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ウサ琴EX2 (終)

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斗酒庵 ひさしぶりにウサ琴づくり の巻2022.5~ ウサ琴EX2 (4)

STEP4 バラのお肉はグラム¥118


 さて,ウサ琴EX2の製作も終盤!
 今年も斗酒庵工房四畳半のフルエコ・エアコン「大自然」は絶好調ですので,夏帰省前には仕上げたいところですな!

 胴側の染めも仕上がり,まずここまで表裏板の木口を守ってくれてきたマスキングテープをはがします。染め初めから半月余り----赤染めて,黒かけて,油で拭いて,下地剤かけて磨いて,トップコートにニス刷いて…真っ黒のパリパリになったマスキングテープには,ここまでの製作の歴史が滲みこんでおりますなあ(物理)。

 表裏板の染めは,ヤシャブシの汁砥粉を入れて沸かしたとこに,少量のヤマト糊(でんぷん糊)を加えたもので。
 これまで数多くの古い月琴をジャブジャブ洗ってきた(w)ケーケンから察するに,唐物の場合は砥粉がほとんど入っておらず,ヤシャブシのかわりに阿仙などのタンニン系染料も使われているようですが(ちゃんと調べた人がいないみたいなので何とも言えん),国産月琴の場合は桐箪笥の仕上げとほぼ同じ。


 庵主の工法もほぼそれに倣ってますが,作者によって砥粉の量や汁の濃さがかなり異なります。不識なんかは汁濃いめ砥粉かなり多めで行ってますが,唐木屋はどっちもごくあっさり,出荷時にはかなりの色白だったもよう。
 ヤシャブシというのは反応の良い染料なため,表裏板の色は使用や保存の環境によってかなりの変化をみせます。納屋や蔵みたいなとこにぶるさげられてれば空気に触れて真っ黒にもなるし,布袋や箱に入れられていればそれより古い楽器でも真っ白のままだったりしますね。
 ウサ琴はもちろん出来立てですので,基本まっちろで仕上がりますが,味付けに工房謹製の月琴汁(過去の修理で楽器を洗った時に出た汁を煮詰めたもの)をごく少量加えてるので,やや変化が早く。先行のEX1号機あたりでも,1ヶ月そこらでうっすら色があがってきてますね。

 楽器の中心線を計り直し,半月の貼りつけ位置を決定します。
 そう,誰も信じちゃいけない----最初からどんなに精確に作ろうがどんな名人が作ろうが,木工では計画上の数値が仕上がり時にもピッタリ同じ,なんていうキセキは起こらないのですよ。他人を疑いオノレの腕前を疑い,紙のコトバも,この世のすべてを,つねに疑ってかかるのです!あ,やっぱり2ミリずれてた(www)

 半月を接着したら,一日置いてフレッティングの開始です。
 今回もフレットはムダに材料単価の高い(w)煤竹製。いえ,資金が余ってるとかいうわけじゃなく,煤竹の端材がダブついてましてちょっと消費せんばならんとです。

 フレットの高さはヨシ----前作とほとんど同じですね。
 今回のシリーズ,山口(トップナット)の高さはだいたい清楽月琴の標準と同じですが,半月(テールピース)がかなり低くなっている(7ミリ)のと,胴表面がごく浅いアーチトップとなっているので,フレットの丈は高音域で一気に低くなり,最終フレットはツマヨウジくらいになっちゃいます。
 まあここまで極端ではありませんが,「いい月琴」のフレットの高さの変化にはだいたいこれに近い傾向がある,と思ってください。ギターとかの製作者さんが「月琴」を自作しようとした場合,どうしても「弦高全体」を平均に低くしてしまう傾向があり,結果,出来た楽器は「ギターの亜種」にしかなっとらんという例をよく見かけますが。月琴の「フレットの高さ」には,それなりの意味と機能がある,というあたりは,作る前に知っといてもらいたいもンですな,ふんす。

 できあがったフレットは,ざっと磨いてまずエタノールに1~2時間。そのあとラックニスにドボンしてニスを染ませ,数日乾かします。今回は煤竹なので,染めたりしないぶん手順が少なくなってますが,それでもたかだか竹製のフレットにここまで手間かけるヒトはそういないかもせんです,ハイ----だって仕上がりと経年変化がキレイなんだもん。

 フレットが仕上がったところで二次フレッティング,ニカワで楽器に貼りつけます。
 ウサ琴は新楽器ですがここはやっぱりニカワ付け----はい,ですのでポロリもあるでよ。これもやはりメンテ上の理由や,楽器の経年変化による変形等に即応可能なためですね。「月琴のフレットはポロリするもの」,聖書にもそう書いてあります(w)。まあ演奏中にポロリする懸念はあっても,長い目で見れば楽器と演奏者にとって利のほうが多いので,はずれても衝動的にボンド付けとかしないように。

 棹上は フレットこする君(細棒の先に紙ヤスリを貼った) で接着位置を軽くあらしてから,胴上のフレットは フレットやする君(竹片に紙ヤスリを貼った) で底にわずかなアールをつけてから接着します。

 フレットがくっついたら,最後にお飾り類を接着します。
 これら胴上のお飾りやフレットの接着は,基本的に「点づけ」で行います。ニカワを全面にべったり塗るのじゃなく,ちょんちょんと点を打つように盛るんですよ。
 接着の強度を考えると一見問題ありそうですが,必要な箇所に必要なぶんをちゃんと点し,適度な圧をかけて接着すれば,通常の使用において簡単にはずれてしまうようなことはまずありません。

 これも「いい楽器」の職人さんが,まず必ずやっているワザ。下手クソや後先考えてないニワカ職人ほど,こういうとこにニカワをべっとり盛って,修理やメンテの時,後の人(おもにワタシ)を困らせて藁人形にクギ打ちつけられますね。
 楽器は「道具」です。ノミやカンナは使ったら砥ぐし,ノコギリやヤスリは目立てするように,道具にはメンテナンスが必要です。「使い捨て」が基本の今出来の道具ばかり使っていると忘れがちですが,古くからの良い「道具」というのは本来そうしたものです。
 良い状態で,できるだけ永く使ってもらいたいから,後々のメンテナンスを考えた作りにしとくのが「良い作り手」というものだと思いますよ----あ,お飾りとれた。

 お飾り類を取付け,最後にバチ布を貼って。
 2022年6月22日,
 ウサ琴EX2号機,完成いたしました!!

