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明笛について(29) 54/55号

MIN_29.txt
斗酒庵性懲りもなく笛を買ふ の巻明笛について29 54号/55号

STEP1 Bamboo of the Princess Undine(Fake)

 さて,ひさしぶりの明笛の修理報告でごんす。
 いや~サボってると資料がどッか飛んだり,実物が(誰かに譲っちゃって)なくなったりしますからねえ。溜まらないうちに流しておきましょう。

 明笛54号 は,いつもの人工斑竹とはちょっと違い,おそらくは 「湘妃竹」 を模したと思われる大振りな斑点がついています。もちろん,これも薬品で焦がしたもので自然の模様ではありませんよ。

 「湘妃竹」というのは丸い同心円状の斑点のある竹材で,かなり稀少で高価なものです。まあ「湘妃竹を模した」といっても,正直ホンモノを見たことがあると似ても似つかないどころのレベルではないので,好く言って「ほンのお気持ち」程度ってとこでしょうか。

  ○ ■ ●●● ●●● 合 4B-35
  ○ ■ ●●● ●●○ 四 5C#-10
  ○ ■ ●●● ●○○ 乙 5Eb-40
  ○ ■ ●●● ○●○ 上 5E+27
  ○ ■ ●●● ○○○ 上 5E+30
  ○ ■ ●●○ ○●○ 尺 5F#+20
  ○ ■ ●●○ ○○○ 尺 5F#+25
  ○ ■ ●○○ ○●○ 工 5G#+30
  ○ ■ ●○○ ○○○ 工 5G#+32
  ○ ■ ●○● ○●○ 凡 5Bb~5B
  ○ ■ ○●● ○●○ 凡 5Bb+15
  ○ ■ ○●● ○●● 凡 5Bb+20

 呂音での最高音は ○●● ●●● もしくは ○○● ●●● で 5B+30清楽音階としてはそこそこそろってますが,西洋音階の曲を演ると部分的に「アレ?」っとなるような音はいくつかあります。
 全長535。やや太目の管体,唄口は少し大き目でしたが,響孔がやたらと小さく,竹紙を貼ってもあまり効果が出なかったですね。
 かなりキレイな状態で保存も良く,到着時にも管体に損傷はほとんどありませんでした。管内が少し煤けていたのと,管頭のお飾りに数箇所ネズミの齧った痕があったくらいですかね。

 ネズミの齧った痕は,唐木の粉をエポキで練って盛り付け,ちょちょいと補修。
 内塗りもしっかりしていましたし,唄口の加工も良くて実に吹きやすい笛。楽器としての出来は良かったのですが,「清楽の音階の資料」とするには少々作りが違うかな。大正時代のはじめぐらい---すでに清楽は廃れ姿的にも音的にも「清楽器らしい明笛」じゃなくて良くなってきたころ---の作じゃないかと思います。(譲渡済み)



STEP2 小山さんちのもう1本

 明笛55号 は「小山」銘----52号と同じ作者ですね。

 竹は古色が付きにくいので,材質の状態等からどっちが古いかとか分かりにくいのですが,管頭の飾りが良く見る明笛の典型的なラッパ状のものになっていること,また52号にはなかったしっかりした内塗りが施されていることなどから,これは清楽の流行とともに,日本の気候などに考慮して製作された楽器----つまり52号よりは後じゃないかな,とは考えております。
 管頭の刻字……李白の「早発白帝城」ですもんね。ポピュラー化の極み,第一水準の漢詩で,腐れ文人風味のある庵主だと,コレ使うの正直ちょっと恥ずかしいです。前作は文字もかなり奔放に彫られてて何書いてあるのか判別が難しかったのですが,それに比べると文字もかなり読みやすい字体になっていますね。(www)

 管尾の飾りが欠損していますが,この状態で全長644。
 管部分だけで564(飾り取付け部を含まず)これはここまで最長記録の52号とほとんど同じ…まあ作者が同じですからね。

 この長さの古い明笛がドレミ笛だった例は今のところないので,ほぼ間違いなく清楽に用いられた楽器と考えて良いでしょう。

 工房到着時はかなり汚れてて,管表は煤け管内も灰色の状態。棒の先にスポンジの欠片をくくりつけ,中性洗剤をしませたもので洗ったら,真っ黒な汁が出てきましたよ。
 管表も中性洗剤で洗って,すぐ拭き取り乾燥。
 ----かなりキレイになりました。

 欠損は管尾のお飾りだけですね。明笛の場合,筒音は飾り紐を通す裏孔の位置で決まるので,管尾のこのラッパは楽器としての性能を見るだけなら,まあ,あってもなくてもさほど問題ないのですが,無いとカッコ悪いのでさっさと作っちゃいましょう。

