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柏遊堂の月琴 (終)

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斗酒庵 六度輪廻で柏遊堂 の巻2023.2~ 柏遊堂の月琴 (終)

STEP8 柏餅未来紀行

 さて,表裏板の清掃まで終わって,柏遊堂の修理,いよいよラストスパートです。

 まずは胴側部,桑の木で出来てる部分の補彩から。

 こんどは表裏板の木口部分をマスキングし,ヤシャブシや柿渋で茶系に染め直してゆきます。

 表面割れを補修した地の板を少し先行させつつ,全体をなるべく均等に。仕上げは亜麻仁油とカルナバ蝋で----テカテカでない,自然なしっとり仕上を目指します。

 染めに数日,仕上げに数日。
 亜麻仁油の乾燥をさらに数日待ってから,半月を接着します。

 半月は,色が濃くなったくらいで,外見上は元の状態とほとんど変化ありませんが,裏面から補強したり,表面に樹脂を染ましたりで,かなり頑丈になっています。これならそうは壊れないでしょう。

 棹のほうから糸を張って,楽器の現在の正確な中心線を出し,これを基準に半月の接着位置を決めてゆきます。この場合,これと合わせる「半月の中心」は,部品の寸法上の中心ではなく,左右の糸孔の間隔の中心,となりますのでご注意。
 オリジナルからすると,右方向に1ミリくらいズレたかな?
 このころの月琴の工作としてはかなり正確なほうですね。

 同時作業で弦の反対がわの端,トップナットの山口さんも接着しておきます。
 翌日,両方の接着を確認。山口に糸溝を切って,外弦を張ってみます。

 ちょっと弦高が高かったみたいですね。
 この時点では,高音域は残ってたオリジナルのフレットをそのまま使おうと思ってたんですが。フレットの頭から弦までの間隔があきすぎており,運指に支障が出そうですので,まずは半月にゲタを噛ませます。

 煤竹を細く裂いた小板を,半月のポケットになっているところに接着します。
 これによって,半月の上辺での弦高が1ミリばかり下がり,山口で10ミリ,半月で7ミリ。40センチで3ミリの落差が出来,高音域でも音が出しやすく----なりませんでした。
 うん,全然足りない。
 山口のほうも1ミリ削って,全体の弦高を下げたりもしてみましたが,それでもまだ,フレットの頭からかなり離れちゃってますね。
 材料をケチったのか,歩留まりを減らすため絶対ビビらない低さに設定したのか,あるいはその両方か……理由は分かりませんが,このオリジナルのフレットは低すぎで使い物になりません。
 オリジナルが使えれば,棹上の3枚を削るだけで済んだのですが,ここは諦めて,新しく1セットこさえることにしましょう。

 オリジナルは牛骨ですが,手持ちの材料がないのと,硬くて大変なので,いつもの竹でいきます~。
 竹のフレットは,カタチは数時間で仕上がるし,硬い唐木や骨で作るのに比べると,労力的にも骨ではないんですが。うちの竹フレットの場合,その後も樹脂補強したり染めたりなんだり作業が多いんで,ニシンの肋骨なみに骨が要りますね。

 問題の高音域を,オリジナルと並べてみるとこんな感じ。
 新しく作ったほう(画像上)は,運指への反応を最適化するため,ビビらないギリギリの高さに調節してるんですが。オリジナルのほうは,それに比べると最大で2ミリくらい低くなってます。
 これだと,音を出すため弦をよぶんに押しこまなきゃならず,そのぶん次の音への反応が遅れますし,音階も安定しません。本来は軽快に弾く楽器なので,きっちり押さえなくても,指の腹で軽く触れたら音が出る----くらいのフェザータッチな反応が理想ですね。

