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天和斎の月琴(4)

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斗酒庵 天和斎と邂逅す の巻2022.2~ 天和斎の月琴 (4)

STEP4 ダイタクヘリオスのお父さん

 さてウマ娘では主人公格ですが,実は庵主,98世代の印象があまりありません。シービーやルドルフの時代と違って,群雄割拠,みたいな感じで,どれか一頭に焦点がしぼれないぶん,記憶が曖昧になっちゃってます。ばっちり観てましたし,葦毛のウンスちゃんが好きでしたけどね。
 ハイセイコーからホリスキーくらいまでは,まだ子どもでしたし,なんとなく見てた感,その後オグリよりはイナリワンが好きでした。そして98前後の,ブライアンが絶対君主だったころや,世紀末覇王を倒すのは誰か!というあたりが,庵主いちばんの胸アツ世代だったかもしれません。
 ----せめてビゼンニシキは出してやってください。

 さて,半壊半月の修理,棹孔の補修,棹と胴体のフィッティング,表板の割れ処理,と,いまのところ順調に進んでいる天和斎の修理です。
 これで現状,半月を再接着すれば,楽器としての再生へと大きく踏み出せるわけですが,その前に一つ。
 胴体を清掃します。
 もともとの保存が良かったので,汚れはそんなにひどくありませんが,それなりに変色はしていますし,ハガしたお飾りの痕も真っ白に目立ってしまっているので,なんとかしなければなりません。
 まずはいつもどおり。

 重曹を溶かしたぬるま湯で,表裏板をゴシゴシっとな----うん,やっぱりこの表板の右がわ,木目がゴチャゴチャしてて,いかにも暴れそうでコワいですね。
 
 Shinex#400に重曹水を付け,板の表面を軽くしごくように擦り,染み出てきた茶色い汁を布で取り去るのですが,その一部を色ヌケしてしまっている箇所に回してなすりつけ,白い部分を染め直します。
 一回目の清掃で,だいたいこんな感じに(上右画像)。
 白ヌケの日焼け痕,だいぶん目立たなくはなりましたが,明るいところだとまだかなり色の違いが際立っちゃいますね。

 板の乾燥を待つ間に,半月以外の上物の修理もしておきましょう。
 まずは胴の左右につく鳥型のお飾り----ニラミです。
 左がわの鳥にはほとんど損傷がないのですが,右がわは何度か壊れたらしく,再接着と補修の痕跡がありました。

 下に向いてる翼の先端近くに欠けがあって,そこが薄い黒檀板で埋めてあったのと,嘴の下から胸元あたりに伸びる細い部分の下半分が割れてなくなっちゃってたみたいです,ここにもそれっぽい形に刻んだ薄板がくっつけてありました。
 うむ…この部分,何なのでしょうね?

 上の十字になっているところは,他の作例や吉祥図の例から見て,おそらくは口にくわえている楽器(笛か笙),と思われるのですが,その下のバナナみたいな部分が分かりません。
 後補の部品は表面がツルンとしていて何の彫りもありませんが,上画像のように,左の同じ箇所には毛の表現と思われる筋が付いているので,ここは鳥の身体の一部だと考えられます。

 同じ唐物の,天華斎や老天華のニラミではこういうふうに,縦のラインが弧を描いて下向きの翼にまで伸びています。太華斎や玉華斎のもだいたい同じようなもので,今回のに似た例はまず見ません。
 ううむ……ニワトリみたいに顎に生えてる「肉ひげ」の表現にしては場所が離れてますよね。唐物ではありませんが,国産月琴の作例で同様の箇所を,反対がわの翼の付け根としている例があるのでそれかもしれませんが……もう面倒くさいから「ホーオー袋(中にホーオー汁が詰まっている)」でいいや!
 右の後補の部品は出来が良くないので,マグロ黒檀の端材を削って,新品のホーオー袋(仮)を削ってくっつけてやります。

 最初のほうでも書きましたが,このお飾りは丈夫なタガヤサン製ではあるものの,あまりにも極薄で細工も繊細なため,強度はほとんどなく,基本的には一度貼りつけたらおしまい,ハガせばもれなく壊れるようなシロモノです----輸出用の贈答品・装飾品寄りに作られてるので,後のことを考えてないんですね。
 音楽の「道具」としての楽器には,メンテナンスが欠かせません。これを「楽器」として長く使用するためには,これらの部品が,メンテナンス時にはずせるような仕様になっていなければなりません。とりあえずは補修のついでに,裏がわ全面に樹脂で薄い和紙を接着し,お飾り全体を補強しておきましょう。これで少なくとも,通常の手順を踏めば,何度かは五体無事にハガすことができるでしょう。

 樹脂・接着剤の硬化後に,新しくくっつけた右のホーオー袋(仮)を整形。左に合わせて細かいモールドも彫り直して揃えます。

 補修が終わったところで,全体を清掃し,表がわからも樹脂を軽く染ませ,保護して完成----裏に張った和紙は薄いですし,樹脂が滲みてほぼ透明になっているので,横から見てもほとんど分かりません。また前にも書いたように,タガヤサンは黒檀や紫檀に比べると,反ったり割れたりしやすい暴れ木です。そんなものをこんなに薄く削ったのも,そもそもの故障の原因と思われますが,今回の補強でそのあたりも,だいぶんおとなしくなるとは思われます。

 同じ材質で同じように細工の細かい扇飾りにも,割れの補修といっしょに同様の処置をしておきましょう。

 つぎは,表板の補彩と裏板の清掃に取掛ります。

 清掃後,表板の日焼け痕はかなり目立たなくなりましたが。乾燥して数日,いちど落ち着いた色が再びあがってきてから見ても,まだ少々白っぽくて目につきます。
 日焼けで色が白く抜けた部分を中心に,ヤシャ液を塗り,濡らした布で周囲になじませながら補彩してゆきます。上にも書いたように,木板の染めでは,染め液が乾いてから数日すると,色味が表面に「あがってくる」という現象が起きるので,この補彩も少しづつ,間を置いてやりすぎないようにしなければなりませんので,けっこう時間がかかりました。

 裏板は上物が付いてないぶん手間がありませんが,資料として,またこの楽器のアイデンティティとして大切なラベルが貼られているので,これを傷つけないよう,汚さないように清掃します----これはこれでけっこうタイヘン。

 表裏板の清掃が終わったところで,板の木口をマスキングして,側面の処置です。主材部分にさほどの汚れはありませんが,接合部隠しの飾り板のところ,細工が混んでいてヨゴレが溜まってます。

 ここはまず歯ブラシでゴシゴシとやって,細かいスキマにつまったホコリを掻きだし,ついで同じく歯ブラシと布を使って,亜麻仁油を塗布,余分を拭き取りながら磨いてゆきます。
 この時,油のついた指で表裏の桐板を触ろうものなら,けっこうその後が悲惨な事態となりかねないので,保定の際とかかなり注意しました。

(つづく)


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