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柏遊堂の月琴 (6)

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斗酒庵 六度輪廻で柏遊堂 の巻2023.2~ 柏遊堂の月琴 (6)

STEP6 360ディグリー柏餅

 柏遊堂の楽器は,主材の材質・工作技術ともに,大流行期に大量に作られた数打ち楽器のなかでは良いほうなのですが。完全にオリジナルの状態でも,音をつむぐ道具である楽器として,ということになると,その評価はかなり落とさざるを得ません。

 その原因は,「よく知らないヒト」 が 「よく知らないモノ」 を 「よく分からないで」 作っているから----ただこの一点に尽きます。まあ当時の国産月琴を作っていた職人さんのほとんどが,その状態であったと言っても良いような状況なので,柏遊堂一人をただ責めるわけにはいきませんが。いくら木工の腕が良くっても,どの部品がどういう役目なのかちゃんと理解してないで,形だけ真似て組上げたり,勝手な解釈で変更したり,お金の都合だけでいろいろケチったりしたモノが,そのままでマトモに鳴るはずもありませんな。

 ストラディヴァリが「なんとなく見て作った三味線」は,どうやっても「迷器」かもしれませんが,ぜったい「名器」にはなりえない,と思いますよ。

 とりあえず発散しとかないと,柏屋の墓所という墓所を更地にする勢いで,盗んだ10式戦車で夜の街を走りだしかねませんので,まずのところは多少のグチもご容赦を。毎度けっきょく,故人のやらかしの尻拭いとツッコミ役であります。今回はボケ役の腕前が無駄にイイだけに,かえってハラがたちますね。(w)

 さて怒りを情熱にかえて ラ~イドンタイム (80年代風)
 修理後半へとまいります!

 響き線の改修から。

 オリジナルは機能不全状態。またそのまま修理したとしても,そもそもの設定が間違っているのでほぼまともに機能しないことは明白----ということでペンチでつまんでぶッちしたわけですが。
 線自体の材質は良く状態も悪くはないので,へっこぬいたこのオリジナルの鋼線はちゃんと機能するカタチにして戻してあげたいと思います。

 原作は側板と表板の接着面に基部を埋め込むカタチになってました。唐物の場合は胴内壁に直挿しですが,柏遊堂の胴は極端に薄づくり(最大厚でも7ミリ)なのでさすがに穴があきますので,国産月琴でおそらくいちばん一般的な構造にします。

 まずは線を挿しこむ基部を新設。

 ニューギニアウォルナットの端材ですが,ちょうどいい大きさだったので,これでいきますね。
 この基部の木片の設定や取付け方法もいろいろありますが,今回は上桁と側板内壁の二箇所にくっつくカタチで。表板・裏板からは1~2ミリほど離して接着しますが,これも実例では,表板のみに接していたりその逆だったり,イロイロですね。
 四角いカタマリの真ん中に2ミリの孔をあけ,内壁のカーブにピッタリ合うよう裏面を整形し,接着します。
 クランプをかけて一晩。

 内部構造なのでハズれたりすると困るところですが,はずれなけりゃはずれないで困る修理の場面も考えられますので,ガッチリと付けましたがエポキ等の強力な接着剤ではなく,やりなおしのきくニカワ付けにしておきます。

 線は工房定番のZ線に加工します。この形状だと,線の振幅をかなり好きなように指向させられますので調整がラク。基本は直線風の余韻がかかりますが,Z部分の曲げ方でしだいで曲線っぽい効果も出せますね。あと演奏がバッチリはまると,リバーブとかエコーみたいに,音がちょっと遅れて還ってくるような効果のかかることがあります。庵主はこれを「天使の余韻」と呼んでますよ。
 何度か仮付けをして,ベストの角度や傾きを確認。

 カタチができたところで,少し焼きを入れ直して組みこみます。
 固定用の竹釘は煤竹で,皮目のほうが線に着くようなカタチで軽く打ち込みます。
 もちろんこれだけじゃなく,接着剤も付けてますけどね。

 せっかく確認したベストの位置からズレないよう,ガッチリ固まるまで木片を置いて支えます。基部のあたりには焼きが入ってないので,固定後もある程度の調整はできますけどね。

