« 2024年12月 | トップページ

依頼修理の月琴(3)

UAG_03.txt
斗酒庵,重たい月琴に出会う の巻2024.11~ 依頼修理の月琴 (3)

STEP3 キミの内部構造が見たい(刃物ギラリ)

 はい,それでは分解作業のその前に----

 いつものとおり,棹および胴体上に接着されている種々を取り外してゆくことといたしましょう----まずは脱脂綿を細く刻んで準備です。

 はずしたいものの周りにお湯を刷き,濡らした脱脂綿で囲んでラップをかぶせてゆきます。ラップは対象よりちょい大きめに刻んでから,濡れた縁を指でズラして壁にして,余計なとこまで水気が広がらないようにしましょう。
 木への負担を少しでも減らしたいので,1~2時間放置したら,はずれるものからどんどんはずしてゆきます。

 予想していたとおり,棹上のものは山口以外すべてボンドづけ,近年になってからの再接着でした。

 白い木工のと,透明で硬質なものの二種類が使われてましたよがっでむ。透明なほうは木瞬かな?
 さすがに下地が紫檀なので,木地に滲みこむようなことにはなってませんでしたが,木目に入りこんだ細かいのまでキレイに取り去るのはけっこうタイヘンでした。

 胴上部,第5フレット接着部の下からは,浅いエグレが出てきました。胴上はここと第6・7フレット間の小飾りのみがボンド,ほかはオリジナルと思われるニカワづけでした。
 第5フレット下のエグレは,フレットがモゲた時に板の一部が道連れになったものだと思いますが,表面がなめらかになっていることと,周囲との色味の差があまりないところからすると,ここがボンド付けされるよりずっと前の古い故障痕だったのかもしれません。
 何で補修されなかったのかはちょと気になりますが,何にせいフレット取付の障害になりますから,後で埋めとかなきゃですね。

 ニカワづけの部分は比較的簡単にはずれたところが多かったものの,例によってこの作者も,後のメンテにおける手間とかちゃんと考えてないようで。左右のニラミや半月などには,これでもかというぐらい大量のニカワが使われており,はずれるまでにちょっと手間と時間がかかりました。

 おかげで凍石のニラミが少し割れちゃいましたが……
 とはいえ,庵主が割っちゃったのは左のニラミの細っこい部分だけで,左右ともに尾羽の部分のは,はずす前から割れちゃってたみたいです。
 たぶん石は弾性がないんで,板の収縮についていけなかったんでしょうね。ニカワでガッチリ貼りつけちゃったのも原因でしょうか。
 凍石の飾りの取り外しは難しいので----ともあれ,この無情な取付け状態でこの細かい細工,これだけの大きなサイズのが,この程度の損傷で保護できたなら,かなり上々な結果。
 正直もっとバラバラバラになると思って,超細密ジグソーパズルするカクゴしてたくらいですから。

 まあ庵主,この手のものの補修は得意ですので,即行修復してゆきますね。

 割れを接ぐついでに,裏がわ全面に薄い和紙とエポキで層を作って補強しときましょう。
 木と石なので意外に思われるかもしれませんが。凍石は水が滲みこまないうえ,接着面を平滑にしやすいため,板と接着面の間が真空みたいな状態になり,必要ないほど強力に接着されてしまいます。
 ですが,その裏面に一枚紙を貼ったり,庵主みたいに薄い樹脂の層を作っておくと,そこには水の滲みこむ余地が出来るので,メンテ上もラクになります。
 一般的な唐物楽器は多く,演奏に使う楽器というよりは「おめでたい置物」(メンテ不要)として作られているので,そういう配慮がなされていることは少ないのですが,国産の倣製月琴や装飾付の高級楽器では時折,同様の処置をした凍石や唐木細工の飾りを見ることがあります。まあ,庵主的には----「そもそも弦楽器の "共鳴板" の上に,こんな音の邪魔にしかならんモノ貼るなあッ!」----ってとこなんですけどね(w)

 やや小さめのバチ皮は,かなり厚手のシロモノでした。
 月琴という楽器の本来の奏法では,ピックが板を打つようなことはまずありえないですし,大陸の実用楽器として作られた月琴には,当時も今もそういうものを付ける習慣はほとんどなく。清楽月琴のこれはごく装飾的なものに過ぎないのですが,この皮の収縮によって周辺の板に割れが入ったりすることが多いので,基本的には取り外して裂地の布に換えています。
 これもさほど傷んではいませんが,傷んでいないだけに,このまま戻すと板がまた傷んで,さらなる故障の原因となってしまいますので戻せません,どうかご了承のほどを。

