明笛について(20) 39,40号

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斗酒庵 明笛を調べる の巻明笛について(20) 明笛39,40号 

  38号は修理すれども音出ず。(泣)

  次の2本は,いっしょに出品されてました。
  お尻の飾りのないのを39号。
  頭の飾りのないのを40号とします。

  寸法からして,いづれも大正期の明笛と思われますが,孔のカタチや管の状態などから総合的にみて,40号のほうがやや古いタイプの笛のようです。

  39号の頭飾りは水牛角製。


  なんか,あちこちに細かいエグレ……あら,穴ァあいてるとこまでありますね。
  スプーン状の削れ痕,これぜんぶ,ネズミがカジったとこです。
  いやでも,食べられてすっぽりなくなってた例もあるんで,これならまだよく残ってるほうかと。(w)

  まんなかの白い象牙のリングのところで,二つに分解できるようになっています。ラッパになってる先端がわは,内もきれいに刳ってありましたので,おそらくここは笛膜入れになっているのでしょう。
  飾りのすぐ下にラベルがあって,上段に 「TANIGUCHI&CO.」 真ん中にヒシにS.Tの商標,下段に 「OSAKA,JAPAN」 とありますね----ここから,この笛の製造元は 「谷口昇店」 であろうと思われます。


  この製造元の,拙楽器商リストにおける現在までの初出は,明治37年の『第五回内国勧業博覧会大阪府事務報告』。「谷口昇治郎」 という人が,手風琴を出品しています。このほか国会図書館のアーカイブで探すと,大正4年の 『明笛教本』(ノボル楽友会)と 『箏曲ゆき-古泉流合奏用明笛音譜』(同前) という譜本が出てきました。いづれも発行元は 「谷口昇店」。 また巻末広告には,この笛にあるのとおなじ 「ヒシにS.T」 の商標が見えます。こちらの奥付では,店主の名前の表記が 「谷口昇次郎」 になってますが,住所が同じで管系の楽器を扱ってるんだからこの二名,同一人物(おそらく後者の表記が正しい)と考えて,ほぼ間違いないと思われます。
  商標 「S.T」 の由来は,店主の名前 Shoujirou Taniguchi だと思われるのですが,主催する音楽クラブが 「ノボル楽友会」 なので,お店の名前の読みは 「たにぐちしょうてん」 ではなく,「たにぐちのぼるみせ」 なんじゃないか(w)とも考えてしまい,少し悩みのタネとなっております(w)。 奥付の記載から推してこの 「ノボル楽友会」 というのは和倉古泉という人が代表ではじめた,谷口昇店主催の音楽クラブのようです。「谷口昇店」の「昇」にあやかり,笛のウデマエぐんぐんあがるぞ!-----みたいなもの。するとやっぱり店名は 「たにぐちしょうてん」 でいいンじゃないかな。(ww)

  ただし『大阪商工名録』(大11)では,住所が同じで店主の名前が 「谷口昇」 になっています。このあたりになると,これが同一人物なのか(昇の後を書き損じたとか),あるいは店の名前にちなんだ血族が継いだとかなのか,ちょっとあやしくなってきますね。

  うちで扱うのは確かハジメテだったと思いますが,このラベルの貼られた明笛は,古物ではよく見かけるものなので,当時としてはけっこうな大手の笛メーカーだったのだと思いますよ。

  管の保存状態は比較的良く,歌口にも内塗りにもほとんどイタミがないので,笛としてはこのままでもじゅうぶん使用可能なくらいですが,上の画像にもあるように,頭飾りがネズミに齧られまくって穴があいてるのと,お尻飾りがなくなってます。

  んでは修理。

  まずは頭飾りの穴を埋めましょう。

  アクリル絵の具でそれっぽい色を作り,これをエポキに混ぜて,エグレやら穴ポコに充填。硬化後に整形して磨くと----うむ,透明のままでも良かったかな(汗)。 じっくり見れば多少は気になりますが,まあ補修痕ですから,あるていど分かってしまうほうが後世のためはにいいかもしれません。

  お尻飾りのほうは,例によってブナのパイプを削りましす。
  いつもだと白く塗るところですが,今回は頭飾りに合わせて黒塗り。

  中国の笛子ではいまもこうしたお飾りは,頭のもお尻のも,ほとんど管本体と同じくらいの径のパイプ状のものがついてるくらい,古式の国産明笛でもこの部分はそんなに広がってませんが,明治末から大正期になってくると,ここがより装飾的になって,頭飾りはこのように,いかにもというような 「ラッパ状」 になり,その根元の部分にもハタ坊のオデンとか五輪の塔みたいな凸凹のデザインがつき,やや派手なものが多くなってきます。
  ただ,こうしてデザインを派手にすると,そのぶん大きく重くなるので,ただの筒状のものにくらべ,取付けの安定が悪くなってきます。もともと数ミリしかない竹肉の,それも丈夫な表層の部分を削って,少し柔らかい竹肉の部分にさしこんでいるのですから,強度上の心配も出てくるんですね。ただでさえ,よくはずれてなくなっちゃってることの多い部品ですが,これがさらになくなりやすくなるというあたり。

