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玉華斎2(6)

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斗酒庵 たまたま玉華斎にまた出会う の巻2023.11~ 玉華斎2 (6)

STEP6 タマモイナズマ

 さてと----今回の修理,この玉華斎を「楽器」として再生するために必要な処置は,前回までのところでなんとか終わりました。

 ここでちょいと今回の修理での新技術情報を----
 今回の楽器,オリジナルの糸巻や半月・蓮頭はツゲで作られてるんですが,これがまた古い根付なんかでよーく見かける色になってます。

 木のこととか骨董とかよく知らない人は,こういうのを「古色」だとか言って,木が「年月を経ることで変色した」みたいなテキトウをほざきますが,そんなわけはありません。そもそも古物の道具で言うところの「古色」というのは,人の手によって使い続けられたことによる変色や風合いのことですから,楽器として使用された痕跡のない本器で付きようがありませんわな。

 よく木を描くとき,葉をミドリに,幹を茶色に塗ったりしちゃいますよね。
 でも,現実には「幹が茶色の木」っていうのはほとんどありません。
 わたしたちが木を「茶色」と思うのは,文化と歴史による「刷り込み」に近いものです。そもそも身近で見る「木材」も,板や角材のような素の状態では,もっと白っぽかったり灰色や薄黄色に近い色です。ではなぜわたしたちは木を「茶色」だと思うのか?----それはわたしたちが日常使う「木製品」のほとんどが,伝統的に「茶色に染められてきた」からなんですね。

 うちで使っている染料で,黄や茶系の色を出したいときは,これまで茶ベンガラかヤシャブシ,もしくはスオウを媒染ナシでといった手法が多かったのですが。今回,この楽器の糸巻を染めるにあたり,このオリジナルの「染められたツゲ」の色合いがなかなか出せませんでした。
 はじめはオレンジ系の茶色なんでスオウ(赤)とヤシャブシ(黄)でイケるかな~,と思ったんだけどね……補作の糸巻はツゲじゃなく,例によって¥100均のめん棒で作られています。この材料,ツゲや唐木よりはだいぶん軟らかいので,補強として樹脂を浸透させて使ってるのですが,この樹脂がスオウと反応すると青っぽい赤に変色しちゃう----結果,染め色がオレンジというより緑色っぽくなっちゃうんですよ。
 ううむ,ふだんツゲって山口(トップナット)くらいでしか使わないので,庵主,いまいち不案内です。そこでツゲをよく扱ってるであろう,根付師さんに尋ねたところ,試してみィ,と紹介された染料がこちら----

 「クチナシ」ですね。そう,あの芋きんとんに色着けたりする。
 ちょうど年の瀬でしたので,そこらのスーパーでも買えましたよ。

 2袋…8コぐらい入ってたかな。
 これを布でくるんで,木づちで砕き,だし袋に移して煮出します。
 うん,芋きんとんってより小豆を煮てる時みたいなニオイがしますね。
 芋きんとんでも布でもなく,木に使うものですんで,4回抽出したのをぜんぶ煮詰めて,かなり濃い液を作りました。

 とはいえ,正直「クチナシ」と言うと,芋きんとんに使うモノ,くらいのイメージしかなくて,芋より布より染まりにくい木に使ったところで,けっきょく大したことはなく,薄くてがっかり~とかになる,と思ってたんですが----

 ためしに塗ってみたらこうですよ。
 ちなみにコレ右2本,筆でさッと一刷きしただけ。あまりにどぎついキ○ガイ・イエローに一発で染まっちゃったため,ちょっとパニックになったのは内緒です。
 まずこれで,木地色をツゲに似た黄色に染めることに成功。

 これにヤシャブシとか少量のスオウとかを重ねて----まあ,まだオリジナルの色とはちょっと違いますが,なんとか蓮頭や半月と並べても違和感のない,ツゲの古いものっぽい色に近づけることができました。柿渋とかも使ってるので,半年ぐらいたつともっと濃くなって風合いが近づくとは思います。
 クチナシ染め…芋きんとんのイメージが強すぎて,なんとなくスルーしちゃってたんですが,木のステイン材としては優秀なようですね。欠点は褪色しやすいことらしいですが,これも媒染剤とかトップコートを工夫するとかなり改善されるみたいですしね。ううむ良いモノを教えてもらった。

 そいでは修理の本筋に戻りましょう----
 はじめに取り外した各部品の調整や補修も進んでますので,組立てに向けて,胴体の清掃をします。
 いつものように,ぬるま湯に重曹を溶かした洗い液と,Shinex#400。

 まずちょっと手慣らしに,真っ黒になってた山口(トップナット)さんを拭いてみます。

 拭く前は分からなかった糸溝の構成が見えてきましたね。
 低音弦がわは一発で決まったようですが,高音がわは糸1本ぶん外がわに切り直してますね。
 そしてそれぞれのさらに外がわ,左右端ギリギリのところにもう一組薄くせまい糸溝痕があります。これが一番最初についていた糸溝のようなんですが,削られ修整されていますね。寸法的にはこの削られてしまった糸溝が,清楽月琴における一般的な間隔に近いのですが,おそらくは,この楽器の棹が通常より細くなってしまったため,そのまま使うつもりだった汎用の部品を削って修整したのじゃないかと考えます。
 ちなみにこの大外の糸溝に合わせた場合は,第3フレットのあたりで,外弦がほぼ棹の幅ギリギリのところを通ることになってしまうので,フレットの作りを特殊なものにしない限り,操作性にかなりの難が発生しますね。

 手慣らしも済んだところで,本体へまいります。
 洗液をShinexにつけては擦り,布で拭いながら百年の汚れを払ってゆきます。
 日本でこの月琴の桐板を染めるのに使われているのは,主にヤシャブシと砥粉に少量のでんぷん糊を加えたものですが,大陸の月琴では砥粉はほとんど使われておらず,ヤシャブシと同じタンニン系茶色系の染料に,なにか黄系のものを混ぜたのが使われていますので,日本の月琴よりやや黄色味が強いのが特徴です。
 この染料,メインとなる茶系のほうは日本と同じヤシャブシか阿仙の類だと思われるんですが,いままでこの混ぜられてる黄色味のほうの正体が分からんかったのです。それが----あ,これ,もしかするとクチナシなんじゃないかなあ,と気がついた今日この頃。

 板を拭った布に,鉄媒染で使うオハグロを垂らしてみたところ,一部がモスグリーンに発色しました。ヤシャブシではこうなりませんが,クチナシは同じ媒染剤で同様の色変化を起こしますね。まあ,化学分析したわけではないので,あくまで素人推測ですが。

 そこで数日後行った表裏板の補彩では,ヤシャブシに少量のクチナシ液を混ぜてみたんですが,このせいかけっこう元の色に近くなりました。ほんとのところはほんと分かりませんが,結果としては成功ですね。
 布に染め液をつけては,表面を磨くように擦りこみます。ヤシャブシにはロウ分が含まれているので,このように半乾きの時に擦るだけで,けっこうなツヤが出ますなあ。

 裏板も同様に清掃して補彩します。
 残片となっているとはいえ貴重な,オリジナルラベルも貼りついてますので,こっち面のほうが作業はタイヘンだったかも。

 ----というところで,今回はここまで。
 次回いよいよ組立てです!
 さて「ほとんど飾り物」から「楽器」に再生された福州玉華斎,いったいどんな音を奏でてくれるのでしょうか?

(つづく)


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