名前はまだない(11):RE
2023.10~ 楽器製作・名前はまだない(11):RE
STEP11 エレキ阮咸>フルアコ阮咸計画(終) さて,従前の工作では,4単弦,4弦2コース,3弦など弦制による差異を検証するため,複種類の弦制に対応できるよう,たくさん孔を開けた半月(テールピース)を用意しました。 月琴で「半月」,琵琶で「覆手(ふくじゅ)」と呼ばれるこの部品。材料は唐木のムク材をがんばって削ったものだし,清楽阮咸の4弦2コースの設定になる孔もちゃんとあいています。現状べつだん壊れてもないし,これをそのまま使うってのも良いのですが,この半月はウサ琴準拠の半月型(というか木の葉を半分にした形),いつもの月琴で見慣れた形状になってます。 見かけは唐宋の阮咸に近いのに中身は清楽の阮咸で,そのうえ実際には阮咸でも月琴ですらもない(あえて言うなら「円胴の双清」ってとこでしょうか)という,清楽月琴以上のインチキ楽器でありますので,ここらでもう一段,後世の研究者を困らせるような悪戯をしておきたいと思います。 テールピースを唐宋の阮咸風の形状に。 正倉院のは,もうちょっと丸っこいかな。 今回はホワイトラワンの端材に,端材の唐木板を貼りつけたもので作ります----ちょいとカタチが複雑なので,ウチの手工具じゃ黒檀から削り出すのがタイヘンですからね。いまはくっきりツートンカラーですが,あとで一見唐木のムク材から削り出しかのように,全力で誤魔化しますよ。 ドリルでたくさん孔を穿って裏面から刳り,さらに真ん中を糸鋸で横からえぐって,横から見た時「ユ」の字みたいな形にします うん。画像で見てもらえると一目で分かりますが,文章で説明しようとすると難しいですね。 さて,この形状。実質的には琵琶なんかで見る,Lを上下逆さにしたのと同じタイプになっています。接着面のせまい片持ち式に比べると,前方への張り出しが支えになるぶん,安定は良さそうですが,そのほかに何か意味があるのか,そのあたりちょっと興味が魅かれますね。 では「ごまかし」作業開始!!!----まずは土台の部分をスオウで赤く染めます。 この素材は染まりがいいのと,導管の感じが,黒檀とか紫檀と言った高級な唐木材に近いので,流行晩期のころの大陸製の月琴ではよく使われてますね。 スオウの上から黒ベンガラ。これは小筆を使ってちまちま…わざとムラムラになるように塗ってゆきます。 ベンガラが乾いたら表面を軽く拭き取り,定着させるため。表面に亜麻仁油を滲ませ。で,数日乾燥させると---- ----どやぁ。 これだけでもちょっと見なら分からんくらいですが,この時点ではまだ,表面のツヤに差があるので,補強を兼ねてラワン部分を中心に樹脂系の塗料を上がけして調整します。軽く模様もつながるような感じに塗ってるので,シロウト眼にはそうそうは分からん。 何度も書いてるように,こういう誤魔化しを見破れるのは,同じ職人の上級者か,こういう騙し合いで場数を踏んだヤバい筋の人達だけです,気を付けてください。(w) 同時進行で胴体側面を塗り直します。 板の貼り換えやら穴埋めで,けっこうキズつけちゃいましたからね。 スオウやベンガラで補彩した後,全体をカシューの透で塗り直し。 地味に塗装がいちばん時間かかる作業なんですよね。 四畳半一間,他の作業もやってるので,あるていど硬化するまでホコリがつかないよう,塗ったらすぐ箱の中に入れておきます。 けっきょく三週間ほどかかりましたが,なんとか塗り直し完了。 新しく貼り換えた表裏板を,ヤシャブシで染めます。 桐板は基本的に小切れを接ぎ継いで作るもの,たとえ同じ木から切り出したものでも,小板ごとに色味がわずかに異なります。ヤシャブシ汁の主成分はタンニンなので,虫除け的な効果もあるようですが,ヤシャブシに砥粉とでんぷん糊を少量溶いたのを刷いて染め,木色の違いを分かりにくくします。 これが乾いたら,あとは組み立てるだけですね。 ----と,ここで非常事態発生! 覆手の貼付けでしくじり(左に1ミリほどズレてた),やりなおしするハメとなりました。 原因は,このカタチのテールピースの接着をするのがはじめてだったことで。どうやって保定するかのほうに夢中になるあまり,少し確認が雑になっちゃったようです。 