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柏遊堂の月琴 (1)

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斗酒庵 六度輪廻で柏遊堂 の巻2023.2~ 柏遊堂の月琴 (1)

STEP1 柏に遊ぶは誰ぢやいな

 さて,ひさびさの月琴修理報告です。
 依頼自体は暮れ前に届いていたのですが,庵主,ちょうど冬の雪かき帰省に出ていたため,ちょいとお待たせしてしまいました----もうしわけなし。

 ラベル等,直接作者につながるような証拠はなくなってしまってましたが,送っていただいた画像に,特徴的な半月が写ってましたのでほどなく確定。

 「柏遊堂」ですね。

 右が以前修理した21号(柏遊堂)の半月。そして庵主は,これと同じ意匠の半月を他の作家の楽器で見たことがありません。現状どこの誰かは分からない作者ですが,同様に構造や加工の特徴などから,同じ作者の楽器と後に判明したものもふくめると,いままで5面,これで6面めですから。こうやって修理にやってくる残機の数から考えても,かなり大規模に作っていたメーカーさんだと考えられます。

 やや小ぶりな器体で,スマートな棹や糸倉は関東流ですが,材質や糸巻が短い(=材料をケチってる)こと,また第4フレットを胴と棹との中間位置くらいに置き関東と関西の楽器の中間的設定としていることからも,清楽流派オールラウンダー入門版的な楽器として大々的に製造販売してたものでしょう。

 「"柏" 遊堂」 という名前や,正体のわかっている作家の中で,いちばん近い楽器を作っているのが 「柏葉堂」 こと高井徳治郎であることからも,製造元のお店の本号は 「柏屋」 でしょうねえ。三味線の「○○や」より,「○○堂」とか「○○斎」のほうが,唐渡りの楽器の作者として「それっぽい」からの変名別号で,まあ月琴作者としての 「月琴ネーム」 みたいなものでしょうか。本石町の「唐木屋」も「漢樹堂」名義(漢=から,樹=き)で月琴を販売したりしてますな。元の店名を残すあたり,「菊屋の芳之助」が「菊芳」を名乗るのと似たようなとこもあります。

 楽器全体の印象から,作り手は関東の人な気がしますが,お江戸だけでも「柏屋」と名乗る楽器屋さんはかなりの数ありました。しかしながら月琴流行期の「柏屋」号の大手処で,一時的にせよこういう楽器のあるていどの大量生産が可能なキャパを持っていそうとなると,浅草の 柏屋本店・高木芳五郎 か本所の 柏屋総本店・石川栄次郎 さんのとこでしょうか?(本店,と総本店でどう違うのかは知らん)

 なお,この二人だと,高木芳五郎さんのほうの取扱記録に箏・三味線しか出てこないのに対して,石川栄次郎(永次郎)さんのほうは,内国勧業博覧会や東京府工芸品共進会で月琴などの清楽器を出品してます---それでいてこの人名義の楽器を見たことがない---「柏遊堂」が「柏屋」の変名なのだと仮定するのなら,そのなかだとトップクラスに可能性が高い一人ですね。

 ともあれ,楽器の調査とまいりましょう。

 この作者の楽器は,なぜか古物の割にキレイに保存されている例が多いんですが,実は修理者的にはこういうのがいちばんコワい。
 何度も書いてますが,使いこまれてボロボロになってる楽器のほうが,修理はラクだったりするもんなんですよ。

 糸倉の加工にまず気が付きます。
 糸を巻き取る部分を 「弦池」 って言い,たいていの月琴でここは,糸倉部分の真ん中を二股フォークみたいに切り取って,てっぺんに間木をはさめて塞ぐ,という工法がとられますが,これは 「彫りぬき」----糸倉の形に成形した後,真ん中を彫りぬいてるんですね。
 ここを同じようにしてるのは,石田不識などごく一部の作家さんだけです。
 ちなみに月琴は棹が短いので,音的にはここが間木だろうが彫りぬきだろうが,ほぼ影響はありませんね。むしろ強度面や後々のメンテに不安が出るというか……実際,柏遊堂の楽器は糸倉が割れてることが多いんですよね~。

