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天和斎の月琴(2)

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斗酒庵 天和斎と邂逅す の巻2022.2~ 天和斎の月琴 (2)

STEP2 九連宝塔はあがったことがありますが

 「天和」はまだ…「地和」は1回ありますねえ。
 いまだ桜も咲き染めの,皐月賞すら遠かれど。
 サクラといえば,ローレルがこんどはじまるスピンオフの主人公だそうですね。「日の丸特○隊」サクラシンゲキもいつか出してほしいです。はじめてのJC,「やったれやーッ!」と応援してました。かつて大好きだったサクラスターオーが,壮絶な闘病の果てに安楽死となったときには,部屋の入口に「喪中」の札かけて1ト月ほど落ち込んだ斗酒庵主人です。

 さて,こちらもふつうなら予後不良な状態といえる天和斎であります。なんせ,半月がこんなに複雑骨折----

 たんに「楽器として」再生するだけなら,これをそこらの板削って作った新しい半月に交換してやれば良いだけなんでしょうけどね。正直,もう少し安物でもうちょい小汚い状態だったら,即とっかえてたと思いますよ。なんせ単純に,こういうものの彫りの腕だけだったら,たぶん庵主のほうが上手い。
 しかしながら今回の楽器,この半月の部分をのぞいては損傷も少なく,オリジナルの部分がたいへんによく保存されています。百年以上前のモノが,ほぼ百年以上前の姿のまま目の前にある,という状況はとてもレアなものです。そのため今回の修理では,極力オリジナルの部材を残し,元の細工を復元しつつ,かつ楽器として使用するに足るモノとして再生していこうと思います----うん,実はそのほうが何百倍もタイヘンなんだけどね。(汗)

 外がわからの計測・調査も終わり。分かる範囲での問題箇所を整理したうえで,まずはいつものとおり,上物をぜんぶハガします。

 胴上のフレットや飾りはだいたいオリジナルのニカワ接着----この楽器,見た目どおり,かなり「装飾品」寄りに組まれたもののようです。
 現在の月琴でも,装飾といえば所有者が個人的に表板に書や絵を描くのがせいぜいですし,海外での収集例を見ても,大陸で同時期,実用楽器として作られた月琴には,そもそもこういう共鳴板上の装飾などないもののほうが多かったようですね。日本で「古渡り」として珍重されてきたこの手の装飾楽器は,本来外貨獲得のための輸出用に作られた「装飾品」である可能性が高いのです。

 まあもちろん,楽器屋が作っているので,楽器として使えないわけではないのですが,原作側に「楽器として仕上げるつもり」があまりないものですから,使用上大切な仕上げや調整の工程が省かれていたり,見えないところに大きな瑕疵があったり,手抜きを残したまま組み上げられたりしてることが多いですね。楽器は本来精密機械,調整されてない楽器は,先の抜けたトンカチと同じようなもン,柄だけでも殴れますが,誰かのド頭を陥没させるには足りません。
 このブログでもあちこちで書いているように,月琴という楽器はそれ自体のカタチと装飾を組み合わせによって,さまざまな「おめでたい意味」を付与することができるため,お祝いの引き出物的にも使われてました。そういうモノで,もしお飾りがポロリしたら……不吉でしょう?
 ですのでこういうことになりがちです----お飾りをとめるニカワの量が,まじハンパないです。
 ご覧アレ。
 しばらくふやかしたら,ニラミのまわりがこうよ----

 お飾りの周囲から,とめどなくあふれるニカワをこそげては脱脂綿を取り替え,なんとかハガしましたが。その痕の処理もタイヘン,ヌルヌルですわ~!!

 あと蓮頭ほか数箇所,前修理者が木瞬を使いやがったもようです。ホントにありがとうね~(怒)
 この御恩は,六回輪廻してもけして忘れないよ~(怒怒怒怒怒怒)
 お尻関係の病気に気をつけてね~(泥人形のケツを針でブスブス)

 ホント,後の始末がタイヘンなので,木瞬は世界的に販売禁止にして欲しいッす。
 問題の半月にも,バラけたのを組み直そうと,同じようなブツ(接着剤)を使用した痕跡はありましたが,まあ材が硬い唐木でほとんど滲みこまなかったのと,やりかたがド下手だったのと,使用量が極微でしたので許しましょう(それでも泥人形のケツをブスブスブスブス)

