柏遊堂の月琴 (4)
![]() STEP4 柏餅にはまだ早い 名将は 「いくさは戦う前に勝敗が決まっている」 と言い,名工は 「下調べの段階で修理の成否は決まってる」 と言います(いわない)ので,うんだからもう修理完了----なら,どのくらいラクかと思うきょうこのごろ。 ![]() さてでは修理実作業,開始です! 裏板を剥がしたのは,主として響き線の機能不全改修のためですが。このオープン状態だと,ほかの調整作業もより根本的なところから行うことが出来ますので,響き線の前にまずはそういうあたりから直していきましょう。 なにはともあれ,最初は棹角度の調整。 前回も書いたように 「ちゃんと作られた月琴」 の棹は,背面がわにわずかに傾いているものなのですが,この楽器を作り始めた段階の職人さんはよくこれを,胴体の表板から面一の 「まっすぐ」「まったいら」 な状態にしがちです。 棹が「まっすぐ」な状態でも,楽器として使えなくはないのですが,フレット丈が全体に高くさらにその高低差がわずかなため,運指に対する発音の反応が悪かったり,音がビビリやすくなったりと,操作性・音色,両面に悪影響が大きいです。 胴が箱の状態のままだった場合は,棹なかごを削ったりスペーサを貼ったりするくらいのことしかできないため,大幅な修整も微調整も難しいのですが,裏板がないいまの状態だと,棹全体の状態を観察しつつ,かなり精密で大胆な作業が可能ですね。 現状「まっすぐ」にささっている棹を,背面がわに傾けるわけですから。 今回の場合は棹口のところを支点とし,棹なかごの先っぽを少しだけ表板方向に向ければ良い。計算によれば,上桁の棹ウケ孔を表板がわに2ミリほど削り下げればいいのですが---- ![]() 以前書いたよう,上桁のこの孔は加工が粗く。こんなふうに縁がガタガタのボッサボサになっておりますので。このまま削ったりするとエラい大惨事が起きそうです。 まずはここに樹脂を浸ませて,周囲を固めてしまいましょう。 ![]() ![]() ![]() そして削ったぶん,反対がわに入れるスペーサは,棹のほうでなく,内桁のほうに接着してしまいます。 工作的にはどちらに貼りつけても効果は同じですが,棹のほうにゴテゴテ付けるよりは見た目もスマートですしね。 ![]() 樹脂を浸ませて押しつぶしたあと,キレイに整形しなおしたので,孔の周縁もカッチリ固まっており,棹の出し入れもスムーズ。これでささくれが余計なノイズの原因になることもありません。楽器の操作性・強度・音色と多方面に直接影響があるので,できれば手ェぬかんといてほしいとこでしたね。 この調整により,棹を山口のところで胴表水平面から約3ミリ背面がわに傾けることに成功。だいたい理想値ですね~。 「ちゃんと作られた月琴」の場合,この棹なかごの表板がわの面は,表裏の板とほぼ平行になってます。ですのでたいがい,内桁の棹孔は修整後のように少し表板がわよりになっているものなのですが,今回はこれが板幅の「どまんなか」に切られてました----原作者の知識経験がほんとまだ 「穴掘って棹挿さりゃエエ」 の初心者レベルだったということですね。 ![]() ![]() ![]() 設定は間違っていましたが,木の工作自体は無駄に巧いので。抜き差しややユルめながらも棹・胴体の接合部にはスキマもなく,キッチリと収まるように加工されていました。 それを傾けたわけですから,とうぜん接合部にスキマができちゃってます。これがまたキッチリぴったり収まるよう,棹基部の接合面を削り,ふたたび胴と密着させます。 ![]() ![]() 範囲も小さいし作業は地味そのもの,それでいて失敗すると修整が難しいのもあって,けっこうタイヘン。木の木口面って削りにくいですしね。ここの調整は,修理のなかでいちばん時間と手間のかかる作業です。 胴体を箱に戻した後に最終的な調整を行うので,この時点ではまだ多少スキマが残っちゃっててもいいくらいではありますが----ずっとこればかりやってるわけではありませんが,他の作業と並行し再調整をくりかえしながら,だいたい1ヶ月くらいかかっちゃいますね。モノが木なもので,修理中にも微妙な変化があったりもしますから。 