 この響き線の取付け方法や設定に関しまして,ここまで庵主,原作者の工作をほぼ一方的に disってきたわけですが。元より響き線が表裏板の間のせまい空間でちゃんと機能するかどうかを確かめるだけなら,なんのことはない,こんなふうにすれば良いのことです----角度や傾きをより自由にとりたいなら,板をニカワで仮付するとか,両面テープでくっつけてもいいね。そして柏遊堂はこの程度の「実験」もしなかったので,現在後世(主に庵主)にメーワクかけとるわけですな。まあそもそも,この時点での作者が 「響き線の機能をちゃんと理解していたか」 のあたりからアヤしいのではありますが。

 楽器が大きく傾いても,響き線はなるべく機能し続けるよう。
 多少強く揺らしても,線鳴りのノイズが出ないように。
 その許容範囲が大きいほど演奏の自由度が増しますので,わずかな調整を重ねて最良の妥協点を模索し,微調整を重ねます。

 同時進行で,割レの入っている地の板の補修もしときます。

 表面から見るとけっこう長く大きなヒビなので,中はどんなことになっているかと思っていたのですが。このヒビ割れは材の内がわにまでは達しておらず,表面がパクッと裂けたようになってるみたいです。
 いちおう前に誰かが補修を試みているようですが,割れ目になんや分からん接着剤を流し込もうとしたくらいで,それも部分的にしか入ってませんね。

 現状はこれでそれなりに安定しており,以降の保存環境如何ではこれ以上開くこともなさそうですが,見た目シンパイなのはもちろんのこと,わずかに段差もできちゃってるため,楽器を膝上に置いた時,多少ひっかかる感触があります。
 ちょいとどうにかしておきましょう。

 まずは前修理の接着剤を取り除けるだけ取り除きます。
 あちこち接着剤がハミ出たりしたまんま固まったりしてますので,少なくとも楽器屋さんの仕業ではなさそうですね。
 続いて,注射器などを使って,割れ目にエタノールを流し込みます。
 はしっこの薄いところまでしっかり行き渡るよう,時間を置きながら何度もやります。
 割れ目からエタノが滲みだすようになったところで,今度は緩めたエポキを同じように注入して充填。

 最後に表面に唐木の粉を大量にふりかけ,樹脂がちょっと固まってきたところで,ヒビを中心に寄せて盛りあげ,上から軽く圧して割れ目に埋め込みます。
 一日後に表面を整形,余分を落として完成です。

 木地色と違うので,今はちょっと目立っちゃってますが,仕上げである程度はなんとかしますよ。

 続いては,半月の補強。

 現状,半月は現状べつだん壊れてはいないものの,材質がかなり悪いのに加え工作がめちゃくちゃ雑なので,ちょっとこのままでは戻せません。早晩壊れちゃいますね。
 なんせ,まあ表がわはいいんですが----

 裏がこのありさまです。
 も~「穴あけただけ,後は知らん」ってのが見え見えですね。月琴の弦は基本絹糸なんで擦れには弱く,さすがにここまでボサボサのガサガサなのはちょいと困るんですけど。

 まずはこのボサボサにササクレてエグれてる糸孔周縁を木粉のパテで埋めます。

 そこをいちど整形して,つぎにこのガタガタになってるポッケ部分全体に,やや緩くしたパテを塗りこんで固めます。

 このパテの骨材は唐木の粉なんで,これでここは唐木のうすーい板を貼りつけて補強したのと同じような状態になっているわけですね。完全に硬化するまで一晩置いて,表面を平らに整形。

 糸孔をあけ直しましょう。
 まずは細いドリルで下孔----糸端を出しやすいようやや斜めにあけます。これをリューターで少しづつ広げ,裏面にはガイドになるよう溝を刻んでおきます。

 仕上げに糸孔の内壁に,樹脂をツマヨウジで塗りつけて強化。

 材があまりにヤワなんで,そのままだとすぐ広がっちゃいそうですから。
 染め直したあとで,表面全体も薄めた樹脂を塗布して固めておかないと。

 胴体のほうの工作とか見るに,原作者は材を見る目は人並み以上のヒトなので。このあたりは純粋にお金のため,コスト削減の一端でしょうなあ。前から書いているとおり,月琴は当時高級品でも琵琶やお箏にくらべれば比較的安価な楽器でしたし,さらにそれが「作りゃあ売れる」の数打ち品なら利益率はさらに薄く,どれだけコストを減らせるかのほうに考えがいってしまうのはしょうがないといえばしょうがありませんね----それはそれとして原作者はあとで殴る,ぜったいだ。

(つづく)


清楽月琴WS@亀戸 2023年5月!!

