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菊芳の月琴 (終)
KIKU2_05.txt
2022.6~ 菊芳の月琴 (5)
STEP5 頂点小僧
さて,菊芳の月琴の修理もいよいよラストスパートですが。
その前にちょっと-----
今回の楽器の作者,
菊芳・福島芳之助
に関してはこれまで,
明治10~20年代
に活躍した作家であるらしいこと。
23年
の内国博覧会で受賞していること,
20年代後半
に一時店主が「福島ステ」と,奥さんらしい女性になっていること。そして
同30年代
には店名はそのままで,店主名が
「岡戸竹次郎」
になっているというあたりまでしか分かってませんでしたが。
前回少しだけ紹介した『現代琵琶名人録』(T.11)という本に録された,
息・福島直矢
の伝から,そのあたりの事情がかなりはっきり分かってきました。
…厳父芳之助氏は夙に諸楽器の製作に通じ,明治初年早くも日本橋橘町に開店したが,同十八年同馬喰町四丁目七番地に移り同二十三年第三回内国勧業博覧会に三絃二絃琴を出品して褒賞を授かったが,不幸芳之助氏の白玉楼中の人となるや同二十五年賢婦の聞え高かりし母君壽貞女史斯業を継ぐに至り…
(『現代琵琶名人録』T.11「福島直矢」の項より)
この記述から,芳之助の逝去の時期はやや曖昧なものの,これまで見てきた月琴のラベルはどれも,
住所が「日本橋馬喰町」
になってますので,彼が月琴の製作に関わるようになった
下限はおそらく明治18年
で,
実働は7年間あったかどうか
というあたり,ということになりますね。
左画像は同じ馬喰町の「菊芳」製の楽器(箏)についていたラベル。
月琴に関しては現在までのところ,ラベルの名義がこれと同じように「岡戸竹次郎」になっているものを見たことはありませんが。
未確認ながら,
芳之助のものと工作の手の若干異なるものもないではないので,後の定型的量産型の楽器のなかには,彼の在中もしくは死後に,
岡戸竹次郎もしくはお店の他の職人によって製作されたもの
はあったかもしれません。
上の本によれば,息子・直矢は
明治38年に馬喰町の店に復帰,
とありますが,庵主の知る限りでは,明治40年代以降も
菊芳本店の店主は岡戸竹次郎のまま
で,福島直矢はここにもあるとおり
牛込に移って開店・独立
しています----まあ,このあたりの事情については,なにか一悶着あったんでしょうねえ,くらいのことしかわかりませんが。
岡戸竹次郎は三味線と箏を得意とし勧業博や共進会で何度も受賞している
かなり腕利きの職人
だったようですし,福島直矢はのち琵琶のほうに重心を移しつつ,こちらもいろいろな品評会で賞を得てます。二人ともその後,山田縫三郎や田辺尚雄などと
邦楽の普及運動
などにも関与していたようですね。
さて,修理終盤。
例によって裏板を,
真ん中から二つ
に割ります。
事前に合わせてみた結果,
板の収縮による誤差
がかなり少ないほうだったので,今回は板をあらかじめスペーサ入りで接ぎ直し,横幅を広げてからの接着することにしました。
板の接ぎ直しをしながら,
棹と胴との最終フィッティング
も佳境。最後はもう髪の毛一本分,薄紙一枚ぶん削るとか足すとかのレベルで調整を重ね,
オープン状態での作業
が完全に要らなくなったと判断したところで,
いよいよ裏板を再接着。
胴体を箱に戻します。
いつものように,接着剤をつけ,板クランプにはさんで一晩。
へっついたところで,ハミ出し部分を削り取り,側板と表裏板を清掃します。
けっこう真っ黒い汁が浮いて出ました。意外と汚れていたみたいですね。
菊芳の初期月琴は,工作にこそまだ慣れてないが故の稚拙さがありますが,こういう木部には,後の量産型に比べると,
かなり良い材質
のものが使われてます。
16号なんかは胴全体もっくもくの虎杢でしたし,今回の楽器も表面のヨゴレを取り去ったら,
うっすら杢の浮いた良い木
でしたので,これを活かさない手はありません。
もともと色の濃い染めなどされていなかったし,修理個所も,染めて誤魔化さなければならないほど大規模な部分はなかったので,全体を
亜麻仁油と柿渋
で,ほぼナチュラルな仕上げでまとめました----
いやでも,油をふくむと少し透明感が出て,むしろ凶悪なぐらいの色合いになりますねコレ。
後の量産機ではもうちょっと普通の材---
工作のしやすい柾目材
とか---が使われてますから。景色重視で木目の混んだ,
比較的扱いにくい
銘木を,あえて選んで使ってるあたり,これも若気の初期作ならでは,作者の
厨二病的感性の発露
だったのかもしれませんねえ。
棹と側面部の仕上げをしつつ,半月の再接着に向け,まずは楽器の中心線を確認します。
さす芳
……オリジナル位置でほとんどズレはありませんね。
結果としては清掃の必要が無かったら,半月はずさないほうが良かったくらいですが,このあたりに関して
庵主は他人の仕事を一切信用しない
ことにしてます----そもそも大流行期の楽器なんか,どっかが1センチくらいズレてても,無理矢理製品にして売っちゃってたりしてますからねえ。
自分の眼でしっかり確認した新しい中心線を基準に,半月の位置を決めて接着します。
半月は
かなり色あせて,
赤っぽくなっちゃってましたが。ちゃんと染め直したんで,黒々ツヤツヤしてますねえ。
棹に山口と蓮頭を接着。これでようやくこの物体は,糸を張って音を出す
「弦楽器」
に戻りました!