続いては,機能していない響き線を引っこ抜きます。 ええ,引っこ抜きましたとも----エイヤっ!てなもんですよ。 ![]() ![]() 響き線というものがエフェクターとして機能するためには,楽器を演奏姿勢に構えた時これが胴内の空間で自由振動していなければならないのですが,柏遊堂の線の構造だとその振幅は 表<>裏板間の方向 で大きくなりますから,機能する前に先端が触れて何の役にも立ちません。現状は「壊れてはいないけどまったく機能してない」状態で,むしろ単なる 「積極的ノイズ発生源」 でしかないわけですね。 ![]() 前の記事でも書いたように,このオリジナルの構造は,その機能より「作りやすい」とか「かんたん」であることのほうを重視したものになっていて,後で調整するとか修整するとかいうことすら考えられていない----となればもう,とッぱらうしかあんめェよ。 そもそもこの響き線というものは,完成後には外部から操作することのほぼ不可能な,常時発動型(パッシブ)の機能構造なのですから,作る前にせめて実験くらいはしといてほしかったもンですね。 原作者の工作を完全否定,かつ無視することとはなりますが。この部品は楽器としての「月琴の音の命」みたいなもので。これがちゃんと機能してないということは,その楽器は 「月琴のカタチをしてるだけのモノ」 でしかない,とまで庵主は考えてますので,敢えても萎えても飛び越して,ここだけは断固として改修させていただきます。 胴体の構造上,響き線の振幅は 上桁<>下桁 の上下方向で大きく, 表裏板間の前後方向で小さいのが理想的。かつ,このせまい月琴の胴体空間内で,可能な限り大きく,出来る限り激しく振れてくれるとありがたいですねえ。 実は前にも同じ作者の楽器でやっとるのですが,どんな構造どういう工作をするのかはまた後で。 裏板の補修もしときましょう。 まずは板についてる古いニカワをこそげてキレイにします。 ![]() 剥離作業中についた周縁のキズはもちろん,ついでに板にもともとあったヘコミ等も,桐の木粉を骨材にしたパテで埋めときます。 中心部の上あたりにでっけえエグレがありました。 節の部分が落ちちゃったとこでしょうねえ。 ![]() ![]() ![]() あとは内桁の接着面に,小板の接ぎ目の段差になっちゃった部分(板を接いだときのミス)がかかっちゃってるとこが数箇所あります。接着不良の不具合が起きかねませんので,ここらも平らにしときます。 さて続いては,この楽器の原作者由来の不具合として,響き線の機能不全と同じくらいのレベルである,糸倉軸孔の加工不良をなんとかしましょう。 弦楽器で糸巻のところにアラがあるってのは,けっこうな大問題なんですよ。 全体に固定がゆるめではありますが,いちばんヒドイ状態なのが最下の軸孔両面。 ![]() ![]() 先端方向の孔が加工不良で楕円に近いカタチになっちゃってたうえ,そのまま使い続けられたせいで,反対がわの孔もユルユルに広がっちゃってます。 伝統的な修理法だと,糸巻の孔を木で一度埋めて開けなおすとこでしょうが,今回は新技法でいきます。 唐木の木粉を樹脂で練り,大きいほうの孔は内壁の全面に,小さいほうはスキマになってる部分を中心に盛りつけます。そしてクリアフォルダの切れ端を,小さく細く丸めたのを軸孔につっこんで………こうと。 ![]() 軸孔いっぱいにクリアフォルダが広がったところで,中に糸巻の先端や筆の柄などを軽く押しこんでパテを押し均し,周囲に木粉をまぶして一晩おきます。 ![]() ![]() ![]() 硬化後,クリアフォルダを抜き取り,リーマーやペーパーで内壁と周縁にはみだしたぶんを整形して確認----うん,こんどはガタつきません。 ![]() ![]() パテを盛るだけですから,けっこうな大工事となる旧来の技法とくらべると技術的に容易なうえ,補修作業による周縁部分への被害が小さいのがメリットですが,これだけだと素材的に使用強度や耐久性の面で若干不安があるので,さらに2~3補強の手段を講じる必要はありますね。 というあたりで,今回はここまで。 (つづく)
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