 半月をはずしたら,陰月が2コ出てきました。
 時折,孔を穿ったら下桁に当った等であけなおしてたりする例を見ますが,楽器の中心線をはさんで左右にキレイに並べて開いてますので,これは意図してやったものでしょうね。
 理由?----知りませんよ!?
 琵琶の覆手の下にある孔と同じ名前で呼ばれてますが,この小さな孔は国産の月琴にはよく付いているものの,そもそも大陸の月琴にはないことが多く,日本の職人さん…たぶん琵琶師兼業の方とかだと思いますが…がつけはじめたらしき意味のない構造で。一部「サウンドホール」だなぞと言っているトンチキ解説も見たことがありますが,テールピースの板の裏に隠れた直径7ミリほどの孔にそんな機能があるワケもなく,実際空気孔ていどの効能しかないうえに,むしろここから内部のニカワを狙って虫が入ったりしちゃってますね~。
 それが2コに増えてるのも,たぶん「こッちのがカッケぇ!」くらいの思いつきでしょうねえ。
 まあ半月に隠れて,ふだんは見えないわけですけど。

 半月はさらに上面の装飾もはずします。コレはずさないと本体磨けませんからね。
 あと裏面,ポケットになってる部分の工作が雑の極みです。切込みを入れてノミで抉ったんでしょうが,中身をむしりとってポイしたみたいな状態----中央部分がくぼんでかなり薄くなってしまってますね。このへんも補強しておいたほうが良さそうです。

 さて,一日二日置いて,濡らした部分が乾いたところで,いよいよ裏板を剥がすとしましょうか----それぃ,ベリベリベリ!っとな。

 ふむ,四方四塊,楽器ほぼ中央に一枚桁。
 内桁の片側に響き線を通す木の葉型の孔。
 響き線は,棹口のすぐ横辺りから,胴内をほぼ半周する長い弧線。

 中心線や指示線・目印の類以外には,作者の署名など楽器の由来につながる手がかりはここにもありませんね…
 響き線の固定方法や内桁の通す孔の工作が微妙に違ってますが,基本的には大陸の月琴の一般的な構造をきちんとなぞってます。
 ほかは棹なかごが胴を貫通するタイプなので,孔が1コ多いとこだけ違ってますが。いままで手掛けたこれと同様の構造した唐物の内部ともほとんど違いは………あれ?

 ----なんだコレ?

(つづく)


依頼修理の月琴(2)

UAG_02.txt
斗酒庵,重たい月琴に出会う の巻2024.11~ 依頼修理の月琴 (2)

STEP2 キミをもッと教えて(ハァハァ)

 さて,前回庵主のもとに届いた唐木製・超重量級・満艦飾の高級月琴。

 前回はこの楽器がどのようなモノなのか,というあたりをざっと概観してみたわけですが。続いて今回はこれが現状「楽器」としてどうなっているのかというあたりをふくめ,各部順ぐりに見てゆくこととしましょう。

 まずは糸倉と棹から。
 弦楽器として大切なところですからね,しっかり見てゆきましょう。

 鉄刀木製の蓮頭が紫檀製の糸倉にへっついており,ふつうはどちらも接着の悪い材なので容易にはずれてしまいそうなものではありますが。現状接着は頑強でビクともしません。
 なにかホゾのようなものでも噛ましてあるのか,それとも近年誰ぞが超強力な接着剤でくっつけたものかもしれませんが,へんな加工痕や接着痕も見えません----向きとかも正常だし,あまり音に絡む箇所でもないので,庵主としてはできればここは,このままそッとしておきたいところであります。

 今のところ,糸倉に傷らしいものは見えませんね。
 アールがきつめで左右各厚8,弦池が広めなので糸替えなどの操作がラクそうです。

 真正の唐物だと糸倉左右が頭のほうに向かってやや開き,末広がりの形になってることが多いんですが,これはきっちりまっすぐ平行。
 弦池は彫り貫きで,蓮頭取付部のあたりはかなり厚めになってます。内がわに少し作業痕が残っていますが,軽く均されてガタガタにはなっておらず,軸孔もきれいに貫かれて,歪みや縁の欠け等はほとんど見えません。
 向かって右側面先端に少しだけ白太(黒檀や紫檀で色のついていない部分)が混じってはいますが,全体としては非常に良質な素材が使用されています。そもこれだけサイズの紫檀のカタマリでアラがこの程度ですから,現在では考えられないくらいゼイタクな素材をゼイタクに使ってますね~おのれブルジョア起てバンコクのろうどうしや。

