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痩蘭斎旧蔵月琴02 (1)

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斗酒庵,縁ありて修理いたす の巻2025.9~ 痩蘭斎旧蔵月琴02 (1)

STEP1 松音さんちのそっくりさん

 稼ぎ仕事のほうの都合もあって、11~12月は修理作業のほうを優先させたため。この痩蘭斎シリーズ、修理報告がかなり遅れておりますです。

 大晦日から松の内いっぱい、記事の更新に費やしましたが……まだ終わってません。(しくしく)

 今回からは痩蘭斎旧蔵月琴の三面目。
 かつてバラバラになった01号といっしょに、ネオクで出品されていたもう1面の月琴の記事となります----よそ様の楽器じゃなく、ウチに来た楽器のほうなので、シリーズとしては3面めではありますが、番号は「02号」となります。ややこしくてごめん。

 01号松琴斎の記事でも少し触れましたが、こちらの楽器の作者は「松音斎」と推定されています。

 01号の作者である松琴斎と、この松音斎の関係については、今のところ裏付けとなるような資料が見つからないので、はっきりしたことは分かっていないのですが。両者の楽器には形状・寸法から加工の手まで含め、単に「そっくり」というだけでは済まない共通点があることや、双方の楽器の工作の差異・変遷から、ほぼ同時代ながら、おそらくは松音斎のほうが若干先で、二人は親子か師弟の関係にあるのではないかと推測されます。

 庵主がいままで扱った松音斎の作品は----

 松音斎(2006):http://gekkinon.cocolog-nifty.com/moonlute/2006/11/post_4ccf.html

 33号(2013):http://gekkinon.cocolog-nifty.com/moonlute/2013/09/post-928b.html

 45号(2015):http://gekkinon.cocolog-nifty.com/moonlute/2015/11/post-6cbd.html

 松音斎(2021):http://gekkinon.cocolog-nifty.com/moonlute/2021/04/post-5390d0.html

----と4面ほどあります。工作の差異から、おそらく、響き線の基部が肩部にある3面が比較的初期の作で、胴体横に移りつつある「松音斎(2006)」のみが、これらより若干時間のたった、清楽流行のなかばから晩期にかけての作ではないかと考えられます。
 すでに述べたように、松琴斎も彼の楽器と寸法・外見的にそっくりなものを製造してはいるのですが、二人の作にはいくつかの特徴的な差異があります。表面処理やいわゆる工作の「手」といった細かいものや感覚的なものを除き、分かりやすいのを二つあげるなら、


 1)棹の断面形状:松音斎はU、松琴斎はV。

 2)内部構造:響き線の基部が松音斎は基本的に肩部、松琴斎はほぼ中央。

 といったところになりましょうか。
 二人の楽器は基本的に、関西の連山派の好みに沿って作られたものであり、関東の楽器に比べると棹や糸倉が少し短めです。松音斎の楽器では、その路線に即した伝統的な形状・構造のものがほとんどなのですが、松琴斎では、一部の工作がより簡略化されていたり、01号のように、関東の楽器に寄せて作られたものなどが見られます。これはおそらく、清楽の広範な流行の影響で、流派を問わず使えるような、均等化された規格の楽器が受けるようになっていったことが関係していようかと考えます。

 今回の楽器の作者を「松琴斎」ではなく「松音斎」と判断した理由は、こうした各部の形状的特徴や寸法の一致が大きいですが、決め手は-----

 コレでしたね。

 ラベルの痕。

 文字は完全に消えちゃってますが、痕跡部分のサイズは 32×26。

 そっくりな楽器を作る松琴斎のラベルは、これよりも一回り大きく。
 スタイルの似た関東の唐木屋は、ラベルの形状自体が異なります。
 そして同じ松派の一員と思われる松鶴斎は、ラベルのサイズや形式こそ松音斎と同じですが、楽器の構造や作風が他二人とは一目で分かるレベルで異なっております。


 ちょっと前置きが長くなりましたねえ。
 まあこりゃ、前回01号を最初「唐木屋」の作だと勘違いしちゃった言い訳リベンジみたいなもんと思ってください。
 調査開始当初バラバラの状態だった01号と違い、こちらははじめから全体を俯瞰・観察できる状態でしたし、実際に持って感触で確認することもできましたので、間違いないとは思いますよ----「手の記憶」てのは、けっこう正確なもんです。

 さて原状の観察とまいりましょう。

 01号と同様に、扇飾りが中央に移され、それがなくなった第5・6フレット間にフレットが追加されていた痕跡があります。

 痩蘭斎先生も半音のフレットを追加しちゃう方でしたが、ネオクでの出品写真の段階からすでにこうなってましたので、これは元の所有者の仕業でしょう。
 01号と同じように各部真っ黒になっちゃってますが、ネズミの食害は、こちらのほうがはるかに少ないようです……とはいえ、

 あっちゃあ…糸倉のうなじのところ、かなり派手に齧られちゃってますねえ。

 棹を抜いてみましょう。

 棹なかごが細くて長い----これも実は松音斎の特徴なんですね。
 松琴斎の棹なかごはもうすこし太目ですし、唐木屋のだともっと横幅が広い。国産月琴の中でも、この松音斎のなかごがいちばん細いんじゃないかな。

 基部に何枚かスペーサが貼られてます。
 ヒノキか杉のツキ板のようですね。

 なんか基部の端にごく細い糸が結わえられていますね。
 見たところ延長材も抜けてないし、基部にも割れらしい痕跡は見つかりませんが……延長材接着の補強みたいなものでしょうか。

 延長材はおそらくヒノキ、ワンチャン栂(ツガ)の類かな?びっちりと目の詰んだ材です。
 先端部分が妙にガタガタになっています。これもおそらく原作者じゃなく後の使用者による加工のようですが、何があってこんな風にしたのかは、現状では分かりません。