フレットは実用楽器らしく竹でイキます。
例によって触れば音が出るくらいのフェザータッチを目指して,
実器合わせでギリギリ調整。
画像ではやたら白っぽいですが,このあと
い~感じに染めて
古色付けしてあります。
あとはオーナーさんの要望により
紐飾り
を付け,裏面に修理札を貼って。
染めたフレットや補修したニラミ,補作のお飾りなどをへっつけて。
夏の草刈り帰省直前の2022年7月21日。
日本橋馬喰町菊屋・福島芳之助作の月琴,修理完了!
当初,激情にまかせて作業に入っちゃったもので,修理前の全景画像がないという(w)
前使用者の補修・改造箇所を取り除いた
修理前の原状
は,前回あげたフィールドノートなどからご確認ください。
なんやかんや書いてますが,庵主,基本的にこの人の楽器が大好きです。
なんて言うんでしょう…いかにも
まっとうな「職人的」
と言いますか。
「後の人のことをちゃんと考えて作ってる」感があるんですね。
手抜きもしてるし,今回のなんかは初期作だから,柏遊堂同様,知識経験的に足りてない部分もあるのですが。
ほかの作家のように「余計なこと」はあまりしてない
し,手抜きの箇所も,たいていは「足りない」よりは「多い」----足さなきゃならないところより,
ちょっとだけ削れば済む
ような部分のほうが多いんですね。
木というものは,一度削っちゃったら,足すほうがタイヘン,そういう当たり前のことを当たり前に分かってて。
先のことも考えたうえで,
余裕をもった作りにしてあるんですよ。
結果----芳之助自身よりやや神経質で繊細な,後の使い手なり修理者が,ゲンノウ片手に真っ赤になりながらも。
芳之助の残してくれた「余裕」に感謝しつつ,
この楽器をある意味「完成」させるというハメになるわけではありますが,最初から
バリバリにチューンされたギリギリな楽器
に,真っ青になりながら取組むのに比べると,安心して次世代に継げる,
作りの「確かさ」
があるんですね。
やさしくあたたかな音。
前に突進するのでなく,
空間に広がってゆく
ような響きがあります。
音の輪郭がやや曖昧なぶん,カッチリとした音を好む向きには若干合わないとは思いますが,音量・音色ともに,この楽器としては
じゅうぶんな性能
を持っています。
かなり執拗に再調整はしましたが,今回の修理でも
芳之助の残した「余裕」
はまだ使い切られていません。
楽器が「道具」である限り,
使用されメンテされるたびに,カンナやノミの刃と同様,「余裕」は削れて少なくなってゆくものですが,今回は芳之助の手抜き箇所を何箇所か削ったかわりに,長年の使用で削れた部分を逆に足してるので,
状態的にはプラマイゼロ
なのかもしれませんね----
ほんと丈夫です。
棹やフレットの徹底的な調整で,操作性は
オリジナルよりかなり向上している
と思われます。半月での弦高を例によってゲタで少し下げたので,運指への反応もちょうどいい感じになりました。
ただし,響き線がやや長めの曲線なので,
少し演奏姿勢に制限があり,
そこをヘンにはずすと胴鳴りが起きますが,これは当時の楽器としてはふつうのことなので,あとは演奏姿勢の工夫で,胴鳴りの少ないポジションを
身体で覚えてゆく
しかないですね。まあ,何事も練習と慣れですよ,慣れ。
この後,この楽器の音が,さらにどういうふうに「完成」されてゆくのか。
庵主はたぶん聞けないとは思いますが,遠い未来のどこかで誰か,この記事を読んだら。
超光速通信で琴座の方向へ,その感想を送ってください。
(おはり)
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