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明笛について(30) 56号・巴山刻

MIN_30.txt
斗酒庵笛が長くなる呪いにかかる の巻明笛について30 56号・巴山銘

STEP1 長くなるノロイ

 なんと言いますか……ええ,また買っちゃいました。

 56本め(たぶん)の明笛は,竹でできてる部分の長さ(管長)がなんと 625!
 ここまでの最長は小山銘52号の575でしたから,一気に5センチも更新しちゃった----なんでしょうねえ,なんか買うたびに長くなってる気がするんですが,このままいくと数年後には1Mくらいある笛がきちゃいそうでし。
 とりあえずこの型の,長くて古い明清楽用の明笛は,当時の基本的な音階をほぼ直接的に知ることのできる大切な資料ですので。楽器自体が好きか嫌いかとか,庵主の腕前がどーとかいう問題じゃなく,超貴重なデータとしていくらあっても困ることはありません。(置き場以外www)

 お尻のほうのはなくなっちゃったみたいですが,唐木で作られた頭飾りがついています。

 先端開口部が七宝に透かし彫りされてますね。

 前にも書いたよう,『音楽雑誌』主宰・四竃訥次の本に記された「明笛の作りかた」の項目でも,ここはこういうふうにせい,となっているので,当時は定番の工作だったみたいです。
 材料が骨牙の場合は,他板で作って後ではめこんでますが,これは……一体かあ。 このカタい木を筒状にくり貫いたうえ,ここだけ残して透かし彫る…うわあぁ,NC旋盤でも貸してもらえない限り,ぜってぇにやりたくない。(w)
 工作は比較的丁寧なのですが,全体のカタチが少しいびつなのと,管の長さに対して短く,見た目のバランスが吊り合っていないこと。またこちら部分の接合部分の工作に,若干不自然さが感じられるので,これはオリジナルの部品ではなく,後補もしくはサイズの近いほかの笛から移植されたのではないかと考えてます。

 接合部を湿らせて抜いてみますと,管のほうの凸には糸ががんじがらめに巻付けられていました。
 糸を巻いて,ニカワかウルシでガチガチに固めたようですね。こっちの端から大きな割れが走っているので,その補修の一環だったかもしれませんが,現状見る限り,あまり効果はなかったみたいです。
 管頭に刻まれているのは白居易(白楽天)の「暮江吟」という詩ですね。刻まれてる文は----

 一道残陽舗水中,半江琴瑟半江紅。
 可憐九月初三夜,露似眞珠月似弓。

----ですが2句めの 「琴瑟(きんしつ:琴と瑟,どっちも楽器)「瑟瑟(しつしつ:水面の青く静かな様子を表す形容詞) の間違いですね。楽器なのであえてこうしたのかもしれませんが,あくまでも「紅」に対しての「瑟(青)」なので「琴瑟」だと意味無くなっちゃいますし,わざとやったにしては大して面白くもない(辛辣)。

 水面に一すじ陽の名残り,赤き川面もかた青鎮み。
 九月初三の夜はいとし,露は眞珠で弓の月。

 平安朝の方々だいすき『白氏文集』にも見える詩で,けっこういろんな物語や文章の下敷きになってます。一次水準の漢詩ですし,刻字も比較的読み取りやすい字体ですね。

 詩と行を換えて 「巴山刻」 と銘が切ってあります。同じ記銘の笛は以前にも見たことがありますが,実際手に取って扱うのは初めてですね。52・55号の小山銘よりは例が少ないですが,複数残っているとこからすると,それなりの数を作ってたとこなんじゃないかとは思いますよ。

 頭飾りと反対の端・管尾のほうは,飾りを取付ける凸状部分が除かれたうえに,開口部内がわが漏斗状に削られてしまっています。頭尾のお飾りをうしなった明笛でよく見られる修整ですが…端っこのほう,管の外径ギリギリまで広げられちゃってますねえ----ううむ,こっちがわのお飾り,どうやって取付けよう

 やや灰色に煤けちゃってますが,管内は比較的キレイ。ロウを流してあるか,あるいは生漆あたりを軽く刷いてはいるようですが,尺八や篠笛みたいに本格的な「塗り」が施されててるわけではなく,ほぼ素のままの竹の肌が見えてます。このあたりは大陸の笛子と同じ。明治後半になると,日本の笛と同じように内がわを塗りこめたものが主流になってきますので,これは比較的古いものか,あるいは古い形式で作られたものみたいですね。


STEP2 割れ笛をとじぶた

 例によってあっちこちバッキバキですようっひょー!