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斗酒庵 WS告知 の巻2023年 月琴WS@亀戸!5月!!!


*こくちというもの-月琴WS@亀戸 さつき場所 のお知らせ-*


 2023年,5月の清楽月琴ワ-クショップは,27日(土)の開催予定です!

 会場は亀戸 EAT CAFE ANZU さん。
 いつものとおり,参加費無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願いいたします。

 次の日は第90回日本ダービー,錦糸町WINSのお帰りにでもどうぞ。お昼さがりの大開催。
 美味しい飲み物・ランチのついでに,月琴弾きにどうぞ~。

 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもお気軽にご参加ください!

 初心者,未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい,弾いてみたい方もぜひどうぞ。


 うちは基本,楽器はお触り自由。
 1曲弾けるようになっていってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可。

 弾いてみたい楽器(唐琵琶とか弦子とか阮咸とか)やりたい曲などありますればリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。個別指導・相談事は早めの時間帯のほうが空いてて Good です。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。
  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)

 お店には41・49号2面の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!

 いきおくれのウサ琴EX2。(w)
 お嫁入りさき募集中です!
 うむ,がんじょう。それなりに弾きまくったので響きもあがってきましたよ。板が薄いせいか,楽器の育つのがちょいと早いですね。2年も弾いたら,かなりすごいことになるんじゃないかな?
 清楽月琴の上澄み技術でこさえた1本,ぜひWSにてお試しください。

柏遊堂の月琴 (5)

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斗酒庵 六度輪廻で柏遊堂 の巻2023.2~ 柏遊堂の月琴 (5)

STEP5 柏の遊びせんとや

 続いては欠品の補作へとまいります。

 一般的には「修理」というと,こういう目に見えて「なくなってる」ものをどうにかすることが分かりやすいんだろうけど。「楽器」というものは「道具」なので,「刃を研ぐ」とか「角度を調整する」といった,パッと見には分からないところのほうがよっぽど重要で大切だったりします。楽器の修理はカタチだけととのっていても,ちゃんと道具として 「使い物」 になってなきゃ問題外なんですから。
 まあ,蓮頭・糸巻・山口にフレットと,どれも独力の完全手作業でイチから作るのですから,タイヘンっちゃあタイヘンなんですが……すでにそこにある,自分でない誰かが作った部分を,どうにかしてどうにかする(w)作業に比べると,ぜんぶ自己責任なんでいくぶん気持ち的にラクな面はありますね。

 まずは糸巻。

 握りのところが六角一溝。各面軸尻のほうに向かってわずか~にたちあがり,全景ではごく浅いラッパ状のシルエットになってます----ただの六角錐じゃないんですよ(w)
 先端はやや太め…ただこれは量産品なので,一般的な品に比べ5ミリほど短くなってるせいでそう見えるだけかもしれませんね。

 今回はブナ系の木材だったのでけっこう硬かったですね~。
 あと木固めをして染めなきゃなりませんが,とりあえず完成です。

 もうひとつ。小さいけれども大事な部品----山口さんも作っときましょう。
 ギターで言うところのトップナットですね。

 この楽器のオリジナルは,棹上のフレットとともになくなってしまっていて,工房到着時には三味線の上駒みたいな象牙の細板がへっつけられてました。原状では棹の傾きがほとんどない楽器でしたから,あれで音が出せたとは思えませんね~何のつもりだったんだろ?
 まえに琵琶屋さんからもらった国産ツゲの端材でこさえます。キレイな黄色じゃ。
 柏遊堂のオリジナルは確か,左右は平面で浅く斜めに削っただけだったかと思いますが,定番の富士山型にしときます。

 蓮頭はオーナーさんのご希望により,「蝶」の意匠で何か彫ります。
 うむ……「蝶」か。細かいとこが多いから,ちょっといい材料じゃないとなー。

 というわけで。世界堂さんに行った時に版画用のカツラの板材を購入。
 ホオでもいいんですが,個人的に細かいとこ彫る時の感触は,こっちのほうが若干良い気がします。
 買ってきた板は,普通サイズの蓮頭ならちょうど4枚とれる大きさでしたんで,四ツ切りにして両面テープで重ね,予備の素体もまとめて作っちゃいます。