  しかしながら----ふむなるほど。 こうやってお飾りの接合部の際に凸を作った場合,接合面が少し大きくなってお飾りが安定しますし,管につける段差の削りも薄くて済む。その上,このラッパ部分の根元は管の太さにあまり影響されないので,より末広がりにデザインできるんですね----これはおぼえておこう。

  管のほうは外がわをきれいにぬぐい,あとは内壁,歌口から響き孔の底あたりに少しイタミがありましたので,そこを中心に管内を軽く保護塗り----うむ,比較的ラクに終わりました。
  音は典型的な大正期のドレミ明笛ですね。

 口 ●●●●●● 合/六 B-C
 口 ●●●●●○ 四/五 C#+45
 口 ●●●●○○  Eb+20
 口 ●●●○●○  F-10
 口 ●●○○●○  G-25
 口 ●○○○●○  A-10
 口 ○●●○●○  B
 (口は歌口,●閉鎖,○開放)

  庵主のウデでは(そういえば笛の場合は何と言うのだろう?),全閉鎖と一指あけが多少安定しませんでした。歌口と響き孔のあたりを少し塗りなおした影響だったかもしれません。後で吹いてくれた方の話だと,●●●●●● でC,●●●●●○ でDがだいたいちゃんと出るよ~とのこと,それでも2・3音目は少しだけ低くなるようです。
  呂音での最高は ○○●●●● で出た6C-10ですが,かなり不安定。

  この笛の修理と試奏を通じて分かったことがもう一つ。

  うちにある明笛だと,「上=ド」 としたとき,西洋音階に近いドレミを吹こうと思うと,「ファ」が ●○○ ○●○ (ミの運指)の6孔(左端)半あけになります。

  この半音を出す「半あけ」は丸い孔のほうがやりやすい。

  「半あけ」とはいうものの,べつだん指孔をきっちり半分あければ半音になるかと言えばそういうわけでもなく(庵主は当初,本気でそう信じてましたw)。 実際には図左のように,わずかにスキマをあけるくらいです。
  古いタイプの明笛は,歌口も指孔も棗核型。さらに丸穴タイプのものに比べるとかなり小さめです。 慣れてしまえば出来ないことではありませんが,丸孔に近いもののほうが間違いなくやりやすいのですね。逆に考えますと----

  ・棗核型の笛は基本,半音の技法をあまり使わない笛。

  ・丸孔型の笛は半音の音階もふつうに使う笛。

  ----ということが言えるのじゃないかと。
  実際,日本の清楽の楽譜には,半音を示す記号はありませんし(中国の工尺譜では 「上/下」 等の付号で表すことがある),基本的には長音だけで,中間的な推移音なども用いられませんから,必要ないわけですね。

  そこからさらに論理を延長して行きますと。

  指孔が丸に近い明笛は 「半音の必要な音楽」 をやるために改造と言うか進化したものだ,とも言えるわけですね。

  この変遷がいつごろからはじまり,最終的にはどうなったのか。
  もうすこしで分かりそうな気がします。





  さて,39号よりは多少サビれて見えたものの,40号も外見的にはさほどキタなくもなく。
  管のあちこちに小さな虫食い穴がちらちらと見えはしますが,持った感じ,まあ大丈夫だろうというくらい。

  内がわに少しホコリがついてましたので,とりあえずこれをキレイにしてやろうと露切りを通しましたところ……あれ?……なんかバサっと落ちてきたよ…内がわの塗りが。
  管尻を下にして,コンコンと軽く作業台にうちつけましたところ………モサっと落ちてきましたよ……粉が。

  ……うっぎゃああああっ!

  虫に食われてました----ちょうど内塗りの薄い塗膜の下,竹のやわらかい肉のあたりが,そりゃもう縦横無尽に食われまくってます!!


  食害部分を除いて内部を均すため,丸材に紙ヤスリをつけた即席のガリ棒で内部を削ったところ,まあ出るわ出るわ,笛がなくなるんじゃないかと思うくらいの量の竹の粉が。
  棒引き抜くたびに舞い散るホコリ----さすがに家の中では出来ないので,ベランダとか公園で作業してました。

  古物の竹笛を修理した人の記事で,同じように虫に食われた笛があって,握ったらクシャっと潰れた,なんていうのを読んだことがあります……今回,こりゃさすがにダメかなあ,とも思ったんですが,虫が食いまくったのは見事に塗膜の下の一定の領域のみ,食われ方がだいたい平均していたのと,小さな侵入孔は無数にあいてるものの,外がわのカタい部分にはほとんど被害がありません。

  ふむ……もしかしたら,あんがい,直るかもしれませんね(w)。
  とにかくダメもと。これもチャレンジと思ってやってみましょう!


