痩蘭斎旧蔵月琴-依頼修理01(1)
2025.10~ 痩蘭斎旧蔵月琴ー依頼修理01 (1)
STEP1 出所はおなじ さてもさてさて、縁とは奇なるものかな----(○年ぶり×回目) 現在、修理報告連載中の01号と時ほぼ同じく、先年お亡くなりなられたさる先生のところで、未修理のまま収蔵されていた楽器のうちの1面が、めぐりめぐって庵主の許へとやってまいりました。
あ----これは前にお話ししたウチの3面とは別口の依頼修理です。 ※※※今期の修理作業、賑わってまいりました!※※※ パッと見はかなりキレイ。
みごとに景色のある、もっくもくの表板が目を引きますね。 では頭から見てゆきましょう。 まず蓮頭。
ツゲで作った木地に、透かし彫りを施した唐木の薄板をはめ込んでいます。凝ってますね~。 意匠は龍なんですが……雲龍、ですかね。かなりデザイン化されちゃってるのと、大陸の定則からちょっとはずれちゃってますんで、確定はできませんが。 糸倉はやや厚めで、アールがきつめ。 このへんの形状は国産月琴よりは唐物月琴に寄っています。
うなじ部分は唐物に多い絶壁型ではなく、曲面でなだらかになってますが、続く棹背のラインは唐物寄りで、握りの中央部分がエグれているタイプです。 糸巻は細く繊細な作りで黒檀製。握りが六角で溝が各面3本、凝ってますね。
唐物月琴に似せて作られた倣製月琴という類に分類される楽器ですが、まあこのくらいになると、「大陸から輸入された月琴のコピー品」というよりは、「倣製月琴」から「国産月琴の定番」へと移行する中間的存在で「唐物月琴の影響が強い」楽器、といったところが正確でしょうか。 ![]() 馬喰町の菊芳・福島芳之助なんかも、初期にはこうしたスタイルの楽器を作ってますね。 庵主が「倣製月琴」と呼んでいるのは、厳密には、流行当初大陸から輸入されたものを模倣・参考として、長崎などで作られていた楽器、つまりコピー品を指しますが、その後、そうした楽器がさらにコピーされ、さまざまな職種の作家(楽器屋とは限らない)がそれぞれの解釈で、零細的に、独自に製造していった楽器----それらもまた「唐物の影響を強く受けた」月琴という意味で「倣製月琴」としております。
やがてこうした、「楽器」というよりは贅沢な「音の出る飾り物」として作られていた、高価で中間的な形状の「倣製月琴」は、「明清楽」というイベント音楽の大流行の中で、そのムーブメントを作り出した連山派の影響の強い関西の松派----松音斎・松琴斎や、渓派の祖・鏑木渓菴の自作楽器に影響を受けた石田不識、頼母木源七等の作り出した、糸倉・棹が細く、胴の薄い、国産月琴の定番的なスタイルに呑み込まれ、数を減らしてゆきますが…まあ実際には、月琴自体の流行期間がさほど長くなかったので、国産月琴が定型化した後も、こうした倣製月琴のスタイルの楽器をそのまま作り続けていた作家さんは、けっこういたようですがね。 さて、楽器の観察に戻りましょう。 ニラミ(胴左右の飾り)は「鳳凰」…つか「鸞」ですね。
左のニラミ、最下部ツバサの先っちょがちょっと欠けちゃってますね、ここは要修理。材質は紫檀だと思います。
国産月琴の数打ちモノに付いてるのは、左の天華斎のと同じような、シッポの飾り羽根が直線的になっているのが多いんですが、先っぽがくるりと優雅に巻いている凝った形状になってますね。 ただ、意匠としてはより形骸化しており、画像としての情報を失いかけてはいます。たとえば、これが「鸞」なり「鳳凰」である場合、本来は片方が「笙」、もう片方が「笛」を咥えており、左右でわずかに意匠が異っているわけで。作家さんによっては全体の意匠は崩れていても、口元に「L」と「-」がそれぞれ咥えていたりするのですが、ここにはそういうのは見られません。吉祥の模様としての意味合いが薄れ、「カタチとしての美しさ」に傾いて行ってるわけですね。 このように、蓮頭やニラミは意匠として「こんな感じのモノ」的なイメージになっちゃっているようですが、これに対して中央飾りは妙に具象的ですねえ。
コウモリとモモ、ですか。 コウモリ(蝙蝠)は中国語で「ピェンフー」、これは「遍福」と近い音。月琴の丸い胴体は「円銭(イェンチェン=穴あき硬貨)」に見立てられ、こちらは「眼前」と近音。で、今回の場合、そこに「桃(タオ)」が加わっているわけですね----いくつか考えられますが「蝙蝠円銭桃」で表わす意味は、「遍福眼前到(来てるよぉ!幸せのビックウェーブ!)」ですか? または、桃が「三多」の一つとして「多什」(物質的な豊かさ)の意味を持つことから、コウモリと合わせて「遍福多什」(しあわせいっぱいモノいっぱい)かもしれませんね。 ここまでの蓮頭・ニラミ・中央飾りともに彫りは緻密で、材料もかなり良い唐木材が使われています。 こういう中国風の意匠にも、あるていどは造詣があるようですから、作者はこういうのの得意な、煎茶趣味のお道具や文房具などとして使われる中国風家具を作る、唐木細工の指物職人さんとかだったかもしれませんね。 側面には唐木の薄板が貼りまわされており、棹口のところで終始してます。 この細工自体はほかの作家さんもやっていますが、この人の工作は唐木の特性を分かってやっており、かなり上手です。