 今回も,そこそこ可愛いらしく仕上がりました。
 まあ1号機より構造を多少強化したぶん,高音域での音の伸びがやや落ちましたかね----作った本人じゃないと分からないくらいの小差ですし,構造が強くなってナイロン弦を張れれば,かなりの音量増加が望めます,湿気にも強いので,楽器として活躍できるステージが広がりますからね,功罪相比ぶれば,このくらいはしょうがないかと。

 前作と同じく月琴製作の「上澄み技術」を結集して作った楽器です。絹弦張ってても,そこらの清楽月琴よりははるかにデカい音が出てますし,デカいことをのぞけば「月琴の音」としての質も,そこそこ良いほうだと思いますよ。

 名古屋「鶴屋」鶴寿堂・林治兵衛の棹のレプリカ----やっぱり棹背のラインが美しく,さわり心地も最高ですね(w)
 もっともこの「美しさ」ゆえ,操作上に若干のクセが出てますが,このあたりは使い手のほうに慣れてもらうしかありません。
 前作同様,古物の「清楽月琴」の音や操作感を知らない,まったくの初心者には向かない楽器ですね----楽器としての音や操作性ということからだけ考えれば,「ふつうの楽器」並みの音量と月琴特有の音質は,逆に万人向けではあるのですが。これに慣れちゃうと,たぶん「ふつうの(古物の清楽)月琴」のほうが弾けなくなっちゃいますからね(w)

 いやあ,比べちゃうとね…やっぱりこッちのほうが,断然ベンリなんすよ。

 わしゃあ月琴では清楽曲しかやらん!というような変態さんはともかく,四畳半フォークからボカロ曲,アニソンまでやろうとかいう庵主みたいなふつうの弾き手(ナニ,反対だって?)にとっては,ふつうに音量が出ると言うだけでPAさんの靴をペロペロする必要がなくなり,フレットが2本足されて2オクターブの長音階が出せるという点だけでもラクに弾ける曲の領域がグンと広がりますので「そこ,音がないから弾けん!」と逆ドヤして他の出演者に引かれるなんてことも少なくなります。(庵主の演奏者環境に関しましては黙秘させていただきますwww)

 作者希望といたしましては,すでに1本,古物の清楽月琴なりを手にしていて,日ごろ「もう少しこうだったら…」みたいな満ち足りない想いを抱えている方が使ってくれるとサイコーなんすが……(あ,青汁ドキュメント的な再現Vが脳内に流れた)

 とりあえずお嫁入りさき募集中です。
 ワレと思わんかたはご連絡あれかし,お待ち申し上げております。

(おわり)


菊芳の月琴 (2)

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斗酒庵 よしのすけとまた遭う の巻2022.6~ 菊芳の月琴 (2)

STEP2 トウカイテイオー(CV)

 すみません,10話観てナミダが……ああ,うん。菊芳の続きです。

 今回の楽器は,複数の所有者がいろいろと改造を重ねながらずっと使われてきた楽器なので,工房到着時にはいろいろと余計なモノがへっついてました。そうしたものに隠れて採寸や計測がしにくい点も多々ありますので,本格的な修理の前ではありますが,今回はそのへんをおいおいとっぱらい,原作者の仕事の部分を露呈させながら記録してゆこうと思います。

 糸倉は蓮頭と間木が再接着。
 糸倉左右と間木のあいだにスキマが出来,取付も不自然にズレてました。何度もはずれてヤケになったらしく,樹脂系の強力な接着剤が使われており,とりはずすのがタイヘンでした。
 指板および胴上には,通常より多いフレットがへっつけられています。おそらくは半音を得るためにしたことで,ほかでも時折見られる改造ですが,この楽器の場合,通常の長音8枚フレットでも,ギターと同じようにチョーキングすればだいたいの半音は出せますし,それでも合わなきゃ調弦変えればいいだけなので,庵主的には余り関心出来ない工作ですね。
 何本かは木瞬と思われる硬い接着剤で付けられていました。月琴のフレットはニカワ付け,"ポロリするのは当たり前" のモノですし,後の人がヒドい目に逢うのでこういうのもやめてもらいたいとこです。

 取り外しはしたものの,このあたりはそのままにしておくとイロイロと危ないので,とりあえず糸倉の間木は戻し,指板の山口の貼られるあたりにあったカケもちょちょいと直しておきますね。

 まず間木。なんどもはずれたりくっつけたりをくりかえしている間に,接着面がかなり傷んでしまっています。さらに前の「修理」で,それをそのままにボンドなんか使っちゃったものだから,こんなエグレの中にまでボンドが入りこんだりしちゃってますね。まずはそれをリューターでかきだしましょう。

 次にこのエグレを含めた接着面のデコボコを,木粉のパテで埋めます。ここはニカワ接着必須の箇所ですが,ニカワによる接着の強度は,両接着面をどれだけ平坦にでき,どれだけ密着させられるかにかかってますので,ちょっとやりにくい箇所ではありますが,充填後の整形もていねいにやっておきます。

 ハイ,バッチリくっつきましたね。
 ここが開いたままだと,何かに引っかかった拍子に糸倉がバッキリ逝きかねませんので。これから調査でいぢくりまわすこと考えても,さッさとやっとくが吉。