  この笛には二つ問題がありました。


  ひとつはこの虫害ですが,もうひとつは歌口の工作不良です。

  もともとあいてた位置が,管の中心線から若干ズレてしまっていたようです。
  ちょっと大げさに描くと図のような感じですね----これによって,笛を鳴らすのに大切な,歌口前後(クチビルを当てるほうとその向かいがわ)周縁部の角がうまく合わなくなっており,いまいち良く鳴ってくれないんです。
  オリジナルでは手前(くちびるがわ)の縁が,図よりもう少し斜めで,内がわの角がほとんどなくなっちゃってました。

  歌口が駄目な笛は,基本ゴミにしかなりませんが,大正期のものであろうとはいえ貴重な資料です。なんとか直して吹いてみたいもの。

  基本的には,孔をいちど埋めて,正しい位置と角度であけなおせばいいわけなんですが,まあこの手の笛では,あまりやる人はいないようですね。
  今回の修理には,こんな材料を使います----

  粉……粉ですね。
  ちょっと固まりもありますが,かなり微細な粉です。
  いえ,ある意味 「ヤバい」 かもしれませんが,ヤバい成分はたぶん含まれてません。(w)
  質感的に砥粉に似てますが,砥粉ではありません。

  これはなにかと言いますと----竹の粉なんですね。
  以前,修理の材料として煤竹の端材を何本か買ったことがあったんですが,その一本が虫にやられてまして,一部が内外の皮一枚を残してすっかり食われてしまっていました----そこから出てきたのがけっこうな量のカタマリ。 触った感じはカタかったんですが,指先でつぶすとモロモロと砕け,たちまち細かな粒子になりました。

  通常こうした修理には,同材かなるべく近い材料を用いるのが良いとされています。

  しかし竹の場合,繊維が丈夫過ぎて,直線状,繊維に沿った形での単純な埋め込みなどの場合は良いのですが,複雑なもの細かい作業の補修材としては不向きです。しかも同じ理由で,そのまま粉砕してもボサボサとした細かな繊維状になるだけ,充填補修の骨材などとしても使いにくい。
  一方----これは虫の体内を通過してますが,もとは紛うことなく竹だったもの。
  しかも紙ヤスリなどで擦って作った竹の粉末などに比べはるかに微細で使いやすくなってます。 作業の前にいくつか実験してみましたが,ニカワやエポキと合わせてみた場合,やや硬くモロいものの,固化後の強度や切削感も,竹にかなり近いものとなりました。

  今回はこれをパテの骨材として使用しています。
  まずは歌口と虫食い穴は,この竹粉をエポキで練ったものでふさいでしまいます。
  虫食い穴は孔のところに盛ったあと,針の先などで一個一個中に押し込みます----けっこうな数,ありましたよ。
  歌口は一度ふさいだ後,硬化後に表裏を均し,本来あるべき中心の位置と角度で孔を開けなおしました。あとでぞんぶんに調整ができるよう,この時点ではすこし小さめの棗核型にしておきます。

  つぎに,おなじものをカシューで練って,管の内がわに残った虫食い痕を塗りこめます。削って均しはしましたが,こまかい溝があちこちにのこってしまっていますし,削ったことで管の内径が広がってしまってるわけですから,その補充も兼ねてるわけます。
  まあもっとも----「元通り」の内径にまで厚盛するわけにはいきませんが。

  エポキで練ったパテにくらべると硬化するまでの時間が長いのですが,まあこの時期,ほかにさしたる修理楽器もありませんでしたので,のんびりやってゆきました。
  尺八なんかでも似たようなことをするそうですが,この作業,けっこうタイヘンですね。
  管の内がわの,思うところにパテを落とし,それを均して広げる----管は細いですから,とうぜん見ながら,なんてことはムリ。棒にだいたいの寸法を刻んだりしながらあとは手先指先の感覚で……なんですが。パテを持ってゆきたいところの手前に落ちちゃったり行き過ぎたり。なかなか思うようにはいきません。

  途中,表面の均しをまじえながら,3~4回に分けてけっこうな量を盛り,二週間きっちり乾かし,虫食い痕がぜんぶ埋まったのを確認したところで磨き,カシューだけで内外に仕上げの上塗りを2度ほど。

  吹いてみました。
  音が,出ました!

  おおおぅ……あの虫食いだらけの不良品が…スカスカだったあのシロモノが。
  笛に,もどりましたよ。
  意外にいい音,しかも吹きやすいです。
  音のほうはおそらく,竹の柔らかい部分がほとんどなくなって,管の主要部分がほとんど硬い外皮層だけになっちゃってるからでしょうね。雅楽の笛などは,割り竹の外皮のがわを内がわに向けて筒にするそうですが,あれと同じような感じになってるのでしょう。

  歌口の再生もうまくいったようです。
  竹よりモロいだろうな,と思われたので,仕上げ塗りのとき,パテ盛り部分を中心に,少しカシューを多く重ね塗りしました。調律と調整で,少し削りましたが,通常の使用では強度的にも問題はないようです。
  埋めなおしたのが分かっちゃう感じなので,外面的には多少ヨロしくないかもしれませんが,音が出るのに越したことはないですし。

  内がわをかなり削ってしまっているので,この笛の実測音は,資料としてはあまり参考になりませんが----

 口 ●●●●●● 合/六 B
 口 ●●●●●○ 四/五 C#-10
 口 ●●●●○○  D-Eb
 口 ●●●○●○  E
 口 ●●○○●○  F#-5
 口 ●○○○●○  G#-5
 口 ○●●○●○  A-Bb
 (口は歌口,●閉鎖,○開放)

