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依頼修理の月琴(1)

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斗酒庵,重たい月琴に出会う の巻2024.11~ 依頼修理の月琴 (1)

STEP1 君のことが知りたい


 さて,ひさびさの自出し月琴に続いて,こちらもひさびさにやってまいりました,依頼修理の月琴!

 事前のやりとりで,とりあえず清楽月琴であることと,満艦飾な装飾がついてるとこまでは分かってました。画像で見た感じでは唐物月琴っぽかったんですが,お飾りの意匠とか棹の作りとか…何か納得ゆかないところもアリ。
 最近は古い国産月琴に,適当なお飾りをたくさんへっつけて,少しでも高く売ろうとするようなにわか古物屋も多いんで,その類かとも考えたんですが,まずまずは届いてから,と。

 まあ庵主,こう見えても結構な数扱ってますからね!
 実際に見れば,どんな出自のもンか,一発で分かるでしょうよ,がっはっは!


 ------------すみません。分からないです……ナニコレぇ?

 全長:655(含蓮頭)
 胴径:360
 胴厚:40(板表裏各4.5)
 有効弦長:422

 棹は紫檀。胴の主材は鉄刀木のようです。
 胴厚く,全体に平均的な月琴よりは,やや大ぶりに見えます。
 胴側には古梅図漢詩が彫られています。

 コウモリの蓮頭は鉄刀木…この硬い木を良く彫りました。
 高さも厚みも13ミリと,かなり大きめの山口は黒い牛角製のようです。一般的な半割りカマボコ形ではなく,琵琶や現在の中国月琴なんかでも見られる,糸を載せる部分が凹んだ形状になってますね。
 半月も,正体は不明ですが黒っぽい唐木の上面に,薄板で唐草飾りを貼りつけたもの。この後乗せ飾りはたいていツゲで作られることが多いんですが,木目から見てこれは違うようですね。タモの類を染めたのかな?

 胴上,窓飾りはツゲ,柱間の小飾りと鳳凰のついた中央の円飾り,そして左右のニラミは凍石で出来てます。
 糸倉の背がわ先端に,金具で小さな環が付けられています。もともとはここのほか,棹尻のところにある孔に割り金のピンが挿してあり,そこに飾り紐を通す環と飾り金具が止めてあったそうですが,運送時の安全のため,棹を抜く必要があったのでそちらは現在取り除かれています。
 この孔のあいた棹尻のでっぱりは棹なかごの一部で,この楽器の棹なかごは長く,胴を貫通して地の側板から少し出ています。


 これと同様に棹が胴体を貫通するタイプの楽器自体は,お江戸の頃から入ってきてたようですが,明治流行期の「明清楽の月琴」の構造としてはさほど一般的ではなく,流行晩期に輸入された唐物楽器にやや多い感じで,国産の月琴ではじめからこのタイプにしている楽器は,最初期の倣製楽器以外ではほとんど見たことがありませんねえ。
 ちょっと変わっているところは,この棹が,棹本体(紫檀)>正体不明の赤っぽい木>たぶんホオ>紫檀の先端---という4つのパーツの継ぎになっていることですね。
 こういう工作はいままでほかに見たことがないし,唐物の貫通型ではだいたい棹本体と延長材の一段か,延長材の先端に短い唐木材を足した二段継ぎですね。
 工作の効率化や強度のことを考えると,ここの継ぎ数は少ないほうがよろしく,見ばえのためなら先端に短い唐木材を足すだけで良い----にもかかわらず間にもう一段異材を噛ませる理由がイマイチ謎です。

 どこも材質はかなり良く,お飾りの彫りも凝ってて,木部表面もツルツルピカピカ仕上げも丁寧で美しい,それでいて抑えた色調----いかにも文人好みのしつらえという感じです。

 表裏板には書き込みやラベルのようなものは見当たりません。
 棹なかごの基部付近にひらがなの「を」のような墨書が見えますが,これに該当する署名を記した作者を庵主は今のところ知りません。
 また,胴側・地の板に,たぶん「天外紹客」だと思われる銘が刻まれてます。「紹客」というからには紹興のヒトなのかな?とも考えますが,そもこれが楽器の作者なのか,古梅図の描き手なのか,はたまた楽器にこれを刻んだ者なのか分かりませんから。現状,楽器作の作り手について直接分かるような手掛かりはありませんね。

 さて,まずの問題はこれが唐物なのか,それとも国産なのか。

 全体的な印象は,かなり唐物に近いのですが。フレットは皮目を残した煤竹製,うなじはなだらかで,これはどちらも国産月琴で見られる特徴です。

 逆に,蓮頭のコウモリや凍石のニラミ,小飾りのデザインは唐物のほうに近く,それぞれが何であるか,あるていど分かるものになってますね。小飾りのうち3つは,おそらく八仙人をそれぞれの持物で表現した「裏八仙(暗八仙)」,残りは2つづつ吉祥図に良く使われる,「元宝」と「如意」かと----ただこれも,「裏八仙」の意匠に多少の劣化が見られるのと,「裏八仙」なら残りの5つがなぜないのか等,これをもって真正の唐物の証左と言うには弱そうです。

 あと言っちゃうと,工作・加工がちょっと丁寧過ぎる気がします。大陸の楽器だと,かなりの高級品でもどこかしらワイルドなところが見えてくるんですが,この楽器には表面的に見て,そういう「隙」がない。
 神経質な凝り性の多い,日本の職人の手仕事に見えます。
 おそらくは唐物を模倣した,いわゆる「倣製月琴」というものの一つでしょう。材質や工作から見ても,量産品ではなく,特別に作られた一品ものの高級楽器だと思いますが----さて,「モノ」として素材や作りが良いのと,「楽器」として良いものかどうかは,同じようであって異なることも多いもの。

 ----今回の楽器はどうでしょう?


(つづく)


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