ウサ琴EX3 (2)
![]() STEP2 時計仕掛けのウサ琴 ![]() さて,前回までの工程は,工作の精度も含め従前のウサ琴での工作とさして変わらないところでありますが,シリーズEXの真骨頂はここから。 まずは内桁を徹底的に削ります。 前2作の時に,削りすぎて何枚かへし折っちゃったりしましたので,どこまで削れるのかの加減はだいたい分かってきました----たぶんね(w) 途中からは寸法でなく,指で触った感触で削っていきます。ヤバくなってくると,すッとなぞったときに,わずかに毛羽立ってるような抵抗が感じられたりするんス。
内桁と補強材の材質はいずれもヒノキです。エゾマツとかでもいいんですが,ヒノキのほうが若干削り込める感じですねえ。 内桁左右のこの孔。 ![]() 楽器の解説だと「音孔」とか書かれ,いかにも楽器の音や響きに影響してそうに思えますが,じつのところ,月琴という楽器においては,コレ,あまり意味の加工で----事実,この孔がキレイにあけられてるのにクソも鳴らない楽器もあれば,孔のないただの板がつっこんであるだけなのに,激鳴りな楽器もあるんですね。 まあ,そもそも月琴の胴内空間というものはせまいので,内桁に孔をあけてちっと空気の通りを良くしたぐらいでは,そんな都合のいい劇的変化が起こり得るはずもありません。 さらに言うならこの孔,「月琴」においては,もともと「音」のためにあけられていたものじゃないんですね。 STEP3 閑話・月琴の「内桁」のハナシ ![]() ![]() 画像は53号天華斎。 作者は福州南関外茶亭街の天華斎----の後継のたぶん「老天華」。 古渡り月琴の胴内は,これとだいたい同じ構造になっています。 棹孔のほか内桁にあいているのは,片側に木の葉型の孔がひとつだけ。そしてこの孔は,「音」のためというよりは,単に「響き線を通すため」にあけられているものでしかありません。 国産の月琴も,当初はこれと同じ形式を採っていたと思われます。 ![]() ![]() じっさい,連山派と関係が深いと思われる関西の「松」のつく一派,松音斎の初期の楽器は,孔の形こそ違え上の唐物とほぼ同じ構造になってますね。 国産の清楽月琴では響き線の基部が,演奏姿勢の違い(大陸は椅子に座って足を組む,日本は畳の上で正座する)などにより,やがて楽器の肩口から胴の真横に付けられるようになってゆきます。 これに伴い「響き線を通すために必要」だった内桁の孔は,基本必要なくなったわけで。じっさい先の「松音斎」の後継と思われる松琴斎や,同じ系を引くと思われる関東の唐木屋では,ツボ錐で申し訳程度の孔をあけた,ほぼ「ただの板」を入れるようになりましたが---- ![]() 同系と思われる松鶴斎の楽器などでは,響き線の構造は変っているのに,なぜか唐物楽器や松音斎の楽器と同じ位置に,孔があいてたりしています。 ![]() おそらくはこの時点で,職人さんたち自身にも,この孔の意味自体がなかば分からなくなっていたんでしょうねえ。 これらとは別に,関東で作られていた楽器は,もともとが大陸から来た本物の構造をちゃんと分かっていたかどうかあやしいヒト----渓派の祖・鏑木渓菴の自作楽器などを参考にしていた可能性が高く,庵主所蔵の文久3年製13号も,鏑木渓菴の系を引く田島真斎や石田不識の楽器も,唐物の月琴とは全く関係のない独自の構造になっています。 ![]() ![]() 内桁が2枚になってるのは関西の松派などでも同じですが,ここは中国人と日本人のモノヅクリの「嗜好」に由来するかと----日本の職人さんは実際の強度に関わらず,「丸に一」の構造が不安でガマンできないんですね。「安定」を求めてどうしても「丸にニ」のカタチにしてしまいがち。そして関東の職人さんは元の楽器を知らへんもんやさかい,ただの板でエエちゃうん,てとこにガマンができず----なんとのぅ,あけるようになっちまったのが,この内桁の「音孔」なんですねぶぶ漬け食うていきなはれ。 ![]() ![]() 上にも書いたよう,古物の清楽月琴において実際の楽器の比較からは,この音孔の工作如何で,楽器としての性能が劇的に異なる----なんてことはないわけで,おそらくは,内桁によって分断される胴内の空間をつなげることで「通り」をよくしよう,ていどの思いつきだったとは思うのですが,松鶴斎の孔のように,まったく効果のないことでも,先行する誰かがやっていると,何か意味がありげに思ってしまい,つい無批判に継承してしまうものです。印刷物の普及とともに初期の通販的なものがはじまり,関東の楽器が全国に広まるようになってからは,ほかの地方の楽器も同じような構造になっていったようです。 ちなみに,ここに孔があってスカスカの状態になってても,面板や内桁の接合・接着が悪ければクソほども鳴りませんし,孔のないただの粗板みたいなものがつッこんであっただけでも,「箱」としての作りがしっかりしていればふつうに激鳴りします。 ![]() ![]() もちろん孔があいていて工作も良ければ,そのほうが鳴るわけですが,それは「孔が開いていて内部の "通り" がイイから」ではなく,「"箱" の振動を邪魔するよけいなモノが少ないから」なんですね。ここを通って空気の対流がどうの言うてるヒトもおりますが,サウンドホールもない楽器のこの胴内の閉鎖空間のどこから,楽器の音が変るほどの大量の空気が流入し,どこから出ていくのか教えてほしいところであります(w) すでに述べたよう,明治の職人さんの多くは,そもそもこの孔の意味もよく分からず,ただ「そういうものだから」といったていどで貫いていたようですが。ふつう,外から見えることのないこのあたりの構造は,たいへん御上手に手も抜いておられることが多く,孔の周縁がガタガタだったりするのは当たり前,錐であけた小孔に挽き回し鋸通して横に挽いただけ,なんて超雑な工作も見たことがあります。 ![]() ![]() きっちりしっかり丁寧にあけたところで,さして影響のない孔ではありますが。まずい工作や中途半端な加工をされればもちろん,かえって振動の邪魔になったりノイズ発生の原因になったりするわけで----おかげでなんど過去に戻ってサツジンを犯したくなったことか……… ちょっと長くなってしまいましたが。つまり庵主がウサ琴の内桁を研ぐのは「共鳴空間を広げる」ためではなく,「余計なものを極力削る」ためなのですな。楽器の構造上,この内桁は,棹を支えるためと,表裏板を胴に固定しカタチを保つために必要なものではありますが,強度的に必要なぶんを以外は「余計なモノ」が少なければ少ないほど,箱全体が振動するようになります。 ![]() ![]() まあ前にも書いたようにこの部分,近現代の中国月琴(4弦2コース「中国現代月琴」じゃない伝統的なほう)や,台湾・ベトナムの長棹月琴では---- ![]() ![]() ----と,棹孔のあいた板を,面板の補強材を兼ねた細板ではさみこむカタチになってることが多いですね。これも「音孔を大きくしたかった」のではなく,「棹孔以外の部分を必要最小限にする」ための構造であり工作と考えられます。 ![]() まあ上の構造は単純で,削る手間は要らず組み立てるだけの工作で,最小限の構成が達成できるわけですが,パーツが増えるぶん,どんなに接着をうまくしても伝導になにかしらのロスが生じます。すごい数作るわけでもないので,庵主は従来の一体型の桁で,内桁の限界を目指すとしましょう。 ----と,いったあたりで次回に続く! (つづく)
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