 各部の寸法や現在の損傷等を図にまとめてみました(クリックで別窓拡大)

 採寸結果の数字や状況をただまとめただけのものなので,縮尺にはなってませんからね。
 ふむ…明笛の場合,筒音(楽器の基音,全閉鎖時の音)は唄口から管の端っこまでではなく,裏孔までの寸法で決まります。管の全長625に対してこれが 310 てことは,この楽器の約半分は「お飾り」みたいなもの,というわけですね。

 ちょっと見そこそこ派手な割れかたはしていますが,頭部からの長い割れは,薄ヒビとなって唄口の横まで届いてはいるものの,このあたりではいまだ表面的なもので,唄口内部には影響ナシ。そのほか息向こうの縁の上端に薄ヒビが出てますが,これもさほどたいしたものじゃありません。

 笛は唄口がイノチ。
 逆に言うなら,唄口のあたりさえ無事なら,とりあえず音が出せる程度には回復します。
 笛専門のヒトに言わせると暴論かもせんですが,まあ庵主,専門じゃないので,修理前後の音質の違いとかニュアンスみたいのは分からんちんです----だいたい修理前に演奏可能な状態だったモノ,まずないですもんね。

 というわけで,さっそく作業に入りましょう。
 まずはなにより割れの処置ですね。
 いちばん大きな頭端からの割れを,唄口に近いまだ薄ヒビ状態のほうからとめてゆきます。

 例によって樹脂系の接着剤をエタノールで緩めたものを使います。竹の割れようとする力はハンパなものじゃないので,ここは強力な接着剤を使わなきゃなりません。伝統的な技法としてウルシで継いだような場合も同じですが,強力な接着剤にはそれなりのデメリットもありますので,そのあたりは充分に知ったうえでやる必要があります。頭が悪いとか不器用とかいう自覚のある方はけっして真似せんでくださいね。(w)
 ここの割れはとにかく長いのですが,上にも書いたとおり,唄口に近い部分がなんとかなっていれば,端のほうは楽器の機能上どうでもいいので,ガッチリくっついてればよし,割れ目の大きなところは痕が残っちゃっても構わないくらいの感じでやります。
 割れ目が大きく開いている端っこのほうは,そのまま樹脂を流し込んでも,ダバダバ管内に流れてくっつきません。樹脂の粘度を上げれば,あるていどは流れなくはなりますが,そうすると今度は,接着剤が割れの細部まで届かなくなっちゃいますので一計を案じます----前に唄口の再生をする時に使った工法の応用です。

 クリアフォルダを細長く切ったものを丸めてなかに挿しこみ,これを管内いっぱいに広げます。
 そして最初にゆるく溶いた接着剤,次に少し粘度をあげた接着剤を流し込んで充填し,締め上げて固定します。この方法でも内に多少あふれはしますが,そもそも反射壁のこっちがわは,中に多少凸凹があっても何ら問題はありませんし。割れの表裏にあふれたぶんが,ちょうどリベットみたいに」型に広がり,補修部分を補強してくれるのでかえってよいかと。

 このほか,反射壁の劣化箇所は蜜蝋を溶いたもので埋めました。内塗りがされてるものだと,ここも塗料でガッチリ塗りこめられちゃってますが,今回の楽器は日本の笛でよくあるようにここには蜜蝋が用いられてました。
 まあ篠笛とかだと蜜蝋を棒状にしたカタマリがつっこまれますが,これのは紙を丸めたものの表面部分を固めているだけですね。
 同じように内塗りのなかった51・52号では,ここだけ木糞ウルシでガッチガチに固めてました----けっこう工作の違いがあるもんです。

STEP3 飾りがうまぴょい

 頭飾りはいちおうあるわけですが,上にも書いたよう,すこしびみょーに合ってない感がありますので,今回もこさえるとします。
 ----かもん!めん棒!