 指板もフレットのポロリがかなりくりかえされたらしく,傷みが激しい----すでに述べたよう,清楽月琴におけるフレットのポロリは,この楽器の常識日常世界の事態でありますが。通常は,何度か再接着を繰り返すうち,指板にもニカワが滲みて付きやすくなるのか,滅多に外れなくはなります。
 そこからしても,この指板の傷みは少し異常なレベルなんですが……この原因については,庵主,ちょっと思い当たる節があります。

 上でもさんざ紹介した,同作者同時期の作と思われる16号では,指板部分が ウルシ で塗装されていました。ウルシという塗料は乾いてしまうと伝統的な塗料の中でもトップクラスの強靭な塗膜を----まあ,簡単に言いますと,ニカワではくっつかなくなっちゃうんですな。

 芳之助自身,塗ってから気がついたらしく,16号でもフレットの接着位置に荒めのキズ付けてなんとかしようとしたようですが。ウルシの滲みこんだ面がその程度でなんとかなるはずもなく,うちに来た時にも棹上のフレットはほとんど落ちちゃってました----上画像で残ってたこの1本も,濡らしてニカワをゆるめる要もなくポロリでしたしね。
 たぶん,この楽器でもおそらく同じようなことしたんでしょうなあ。
 16号はあんまり楽器として使われてなかったようですが,それでもああでした。今回の楽器はかなり使い込まれたようですので,フレットポロリとの攻防を繰り返してきたため,指板の傷みもここまでけっこうなものとなったのでしょう。

 山口(トップナット)の乗るところのカケは,端材箱から色味の似た紫檀のカケラを選んで接着。捨てなくて良かった----でもこれでまた庵主の "木片捨てられない症候群" が篤くなります。(www)
 補修箇所整形のついでに,指板についたゴベゴベも剥がし,全体を均しておきます。繰り返された補修により,表面のウルシ層はほとんどなくなってるようですので,あとは接着面が密着しやすいように平坦に砥げば,それほど問題はなくなるでしょう。

 さて,糸倉の補修も済ませ,外面からの観察採寸もあらかた完了しました。
 では楽器内部の確認へとまいりましょう。
 現状,棹孔から覗いた感じで,内部には多少のヨゴレはあったものの,一目で分かるような故障は発見できませんでしたし,楽器を振れば響き線もいい感じで鳴ってますが。到着時,抜いた棹のなかごにはスペーサの木片がゴテゴテ貼られてました。補修のついでにぜんぶとっぱらっちゃいましたが,この一件からも内部構造に何らかの問題がありそうな予感はしてます。
 以前の記事でも書きましたが----芳之助,腕は良いくせに,けっこう手抜きするんだよなあ。内部構造みたいな見えないとこだと特に……

 板をハガす前に,いつものとおり表板上のものをぜんぶ取り除いておきましょう。

 うん,まずニラミ(胴左右の飾り)の下から木工ボンド(遠い目)虫食いのでっかいのもあって,その中にも入りこんじゃってますね。

 フレットとその周辺からは木瞬のカリカリ。板に滲みこんでなくてよかった----濡らして柔らかくなった木肌から。こそいでキレイにハガします。

 だいたいのものは取除いて,あとは半月(テールピース)のみ。現状,接着状態に問題はありませんが,初期作の楽器では良く,そもそもの取付けの設定とかが間違ってたりしてることもあるんで,棹の調整作業との兼ね合いもあり,はじめからはずしといたほうが後の作業の進みが早いものです。

 ここの接着はさすが菊芳。
 ほかのお飾り類は基本 「点づけ」 で,そのままでははずれなくても,周囲にお湯を刷けば簡単にハガれてくれましたが。ここはお湯をふくませた脱脂綿で囲んで,一晩濡らしてもビクともしませんでした。
 お飾りやフレットは,調整・修理・メンテナンスの時にはハガれてくれなきゃ困るとこ。対して半月は,糸の力のかかる大事な箇所なので,ふつうはそうかんたんにハガれてもらっちゃ困ります-----ちゃんと後のことも考えて,工作に差をつけてくれてるわけですね。

 面板と半月底の両接着面は精密に平坦に磨かれていました。
 濡らしてできた端っこのわずかなスキマに,クリアフォルダを細長く切ったものを挿し入れ,スキマを広げながら挽き切るようにしてはずしましたが,ニカワは全面,刷いたばかりのような状態で活きてましたので,この半月と表板はほぼ空気も入らないような精度で密着してたんでしょうね。
 まだ濡れてるんで,色が濃くなっています----染めはスオウですね。かなり褪せちゃってましたが,製作当初はこのくらいの色だったと思います。材質はおそらくサクラ。ちょっとトボけた感じのコウモリの顔が可愛らしいです。

 半月の接着が頑丈だったため,板を少し余計に濡らしてしまいました。二日ほど乾燥にあて,いよいよ分解です!

 例によって裏板がわから。数箇所,わずかですが板と胴材の間にスキマがあったので,そこから刃物で切り開きました。胴の接合や表板の接着具合に問題がなければ,もう片面はそのまま残して作業しますが,さあどうでしょう。

 内桁は2枚。円胴の内部空間を均等に3分するのではなく,上桁はやや上(天の板)寄りに取付けられてますね。
 上桁はサクラ,下桁はキリの板のようです。

 上桁のほうがわずかに厚く9ミリ,下桁が7ミリ。
 音孔のくり貫きもていねいで,意外と悪くない作りです。
 四方接合部は庵主がよく補修でやるように,裏がわからツキ板-経木かなコレ-を接着して補強してありました。これが原作時点での工作か,後で補修されたものかは今のところ分かりませんが,接合部に剥離がほとんど見られないのはこれのおかげですね。