 ----とりあえず、この楽器はこのあたりに何か問題がありそう、ということは分かりました。

 さて、01号もヨゴレがスゴすぎ、木部が隠れちゃってたので、先に少しキレイにしましたが、今度のもオリジナルの指示線とか加工痕が見えないんで、本格的な調査計測の前に軽く清掃しておきたいと思います。

 布や歯ブラシを使って、棹や側板をゴシゴシ…っとな。前回同様、側板に使われてる染料が分かりませんので(たぶんスオウ)ぬるま湯で。ガンコなヨゴレのみ中性洗剤をちょっとつけ、取り除いてゆきました。

 この作業中、気が付いたんですが。
 今回の楽器、棹口のところに3本、斜めに線が書いてありますよね。調べたら、これと同じもの、45号の同じところ(下右画像)にもついてたんですよ。

 他の作のは全部違う漢数字だったので、製造番号だと思ってたんですが、同じものがあるということは、製作年とかなのかもしれませんね。

 少しキレイになったところで、ちょっと面白い比較をしてみましょうか。

 紐のついてるのは松琴斎の楽器の棹です。ほら、長さも糸倉の形も、糸巻の孔の位置までそっくりでしょう?
 違っているのはここ----

 山口を乗せる「ふくら」と、握りの部分の間にある段差。
 ここが松音斎はぬるりと滑らかなのに、松琴斎は比較的くっきりとしています。

 これは既に述べたように、松音斎の棹が根元からうなじのところまで同じUシェイプになってるのに対して、松琴斎では、根本部分は同じUシェイプながら、うなじの方に向かいVシェイプとなっていることに由来します。松琴斎の棹のほうが、松音斎のより若干握りが細いんですね。

 平面的に描き出した時のフォルムや寸法はぴったり同じになるので、両者ともこれを同じ型紙から作っているのではないかと想像されます。それでいて立体とした時の加工にのみ差異があるというのは、ちょっと面白い事態かもしれませんね。

 おそらく後発と思われる松琴斎が、なぜ棹の握りの形状を変えたのか、詳しいことは分かりませんが。
 庵主の個人的な感想から言うなら、一般的なUシェイプ型のほうがいくぶん使いやすいですね。庵主は棹を握りこまず、棹背につけた左手の親指の腹だけで楽器をコントロールするのですが、このときVシェイプの棹ではポイントが少しせまいため、指がずれてしまう危険性があるのですよ。

 さらに調査を続ける前に。

 この楽器、糸倉先端の間木がなくなってしまっており、このままだとちょっと危険なので、とりあえず先行してここを補修しておきます。
 この状態だと、ちょっと何かにひっかかっただけで、折れたり割れたりしちゃいそうですからね。

 棹の材はおそらくサクラ。
 端材箱の中から似た色味と硬さのものを見つけ出し、接着しておきます。新しい間木、これはサクラかな…いやカツラかも…いやいや、材の厚みから見て、たぶんサクラだと思います。

 くっついたところで整形。
 この蓮頭が接着される部分、松琴斎ではほぼ真四角になっていることが多いんですが、松音斎は背側がわずか~に浅い曲面となってますので、ちょっと慎重にカタチを合わせます。

 といったあたりで今回はここまで----まだちょっと、調査が続きます。


(つづく)


痩蘭斎旧蔵月琴-依頼修理01(4)

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斗酒庵,縁ありて修理いたす の巻2025.10~ 痩蘭斎旧蔵月琴ー依頼修理01 (4)

STEP4 アポロチョコが月面に着陸するころ

 さて、第2回でも触れたように。
 今回の楽器は同じ作者の55号「お魚ちゃん」同様、本来は柱間に凍石の小飾りの付いた、お飾り満艦飾な月琴であったものと想像されます。

 [※上画像55号詳細、クリックで別窓拡大※]

 痩蘭斎先生はフレットを半音刻みに配置して使ってましたので、追加のフレットをつける関係上、こうした小飾り類は除去・廃棄されてしまったものでしょう。
 改造前の楽器の資料はなく、前の回にも触れたように、このフレット追加の作業等の影響で、元の装飾の形状は痕跡からも推測が出来ないため、今回の修理では「お飾り満艦飾」にはしてあげられませんが、この高級楽器の材質と、きれいな工作にふさわしい「実用的な」装飾を施しましょう。

 今回のフレット、ちょっと凝らせてもらいますよ。

 主材はタガヤサン。漢字で「鉄刀木」と書くくらいで、唐木の中でも最凶(注:間違いではない)と云うくらい硬い木ですが、意外と擦れにはモロいので、弦に触れる部分にツゲを貼って、可愛い二色コンバーチブルに仕立てます。

 主部に使用する材はウサ琴で指板に使ったりしたのと同じ、むかし銘木屋さんからもらった端材板ですが、これ単体だと厚みが少々足りないので、細く切った二枚を重ねて接着します。
 タガヤサンは暴れる事でも有名(だから「最凶」)な木ですが、こうして木目を工夫して合わせると、このくらいの小物でも狂いが少なく、安定するはずです。

 二枚合わせにした細板を整形し、上面にツゲの板を接着してゆきます。これだけでもそれぞれ1~2日くらいかかってますからね。手間はそれなり。

 フレットの形に削ると、なんかチョコ菓子みたいですね。カワイイ(W)

 さあて、素体の数がそろったところで、どんどんフレットをこさえてゆきますよ。

 数日かけて、まずは8枚。

 これをオリジナルの指示線やフレット痕に置いて、まずオリジナルの音階を測定します。

 今回は、前使用者の接着痕等をキレイに清掃したら、原作者による指示線等がかなりはっきり見えるようになりましたので、フレットの原配置はそこそこ正確かと思います。
 オリジナルのフレット配置による音階は----

開放
4C4D+124E-474F+84G+14A+235C+245D+285F+40
4G4A+164B-465C5D-75E+145G+75A+185C+9

 開放からの第3音がかなり低めで、最終フレットあたりが少し怪しげですが、その他に関してはそこそこそろっているかと。特に低音>高音の音合わせで使う第4フレットがかなり正確に合っているんですが。前述のとおり、この楽器は製作当初、調弦がちゃんとできるような状態じゃなかったはずなので、偶然じゃなければ、原作者の使ったスケールの型紙とかが、よほど正確だったのだと思います。

 並行で作業中の、コウモリの扇飾りが仕上がってきたところで、追加の2枚(高音F、高音B)を削ります。

 さらに全体を微調整をして樹脂をしませ、ツゲの笠木部分はヤシャブシで染めて、ラックニスを擦りこんでツヤ出し。亜麻仁油やロウで磨いて仕上げます。

 オモテ面から見ると、黄色いツゲか竹製の、比較的地味なフレットにしか見えないんですが、演奏者からは縞目つきツートンカラーがバッチリ眺められます----こういうのも、着物の裏地にこだわる江戸ッ子好みみたいで素敵じゃあないですか?

