柏遊堂の月琴 (6)
2023.2~ 柏遊堂の月琴 (6)
STEP6 360ディグリー柏餅 柏遊堂の楽器は,主材の材質・工作技術ともに,大流行期に大量に作られた数打ち楽器のなかでは良いほうなのですが。完全にオリジナルの状態でも,音をつむぐ道具である楽器として,ということになると,その評価はかなり落とさざるを得ません。 その原因は,「よく知らないヒト」 が 「よく知らないモノ」 を 「よく分からないで」 作っているから----ただこの一点に尽きます。まあ当時の国産月琴を作っていた職人さんのほとんどが,その状態であったと言っても良いような状況なので,柏遊堂一人をただ責めるわけにはいきませんが。いくら木工の腕が良くっても,どの部品がどういう役目なのかちゃんと理解してないで,形だけ真似て組上げたり,勝手な解釈で変更したり,お金の都合だけでいろいろケチったりしたモノが,そのままでマトモに鳴るはずもありませんな。 ストラディヴァリが「なんとなく見て作った三味線」は,どうやっても「迷器」かもしれませんが,ぜったい「名器」にはなりえない,と思いますよ。 とりあえず発散しとかないと,柏屋の墓所という墓所を更地にする勢いで,盗んだ10式戦車で夜の街を走りだしかねませんので,まずのところは多少のグチもご容赦を。毎度けっきょく,故人のやらかしの尻拭いとツッコミ役であります。今回はボケ役の腕前が無駄にイイだけに,かえってハラがたちますね。(w) さて怒りを情熱にかえて ラ~イドンタイム (80年代風) 修理後半へとまいります! 響き線の改修から。 オリジナルは機能不全状態。またそのまま修理したとしても,そもそもの設定が間違っているのでほぼまともに機能しないことは明白----ということでペンチでつまんでぶッちしたわけですが。 線自体の材質は良く状態も悪くはないので,へっこぬいたこのオリジナルの鋼線はちゃんと機能するカタチにして戻してあげたいと思います。 原作は側板と表板の接着面に基部を埋め込むカタチになってました。唐物の場合は胴内壁に直挿しですが,柏遊堂の胴は極端に薄づくり(最大厚でも7ミリ)なのでさすがに穴があきますので,国産月琴でおそらくいちばん一般的な構造にします。 まずは線を挿しこむ基部を新設。 ニューギニアウォルナットの端材ですが,ちょうどいい大きさだったので,これでいきますね。 この基部の木片の設定や取付け方法もいろいろありますが,今回は上桁と側板内壁の二箇所にくっつくカタチで。表板・裏板からは1~2ミリほど離して接着しますが,これも実例では,表板のみに接していたりその逆だったり,イロイロですね。 四角いカタマリの真ん中に2ミリの孔をあけ,内壁のカーブにピッタリ合うよう裏面を整形し,接着します。 クランプをかけて一晩。 内部構造なのでハズれたりすると困るところですが,はずれなけりゃはずれないで困る修理の場面も考えられますので,ガッチリと付けましたがエポキ等の強力な接着剤ではなく,やりなおしのきくニカワ付けにしておきます。 線は工房定番のZ線に加工します。この形状だと,線の振幅をかなり好きなように指向させられますので調整がラク。基本は直線風の余韻がかかりますが,Z部分の曲げ方でしだいで曲線っぽい効果も出せますね。あと演奏がバッチリはまると,リバーブとかエコーみたいに,音がちょっと遅れて還ってくるような効果のかかることがあります。庵主はこれを「天使の余韻」と呼んでますよ。 何度か仮付けをして,ベストの角度や傾きを確認。 カタチができたところで,少し焼きを入れ直して組みこみます。 固定用の竹釘は煤竹で,皮目のほうが線に着くようなカタチで軽く打ち込みます。 もちろんこれだけじゃなく,接着剤も付けてますけどね。 せっかく確認したベストの位置からズレないよう,ガッチリ固まるまで木片を置いて支えます。基部のあたりには焼きが入ってないので,固定後もある程度の調整はできますけどね。 この響き線の取付け方法や設定に関しまして,ここまで庵主,原作者の工作をほぼ一方的に disってきたわけですが。元より響き線が表裏板の間のせまい空間でちゃんと機能するかどうかを確かめるだけなら,なんのことはない,こんなふうにすれば良いのことです----角度や傾きをより自由にとりたいなら,板をニカワで仮付するとか,両面テープでくっつけてもいいね。