 響き線は浅く弧を描いた細めの鋼線で,この床に置いた状態では先端が上桁に触れていますが,演奏位置に近く楽器を立てると,ほぼ完璧な片フロート状態になります----調整上手いですね。
 基部はなんじゃこれと思うくらいデッカイ唐木のカタマリ。
 うーん,たぶん紫檀,お三味の棹の端材じゃないかな?
 けっこう太い釘をぶッ刺して線を留めてます。ここのクギは,けっこう後の時代になっても,古くからある四角い和釘を使っている人が多いんですが,菊芳はそのへん拘りないらしく,ふつうの洋釘ですね----いや,明治のころだから逆に「洋」釘であることに「拘ってる」のかもね。
 響き線・留め釘ともに,表面にサビが若干浮いていますが,状態はだいたい健全だと思われます。

 上桁中央右上あたりに,例のヘロヘロマーク(前回記事参照)が見えますね----下のほうがちょっと切れちゃってますが。ヘロヘロのうえのはたぶん「上」という指示,あとは指示線ですが,すべてエンピツ書き。
 明治初期の段階でエンピツはほとんど輸入品で,10年代には国産の工場もあちこちで開設されてますが,まだそれほど一般的ではありません。ただその初期の鉛筆工場は下広徳寺だとか根岸だとか,芳之助の職場の比較的ご近所にあったようなので,そのへんから融通されてたのかもしれませんねえ。

 現時点で気が付く損傷個所はまず,胴下部に木工ボンドによる再接着。板を剥がす前の時点で,このあたりだけ板がズレて胴材との間に少し段差が出来てましたので予想はしてましたが…剥がす時にけっこうタイヘンだったんだからね!ここだけ頑丈で!!(怒)
 表板がわにも同じ処理がされているようですが,そちらは裏面ほど範囲が広くないようです。

 続いて,下桁は中央部が割れており,表板との接着もほとんど浮いてしまって,はずれる寸前になってますね。

 そして上右画像にも写ってますが,下桁左端のあたり表板に大きな虫食いが一箇所----あんまり見ない盛大な食われっぷりですねえ。上のほうに喰いカス,表に小さな出入り孔があいてますが,さいわいにも左右に広がりはなくこの部分だけのようです。
 上桁の表裏板との接着面などにも小さな虫食いは見えますが,どれも程度の浅いもので,虫害はさほどひどくはありません。いちばん派手なのはここと,表板のニラミの下から出てきた下画像の2箇所くらいですかね。

 上桁の下のところに小さな孔があいてて,これをたどったらオモテのニラミの下の大虫食いにつながってました。

 あとこれは「損傷」ではないのですが謎加工。

 表裏板と下桁に数箇所,何かをほじくり出したような加工痕やヘコミがあります。場所と形状から,おそらくは桐板を製材する時に挿される竹釘の断片をほじくり返したものかと考えられます。
 桐板は,厚い板材や角材に接着剤をつけて重ね,固まったところで端から薄く挽き切って作っていました。現在は固定具や接着剤の進歩で必要なくなりましたが,かつてニカワ等でつけてた時には,接着剤が固まるまで部材同士を定位置で固定するため,等間隔でクサビ型の竹釘が打たれていました。
 板にする時には,この竹釘のちょうど真上を挽き切り,痕跡の残っているほうを主に板ウラとして使用していました。もちろん,竹釘のない部分から採られた板にこれは残ってませんが,月琴は比較的単価利益の低い商品でしたので,表裏にはクギの残っていることの多い二級品の板や桐箱の再利用品などが良く使われています。
 しかしまあ,この竹釘はだいたい半分に挽き切られ残っていてもペラッペラなものなので,楽器の質に悪影響を与えるようなことはまずないと思いますが……芳之助,親のカタキみたいに躍起になってほじくってますね。上左画像のなんて,ほじくるのに夢中のあまり,板オモテまで穴あけちゃってますよ。

 竹釘ほじくりの痕跡は下桁にも見られますね。
 ホント,なにやってるんだろうねー。しかもすべて,ほじくったままで 「埋めて」 ないというのはどういう理由でしょうか?

 あと,これらとは別に裏板に三箇所ほど小さな孔があけられています。
 虫食い等ではなく,工具か千枚通しのようなものであけられたもののようですが,これも意図不明。

(つづく)


菊芳の月琴 (1)

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斗酒庵 よしのすけとまた遭う の巻2022.6~ 菊芳の月琴 (1)

STEP1 君の名は----


 さて,ウマ娘観ながらウサ琴をせっせこ作ってたら,依頼修理の楽器がやってまいりました。

 前回の天和斎まで,このところ唐物が続きましたが,今回は国産月琴ですね。
 ただしこれは明治の国産月琴の中では古いほうのタイプ。唐物の完コピから脱却し,日本の職人らしい構造になってゆくその途上。まだ倣製楽器の影響が拭いきれないころの楽器ですね。

 作者名を書いたラベルも墨書もありませんが,庵主には分かります----これは日本橋区馬喰町四丁目,「菊芳」こと福島芳之助の楽器ですね。
 ああ,もちろん存在Xによるお告げがあったとか,天啓がひらめいたみたいな理由ではないので安心してください。(笑)

 では外面の観察からまいりましょうか。
 全長は645(除蓮頭),胴は横355,縦352。ふむ----わずかですが横方向にふくらんだカタチになってますね。胴厚は36~7,面板のふちの加工の関係なんでこのくらいは誤差範囲。板自体の厚さは表裏ともに4.5ミリほどのようです。どっしりした感のある,やや厚めの胴体です。
 山口(トップナット)下縁から半月(テールピース)上縁までの寸法,有効弦長は420。唐物が400~410くらいなことを考えると長めですよね。このあたりは関東の作家の月琴の基準に倣っているといえましょう。