  計測すると多少波瀾な音階ですが,耳で聞くとけっこうまともなドレミになっています。全閉鎖Bだから古管に近い音階ですね。
  状態が状態だったので,製作当初の音階がどうだったのかは不明ですが,これはこれで偽似的に古管の明笛の代用品として使えるんじゃないでしょうか?
  すでに書いたとおり,音の響きは美しく,比較的吹きやすい笛ですんで,月琴の伴奏にはよさそうですね。

  こっちは頭飾りがブナパイプ。
  オボえたてのテクを使って,ラッパ広がりを強調したら,ちょっと細めになっちゃいましたが,まあこんなものでしょう。
  アクリルで色づけ,磨いてニスで保護塗りです。




  さて,37号の詰め物は後補だったのでスッポンと抜けて,詰まってた新聞紙から存在の上限,すなわちそのモノがいつごろには確実にあったのか,ということが分かりましたが,40号の詰め物はオリジナル。修理のため取り除かなきゃならなかったのですが,これがなかなかガンジョウで。かなりグリグリやっちまったため,ほぐしても大きなカタマリがあまりありません。

  なんとか使えそうなのはこのあたりくらいで…まあ正直,真ん中の一枚だけですかね。
  片がわに淋病の薬の広告。その裏に,たぶん雑誌の内容広告だと思うんですが……人名がいくつか見えます。
  「橋爪めぐみ」「白石實三」「井上康文」の名が読み取れました。
  「橋爪めぐみ」と「白石實三」は小説家,「井上康文」は詩人ですね。ともに大正時代,婦人雑誌の類によくのっていた人々のようです。
  この断片の内容にぴったり合うような雑誌記事目録には到りませんでしたが,『令女界』とか『婦人雑誌』とかで,この三人が同時に活躍していた時期を探すと,だいたい1923年前後のようです。
  おそらくはそのあたり,大正10年代のはじめのほうが,この2本の笛の作られた時代ではないかと考えられます----まあ虫に食われまくってた保存の悪さは置いといて,意外と新しかったですねえ。


(つづく)

明笛について(19) 明笛37号

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斗酒庵 明笛を調べる の巻明笛について(19) 明笛37号 

  今回の笛 37号は,頭飾りがない状態で,長さが50センチを越えています。
  明治~大正期の標準的な明笛だと,竹管の部分は40から45センチというところで,少しではありますが長いわけですね。

  しかも,頭部先端にはこのような加工痕……ここはもともと頭飾りを付けるのに,削って段にしてあるところですが,これはまあどう見てもオリジナルの工作ではありますまい。

  古式の明笛はふつう,この歌口から頭飾りまでの間が,明治期の標準的な明笛よりかなり長くなっています。おそらくは古式の明笛を,何らかの故障かあるいは改修のために切り詰めたものなのではないかと考えられます。
  最低でもあと2~3センチは長かったんじゃないかな?
  通常だと考えられない工作ですが,ぶつけて折れたとかヒビが入ったとか,あるいは管頭の詰め物がどうかなったんじゃないかと考えます。
  どれかと言われれば庵主,原因としては後者を推しますね。というのも----

  管頭の詰め物が替えられています。



  詰め物は,管尻のほうから棒ッこでつついたら,比較的かんたんにポロリと出てきちゃいました。
  出てきたのは新聞紙----国産の明笛の詰め物としてはふつうですが,通常はもっと硬く圧縮されてるものですし,反射壁になってた部分に塗料も着いていません。 つまりこの詰め物は,なんらかの原因で交換された後補のもの。それもキチンとした修理工作としてではなく,あくまで「仮」に,って感じでつめこまれたモノではなかったかと考えます。

  さて,以前この詰め物にされてた紙から笛の製作時期が分かったことがあるのですが,今回は,ちょうどまあ日付の部分が切れてて,ここから直接には分かりません。 また上に書いたように,今回のはオリジナルの材料ではなく,あとで誰かが詰め込んだものと想像されますが,まずこの新聞の年代が分からないと,この笛の存在の上限が分からないですからね。 なんとか読み解いていきましょか。

  手がかり1は左がわの紙。
  諸物価推移の表がありました。今も新聞に載ってますね「バナナ,190円。アジ,60円」ていう標準物価が並べてあるやつ。この記事内容から推してこの新聞は,「価」 が旧字体で 「日本橋区」 に魚河岸があった時代のものと思われます。 また,日本橋区の物価が載ってるのですから,これは東京版,いま東京の魚河岸は築地ですが,これが日本橋から移転したのは関東大震災の後。ということは,関東大震災の前,ということですな。



  手がかり2は中央のピース。「闘球盤」の広告----あ,これ 「昭和天皇が夢中になったまぼろしのゲーム」 って,ちょとまえに話題になったやつだ!----「カロム」 「クラキノール」 ってのだね。発売元は 「大一商会」 とあります。

  手がかり3,右端の紙は二つに折られていまして,開いたら 「『妊娠図解と安産法』〓村与野子(1字不明),河原林須賀子合著,有文堂」 という書籍広告が出てきました。 この本,国会図書館の検索では見つからなかったんですが,「成田山仏教図書館蔵書目録」に所蔵あり(w…なぜ?)それによれば発行は1915(大正4)年だそうです。