 この類の倣製月琴としては棹背のアールは緩く,中央のエグレも浅めになっています。唐物や初期の国産月琴では,ここのエグレがキツすぎて手が滑らせにくくなってしまったりしてる例もありましたが,この楽器の棹はそれらよりはずいふん実用的になってますね。  加工粗もきわめて少ないほうですが,指板面の基部左がわの縁が少しだけ欠けてしまっています。

 断面もキレイに磨かれていることから,これは使用中に欠けたのではなく,原作者が製作段階でやらかしたものと想像されます。たぶん本当は上図のように,うつくしーく末広がりにしたかったんでしょうねえ。
 損傷としては小さなものの,このせいで棹全体のフォルムがちぐはぐなものになっていますし,場所がよりによって音合わせで使う第4フレットの取付位置にかかっていますので,後でなんとかしときましょう。

 続いて糸巻です。
 いちおう4本揃ってますが,見てのとおりうち1本は寸法も材質も異なっており,間違いなく後補ですね。

 ほか1本は先端が折れ欠けており,さらに1本はそれと同じような感じで折れたのを接着剤で継いであります。
 つまり現状,オリジナルでまともに残ってるのは1本だけというわけですが,この1本も良く見ると糸孔のところからぐるりとヒビが廻ってますので,このまま使用できるか怪しい所です。

 材質は黒檀か紫檀かな?
 六角無溝のシンプルな外見ですが,かなり複雑な杢理の材を,それが最も綺麗に見える角度で木取りするという,凝った工作をしています----まあヒビが入ったり折れたりしたのも,間違いなくこの木取りと材質のせいでしょうけどね。
 つまり現状,糸巻は4本残ってはいるものの,使用できるものは0----ドラゴン怒りの糸巻全削り確定であります。


 牛角製の山口には糸擦れの痕が複数付いていますが,いづれも浅いもので,はっきりと糸溝を切った痕跡がありません。
 複弦楽器である月琴は,2本づつ同じ音に調整した弦を,それぞれ2本同時にはじくものなので,本当はここに溝を切ってコースを固定してやらないと,弾いているうちに糸がずれて間隔が開いたり,逆にくっついてしまうことで,調弦がおかしくなったり音が出なくなったりしてしまうのですが。日本の弾き手はそのあたりをあまり気にしなかったらしく,時折このように,山口に糸溝を切らないまま使用していた例を見かけることがあります。
 まあ作ってるがわも弾いてたがわも,よく知らないでやってた楽器ですからね。
 ここは完成後,きちんと糸溝を切って,ふつうに使えるようにしておきましょう。

 そのほか,棹上のフレットが1枚なくなってます。

 ちょうどこの二つの小飾りの間に入っていたんでしょう。
 また第3フレットはかなり傾いて取付けられてますから,これは最近再接着されたものじゃないかな?

 再接着されたものも数枚あるようですが,モノ自体はオリジナルの部品であろうと思われます。竹の皮目をそのまま片面に残したフレットは,国産の月琴で見られるもので,この加工自体はさほど珍しくありませんが,通常は薄く尖らせていることの多い頭頂部(弦に触れる部分)がやや太目にとられており,全体の形状も,唐木や骨牙材のフレットのほうに寄せているようです。
 糸の圧痕・擦痕もしっかり刻まれ,削れてかなり凹んじゃってるものもあるので,ここは全交換ですね。ただここから,これが飾り物ではなく楽器として実際に使用されたものであるところは間違いないようです。

 棹と胴体の関係がどうなっているのかしらべたかったんですが,表板がそうとうに歪んでいるらしく,曲尺や定規だと置いた場所で数値が異なってしまうため,山口と半月の間に糸を張って,それを基準に測ってみたところ----現状,胴表板の水平面と棹の指板面は,ほぼ面一か,わずかに前方にお辞儀をしてしまっているようです。

