100で振っても振っても出目が。

 …(隠)ここにゃァむかし川橋さんってヒトが住んでなさってな。(与)カワハシさん。(隠)この川橋さんが,エロい!(与)エロいッ!(隠)で,近所の子供らがうちの前ェ通るたびに 「エロ川橋!エロ川橋!」 と囃したてたのが訛って「江戸川橋」。

 ………はッ!………夢か。

 あやうくギャグの暗黒面に飲み込まれてしまうところでした。
 この数日で,上のような小芝居を夢に見させられ,夜中に爆笑しながら突然目覚め,むせ返って悶絶すること数度。
 二面同時修理中の斗酒庵主人でございます。

 そして,現実は悪夢よりもツラいのでありますよとほほほほ。

 これでもかとばかりの大量のエポキシどろどろでネックが固定されていた田島真斎。
 さすがにここまでやられちゃいますと,これを無事に引っこ抜く方法はありませんので,まずは----

 ----ゴトリ。

 ………やっちまった。
 かァちゃん,オレ,とうとうやっちまったよ。


 おいらの手は月琴の返り血で真っ赤っかさ。

 というわけで,首ちょんぱした切断面にもエポキがこびりついてますのでこれをこそげ落し,棹孔が見えるように……うん,ここもみっちりエポキ。スキマもナニもありませんね。こりゃまあ,ほじくるしかしようがない。
 つぎに,棹のなかごの胴内部に入り込んでる部分を取り除こうと,これを棹孔の内がわと内桁の上面二箇所を切断したんですが----ビクとも動きません。
 両端たしかに切れてるのにね,ひっぱってもゆすっても,持ちあがりもしませんね。

 とりあえず天の板の棹孔のほうから棹茎をほじって,なんとかひっぺがしてみましたら,まあなんと大量に塗られたエポキが流れ,表板との間に溜まって固まり,棹なかごを表板にがっちりくっつけてておりましたとさ。

 hahaha…ヘイ,ジョージ,こいつァ何のジョークかな?

 答えのないジョージの脳天に俺の44マグナムを突きつけつつ,挽き回しなどを使って二箇所の棹孔をほじくり直します。

 さて,切り取った棹のほうは,表面に塗られていた茶色い塗料をこそげ落します。

 はじめのほうの回で書いたように,もともとこの棹には,田島真斎のオリジナルにしては加工が粗いため,後補部品である疑いがあったのですが,ここまでの作業でさらにそのアラがいろいろと増えまして。
 「疑い」はいまや「可能性」にまで到達しております。
 さらにその「可能性」が「確信」にまで変わった理由がコレ----

 (解説画像クリックで別窓拡大)
 国産月琴では左右の糸巻が,糸倉を中心にそれぞれわずかに楽器前面に向かって突き出すかたちで取付けられるのがふつうです。この傾きは上下方向にもあるもので,補作の棹を作る時など庵主はいつもこの3Dの穴あけ工作に悩まされるのですが,対してこの楽器,左右の軸がそれぞれ前後反対方向に向かって突き出しています。すなわち片方の糸巻は楽器前面,反対がわは背面に向かって突き出してるわけですね----いかにも使いにくそうだなあ。

 前も書いたとは思いますが。
 田島真斎,という作家さんは,いくらなんでもこんな阿呆な工作をする人ではありません。

 ここまでなんとかこの棹を修整して使おうと,あれこれやっていたんですが,この糸倉の工作でもって諦めがつきましたね。糸巻の角度自体は,軸孔をいちど埋めて開けなおす方法で修整は可能ですが,今回は糸倉自体がかなり細めに作られているのでそれもちょっと難しい。
 そこでこうすることに----

 工作があんまりな糸倉を切り取ってすげ換えます。
 前の糸倉も,全体のフォルムや軸孔の位置などはいちおうオリジナルを模していると思われますので,新しい糸倉は基本的にそれに準拠しましたが,真斎の他の楽器の画像や,形状の近しい石田不識の楽器の糸倉などを参考に,よりオリジナルに近い形状を目指します。
 あとは前修理者より工作精度をずっとあげてまいりましょう,おのれジョージ!(かなり色んなモノが見えています)

 で,糸倉に,問題の糸巻の孔をあけます。

 庵主は3D的な数学に弱くかつビビリですので,穴あけ作業は慎重に,段階を踏みます。まず下孔は2ミリくらいのビットで----このくらいなら全然修整利きますもんね。
 竹串などを挿して角度や傾きを確認したところで,長いドリルで下孔を通し,リーマーで広げ,最後は焼き棒でじゅわッっと焼き広げて仕上げます。
 真斎や不識の糸巻は先端が細く,糸倉の孔は太いほうで9~10ミリ,細いほうは7ミリくらいです。

 ヘイ,ジョージ!
 これがほんとうの糸巻の角度ってもんだぜ!

