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柏遊堂の月琴 (3)

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斗酒庵 六度輪廻で柏遊堂 の巻2023.2~ 柏遊堂の月琴 (3)

STEP3 柏で遊ぼよその前に

 最初のほうでも書いたように,庵主が 「柏遊堂」 の楽器を扱うのは,今回で6面めとなるわけですが。いままでの記録を見ますに,それらの楽器には大きく分けて2つのパターンがあり,加工の稚巧や細部の工作の比較などから考え,それらはおそらく時系列的に前後の関係にあるのじゃないかと推測しております。

 とりあえず,前期のほうを「A」,後期を「B」としてみましょうか。
 今回の楽器はこのうち,比較的初期作と思われる「A」のほうに属しています。

 現在までのところ本修理報告で「柏遊堂」の楽器と同定されているのは,自出月琴の21・35・43・52号,依頼修理の「パラジャーノフ」の5面です。
 記録画像やフィールドノートから,本器以外でこの「A」に属すると思われるのは21号と52号。

 後期生産型と考えられる「B」がそれ以外の35・43号とパラジャーノフです。

 このうち「柏遊堂」のラベルが完全に残っていたのは21号のみ,棹のなかった35号はその量産に適した構造から当初,清琴斎・山田縫三郎の作としていましたが,後に内部構造等の比較から「柏遊堂」の作だろうと考えなおし再度分類し直しました。

 AとB,共通の特徴は----

 1)棹なかご,延長材部分側面のエグレ。
 2)響き線の取付け方法。

 1)の棹なかごの側面に浅くエグレがつけられているのはA・B共通の特徴ですが,エグレ自体は右だったり左だったりで,さして決まりはない様子。工作の違いは見ての通り延長材の先端部分にあって,Aでは先端が三角に削られてますが,Bはスパッと真っ直ぐ切り落としたカタチとなっています。

 2)も,響き線の基部を側板と板の間にはさみこんで固定する,という方式は同じですが,Aではその基部が表板がわにあるのに対し----

----Bではこれが裏板がわになっています。

 1)の形状変化は先をトンがらせる理由がないことに気付いたからでしょうが,2)の取付け位置の変更は,響き線の機能と組みたて工程の問題に起因するかと思われます。

 直線型響き線のもっとも一般的な工法では,下図1・2のように,線の基部は胴材に直接か,あるいは胴側内壁に接着された木片に埋め込まれており,鉄もしくは竹製のクギで締めて固定されています。直線の場合線の振れ方は,基部を中心に先端が円を描くようなカタチとなりますが,この円の振れ幅や方向は,取付後もあるていどは調整可能です。

 さて,月琴の胴体は通常,表板がわを起点として,側板と内部構造を組み合わせ,最後に裏板を閉じて完成という手順で組まれていたと推定されます。この作業はほとんど,表板を下に,胴体を水平にした状態でなされていたと思われますが,今回の楽器でも響き線はその状態----胴を水平に置いた場合----では,胴内で片持ちフロートの機能状態となってるんですが,演奏姿勢に構えると板にへっついて機能しなくなります。これは作者が響き線の動作確認を「楽器を水平に置いた状態」でしかやっておらず,さらには「それで良い」と考えていたからだと考えられます。
 そもそも,柏遊堂の響き線の工作では取付後の修整がほぼ不可能なので,裏板を閉じる前に響き線がぜんぜん機能していないことが分かったとしても,けっきょくは裏板を閉じてそッと出荷するしかありません。また,この線の形状で表板がわに基部を置いた場合,線の表裏方向への振れ幅は,上図3・4として描いたように,表板方向より裏板方向へのほうが若干大きくなりますので,工作時にいくら「表板からちゃんと離れていた」ことを確認したところで無意味というものでしかないでしょう。
 この響き線の工作不良に関しては,基部の位置を裏板がわにし,取付けの順番を最後のほうに回すだけでかなり解消できるようになるので,AからBへの変化は至極必然であったと考えられますね。