 細かい意匠の彫りものは,最後のほうでポロっと失敗しちゃうかもしれませんからねえ。スペア大事。
 南画のお手本やら実物の動画やら,いろんな資料見てよさげな蝶の姿をスケッチ。
 頭の中でおおかたまとまったところで板に書き込み,まずは透かすところだけ彫り下げておきます。

 今回は大きな空間が空く所はないので,小径のドリルビットで孔を空けては,宝飾用の糸鋸でちまちまと広げて細かく透かしていきました。だいたい彫れたところで底面を削ってトンガリのほうを薄く,お尻のほうを厚くして彫り面にテーバーをつけます。
 ここまでやったところで一度木固め。
 中彫りから仕上げ彫りへと,さらに手を細かくしてゆきます。

 はははは,素体からで一週間近くかかりまいた。なんか指攣った。
 蝶の羽根の表現ってむずかしいねえ。
 今回の意匠はWハッピーに蝶が2匹。「喜喜蝶蝶」「喜事畳々(いいこと次々)」
 背景に牡丹(富貴)柘榴(子孫繁栄)も付いてます。

 さてここで修理に戻って----下桁の改修にまいります。
 下桁には裏板を剥がした時についた傷が少々あるくらいで,現状「壊れて」はいませんが。その工作にはいろいろと「ヘンなところ」があります。

 ひとつめは,左から右へと薄くなってゆく板を使用していること。

 すでに記事にしたように,これに関しては同時期の他作家の楽器の構造を参考にしたのではないかと考えられたものの。音響的な特性や加工の難易等さまざまな面から考察し,楽器製作のSNS等で尋ねてみたり,ちょっとした実験もしてみましたが……うん,やっぱりどう考えてもどうやっても,この加工にはアリンコのおならほどのメリットもありませんね。

 ふたつめが,その取付けについて。

 もともとの唐物月琴が一枚桁で,下桁というものは国産化されてからの後付盲腸的構造であるところから,その取付け工作は概して雑なものになっていることが多いのですが。本器の下桁は片側の端が胴側板の内壁にぴったり合わせて接着されているのに,厚くなっている反対がわの端は側板の直前で真っ直ぐに切断され,内壁にはくっついてません。
 これについてもいろいろ考えてたり実験してみたのですが,まったく不明です。同様の下桁を入れていた松音斎の楽器では,両端どちらもついてましたし。

 最後が板中央の四角い切りとり。

 音孔のつもりなのは間違いないのですが,なぜ上桁のように板の真ん中を貫かずに切り抜きという工作を選択したのかが分かりません。ここの加工に関しては,メリットどころかデメリットのほうしか思い浮かびませんね。

 まあ,後期生産型のBタイプでは,下桁は平らな板に丸孔をあけただけの数打ち月琴でよくある構造となっていますし。

 本器のこれら工作は,どれもこれも月琴作り手探り期思いつきだけの実験みたいなもんで,何らかの成果を真剣に追求したもの,とかは考えない方が良さそうです。もし何かしらいくぶんでも成果があがっていたのなら,その後も多少の痕跡が工作上に残るはずですし。

 以上,本器下桁の「思いつき工作」には,とッぱらって交換しなければならないほどのデメリットは総じてないものの,何らかの不具合を発生させうる可能性のある部分に関しては,予防的な改修が必要なものと考えられます。

 まずは真ん中の切り抜き。
 通常の状態では問題ありませんが,桁と板との接着面に断裂部分があるのはよろしくない。真ん中部分の両端が少しでも板から剥離すると,場所が場所(半月直下)だけに,ひどいノイズの発生源となる可能性があります。
 そもそも半月にかかる力を受け止めなきゃならないような場所に,こんな加工するというあたりが考えナシですね。

 凹の両端を少し切ってブリッジを渡しましょう。
 段になってるところは左右を少し斜めに切ってあるので,上にひっぱっても抜けませんよ。

 次にくっついてないほうの端と,側板の間のスキマを埋めます。
 そもそも内桁というのがなんのために付けられているのか?----胴体構造を保持するためなんじゃないんですかね。それも片方だけくっつけてあって,もう片方がフリーなんてまったく意味わかめです。

 桁と同じ針葉樹の端材を削ってスペーサを作り,削った時の木粉をまぶしてつッこみました。
 どちらもニカワ接着で,一晩置いてから整形します。

 後者のほうはホント分かりませんが,前者のほうはあんがい,入れてみたらサイズが少し足りなかった,とかかもしれんですな。

 ----といったあたりで,今回はここまで!