 実際,接合部の棹背がわがわずかに浮いて胴との間にスキマができちゃってますので,もとはちゃんと背がわに傾いていたのが,使ってるうち棹なかごが反ってこうなったのかも。ただ計測の結果で言えば,もし現在の接合面の角度で胴体についていたとすると,棹は山口のところで胴水平面より1センチ近く背がわに傾くこととなり,棹なかごも表板を突き破ってしまうことになりますので,これは原作者のもともとの工作に問題があるだけのことかもしれません。
 予想される弦高もかなり高めなうえ,山口と半月の間での落差がほとんど出来ませんね。
 このままだとやたら弾きにくい楽器にしかならないので要調整なんですが,前回も書いたよう,この楽器は棹なかごが胴を貫通しているタイプ。庵主もそう数多く扱ってるわけでもありませんし,一般的な構造の月琴より調整しなきゃならない箇所が多くなっているうえ,なかごが長大なぶん,ちょっとした加工の影響が大きくなるので難しいんです。
 ぶあーてぃ…棹と胴体のフィッティングは,ただでさえ毎回もっとも労力のかかる作業ですからね-----こりゃあけっこうタイヘンそうだぞ。


 胴は表に中央の景色が山となる板目の板が使われています。
 裏板はやや柾目っぽくはありますが,おそらくもとは表板と続きの板で,その上にくっついてた部分なのじゃないかと。それを天地ひっくり返して使ってますね。
 表裏ともに小板の接ぎ目が見えません……もしかすると一枚板なのかも。

 表板中央部・景色になっている山の中心を,斜めに横切るように割れが入り,上下をほぼ貫通しています。
 詳しい原因はもうちょっと調べてみないと分かりませんが,部分的に左右に裂けたような感じになっているので,衝撃等によるものではなく,長年の板の収縮により材質的に弱いところから壊れたと見るほうがよさそうです。
 そのほか,地の板の中央付近から半月の右端あたりに向けて,もう1本ヒビが入ってますが,ちょうど半月やバチ布で隠れてしまってるので,これがどこまで続いてるのかは不明です。

 棹口もお尻の孔も工作は丁寧で,比較的きれいに貫けてます。

 よく見ると棹口の上のほうにも,棹なかごにあったのと同じ「を」のシルシが書かれてますね。

 楽器内部も汚れはあまり見えませんね。
 棹口から覗きこんだ感じでは,内桁は中央に一枚,楽器向かって右がわに響き線が通っているようです。

 内桁が少し剥離しているようで,板との間にスキマが見えるところがありますね。実際板をタップしてみても,ボエンボエンと言うばかりでまったく響かないような箇所が多いみたいです。

 胴側,四方四か所の接合部にはスキマが目立ちます。

 月琴の胴体は内桁とここが密着してないと,ちゃんと鳴りませんし響きません。
 経年劣化による剥離だけでなく,元の工作があまり良くないようで,微妙にズレたり食い違ったりしてるとこがありますね。
 内桁の剥離やここの補修・補強等の作業は,とにかくバラさないとどうにもならないので,今回も完全分解・オーバーホールとなるのは既定の路線でありますが,この側面ほぼ全周に彫り物がされてるので,一度バラして組み直した時これがちゃんとつながるか少し心配ではありますとほほ……

(つづく)


依頼修理の月琴(1)

UAG_01.txt
斗酒庵,重たい月琴に出会う の巻2024.11~ 依頼修理の月琴 (1)

STEP1 君のことが知りたい


 さて,ひさびさの自出し月琴に続いて,こちらもひさびさにやってまいりました,依頼修理の月琴!

 事前のやりとりで,とりあえず清楽月琴であることと,満艦飾な装飾がついてるとこまでは分かってました。画像で見た感じでは唐物月琴っぽかったんですが,お飾りの意匠とか棹の作りとか…何か納得ゆかないところもアリ。
 最近は古い国産月琴に,適当なお飾りをたくさんへっつけて,少しでも高く売ろうとするようなにわか古物屋も多いんで,その類かとも考えたんですが,まずまずは届いてから,と。

 まあ庵主,こう見えても結構な数扱ってますからね!
 実際に見れば,どんな出自のもンか,一発で分かるでしょうよ,がっはっは!


 ------------すみません。分からないです……ナニコレぇ?

 全長:655(含蓮頭)
 胴径:360
 胴厚:40(板表裏各4.5)
 有効弦長:422

 棹は紫檀。胴の主材は鉄刀木のようです。
 胴厚く,全体に平均的な月琴よりは,やや大ぶりに見えます。
 胴側には古梅図漢詩が彫られています。

 コウモリの蓮頭は鉄刀木…この硬い木を良く彫りました。
 高さも厚みも13ミリと,かなり大きめの山口は黒い牛角製のようです。一般的な半割りカマボコ形ではなく,琵琶や現在の中国月琴なんかでも見られる,糸を載せる部分が凹んだ形状になってますね。
 半月も,正体は不明ですが黒っぽい唐木の上面に,薄板で唐草飾りを貼りつけたもの。この後乗せ飾りはたいていツゲで作られることが多いんですが,木目から見てこれは違うようですね。タモの類を染めたのかな?