 西洋音階準拠の配置に並べ直し、接着します。
 タガヤサンは接着性も良くないほうなので、いつもより接着面をしっかり荒らし、ニカワを染ませておくのが大事ですね。

 お飾り類を接着します。
 補作した半月の装飾からいきましょうかね。まずは下地となる半月の上面を徹底的に磨いておきます。

 うん、ヨシ。これだけでもかなり高級感漂いますね。
 コウモリの扇飾りは、接着前に裏側を削って、染色時のヨゴレを取り除いておきましょう。ニラミは割れや欠損部分を補修し、磨亜麻仁油とロウで磨いてあります、中央飾りも同様。

 硬い唐木製品が多いので、それぞれを確実に接着してゆくため、一度きにではなく順繰り順次接着してゆきます。

 棹の調整中に、蓮頭にはめ込まれていた飾り板もポロリと取れてしまったので、これも同様に磨き上げて、元の場所に接着し直しておきましょう。

 飾りは紫檀、下地はツゲ。ここもニカワの沁みが悪く、もともと取れやすかったんだとは思います。接着面を一度濡らし、古いニカワを丁寧にこそぎ除いてから、乾かないうちに新しいニカワを挿して接着です。

 補作の扇飾り以外、ニラミも中央飾りもこの蓮頭の飾りも、かなり良質な唐木材が使われており、細工も実に繊細で、このへんの原作者の唐木工作の腕前自体については、文句のつけようもありませんね。

 最後に蒼いバチ布を貼って、
  2025年11月15日。
 痩蘭斎旧蔵、原作者不明の依頼修理楽器、
  修理完了いたしました!

 …そういえば修理前は、裏板にナゾの平行線が浮かび上がってましたっけねえ。

 後に判明した、この楽器の内桁の配置とも若干位置が違っていたので。おそらくは他の楽器に一度使おうとした板を、何らかの理由で裏返して再利用したんじゃないかと思います。

 清掃の時も、特にここからニカワがにじみ出てきた、というようなことはなかったんですが、おそらくは、いちど板にしみこんだニカワが、部屋の湿気等で板表面に浮かび上がり、ごく薄く表面を保護したため、こんな日焼け痕みたいになってしまったものかと。その表面のニカワは空気に触れて劣化し、いまはほとんど落ちてしまっているでしょうし、裏板はほぼふつうの柾目板でしたので、けっこうしっかり清掃し、染め直しましたから、今後は薄くなってゆくかと思われます。

 今回のフィールドノートはこちら。(※画像クリックで別窓拡大)

 前所有者が貼りつけたフレットやその痕跡については省いて、原作者によるオリジナルの工作の位置や配置に基づいて記録してあります。
 各部寸法等の詳細は、こちらをご参照ください。

 左のニラミの下にあった補修痕が意外と大きかったので、もしかするとこの板は、このあたりに木理的に弱い箇所があるのかもしれません。お箏の甲くらい厚みがあったら、それほど問題ではないのですが、このサイズ、この厚みではまたここから割れるくらいのことはあるかもです。景色としてはキレイですが、共鳴板としては多少問題のある板なので、そのあたりはご留意あれ。

 この板の質的な影響もあるとは思いますが、音はやや硬めなものの、わりとよく響いております。
 棹孔から棒っコ突っこんで、響き線の渦巻きを、棹なかごの先端から少しだけ離すことが出来たんですね。おかげで、現在は響き線が、それなりに機能するようになっているわけです。
 渦巻線はスプリングリバーブと同じ理屈ですから、余韻の深さと音の増幅性能に関しては折り紙つき。ただし搖動にきわめて敏感で、どこかに触れてなくても、線自体が意図せずノイズ発生源となっちゃうことがあるので、演奏姿勢・動作によっては、かなりキツめの胴鳴りが発生することがあるかと。
 このあたりは、とにかく演奏の場数を踏んで、なるたけ胴鳴りの起きない、かつもっとも音がキレイに響くような楽器の保持姿勢を探ってゆくしかないようです。
 楽器が軽いと、ちょっとした力加減で演奏姿勢が崩れちゃうことがママありますが、この楽器は材料のせいもあってかなり重たいので、一度ベストな位置が決まれば、比較的安定してその姿勢を保持し続けられるとは思いますね。

 音が硬いのはあと、これが楽器としてほとんど使われないで来たせいもありましょう。これも何年か弾いてやってると、もう少し角のとれた音になるとは思います。

 この原作者と庵主では「音楽性の違い(笑)」が顕著にあるため、今回の修理の結果、原作者の意図とは多少違ったサウンド、操作性の楽器となっているかもしれませんが。
 しかしながら、そもそも楽器として生まれしが、楽器として扱われないできたモノに、再び楽器として生きる道を与えてあげられた(というかムリヤリ引っ張りあげた)ということには、それなりの意味があったと、信じたいところでありますあなかしこ。

(おわり)


痩蘭斎旧蔵月琴-依頼修理01(3)

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斗酒庵,縁ありて修理いたす の巻2025.10~ 痩蘭斎旧蔵月琴ー依頼修理01 (3)

