柏遊堂の月琴 (7)
2023.2~ 柏遊堂の月琴 (7)
STEP7 喜びの柏寿司 さてさて,今回もまたなくなった部品を作り直す分かりやすいのよりは,「"月琴" としてマトモに鳴る」よう,調整したり改修したりという,よりメンドウな作業・工作に時間も手間もとられております柏遊堂の修理。 いちばんの懸念であった,響き線を主とする胴体内部の改修と調整もようやく終わり,いよいよラストラン。1993年,トウカイテイオーは一年ぶりに復活しましたが,およそその百年くらい前に作られたこの楽器が,現世に再び音を響かせるのは,はたしてどれほどぶりのことになるやら。 さあて,胴体をとじましょう。 内桁の棹孔の調整,下桁の改修,響き線の構造変更…等々。原作者の腕前ともともとの材質の良さから,四方接合部の補強など,いつもやってる胴体構造自体の補強はほとんど要らなかったものの。原作者のやらかした「要らない仕事」と「足りない仕事」の尻のごいに明け暮れた日々でしたわあ。 まずは表板の虫食いを処置しておきます。 表板右がわの小板の接ぎ目に沿って縦一線,上から下まで貫通してました。横への広がりはほとんどなかったのがサイワイでしたが,食害痕はけっこう太く,ヒドかったですね。 食害痕に沿って裏面からほじくり,木粉パテを充填。 両端の側板に隠れているとことか,桁の下とかには注射器を使って樹脂を充填しました。左がわ上部にももう一箇所ありましたが,こちらは胴上端から上桁まで。食害も反対がわのほどはヒドくなかったです。 裏板は例によって,そのまま戻しても合わないので,左右に新しく作業のための余裕を作るため,真ん中から割って間にスペーサを入れます。 真ん中を少し開け,左右の板を接着してから入れるやりかたと,最初からスペーサ込みで接ぎ直すやりかたの2つがあります。唐物や,月琴のことを熟知しているベテランの作家さんの楽器だと,内桁の真ん中をわずかにふくらませ,表裏板をごくごく浅いアーチトップ/ラウンドバックにしてますので,前者のほうが確実なんですが,今回の楽器の表裏板はかなり正確な平面となっているため,一枚板にしてから貼りつける後者の方法でいきます。 板が出来たら表裏を軽く整形して,接着面をお湯でよく湿らせ,薄めに溶いたニカワを何度も刷いてはぬぐうを繰り返し,両方の木材の接着面に 「ニカワの滲みこんだ層」 を作る。これが木工のニカワ接着における最強のやりかたです。 ニカワが濃すぎても薄すぎても,ムラムラになっちゃうし。圧をかけすぎると水分といっしょにニカワも外に滲みだしちゃってダメだったりします。庵主の場合は----作業後にジャブ様に祈りを捧げるだけですねえ。あ,イケニエ要るっすか?(w) 同時進行で補作した小物類の染めと,棹と半月,そしてお飾りの染め直しもやってゆきます。 蓮頭と糸巻2本は,いつものスオウ染めミョウバン媒染オハグロがけ。 棹等は褪色部分の染め直しを中心に,色合いを見ながら----ってとこですね。 布の重ね染めと同じく,乾かしては染めてのくりかえしですが,あたりまえのことながら,木なんで布よりは染まりが悪い。で,一気に染めようと染め液をドバーッとつけると,木が湿気って狂ったり後で割れちゃったりするので,少しづつやるしかありません。 この作業,とにかく時間がかかります。 正直,こういう当時の素材を使うやりかたより,現代のなんたらステンとかでがーっと染めちゃうほうが,ラクだし染まりも確実なんですが。このあたりは庵主のこだわりということで。 あと,ここも手を入れておきましょう。 棹の基部,棹本体と延長材の接合部に大きなスキマがあります----なにもこんなところ,材料ケチんなくても良いのにね~。以前,唐物の楽器で同じようになってるのがあって,弦を張るとその弦圧でここが歪み,棹がわずかにもちあがってチューニングがいつまでも定まらない,という不具合の原因になってたことがあります。 もとが弦を張れる状態ではなかったので,この楽器ではどうだったのかはわかりませんが,雑な工作を放置していて良いものでもありませんので,出来る時に出来ることをやっておきましょう。 スキマに合わせて木片を削り,ニカワと木粉をまぶしてつっこみます。 これでとりあえず,ここが原因で棹がグラつくようなことはないでしょう。 基部裏にスペーサが貼られてますよね。この時点で,棹と胴体のフィッティングは第4次……いえ,第5次くらいまでやってるかな? 裏板がついたら最終調整ですが,いつもながら理想のスルピタキッチリを目指してしつこく食い下がってます(w) さて,そうこうしてるうちに裏板がへっついたようです。 真ん中に5ミリのスペーサを噛ましているので,裏板は左右を中心に数ミリ,側板からハミ出てます。側板保護のマスキングテープを貼って,まずはこの余分を削り落とします。 最初は大きめの木片に荒めのペーパーを貼った擦り木で,余分を1ミリ以下にまで。続いて細長いT字型に組んだ板に,木口の厚みのペーパーを貼ったこの道具で---- 板木口だけを削りながら,側板とほぼ面一にしてゆきます。 段差がないかどうかは,目より指先で触ったほうが確実ですね~削りすぎちゃってもいけないので胴を回しながら少しづつやっていきます。 で,この作業で出た板の削りかすは,このように茶こしでふるって袋に入れて素材箱へ---- 「百年前の楽器の板の削りかす」なんて,そうそう手に入らない素材ですからね~。もちろん修理でパテの骨材とかとして使いますよ……う~ん,嫁さんがいたら間違いなく「捨てろ」といわれる類ですね,こりゃ。 さて,板木口の整形ができたところで,作業で傷んだ保護のマスキングテープをも一度まき直し,表裏板の清掃に入ります。 使用するのはいつものように,重曹を溶いたぬるま湯と,Shinexの#400。それにキレイなウェスを1~2枚。 今回の楽器の汚れはそれほどヒドくはありませんでしたが,けっこう濃い目に染められてたので,洗浄液はたちまち真っ黒になりました。 唐木屋の楽器なんかは染めが薄く,保存の良いものだと 板が真っ白 だったりしますが,関東系の作家はだいたい濃いめですね。お煮しめの味付けじゃないですが,唐木屋はこのあたりも関西風なんだと思います。 いまは稲穂のような黄金色ですが,元の染めが濃いので,一年もすると色があがって来て,清掃前の色くらいに戻ることでしょう。 というあたりで,今回はここまで---- (つづく)
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