 糸倉の反対がわ,胴との接合部は,切断の際に数ミリ削れてしまいましたので,そのぶんも足せるような工作にしなきゃです。

 補材はマコレで作りました。
 この角ばったおしゃぶりみたいのを棹と合体させます。

 そして整形して,棹本体と一体化。
 胴の中に入る基部の部分も削り出します。
 ----田島真斎と石田不識の楽器では,棹は一木からの削り出しで,棹なかごの部分も一体であることが多く,前修理者の補作の棹も,不恰好ながらそうなっていたことから,オリジナルも一木作りだったとは思いますが,今回はふつうに棹基部に延長材を接ぐタイプの工作とします。
 前にも何度か書きましたが,この楽器における「一木作りの棹」というモノには「一木で作ったから音が良いはずだ」というロマンしかありません。工作として難易度が高いだけで,音質に特別な差異はないですね。のちのちのメンテや調整上の面倒が多いだけなので,ここは庵主,断固として変えさせてもらいます。
 春先の老天華同様,糸倉すげ換えの粗隠しを兼ね,指板部分には黒檀の薄板を貼りました。

 あとは実際に胴体に挿しこみながら取付角度を調整。
 延長材はふつう杉や松といった針葉樹材が多く使われますが,今回はサクラ材を選択----まあこの材質の違いにもあまり意味や効果はないんですけどね。もとが一木作りだったみたいなのでなんとなく。(w)

 これでようやく,ボンドで固められ,抜けなくなってた棹が,もともとの着脱可能な状態にもどりましたあ!!
 帰ってきたよ…ここがインスマスさ。

(つづく)


福州南台太華斎2(3)

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斗酒庵 太華斎と再会 の巻2021.10~ 太華斎の月琴 (3)

STEP3 からくれないに水くくるとは。

 さて,棹の上物は,蓮頭・山口・フレットに柱間の小飾り
 胴体と同じに水で濡らしてニカワをゆるめ,剥離してゆくのが定石ですが。今回はちょっとそういかない状況があります。

 それがこの棹本体の虫食い虫食い虫食い虫食い虫食い。

 胴体の虫食いは天の板数箇所と表板に一箇所と限定的ですし,剥離の際に濡らなきゃならないところと微妙にズレててくれたのであまり問題にしませんでしたが,棹の虫食いは棹本体のほかけっこう大事な糸倉やその根元のうなじのあたりにもあります。
 オモテに見えてる穴から細いハリガネなどさしこんで,ある程度の深さや方向は分かりますが,正直ハリガネの入らないその先で,どこがどれだけ食われてるのか,まったく想像もつかない。そのため,うかつにへんなとこ濡らしたら,思い切りイヤなところが 「くしゃ」 っと逝っちゃいかねません。

 なのでこちらは上物除去の前に,ちょっとくらい濡らしても「くしゃ」っとならないくらいに補強しておきましょう。

 文化財修理の映像なんかでよく見かける光景ですね。
 虫食い孔に樹脂をちゅーっと注入して固めます。
 なるべく奥までつめこみたいので,最初はゆるゆるに溶いたものから,すこしづつ時間を置いて何度も注入してゆきます。
 完全硬化を待ちながらの作業なので,これだけで1週間以上かかっちゃいましたね。
 作業前は薄皮一枚になってるけっこうヤバげな箇所もあったのですが,この補強でとりあえず,弦を張った時に「くしゃ」っと崩れたりパッキン折れたりまでしそうなところはなかったごようす。とりあえず,オリジナルの棹はこのまま使えそうです。

 んで胴体と同じく上物を除去。
 こちらも接着はオリジナルのまま,ニカワ。
 剥がしたところに新たな虫食いが発見されたり,蓮頭・間木や山口・第2フレットの接着部が,樹脂を流し込んだ虫孔とつながっていた関係で,ハガすときに少し苦労があったりもしましたが。
 これでこんどこそ完全分解完了~!
 ようやく本格的な修理作業に入れます。