この部分も棹もお飾り類も、唐木で作られた部分には表面にウルシ塗りが施されているらしく、ツヤツヤしています。 前所有者はこれに半音付きの全音階のフレットを付けて使おうとしたようですが----わたしは先生がこれを使ってるとこを見た記憶がありませんね。
糸巻・山口・半月と、弦楽器として使用するうえで主要な部分がすべてそろっていたわりには、棹上のフレットは全部はずされてしまってますし、胴上のフレットも配置はやや雑…なんか再生作業を途中でやめて放置しちゃった感がありますね。見映え的はかなり良い楽器だと思いますが----なんでだったんでしょう? さらに観察を重ねてゆきましょう。 棹を抜いて、なかごのところを見ます。
----うん、これは庵主が「よく知ってるけど分からない作家」さんの一人の楽器ですね。 修理や資料でちょくちょく見かけ、同じ作者の作であることは確実なのだけれど、その作者がどこのなんという人なのか分からない…けっこうあるんですよ。 唐木を贅沢に使用、装飾多し、倣製月琴----中でもこの、短く太めで断面のタテヨコの差が小さい、カッチリした形の棹なかごが、この作家さんの特徴です。あと、響き線が渦巻型なことが多いみたいですね。 うちで過去に扱ったものだと、55号「お魚ちゃん」が同じ作家の作品だと思われます。
55号のほかにも数件、同じ作者のものと思われる楽器を見かけたことがあるので、それなりの数を作ってる人だとは考えられるのですが。残念ながら今のところ、どこのなんという人なのかまでは突き止められていません。
表板の材質は違うし、55号のほうが胴が数ミリ大きいのですが、画像ご覧のとおり、棹から糸倉にかけての形状、左画像のようにニラミもソックリですね----使用している木材の質や加工から、名古屋より西のヒトだとは思うんですけどねえ。 この「55号お魚ちゃん」の記事も見てもらえば分かるとは思いますが、この人の作品は装飾を全面に施した豪華なものである一方、楽器としては多少問題がある場合が多いです。いわゆる典型的な「お飾り月琴」ですね。 主構造には唐木材のかなり良質なものが多用され、加工・工作技術そのものも悪くはなく。いちおう楽器として使用できるように組まれてはいますが、たいていどこかしらに疑問・問題のある工作をやらかしています。 カタチも構造も知っているのだけれど、楽器という「道具」としての「使われかた」がちゃんと分かっていない、という感じ----とはいえ実は、当時のけっこうな大手でも、同じような楽器の作り手は流行期にはおったわけですが。 すでに触れたように、全体に状態はよろしい。 前所有者の多フレット化工作の痕以外は、糸倉先端にちいさな補修痕があるほか、本体部分にはさして「損傷」と言えるようなものは見つかりません。
ただ。 まず気になりますのがこの裏板……なんか横に2本、桁の接着痕みたいのが浮き出てますよねえ。
近接で見てみても、ニカワの残りなんかは見られないんですが、コレ、なんでしょう? 聖骸布じゃないんだから、さすがに~聖なる内部構造が板を貫通して浮き出し~て見えてたりしてるわけじゃないですよねえ。 次にナゾなのがこの半月。
材質は黒檀。形としてはごくごく定番の板状半月形なんですが… コレ、やたらに低いんですよ。
月琴の半月の高さは、だいたい9~10ミリ程度ですが。今回の楽器のはそれが7ミリほどしかありません。 いえね、ここが低いということは弦高も低くなるので、この楽器的に、音質や操作性のためには良いことなんですよ。 月琴のことをよく分からんで作っている作家さんの楽器は、弦高がむやみに高いことが多いので、修理楽器の性能向上のため、庵主はよくここの糸の出口のところに「ゲタ(スペーサ)」を噛ませたりすることが多いくらいですからね。 しかし……言っちゃあ何ですが、過去に扱った楽器の例からして、この作家さんが 「うし!音が良くなるから半月を低く作ろう!」 なんてこと考えるとは、庵主、どうにも考えられないんですよ。 このあたりも、とうぜん、ほかに何か理由がありそうでしかない。 というところで、次回に続く---- (つづく)
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