  ふむ…つまりこの楽器は,少なくとも大正4年には,壊れたか修理(?)された状態で存在していた,ということになるわけですね。


  明笛は清楽器の中でいちばん最後まで命脈を保った楽器で,大正時代に入ってもまだけっこうさかんに作られていました。そのころのデザインと思われる楽器を2~3のメーカーさんがいまだに作っています。
  これに対し,古いタイプの長い明笛が作られていたのは,明治の20~30年代までではなかったかと推測されます。

  もっとも清楽が一般的でなくなった後も,楽器屋さんに頼めば,古いカタチで作ってもらえたろうことは想像に難くありません。昭和10年の 『工業・手工・作業・実習用材料-木・竹編-』(小泉吉兵衛) の写真(右画像)にも,そういう古いタイプの明笛が写っております。

  当初明笛は,中国笛子そのままの南京笛タイプのものと,頭尻の飾りが大きく補強の糸巻きのない,のちに一般的となるタイプの2種類で,調子は全閉鎖Bb(間違ってもBあたり)一つしかなかったと思われますが,明治に入ってからは清楽で使っていたものに比べると短く音もやや高い,全閉鎖C,すなわちドレミに近い調子の新しいタイプのものが生まれ,主流となっていきました。
  長原春田が 『明笛和楽独習之栞』(明39) を出したころには,まだ旧来の音長の笛が多かったらしく,彼は運指と符号の関係を変更することで,西洋のものに近い音階で曲を記譜しており,明治24年に出された『明笛尺八独習』(音楽独習全書 津田峰子)も全閉鎖を 「凡」 とする (ふつうは「合」) 同様の運指法を採用しています。明笛の改造はおそらくこの前後あたりごろから始まったものではないかと,庵主は考えております。

  歌口・響孔・指孔以外の飾り孔がなかったりするものもありますし,孔の形状が篠笛に近づき,やや大きく,円形に近くなっていることもあります。また,管頭の飾りがデザイン的にやたら派手なモノになってることもあります。
  あとは「塗り」ですね。初期,とくに唐渡りのようなのものは管の内がわがほとんど塗られていません。中国笛子は現在でもそうで,この管内をウルシで塗りこめるってのは,日本産の笛である確立が高いのです。国産初期のものも内塗りは薄く,ほとんど塗膜になっていないことがあります。

  さて,そこであらためて37号を観察いたしますと。

  管がもっと長かったろう,ということはすでに述べましたが,歌口,指孔,飾り孔,いづれも小さく棗核型。内塗り加工はされてはいますが,ほとんど塗膜は見えず,どちらかといえば 「(保護のため)塗料をしませた」 とか 「色をつけた」 だけという感じがします。
  加工痕から考えて,江戸時代の作,って感じじゃありませんが,少なくとも明治初期の作じゃないかとは思いますよ。
  それが折れたか壊れたかしてほおってあったのを,何十年後かに子供か孫あたりが見つけて,それっぽく「直して」吹いてみたのかもしれません。

  修理はまず管頭に入れる詰め物を作るところから。

  ワインのコルク栓を削って和紙でくるんだのが,このところのお気に入りです。
  べつだんオリジナルと同じように新聞紙だったり,和紙の丸めたのをつめこむのでもいいのですが,内塗りの薄い笛の場合,紙だけだと反射壁になる部分の耐久性が多少心配ですし,いざ塗ってしまう場合でも,紙だけの場合より塗料を吸わないので手間も減るし経済的なのですね。

  次に,ここにお飾りをつけるため,前修理者がテキトウに削った管頭の先端を,きれいな段差に整形します。
  管頭のラッパ飾りは,いつものようにブナのパイプで作成。しかしながら----


  削りなおした部分が薄くなりすぎちゃって……ほかの作業やってるうちにポッキリ逝っちゃいました(^_^;)----急遽接合法を再検討----お飾りのほうに丸棒を挿して凸にする方法に変更しました。
  江戸時代の明笛で,同様にしていた例を見たことがあるので,まあよろしいかと。

  せっかくなので,ついでにちょっと悪戯を----
  自作の明笛で実験済み。太清堂から教わった,小型響き線を仕込みます。
  折れたか割れたかで短くなってる,とはいっても,いまだ唄口から先端まで10センチくらいの空間があります。内径も10ミリ以上あるので,仕込むにはじゅうぶんのスぺース。

  演奏音に大した影響はないんですが,吹いてると,自分に返ってくる音に独特の金属的余韻がかすかに聞こえて,なかなかにキモチがいいンですよ。(w)

  内塗りは保護程度に,カシューの透を軽く2度ばかり流しました。
  管頭の飾りは,管尻のオリジナル飾りに色合いを似せてアクリルで塗装,水性ニスで表面を保護塗りして仕上げます。遠めにはまあ,分かりますまい。

  2015年1月。
  明治の古式明笛の貴重な1本,明笛37号,修理完了です!