どんな作業でも最後に指さし確認・ヨシ!は必須ぅ----ニカワ付けが下手に上手くなっているため,はずすのに半日以上かかり,うれしいやら悲しいやら。 さすがに二度続けて失敗はこきません。(笑) こんどはしつこいぐらいに測り直し,絶対ズラさないMAN的に当て木でギチギチに保定して,再取付け,成功しました。 組み立てて試奏したところ----そのままでもまあ,ウルサイこと言わなければ,じゅうぶんに使えるレベル,とは思ったんですが----チューナーで測ると出るズレが気になり,けっきょく棹上についてたフレットも,一度ぜんぶハガして,フレッティングをし直しました。 寸法で言うなら,元の位置から1ミリ動いたかどうかという違いなんですが,音の上だと最大で30%くらい差がでちゃってましたからね。 そんなこんなはあったものの。 2023年11月16日,なんちゃって唐宋阮咸, なんちゃって清楽阮咸に改装完了! 以前の記事でも書いたように,この楽器のフレット間の音の関係は----
----となっており,「1律」を短1度,開放弦を3Cとしたとき,
となります。これに対して清楽の阮咸(双清)は
上同様,開放=3Cとした場合の音階は----
----となります。清楽のほうは基本,月琴と同じく半音のない長音階なわけですね。 清楽阮咸の調弦は月琴の「ド・ソ」と反対,「ソ・ド」の3G/4Cで音域は2オクターブちょいあるわけですが,今回のように,唐宋阮咸のフレット配置で同じ調弦にすると,最高音は5Fで2オクターブにわずかに届きません。フレットは清楽阮咸のほうが1枚少ないのですが,音域は長2度ほど広い……ふうむ,なるほど。 今回の楽器のフレット配置で,清楽阮咸のG/C調弦にした場合の全音階はこうなります。
清楽曲しか弾かないなら,まあこれでも問題はないのですが。色んな音楽に合わせようと思うと,高音弦で2コめの高音の4B(シ)がないのがネックとなります。まあ音自体は,低音弦の12フレットにあるんですが,メロディラインを弾きながら,これを出そうと思うと,棹上の7~8フレットのあたりから,胴上の12フレットまでたびたび指を飛ばさなきゃならないのがかなり不便です。 そこでまず,2律離れている8・9フレット間に14枚めのフレットを追加----これで高音弦で4Cから5Fまでの長音階が全部出せるようになりました。追加であることが分かるよう,フレットの工作も変えておきましょう。 さらに低音弦を1度下げ,開放3F/4C(ファ・ド)の調弦として,音域を最低3Fから最高音5Fの2オクターブにします。改造後の全音階は----
赤字のところが追加したフレットの音ですね。 こんどは低音の「乙(B)」がなくなりましたが,ふだん弾きだとこっちのほうが断然使いやすいし,五音階中心のメジャーな清楽曲ではあまり出てこない音なので,さほど問題ありません。また,そうした曲の伴奏時には調弦をG/Cに戻せばいいだけのこと。 清楽阮咸は明笛と同じ音階----つまり,中音域の月琴に対して低音パートを担当する楽器とされているのですが,このフレット配置で調弦を3F/4Cとした場合には,低・高弦間の関係が月琴と同じ5度となるので,通常のオクターブユニゾンになるパートだけでなく,月琴の5度下の和音をなぞることの出来る楽器としても使えるようになったわけですね。 今回はなんちゃって阮咸をなんちゃって清楽阮咸に改装し,しかも厳密にはそのどちらでもない楽器にしちゃったわけですが。フレット配置や調弦の差異からは,その二つの「阮咸」が,どういう関係にあり,さらにそれらが短い棹で円胴の「月琴」とどういう関係であるのかが,おぼろげながら見えてきたような気もします。 こういうきっかけは字面で文字や記号を見比べていてもなかなか得られないものです。こんなふうに,実際に音を出して演奏してみれば,ホントに一瞬でつかめるモノなんですけどね。実験楽器としては,これだけでも十分な成果が出たかなあと思いますよ。 11月のWSに持って行きますので,実物イジってみたい人はどうぞ~。 (おわり)
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