 弦池を彫りぬき,なんていう手間をかけてるわりに,糸巻を挿す軸孔の加工がかなり雑です。いちばん下左がわの孔なんて御覧のとおり楕円形になっちゃってますからね。ほかも大なり小なり歪んでたり,欠けてるのをそのままにしてたり----ちょっと可哀そうなくらいです。
 弦楽器的にはとても大事な部分なんですが,これもとにかく数を優先させた結果でしょうねえ。

 棹上のモノはぜんぶ後補ですね。
 山口は欠損,かわりに三味線の上駒のつもりかな? 象牙の細板がへっつけてあります。
 フレットも同じ材質の薄い板が3枚----棹基に向かって高くなってますね。何のつもりでしょうねえ。

 この棹のなかごの形状も,柏遊堂独特のものです。
 延長材の片がわに浅いエグレがつけてあるのが特徴----ちなみにこの加工の理由は不明。たぶんつけたかっただけだと思う。基部の表板がわに墨書。胴の棹口のところにもおなじマークが書かれてますが,21号は三角だったし,ほかも数字とは言えない記号だったので,これはシリアルとかより,流れ作業でぺッぺッと作って,後で組み合わせるときの目印的な意味のほうが強いと思います。同時にかなりの数作ってみたいですからねえ~いちいち数えてらんなかったのかも。

 基部の加工はお世辞にも良いとは言えず,棹の取付け自体もかなりユルユルですが,ガタツキはさほどありません。
 ただし棹オモテ(ギターとかだと指板のある面)が胴オモテの水平面とほぼ面一に近い設定で,背がわへの傾きが足りませんから,山口がちゃんとついていたとしてもやや弾きにくい楽器だったでしょうね。

 胴左右のニラミは仏手柑。21号とまったく同じです。
 あと5・6フレット間の扇飾りが,前回もすこしだけ左に傾けて着けられてたんですが,なんかこだわりがあるのかな?

 胴右下接合部付近の表板がわから,地の側板の半ばあたりまでにかけてかなり大きな亀裂が走っています。高いところから落とされたか,婚約者でも殴ったのか,かなり大きな損傷だったようですね。いちおう補修されており,現状いつの仕業かは分かりませんが,接着剤がハミだしたままになってたりしているので,マトモな修理だったとは思えません。
 ここはどうなってるのか,ちょっと心配ですね。

 最後に,今回見つかったこの楽器いちばんの不具合なのですが……

 「響き線」がまったく機能しておりません。

 弦の音に金属の余韻を与え「月琴の音」のイノチともいえる響き線。
 棹孔からのぞいた限りでは内部の汚れもそんなにないし,響き線も銀色でほとんど錆びてない様子。もちろん線がはずれたりもしてはいませんが,楽器を水平にしてる時ちゃんと動いてるのに,演奏位置に立てると胴内に触れて機能停止って設定なんやねん,逆やろがい。

 地の板が割れた時の衝撃によって変形したものかもしれませんが,今回は庵主的にこれがいちばんイタいですね----アイタタタタ。
 この楽器の響き線が,ほかの作家の楽器でよくある固定形式だったら,棹孔から棒でもつっこんで調整を試みてみるところなんですが,柏遊堂の楽器の響き線は,量産のためか基部の固定もごく簡易的な形式になっており,線に直接力をかけると,間違いなく根元からモゲます。

 なもので,毎度のことながら道はオープン修理しかないわけですが,現状キレイな状態の古物に修理のため余計なキズをつけるってのは,何度やっても元骨董屋の小僧をやってた庵主の心臓にいたく負担がかかるのでありますいたたたたた。

(つづく)


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