  修理直後の試奏で,全閉鎖4Bb,呂音の最高は ○●● ●●● で5Bb,どちらも最大で0から+30~40%の範囲。四が5C+37,乙=5D+10,上=5Eb+35,尺=5F+35,工=5G+30,凡=5A+20
  かなりそろっているうえ,テッペキの清楽音階ですた。

  今回は庵主自身のほか,長崎の竹原さんにも計測をお願いしました。
  何度も書いてますように庵主,吹く楽器とコスる楽器はニガテですからね,自分のだけだとイマイチ信用がナイ(w)。
  竹原さんによる実測は以下----

b-20b+20-40-10

  プラスマイナスの表示がない所は,標準的な運指(過去記事参照)でだいたいピッタリに音階を吹き出せたところ。うん,ちゃんと吹ける人が吹いても,「工」がちょっと低いくらいで,庵主の採ったデータともあまり酷い乖離はなかったぞ。よかったよかった(w)
  「上」は ●●● ○○○,「工」は ●○○ ○○○,「凡」は全開放 ○○○ ○○○ のほうがほぼピッタリになったそうです。

  上にも書きましたが,明笛は清楽々器の中でいちばん長く作られ続けた楽器なので,その数も多いのですが,古物でよく見かけるのは,明治末から大正・昭和にかけて作られた全閉鎖Cの新型のものがほとんどで,こういう古いタイプの楽器にはなかなかお目にかかれません。 庵主自身が扱ったことのあるのも,このシリーズの(11)で紹介した31号と(16)の36号,そしてこの37号でようやく3本めです。
  何度も書いているようにこの楽器は清楽の基音楽器。その音階の解析は音楽全体を解き明かす上での大切な資料になります。こればっかりは,文献でどうだった,音楽理論ではこうのはずだ,といくら喚いたところで,実測データにはかないませんからね。(w)

  偶然とはいえ,出遭えたことに,感謝!


(つづく)

明笛の作りかた(4)-清楽の音階について

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斗酒庵 明笛を調べる の巻明笛について(18)- 明笛を作らう!(4)

STEP4 どんなふうに作らう?(4 完成篇)


  カシューでの塗りが終わったら,1~2週間ほど乾燥させたあと,亜麻仁油を染ませたShinex(#1000相当)で軽く均します。
  擦る,というよりは何度も何度も軽く「ぬぐう」って感じですかね。もともと「保護塗り」ていどのもので,塗膜は厚くありませんので注意してやってください。

  内がわも棒の先にShinexくくりつけたのをつっこんで同様に,こっちは多少乱暴でも大丈夫。製作中のホコリとか固まっちゃったりしますから,そのあたりは削って均しましょう。


  外がわの仕上げは和紙で擦ります。

  きめの細かな柔らかい和紙を少し揉んで,それで筒をくるんで往復。こちらも「磨く」というよりゃ「ぬぐう」感覚で,気楽に時間かけてやってやってください。漆器の仕上げとおんなじ。油落しと磨きの両方兼ねてますね。



STEP5 そして 「清楽の音階の結論」(仮)

  さて,できあがった笛で,いよいよ測定です。
  よく引かれる大塚寅蔵『明清楽独まなび』(明42)の対応表にある音階,同時に修理していた明笛36号,もう一本の古式明笛31号の結果もいっしょにご覧ください。
  明笛の運指は修理報告でいままであげてきたのと同様です。
  36号から先については,明笛で筒音を決める歌口-裏孔間,指孔の配置など,平面的な寸法はほぼ同じですが,はてさて----

31号2-4(長)2-7(龍頭)2-5(短黒)2-6(短白)36号
#/Bb4Bb+104Bb-404Bb-204Bb-174Bb±24B-5
5C-304B+55C-355C-395C-405C#-30
5C#+145C#-455C#+285C#+355C#+305D-15
#b5Eb-205D5Eb-265D+455Eb-235E-20
5F-205E5E+335E+325F-385F#-30
5G-305F#-305F#+335F#+155F#+195G#-25
5A-55G#-455G#5G#+205G#-195Bb-30

  31号がだいたい寅蔵の対応表に一致していますね。
  2-4が少々低くなっちゃいました。今回作った4本と31号はだいたい同じくらい~やや太めといった感じですが,2-4だけちょっと太すぎたかな?2-6の「尺」は材の曲がりの関係で,こんなんなっちゃってるみたいです。なのでこのピンクのあたりはあまり信用できない数値かと。(^_^;)


  36号,寸法は四竃訥治の本にあったのとほぼ一致していたんですが,全体にほかより半音高いですね。
  平面的な寸法は自作明笛とほぼ同じですが,この一本だけ通常の笛竹でなく,煤竹で作られています。材料の関係で内径が最小1センチあるかないかのため,半音高くなっちゃったんでしょうねえ。古式明笛ではありますが,数値としては音と音の間の関係を参考とするくらいにしか使えません。


  これは "Transactions of the Asiatic Society of Japan (1891)" に見えるC.G.Knott "REMARKS ON JAPANESE MUSICAL SCALES." にある,明治時代の月琴の音階の測定表。西洋音階のドを振動数300とした場合の比較で,「Chinese」は当時の中国製月琴(唐渡り),「Nagahara」は長原社中(大阪派)で使われていた月琴,「Keian」は東京派の流祖・鏑木渓庵自作の月琴です。
  どれもそれぞれたった一つの楽器による比較なので,これだけではそれぞれの流派,そして唐物と国産月琴で違いがあったという証拠にはなりませんし,月琴の全音階ではなく,低音弦のみの音階なので「シ(乙)」の音の測定値がないなど問題がありますが,明治時代の月琴の実音測定資料としては貴重なデータです。