 糸倉のてっぺん,蓮頭の下にある間木は,うちにきた段階で片方の接着がハガれ,ぷらぷらしていたんですが。上にも書いたとおり,糸倉の右端から入った虫にけっこう食われておりますんで,はずしたついでに,これは新しい木に交換しちゃおうと思います。
 改めて状態を確認してみますと。虫に食われてたがわはしっかり貼りついていたようですが,反対がわの面が当初からほとんどくっついていなかった模様。下地染めのスオウの赤の上から,後でスキマから入り込んだ黒染めの色が,まだらになってかかっています。黒染めの段階で,すでに赤いとこだけでなんとかへっついてたというわけですね。
 この接着不良の原因はかんたんで----

 糸倉左の内がわ,間木の接着部分がガタガタ。
 まあ,逆に----一時とはいえ,これでよくくっついていたものだと。(www)

 このまま間木を戻しても,またぱちゅんとハガれるのは目に見えてますので。ガタガタになっているところを中心に,軸孔の縁のカケ・エグレなんかを,唐木の木粉を練ったパテで埋めこみ,平らかに整形----もともとちょっと雑な工作で,かなり薄く削れちゃってましたので,補強も兼ねてます。そこにサクラ材で作った新しい間木を,オリジナルと同じくニカワで接着しました。接着面同士が密着してますので,こんどはそうたやすく剥がれますまい。

 蓮頭も修理しておきましょうか。
 庵主の得意分野です。
 外枠が欠けてるのと,てっぺんのあたりに割れと虫食いがあります。この虫食いと割れはどうも一つのもののようで,虫が食って弱くなったところが割れた,みたいな感じですね。まずはここを洗濯バサミで固定してから,虫食い孔から樹脂を注入し,充填接着してしまいます。

 折れたり割れたりしてた箇所がつながったところで,欠けてる部分に端材を刻んでハメこみ,接着。硬化後,補材を整形して彫り線をつなげたら,最後に縁の部分に鋸目をつけて完成。
 古い唐物月琴のお飾りは,縁にこういう鋸目が残ってるのが本当。コレ,一見,切り出したそのままのようですが,実際には整形した後で,あえて飾りとして付けてるもののようです。日本の職人さんは,こういう手抜きに見える工作にガマンならないみたいなので,もしこれがなかったら,楽器自体が唐物騙りの偽物か,その部品は後補品なんじゃないかとか疑ってください。
 あとは磨いて補彩するだけですね。

 胴体のほうは,側板と表裏板との接着面をキレイにします。

 板を並べてあれこれ組み合わせた結果,この向きこの順番がもっともピッタリ重なるので,おそらくはこんな感じで元の材料から切り出されたんだと思います。外に向いてるがわは,当然あとで整形したんでしょうが……ううむ,鋸ラインはかなりヨレヨレ,厚みもバラバラですね。
 何度も書いてるように,月琴の円形胴になるこの4枚の木材は,一枚の板をたわめたものではなく,円の1/4の部材を板や角材から切り出したもので構成されています。切り出す際には円の1/4弧の型紙なり定規なりが使われていたと思いますが,これを少しづつズラして指示線を描くので,たいていの側板は厚みが均一ではなく,真ん中が厚く両端が薄いカタチとなっているわけですね。

 天の側板と板との接着面にはかなりの虫食いがあります。
 一部は板オモテの虫孔とつながってるみたいですね。

 樹脂を充填する前に,板を振ったり軽く叩いたりしたら,あちこちの孔から木粉がこんなに出てきましたよ。
 側板表面の虫孔と表裏板の接着部の両方から,ここも一週間くらいかけて樹脂を注入してゆきました。


 右側板(楽器正面から見て。裏板方向からだと左。)の加工がかなり雑で,裏板がわの両端が極端に薄く,全体がわずかにねじれるように変形してしまっているようです。
 左側板(同右)のほうはこれと逆に,中央部分がエグレたように薄くなってしまっています。その薄いところに,内桁をハメこむ溝を彫ったものですから,溝の底が表面ギリギリ……うん,内桁のはまってない状態だとカンタンに折れちゃいそうですね。
 右側板のほうは修整が3Dに複雑なので,この段階でどうこうするより,実器合わせでやってゆくこととして。こちらはほかの作業中にパッキリ折れられてもこまるので,さきに補修しておきましょう。ギリギリな溝を一度埋め平らに整形。そこに中央部の厚み足しも兼ねて補強板をこんなふうに接着します。

 胴材の補修がある程度できたところで,表板に合わせてみます。

 板ウラに新しく中心線を引き,天地の側板の中心を合わせて配置します----あれ?なんか余るぞ。

(つづく)


2021年12月,月琴WS@亀戸のおしらせ。

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斗酒庵 WS告知 の巻2021年 月琴WS@亀戸!12月!!



 

 

*こくちというもの-月琴WS@亀戸 師走場所 のお知らせ-*



 本年も月琴WS@亀戸,大勢のご参加有難うございました!