 フレットやニラミの接着痕が,かなり真っ白に目立っちゃってますねえ。オリジナルのニラミの貼りつけ位置など,左右ガタピコでちょっと変でしたから,貼り直す時に何とかするつもりでしたが,こりゃここも,けっこうな手間かかりそうです。
 とりあえず,ハガせるものはぜんぶハガしたので,様子を見ます。
 表裏板の桐はともかく,胴や棹,半月やお飾りに使われているタガヤサンは,「鉄刀木」と書くくらい,唐木中でも最強の硬さの材ですが,同時に最凶----けっこう「暴れる」ことでも有名で,比較的安定した黒檀や紫檀に比べるとコワいところがあります。しばらく乾燥させて,新たな割れや狂いが出ないか確認してから,次の作業に入りたいですね。

 で,数日後----まずは半月を組み立ててゆきます。
 残っていた主要な部品は4つ。このほかに上辺でバーになっていた細い部品と,小さなカケラがいくつか。
 いちばん最初はまず,大きな部分の中央,お城の天守閣みたいなところの下,へにょ~っとした土台の部分に亀裂が入ってますので,ここから継いでゆきます。

 エタノールで少し緩めた樹脂系接着剤を亀裂に流し込み,輪ゴムで固定して締め付け,接着剤がはみでてきたところに唐木の粉をパラパラ……
 たんに組み立ててカタチを復元するだけなら,古楽器定石のニカワ接着でもいいんですけどね----ええ,今回は邪道の強力接着剤も使いますとも。とはいえ,なるべく避けたいモノでもあるので,量と範囲は最小限に,中心部分から慎重に組上げてゆきます。

 左端のブロックと中央部分の間,花のつぼみの茎の部分が,一部なくなっちゃってますねえ。

 ここにはマグロ黒檀のカケラを刻んで埋め込み,継ぎます。

 ふぅ……だいぶカタチになってきましたね。じょうぶな代わりに硬化の遅い接着剤を使っている関係で,前に作業した部分が完全に硬化してからじゃないと,次の部分にとりかかれません。ここまででもう1週間近くかかってますよ。

 これであと残るのは,弦のかかる上辺の部分だけなんですが,力のかかる箇所なのにオリジナルがあまりにも薄くて細くて頼りない。本体との接触部分もきわめて小さいし……ふぅむ,過度な透かし彫りに熱中するあまり,強度ギリギリな細工になっちゃったんでしょうね。
 工作としてはこのまんま戻すことも可能ですが,間違いなくまた壊れます。
 ここだけは新しい部品に取替えることといたしましょう。

 まずバーの部分が触れる2箇所に,ごく小さな孔を穿ち,煤竹の皮目を細く刻んだものを挿しこみます。
 これは本体の接着箇所がどこもきわめてせまく,取付ける部品自体も小さいので,接着位置を正確に合わせるためのガイド,そして接着剤の硬化まで,部品がずれないようにするためのものでもありますね。太さ1ミリないくらいなので,これ自体に強度はほとんどありませんよ。

 少し大き目に刻んだ補材に,ガイドを通す孔をあけ。本体のこれの左右端と触れる箇所を少し削って噛合せ,接着します。
 こういう工作の場合,どうしても最初からピッタリの大きさの部品をくっつけてやろうと思いがちですが。指物師のおっちゃん曰く----細工の基本は,大きいものは小さく,小さいものは大きく。

 このくらい余裕を持った大きいのを,まずどかッとくっつけちゃってから,あとでゆっくり削ってゆくほうが,安全で精確な工作が出来ます。
 補材とオリジナルが自然なかたちで融合するあたりまで,少しづつ削り,磨いて。

 ドヤぁ----

 補材を入れた部分は,オリジナルより少し太め厚めになってますが----まあちょっと見では,ほとんど分からないかと。
 この時点ではまだ,各部がお互い,割れ目の小さな接着面でくっついてるだけ…接着剤はかなり強力なモノですので,そう簡単には壊れないと思いますが,さらにオモテから見えない裏がわを補強しときましょう。

