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福州南台太華斎2(7)

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斗酒庵 太華斎と再会 の巻2021.10~ 太華斎の月琴 (7)

STEP7 トゥリスキー・ニダゲノフ,交響曲 ≪唐揚げ≫ 最終楽章

 今回の楽器は,後の修理者の手がほとんど入っておらず,フレットやお飾り類も多少の損傷・劣化はあるものの,だいたいそろってますが,糸巻4本と半月がなくなっちゃってます。

 これが 「弦楽器」 だということを考えると,糸を結ぶ両方の部品がないっていうのは,存在意義的にかなりのアウト事項ですが,中途半端に残っているよりどっちもナイ,というのは,要は新しいのを作って足せばいいだけなので,修理者にとっては既にある部品を補修したり調整し直したりするのより,よっぽどお気軽作業なのですよ。

 まずは半月。
 胴体のほうに痕跡がかなりはっきり残っていたので,そこから寸法を採って。さらに過去に修理した太華斎の楽器のデータを参考に,糸孔の間隔を決めたり,表面の意匠を写します。
 前に扱った太華斎は胴体だけでしたが,主材は唐木で,今回のものよりは若干高級品だったかと思われるため,その量産型であるオリジナルの半月はもっと単純なものだったかもしれませんが,蓮頭がそれなりに凝った彫りとなっているので,材質を除けば同じ装飾が施されていたとしてもおかしくはありません。

 蓮頭やニラミを横に置いて,彫りの手を真似しながら飾りを入れてゆきます。あとはこれを染めれば完成ですね。

 糸巻は天華斎のものをお手本に。

 太華斎のオリジナルの糸巻については,資料がなくてですね…1件だけ玉華斎や現代中国月琴のに近い型のがついてた例があるのですが,これもオリジナルか後補かちょっとわからない。まあ名前からも分かる通り,天華斎をお手本(?)にしてたらしいメーカーさんですので,文句はありますまい。
 同時進行の田島真斎のといっしょに製作。右4本が太華斎のですね----日中の違いはこの先端部分が分かりやすい。
 石田不識と同様,田島真斎の糸巻の先端は国産月琴としてもかなり細いほうですが,加えて太華斎のほうはその…個々の太さの違いが顕著(w),3番目の糸巻のなんか,軸孔がほかより1ミリくらい大きいですからね。まあでも実は,国産の細いのより,これくらい太いほうが楽器としての扱い上は楽なんですよ。

 どちらも赤染めののち黒染め。胴体や棹の補彩よりは,やや濃いめに揃えました。

 部品が揃ったところで半月接着!----流れるようにフレットやお飾り接着で完成ッ!!
 ……と行きたかったのですが,さすがにそうは問屋がオスマン帝国。

 まずは一度取付けた蓮頭がなぜかスグにポロリしました。

 ハテな?----と接着面を見ると,何やら一部に妙な盛り上がりがあったので,ケガキの先でつついてみたらズボっと…
 この期に及んでこんなところに,けっこうでッかい虫食い発見。
 食害沿いにほじくっていったら,横ッ面にもけっこう大きな穴があきました…この孔はヨゴレやホコリが固まって隠れてたみたいですね。再接着のため濡らしたので,内に詰まってた木粉がふくらんで,接着部分をおしあげたもよう。
 唐木の木粉を練りこんた樹脂を流し込んで埋めました。この食害自体は横への広がりのない直線的なものだったので,補修に手間はかかりませんでしたが----うううう,もうほかないだろうなあ。

 つぎにフレッティングのため外弦を張って調弦したのですが,これがなぜかうまくゆかない。

 弦を絞るとわずかですが棹が起き上がり,音が思ったところで止まってくれません。あれだけ時間をかけて,角度の調整も出し入れのスルピタも達成したはずなのですが----と,あらためて調べてみますと。
 基部がこんなことになっとりました。

 本来,棹背がわにあった段差が,見栄えのため削り取られてたというのは前々回あたりで報告しましたが,そこを補修した時に,ちょうどシーソーの支点みたいなとこ作っちゃってたようです。悪いことに,この部分の高さが棹口とピッタリの寸法だったため,出し入れ自体はスルピタだったんですね。でも糸を張って力がかかると,棹が表板がわに倒れちゃう----結果,調弦が決まらない,というわけです。

 急遽,基部の棹背がわを平らに均し,棹の調整をイチからやり直しました。

 最後の調整が終わったところで,弦をキリキリに張ってテスト。
 棹の取付けと調弦の安定を確認したところで,こんどこそ,フレッティングからやり直しです!