STEP3 ユリ科の植物ではないユーリカ


 さてさて、お飾り作りは楽しいのですが、並行して地味かつシビアな作業もやってゆかなければなりません。
 庵主の修理は基本的に、音階など古い月琴のデータを集めることが主目的ですが、修理人としての立場では、これを楽器として再生、ちゃんと使える道具にして、オーナーさんのところへ還してあげることですからねえ。

 お飾りなどは所詮華拳繍腿、いくら外見がキレイでも、鳴らない楽器は楽器じゃありません。おエラいさんにはそれが分からんのです!(でもキライではないWWW)

 前回書いたように、今回のこの楽器には「楽器として使用された痕跡」がほぼ見受けられません。
 もちろん、最初の所有者が、単なる装飾品、音も鳴る置物、くらいの感覚で購入し、そのままだった----というようなことも考えられますが。この謎の作家さんの作る楽器は、装飾が華美で、お飾り的な要素は強いものの、基本的な構造はしっかり押さえられており、そのままでもいちおう楽器として使えるようにはなっております。
 ただ、彼は楽器の専門職といったわけではなかったらしく、その作品にはしばしば「楽器」としては意味のない、あるいは無茶な工作や加工が見受けられます。

 たとえば前回紹介した内部構造。
 渦巻になってる響き線の一部と、棹なかごの先端を接触させる----作者の意図としては、響き線の振動を棹にも伝え、あわよくば延長材にしこんだ鉄釘で、より余韻を増幅する----みたいな事を考えてたんだと思いますが。
 響き線というものは基本的に、胴内で片持ちフロートぶらんぶらんな状態になっていて効果を発揮するもので、そのどこか一部でも何かに接触していると、振動が途絶え、効果が出なくなります。つまりは、渦巻がぶるぶる震えてくれてても、それが棹なかごの先端に触れてしまった瞬間に、余韻への効果が消える、もしくは極端に減衰してしまうはずなんですね。

 まあこの響き線の機能については、日本の作家さんの多くがよく分からないで、人によっては楽器を振って「ガランガラン」と鳴らすためのモノだと勘違いしていたようで、もっとヒドい「自称」工夫・工作もよく見かけます。
 そのほとんどは、けっきょく「思ったより鳴らねぇなあ」ていどの結果で終わるので、機能上で「楽器として使えない」というほどの支障にはなり得ません。ましてやこの楽器の流行当時でも、ほとんどの清楽演奏者は「よく鳴る月琴」というモノがどんなだか、知らずに弾いていたでしょうから。自分たちの弾いている楽器が実際「どのくらいのモノなのか」は分かってなかったと思いますよ。

 最初の推測のように、これがお飾りとして購入されたために弾かれなかったのじゃないとするならば、どこかに道具として「使いモンにならなかった」原因があるはずなのですね。今後はそのへんも考えながら、修理作業と各部の再査・再考をしてゆこうと----

 …あ、コレだわ。

 棹基部、表板がわに桐の小板が貼られていました。
 棹孔が若干大きめなので、スキマをこの板で埋めたんでしょうね。

 その工作自体は正しいんですが、場所と、材料の選択がいけません。

 桐板は加工がラクなので、確かにこういうスキマ埋めに使いやすいのですが。ごく軟らかい木であるため、力のかかる部分には不向きです。
 おまけに棹本体はおそらくカリン、胴の主材はサクラ。どちらも硬い木なので、ここのスキマにこういうのが付けられた状態で弦を張るととうぜん、
 
 というように。弦の力でスペーサが潰れて、棹は表板がわに浮き上がります。
 まあ上の図はかなり誇張したものなので、実際の変化は微々たるものでしょうし、一瞬浮き上がっても反発して、その後あるていどは元に戻りますが。弦楽器の音というものは、こういうわずかな変化にもかなり過敏に反応します。
 貼りつけられた桐板がもっともっと薄いものであったのなら、この影響も限定的で「ちょっと調弦がしにくい」ていどで収まったと思うのですが、ちゃんと測ってみるとこの板…厚みが2ミリ近くありますね。これじゃ硬い木の間にスポンジはさんでるようなもので、おそらくこの楽器は、いくら糸を巻いても音が定まらず、正確な調弦がほぼ不可能な状態であったと考えられますね。

 もちろんこの状態でも、音は出ますし、まあいちおう「弾く」ことはできましょう。しかしながら「出したい音が出せる」のが楽器という道具であって、ただ音が出ればイイというものでありません。使用されている材料から考えても、おそらくは結構な高級品だったでしょうし見目は良いので、「使えない」からと言ってポイ捨てられることはなかったのでしょうが……なるほどこれは致命的ですね。

 小板たった1枚、材料の選択を間違えただけのことではあるんですが。

 さて、では過去を清算してゆきましょう。

 現状における棹の取り付け位置や傾き・角度、そうした設定値についてはさほど問題がありません。スペーサがついてる状態で、指板の端が表板の縁から髪の毛1本ぶんくらい沈んではいますが、棹の中心は楽器の中心線にバッチリ沿っていますし、ちゃんと背面がわに傾いています----ほんと外見上の寸法的なところは、ちゃんと仕上げてるわけですねえ。

 まずはすべての元凶である桐板をひっぺがしましょう。
 再利用する予定はないので、ガリガリ行きます----おぅりゃあああっ!!往生さらせぇやあぁぁッ!!

