« 月琴65号 清琴斎初記(4) | トップページ | えいこうの月琴WS@亀戸!ラストワルツ! »

月琴65号 清琴斎初記(5)

G065_05.txt
斗酒庵,春秋を思ふ の巻2024.4~ 月琴65号 (5)

STEP5 ほんにそなたは枯野のススキそよぐばかりで心(しん)のない

 さてと,時系列と順番は前後しますが,今回はここから。
 この楽器,事前の調査で分かったのは,部材の加工や接合の工作はどこも丁寧精密で素晴らしいものの。明治流行期の他のにわか月琴師および儲け便乗の量産作家と同様,「月琴」という楽器に対しての理解不足からくる「足りない(あるいは余計な)工作」がいくつかあるということ。
 まあ,外から見えるカタチや寸法は簡単に真似できますが,そのカタチや寸法の意味や内部構造,ってのは,そのモノを正しく理解できてなきゃ,作者の想像や都合に流されがちになります。ストラディヴァリウスのヴァイオリンをスキャンして,3Dプリンタで内部ガン無視の樹脂のカタマリとして出力しても,「楽器」にはなりませんわな。
 その無理解による「足りない(あるいは余計な)工作」のひとつが,前回処理した「棹の傾きがナイ」ことですが,もうひとつがコレ----

 この響き線,ヤキが入ってません。

 いちおう軟鉄のハリガネではなく,鋼線ではあるんですよ。ただコレ現状,エフェクターとしてもリゾネーターとしてもほとんど機能してません……ほぼ楽器内部でぶよんぶよん揺れてるだけのシロモノですね。

 いつも書いてるように,月琴という楽器の良し悪しは,胴体がどれだけちゃんとした「箱」になっているか,でほとんど決まってしまいます。この楽器のそこらへんの工作は素晴らしいのですが。画龍点睛を欠くと申しましょうか,「清楽月琴の音のイノチ」ともいえる響き線がこの状態だと,「鳴りはするけど響かない」---月琴特有の余韻のまるでない,箱三味線みたいな音の楽器になってしまいます。

 さてこれはどうしたものか。
 響き線がサビサビか,根元が腐ってたりでもしてくれてたなら,躊躇なくヘシ折るなりぶッこ抜くなりできるのでハナシは早いのですが,表面に小サビ浮き,ヤキが入ってないものの,線自体の状態は健康そのもの。おまけに頼母木源七,基部固定の工作にもソツがなく,ちょっとやそっと引っ張っても抜けそうにありません。

 とはいうものの----まぁ,現状の取付けられたままの状態でも,なんとかやりようはありましょう。ただしそれは,表裏に板のついてる状態だと難しいので,板の補修の済んでない,胴が外枠フレームのみの時じゃないとできません。

 まずはライターで線全体をなるべく均等に熱します。
 よさげな温度になったところで,あらかじめ濡らしておいた布かキッチンペーパーですかさずくるむ!----ジュッ,とな----

 さすがに気の抜けない瞬間ワザで。作業中の写真は撮れませんでしたので,作業後のでご容赦アレ。ほかには直接コンロにかざすとか,9V電池直結して線自体を発熱させるとかも考えたのですが,どれも安全性に欠けるため却下。理想的な加熱状態が得られなかったため,完全に満足のゆく結果とまではいきませんでしたが,それでも先端がガンブルーになるくらいの根性は入れれました。
 従前は弾いても,ぶよよんぼよよんと揺れるだけでしたが,焼き入れ後はキーンカーンとちゃんとした「響き線」の音が出るようになりましたよ。

 この楽器にとっては重要なものの,きわめて地味な響き線の補修と処理は完了。
 棹の調整もひと段落し,これで内部からしなきゃならないこと,出来ることは片付きましたので,いよいよ裏板を戻して,胴体を「桶」から「箱」に戻します。