 


 12月の清楽月琴ワ-クショップは,年末というにはちょっと早めの第3土曜日,18日の開催予定。


 会場は亀戸 EAT CAFE ANZU さん。

 いつものとおり,参加費は無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願いいたします。

 お昼下りのどんぶらこ開催。

 美味しい飲み物・ランチのついでに,月琴弾きにどうぞ~。

 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもお気軽にご参加ください!

 初心者,未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい,弾いてみたい方もぜひどうぞ。


 うちは基本,楽器はお触り自由。
 1曲弾けるようになっていってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可。

 


 弾いてみたい楽器(唐琵琶とか弦子とか阮咸とか)やりたい曲などありますればリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。相談事は早めの時間帯のほうが空いててGoodです。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。

  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)


 お店には41・49号2面の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!

 

 

田島真斎(2)

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斗酒庵 田島真斎と邂逅す の巻2021.10~ 田島真斎 (2)

STEP2 SAN値直月琴!

 さてさて…蓮頭の接着剤を見て,この後の展開が 「この先,呪われ島。」 と書かれた看板が海の中に突っ立っているのよりハッキリと見えてしまった斗酒庵主人です。「イヤな予感」はすでに「予感」を超えて現実になってしまっているようですが,作業を進めてゆきましょう。もうなるべくこのクソみたいな現実を見なかったことにしながら生きていきたいと願っています。そう,寧々さんのいる世界がボクの世界で,いまのボクは寧々さんのいる世界のボクが見ている夢の中のボクなんですあなかしこ。

 棹はいまだ勇者を待つ聖剣のように,胴にささったまま抜けませんが,とりあえずはこのままで分解作業へとまいりましょう。

 左右のニラミと中央の飾りは,オリジナルと思われるニカワ接着だったので,いつもの手順で比較的かんたんにハガれてきました。
 フレットと,この柱間にあった釣鐘型の凍石のお飾りの接着は……エポキですね。もう後補部品の接着は,ぜんぶエポキシだと考えたほうがイイようです。
 エポキシ接着剤は無駄に強力ですが,粘性が高いため,そのままだと木材へあまり浸透はせず,こうやって硬い層になって接着物との間に残ります。棹先の蓮頭の場合と違い,胴表裏の桐板はきわめて柔らかな木材ですので,水を含んで柔らかくすれば,接着されているものをエポキの層ごと引きはがすことが可能----とはいえ,表面に被害がまったく出ないわけではないので,あえてやってほしいようなことではありません。犯人は見つけしだいフンコロガシましょう。

 最後に残ったのが半月……力のかかる大事な場所だけに,ここがエポキ付けだったらどうしよう,と思ってたんですが,さいわいなことにここも,接着はオリジナルのままのニカワ付けでした。とはいえ上にへっついてた薔薇のお飾り,通称「ヴェルサイユ」はばっちりエポキ接着。半月は桐板と違って硬く水通しの悪い唐木なので,さらに一晩濡らし,なんとかこそげ落とすことに成功。そいでもやっぱり,ちょっとキズがついちゃいましたよ----うぉのれ「ヴェルサイユ」!

 表板の上物がぜんぶハガれました。
 数箇所,エポキがこびりついてましたが,さっきも書いたとおり,ほとんど木地に浸透しておらず,固まって層になっていただけなので,後の始末は基本的に,板上に残った接着剤をキレイにこそげるだけ。木目に滲みこんで固まっちゃう木瞬に比べるとまだマシとはいうものの,こういう楽器に,ひとつ間違えれば取返しのつかなくなるような接着剤を考えナシに使うという行為には怒りと嘆きとフンコロガシしか覚えません。

 一日二日乾燥させたところで,裏板をハガします。
 それバリバリバリッ!----うぉ,なんと剥がれるごとにバラけてゆきますヨ。もともと割れの入っていた箇所もあり,虫食いで接合の弱ってた箇所もありましたが,見事にほぼ小板単位完全バラバラになってしまいました。そういえばこの作家さん,木の加工は巧いんですが,唯一板接ぎがあんまりなんですよね。なのにこんなに何枚も何枚も接ぐから…無茶しやがって。

 さあ,いよいよ内部とご対面です!
 抜けない棹は,いったいどんなことに-----

 くぁwせdrftgyふじこlp

 と,地下奥深くの闇宮殿から響くがごとき,人間の声帯では発音不可能な怨嗟の波動が,四畳半一間の部屋から,ほぼ数十秒間にわたり,超新星爆発のパルサーのごとく,全世界全次元の全方位方向へと発せられました。自分じゃ見れないけど,思わず血涙ぐらい流れてたかもせん。