 板の下からは、謎の作者のサイン(花押?)が出てきました。
 つづいて端材捨てられない病の庵主の端材箱から、適当な硬さで、精密な加工の可能な、ちょうど良い厚さ寸法の板を探します。
 ----これにしましょ。

 棹本体と同材のカリン、というのも考えたのですが、硬さでは問題ないものの。導管がやや太いので、薄板にすると、桐板ほどではないものの潰れる可能性があり、けっきょく選んだのはツゲの薄板でした。
 以前フレットか山口刻んだ時の端材でしょうね。

 硬く緻密な材なので、かなり正確に厚みの調整が出来ますし、月琴の弦圧くらいなら圧縮されてもビクともしませんね。
 ただし貼りつけ相手のカリン同様、接着にやや難がありますので、両接着面をじゅうぶんに湿らせ、ニカワをたっぷり吸わせ、時間をかけて接着します。

 ほとんど弾かれはしなかったようですが、おそらくそうなる前段階として、何度も調弦を試みようとはしたみたいですね。
 上に掲げた絵図からも想像つくかとは思いますが、ああやって棹が浮き上がった場合は、表板の端っこ、指板の基部が当たる部分も潰れてしまいます。
 さらにここにはちょうど第4フレットが接着されるので、これが調弦のたび下の板が圧縮されるせいで何度もはずれ、その都度接着し直されたようで。ほかに使った痕跡らしい痕跡もないくせに、この部分だけが荒れています。

 ここも補修、ついでに補強しておきましょう。
 まず表板木口の棹と当たる部分に、樹脂を浸透させて固めます。

 ついで棹による圧迫と、フレットの脱着で荒れた凸凹を、桐の粉を樹脂で練ったパテで埋めましょう。ちょっと範囲が広めですが、ほとんどはフレットで隠れるのでさほど目立ちますまい。

 また、同じ行為が原因だと思いますが、上桁の棹孔にも少しガタがきているようです----ここもやわらかい針葉樹材ですからね。
 さすがに内桁を交換するわけにもいかないので、まずは棹孔から筆を入れて、上桁の孔の内壁に樹脂を吸わせ補強します。そうして、これ以上孔が広がらないよう固めたうえで少々整形、ついで棹なかご延長材にツキ板を貼って、ガタつきやゆるみが出ないように調整しました。

 オモテの棹孔にも少々加工不良があったので、これも木粉パテとツゲの薄板で修整しときましょう。こっちの孔が精確に四角くなってないと、いくら基部に手を入れてもイタチごっこみたいになって意味がありません。
 こうしてあっちを均し、こっちにツキ板を貼っては削り込み、最後には指先の感触が頼りみたいな繊細な作業を繰返し、棹と胴体を徹底的にフィッティングしてゆきます。

 …かなり時間がかかりましたが、これでようやく、この「モノ」にちゃんと使える「楽器という道具」として再生する目途がつきましたね。思えばこの原作者はけっきょく、桐の小板一枚で自分の作品を、ある意味台無しにしちゃってたわけで……良い材料、良い腕前を持っており、これも外見の出来は素晴らしく良いだけに、なんともやりきれませんなァ。

 さて何度も書いてますが、この楽器は保存状態が良く。

 糸巻もオリジナルの、黒檀で出来た上等のが4本とも揃って残っていたわけですが。
 そのうちの1本の先端に、けっこうでっかいエグレがありました。

 エグレの外縁は、なにげにひっかからないよう角を丸めてありますんで、これには原作者も気が付いてたはずなんですが………もう1本削って交換するでもなく、メンドくさいんで放置しやがりましたね。

 こういうとこをちゃんと始末しないので、百年後に詰られるんですよ、ホント!

 まあ糸倉に触れる部分からはちょうどはずれてますんで、「糸を巻く」というだけなら問題はないと思われるものの、精密な調弦となると支障が生じる可能性がありますんで、きっちり埋めておきますね。

 といったところで、今回はここまで----

(つづく)


痩蘭斎旧蔵月琴-依頼修理01(2)

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斗酒庵,縁ありて修理いたす の巻2025.10~ 痩蘭斎旧蔵月琴ー依頼修理01 (2)

STEP2 とんで王柏

 棹孔から確認したところ、幸いにもこの楽器の内部はキレイで内桁や響き線に、現状修理補修の必要な箇所は確認できませんでした。

 側面に唐木の薄板を貼りまわしたこのタイプの楽器は、完全分解となるとエラい大工事になるので、ありがたいところです。

 上左画像、内部棹孔のすぐ右に見えてるのが響き線の基部。

 全容は見えませんが、響き線の形状はおそらく渦巻型で、ここから上桁にぶら下がるように取付けられ、根元の部分が棹なかごの先端と一部接触しているようです。
 棹なかごの延長材側面に、釘が2本打ちこまれてましたが、これはたぶん、この響き線との接触による金属的な余韻の効果を増すための工夫だと思われますね。(実際の効果のほどは未詳)


 だいたいの調査計測が終わったので、さっそく修理してゆきましょう。

 まずは例によって、現在へっついてる余計なものを、ぜんぶひっぺがします。

 指板上のフレット痕は最近のもので、おそらく木工ボンド。少しでも残ると後々ニカワでの接着に支障がありますので、刃物や歯ブラシ、スポンジやすりで丁寧に除去します。

 胴体も同様に、ニラミや中央飾り、後補のフレット、バチ皮を除去してゆきますが、表板がいかにも暴れそうなもっくもくの板目杢板ですので、どれもできるだけ短時間で、湿らせる範囲もなるたけ最少限としときたいところですね。
 ニラミはある程度浮いてきたら、クリアフォルダを細長く切ったものをスキマに挿しこんで挽き切りました。

 右がわのニラミが、挽き切ったら二枚に分かれちゃいましたが、この程度で済んだなら無問題です。
 半月は接着に浮きもなく、状態も悪くないので、このままとしましょう。

 作業箇所が乾いたところで、胴体表裏板の清掃にかかります。

 まずは側面をマスキング。
 この作業も、あんまり湿らせたくないので、擦っては拭い、擦っては拭いで、ふだんより格段素早くやってゆきます。

 まあ元があまりひどくはヨゴレてなかったので、今回は清掃というより、フレットや小飾りの脱着により変色したりシミになっている、過去の作業痕を補彩するような意味合いのほうが強いかもしれません。

 左のニラミが接着されてた部分に、そこそこ大きな補修痕がありますね。板表面がめくれたように割れたものでしょう。木目の入込んだ板なので、何もなくてもある日突然このくらいのことが生じても不思議ではありませんが、ニカワで補修してあるので、おそらくは最初の使用者か、原作段階での補修と思われます。