 裏板は,右から2/5くらいのところで割れて2枚になっていました。接合部の上端から半分くらいのとこまで虫に食われてましたので,表板の場合同様,小板接合部の虫食い部分を埋めて整形・樹脂浸透で補強。そのほかの虫損は,内桁との接着部や周縁部に少しある程度で,表板ほどヒドくはありませんでしたね。
 あとはこれを1枚に接ぎなおしたこれを胴に戻せばいいわけですが。
 表板の時と違って,こんどは内部構造との位置関係がまったく見えない状態でやることとなるので,1枚に接ぎ直す前に,板ウラに残っている原作者の指示線や,元々の接着痕,そして実際に合わせてみた結果を頼りに,新しい接着位置の目安になるシルシをあちこちに付けておきます。

 胴や板自体の,板の中心とかは原作者の残してくれた指示線,ほぼそのまま使えましたね----これも元の工作や木取りが良かったため,変形による誤差がきわめて小さかったおかげです。ほんと仕事は丁寧だ。再接着の作業余裕として小板の間に噛ませるスペーサも,最小の2ミリ程度の幅で済みました
 赤いクランプぐるりと回し,一晩置いて接着完了!

 あとは胴側からわずかにはみ出した板端を削り,胴体は無事「箱」に戻りました。

 棹と胴体,楽器としての主構造部分の補修はこれにて完了。
 ではいよいよこれを「楽器」に戻すために足りないあれこれを作ってゆきましょう。

 まずは糸巻。
 そういやこの楽器がはじめて工房に到着した時,ネオクの画像のとぜんぜんちがうゴッつい琵琶の糸巻が入っててビックリしたもんでしたねえ(出品者さんが同時に出してた他の楽器のと間違って入れちゃったらしい)。

 数日後に届いた糸巻は,2本がオリジナル,あと2本は三味線糸巻を改造したものとなってました。
 オリジナルの糸巻は状態も良かったのでそのまま使い,2本を補作することとしました。部品入れあけたら,ウサ琴作りの時大量にこさえた予備の素体がまだ2本だけ残ってましたのでこれを使いましょう。

 いつものように,ナイフと鬼目のヤスリでだいたいのカタチに削り,途中から実器合わせで先端を調整しながら,全体を仕上げてゆきます。

 ジグソーも旋盤もないんで,1本あたり1時間くらいはかかりますが。今回は大キライな素体作りの工程がないんで実にキラク,じつに楽しい!----ああ六角形のウツクシさ!
 というわけで。側面わずかに反りのある多面体に悶えながら,最後に帽子(握り部分のてっぺん)を研ぎ出し,溝を刻んで完成です。
 材料はいつもの100均めん棒ですが,これ数年前より素材が硬いブナの類から軟らかい白楊等になってますんで,力のかかる先端部分を中心に,樹脂を何度も浸ませて強化しときます。
 これをオリジナルの色味に合わせて補彩。

 今回は茶ベンガラを中心に,スオウ染めを組み合わせて赤茶っぽくしました。現状オリジナルより若干色味が濃いめですが,数年してスオウが褪色したらちょうど良いくらいになるかと思います。

 半月のお手入れもしておきましょう。
 オリジナルの半月は紫檀製。材質も悪くないですし,工作も良い。
 オモテ面に細い溝を刻み,そこに銀の薄板を打ち込んで装飾としてあります。意匠はたぶん水面に咲く蓮の花ですね。
 損傷は下縁部右がわに少しカケによるヘコミがあるのと,装飾の左がわの端のほうで一部銀の板がはずれてなくなっちゃってるくらい。

 ヘコミのほうは唐木の粉をエポキで練ったのでちょちょいと埋めましたが,銀の板のほうは手持ちにちょうどいい材料がないもので,とりあえず象牙の板をうすーくうすーく削ったのを埋め込んで誤魔化しておきましょう。

 あと事前の調査から,弦高を下げる必要のあることが分かってましたので,ウラ面のポケットになってる部分にゲタを貼りつけておきます。

 今回は煤竹を使用。
 弦が当って擦れる面に皮の部分を向け,細く削って貼りつけます。
 これで半月から出た時の弦高が,少なくとも1ミリほどは下がるはずです。


(つづく)


« 月琴65号 清琴斎初記(4) | トップページ | えいこうの月琴WS@亀戸!ラストワルツ! »