福州南台太華斎2(3)
2021.10~ 太華斎の月琴 (3)
STEP3 からくれないに水くくるとは。 さて,棹の上物は,蓮頭・山口・フレットに柱間の小飾り。 胴体と同じに水で濡らしてニカワをゆるめ,剥離してゆくのが定石ですが。今回はちょっとそういかない状況があります。 それがこの棹本体の虫食い虫食い虫食い虫食い虫食い。 胴体の虫食いは天の板数箇所と表板に一箇所と限定的ですし,剥離の際に濡らなきゃならないところと微妙にズレててくれたのであまり問題にしませんでしたが,棹の虫食いは棹本体のほかけっこう大事な糸倉やその根元のうなじのあたりにもあります。 オモテに見えてる穴から細いハリガネなどさしこんで,ある程度の深さや方向は分かりますが,正直ハリガネの入らないその先で,どこがどれだけ食われてるのか,まったく想像もつかない。そのため,うかつにへんなとこ濡らしたら,思い切りイヤなところが 「くしゃ」 っと逝っちゃいかねません。 なのでこちらは上物除去の前に,ちょっとくらい濡らしても「くしゃ」っとならないくらいに補強しておきましょう。 文化財修理の映像なんかでよく見かける光景ですね。 虫食い孔に樹脂をちゅーっと注入して固めます。 なるべく奥までつめこみたいので,最初はゆるゆるに溶いたものから,すこしづつ時間を置いて何度も注入してゆきます。 完全硬化を待ちながらの作業なので,これだけで1週間以上かかっちゃいましたね。 作業前は薄皮一枚になってるけっこうヤバげな箇所もあったのですが,この補強でとりあえず,弦を張った時に「くしゃ」っと崩れたりパッキン折れたりまでしそうなところはなかったごようす。とりあえず,オリジナルの棹はこのまま使えそうです。 んで胴体と同じく上物を除去。 こちらも接着はオリジナルのまま,ニカワ。 剥がしたところに新たな虫食いが発見されたり,蓮頭・間木や山口・第2フレットの接着部が,樹脂を流し込んだ虫孔とつながっていた関係で,ハガすときに少し苦労があったりもしましたが。 これでこんどこそ完全分解完了~! ようやく本格的な修理作業に入れます。 糸倉のてっぺん,蓮頭の下にある間木は,うちにきた段階で片方の接着がハガれ,ぷらぷらしていたんですが。上にも書いたとおり,糸倉の右端から入った虫にけっこう食われておりますんで,はずしたついでに,これは新しい木に交換しちゃおうと思います。 改めて状態を確認してみますと。虫に食われてたがわはしっかり貼りついていたようですが,反対がわの面が当初からほとんどくっついていなかった模様。下地染めのスオウの赤の上から,後でスキマから入り込んだ黒染めの色が,まだらになってかかっています。黒染めの段階で,すでに赤いとこだけでなんとかへっついてたというわけですね。 この接着不良の原因はかんたんで---- 糸倉左の内がわ,間木の接着部分がガタガタ。 まあ,逆に----一時とはいえ,これでよくくっついていたものだと。(www) このまま間木を戻しても,またぱちゅんとハガれるのは目に見えてますので。ガタガタになっているところを中心に,軸孔の縁のカケ・エグレなんかを,唐木の木粉を練ったパテで埋めこみ,平らかに整形----もともとちょっと雑な工作で,かなり薄く削れちゃってましたので,補強も兼ねてます。そこにサクラ材で作った新しい間木を,オリジナルと同じくニカワで接着しました。接着面同士が密着してますので,こんどはそうたやすく剥がれますまい。 蓮頭も修理しておきましょうか。 庵主の得意分野です。 外枠が欠けてるのと,てっぺんのあたりに割れと虫食いがあります。この虫食いと割れはどうも一つのもののようで,虫が食って弱くなったところが割れた,みたいな感じですね。まずはここを洗濯バサミで固定してから,虫食い孔から樹脂を注入し,充填接着してしまいます。 折れたり割れたりしてた箇所がつながったところで,欠けてる部分に端材を刻んでハメこみ,接着。硬化後,補材を整形して彫り線をつなげたら,最後に縁の部分に鋸目をつけて完成。 古い唐物月琴のお飾りは,縁にこういう鋸目が残ってるのが本当。コレ,一見,切り出したそのままのようですが,実際には整形した後で,あえて飾りとして付けてるもののようです。日本の職人さんは,こういう手抜きに見える工作にガマンならないみたいなので,もしこれがなかったら,楽器自体が唐物騙りの偽物か,その部品は後補品なんじゃないかとか疑ってください。 あとは磨いて補彩するだけですね。 胴体のほうは,側板と表裏板との接着面をキレイにします。 板を並べてあれこれ組み合わせた結果,この向きこの順番がもっともピッタリ重なるので,おそらくはこんな感じで元の材料から切り出されたんだと思います。外に向いてるがわは,当然あとで整形したんでしょうが……ううむ,鋸ラインはかなりヨレヨレ,厚みもバラバラですね。 何度も書いてるように,月琴の円形胴になるこの4枚の木材は,一枚の板をたわめたものではなく,円の1/4の部材を板や角材から切り出したもので構成されています。切り出す際には円の1/4弧の型紙なり定規なりが使われていたと思いますが,これを少しづつズラして指示線を描くので,たいていの側板は厚みが均一ではなく,真ん中が厚く両端が薄いカタチとなっているわけですね。 天の側板と板との接着面にはかなりの虫食いがあります。 一部は板オモテの虫孔とつながってるみたいですね。 樹脂を充填する前に,板を振ったり軽く叩いたりしたら,あちこちの孔から木粉がこんなに出てきましたよ。 側板表面の虫孔と表裏板の接着部の両方から,ここも一週間くらいかけて樹脂を注入してゆきました。 右側板(楽器正面から見て。裏板方向からだと左。)の加工がかなり雑で,裏板がわの両端が極端に薄く,全体がわずかにねじれるように変形してしまっているようです。 左側板(同右)のほうはこれと逆に,中央部分がエグレたように薄くなってしまっています。その薄いところに,内桁をハメこむ溝を彫ったものですから,溝の底が表面ギリギリ……うん,内桁のはまってない状態だとカンタンに折れちゃいそうですね。 右側板のほうは修整が3Dに複雑なので,この段階でどうこうするより,実器合わせでやってゆくこととして。こちらはほかの作業中にパッキリ折れられてもこまるので,さきに補修しておきましょう。ギリギリな溝を一度埋め平らに整形。そこに中央部の厚み足しも兼ねて補強板をこんなふうに接着します。 胴材の補修がある程度できたところで,表板に合わせてみます。 板ウラに新しく中心線を引き,天地の側板の中心を合わせて配置します----あれ?なんか余るぞ。 (つづく)
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