 寸法はひとまず置いといて。まず目を引くのが棹の糸倉のつけねのところ,この背面部分を庵主は 「うなじ」 と呼んでますが,ここが平ら----いわゆる「絶壁」になってるところですかね。

 国産月琴の多くはここを曲面とし,糸倉と棹はなだらかにつながれでますが,彼らがお手本にしたところの唐物月琴ではだいたいコレと同じように,糸倉がわがスパっと平らな「絶壁」に加工されています。見た目上,国産月琴のすべらかな曲面構成のほうが,「絶壁」よりも手間がかかってるように見えるんですが,実際に加工してみると,ここをキレイな「絶壁」にするのは意外と難しいのが分かります。
 というのも木取り上,この部分はキレイに均すのが難しい木口の部分になります。植物の導管に対しほぼ垂直に切った面をツルッツルに仕上げるのはけっこう大変なんですよ----そうですね,髪の毛の束をギュッとまとめて,断面を平らに磨こうとするのを想像してみてください。床屋感覚で考えなくても,毛の流れに沿って斜めやなだらかにカットしたほうがラクそうなのは分かりますな。

 うちの長老13号(新選組と同い年)なんかは,国産月琴で古いものであってもうなじはなだらかですし,後で唐物を真似て作ったような楽器もあるため,ここが「絶壁」になっていたからと言って必ずしも古いものとは限りませんが,輸入>倣製>国産という技術の流れはいちおうあるので,国産月琴としては,古い形態のものに準拠した楽器である,と少なくとも言って良いとは思います。

 菊芳の楽器では,明治25年の年記のあるもので,うなじは曲面構成,全体ももっと明治期の関東における国産月琴の標準的な姿となってましたので,今回の楽器のようなものは,それ以前の時代の作である可能性が高いですね。

 今までうちであつかった菊芳の楽器でいうと,10号と26号,16号於兎良と今回の楽器がそれぞれ同じくらいの時代の作と考えられますが,それぞれの工作を思い返してみますと,16号のほうが,比較的意匠や構造に実験的なところが多く,各部の工作・加工にもまだ 手慣れていない感 があるようでしたから,そこらへんからも,今回の楽器は菊芳の月琴として比較的初期の作と考えて良いかと思います。

 うちの「楽器商リスト」などで見る限り,馬喰町「菊芳」の名前が挙がってくるのは明治20年代初頭。第三回内国勧業博覧会では褒賞を獲得してますね。明治10年代初頭の楽器職人ランキングなどにはまだ名前が見えませんが,勧業博でも評価されているし,以降本でたびたび紹介され,また店を継いだ岡戸竹次郎も相当な腕前であったらしいことなども考えると,月琴の製作者に多いポッと出のにわか職人とは思えません。庵主は少なくとも明治10年代なかばには,独立して活躍していたのではないかと考えてます。
 明治25年に26号を作ってるのはすでに書いたとおり,16号と26号の間には,すでにあげた形状のほかにもかなりの技術的な差があるので,間にはそれそこの年数があってもおかしくはない感じですね。流行の盛り上がった明治10年代後半からはじめたとして,明治27年には清楽の流行拡大にストップをかけた日清戦争が勃発してますし,現在分かっている資料から,菊芳・福島芳之助は,明治30年代には引退もしくは死亡し,店も他に譲渡されているようですので,芳之助が月琴を製作していた時期は,最大でも10年ちょっとと言ったところ。

 比較的近所に山形屋雄蔵とか高井柏葉堂の店があり,蓮頭やニラミの意匠に類似などから,彼らとの交流があったことも考えられますので,当初倣製月琴に準拠していた菊芳の月琴は,彼らの影響で,渓派・関東風の形態に変化して行ったんではないかとも想像されます。このようなあたりも総合的に考えると,今回の楽器の製作時期は,明治10年代のドン末から20年代ギリ初頭といったあたりではないかと。

 さて,ちょっと考察が長くなっちゃいましたが,ふたたび観察に戻りましょう。

 唐物月琴だと棹背に深いアールがついてますが,これはほぼまっすぐ。概観ですが,関東の楽器はここがまっすぐなものが多いですね。糸倉はやや曲りが深く,太め。唐物や関西の松派の楽器はこんなものですが,後の関東の楽器ではこの糸倉が不識や柏葉堂のように細く長くなってゆきます。このへん細かく見てゆくと少し入り混じった感じなのが,菊芳の初期作の独自性ですね。
 あとは糸巻の孔。

 太いほうが11ミリ,細いほうが6ミリ径となっています。太いほうの11ミリはふつうですが,唐物だと細いほうも8ミリとかありますからね,先がかなり細くなってます。ちなみにこれ,三味線の糸巻のサイズに近い。
 孔の内壁に少し焦げが残ってますので,焼き棒で焼き広げてるのは間違いない。それ自体はふつうの加工ですが,おそらくこれら初期作のころは,まだ月琴用の道具もそろってないので,この軸孔なども三味線作りの道具を流用して作ってたのではないかと。そうするとやっぱり寸法が,月琴の標準的な糸巻のものよりは細めになっちゃいますね仕方ない。

 ちなみに工房到着時,糸巻は4本ささってましたが,唐木で出来た三本溝のが3本と,明らかに毛色の違うのが1本という組み合わせ。
 材質や工作は黒い三本溝のほうが良いのですが,オリジナルはおそらく1本だけ残ってるほうと思われます。各面の溝が深く,角を丸めたこの手の形状を庵主は 「ミカン溝」 と呼んでいますが,これは唐物月琴の糸巻に倣ったもの。同時期の製作と思われる16号の糸巻もこちらのタイプでしたからね。あと,このころの菊芳の糸巻は,唐木ではなくサクラなどを染めたものだったようです。

 さて,ここまで引っ張っておいてなんですが。
 ラベルや墨書署名といった決定的な証拠ではないものの,この楽器が「福島芳之助」の作であると証明する,現状ほぼ唯一の根拠は,棹なかごに付いてます。これですね----