 さて、こうして濡らしてみると、ふつうは見えてくるはずの使用痕が、今回の場合はまったく見つかりません。

 黒っぽくなってるところはだいたい木目の関係、節の部分なんかですね----バチ先で突いた痕も、擦ったりひっかいたような筋傷も、どこにもありません。
 そもそもヨゴレ具合が、板のどこでもほぼ均等です。
 ふつうに使っていれば、手の当たる半月の横とか、胴の両肩とかに、黒ずんだ手垢くらいつくものですが………

 つまり、この楽器には「楽器として用いられたことがほとんどない」可能性があるというわけです。

 月琴は見めの良い楽器なので、同じ支那趣味として同時代に流行った、煎茶事のしつらいとして、お飾り的に使われることもありましたし、この作者の楽器にはそういうお飾り月琴の傾向も確かにありはするのですが。
 時折、なんらかの理由があって、そもそも「お飾りにしかならなかった」というようなケースもありはするので、早計には結論付けられません。
 とりあえず、いまのところ、楽器として使用するのに致命的な損傷・故障、工作不良の類は見受けられませんので、このあと、その理由につながる何らかの発見があることに期待します。

 表裏板が乾くまでの間に、お飾り等の補修をやってゆきましょう。
 まずは二つに割れちゃった右のニラミ。

 木目に沿ってパックリ逝っただけ、割れ目もキレイですし、これは比較的簡単に直りますね。

 左のニラミは下部先端、羽根の先っちょが欠損してしまっています。
 右のと重ねてみますね----

 ----この部分がなくなってるわけです。
 端材箱から似た色味の紫檀材を見つけ出し、右のニラミを参考に切り出して接着します。

 こんな感じですかね。接着剤が固まったところで、表面を磨いて完成です。

 左右ともに裏から薄い和紙を貼り、樹脂を浸透させて、補修した箇所を補強しておきます。この部分は軽くペーパーがけをして荒らしておけば、ニカワによる接着でも支障はありません。

 胴や指板に残る痕跡から、おそらく本器には、55号同様フレットの間に凍石の小飾りが付き、5・6フレット間には扇飾りが貼られていたはずですが、前所有者が半音刻みにする段階かそれ以前に、それらの飾りは除去されてしまったようです。

 今回、小飾りについては現物が一つも残っておらず、痕跡も薄いことから推測が難しいため諦めますが、扇飾りは補作しようと思っております。
 なお、現オーナーさんより、10フレット化の御希望を承っておりますので、補作する扇飾りは、内側にフレットを立てられる10フレット仕様のデザインでいきますね。

 第一回で述べたように、この楽器の半月は低い。

 いや、演奏する側としてみれば、それ自体は操作性が良くなるので有難いんですが。
 この原作者の他作品における行状から、おそらくこの低さは、そうした「操作性の向上」以外の目的でもってなされたモノと、庵主は確信しております。
 そこで過去資料をいろいろと精査してみると、どうやらこの半月の上面には、もともと透かし彫りの飾りが付けられていたらしいことが分かってきました----この飾り板の厚みぶん、半月本体の厚みを低くしたわけですね----うん、やっぱりこのヒトが操作性とか考えてやるワケがないよねえ。

 半月上面に同様の飾り板を貼った例は、老天華や玉華斎など福州の作家にも例があり、意匠は「海上楼閣(蜃気楼)」をモチーフとしたものが多くなっています。
 もとの図像がけっこうデザイン化されていたのもあって、日本の作家さんの多くは、その意匠の意味がよく分からなかったらしく、やがては右の画像のように、フォルムをさらに単純化した唐草文様のようなものにしてしまいました。
 55号では、装飾自体はなくなっていたものの、半月上面にその接着痕がべっとりと残っていました。本器の場合、前使用者か古物屋により、半月の上面がきれいに磨かれてしまっていたので、オリジナルの装飾の形の手掛かりとなるような痕跡は認められませんでしたが、過去にネオクで出品された、同じ作家によると思われる楽器の画像の一つに、該当の装飾が残っている例があったので、それを参考に、今回はここの装飾を復元してみようと思います。

 扇飾りと同時進行で作っていきますねえ。

 まず材料は桐板です。
 オリジナルはたぶん、扇飾りは紫檀、半月の装飾はツゲあたりで作られていたと思いますが、材料が高いし硬いので作るのがタイヘンですし、ウチにはそれ用の工具もありません。それに桐なら基本表裏板と同材、あんまり音の邪魔になりにくいですから。

 半月の装飾は、まず参考となる楽器の画像を実物大に拡大、それをトレーシングして板に写します。
 つぎに薄くて丈夫な和紙を、でんぷん糊で板の裏面に接着。割れ止めをしときましょう----細かい作業になりますからね。

 そしてトレーシングされた図柄の、貫く予定のところ----背景に当たる部分を彫り下げてゆきます。この時点でズボッと貫いちゃうと、細かいところが、間違いなく欠けたり割れたりしちゃいますので、ここでは輪郭外周を彫り下げるだけです。なお、彫りこみがもっとも細かくなる唐草の先端、渦巻になっている部分の中心には、あらかじめピンバイスで孔をあけておきました。

 うーん、お祭りのカタヌキ感がハンパねぇ。
 すべての背景部分をギリギリまで薄く彫り下げたら、樹脂を浸透させて固めます。

 樹脂が固まったところで、半月の飾りは下縁部を切り落とし、実器に当てながら実物合わせで輪郭を微調整。半月上面の輪郭に合ったところで、縁をななめに削り落とし、内側を抜いてゆきます……ちちち、しくじった。中心部分がちょっと大きすぎましたね。このままだと内がわの糸孔を塞いでしまいます。せっかくここまで削ったモノですが、

 こうしましょ----ていッ!