 胴上,窓飾りはツゲ,柱間の小飾りと鳳凰のついた中央の円飾り,そして左右のニラミは凍石で出来てます。
 糸倉の背がわ先端に,金具で小さな環が付けられています。もともとはここのほか,棹尻のところにある孔に割り金のピンが挿してあり,そこに飾り紐を通す環と飾り金具が止めてあったそうですが,運送時の安全のため,棹を抜く必要があったのでそちらは現在取り除かれています。
 この孔のあいた棹尻のでっぱりは棹なかごの一部で,この楽器の棹なかごは長く,胴を貫通して地の側板から少し出ています。


 これと同様に棹が胴体を貫通するタイプの楽器自体は,お江戸の頃から入ってきてたようですが,明治流行期の「明清楽の月琴」の構造としてはさほど一般的ではなく,流行晩期に輸入された唐物楽器にやや多い感じで,国産の月琴ではじめからこのタイプにしている楽器は,最初期の倣製楽器以外ではほとんど見たことがありませんねえ。
 ちょっと変わっているところは,この棹が,棹本体(紫檀)>正体不明の赤っぽい木>たぶんホオ>紫檀の先端---という4つのパーツの継ぎになっていることですね。
 こういう工作はいままでほかに見たことがないし,唐物の貫通型ではだいたい棹本体と延長材の一段か,延長材の先端に短い唐木材を足した二段継ぎですね。
 工作の効率化や強度のことを考えると,ここの継ぎ数は少ないほうがよろしく,見ばえのためなら先端に短い唐木材を足すだけで良い----にもかかわらず間にもう一段異材を噛ませる理由がイマイチ謎です。

 どこも材質はかなり良く,お飾りの彫りも凝ってて,木部表面もツルツルピカピカ仕上げも丁寧で美しい,それでいて抑えた色調----いかにも文人好みのしつらえという感じです。

 表裏板には書き込みやラベルのようなものは見当たりません。
 棹なかごの基部付近にひらがなの「を」のような墨書が見えますが,これに該当する署名を記した作者を庵主は今のところ知りません。
 また,胴側・地の板に,たぶん「天外紹客」だと思われる銘が刻まれてます。「紹客」というからには紹興のヒトなのかな?とも考えますが,そもこれが楽器の作者なのか,古梅図の描き手なのか,はたまた楽器にこれを刻んだ者なのか分かりませんから。現状,楽器作の作り手について直接分かるような手掛かりはありませんね。

 さて,まずの問題はこれが唐物なのか,それとも国産なのか。

 全体的な印象は,かなり唐物に近いのですが。フレットは皮目を残した煤竹製,うなじはなだらかで,これはどちらも国産月琴で見られる特徴です。

 逆に,蓮頭のコウモリや凍石のニラミ,小飾りのデザインは唐物のほうに近く,それぞれが何であるか,あるていど分かるものになってますね。小飾りのうち3つは,おそらく八仙人をそれぞれの持物で表現した「裏八仙(暗八仙)」,残りは2つづつ吉祥図に良く使われる,「元宝」と「如意」かと----ただこれも,「裏八仙」の意匠に多少の劣化が見られるのと,「裏八仙」なら残りの5つがなぜないのか等,これをもって真正の唐物の証左と言うには弱そうです。

 あと言っちゃうと,工作・加工がちょっと丁寧過ぎる気がします。大陸の楽器だと,かなりの高級品でもどこかしらワイルドなところが見えてくるんですが,この楽器には表面的に見て,そういう「隙」がない。
 神経質な凝り性の多い,日本の職人の手仕事に見えます。
 おそらくは唐物を模倣した,いわゆる「倣製月琴」というものの一つでしょう。材質や工作から見ても,量産品ではなく,特別に作られた一品ものの高級楽器だと思いますが----さて,「モノ」として素材や作りが良いのと,「楽器」として良いものかどうかは,同じようであって異なることも多いもの。

 ----今回の楽器はどうでしょう?


(つづく)


« 2024年12月 | トップページ