(つづく)


柏遊堂の月琴 (4)

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斗酒庵 六度輪廻で柏遊堂 の巻2023.2~ 柏遊堂の月琴 (4)

STEP4 柏餅にはまだ早い

 名将は 「いくさは戦う前に勝敗が決まっている」 と言い,名工は 「下調べの段階で修理の成否は決まってる」 と言います(いわない)ので,うんだからもう修理完了----なら,どのくらいラクかと思うきょうこのごろ。

 さてでは修理実作業,開始です!
 裏板を剥がしたのは,主として響き線の機能不全改修のためですが。このオープン状態だと,ほかの調整作業もより根本的なところから行うことが出来ますので,響き線の前にまずはそういうあたりから直していきましょう。

 なにはともあれ,最初は棹角度の調整。
 前回も書いたように 「ちゃんと作られた月琴」 の棹は,背面がわにわずかに傾いているものなのですが,この楽器を作り始めた段階の職人さんはよくこれを,胴体の表板から面一の 「まっすぐ」「まったいら」 な状態にしがちです。
 棹が「まっすぐ」な状態でも,楽器として使えなくはないのですが,フレット丈が全体に高くさらにその高低差がわずかなため,運指に対する発音の反応が悪かったり,音がビビリやすくなったりと,操作性・音色,両面に悪影響が大きいです。
 胴が箱の状態のままだった場合は,棹なかごを削ったりスペーサを貼ったりするくらいのことしかできないため,大幅な修整も微調整も難しいのですが,裏板がないいまの状態だと,棹全体の状態を観察しつつ,かなり精密で大胆な作業が可能ですね。

 現状「まっすぐ」にささっている棹を,背面がわに傾けるわけですから。
 今回の場合は棹口のところを支点とし,棹なかごの先っぽを少しだけ表板方向に向ければ良い。計算によれば,上桁の棹ウケ孔を表板がわに2ミリほど削り下げればいいのですが----

 以前書いたよう,上桁のこの孔は加工が粗く。こんなふうに縁がガタガタのボッサボサになっておりますので。このまま削ったりするとエラい大惨事が起きそうです。
 まずはここに樹脂を浸ませて,周囲を固めてしまいましょう。

 そして削ったぶん,反対がわに入れるスペーサは,棹のほうでなく,内桁のほうに接着してしまいます。
 工作的にはどちらに貼りつけても効果は同じですが,棹のほうにゴテゴテ付けるよりは見た目もスマートですしね。

 樹脂を浸ませて押しつぶしたあと,キレイに整形しなおしたので,孔の周縁もカッチリ固まっており,棹の出し入れもスムーズ。これでささくれが余計なノイズの原因になることもありません。楽器の操作性・強度・音色と多方面に直接影響があるので,できれば手ェぬかんといてほしいとこでしたね。
 この調整により,棹を山口のところで胴表水平面から約3ミリ背面がわに傾けることに成功。だいたい理想値ですね~。
 「ちゃんと作られた月琴」の場合,この棹なかごの表板がわの面は,表裏の板とほぼ平行になってます。ですのでたいがい,内桁の棹孔は修整後のように少し表板がわよりになっているものなのですが,今回はこれが板幅の「どまんなか」に切られてました----原作者の知識経験がほんとまだ 「穴掘って棹挿さりゃエエ」 の初心者レベルだったということですね。
 設定は間違っていましたが,木の工作自体は無駄に巧いので。抜き差しややユルめながらも棹・胴体の接合部にはスキマもなく,キッチリと収まるように加工されていました。
 それを傾けたわけですから,とうぜん接合部にスキマができちゃってます。これがまたキッチリぴったり収まるよう,棹基部の接合面を削り,ふたたび胴と密着させます。

 範囲も小さいし作業は地味そのもの,それでいて失敗すると修整が難しいのもあって,けっこうタイヘン。木の木口面って削りにくいですしね。ここの調整は,修理のなかでいちばん時間と手間のかかる作業です。
 胴体を箱に戻した後に最終的な調整を行うので,この時点ではまだ多少スキマが残っちゃっててもいいくらいではありますが----ずっとこればかりやってるわけではありませんが,他の作業と並行し再調整をくりかえしながら,だいたい1ヶ月くらいかかっちゃいますね。モノが木なもので,修理中にも微妙な変化があったりもしますから。