 テラテラですよテカテカですよ。

 どんだけ塗ったねん。なんてモンつッこんでくれてんねん。
 エポキシ接着剤の大盛り特盛,地獄盛り。
 輝いてますね,光ってますね,青春ですね,そりゃ抜けませんわな(www)

 思わず手に握りしめた五寸釘とトンカチと藁人形(エポキ樹脂入り)を下に置き,とりあえずはそのほかの内部構造の観察へとまいりましょうぐすん。

 内桁は2枚,材質はヒノキ。上下ほぼ正確にパラレルで,上桁には棹孔の左右に2つ,下桁には3つの木の葉型音孔が穿たれています。

 内桁の両端は上下とも,先端に向けわずかに厚みが削がれ,側板の溝にしっかりハメこまれています。

 板の左右両端,少し斜めになってるとこの真ん中へんに,ふつうの四ツ目錐であけたような小さな孔が一つづつありますが,何のための小孔でしょうね?----ちょっと分かりません。

 響き線は1本,やや細めでほぼ直線。
 前修理者がナニするまでの保存状態がよほど良かったのか,まったくサビは浮いてません。
 基部の木片は単純な立方体か台形になってるのが一般的ですが,この楽器のはちょっと面白い形に削られてますね。側面は角ばらないようなだらかに削られてるし,はめてある側板の溝にもわずかにテーバーがつけてあります,凝ってるなあ。
 直線の響き線の長所の一つは,弧線のに比べると調整がきわめて簡単で,基本つっこめばいいくらいなことなんですが,この楽器の線は細く反応が繊細なためか,直線にしてはかなり神経質に調整された痕が見受けられます。このあたりもさすがは真斎というべきか,現状でいつも庵主がやってるみたいに,楽器を演奏姿勢にしたときに最高のパフォーマンスが発揮できるような状態になってますね。


 側板はほぼ全面,内がわが波状に刳られています。おそらく三味線の綾彫りみたいな効果を狙ったものでしょうね。棹孔と四方の接合部の付近のみ,彫りがなく,やや平らに均してあります。材はサクラじゃないかと。

 前にも書いたように,月琴の側板の接合部をこんなふうに凸凹継ぎにするのは,楽器の構造や材取りから言うとほとんど益も意味もなく,ほぼ製作者の自己満的工作に過ぎないのですが,さすがは内国博覧会受賞者----厚みの差による段差は多少あるものの,部材同士の接合はほぼ完璧。裏から見てもほとんどスキマがありません。
 この工作,意味がないくせに技術的にはさりげなく高度な腕前を必要とされるので,そこらの作家さんの場合は,表面キレイに仕上がってても,裏がわから見るとスカスカでちゃんと「接ぎ」になってないことがほとんどなんですよ。これにはお見事,と言うしかない。

 総じて基本的な構造は石田不識の楽器と同じなんですが,どこも加工がやりすぎってくらい丁寧ですね。

(つづく)


福州南台太華斎2(2)

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斗酒庵 太華斎と再会 の巻2021.10~ 太華斎の月琴 (2)

STEP2 唐揚げとザンギは違うモノ。

 前回で,外面からの計測・調査がだいたい終わったので,今回はいつもどおりにバラしながら,内部構造のほうへと進めてゆきましょう。

 フレット,お飾り類のほか,バチ皮と半月の痕にも糊がこびりついてますので,お湯を刷き,濡れた脱脂綿をかぶせて接着剤をゆるめてゆきます。
 まず最初に,胴左右のニラミがはずれてくれました。
 そういえば前の楽器のお飾りも……と,思い出したのですが。この作家さんは,お飾りなんかの染めがとてもキツい人でした。はずれたお飾りを洗浄したら,スオウが染み出て水がたちまち真っ赤,はずす作業で板のほうにも汁が染み出てるので,そっちも早々に拭います。

 ニカワの質や付けかたの違うところはあちこちありますんで,メンテナンス程度での再接着はあったようですが,オリジナルの接着がかなり多く残ってるみたいです。いつもですと,ひとつふたつは木工ボンドとかセメダインなぞが出てくるところですが,今回はひとつもありません。ニカワ・オンリー。おかげで剥離作業がエラくスムーズですヨ。

 一日二日乾かしてから次の段階へ。
 まずは裏板のほうから剥いてゆきますね。
 すでに地の側板が完全にはずれてしまっているので,その左右の接合部あたりのスキマに刃物を入れ,回してバリバリ………