そして柏遊堂はこの程度の「実験」もしなかったので,現在後世(主に庵主)にメーワクかけとるわけですな。まあそもそも,この時点での作者が 「響き線の機能をちゃんと理解していたか」 のあたりからアヤしいのではありますが。 楽器が大きく傾いても,響き線はなるべく機能し続けるよう。 多少強く揺らしても,線鳴りのノイズが出ないように。 その許容範囲が大きいほど演奏の自由度が増しますので,わずかな調整を重ねて最良の妥協点を模索し,微調整を重ねます。 同時進行で,割レの入っている地の板の補修もしときます。 表面から見るとけっこう長く大きなヒビなので,中はどんなことになっているかと思っていたのですが。このヒビ割れは材の内がわにまでは達しておらず,表面がパクッと裂けたようになってるみたいです。 いちおう前に誰かが補修を試みているようですが,割れ目になんや分からん接着剤を流し込もうとしたくらいで,それも部分的にしか入ってませんね。 現状はこれでそれなりに安定しており,以降の保存環境如何ではこれ以上開くこともなさそうですが,見た目シンパイなのはもちろんのこと,わずかに段差もできちゃってるため,楽器を膝上に置いた時,多少ひっかかる感触があります。 ちょいとどうにかしておきましょう。 まずは前修理の接着剤を取り除けるだけ取り除きます。 あちこち接着剤がハミ出たりしたまんま固まったりしてますので,少なくとも楽器屋さんの仕業ではなさそうですね。 続いて,注射器などを使って,割れ目にエタノールを流し込みます。 はしっこの薄いところまでしっかり行き渡るよう,時間を置きながら何度もやります。 割れ目からエタノが滲みだすようになったところで,今度は緩めたエポキを同じように注入して充填。 最後に表面に唐木の粉を大量にふりかけ,樹脂がちょっと固まってきたところで,ヒビを中心に寄せて盛りあげ,上から軽く圧して割れ目に埋め込みます。 一日後に表面を整形,余分を落として完成です。 木地色と違うので,今はちょっと目立っちゃってますが,仕上げである程度はなんとかしますよ。 続いては,半月の補強。 現状,半月は現状べつだん壊れてはいないものの,材質がかなり悪いのに加え工作がめちゃくちゃ雑なので,ちょっとこのままでは戻せません。早晩壊れちゃいますね。 なんせ,まあ表がわはいいんですが---- 裏がこのありさまです。 も~「穴あけただけ,後は知らん」ってのが見え見えですね。月琴の弦は基本絹糸なんで擦れには弱く,さすがにここまでボサボサのガサガサなのはちょいと困るんですけど。 まずはこのボサボサにササクレてエグれてる糸孔周縁を木粉のパテで埋めます。 そこをいちど整形して,つぎにこのガタガタになってるポッケ部分全体に,やや緩くしたパテを塗りこんで固めます。 このパテの骨材は唐木の粉なんで,これでここは唐木のうすーい板を貼りつけて補強したのと同じような状態になっているわけですね。完全に硬化するまで一晩置いて,表面を平らに整形。 糸孔をあけ直しましょう。 まずは細いドリルで下孔----糸端を出しやすいようやや斜めにあけます。これをリューターで少しづつ広げ,裏面にはガイドになるよう溝を刻んでおきます。 仕上げに糸孔の内壁に,樹脂をツマヨウジで塗りつけて強化。 材があまりにヤワなんで,そのままだとすぐ広がっちゃいそうですから。 染め直したあとで,表面全体も薄めた樹脂を塗布して固めておかないと。 胴体のほうの工作とか見るに,原作者は材を見る目は人並み以上のヒトなので。このあたりは純粋にお金のため,コスト削減の一端でしょうなあ。前から書いているとおり,月琴は当時高級品でも琵琶やお箏にくらべれば比較的安価な楽器でしたし,さらにそれが「作りゃあ売れる」の数打ち品なら利益率はさらに薄く,どれだけコストを減らせるかのほうに考えがいってしまうのはしょうがないといえばしょうがありませんね----それはそれとして原作者はあとで殴る,ぜったいだ。 (つづく)
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