 続いては,機能していない響き線を引っこ抜きます。
 ええ,引っこ抜きましたとも----エイヤっ!てなもんですよ。

 響き線というものがエフェクターとして機能するためには,楽器を演奏姿勢に構えた時これが胴内の空間で自由振動していなければならないのですが,柏遊堂の線の構造だとその振幅は 表<>裏板間の方向 で大きくなりますから,機能する前に先端が触れて何の役にも立ちません。現状は「壊れてはいないけどまったく機能してない」状態で,むしろ単なる 「積極的ノイズ発生源」 でしかないわけですね。

 前の記事でも書いたように,このオリジナルの構造は,その機能より「作りやすい」とか「かんたん」であることのほうを重視したものになっていて,後で調整するとか修整するとかいうことすら考えられていない----となればもう,とッぱらうしかあんめェよ。
 そもそもこの響き線というものは,完成後には外部から操作することのほぼ不可能な,常時発動型(パッシブ)の機能構造なのですから,作る前にせめて実験くらいはしといてほしかったもンですね。
 原作者の工作を完全否定,かつ無視することとはなりますが。この部品は楽器としての「月琴の音の命」みたいなもので。これがちゃんと機能してないということは,その楽器は 「月琴のカタチをしてるだけのモノ」 でしかない,とまで庵主は考えてますので,敢えても萎えても飛び越して,ここだけは断固として改修させていただきます。

 胴体の構造上,響き線の振幅は 上桁<>下桁 の上下方向で大きく, 表裏板間の前後方向で小さいのが理想的。かつ,このせまい月琴の胴体空間内で,可能な限り大きく,出来る限り激しく振れてくれるとありがたいですねえ。
 実は前にも同じ作者の楽器でやっとるのですが,どんな構造どういう工作をするのかはまた後で。

 裏板の補修もしときましょう。
 まずは板についてる古いニカワをこそげてキレイにします。

 剥離作業中についた周縁のキズはもちろん,ついでに板にもともとあったヘコミ等も,桐の木粉を骨材にしたパテで埋めときます。
 中心部の上あたりにでっけえエグレがありました。
 節の部分が落ちちゃったとこでしょうねえ。

 あとは内桁の接着面に,小板の接ぎ目の段差になっちゃった部分(板を接いだときのミス)がかかっちゃってるとこが数箇所あります。接着不良の不具合が起きかねませんので,ここらも平らにしときます。

 さて続いては,この楽器の原作者由来の不具合として,響き線の機能不全と同じくらいのレベルである,糸倉軸孔の加工不良をなんとかしましょう。
 弦楽器で糸巻のところにアラがあるってのは,けっこうな大問題なんですよ。
 全体に固定がゆるめではありますが,いちばんヒドイ状態なのが最下の軸孔両面。

 先端方向の孔が加工不良で楕円に近いカタチになっちゃってたうえ,そのまま使い続けられたせいで,反対がわの孔もユルユルに広がっちゃってます。
 伝統的な修理法だと,糸巻の孔を木で一度埋めて開けなおすとこでしょうが,今回は新技法でいきます。
 唐木の木粉を樹脂で練り,大きいほうの孔は内壁の全面に,小さいほうはスキマになってる部分を中心に盛りつけます。そしてクリアフォルダの切れ端を,小さく細く丸めたのを軸孔につっこんで………こうと。

 軸孔いっぱいにクリアフォルダが広がったところで,中に糸巻の先端や筆の柄などを軽く押しこんでパテを押し均し,周囲に木粉をまぶして一晩おきます。

 硬化後,クリアフォルダを抜き取り,リーマーやペーパーで内壁と周縁にはみだしたぶんを整形して確認----うん,こんどはガタつきません。

 パテを盛るだけですから,けっこうな大工事となる旧来の技法とくらべると技術的に容易なうえ,補修作業による周縁部分への被害が小さいのがメリットですが,これだけだと素材的に使用強度や耐久性の面で若干不安があるので,さらに2~3補強の手段を講じる必要はありますね。

 というあたりで,今回はここまで。

(つづく)


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