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痩蘭斎旧蔵月琴-依頼修理01(3)

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斗酒庵,縁ありて修理いたす の巻2025.10~ 痩蘭斎旧蔵月琴ー依頼修理01 (3)

STEP3 ユリ科の植物ではないユーリカ


 さてさて、お飾り作りは楽しいのですが、並行して地味かつシビアな作業もやってゆかなければなりません。
 庵主の修理は基本的に、音階など古い月琴のデータを集めることが主目的ですが、修理人としての立場では、これを楽器として再生、ちゃんと使える道具にして、オーナーさんのところへ還してあげることですからねえ。

 お飾りなどは所詮華拳繍腿、いくら外見がキレイでも、鳴らない楽器は楽器じゃありません。おエラいさんにはそれが分からんのです!(でもキライではないWWW)

 前回書いたように、今回のこの楽器には「楽器として使用された痕跡」がほぼ見受けられません。
 もちろん、最初の所有者が、単なる装飾品、音も鳴る置物、くらいの感覚で購入し、そのままだった----というようなことも考えられますが。この謎の作家さんの作る楽器は、装飾が華美で、お飾り的な要素は強いものの、基本的な構造はしっかり押さえられており、そのままでもいちおう楽器として使えるようにはなっております。
 ただ、彼は楽器の専門職といったわけではなかったらしく、その作品にはしばしば「楽器」としては意味のない、あるいは無茶な工作や加工が見受けられます。

 たとえば前回紹介した内部構造。
 渦巻になってる響き線の一部と、棹なかごの先端を接触させる----作者の意図としては、響き線の振動を棹にも伝え、あわよくば延長材にしこんだ鉄釘で、より余韻を増幅する----みたいな事を考えてたんだと思いますが。
 響き線というものは基本的に、胴内で片持ちフロートぶらんぶらんな状態になっていて効果を発揮するもので、そのどこか一部でも何かに接触していると、振動が途絶え、効果が出なくなります。つまりは、渦巻がぶるぶる震えてくれてても、それが棹なかごの先端に触れてしまった瞬間に、余韻への効果が消える、もしくは極端に減衰してしまうはずなんですね。

 まあこの響き線の機能については、日本の作家さんの多くがよく分からないで、人によっては楽器を振って「ガランガラン」と鳴らすためのモノだと勘違いしていたようで、もっとヒドい「自称」工夫・工作もよく見かけます。
 そのほとんどは、けっきょく「思ったより鳴らねぇなあ」ていどの結果で終わるので、機能上で「楽器として使えない」というほどの支障にはなり得ません。ましてやこの楽器の流行当時でも、ほとんどの清楽演奏者は「よく鳴る月琴」というモノがどんなだか、知らずに弾いていたでしょうから。自分たちの弾いている楽器が実際「どのくらいのモノなのか」は分かってなかったと思いますよ。

 最初の推測のように、これがお飾りとして購入されたために弾かれなかったのじゃないとするならば、どこかに道具として「使いモンにならなかった」原因があるはずなのですね。今後はそのへんも考えながら、修理作業と各部の再査・再考をしてゆこうと----

 …あ、コレだわ。

 棹基部、表板がわに桐の小板が貼られていました。
 棹孔が若干大きめなので、スキマをこの板で埋めたんでしょうね。

 その工作自体は正しいんですが、場所と、材料の選択がいけません。

 桐板は加工がラクなので、確かにこういうスキマ埋めに使いやすいのですが。ごく軟らかい木であるため、力のかかる部分には不向きです。
 おまけに棹本体はおそらくカリン、胴の主材はサクラ。どちらも硬い木なので、ここのスキマにこういうのが付けられた状態で弦を張るととうぜん、
 
 というように。弦の力でスペーサが潰れて、棹は表板がわに浮き上がります。
 まあ上の図はかなり誇張したものなので、実際の変化は微々たるものでしょうし、一瞬浮き上がっても反発して、その後あるていどは元に戻りますが。弦楽器の音というものは、こういうわずかな変化にもかなり過敏に反応します。
 貼りつけられた桐板がもっともっと薄いものであったのなら、この影響も限定的で「ちょっと調弦がしにくい」ていどで収まったと思うのですが、ちゃんと測ってみるとこの板…厚みが2ミリ近くありますね。これじゃ硬い木の間にスポンジはさんでるようなもので、おそらくこの楽器は、いくら糸を巻いても音が定まらず、正確な調弦がほぼ不可能な状態であったと考えられますね。

 もちろんこの状態でも、音は出ますし、まあいちおう「弾く」ことはできましょう。しかしながら「出したい音が出せる」のが楽器という道具であって、ただ音が出ればイイというものでありません。使用されている材料から考えても、おそらくは結構な高級品だったでしょうし見目は良いので、「使えない」からと言ってポイ捨てられることはなかったのでしょうが……なるほどこれは致命的ですね。