 できあがったフレットを,まずは楽器に残ったオリジナルのフレット位置に配して,音階を計測します。

開放
4C4D-64E-174F-24G+394A+245C+345D+145F+35
4G4A-44B-195C-15D+215E-15G+145A-46C-1

 当時の量産楽器だと,フレットの高さや接着位置はあらかじめ寸法的な感じで決まっていて,いちいち実際に音を出しながら位置調整したりはしてないのが多いようなのですが。この楽器の場合は,最低音を「ド(C)」に合わせた場合,3箇所のピッチがほぼ合ってることなどからして,あるていどの調整はされていると思われます----フレットの丈は全然足りてませんでしたが,「位置」のほうはかなり正確なんですよ。
 一方「ド」から数えて3番目の「ミ」にあたる音(E)が,低音と高音で20%近く違っていますが。明笛に合わせた場合,この音は西洋音階より20~30%ほど低いのがふつうなので,清楽の楽器としては低音のほうが合っており。高音の「ミ」にあたる第5フレットの位置がおかしい。5フレットEの裏となるAの音が,1・7フレットではほぼそろってるところからしても,べつだん,高音だけ西洋音階の「ミ」に合わせたとかではないようですが……扇飾りの接着位置の関係とかでしょうか?
 とはいえ,全体で見るとこの楽器の音階は,このころの月琴のなかではかなり西洋音階寄りに組まれていると思われます。
 作者と推測される本所松井町の柏屋は,かなり手広く楽器を扱っていましたし,内国勧業博覧会などを通じて,他の楽器作家との交流もそこそこあったと考えられます。そのため流行の量産楽器として販売する上でのターゲットも,より幅広くとっていたのでしょう。この音階なら,使用者の音楽性が和洋どんなものであっても,そこそこ対応できるような感じ,と言えなくもないですからね。

 調査後,フレットを正確な西洋音階準拠の位置に並べ直し,本格的に接着していったのですが,その過程で,やはり第4フレットが少しだけ棹にかかることになってしまいました。
 多少安定の悪い位置ですが,ここはチューニングで使う(高音弦開放と同じ音)所なので,この位置はズラせません。幸い補作のフレットは底面が広く,棹にかかってる部分もわずかなので,ニカワを棹がわにつけないように接着すれば大丈夫。ただ左右が少し楽器からはみ出てしまうので,これも棹の幅に切り詰めて調整しましょう。

 胴上のフレットはこんなふうに。
 半月の上辺となるべく平行になるよう,また左右のバランスなども見つつ,曲尺をあてて確認しながら接着してゆきます。

 さあ,あともう少し!
 蓮頭や,染め直して裏面を樹脂で補強したお飾り類を接着します。
 オリジナルでは裏面にニカワをべっとりと,これでもかと塗ったくってベタ付けしてましたが,ここは本来,後のメンテナンスも考え,はずしやすい点付けが正解です。

 最後にバチ布と模刻のラベルを貼って。
 2023年5月初旬,6面めの柏遊堂作月琴,修理完了!


 一見すると,糸巻などの欠損してた部品が補完された程度にしか見えんですが,二つ画像を並べると,修理後の棹が,背がわにすこし傾いてたりしてるのとかも分かりますね。実際は修理の上に調整と改修を重ね,壊れる前も 「いちおう音が出る」 程度だったシロモノを 「ちゃんと "月琴" の音が出る」 とこまで引っ張りあげてます。

 完成後の確認で,補作の第2軸がややゆるみやすいのと,第3フレットが少し低くて反応が悪いことが分かったので,小修整。糸巻のほうは先端を削り直して調整。まだゆるむようでしたら,先端に松脂なり付けてください。(>参考記事:「糸巻がゆるみやすいとき」

 フレットのほうは,一度はずし,底部に煤竹の板を接着します。

 はじめオリジナルの位置で製作している関係で,西洋音階準拠にしたとき,前後のフレットの位置が大きくズレたりすると,こうなることがたまにあります。
 ここも「尺合調(D/G)」のチューニングで音合わせに使うとこなので,ちゃんとしとかないといけません。底面の補材部分を少しづつ削って,こんどこそぴったりの高さに調整し直し,再接着します。
 染め直したので,すこし色が濃くなっちゃったかもですね。

