« 2024年11月 | トップページ | 2025年1月 »

月琴65号 清琴斎初記(6)

G065_06.txt
斗酒庵,春秋を思ふ の巻2024.4~ 月琴65号 (6)

STEP6 運河を穿ちお城のお濠を埋めたてた男の楽器は行く

 半月の手入れが終わったところで,全体の組上げに向け,表裏板の清掃に入ります。
 工房到着時の状態では表面板に水ムレの痕が見てとれ,ちょうど胴体の半分ぐらいのところで上下うっすら色が分かれてましたね。

 今回のヨゴレはけっこうキツくしつこく。

 最初の洗浄液は表板の半分ぐらいで真っ黒になってしまいました。あと中央部や左右のニラミ周辺に薄いシミが残ってしまっていたので,清掃作業はなんどか乾燥をはさんで間をおき,楽器の状態を確認しながら3度ほど繰返しました。
 ヨゴレの状態は保存してあった場所や環境の影響もあったのでしょうが,この楽器の表裏板の染めは,二記山田縫三郎のに比べると若干濃く,砥粉もやや多めに感じられましたね。

 けっきょく,このところ修理したのの平均からすると,まだ少し色黒な感じになっちゃったんですが,この色味には桐板自体の質も関係しているようなので,水ムレや大きなシミが目立たなくなったあたりで終わりにします。

 数日乾燥して,いよいよ組立てに入ります。
 まずは半月の接着。
 楽器の中心線を出し,正確に位置決めをします。

 保定中にズレないよう,周りを板で囲んで軽くクランピング。
 一晩置いて完了です。

 これで棹のほうに山口をのせ,フレットを置けばいよいよ楽器としての復活!----と,なるわけなんですが…ここで非常事態発生!!!

 いちおう仮組みして糸を張り,フレットを置いてみたところ。
 低い,低すぎる!

 フレットの頭と糸の間が3ミリくらい開いちゃってますね----残念ながら,このオリジナルフレットは使えませんや。

 前回書いたよう,半月にはすでにゲタを噛ませてありますので,そっちの弦高はもうじゅうぶんに下がっているはずです。
 さらに山口のほうをさらに2ミリほど削っても,オリジナルフレットがまともに使用できるような高さにまで糸を下げられませんでした。こうなるともうあとはどっか削って棹角度の設定を変えるとかなんですが,これも前の記事で書いたように楽器自体がかなりギリギリな作りなので,これ以上は難しい所……現状の弦高に合ったフレットを作り直したほうが断然早いですね。

 補作のフレットは竹製。オリジナルフレットが真っ白な骨牙製でしたので,山口も色を合わせて白っぽい材料で作ってたんですが。かなり削っちゃったので,またツゲで作り直しました。板がちょいと色黒ですし,竹フレットもこれに合わせてちょっと濃いめの色に染めるとしましょう。
 新旧のフレットをならべてみるとこんな感じになります。

 新旧の高さの差は最大で2ミリ近く。
 他の作家さんの楽器でも似たような事態はちょくちょくあるんですが,これは当時の職人さんの「フレット楽器への無理解」のほか,こうした量産楽器では生産数を上げるためもあったかと思います。

 この楽器のフレットの加工は,本来なら庵主がやっているように,個々の実器合わせで正確な設置位置を探りつつ,各フレットの頭と糸の間をギリギリに,かつ前のフレットに干渉しないような高さに調整してかなきゃならないんですが,これは手間もかかるし時間もかかる。
 そこで基準となる楽器,あるいはスケール定規のようなものを用意して,それを参考にフレットの位置をどの個体でも同じ固定のものとし,各フレットを本来の理想的な高さよりいくぶん低めに製作する事で,製作と調整の手間を省き,製品としたときの歩留まりを回避したのだと考えています。

 まあ,このころの日本人にとって,月琴と似たようなフレット楽器となると琵琶くらいなものでしたからね。薩摩や筑前といった同時代に一般的であった日本の琵琶は,糸が太く弦高がきわめて高く,フレットは少なく,細かな音程は弦をフレットに「押しこむ」ことによって取ります----だからたぶん,月琴もそうやって「糸を押しこん」でも問題ないくらいに思ってたんでしょうね。

