« 天和斎の月琴(2) | トップページ | 天和斎の月琴(4) »

天和斎の月琴(3)

TW01_03.txt
斗酒庵 天和斎と邂逅す の巻2022.2~ 天和斎の月琴 (3)

STEP3 ハギノの弾丸娘

 むかしの競馬映像なぞ見てますと,ここ数十年での日本語の変化なんかを実感できる時がありますな。
 1980年当時,「ハギノトップレディ」「ディ」は,1音節でなく,「デ・イ」もしくは「デ・エ」の2音節に近く発音されてました。最近多い「ヴ」のついた馬名もほとんどなかった----うん「ヴ」の発音も,まだ一般的でなかったわけです。そういや「グルーヴ」も「グルーブ」だったなあ。「グループ」と勘違いしてる友人がいました。
 江戸~明治にかけての清楽歌謡の発音を考える時,どうしても現代の発音を基軸に中国音と比較しがちですが,発音というものはこのように,ほんの数十年でも変わってしまいます。庵主の場合,もとからお江戸の文学が好きだったのであまり困りませんが,歌に付せられたカタカナ音を見る時は,少し範囲を広げ,当時の読み物や刊行物から類例を探し,確認しながら考えたほうが良いですよ。
 ハギノトップレディ,ハギノカムイオー,姉妹設定でウマ娘化希望。

 バラバラだった半月,なんとか復活。
 依頼修理の天和斎であります。

 まずまずこれで,この楽器の修理における最大の案件のひとつが片付いたところ。いつもですとこの後は問答無用で開腹,バラバラにすることが多い庵主の修理ですが,今回は内部を確認したところ,内桁接着や響き線の状態も良く。胴体の損傷も少ないため,このままでゆきます。

 研究屋としましては,内部構造の詳細は知りたいところですし,職人的には響き線や棹との接合調整とかもガチ徹底的にしたいところではありますが,古物愛好家としては,オリジナル部分の保存状態のきわめて良いレアな百年前の楽器,ということで----必要最小限の破壊すら庵主の心臓にけっこうキます,うううう。
 そのあたりは今後,楽器として使用しているうち,暴走する10式戦車に轢かれてガッツリ壊れたり,じつは中にひとつながりになった秘宝の地図が隠されているなど,エラい不具合が出た時に。いまはとりあえず,分かる範囲最大限を記録して,次代につなぎます。

 棹孔の割れに取掛ります。

 この故障の原因は実に明解。
 棹基部の最大厚が,この棹孔より1ミリほど大きいせいです。
 小さい孔に大きい棹,ムリヤリぶちこめば割れます----あたりまえですね。
 楽器として使用によって割れたのでもなければ,何かの衝撃で割れたのでもありません。
 原作段階でやりやがったものです。
 割れが薄く,完全にバッキリ逝かなかったものですから 「まあ分からんやろ」 ていどで出荷されたものとおぼしい。「楽器」ならありえないことですが,東のほうのチョンマゲ結ってる蛮族に買わせる「装飾品」なので,見た目は問題ないし,これでもヨカロウということでしょう。

 半月でも使った強力接着剤をエタノールで少し緩め,割れ目に流し込んでクランプで軽く締めます。

 長年の放置で少し食い違いも出てしまっていますので,胴の表裏方向に締めるのと同時に,この部分も矯正しながら固定する必要があります。この修理のため,棹孔に入る小さなクランプを自作しました。

 まあ適当な大きさの端材の木片に穴あけて,ボルトを通しただけのモノですが,小物製作時の固定具としても使えるので意外と便利。
 半月同様,ここも力のかかる箇所なので,接着剤で継いだだけでは不安があります。割れ目が開かないように,チギリも打っておきたいところなんですが,この棹口のあたりは意外に目立つ場所,プレーヤーにとっても演奏中けっこう目の往くところなので,補修箇所は最少範囲にまとめ,なるべく目立たないようにしたいところです。
 色的には真っ黒なマグロ黒檀あたりで作ればイケそうですが,チギリを小さくすると,たとえ丈夫な唐木であっても強度は落ちます。さらに唐木は丈夫ですが割れやすい。ふむ,小さくとも丈夫で,かつ目立たないようなチギリを作れ,とな?----hahahaha,ジョージ,そいつぁムチャってもんだぜ。
 というわけで,こうします----

