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菊芳の月琴 (3)

KIKU2_03.txt
斗酒庵 よしのすけとまた遭う の巻2022.6~ 菊芳の月琴 (3)

STEP3 いたづらなスズカさん(3着)

 うん,インデックスをふと見なおしていたら気がついただよ。
 そういや,芳之助の修理後半をあげてませんでした,ごべんだざあい。(2023.05.23)



 さて,まずはここまでの調査で分かった各部の寸法や形状,そして損傷具合とかも書き込んでフィールド・ノートにまとめておきましょう----
 まあ,以降も新しい損傷箇所や原作者の手抜きなんかが作業中に発見されたりするので,この時点ではあくまで修理の「目安」というか「備忘録」程度にしかならんのですが。とにかく知った情報を,一つのカタチに集約しておくというのは,作業を効率的に進めるうえではなによりも大切なことではあります。なによりも後々,「清楽月琴」という楽器を考える上での,大切な資料になりますしね

 ※上画像はクリックで別窓拡大※
 ふだんと違い,指板表面の損傷が激しく,原作段階でのフレットの取付位置がいまいち判然としないので,製作当時の音階に関するデータは採れそうにありませんが,各部寸法等の比較などから,同時期に作られたと考えられる16号とほぼ同じだろうとは思われます。

 例によって,修理は内部から。
 棹を外せば棹孔から少しは覗けますが,月琴はギターやバイオリンと違って,外から内部構造の状態を確認する手段がほとんどありません。しかしながら内桁の接着具合や響き線の状態は,この楽器の音色に大きな影響を与える----というか,外がわから見える部分より,こういう内がわの構造さえしっかりしていれば,だいたいちゃんと音が出るというくらいまで直る,というくらい大事なんですよ。

 前回書いたように,下桁は片側に割れがあり,接着状態もあまりよくなくてグラグラ----どっちにせい早晩はずれちゃいそうな状態になっちゃってますので,まずはこいつをもぎりとってしまいましょうエイ。
 はずした下桁は元の接着面を清掃し,割れているところを継いだり,欠けてるところを充填したりしておきます。

 下桁のついていた箇所に,虫食い由来と見られるでっかいエグレがありました。おそらくは桁接着面のニカワを狙って,表板から侵入してきたやつでしょう。ちょっと見,節のとこが欠けたみたいになってますが,かなりデカい虫だったんですかね。
 周囲をケガキで触診しましたが,さいわい横方向への広がりはないようですので一安心。そのちょっと下に,前の回でもちょっと触れた,製板時の竹釘をかき出した痕がありますので,これといっしょに桐の木粉パテで埋めておきましょう。
 楽器内部の板裏の見えないところではありますが,放置しといて良いことは少なくともありませんので。

 続いては月琴の音のイノチ----響き線のお手入れをします。
 まずは線の下に紙を敷き,スポンジ系の研磨材で表面のサビをざッと落し。続いて下敷きの紙の上にクリアフォルダの切ったのを敷いて,その上で,線に木工ボンドをまぶします。木部に使われてると厄介なことになりかねない木工ボンドですが,こういう細かい部品のサビ落としには重宝してますよ~。

 一晩置いて,線から滲みだしたサビごとボンドをこそぎ落し,表面を軽く磨いて柿渋を塗布。線の表面に黒サビを浮かせたところで,さッと拭ってラックニスで防錆仕上げにします。

 次の箇所,もしかするとここが,今回の修理でもっともタイヘンなところなのかもしれませんが----
 棹の基部を整形します。

 原作段階からこうだったのか,後に使用者が調整とか繰り返しているうちにこうなったのかはよく分かりませんが。この楽器の棹基部はかなりガタガタになっています。 現状,取付けもかなりユルユルで,少し表板がわにお辞儀をしてるような状態です。これで糸を張っても棹が微妙に動くので,調弦が安定しないでしょうね。
 棹の角度と基部の調整は,庵主,いつもいちばん時間をかけて,最後の最後の段階までしつこくやってる作業ですが。今回はそれを,基部の補修と同時進行で行うことになりそうです。