 小板たった1枚、材料の選択を間違えただけのことではあるんですが。

 さて、では過去を清算してゆきましょう。

 現状における棹の取り付け位置や傾き・角度、そうした設定値についてはさほど問題がありません。スペーサがついてる状態で、指板の端が表板の縁から髪の毛1本ぶんくらい沈んではいますが、棹の中心は楽器の中心線にバッチリ沿っていますし、ちゃんと背面がわに傾いています----ほんと外見上の寸法的なところは、ちゃんと仕上げてるわけですねえ。

 まずはすべての元凶である桐板をひっぺがしましょう。
 再利用する予定はないので、ガリガリ行きます----おぅりゃあああっ!!往生さらせぇやあぁぁッ!!

 板の下からは、謎の作者のサイン(花押?)が出てきました。
 つづいて端材捨てられない病の庵主の端材箱から、適当な硬さで、精密な加工の可能な、ちょうど良い厚さ寸法の板を探します。
 ----これにしましょ。

 棹本体と同材のカリン、というのも考えたのですが、硬さでは問題ないものの。導管がやや太いので、薄板にすると、桐板ほどではないものの潰れる可能性があり、けっきょく選んだのはツゲの薄板でした。
 以前フレットか山口刻んだ時の端材でしょうね。

 硬く緻密な材なので、かなり正確に厚みの調整が出来ますし、月琴の弦圧くらいなら圧縮されてもビクともしませんね。
 ただし貼りつけ相手のカリン同様、接着にやや難がありますので、両接着面をじゅうぶんに湿らせ、ニカワをたっぷり吸わせ、時間をかけて接着します。

 ほとんど弾かれはしなかったようですが、おそらくそうなる前段階として、何度も調弦を試みようとはしたみたいですね。
 上に掲げた絵図からも想像つくかとは思いますが、ああやって棹が浮き上がった場合は、表板の端っこ、指板の基部が当たる部分も潰れてしまいます。
 さらにここにはちょうど第4フレットが接着されるので、これが調弦のたび下の板が圧縮されるせいで何度もはずれ、その都度接着し直されたようで。ほかに使った痕跡らしい痕跡もないくせに、この部分だけが荒れています。

 ここも補修、ついでに補強しておきましょう。
 まず表板木口の棹と当たる部分に、樹脂を浸透させて固めます。

 ついで棹による圧迫と、フレットの脱着で荒れた凸凹を、桐の粉を樹脂で練ったパテで埋めましょう。ちょっと範囲が広めですが、ほとんどはフレットで隠れるのでさほど目立ちますまい。

 また、同じ行為が原因だと思いますが、上桁の棹孔にも少しガタがきているようです----ここもやわらかい針葉樹材ですからね。
 さすがに内桁を交換するわけにもいかないので、まずは棹孔から筆を入れて、上桁の孔の内壁に樹脂を吸わせ補強します。そうして、これ以上孔が広がらないよう固めたうえで少々整形、ついで棹なかご延長材にツキ板を貼って、ガタつきやゆるみが出ないように調整しました。

 オモテの棹孔にも少々加工不良があったので、これも木粉パテとツゲの薄板で修整しときましょう。こっちの孔が精確に四角くなってないと、いくら基部に手を入れてもイタチごっこみたいになって意味がありません。
 こうしてあっちを均し、こっちにツキ板を貼っては削り込み、最後には指先の感触が頼りみたいな繊細な作業を繰返し、棹と胴体を徹底的にフィッティングしてゆきます。

 …かなり時間がかかりましたが、これでようやく、この「モノ」にちゃんと使える「楽器という道具」として再生する目途がつきましたね。思えばこの原作者はけっきょく、桐の小板一枚で自分の作品を、ある意味台無しにしちゃってたわけで……良い材料、良い腕前を持っており、これも外見の出来は素晴らしく良いだけに、なんともやりきれませんなァ。

 さて何度も書いてますが、この楽器は保存状態が良く。

 糸巻もオリジナルの、黒檀で出来た上等のが4本とも揃って残っていたわけですが。
 そのうちの1本の先端に、けっこうでっかいエグレがありました。

 エグレの外縁は、なにげにひっかからないよう角を丸めてありますんで、これには原作者も気が付いてたはずなんですが………もう1本削って交換するでもなく、メンドくさいんで放置しやがりましたね。

 こういうとこをちゃんと始末しないので、百年後に詰られるんですよ、ホント!

 まあ糸倉に触れる部分からはちょうどはずれてますんで、「糸を巻く」というだけなら問題はないと思われるものの、精密な調弦となると支障が生じる可能性がありますんで、きっちり埋めておきますね。

 といったところで、今回はここまで----

(つづく)


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