 今回の楽器のものは,棹の調整か後の補修によって頭とシッポの部分がすこし消えちゃってるようですが,ほぼ同じものが16号の棹なかごの同じあたりにも見えます。

 墨書じゃなくエンピツ書きなんで,ちょっと分かりにくいとこですが。
 途中のヘロヘロの回数と,最後の1画が上にひょいっと跳ね飛んでるあたりはだいたい同じですね。10号の資料は当時の撮影機材の関係もあり確認できませんでしたが,26号では胴板ウラの書き込みにも,同じようなヘロヘロがありました。
 まあそもそも,これが署名的なものなのかいまだ確定できんとこではあるんですが,ほかの作家でよくここらに書かれるシリアル(同じ楽器の部品であることを示す番号)はほかの場所に付いてるんで,それでないことだけは確かですし,初期と後期の楽器のどちらにも見えるので,製作年を記したものでもなさそうです。


(つづく)


2022年7月 月琴WS@亀戸

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斗酒庵 WS告知 の巻2022年 月琴WS@亀戸!7月!!



 

 

*こくちというもの-月琴WS@亀戸 ふみ月場所 のお知らせ-*


 復活第2回目のWSに足をお運びいただいた方々,まことにありがとうございます。

 7月の清楽月琴ワ-クショップは,月末第4土曜日,23日の開催予定。


 会場は亀戸 EAT CAFE ANZU さん。
 いつものとおり,参加費無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願いいたします。

 ふみふみふみつき,お昼下り肉球開催。
 美味しい飲み物・ランチのついでに,月琴弾きにどうぞ~。

 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもお気軽にご参加ください!

 初心者,未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい,弾いてみたい方もぜひどうぞ。


 うちは基本,楽器はお触り自由。
 1曲弾けるようになっていってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可。

 


 弾いてみたい楽器(唐琵琶とか弦子とか阮咸とか)やりたい曲などありますればリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。相談事は早めの時間帯のほうが空いててGoodです。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。

  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)


 お店には41・49号2面の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!

 



 清楽月琴代用楽器・ウサ琴EX2完成!!
 お嫁入りさき募集中です!
 清楽月琴の上澄み技術でこさえた1本,ぜひWSにてお試しください。

 

 

ウサ琴EX2 (3)

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斗酒庵 ひさしぶりにウサ琴づくり の巻2022.5~ ウサ琴EX2 (3)

STEP3 アドソ師の料理帳

 さて,舞台はふたたび胴体へと戻ります。
 前々回作った胴体構造に,まずは表板を貼りつけます。

 本物の清楽月琴と比べると今回のウサ琴シリーズは,胴側も表裏板もうすうすでつくっているため,胴体が一回り以上も小さい割には,一般的な清楽月琴よりも音はデカく,よく響きます。
 音ヌケが良いというのは,この手の弦楽器にとって好ましいことではありますが,その代償として華奢で,耐久性に懸念がないとは言い切れません。
 まあ庵主が作るモノですので,ふつうに「楽器」として扱ってるぶんには,そう壊れるもんでもないとは思いますが。不意にどこかにぶつけたり,手が滑って落っことしたり,興奮して襲いかかってきた恋人を殴りつけて返り討ちにしたりというようなことは,長く使っていればないことではありません。
 前作はそのへん,かなり音重視で削ったので,強度面では多少の不安も残りました。たとえば,ふだん使ってる絹弦ではなく,ナイロン弦を張り続けた場合の耐久性などですね。

 もちろん,ナイロン弦を張ったとしても,演奏しない間は弦を少しゆるめる程度----まあギターやお三味なみの扱いをするあたりで問題はないとは思いますが。今回の構造,経年実験が済んでるわけではないので,可能性として,なんちゅうてもシンパイなものはシンパイなのであります。(w)
 そのへん,心配性なお父さんとしましては,改良の余地ありということで。今回のウサ琴EXでは,半月周りの補強を少し強めにしたいと思います。

 前作では,半月の手前板裏にバスパー,接着部真裏にブナのツキ板を貼って補強としています。この板の厚さで絹弦前提なら,これでもやや過剰な補強だったかもしれませんねえ。

 要は,半月にかかる糸の張力に対し,板の変形をどのようにおさえるか,という問題で,単に構造上の剛性の問題とするなら方策はいくつもあるのですが。板全体の振動をなるべく阻害しないカタチで,というあたりを考えると,採れる道はそれほど多くはありません。
 前回はやや簡易な方法を採りましたが,今回はもう少し凝った方法でまいりましょうか。

 半月裏に短いブレーシングを入れます。

 エンドブロックから放射状に3本。これのため,表板をへっつける前に,エンドブロックに板の片端を挿しこめるような溝を3つ刻んでおきました。そこと前縁部に位置するバスパーに噛んで固定されるかたちです。

----うむ,これするなら裏板がわのキール(竜骨)は後で取付けるんだったなあ……あ,でも竜骨つけとかないと胴体構造がイマイチ安定しないんで,表板の接着に支障が出るか。いやでも,表板が付いてないと,そもそもこの補強ができないんだよなあ。

 と,作業手順に多少パラドックスが生じてしまいましたが,まあ取付け自体はなんとか成功。
 竜骨がジャマっちゃあジャマではありますが,これ以上複雑な構成にしないのなら大丈夫でしょう。

 半月裏の補強に続いては響き線の取付け。

 ここも前作と同じくダブルのZ線による「天神」で。
 何度か仮挿しして,角度や左右のバランスを確認し,焼き入れ,ラックニスよる防錆処置をすませた鋼線を,ネックブロック,棹孔の左右に取付けます。
 Z線はZ字形に曲げた部分の間隔や深さで,余韻の音色が変化します。基本的には,ここを大きく広くとると長い曲線や弧線に近くなり,小さくせまくすると直線の響きに似てきますね。
 今回はいちど線の左右を間違えて接着してしまったため,次の日にひっこぬいてやり直しました。うむ,ご飯ちゃわんを持つほうがヒダリ……と。

 今度は間違えないよう,さらに念を入れて,短いのを挿すほうに「短」と書いときましたよ。(w)

 響き線を取付けた翌日。内部のチェックをばっちりしてから,裏板の貼り付けです。

 接着自体は問題なく,周縁の整形もつつがなく済ませましたが----ここで問題発覚!