  清楽にも「排簫(はいしょう)」という,バグパイプ状の音律笛が,いちおうあることになってはいるのですが,これは明楽のものをそのまま取り込んだもので,通俗音楽である清楽には元来関係のない楽器です。またその生産数も少なく,これが実際に,調音笛として使用されることはまずなかったと考えられます。
  そこからも月琴の作者はフレット位置の調整を,身近な明笛に合せてやっていたと考えられます。Knott の記録は残念ながら不完全だし,低音弦のみの音階であるため,高音域の音階の数値がいささかアテにはなりません。そこでいままでやってきた月琴の修理記録のなかから,低音弦の開放弦上=4Cとした場合の,1~6フレット(尺~六)のオリジナル位置での音と,高音弦の2フレット目,すなわち「乙」の音の部分を抜き出し,Knott の表に倣った,擬似的な7音階の羅列としてみましょう----


器体名合(六)四(五)
清音斎(唐物)4C4D+54E-344F#-474G+234A-24B-49
月琴14号(玉華斎 唐物)4C4D-104Eb+214F+214G-114A-394Bb+18
月琴23号(不明 唐物)4C4D+44E-214F+204G+364A+44B-31
月琴13号(石村義重 東)
江戸期
4C4D-114E-124F+234G+284A+114B-18
L氏の月琴(倣製唐物)4C4D+74E-224F4G-44A-184B-44
月琴25号(倣製唐物)4C4D+194E-224F+294G+294A+134B-41
KS月琴(石田不識 東)4C4D+194E-54F+224G+214A+174B-14
月琴18号(唐木屋 東)4C4D4E-304F+74G+114A-54B-40
月琴19号(山田楽器店 東)4C4D+114E-224F-74G+254A+154B-24
月琴33号(松音斎 西)4C4D+24E-254F+24G-174A+24B-43
月琴30号(松琴斎 西)4C4D+184E-174F+194G+34A+64B-35
月琴22号(鶴寿堂 西)4C4D+344E-224F+154G+204A+74B-32

  いささか色キチガイ的表ですが----(w)
  色分けされた楽器はそれぞれ,中国製の古渡り唐物月琴,次にそれを真似た初期の倣製月琴。
  そして関東で作られた国産月琴。明治の東京では渓派の勢力が強く,石田不識(初)は鏑木渓庵の弟子,その楽器は製作者でもあった渓庵の月琴の影響を受けていると考えられます。ほか2器は当時の大メーカー,山田楽器店などはかなりの数を作っています。おそらく万に届くくらいでしょうね。
  ついで関西で作られた国産月琴。松音斎の住所は不明ですが,5千近い数をこなした月琴界のイチロー。その影響が松琴斎の楽器に見られることから同じ大坂の作家だと考えられます。鶴寿堂は芸能の盛んだった名古屋の作家。西方面は連山派の影響が強く,その楽器はトラディッショナルなデザインのものが多く,関東のものに比べると寸法上は唐物にやや近い。東京で渓派と拮抗していた長原梅園・春田の派閥,Knott 書くところの「長原社中」は連山派を踏襲してますが,楽器などにはさほどきまりはなかったようです。

  「工」と「乙」の音が大体平均して低くなっているのが分かりますよね。

  「工」のほうは20%ほど,「乙」は半音ちかく低くなっています。一番先にあげた笛の表でも,寅蔵は「工」を「G」とするのに対し,31号が30%,自作明笛のほとんどは半音ちょっと低くなってます。「乙」も寅蔵はDとしていますが,こちらは31号も自作明笛もC#すなわち半音以上低いわけです。

合(六)四(五)
大塚寅蔵表#/Eb#/Bb
明笛31号音階5Eb-205F-205G-305A-54Bb+105C-305C#+14

  またこうした月琴のオリジナルフレット位置による音階との類似性から,明笛では31号と自作3本の音階を平均したあたり,寅蔵の表より全体にやや低め,とくに「工」と「乙」をそれぞれ上記のくらい下げたあたりが,清楽でよく使われていた音階の標準に近いのではなかろうかと,庵主は考えます。

  いやあ足かけ3年以上,月琴も明笛も30本以上扱ってきましたが,ようやく結論っぽいとこにとうたつできたかなあ?


(つづく)

明笛の作りかた(3)

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斗酒庵 明笛を調べる の巻明笛について(17)- 明笛を作らう!(3)

STEP3 どんなふうに作らう?(3 形成篇)

  さて実のところ,ただ 「笛を作る」 というだけならば,竹ざッぽを筒にして孔あけた段階でオシマイ----でも,イイみたいなものなんですが。(w)
  せっかくですので,きちんとカタチにいたしましょう。
  明笛には頭尾に飾りがついています。材質はだいたい骨,高いもので象牙。牛角や玉石を使ったり,表面にベッコウを巻いたりしたのも見たことがありますね。
  庵主も,骨材の良いのが手に入るなら骨で作ってみたいものなんですが,いまのところ入手方法もよく分からないので,とりあえずは得意な木を削って作っています。修理明笛の場合は,表面に胡粉を塗ったり,アクリル塗料で補彩して骨っぽい白色にすることが多いんですが,自作明笛の場合は染めます。
  実際,この飾り部分を唐木や染め木で作った楽器もけっこうありました。振り返ってみると,ここが木で出来てる笛には,骨のと比べるとよりシブくて,なぜか作りのいい笛が多かったように思いますねえ。最初に作った明笛が25号のコピーだったこともあり,庵主,この部品を作るのは,キライじゃないですねえ。