 さすがに経年劣化でニカワの弱ってる場所も多かったのか,スキマに水を垂らして少し置くていどで,比較的難なくハガれてゆきます。内桁も片側半分くらいしかついてなかったんですが,縁周と違って空気に触れてないせいか,さすがにちょっと頑丈で,苦労しました。

 構造としては唐物および流行初期の月琴の定番。円の真ん中に一枚桁を渡しただけの単純な作りですね----

 ん…んん~~ッ?
 内桁にご注目ください。

 レンズは…広角になってないし…メガネは…老眼鏡だ。やっぱ,曲がってますよね,この内桁の板。
 狭いところへムリヤリつっこんだ結果なのか,表裏の板が収縮したせいなのか,あるいは元からヘニャってた板をぶッこんだのか………うーん,表裏の板との剥離ぐあいも微妙だし,現状ではなんとも言えません。

 材質はたぶん桐だと思います。国産月琴だと針葉樹材が主で,たまに側板と同じ広葉樹材なんかも使われますが,唐物だとほとんど桐一択ですね。

 板自体はなんかくにゃッちゃってますが,左右両端は側板に溝を切ってきっちりハメこんであります。丁寧な工作ではありますが,側板の材料は例のラワン系の木材ですから,強度的な面から考えると,ちょっとギリギリの加工という気もしますね。

 響き線は棹孔の横の楽器右肩から内桁をくぐり,胴内を半周する長い弧線。基部は胴に小孔をあけてつっこみ,横に竹釘を打って留めてあります。老天華のと比べるとやや太目ですが,こないだの清音斎や以前やった玉華斎ほど太くはありません。表面に軽くサビは浮いているものの部分的で,焼き入れした鋼の色がそのまま残ってるところのほうが多いですね。表面から見た状態の割には悪くない保存状態です。

 天の板の裏板との接着部分にかなりの虫食いが見えますね。この中のいくつかは,前回紹介した表面の虫孔とつながってるかもしれません。

 ハガした裏板のほうですが,前回もちょっと触れたように枚数の少ない3枚接ぎ,画像右がわの小板が節目だらけの問題板……そのほかひッぺがしてみたら,真ん中の板の板ウラにけっこう深いエグレ,というか加工粗が見つかりました。エグれてるのが,内桁のギリギリ手前になってるあたりが賢しくて,却って印象マイナス(w)です。

 内部構造の観察と各部採寸が終わったところで,さらにバラバラバラバラバラ…
 響き線も引っこ抜いて,胴体の分解,完了です!
 いつもながら,ぜんぶを重ねても一山----部品数の少ない楽器ですよね。

 さて,毎度ご覧の方々には「バラバラって…棹はどうした?」と思われた方もいらっしゃるかと。
 うん,今回の分解作業,棹もいっしょにするわけにはいかない事情がありまして…
 次回はそのあたりから。

(つづく)


田島真斎(1)

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斗酒庵 田島真斎と邂逅す の巻2021.10~ 田島真斎 (1)

STEP1 田島真斎の楽器が届きました,正気度38でダイスを振ります。

 さてさて,月琴の修理というものは,だいたいにおいて単体で舞い込むことはなく,必ずのようになぜか重なるもので。
 今回も,やってきましたもう一面。

 こちらは国産月琴。裏のラベル残片から,田島真斎作の楽器と分かります。

 名字のほうは「田"嶋"」と書いてることもありますね。本名は「勝」。楽器製作者であると同時に渓派の清楽家でもあります。最初のほうの内国勧業博覧会で何度か受賞してることからも分かるように,月琴作家としての腕前はけっこうなものです。

 以前修理した中では8号,あと「合歓堂」の銘の入った楽器が彼の作と考えています。
 庵主がふだん使っている石田不識とは,同じ渓派で作風もよく似ているため,8号なぞは当初,不識の楽器と考えていました。見分けるコツはいくつかありますが,一つは真斎のほうが作りがやや華奢で繊細,半月下縁の面取りが細かい,菊の飾りの花弁の長短が逆,といったあたり。
 参考画像が小さかったり解像度が低かったりすると,ほとんど区別がつきませんね。ああ,あと装飾や細工は田島真斎の楽器のほうが丁寧で豪華ですが,楽器としての音は不識のほうがわずかに上でしょうか。