 A・Bともに内部構造は2枚桁で,上桁のデザインや加工・取付方法はどちらも同じですが。下桁のほうは,Aでは真ん中がコの字型に大きく切り込まれているのに対し,Bは3箇所丸い孔を穿って音孔としています。Bのほうは他の作家の楽器でも比較的よく見る工作ですが,Aのほうは柏遊堂以外で見たことがなく,いちおう柏遊堂の「創意」の一つであったろうと認めることができます。
 庵主の想定のようにAからBへという移行があったとするなら,前回紹介した下桁の板自体のナゾ加工(左右で厚みが違う)を含め,この下桁が「均等な厚みの板」「3箇所丸い孔をあけただけ」の「ふつうの工法」になった理由は,単にそれら初期の「工夫」「何の役にも立ってはいない」うえに「ただの手間」であることが分かってきたからだと思われます。

 ちなみにBタイプの下桁は,Aでは接着のみだった接合を,上桁と同じ側板内壁に切った溝に左右端をはめこむ方式に変えています。これもそれまでかけていた「余計な手間」を「丁寧な工作」のほうに転換したものと考えられますね。労力の総量はたいして変わらないか,むしろBの工作のほうが少なくなっていると思われますし。

 あとA・B共通の特徴として,どちらも指示線や書き込みがぜんぶ墨線だということもあげられましょうか。ほぼ同時代と思われる他の作者では,エンピツが使われてるのがけっこう多いですね。文字の場合ほど顕著ではありませんが,指示の位置や線のクセみたいなものも共通しているようです。

 さて,裏板を剥いで内部構造も分かったので,とりあえずの情報をまとめてフィールドノートにしておきましょう。(下画像,クリックで別窓拡大)
 この後も作業中に不良個所とか虫食いなんか発見されて,書きこみはいくぶん増えるかとは思いますが,楽器の諸元寸法などの詳細情報はだいたいそろっていると思われます。

 おもな要修理・改修箇所としては,まず散々書いてきたように,機能していない「響き線」がありますね。これについてはイロイロ考えてますが,まだどうするかは完全に決めてません。そのほかは----

 1)棹角度の調整:現状は棹の指板部分が胴表面板の水平面とほぼ面一となっています。これは月琴を製作初期のころの作家さんによくある設定間違いで,唐物や国産のちゃんとした楽器では,山口のあたりで表板水平面から3~5ミリほど背がわに傾いています。現状のままでも弾けないことはありませんが,フレットが全体に高めで高低差があまりつけられないので音や運指への影響が良くありません。

 このあたりは当時の使用者も分かってたらしく,柏遊堂5パラジャーノフの前所有者さんなんかは,延長材をほとんどなくなるくらいまで削って調整していました(上画像)----ただしやりすぎて傾き過ぎちゃってましたけど。

 2)軸孔の工作不良:これも第1回で書きましたが,けっこうヒドいです。特に一番下の軸孔は安定が悪いままで使い続けたせいで,左右両方がかなりユルユルに広がっちゃってますね。ほかの箇所はそれほどでもないのですが,糸巻との噛合せはどこも良くないので補修と調整はやっとかんと。
 弦楽器ですからね。ここの動作不良は操作性に直結してますから,ちゃんとしとかんとならんのですが,繊細でやりにくい,けっこうイヤな作業になりそうですね~。

 3)表板の虫食い:意外と重症だったようで。板の接ぎ目に沿って上下貫通しちゃってましたね。表がわからはほとんど見えない感じですが,ほじくったらけっこうなものでした。

 4)欠品:上から,蓮頭,糸巻2本,山口(トップナット),棹上のフレット3枚。このあたりは無くなった物を足すだけなんで,調整やら改修やらに比べれば気持ち的にはいくぶんラクな作業になります。だいたいいつもやってることだしね~。

 次回から,作業開始です!!

(つづく)


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