 棹背が…棹を挿すと,わずかですが棹背の基部が胴体からハミ出てしまいます。
 今回使用の棹は鶴寿堂レプリカ。棹背に美しいアールがついている関係上,前作の棹より基部のほうが少し太くなってるんですね。
 前作の唐木屋の棹なら棹背はほぼ直線に近い形なので,もしこうなっても棹のほうを削って,胴厚におさまるように出来たでしょうが,この鶴寿堂の棹の場合,ちょっとでも削ると棹背のこの美しい曲線が台無しになってしまうので削るに削れない。
 うむ,幸いにもハミ出してるぶんは,1ミリあるかないか。ならばこうじゃ!----

 裏板の棹口のところに,薄い板を一枚貼りつけました。
 これで基部のハミ出し部分もひっかかりませんし,見た感じもまあ「いかにも補強板」(w)みたいで悪くない----もちろんそんな効能はありませんが。

 すでに出来てる部品で仮組みしてみましょ。
 実際に取付けてみて確認する意味もありますが,それより製作のモチベをアゲアゲにするためにも,要所で必要な行為ですねえ。

 これで基本的なところは出来上がりましたので,木固めと目止めのすんだものから各自染めてまいります。

 いつものようにスオウで赤染め,ミョウバン媒染,オハグロ黒染め。

棹指板が黒いので,今回は前作より全体にやや黒味をおさえて,ちょっと赤っぽくいきたいですね。

 前回凝りに凝ってしまった蓮頭。
 アレを全力でやり切っちゃったせいか,今回はナニも思いつきません(www)。
 こういうときの伝統意匠,民俗学屋の知識舐めんなよ----ということで「牡丹」を彫ります。

 胴左右のニラミが「ザクロ」なので,二つ合わせて「富貴百子(お金持ちで子だくさん)」という吉祥図になります。へっついてる棹がこの蓮頭含めて「如意(=願いかなう;縁起のいい置物,孫の手)」のカタチだし,コウモリ(蝙蝠=遍福)や円形胴(円銭=眼前)と組み合わせても吉祥語が生成されます。

 さすがだ伝統意匠,やったぜ伝統意匠,困った時の伝統意匠!
 伝統伝統言ってますが(w)----いちおう全体は月琴についてたお飾りのデザインを踏襲しているものの,花や葉の配置はほぼオリジナルですね。

(つづく)


ウサ琴EX2 (2)

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斗酒庵 ひさしぶりにウサ琴づくり の巻2022.5~ ウサ琴EX2 (2)

STEP2 バスカーヴィルの犬型ロボット

 初歩的な問題だよ。
 そもそも弦楽器とは,弦が張ってなければ,ただの木の箱なのだ。

 というわけで。
 前回,胴体構造を構成する各部品はだいたいそろいましたので。今回はこの木の箱を「弦楽器」とするための作業と,基本的な部品を色々とこさえてゆきます。
 とりあえずはその前に,むかし作った棹の糸倉に,糸巻の孔をあけときましょう。

 軸孔の位置や糸巻の角度等は,棹のモデルにした鶴寿堂の楽器の記録から。あとは実物合わせで微調整します。また各位置における糸倉の幅の中心を出し,握りのほう(太いほう)がそれより1~2ミリ上(楽器前面がわ)になるようにします。これにより各糸巻は,握りの部分がわずかに楽器前面に傾くわけなんですが,このわずかな傾きで楽器の使用感が変るあたり,人間工学って面白いな,と毎回思います。
 庵主の脳はファミコン旧機なみに3D未対応(w)なので,毎度穴あけはちょっと間違ってもリカバ出来るよう,ドリルの細いほうから段階を踏んで,少しづつ大きくしていってますよ。
 そしてドリルからリーマーへ。
 あるていど広がったところで,仕上げは焼き棒をつっこんで焼き広げます。
 庵主の使ってる「焼き棒」は,¥100均で買った鉄製の「釘締め」をちょっと削ったもの。3センチの幅で10>7くらいのテーバーがついてて同じような鉄製品なら,何でも良いとは思いますぜ。
 焼き焦がされることで,軸孔の内壁の繊維が癒着し,割れにくく丈夫になる,という,黒檀やら紫檀やらで棹を作る三味線のテクですが,月琴の場合,棹自体の材質がカツラだとかホオだとか,比較的やわらかい木のことが多いので。最終調整の1~2回前くらいに,エタノでゆるめたエポキを二度ほど染ませて数日おき,孔の内壁を補強してから最後の削りをしてます。

 続いて,そこに入れる糸巻を。

 今回の糸巻はやや細め。棹が優美な曲線美なのに,ぶッ太い糸巻ってのも変でしょ?
 3本素体からこさえましたが,以前の修理の予備で六角まで刻んだのが1本出てきたので,それも削り直して使ってます。

 鶴寿堂の糸巻では,握りの溝を各面3本刻んだものがやや多いですね。
 この溝,増えたからと言って機能的にさしたる差異はなく,単に手間が3倍に増えるだけですが,まあこのあたりは原作準拠で。
 材料にしてる¥100均の「めん棒」は,少し前までブナとかナラとか樫・ドングリ系の硬い材質のものが多かったんですが,最近はやわらかい白楊(ポプラ)のようなので,これも全体に樹脂を染ませて強化しておきます。
 まあ,マッチの軸と同じ材質とはいえ,音響的には悪くないし,三味弦を使っている限り月琴の弦圧なぞたかが知れてるので,強度的にもそのままでさして問題はありませんが,繊維がボサボサしているので,樹脂浸透で表面をカッチリさせてからのほうが,精密な微調整とか溝切りとか仕上げの作業はやりやすいですよ。