 ばっさりこんとな。
 糸孔にかからないよう、リデザインした板をへっつけ、彫り直しました。

 ここまでも、ちょっと彫ったり削っては度毎樹脂を染ませてますんで、この時点ですでに、工作時の感触が桐板のなんかソレじゃないふうになってます。上左画像なぞ、そぎ落とした縁のところをヤスリやリューターでゴリゴリ削ってキレイにしてるんですが、ただの桐板だったら、ボロボロに崩れちゃうとこでしょうねえ。
 細かいとこまでだいたい彫りあがったので、全体をヤシャブシと砥粉で軽く染め、さらに樹脂掛けして固め、磨いてゆきます。


 触った感じも色つやも、桐板とは思えない風に仕上がりましたね----ツゲには見えませんが、それに近い何か?…みたいな----なぜか虎杢っぽいテカリも出てますし、かなり良い感じ、ヨシヨシです。


 扇飾りのほうも同様に、削っては樹脂で固めながらで。
 画像だと分からないかもしれませんが、このコウモリさん、胴体のところ、タカアシグモの胴体と同じくらいの大きさですからね(w)
 同形のフレットは自作楽器のウサ琴シリーズでも作りましたが、翼の間の空間に追加のフレットを抱え込むようなカタチになるんですね。
 こちらはスオウ染め、オハグロがけで黒染めです。
(つづく)


痩蘭斎旧蔵月琴01 (5)

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斗酒庵,縁ありて修理いたす の巻2025.9~ 痩蘭斎旧蔵月琴01 (6)

STEP6 かすかに香る菊と蘭

 さあて、痩蘭斎旧蔵月琴、推定作者:唐木屋あらため松琴斎。
 修理も終盤となってまいりました!


 まずは半月をあらかじめ確認しておいた正位置---楽器の現在の中心線に沿った位置---に接着しました。
 これが原作者の設定したもとの場所から微妙にずれてる原因については、長期バラバラになっていた影響なのか、庵主の組み立てのせいか、あるいは元からそうだったのかはけっきょく分かりませんでしたが、流行期の日本の月琴は多分にいいかげんな作りのものが多いので、このくらいのズレならさほど問題ではありません。
 大陸のものなんかだと、棹が見て分かるレベルでへにゃ曲がって取り付けられていたような例もありましたからね。

 胴が桶状態のうちに、棹の角度調整もあらかた済ませており、現状この楽器の棹は、胴オモテの水平面に対し、指板の先端、山口のあたりで5ミリほど背面側に傾いております。やや雑だった胴体の棹孔や、棹の基部も薄板や樹脂等で修整・補強してありますので、ガタつきもなく、スルピタでおさまるようにしてあります。

 では完成に向けて。足りないものをイロイロとこさえてまいりましょう。
 まずは蓮頭----糸倉のてっぺんにつく飾り板ですね。


 本器は痩蘭斎旧蔵月琴の修理の第一号となりましたので、ちょっと象徴的なデザインにしようと思います。
 材料の板はカツラ。
 ホオとともに版画や彫刻でよく使われる木ですが、繊細な意匠を彫りこみたいとき、庵主はホオよりこっちを選ぶことが多いですね。
 と、木彫はじめるその前に----

 凍石で二つばかり作っておきたいモノがあります。
 これらは----

 ----こんな感じに付く予定です。

 蓮頭の飾りに凍石を埋め込むのは、庵主ときどきやってますが。モロい材料なので、あんまりこまかかったり細かったりするフォルムは作れないんですが……けっこう強度限界に近いとこまで削りましたねえ。

 今回は陽刻で木地は背景部分を彫り下げるだけ、意匠が複雑すぎて強度不足になる懸念があるため、透かし貫きはしません。
 さあて彫れ彫れどんど彫れ!!

 無地の背景部分をぜんぶ彫り下げたところで、花の内がわを軽く彫りこみます。葉や茎の部分は基本的にシルエット設定なので、前後関係等は強調しません。そして、全体の絵柄が彫りあがったところで、最初に作った凍石のお飾りを埋め込むため、いちど彫りあげた絵柄の一部を破壊します……ううう、なんかキツいけどしょうがないなあ。

 ここでスオウで染めつけ、オハグロで軽く重ね染め。
 今回は、あまり黒くなく、棹や糸倉とあまり変わらないくらいの色合いにとどめます。
 染まったところで凍石を接着。

 強度の関係で、二つともかなり厚めに作ってあります。接着剤が固まったところで、これを薄く削り落とし、表面を彫りこみます。もともとハンコの材料なので、けっこう細かい彫りこみが可能です。

 最後に、凍石飾り周辺のモールドを少し修整して、「幽菊痩蘭図」完成です!

 続いて糸巻。

 オリジナルのものと思われる糸巻が2本残っていたのですが、けっこうネズミに齧られちゃってたのと、使用により先端もかなり消耗しており、いちおう修復はしたものの「使えるっちゃあ使えるけど…」くらいな状態です。

 うむしょうがない。
 ウチの修理は文化財としての復元ではなく「楽器としての再生」が主眼。次の使用者がストレスなく演奏できなきゃ意味がありません。
 新しく1セット削りましょう。

 材料は例によって百均のめん棒。いろんなお店で売っており、材料も白楊やヤナギの類から集積材まで様々ですが、これはブナ・ナラの類で出来てるやつ。カシの仲間ですから硬さは問題なし。
 ----まあ、「硬い」ということは、削るのもずいぶんタイヘンなわけですが(w)

 二日かけて4本、削り上げました。
 今回は実用楽器っぽく、装飾はナシ。

 ドングリの仲間は硬いけれど、パサパサしてて比較的モロいところがあります。樹脂を浸透させて補強し、ステインで染めてカシューで保護塗り。材としては丈夫なんですが、木目が入込んでいるものが多いので、時間のかかる伝統技法で染めると、作業中に歪んだり曲がったりしちゃいますので、比較的負担の少ない現代のモノを使っちゃいます。

 フレットも実用性重視、竹でいきます。

 オリジナルは牛骨か象牙だったかと思いますね。
 竹は入手が簡単ですし、加工もラクなので、できるのは早いんですが。
 ウチの場合、これをさらに染めたり磨いたりしているので、じつのところ、かかってる手間は、牛骨や唐木で作った場合とさほどかわりがありませんね。