 黒檀と象牙のコンボ。唐木は硬いが粘りがない,象牙は粘りますが色が目立つ----この2つを,目が交差する形で貼り合わせたものです。これだと,かなり小さくしても丈夫で……1センチないくらいのモノなので,必要なカタチ大きさに加工するのが,エラいタイヘンでしたが~。(大汗)
 棹口のすぐわき,ヒビ割れの上下に少し斜めにズラしてφ3ミリのドリルで,くぼみを2つ穿ちます。

 胴材の厚みは棹口のところで6ミリほど。ドリルの先端にテープを巻いて目印に,貫通しないようにしときましょう。ついでアートナイフやリュータービット総動員で,先に作っておいたチギリのカタチに合わせ,接着剤と唐木の木粉をまぶし,象牙の面を中にして木槌で軽く打ち込みます。

 これも旧来のようにニカワでできなくもない作業ですが,強度と耐久性は現在の接着剤のほうが上ですね。もともと二つの部品だったわけでもなく,構造上もしくは使用上「割れているのが自然」な箇所でもなく,使用範囲もごくごく狭いのでセーフです。

 故障の原因となった棹基部のほうも,もちろん再調整して削っときました。

 もともと,原作段階での取付けが見事にガッタガタでしたからね?
 それでも棹基部,削った後の調整は突板の2~3枚で完了。このあたりから考えるに,同じ福州の月琴作りのなかで天和斎の加工の腕前は,老天華より下,太華斎よりはやや上と言ったところでしょうか。お飾り加工の無駄な精度を別にすれば,全体の作りは玉華斎がいちばん近いと思います。
 大変だったのは,棹なかごと内桁の孔の噛合せです。
 オープン修理だと,内桁の孔のほうから徹底的に調整できるんですが,今回は開けてません。

 棹がわしか加工できないうえ,挿しちゃうと見えなくなるから,確認しながらの調整が出来ない----まあ,あたりまえですが。
 またこの楽器の棹なかごがなぜか無駄に長いもので,延長材の途中にコブがついたみたいに,ちょっと不恰好になっちゃいましたが……なんとか調整は完了。現状,使用上の問題はまったくありません。
 このあたりの再調整も,いづれぶッ壊れてオープン修理となった時に,つぎの修理者に任せましょう。

 例によってこの棹位置・角度の調整と,取付におけるスルピタの実現で1週間近くかかっちゃいましたが。ここは楽器の使用感に直結している部分ですからね。しっかりやらせていただきます。

 胴体のもうひとつの要修理個所は,表板の割れ。
 前修理者が割れ目に木瞬流し込みやがったらしく,現状,上端からバチ皮の手前くらいまでの割れの進行は止まっています。手段は不正ですが,いちおう止まっていますし,これを正そうとするとムダに大きな傷をつけてしまうことになるので。血涙は滂沱と流れますが今回ここはそのままにし,粘土人形の尻にさらに何本かの錆びて曲がったマチ針をねじ込むことで我慢します。

 バチ皮と半月に隠れていた部分から下端までの割れ目を処理します。
 ここはいつもの手順で。
 前々回あたりでも述べたよう,この割れ目は衝撃によるものでなく,板自体の材質的な問題が原因で,板が弱いところから裂けたものです。

 唐物月琴の表裏板は接ぎ数が少なく,さらに景色重視の板目板が使用されるので,もともと板自体の質的な影響が出やすいところがあります。この手の故障は,言うなれば板がなりたいようになろうとした結果なので,単純な対処だと何度も再発することが多いです。
 まずは断続的な裂け割れを,刃物で一本につなげます。つぎにその割れ目を少々広げ,開いたところに薄く削いだ桐板を埋め込む。板が縮みたいなら縮みたいように,広がりたいなら広がりたいように,いったん板を満足させ,反抗する力を散らせたところに,ピンポイントでキツめの逆撃を加えてやるのがコツです。
 板も人間も,黙らせる手段というものに大した違いはないものですね。(悪い顔)

 割れ目の右がわは異常に硬く,左がわは極端に柔らかい----割れの原因はこの質的な落差でしょうね。
 加工上の粗と経年の収縮により,右がわ2センチほどの範囲で板が若干薄くなっており,補修後わずかですが段差が生じてしまいました。

 食い違いはわずかですが,少しだけ半月の接着部にかかっています。こうした場合は板を削って平らにするのが定石ですが,これだと不具合の程度のわりにけっこうな範囲を削らなければならなくなるので,今回はどうしても面一でなければならない半月のかかる部分のみ,薄く埋めて平らにします----うむ,オリジナル,大事。
 これで修理した半月をお迎えする下準備は出来ました~。

(つづく)


« 天和斎の月琴(2) | トップページ | 天和斎の月琴(4) »