 続いては半月。
 前作はウサギx2,カエルx1の月面動物オールスターでしたね。
 今回も似た路線でまいりましょう。

 2枚ある型紙のうち,左のが平均的な月琴のサイズ。
 横幅は変わりませんが,縦幅がウサ琴のほうが1センチくらい狭く,横長のカタチになってます。

 材は前回と同じカツラ。
 縦幅が3センチしかないので,そこそこ小さな端材板でも作れますね~そこらは経済的なんですが……

 例によって,彫りまくりますんで労力は非経済的。(w)

 今回の意匠は「水晶宮」----「月宮殿」とも言いますね。
 お月さん領主の一人・西王母さまの居城----まあ,彫ったのはその玄関先ですが。
 少し前にやった天和斎の半月の「海上楼閣」と基本的なデザインはいっしょですが,この場合,手前を埋め尽くす渦巻は「波」ではなく「雲」となりますので,このウサギ2羽は「波乗り兔」ではなく「雲跳び兔」といったところでしょうか?。
 別に狙ったわけではないのですが,このウズウズの部分は,庵主がふだんやってる楽器の持ちかただと,弾く時に器体を固定するのにちょうど良いひっかかりになるみたいです。

 弦の反対がわの端,山口(トップナット)も前回同様,現在では高級素材の国産ツゲですが,前作より厚みを1ミリばかり落としてあります。

 あまり薄くすると安定が悪くなりますが,このくらいならまあ大丈夫でしょう。

 高13ミリ。富士山型はこのところの定番ですね。
 鶴寿堂の本物の棹だと,指板部分先端で板が切れており,山口はその一段低くなった部分に接着されます。この工作はおそらく,山口の固定補強を狙ったものだと考えられますが。今まで修理したり見たことのある鶴寿堂の楽器で,山口が残っていた例が少ないことから,あまり効果はないようですね。初期のウサ琴などで実験したところからいうと,この工作は指板がかなり厚めでないと効果が期待できない感じです。庵主の棹だと3P構造の補強と粗隠しを兼ねて,指板はそこそこ厚めのが貼られますが,鶴寿堂の原作だと,指板の厚みは1ミリあるかないかなので,あまり意味はないかと考えられます。
 まあそもそも鶴寿堂,部材の加工精度やデザインの腕前は抜群に良いのですが,残念なことに 「接着がヘタクソ」 という欠点もありますから,山口が残ってないのはそのせいかもしれませんがね。

 今回も胴のお飾りはシンプルに左右のニラミと扇飾り。
 標準的な月琴よりも一回り小さい胴体ですし,音質や操作性を重視するなら,もちろんゴテゴテと飾り付けるわけにもいきませんな。
 そもそも日本に輸出された月琴に飾りが多かったのも,東のほうの野蛮人に装飾品として高く売りつけるためのようなもんですから。ちゃんと楽器として使いたいなら,そんなのを有難がってはイケない(w)

 とはいえ「清楽月琴」は「飾りのついてるモノ」。まったく無いのもサミシいですし(お飾り作るの好き),妥協して必要最小限にしてます。
 さいしょ「ちょっと凝ってやろう」とか思って上画像みたいのを彫ったんですが----実際に楽器に当ててみるとこれがまた見事に似合わない。
 EXシリーズのニラミは胴体に合わせて,ふつうの月琴よりも一回り以上小さめの寸法。その中で,彫りも細かいし,単体ではデザイン的にも悪くないと思ったんですがねえ。
 気を取り直して。
 いつものように伝統的な意匠のなかから,月琴に乗せて意味の通じるものを。

 「ザクロ」ですね。
 種子が多いので「多子(子だくさん)」のめでたい象徴。いままでの修理ではよく,「多汁(=多什,物持ち)」のモモ,「多宝」のブシュカンと合わせて「三多」という意匠で使ってますが,モモ以外の2つは,ニラミの意匠としてもそれぞれ良く使われていますね。
 三つのなかで,ニラミの意匠としてモモがあんまり見られないのは,うにゃうにゃと先端の分かれたブシュカンや,実がはじけて種子の見えてるザクロにくらべると,つるんとしていてやや印象が薄いせいかな?

 両面テープで二枚重ねてだいたいの輪郭を切り出したら,2枚に分けて樹脂を染ませ,裏に薄紙を貼って割れ対策をします。

 「ボツ」のほうと比べると彫りも少ないし,「貫き」は2箇所しかないというシンプル・デザインですが,やっぱりこういうののほうがしっくりくるというかなんというか。細かいことやったからといって,必ずしも「凝った」ことにはならないという実例を体験しましたね。

 扇飾りは今回も真ん中にフレットを生やしますので,それを前提にしたデザインにします。

 ニラミをザクロにしちゃった関係で,蓮頭も植物系となる予定,そうなると今回はコウモリさんを入れる場所がない。「眼前遍福」は月琴につきものみたいな意匠ですので,どっかに入れてやりたいですねえ----ということで。

 今回は扇飾りをコウモリさんに。
 フレットを翼で抱きかかえてるみたいなデザインに仕上げます。

 石田不識の月琴ではここにコウモリを内に入れた扇飾りが付いてたり,コウモリそのものが入ってたりしますが,コウモリそれ自体を扇型にデザインしたモノというのは意外と見たことがないなあ。
 腕翼で抱え込んだフレットに,チュウしてるみたいになる予定。

(つづく)


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