 左が新しく作ったフレット,右がオリジナルです。
 新作のフレットの高さがなだらかに減衰していってるのに対して,オリジナルは棹がややお辞儀した状態になっていたため,中間のフレットが高くなっており,高低の差が小さい。これでも弾けはしたでしょうが,中音域で糸をすこし押し込む必要があるので音程がやや安定しないのと,響かないのと,指に余計な力が要るぶん運指が滞りやすいなど,けっこう弾きにくい楽器だったでしょうね。
 新しく作ったフレットの材は煤竹で,さらにじっくり古色付けしてありますので,見た目はオリジナルとほとんど区別つきません。

 あとはもう,このフレットとお飾りをへっつけるだけです。今回は柱間の小飾りも数は全部そろっているので戻すだけなんですが,西洋音階準拠にした関係で第2・3フレット間がせまくなり,もとついてたが入らなくなったため,ここのをほかのところのと入れ替え,

 さらに第4・5フレット間のお飾りのみは補作のものと交換しました。ここはちょうど胴と棹の接合部がかかるところ。オリジナルは胴体がわに1コだけついてましたが,棹がわにも何か貼った痕跡が残っていました。
 それほど広い部分でもないので,まったく異なる小飾りが2つもついてたとは思えません。そこで今回はちょっと大き目のお飾りを一つ彫ります。オリジナルに使われているのと似た色合いの石を選び,例の花だか実だか分からない植物を彫り,これを糸鋸で切って,上下それぞれに接着してあります。

 最後に,裏面に模刻した太華斎のラベルを貼って----

 2021年,12月21日,
 福州南台太華斎,こんどこそ修理完了!!
 (全景画像はクリックで別窓拡大)

 原作段階での工作や設定から見て,この原作者はこれをマトモな「楽器」としてではなく,かなり輸出用「装飾品」寄りの立場で作っていたのではないかと考えられますため,一般的な音階の資料としてはイマイチ信用しきれないところもないではありませんが,フレットなどが,ほぼオリジナルの接着のままだったので,この楽器自体についてはどんな音階のモノだったのか,かなり近いとこまで再現できるかとは思います。
 フレットをオリジナルの位置に配置した時の音階は----

開放
4C4D-234Eb+454F+274G-284A-455C+165D-45F+7
4G4A-294Bb+455C+105D-335Eb+485G-215A-166C-3

 同時進行の田島真斎とほぼ同様,これもまあ清楽の音階としては誤差の範囲内ですね。第6フレットがやや低すぎる感はありますが,従前棹がお辞儀していたことを考えると,この4・5・6フレットあたりの音が,オリジナルの状態でちゃんと安定していたかはちょっと怪しいとこですね。

 たとえば側板の材取りなど,老天華では上等な唐木の楽器と同じく均等丁寧に切り出していましたが,太華斎のそれはかなり雑で,途中で薄くなろうが刃が斜めに傾こうが,とにかく4枚切り出せばいい,というくらい厚みがバラバラで。なだらかな曲面であるべき表面もあちこちに平らな部分が残っており,丁稚に剥かせたサトイモみたいな出来になっていましたし,小飾りもよく見ると彫りの足りない半完成品や,加工中に失敗して一部が欠けたようなものが平気で混ざっています。
 まあもとは「お土産楽器」「お飾り楽器」に近いモノだったかもしれませんが,ベースは楽器としての作りをしてましたし,現在は楽器としてちゃんと使用可能な状態にまでしつこく調整してあります。これが出来たのも,まあめぐり合わせとはいえ,このところの修理で唐物楽器が続いたからこそだったかもしれません(でもあッち逝ったら原作者はまとめて殴る)。
 音は間違いなく唐物月琴の音ですね。

 音ヌケがよく明るい音色。響き線の余韻にも,国産楽器のそれのように厨二病めいた昏さはなく,大きな揺れ幅でキーンと音を返してきます----庵主,じつはこっちの音のほうが好きですね。

 胴の作りが雑なので楽器のバランスは多少良くないものの,重さ自体がほとんどないような楽器ですので,半月あたりで軽く抑えこめば問題はありません。
 低音域と高音域でのフレット丈の差が国産月琴よりも大きく,かつ低音域が国産月琴よりかなり高めなため,ふだん国産のほうを使っていると,ちょっと手慣れない感はありますが,ほかを弾いたことがないなら無問題。

 この設定の違いは,演奏する音楽自体とその中で月琴の担う役割自体が,大陸の民間音楽と日本の清楽では異なっていたためでもあります。もともと歌の伴奏や脇役的な楽器に過ぎなかったものを,日本人はメインを張る楽器として無理やり使っていましたからね。
 低音域で単純なリズムを刻んだり,時にbebungを用いて効果音を出したりするには,フレット丈は高いほうがよく。メロディ的なものを運指なめらかに弾きこなすためには,フレットが低いほうがやりやすいわけです。

 100年以上前に輸入され,ちょっと弾きにくいモノだったろうと推測されるのですが,前人はかなり大事に,いっしょうけんめい弾いていたようです----バチ布の周囲に,義甲の先でつけられた使用痕がけっこう残ってましたよ。オリジナルの部分がとても多く,今となっては資料としても貴重な楽器です。

 大切に弾き継いであげてください。

 最後になりましたが,フィールドノートを。

 こちらも修理しながらの発見を書き加えた最終ver.となっております。

(つづく)


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