 半月のポケットになっている部分----ここは元の工作が粗いせいで,表面がかなりガタガタになっています。この状況を逆に利用して,ここに唐木の粉をエポキで練ったパテを盛って,凸凹を均すのと同時に,損傷部全体をカバーする,薄くて丈夫な樹脂の層を作ります。

 いちどで埋まりきらなかった部分を何度か盛り直し,はみだした部分を削って……うん,これなら表からはほとんど目立ちませんね。裏がわを見られたとしても,むしろ原作の状態より丁寧な加工,って感じ(w)

 そのほか,割れの出やすい木口部分を樹脂で埋めるなど,2~3手仕込んどきます。
 清楽月琴はきわめて弦圧の低い楽器ですんで,これをぶン回して婚約者のアタマに叩きつけるとか,馬上で青龍刀を受け止めるとか,ワウンド弦や鉄弦なぞを使用(だいたい前2ツと同じくらいの暴挙)したりしない限り…あくまでも通常の使用においてはこれで大丈夫だろう,とは思いますが。元の細工がきわめて繊細でしたので----出来る限りの補強はしたとはいえ,さすがに庵主も 「もうぶッ壊れない」とは100%言い切れませんな。
 まあ壊れたら,次は新しく作り直しますよ。庵主好みの意匠でね!


 ちなみにこの半月の意匠は「海上楼閣」。
 蜃気楼のことですね。
 日本では巨大なハマグリ(蜃)が作り出すことになってますが,これは龍。この龍も名前は「蜃」なのです。
 楼閣の土台のところがへにょへにょっとしてますね。コレ,漫画の吹き出しなんかである効果と同じように,下にわだかまっている龍のブレスが,幻影として立ち上ってるところなわけです。やがてその吐息から,中央には壮麗な楼閣がそびえたち,その左右には巨大な花が咲き誇ります。
 この楽器の製作地・福州は港町。江戸時代,日本にきていた商人のほとんどは,ここを発して長崎へと向かいました。
 かつて「蓬莱」とも称された,蜃気楼の向こうにある国を目指して----この楽器には,ピッタリの意匠でしょ?

(つづく)


天和斎の月琴(1)

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斗酒庵 天和斎と邂逅す の巻2022.2~ 天和斎の月琴 (1)

STEP1 太陽の貴公子

 コロナ禍で飲む機会が減ったうえ,友人Aは「お兄さま」に,友人Dは「お兄ちゃん」となり,日々うまぴょいに励んで他を顧みもしなくなっておるきょうこのごろ。てめーらこないだまでケーバなんてアホらしいとか言ってなかったかみなさまいかがお過ごしでしょうか?
 ちなみに,庵主がさいしょに好きになった馬はモンテプリンス(1977-2002)です。
 ステゴよりずっと前に,「無冠の帝王」の二つ名をもらってました----ウマ娘化キボンヌ。

 さて,去年から依頼修理のほうでは唐物楽器が続いております。

 今回の楽器もあちらの作ですね。メーカー名は「天和斎」。
 同じメーカーの楽器は,大昔にいちど見かけた気がしますが,チラ見ていどでほとんど覚えてませんねえ。
 裏面にラベルがあります----
ラベル(1)

 天和斎/老舗

ラベル(2)
 天和斎/
 住福省南門外開張
 洋頭大街坐東朝西
 〓造各款各琴定做
 十歓楽器〓 顧者
 〓〓〓〓〓記(印)
 ううむ,他に参照できる例がないので,これ単体での読み解きはここまでですね。画像クリックで別窓拡大されますので,ゲタのところが読めたらどうか教えてください。
 「洋頭大街」というのは天華斎のあった茶亭街のすぐ先,その名前からも楽器の作りからも,間違いなく福州天華斎エピゴーネンの一つだとは思われますものの,今のところ資料・記述発見されていなくて定かではありません。

 墨書は二箇所。
 棹基部の表板がわに「一」,裏板の上端,棹口のあたりに「乙」。どっちも発音「イー」で,数字の「1」として通用されますんで,書いてあるのは同じことですね。ハジメテ作ったモノなのか,その年あるいはその月の初号機か,サイズ「1号」みたいな寸法なのかは分かりませんが。おそらくは製作時,組み合わせる時に確認するための符号だったとは思われます。