 まずは濡らした脱脂綿で基部をくるみ,棹基部と延長材を分離します。
 菊之助はこのあたりの接着が上手いので,はずれるまでちょっと時間がかかりましたが,なんとか無事,はずれてくれました。
 延長材の先っぽがちょっと焦げているのは,接着の時に火で軽く炙ったからですね。ニカワを盛り,接着面火で炙って部材を合わせ,瞬間的に接着するのは三味線の棹なかごの接着なんかでも見るワザです。

 その接着の工作自体は非常に素晴らしいものだったんですが,やはりまだ三味線とは勝手の違うところがあったんでしょう。基部の工作がやや稚拙で,延長材との接合部が微妙に歪んでいます。ここがこう歪んでいると当然,延長材もややねじれて取付けられてしまうので。そのまま楽器にハメこもうとするなら,内桁に入る先端部分を,けっこう削らなきゃならなくなります。
 結果,なかごと棹孔が噛合わなくなり,取付はユルユルにならざるを得ない,という悪順路ですね。

 分離作業でけっこう濡らしちゃったんで,まずはしっかり乾かします。

 そんであっちを削り,こっちを足し----基部の形を整形してゆき,

 さらに実際に楽器に挿して,角度や傾きの調整をしながら,削り込んでゆきます。

 オリジナルの延長材はかなり変な具合にあちこち削られてしまってるので,新しく作ったのに交換しました。棹がわの接合部も,今度はまっすぐ入るように整形し直してますので,新旧の先端部分の形状が全然違っちゃってますね。

 ここまでやってようやく,棹と胴体がまともに噛合うようになりましたので,より望ましい傾きと角度と,挿せばキッチリ抜くならスルリの理想の境地を目指し,さらにさらにさらに調整を重ねてゆきます。

 同時進行で,棹本体の補修もしてゆきます。
 全体として大きな故障はないのですが,小さな故障と,原作者の月琴不慣れゆえの不具合箇所は,あっちゃこっちゃ細かくありますので,それなりにタイヘン。

 まずは糸倉の軸孔のヒビ補修。おそらく材料の木材の状態に由来したもので,現状糸倉が割れちゃうような事態に発展するようなものではありませんが。こういうものが,うっすらながら見えてるってのは,演奏者として精神的に気持ち悪いので,樹脂を充填し唐木の木粉を埋め込んで埋めちゃいます。

 てっぺんの間木の再接着と,指板先端の欠けの補修は,前回の報告の時にすでに紹介しましたが,そのほかにも,第4軸先端方向の軸孔が原作者の加工ミスにより変形してたり,弦池うなじがわの縁がちょっと欠けてたり,棹基部付近で指板と棹本体の間に段差ができちゃってたりと,そういう細かい不具合箇所を,ひとつひとつつぶしていきます……うん,最初のと三番目の以外はぜんぶ芳之助が悪い。(怒)

 さて,糸巻は4本そろってましたが,このうち3本は,他の楽器から移植されたもので,オリジナルと思われるものは1本だけ。しかもそのオリジナルも,使用によってかなり傷んでおり,移植された3本もサイズが微妙に合っていない----うおおおおお,けっきょくまた4本ぜんぶ削るんか~いッ!!

 というわけで,毎度のこととアキラメ,きょうも¥100均のめん棒を削ります。
 菊芳の初期の糸巻は,日本式の六角ラッパ型と,唐物の溝の深い丸軸のちょうど中間,やや日本寄り,って感じの独特な見た目で,握りのお尻のところがちょっと変わった作りになってますね。

 側面の反り返りのやや強い,個性的でスマートなかたち……うん,まだ「自分の月琴」みたいな独自性にアコガレていたんだね……これが数年後には,大流行期の量産増産作ればホイホイの中で,そこらの人のと同じようなスタイルになってゆくんだよね----

 …汚れちまった菊屋芳之助の青春に勝手に思いをはせつつ。
 百年後の同じ東京の空の下,修理作業は今夜も続くのでありました。


(つづく)


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