 で,まあ。いつも言うておることですが----

 今期修理の2面……並べてみると分かる通り,太華斎はヨゴレて真っ白ですが,こちらは一見キレイ

 ちょっと見,そのままで使えちゃいそうな感じ,でありますが----「 "キレイな古物" には気を付けろ!」でありますよ。

 はははは----なにかね,このお飾りは?
 蓮頭や胴オモテ中央部,あと半月の上面に,なにやら他の古物からハガしてきたとおぼしい石の飾りがペタペタとへっつけられております。不識の楽器ではあまり豪華なお飾りの付けられることがないのに対して,田島真斎の楽器にはけっこう豪奢な装飾が施されていることはあるのでが,すくなくともそれはコンナジャナイ
 胴オモテ左右のニラミ中心の飾りはおそらくオリジナルと思われますが,それ以外は柱間飾り,フレット・山口も含めて後補部品のようですね。特にこの半月の上のがなんとも……庵主,これを 「ヴェルサイユ」 と呼ぶことにします。
 これら後補の部品や石飾りの縁に,かなりヤバげな感じで透明な接着剤のハミ出てるのが見えますが,たぶん同じ接着剤が使われてるんでしょうねえ----

 棹が,抜けません。

 ええ,ビクともしませんとも。

 さらにこの棹----詳しく調べてみるとどうもアヤしい

 糸倉の輪郭がなんかやたらとヘロヘロしてますし,本来左右対称であるべきフクラの部分の形も合ってません。きわめつけは糸倉左右の高さがバラバラ,斜めに傾いちゃってますね。

 上で述べたようにこの楽器の作者の田島真斎は,内国勧業博覧会で何回も賞をもらってるような人です。そしていままで見てきた楽器から言っても,その木工の腕前はかなり良く,精確緻密----この胴体接合部の加工一つからでもその技術の高さは分かりますね。
 そういう人が,こんなヘロヘロな糸倉を作るわけがないわけです,ハイ。
 棹全体が茶色の塗料で塗りこめられてるのでハッキリしませんし,もしかすると前修理者がオリジナルの棹に何か魔改造を施そうとした結果なのかもしれませんが,今のところ棹も後補の可能性アリ,というところで。

 とりまこの棹が抜けないと,修理にならんわけではありますが,まず使われている接着剤がどういうものか調べるため,同じ接着剤で固定されているとおぼしい後補の蓮頭をはずしてみることにします。
 まず細く切った脱脂綿にお湯を含ませて濡らしてみましたが,三日浸してもビクともしません。エタノールにも反応ナシ,シンナーの類を使っても変化がないですね。
 しょうがないので,ちょっと浮いてるところにピラニア鋸をさしこんでぶッた斬ります----ゴシュゴシュゴシュ…庵主的には,けっこう嗅ぎなれた樹脂のニオイがしました。

 これはもしや……………………………………エポキ?

 やりやがったな前修理者。

(つづく)


福州南台太華斎2(1)

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斗酒庵 太華斎と再会 の巻2021.10~ 太華斎の月琴 (1)

STEP1 唐揚げにはレモンをかける派?

 さて,秋となりました!----てか暑ッ!暑すぎイッ!
 と,10月になってなお30度近い気温のなか,依頼修理の楽器がやってまいりました温暖化バンザイ。

 ご先祖さまが使ってたものだそうで。
 ほぼお蔵か納戸から直送,って感じですね。
 最初に送ってもらった画像から,唐物かな?----っていう感じはあったんですが。
 おぅ,裏板にラベルの残片が残ってますね…真ん中にちょうど板の割れ目が走ってて,そのためか,文字のある真ん中部分がほとんど無くなっちゃってます。
 残ってるのは枠線と,文字のカケラ,ともいえないくらいの点やら線ですが。
 庵主におまかせ!----コレですね。

 福州南台・太華斎。

 前回の清音斎と同じく,こちらも過去に一度,扱ったことがあります。34号…だったかな。首ナシだったのを直したやつですね。(過去記事:34号太華斎 へ。)名前からも分かる通り,天華斎エピゴーネンの一人,本家や老天華に比べると,細工の腕前は少し劣りますが,楽器の音色は明るく,いい音で鳴ってました。

 うーん,老天華に清音斎…やっぱり今年は唐物漬け?
 貴重なデータが録れて,庵主的にはうれしい限りですが,どんな運命の歯車が回ってるのやら。

 さて,調査です----まずは外面から。

 ぱっと見て分かる損傷は,上から,蓮頭の欠ケ,糸巻全損,バチ皮および半月欠落。あとは楽器のお尻,地の側板がはずれかけてることくらいでしょうか。
 地の側板はほとんどハガれちゃってますが,ほか三枚にはさほどの剥離もなく。側板の接合はもっとも単純な木口同士の擦り合わせ接着ですが,地の側板左右以外はこれもほとんどユルんでいません。
 地の側板のハミ出てるとこから見て,主材は春先にやった老天華や清音斎と同様の南洋材----ラワンの類----と思われますが,よく染めてますね~。
 このところのなかではバツグンに染めが上手く,こういうふうに木地が出てるところがなければ,もうふつうに唐木製と思っちゃいそうです。