 53号天華斎などに比べるとわずかに大き目に見えちゃうんですが,これはどうやら,胴の厚みが少しあるのと,棹と胴の大きさのバランスのせいのようです。全長615は唐物としては平均,国産月琴より数センチほど小さい感じです。

 全体にキレイですね。
 前回やった太華斎とかに比べると,表面に白茶けた感じもないので,解放空間に放置されてたのではなく,あるていど密閉された箱か袋かにずっと入れられていたのではないかと推測されます。板なんかに少し汚れも見えなくはないですが,ラベルなんて,ぜんぜん褪せてませんよ。

 ぱっと見,柱間の小飾りがいくつかなくなってるものの,蓮頭も糸巻もオリジナルを完備,余計な後補の手もあまり入っておらず,全体として保存は悪くないんですが----ここ,見事な透かし彫りの半月が…砕けちゃってますねえ。

 いや,いくら丈夫な唐木だからって,まあこんだけスカスカに透かし貫いたら,そりゃ砕けたりもするでしょうってばよ。
 欠けたぶんは同梱で送ってもらっており,ちょっと組んでみると,だいたいの部分は残ってるみたいですが----さてさて,ここはこの楽器でいちばん力のかかる部品のひとつだけに,どうなることか。

 工房到着時には気づきませんでしたが,蓮頭も割れてたようで,調べるのにこねくり回してたら,半分からバックリ逝きました。
 まあ上下ひっくりかえっているので,ここはもともと後で貼りつけ直されたとこでしょうね。
 四匹のコウモリが,丸く書かれた「寿」の字を囲んで飛んでます。4匹のコウモリ(蝙蝠=「蝠」が「福」の字音と同じ)が「寿」の字をささげもっているので,「四福捧寿」ですね。コウモリが5匹だと「五福」で,「寿・富・康寧・好徳・終天命」,このうちの「寿」を真ん中に取り出して,コウモリ1匹ぶん省略してるわけですね。さらに真ん中の「寿」は丸いので,いつもの(月琴の意匠に多い)「福在眼前(=蝠在円銭)」の意味にもなってます----ふむ,細工が凝ってるぶん,洒落も二重がけやな。

 ほかは柱間のお飾りがなくなってるのと,山口が棹の幅よりやや大きめになってたり,唐木のお飾りが極道的に薄作りだったりしてますが。糸巻も唐木のが4本残ってますし,フレットもオリジナルと思われる竹製のがついたまんまで,半月さえなんとかなれば,楽器として使用する上で必要なあたりはいちおうそろっている,かと。

 すごいなあ……このニラミや扇飾りの極薄ぐあい。部分によっては厚さが1ミリありません。ぺらっぺらですよ。
 表面が黒く塗られてますが,材はたぶんタガヤサン。
 よくもまあ,あの硬いだけで粘りのないモロい木を,ここまで薄くして,これだけ細かい細工が出来たもんです。
 扇飾りはちょっと凝った意匠ですね。ヨーロッパの貴族の紋章みたいな感じですが,何でしょう?
 左右のニラミは例の鳳凰もしくは鸞。本式ですと片方は横笛,片方が笙,と口にくわえているものが左右で違ってるはずですが,これは同じですね。十字になってるんで「笙」のほうかな。その下に付いてるバナナみたいなのは何だ?
 左のニラミに欠損はないようですが,右のほうは何度か割れたらしく,一部に継いだような痕が見えますね。

 とりあえず,これ以上ヒドいことになんないように,半月に保護カバーをつけてっと…さらに調査続行。

 表板,フレットのすぐ横あたりに割れが走ってますね。衝撃でバッキリ逝ったというより,素材的な問題でミシリ…と裂け割れした感じ。上のほうは前修理者が割れを継いだもようで,割れ目の中が少し黒っぽくなっています。

 つぎに,棹口に割れがあります。
 完全にバッキリ逝ってるわけではありませんが,棹を挿して動かすと薄くパクパクするので,このままだと調弦は難しそうです。
 棹なかごが異様に長いのですが,こないだの清琴斎みたいに胴を貫通しているわけではありません。胴径356に対し棹なかごは長265。棹口から棒を突っ込んで測ると,内桁はそこから173のとこにありますからね----そこから,9センチくらい突き出てるはずだなあ。延長材部分が赤く染められてるのもふくめて,はてこりゃなんのためなんでしょうねえ?

(つづく)


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