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菊芳の月琴 (4)

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斗酒庵 よしのすけとまた遭う の巻2022.6~ 菊芳の月琴 (4)

STEP4 怒涛の執念

 さて,各部品の細かな補修も進み,いよいよ胴体を箱にもどす時が近づいてまいりました。
 そこに向かって打つべし打つべし……まずは裏板と胴体の接着部分を濡らし,古い接着剤を浮かせてキレイにしときます。

 芳之助は表裏板の接着を「そくい」の類でやることが多いですね。
 ほかの部分,たとえば胴四方とか内桁と胴側,半月,棹本体と延長材の接着なんかはニカワですから,たぶんこれは三味線の知識慣習から敷衍したもの----芳之助にとって,月琴表裏の桐板は,三味線の "皮" と同じ,っていう認識だったのでしょう。

 まあその「そくい」が,裏板の一部に,なぜか無意味に大量にぶッかけてあった(上右画像)んですが,これはいったい何のつもりかね。
 ぜんぶこそげるのに,エラい苦労しましたんですが?(手にゲンノウを持ちながら)
 表裏板の接着剤は,強度的には米糊でもニカワでもかまわないんですが,ニカワは劣化していなければ濡らすだけで何度でも復活するのに対して,そくいの類は基本的に一度ハガれたらおしまいで。さらにそれを再接着する際には,古い接着剤をキレイに取り除いておかないと強度にムラが出て,かえって次の故障の原因となるというデメリットがないでもありません。

 色の濃くなってるところが,なぜかベッタリ領域。
 成分的には強力瞬間接着剤のご先祖様ですし,刀の鞘を合わせたり三味線の皮張りなど,伝統的に木工でも良く使われてきた接着剤で,ニカワより虫に狙われにくいのはメリットなんですけどね~それにしても芳之助,量使いすぎ。

 棹と胴体とのフィッティング作業と平行して,いろいろと必要なものを作ってゆきます。
 まずは山口(トップナット)。
 最初のほうの記事で書いたように,初期作では芳之助が指板の表面にウルシ塗りやがったせいで,棹上のモノの安定が非常に悪く,きわめてポロリしやすい状況となっておりました。今回の楽器では,以前の所有者さんか楽器屋が,指板表面をあるていどこそいでくれてたらしく,それ以降はそんなでもなかったとは思いますが,やっぱオリジナルは残ってませんでした。
 ツゲで補作します。

 国産のツゲはいまやけっこうな稀少材なんで,正直この大きさでもいくらになるか分からん。(w)
 オリジナルの形状は分かりませんが,後の楽器の例から考えると比較的シンプルな形のものが多かったようです。後で調整しますので,この時点ではやや丈高めの12~3ミリでこさえておきます。

 次に扇飾り。
 5・6フレット間に付けられる装飾ですが,もともとこの楽器についていたかどうかは分かりません。この楽器の古い画像では,各柱間にやや大きめの凍石の小飾りがつけられ,満艦飾状態だったようなのですが,それらは前の所有者さんが,半音フレットを増設する時にあらかた破棄しちゃったみたいですね。

 ほぼ同じ時期の16号なんかはきわめて装飾の少ないほうだったので,以前に付いていた小飾り自体オリジナルかどうか分かりません。装飾全般,ここは16号のほうに合わせて,定番の構成で実用楽器っぽく仕上げようと思います。

 扇飾りは角のところがちょっとツンとトンがったデザイン,これは初期の菊芳月琴の定番。糸巻と同じく,汚れちまう前の若き芳之助の独創的メモリーのひとつですね。やや 「…触れたらケガするぜ」 的な厨二病的感性も感じられなくはありませんが…ま,まあ同様のデザインは唐物楽器で見ないでもありませんので。

 左右のニラミは獣頭唐草----雲龍を原型とした紋様ですね。
 これはオリジナルをそのまま。
 左のシッポが一部欠けちゃってますので補修しときましょう。

 庵主の得意分野ですね(w)

 胴の装飾はあと一つ,中央の円飾りですが。
 定番ではここに獣頭唐草が使われるところ,本器ではニラミがそれになってますから。
 ここには違うものを付けたいとこですね~。
 う~ん,なんにしよ~。