 数日,糸をキンキンに張って耐久テストをしましたが,いちおう問題は出ませんでした。
 まあ修理であちこちリセットしたので,今はまだいろいろと乾ききったり固まったりしてない状態。半年以内には確実に,フレットとか蓮頭とかが何度かポロリするとは思いますが----もともとそういうものなので,そのときはブログ記事等参考に対処してやってください。(>参考記事:「フレットがポロリしたら」
 木工ボンドとか瞬間接着剤使ったら,次の修理はないかもしれませんからね。

 実際の音と,試奏の様子はゆうつべの拙チャンネルにてどうぞ。(下画像にリンク)

 試奏(1)音階:https://www.youtube.com/watch?v=cAx-4SJG624
 試奏(2)九連環:https://www.youtube.com/watch?v=nPXsP6Owjjs
 試奏(3)蘇州夜曲:https://www.youtube.com/watch?v=rO5jTvhrBec
 試奏(4)Green Sleeves:https://www.youtube.com/watch?v=Nv5oF4epHUg

 おまけ お外で:https://www.youtube.com/watch?v=NtFYan0QXnY

 日本の清楽で伝統的な単音弾き(ピンカラ弾き)から,うちのWSとかで教えてるトレモロ演奏,このところ庵主がこだわってるコード弾き演奏まで,いろんな弾き方をしてみましたが,どういうスタイルで弾いても,かなりガツンとした音の出る,汎用性の高そうな楽器です。

 響き線もちゃんと機能するように改修してあるので,月琴特有の金属的な余韻---動画のオーディオには,エコーとかリバーブとかかけてませんよ?(w)---が,はっきり聞き取れるくらい明瞭についてますね

 この日は晴れてたものの,関東地方強風GOGO。
 いちど外に出たものの,楽器が風で飛んでっちゃいそうになるので,早々に撤退してお部屋で録り直しました。
 おまけの動画はその時お外で録ったものですが,あの風の中,たかだかデジカメ付録のビデオ機能でこれだけ余韻までかなりはっきり聞こえてる,というのはたいしたものです。

 常々言ってるように,この月琴と言う楽器の,楽器としての良し悪しは,胴体の構造とその工作で決まります。

 小さな楽器なので,素材の違いなんかは,さほど影響ありませんね。
 あの部材の薄さで,胴体の継ぎ目がわからないくらい精密な組立てをしているあたりからも分かるように,木工における柏遊堂の工作の腕前は,庵主よりはるかに上です。しかしながら,当時,流行期の多くの作家たちがそうであったように,この時点での彼には,この楽器の 「どういうものが "良いモノ" なのか」「どうすればそうなるのか」 といったあたりに関する知識や経験が,あまりにも足りない。

 作れば売れる流行ものなので,原作者は「こんな感じ」で作りつつ,その「足りない」部分を独自の工夫で補おうとして,かえって余計な事をしてしまったり,ほんとうは大事な部分を見過ごしてしまったりしているのですね。基本的な技術には問題がないし,いちおうちゃんと「カタチにはなっている」ので。そういう余計な部分を削ったり,気が付かないでいるところを「月琴という楽器の標準」に適合させれば,そりゃ「良い楽器」になりますわな。

 こういうのが「修理」の本道かどうかは正直分かりませんが。今回の庵主がやったことは,当時原作者が欲しても得られなかった「足りない知識」を元に,これが「ちゃんとした月琴」になるよう,アシストすることだったんだと思います。

 たぶん現状,オリジナルの当初状態より性能的には格段に上。音もちょっと数打ち楽器じゃないくらいになってますね。これも庵主のせいじゃなく,原作者の腕前によるところが大きい。もし原作者に庵主と同じ知識があって,本気で作ってたら,さらにもっとすンごいことになってたと思いますよ。

 まあ今回の修理の真価は,つぎの百年後ぐらいに,たまたまこの楽器を手にした誰かが,下してくれる手合いのものかもしれませんね。
 とりあえずは,この百年を乗り越えてきた楽器に,長久保佑あれ。


(未来へとつづく)


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