 ぎゅ~~~ん!ぎゃりぎゃりぎゃりぎゃり!
 ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゅ~~~ん!!
(旋盤がなく手工具でやってるのがサミシイため,せめて音だけ口で再現しながら作業)

 はぁ…はあはあはあ。
歳なので余計なことをすると息が切れる)

 ぎゅ…ぎゅ~~~ん!げほげほ…ぎゅ~………
(アホなことを四畳半で独りやっている自分の姿がむなしくなり,以降黙り込む)

 ……………………う~うまぴょい
(悲しくなったのでうまぴょい伝説を聞きながら作業続行)

 …………できました。

 さすがに前修理者ほどの根性はないので,七宝部分は別材ハメこみで再現させていただきます。
 接合部分の工作痕から考えて,オリジナルはたぶん,元付いていた唐木製のものや55号についてたの同様,接ぎ目のところに段差のない,単純でスマートなタイプだったと思うのですが。今回はうちで定番の,リング状の段のあるタイプに変更します。お尻のほう,取付の凸がなくなっちゃってますので,スマートなやつだと付けられません。こちらのタイプなら,接合部が管径より少し大き目になりますから,リングの部分に管端をハメこむ凹を刻めます。


STEP4 後は任せろと言って,真っ先に逃げる派

 数日おいて,樹脂で継いだ部分を整形します。
 割れ目の締めても閉じきらなかったぶんが,多少見えてしまってますが,接着自体はバッチリ成功してますし。さらに目立たなくする工夫もないではないものの,庵主,明笛に関しては基本,音が出て,楽器として使用できれば問題ないので,あまり気になりません。

 また修理者として言うなら,対象が分野外の場合,前の人がどこをどうしたのか,こういうふうに分かるようになっていたほうが有難いですね。前から言ってますが庵主は糸物のヒトなので,あとは後世の竹人族に任せます~。

 あとは管の内外をカシューで塗り,表面を磨いて完成です。もともと生漆で拭いてあったようですので表面はその上から数度重ねたくらい。内塗りはたぶん施されてませんでしたが,今回した指孔部分の補修箇所保護のため,内がわも軽く一二回刷いておきました。

 最後に,管頭尾の飾りを取付けて完成!!

 頭飾りは元付いてたやつより若干長くしたものの,どちらも極力コンパクトに作りましたが,それでも 全長715…ううむ大陸の笛子なみの長さですね。現在,あちらのは多く,なかばから継ぎになってますが,当時手に入った天然竹の一節モノとしてもかなりギリギリな長さなんじゃないかと。


STEP5 頭のちょと軽いヤング

 試奏の結果は以下----

  ○ ■ ●●● ●●● 合 4Bb+30
  ○ ■ ●●● ●●○ 四 5C
  ○ ■ ●●● ●○○ 乙 5C#-5D
  ○ ■ ●●● ○●○ 上 5Eb-20
  ○ ■ ●●● ○○○ 上 5Eb+20
  ○ ■ ●●○ ○●○ 尺 5F
  ○ ■ ●●○ ○○○ 尺 5F
  ○ ■ ●○○ ○●○ 工 5G
  ○ ■ ●○○ ○○○ 工 5G
  ○ ■ ●○● ○●○ 凡 5G#+15
  ○ ■ ○●● ○●○ 凡 5G#-5A
  ○ ■ ○●● ○●● 凡 5G#-5A

 ちょっと微妙なとこもありますが,第3音がやや低めに感じるほかは,だいたい清楽の音階の範囲内かと。あと西洋音階にピッタリはまってるとこと,中間音が両方あるあたりは面白いですね。
 ----なんか,わざとこうしてる感もないではない。(w)
 呂音での最高は ○ ■ ○●● ●●● で,筒音のほぼぴったりオクターブ上,5Bb+25 が出ましたので,ピッチも問題はないようです。

 ただ……初見だとかなり吹きにくい笛ですねえ。
 唄口には問題はなく,唇の位置さえ決まれば,軽く音は出るのですが。その位置取りがけっこうシビアなうえ,うちにある他の明笛の標準とやや異なっており,わずかな差なんですが,マトモに音が出せるようになるまでちょいと苦労しました。

 まあ庵主の技量不足もあり,これはこれとして,慣れちゃえばさして問題はないでしょう。
 この現状の原因の一つとしては,ほかの明笛に比べ,管頭部分が極端に長いことがあげられるかもしれません。
 この笛はやや極端なヘッドヘビーになっているほうが,取り回しがラクなのですが。本器の頭部分は,長い割に中がすっからかんなため,軽すぎて勝手に動き,最適な構えを保持しにくい感じですね。古いタイプの明笛ではこうした場合,適度なバランスをとるために,管頭部分に鉛や鉄砂の重りが入れられてることがあります。もともと本器にそれが入っていたかどうかは不明ですが----いづれ入れてみるとしましょう。
 
(つづく)

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