 と悩んだ結果----いちおうこれも定番の一つである鳳凰…まあ「鸞(らん)」のほうですね…を彫ることにしました。白い凍石で彫られることが多いんですが,手元にちょうどいい材料がないんで,木でいきますね。
 ホオの薄板を徹底的に彫り込みます。う~ん,タイヘン。

 ついで,工房到着時についていた蓮頭は,板がやや薄く,デザインや工作が稚拙で,ちょっとオリジナルかどうか確証が持てません。また,今回目指してるところの実用楽器っぽくないんで,これははずしてそれっぽいのに替えたいと思います。

 意匠は,芳之助の他の楽器の資料から,コウモリを選びました。

 お店の本号を「菊屋」としているところからも察しはつくのですが,福島芳之助は同じ「菊屋」号の海保家と関係のある職人さんだったらしく。彼の死後に「菊芳」を継ぐこととなる息子の直矢は,弟子が継いでいたとおぼしき馬喰町の本店ではなく,神田鍛冶町の菊屋総本店・海保吉之助のお店のほうで修行をしているようです。(画像共 T.11『現代琵琶名人録』より)
 たぶんそういうかかわりからか,芳之助の月琴の意匠には,菊屋系列の店で作られた月琴と共通している部分が多く見られます。本器のような初期作に関しては,芳之助の独自性のほうがやや勝ってますが,後の大量産時代の標準的な楽器だとかなり近い。もしかすると装飾部品なんかは,同じところに外注してたのかもしれん。

 というわけで,芳之助の楽器のコウモリは,海保菊屋のとほぼ同じような意匠になってます。

 典型的なものに比べると,羽根や胴体に細かい毛彫りのあるのが特徴ですね。
 唐物楽器では似たものを見たことがないので,これは菊屋のオリジナルでしょう。

 菊芳のご近所,薬研堀の山形屋雄蔵の楽器なんかも,同じタイプのコウモリ蓮頭をつけてますが,楽器自体の作りはかなり違うし,そもそもこちらのお店は「石村」という別系統ですので,この類似はむしろ,菊芳との御近所づきあいの中からの類似じゃないかと,庵主は考えるのですよ。
 そして今回,蓮頭をコウモリにしたのは,そのご近所・山形屋が----

 と,楽器の上下を向かい合ったコウモリではさんでいるからでもあります。今回の菊之助の楽器も半月は----

 と,コウモリになっておる。山形屋のより多少彫りが稚拙ですが,むしろそのへんも,これが後に山形屋の楽器の意匠の原型になったモノなんじゃないか,って思わせますね。

 ただし,菊屋系のデザインそのままだと,左右の羽根の外がわが大きく空いてしまっており,支えが何もないため,構造上ここに衝撃がかかると極端に壊れやすい。古物では上48号の参考画像のように,まっぷたつに割れちゃってるのをよく見かけます。
 この部品は装飾ではあるものの,糸倉を護るダンパーとかショックアブソーバーの役割がないでもないところなので,庵主のは唐物のデザインを参考に,少しだけデザインを改変してありますよ。

 出来てきたもののうち,染めるものは染めてゆきましょう。

 補作の装飾と糸巻。半月も染め直して,裏がわに少し残ってたような,製作当時の色合いに近づけます。

 いつものことながら,モノが木材なので,染め液をジャブジャブかけるわけにもいかず。色を少しづつ合わせなきゃいけないのも多いので,時間のかかる作業です。

 染め終わった装飾類は,亜麻仁油やラックニスで色止めをしてから,古色付けのための木灰を被せます。

 ちょうどこの仕上げの時期,雨が多かったこともあって木部の乾きが遅かったので,ついでに糸巻とお飾り全部,乾物の保存よろしく木灰の中に数日つっこみ,水分を抜きました。灰をかぶせてはブラシで落すのを数回やると,表面が適度に荒れて,使用感としっとり落ち着いた艶が出ますよ~。
 ただしこの作業,色止めをちゃんとしておかないと,染料によっては木灰のアルカリ分と反応して変色とか色むらが出ちゃうこともありますからね----真似てみたい方はご注意。

(つづく)


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