 52号では古典的なシンプルお飾りにしましたが,今回は管頭のに合わせて,よくある定番的なカタチので良いでしょう。
 材料は100均のめん棒。
 前に月琴の普通じゃないサイズの糸巻を削った時の余り材がありましたので,これで良いでしょう。長2センチくらいのものですからね。
 加工しやすい材とはいえ,旋盤がない状況で作るのはけっこうタイヘンな形状。だいたいの大きさに削ったところで切り離し,内孔をあけ,管尻の凸が入るようリーマーで広げてゆきます。
 表がわは裾に向かって少し広がる浅いラッパ型に。
 何度も言いますが,こういうの,旋盤なしで作るのはけっこうタイヘンなんですよ。(www)刃物やヤスリである程度のカタチにしたら,指とか棒にはめて,回しながら削って仕上げます。
 出来上がったら表面を磨いて,ジッパー付の小袋に入れてエタノにドボン。1時間ぐらい置いたところで,そのエタノでエポキを緩めてその中にドボン。水気のかかるところですし,小さくて薄い部品なので,表面に樹脂を浸透させて強化しておきます。

 こないだの52号は,前所有者によって唄口のところが「壊滅的に補修」されてしまっていましたので,掟破りの唄口再生手術でなんとか乗り切りましたが,今回の楽器もアレほどではないにせよ,唄口のところに若干手が入っています。

 孔のカタチ全体少し歪んじゃってますが,特に唇と反対がわ,音を出すのにいちばん大切な,息を切る縁の部分がなんか,上から見るとまっすぐになっちゃってます。
 ためしに吹いてみると現状でもまあ音は出るんですが,高音域がぜんぜんダメですね。スカーっと息が通り抜けちゃいます。ここは要再調整です。
 小山さんの明笛は姿が良いのですが,管体がやや細めな割に,デフォルトでは唄口がやや小さすぎるらしく,けっこうよくこうして所有者による加工・調整が施されているようです。
 唄口を少し大きくすれば吹きやすくなるのは確かなのですが,それをする加工技術がじゅうぶんにないと,52号の前修理者みたいに,却って笛を吹けないもの,吹きにくいものにしちゃうことにもなりかねません。
 この楽器もそういうのの一例かなあ----前所有者はこの作業をするのに,どうやら小刀の類を使ったようなのですが,ヤスリと違って刃物は竹の目に沿ってこそげてしまいがちですからね。小刀とかでも出来なくはない作業ではありますが,明笛の唄口は篠笛なんかよりずっと小さいので,かなりやりにくかったんだと思います。刃の背とか峰にあたる部分が,反対のほう,唇がわの縁に当っていくつもキズを付けてますね。
 まずはこの歪んだ孔の縁を整形しましょう。リューターやヤスリで軽く削って,これをきれいな楕円形に直します。
 孔の縁を塗り直してから吹いてみて----だいたいこれでも良かったんですが,孔の管頭がわのへりにほんのちょっとだけ前所有者の加工痕が残っちゃったので,ここから少し息が逸れちゃうようです。もういちど補修しましょう。

----上にも書いたように,これ,前所有者が孔を削った時についた刃物の背の当たり傷ですね。反対がわをゴリゴリ削るのに夢中になって,刃物の背が関係ないとこに当ってキズしてるのに気が付かなかった模様----浅慮者めが。ごく小さく浅いエグレではあるんですが,唄口ではこの程度でも音の出具合にかなり影響が出ます。
 まずは綿棒にエタノを付けてキズとその周辺を拭います。それからエポキ。
 ごく小さなキズなので木粉は混ぜず,そのままで使います。二液式のを練ってつまようじでちょんちょんと。

 硬化後に整形。でっぱってるぶんを刃物でざっと削り落として,リューターでコンパウンドつけたパフかけて均します。
 このていどのキズだと,恒久的なものでなくてよいなら蜜蝋の類を落として埋めたていどでも良いのですが,それやると,あとでちゃんと修理しようと思った時,いちど付けたロウがいろんなものをはじいちゃって大きな障害になっちゃうことが多いですね。伝統的な技法だと生漆を盛るか,もう少し大きなキズなら木糞漆で埋めたりするところですが,硬化に時間がかかるうえ,傷自体は小さいのでどうやっても周辺への巻き込み被害が大きくなっちゃいますね。

 わずかなヘコミでしたが,ここを埋めただけで,かなりラクに息が通るようになりました。うーむ,このあたりは糸物よりはるかにセンシチブ。

 生漆といえば,この唄口のところ,唇の付くあたり(上画像管の下側)が少し色濃く変色してるんですが。これは使ってるうちに表面が荒れたので生漆を塗って保護したんでしょうね。響孔のところに紙を貼った痕もしっかりついてましたし,それなりに使い込まれた楽器だったようです。

 修理の終わった笛を担いで,近所の橋の下へ。

  ○ ■ ●●● ●●● 合 4B-35
  ○ ■ ●●● ●●○ 四 5C#-10
  ○ ■ ●●● ●○○ 乙 5Eb-40
  ○ ■ ●●● ○●○ 上 5E+27
  ○ ■ ●●● ○○○ 上 5E+30
  ○ ■ ●●○ ○●○ 尺 5F#+20
  ○ ■ ●●○ ○○○ 尺 5F#+25
  ○ ■ ●○○ ○●○ 工 5G#+30
  ○ ■ ●○○ ○○○ 工 5G#+32
  ○ ■ ●○● ○●○ 凡 5Bb~5B
  ○ ■ ○●● ○●○ 凡 5Bb+15
  ○ ■ ○●● ○●● 凡 5Bb+20

 唄口の調整がまだまだで,多少安定は悪いものの,筒音はだいたいBb,清楽の音階ですね。


(つづく)

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