 琵琶とは違って月琴のフレットは基本的に1枚で1つの音にしか対応していません。弦長が短く糸のテンションも弱いので,琵琶のように押しこんで押さえると音程が安定しません。いくら「正確な位置」に設置してもあっても,「正確な音」は出せないんですね。そのあたり何となく伺い知れるのが,下に掲げた音階調査表----

開放
4C4D+104E+74F+114G+144A+115C+275D+45F+29
4G4A+114B+45C+65D+145E+25G+165A+45C+27

 このころの月琴としてはかなり露骨に西洋音階寄りですね。これは頼母木源七や山田縫三郎が,ヴァイオリンとかも作る人だったからかもです。清楽の音階としてはEのところが30%くらい低いのがふつうですが,西洋音階準拠と考えると,チューナーで測って,平均10%前後の誤差なのだから,かなり正確なほうです。
 ほぼ均等な低~中音域に比して,高音域,特に最後の3枚のあたりで誤差の幅が搖動し,最終フレットで30%近くになっているのは,高音域のほうが耳で差異を拾いにくいのもありましょうが,まさに上に書いたよう,オリジナルのフレット高では音程が安定しなかったろうことも影響しているかと思います。

 さあて,まあフレットの問題が片付きますれば,あとは組上げです!
 オリジナルのお飾りは左右のニラミと,窓飾り。ともに細工も良く,唐木のそこそこ上等な材で出来てます。剥離の際に片方がバラバラに割れてしまいましたが,すでに修復済。これらはキレイに清掃して,さッと油拭きすれば元のツヤが甦ります。

 欠損していた蓮頭も用意しました。
 清琴斎初記の楽器は参考となる例が少ないので,二記・山田縫三郎の作例の中から,最もここの工房のオリジナルだと考えられる意匠を撰んでます。
 とはいえ,これ自体,田島真斎の楽器に良く付いていた蓮頭の模倣ではあるのですけどね。

 糸巻は2本がオリジナル,2本が補作。
 ベンガラとスオウで似た感じに補彩してあります。今はまだ補作のほうが多少色濃いですが,数年するとスオウが褪せて,似た色合いに落ち着くでしょう。

 最後にバチ布と修理札を貼って,2024年11月19日。
 「運河を掘ってお城のお濠を埋めた男」こと,
 清琴斎初記・頼母木源七の月琴,修理完了いたしました!!


 銘は「孤雁」,添詩は----

 寒蝉数弄咽柳條  寒蝉数弄,柳條に咽び
 孤雁一声堕江浦  孤雁一声,江浦に堕つ

 誰の詩の一節かは検索してや。

 うん凄い----「透徹」とでも形容しましょうか。
 輪郭のはっきりした,澄んだ音の楽器です。
 余韻もすごいね----「中途半端なカタチ」なんて言ってゴメン。直線型より深みがあり,曲がりの深い線より胴鳴りが発生しにくい。うちのZ線と同様,直線と曲線の特性のイイとこどりしようとした構造だったんですね…まあZ線と違って曲げが微妙なので,この部分に関しては生産性が良くなさそうです。

 木部の工作自体は精密で頑丈ではあるものの,棹と面板が面一だったことや,響き線にちゃんと焼きが入ってなかった事を考えると,オリジナルは操作性も若干アレだし,響きもこんなにはなかったと思いますよ。元は楽器として考えると「悪くないけど良くはない」程度の数打ちの量産品だったと思われますが,この楽器にとっての理想的な設定に近づけるべく調整に調整を重ねた結果,現状は市販車がレーシングカーになっちゃってる,みたいな感じですね。
 胴の厚みがあるわりに多少楽器が軽めなので,ふだん重たい楽器使っている人には,取回しに少しだけ違和感があるかもですが,現状,その程度しかアラが見つかりませんね。

 ただコレ…正直,まったく素人さん初心者さん向きの音ではないなあ。

 あまりにも「音の輪郭がはっきり」しているので,上手い人は上手く,ヘタクソはヘタクソに聞こえます。上手く弾ければそのまま上手に聞こえますが,ちょっとミスすれば誰の耳でも聞き取れる感じ。デバフはかかりませんが,補正もかかりません。

 個人的にはジャズが似合う音だと思いますよ。

 ゆうつべのほうに試奏あげています。聞いてみてください----

  1)Moon River
  2)Fly Me to the Moon

 修理は終わりましたが清琴斎初記のお話は,あと1回続きます!
 といったところで請読次回。


(つづく)


« 2024年11月 | トップページ | 2025年1月 »