 前使用者は、二箇所ほど追加のフレットを付けて使っていたようですが、原作者によるオリジナルの目印をもとに、フレットを配置した場合の音階は-----

開放
4C4D+24E-274F4G+444A+265C+275D+305F+29
4G4A+74B-325C5D+175E+105G+155A+135C+14

 ----となります。第5フレット以降の高音域で、やや乱れはありますが、これはおそらくオリジナルは弦高が高く、逆にフレットが低すぎて、このあたりでは糸をかなり押し込まないと音が出せなかったからでしょうね。とはいえ最高音(最低音の3オクターブ上)のところではだいたいピッチがあっており、清楽音階の定石どおり開放からの第3音もちゃんと低くなっています。

 オリジナルの音階の調査計測が終わったところで、西洋音階準拠に配置し直し、接着します。


 庵主は操作性向上のため、半月にゲタ(※右画像参照)を噛ませるなどして弦高を下げたうえ、各フレットをギリギリの高さで調整してますので、弦をぎゅっと押し込まなくても、軽く押えるぐらいで発音されるようにしてあります。
 西洋音階で並べると、オリジナルでは胴体の端に配置されていた第4フレットが、棹の上に移動しました。関東と関西の楽器を比べるとき、その相違の一つになっていることの多いのが、この第4フレットが「棹の上にある(関東)」「胴体端にある(関西)」かってとこなんですが。
 今回の報告で何度か書いたように、この楽器は関西で作られたものであるにもかかわらず、棹の形状や寸法が関東の楽器に近いものとなっています。これまで修理してきた松音斎・松琴斎の楽器は、関西方面での伝統的な設定に、かなり忠実に準拠したものばかりだったので、これはちょっと珍しい例ですね。

 各部を補彩してゆきます。

 糸倉はネズミに齧られた箇所がけっこう目立っちゃうので、やや濃いめに。
 ほかはスオウで軽く染め直してから、柿渋と亜麻仁油を染ませ、ロウ磨き----元がヨゴレて真っ黒くろだったとは思えないくらいキレイに仕上がりました。

 ニラミと扇飾りを戻し、バチ布を貼って。
 原作者変更(w)のため、急遽作り直したラベル類を貼りつけ、


 2025年11月21日。
 痩蘭斎旧蔵月琴01、推定原作者:松琴斎。
 修理完了いたしました。

 組み立てて撮影できないくらいバラバラになってたんで、「修理前全景」はありません。(W)

 代わりに、原状をまとめたフィールドノート、再掲しときますね。(※下画像クリックで別窓拡大※)

 糸巻が損耗してたり、表板に無数の使用痕が残っていたことからも、元からかなり使い込まれた楽器であったことは疑いありません。


 今回はほんとに「再生」と言って良い壊れ具合からの復活でしたが、やはり使い込まれた楽器は音が良いですね。
 オリジナルのすべての部品が、「音を出す」ということを良く分かっている、みたいな感じ。

 構造や形状がほとんど同じな唐木屋の楽器同様、操作性にクセがなく、万人向けな使いやすい楽器です。

 響き線も、このサイズにしては胴鳴りの少ないほうですし、より範囲広めで効果を発揮できるよう調整しときましたから、多少演奏姿勢が崩れても、そこそこきれいな余韻を響かせてくれると思います。内部構造や各部の接合の工作・加工精度をかなり上げ、音が漏れなく全体に伝わるようにしてあるので、音の胴体部分も太目になりましたしね。

 音色にさほどクセがないので、「個性と個性のせめぎあい」みたいなことを望む演者には不向きでしょうが、この音で自分の望む音楽を実現したいような方、これをあくまで実用品、音を出すための「道具」として必要とするかたにとっては、格好の相棒となってくれるでしょう。

 現在、お嫁入り先、絶賛募集中です。
(おわり)


月琴WS@銀狐!2026年2月!

20260228.txt
斗酒庵 WS告知 の巻月琴WS@銀狐 2026年!きさらぎ駅に行きたいな。


*こくちというもの-月琴WS@銀狐 2月のお知らせ-*

 
※※ !ATTENTION! ※※
※※ 庵主、雪かき帰省のため、1月はWSをお休みさせていただきます。 ※※


2026年はじまりの月琴WS@銀狐は、月末・2月28日(土)。
17:00からの開催予定!



 会場は台東区下谷・小野照崎神社(通称・小野照さん)のお隣、「銀狐」さん。
 最寄駅はJR「鶯谷」もしくは地下鉄日比谷線「入谷」となりまあす。

 前とかわらず、参加費無料のオーダー制。
 お店のほうに Drink or Food のオーダーお願いいたします。
 美味しいお酒と、グッジョブ!な酒肴、楽しみながら。
 銀狐さんの通常営業にまぎれての、楽器弾きながらの酔いどれ飲み会WS。う~~~い。
 (あ、ご希望アラバ、弾き方もちゃんとお教えしますからね)

 予約は特に不要、参加自由、途中退席自由。
 楽器は余分に持っていきますので、手ブラでのご参加もお気軽に~~~!

 初心者、未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい、弾いてみたい方はぜひどうぞ。


 うちは基本、楽器お触り自由。
 絶滅楽器「清楽月琴」なんてぇものに触れられるエエ機会。
 1曲弾けるようになっていってください!



 痩蘭斎01松琴斎および02松音斎、
 ともに修理報告執筆中なれど、修理は完了しています。

 どちらもお嫁入り先募集中です。

 関西…おそらくは大阪で作られた楽器で、流行時の量産数打ち品ですが、同系列である唐木屋のような関東の大手に比べると総数は少ないものの、操作性は良く、材質や音質は、関東諸品にくらべ、ちょっと上等かな。
 オーバーホール、てっていてきに調整済。
 音色および形状的な好みもありますが、弾きやすさでいくと01、いかにも「日本の月琴」という音色が欲しいなら02、ってとこでしょうかね。

 ゲキニストご検討の方は、ぜひWSで、実際に弾いて試してみてくださいね~。

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