 全体のヨゴレは棹指板部分から楽器肩,胴オモテが激しく,胴側左右下と裏面にはあんまりかかってませんね。
 柱にでも吊るされてたか,斜めに立てかけてあったんじゃないかな。汚れの具合から30年以上は動かしたことがなかったんじゃないかと。

 ヨゴレの割には,左右のニラミや柱間の小飾り,フレットや山口といった部品はほぼ完全に残ってますね。ぜんぶオリジナルかどうか,この時点では分かりませんが,意匠的におかしなものはありません。

 糸倉にやや変形が見られますが,これはもともとの材の加工が悪かったんだと思います。唐木より柔らかい材でこんなカタチにして,こんなに薄く(糸倉左右厚8ミリ)したら,このくらい変形しても何の不思議もありません。
 で----いちばん気になるのはやはりこのへんでしょうか。

 棹や糸倉にポツポツとあいたウロンな小孔……振ると細かい木粉が落ちてきます。

 春先にやった老天華でも,半月が指で押したら孔あくくらいまで食われてましたが。唐物月琴で流行後半期に使われるようになったこの南洋材,ほんとに虫害に弱いみたいですね。

 上のほうで,この楽器が保存されていた時の姿勢についてちょっと触れましたが,それも関係してるんでしょうね。虫食いの箇所はほとんど糸倉の先から棹全体,そして天の板の左右にあって,ほかの箇所にはあまり見当たりません。

 細いハリガネをつっこんで触診してみた感じ,深いものは2センチ以上ありそうですが,数がそれほどないのもあってスカスカで使用不可能,とまではなっていないもようです。まだ発見されていないところにUFOが出てくるくらいの巨大空洞が隠れている可能性が無きにしも非ず,ではありますが。現状,見た感じ,楽器として再生することはできる状態と思われます。
 とはいえ糸倉や棹,天の側板など,いづれも力のかかる箇所でありますので,今回の修理では,この虫孔がうまくふさげるか,適切な補強が可能かというあたりが一つの山場になりそうですね。

 胴を振ると,虫食いの木粉が落ちてくる(w)のといっしょに響き線もごわんごわん,健康そうな音で鳴りますので,そのあたりもだいじょぶそう。

 棹を抜いてみましょう----なかごが真っ赤です。
 棹全体にスオウがかけられてますね。同じ事態は23号茜丸でも経験済ですが,こちらには白っぽい木地を染めるためという理由があるものの,あちらの棹本体はタガヤサンだったので赤染めの必要はなかったはず。となると,これは染色の結果ではなく,おそらく何らかの意図があって染められているものと考えたほうが良いでしょう。
 あんがい量産のため,大ダライに染め液満たして部品丸ごとドッポンみたいなことをやってたのかもしれませんが,何か呪術的な意味合いや,染め液の防虫効果を期待してみたいなことだったかもしれません。

 あと変わった点としては,棹本体付け根の棹背がわに段差がありません。これはハジメテ見るパターンですね。
 棹背がわの根元にストッパーがないということになりますが,棹取付けの安定的に,これはどうなんでしょうね?

 全景写真で気がついた方もいらっしゃるかもしれませんが,この楽器の胴体は完全な円形ではなく,縦が横より1センチくらい長くなってます。
 もともとも工作もありましょうが,板がかなり収縮しているのも事実。地の側板がはずれかけてるのもこれが原因でしょうが----表板の右端裏板の左端の小板ですね。どちらも節だらけの板目板。表裏同じがわに問題板があるうえに,表板はさらにその節目のデッカイのが板端になってるせいで,大きな裂け割れが入っちゃったりもしています。
 国産の月琴の場合は小板を数多く接いで一枚の板を作っているので,よほどヒドい材を使わない限り小板個々の影響はそれほど大きくないんですが,唐物の場合は接ぎ数が少なく,さらに景色重視でこういう板目板の使われることが多いので,板材の収縮が楽器全体に与える影響が,国産のものより若干大きめになります。

 虫食いのほかには,この板の収縮が側板や内部構造などの各部材にどのくらい影響を与えているのか,が気になる所ではあります。

 次回はそのあたりを中心に,分解しながらフィールドノートを仕上げてゆくことといたしましょう。


(つづく)


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