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月琴65号 清琴斎初記(4)

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斗酒庵,春秋を思ふ の巻2024.4~ 月琴65号 (4)

STEP4 板コいちまい冬ジゴク,ほい。


 はい,では清琴斎初記,分解の続きです。

 とはいえ,今回は胴の主構造の作りが素晴らしく精密・頑丈で,接合部の劣化等強度的な問題もないため,表裏板を剥いでしまった段階で分解完了です。

 裏板も剥がしましょう,ぺりぺりぺり----この感触,そして濡らすと白くなる表面。最初はニカワが劣化してるのかと思ったんですが違います。

 この楽器,表裏の板だけソクイ(米粉の糊)で接着されてますね。

 同様の工作は国産の月琴で時折見るんですが(唐物では見たことがない),おそらくこれは三味線の工作の影響。日本の職人さんの 「三味線の「皮」はソクイで接着するもの > なら月琴の板もソクイだな!」 というていどの,やや短絡した思考から来てる工作----所謂「ドグマ」ってやつにハグされちまった結果ですな。

 もともとほぼ考えナシでやらかしてるともいえる意味のない工作ですし,後々のメンテや修理の関係上不便なだけなので,ここはキレイにして再接着はニカワでやります。

 劣化していなければ,濡らしただけで何度も甦るニカワに対して,ソクイは接着力こそ強力ですが,一度剥がれたら接着力は戻りません。また,三味線の皮は張り替えることが前提ですが,月琴の表裏板は通常張り替えることのない部分です。そんなとこに,一部分でも剥がれたら「全面張り替え」が必要になるような技術使いますかね?----みんな勉強がなっちょらん!

 というわけで,バラバラになりました。
 さらには剥がした板も,虫食いのある弱った接ぎ目からバラしてゆきます。

 けっこうあちこち食われてましたし,表板中央部分なんかはそこそこやられてましたが,食害は幸いにも接ぎ目に沿ったものばかりで,全体に横方向への広がりはない----これならあまり手を加えないで修理できそうですね。

 まず木端口の細い虫食い部分に,桐塑(桐の木粉を寒梅粉で練ったもの)を詰め込みます。場所によっては表裏薄皮一枚,みたいになってますからね,ちょっとづつそッとですが,竹串やら爪楊枝も使い,なるべく奥までキチキチに…最後は乾燥によるヒケも考えて,木端口からあふれるくらい盛っておきます。

 中まで固まったところで平らに整形。
 もちろんこれだけではおが屑を詰め込んだだけのようなもの,この部分に強度はまったくありません。そこでここには樹脂を染ませて固め,強化しておきます。桐塑は水にも弱いんですが,こういう時は逆に樹脂が滲みこみやすくて助かります。

 作業後に,食害周辺をケガキの先とかで触診してみましたが,充填不良個所や新たな被害は確認できず。食害がもっと横へ広がっていたら,表裏からほじって樹脂注入とかになっていたでしょうが,今回の楽器の桐板は,目の詰まった硬いもの----会津あたりの桐かな?----だったのもあり,さほど食い広げられなかった模様です。
 なるべく余計なところは削らないようにしましたので,食害が表面にまで達しているところ以外は,接ぎ直せばほとんど分からないくらいになるでしょう。

 これを順繰り剥ぎなおしてゆき,再接着用の作業余裕を作るため,3ミリのスペーサを間に噛ませて,1枚の板に戻します。

 上に書いたとおり,オリジナルのソクイじゃなく,ニカワで再接着します。
 スペーサのぶんはみ出た周縁部を削って,胴体は「桶」の状態になりました。

 いつもの作業からすると,多少拙速な感じがするかもしれませんが。上にも書いたよう,この楽器の胴体の主構造は,工作も良く頑丈ではあるものの,さすがに表裏板のない状態では構造的に不安定ですので。このままにしとくと,なんかの拍子に壊れちゃったり,気候状況等により変形しちゃう可能性もあるので,今回はとりあえず表板を戻し,少しでも安定した状態にすることを優先しました----いやあ,さすがに骨組みだけの状態では,棹の抜き差しや,響き線の調整するのもコワいですからね。

 安心して作業続行可能な状態になったとこで,次だ次。
 棹角度の調整をします。

 オリジナルは面板から棹の指板面まで,鏡のように見事な面一でしたが,これもこの楽器についてちゃんと勉強しなかった作り手のよくやる間違いで。本来は楽器の背がわに少しだけ傾いでいるのがベストです。
 もちろん現状の面一状態でも楽器としては使用可能ですが,ストレスなく演奏するためには色々と不都合がありますので,いつものとおり調整しようと思います----まああんまりにも精確無比な工作でしたので,正直このままにしてやろうかとも思ったのですが,楽器はあくまでも道具。いくら見事な工作でも,それが作者の無知のあらわれでしかないのなら,それを後世に残す意味もありません。

 とはいえ。
 こういう腕に自信のある巧い人ほど,一箇所を下手にいじると全体がダメになってしまうような,余裕のないギリギリの仕事をしがちです。
 元の寸法や強度に余裕がないので,こちらも常に全体への影響を俯瞰しながらのギリギリ工作しかできません。

 けっきょく,延長材の先端・表板がわ面を1ミリほど。内桁の棹孔も同様に表板がわを1ミリほど下げました。これによって棹を傾けることに成功。ほんとうはもう少し傾けたかったんですが,これ以上削ると延長材や内桁の孔の強度に問題が出そうでしたので。

 この作業の最中に,棹基部と延長材との接合部に割れが見つかったので補修しときます。数打ちの月琴ではよくある故障の一つですね。ここもちゃんと接着はニカワなんですよねえ----なんで表裏板だけ。

 最後に胴体の棹孔のひっかかる部分を少し削り,内桁の棹孔や棹基部にスペーサを噛ませて,きっちりスルピタ抜き差しできるよう調整します。
 いつものことながら,これでまだ第一弾の調整ですからね。
 この棹と胴体のフィッティングは,楽器としての使い勝手にダイレクトに影響しますので。この後もまだまだ,修理完了の直前まで繰り返されます。

 とりあえず今回はここまで----

 分解作業も終わり,当面の記録はだいたい採り終えましたので,恒例のフィールドノートを公開しておきましょう。(下画像,クリックで別窓拡大)

 表裏部分は例によって「真っ赤だな」(w)です。


(つづく)


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