  お飾り部分を作る前に,笛本体の加工を済ませてしまいましょう。管の両端を削って凸にします。
  接着しちゃうんで,そんなに幅広でなくてもいいです。5~7ミリってとこかな?
  深さは1ミリくらいあると嬉しいんですが,竹ってのはけっこう厚みがバラバラですから,まあ適当に。
  この部分はあとでそこそこ修整できますんで,はじめはそんなにきっちりやらなくてもいーです。

  あ,笛作るときはこういう台があると便利ですね。
  5センチ厚くらいの角材に,幅2センチくらいの凹をえぐっただけのシロモノなんですが。
  笛はふつう丸いもんなんで,ただ手で握っただけだとつるつる滑ったり,不意に回ったりしちゃいます。
  細かい仕上げや処理で,ちょっと固定したいときに,これがあるとすごくラクです。

  お飾りの材料はブナのパイプ材。DIYのでっかいとことか行くと¥200~300で売ってますね。
  庵主は月琴の糸巻きで百均のスダジイとか使ってるのもあって,この手のドングリ系広葉樹材がけっこう好きなんです。
  ただしかなりカタいんでカクゴしてください。(w)
  工作は内がわから,とにかくハマるまで孔を広げ続けます。
  もともとあいてる孔の直径は1センチくらい,最初のほうは糸鋸の歯を通したり,回し挽き鋸を突っ込んで四方八方にキズをつけ,リーマーでかン回してこそげます。ただ,うちのリーマーは18ミリまでしか削れないので,その後は半丸ヤスリとかヤスリ総動員ですね。
  ばんにゃーい!ハマったら外がわを整形。
  付けたまんまでイケるんならそのまま削り込んじゃってもいいです。でもまあ大概はユルくなっちゃいますね。竹自体真円じゃないですし,内がわ削るのはある意味盲仕事なもんで,工作もそんなに精密じゃありませんから。
  取り付けがユルい場合には,笛の凸のとこに和紙を貼り付けたりして調整します。

  ちょっと遊びで,こンなのも作ってみました。

  前にも書きましたが,明笛の別名を龍笛とも言います----まァ,本来の「龍笛」ってのは,宮廷音楽に使う笛で,俗音楽である清楽には関係のないものなんですがね。日本の雅楽の「龍笛」がどうだったのかは知りませんが,中国でこの笛が龍笛と呼ばれていた理由はカンタン。頭に龍がついてたから,なんですね。

  素材はツゲ。薩摩琵琶のバチ作った端材だというハナシのカタマリですが,白は混じってるは青筋はあるわで,材料としてはそんなに良質なものではありません。でもまあ,根付なんかこさえる木ですからね,こういう細工をするのにはうってつけです。

  龍の口には飾り紐が通せるようになっています。
  基本的なデザインは『楽書』にあった図を参考にしたんですが,元になった材料の寸法の関係で,首がずいぶん短くなっちゃいました。(w)
  このドラゴン・ヘッド,最初は短い2本(歌口-裏孔の寸法は同じ,携帯用として製作)のどっちかに付けようと思って作ったんですが,付けてみたら,吹く姿勢に構えると先っちょがほっぺたに刺さりやがんの。(w)

  明笛では,ほぼ意味もなく,歌口から管頭の先端までがやたらと長いんですが,あれはもしかすると,もともとはこの手のお飾りが付いていたせいなのかもしれません。 最初の失敗で分かったとおり,ここの間隔が短いと,あんまり派手なのは付けられないわけですからね。


STEP3 どんなふうに作らう?(4 染色・塗装篇)

  できあがったお飾りは表面をよーく磨いて,染めに入ります。

  まずは煮立たせたスオウ汁にどぷん。ただしあんまり熱いのに長く漬け込むと,水気と熱で変形しちゃいますからね。すこし冷ましたところで入れて,乾かしてはまた入れるのを二三回繰り返します。木目によって染まりの悪いところもあったりするので,そういうところは乾いてから筆でこまめに補彩してください。
  媒染はミョウバンでも重曹でもお好きなもので。重曹だとやや青みがちな赤,ミョウバンだとオレンジがかった赤色が得られます。今回はミョウバン媒染。いやなに,同じように水にミョウバン適当に入れて,沸かしたお湯をくぐらせただけですんで。

  生乾きのところで,二次媒染。オハグロ液をかけます。
  うちのハグロ液は古式製法で,ベンガラとヤシャブシの汁ベースに,お酢やら酒やらいろいろ入れて注ぎ足し注ぎ足し…もう5~6年モノにもなろうかというシロモノですが。染色の媒染というだけなら,草木染の補剤として手に入る 「木酢酸鉄」 を薄めたものでもいいですよ。
  上澄みになった液を筆で塗って,ラップかけて1時間ほど放置します。
  スオウのミョウバンとか重曹に対する反応はかなり劇的なんですが,こっちのは少しじっくり進みます。表面が乾いちゃうと反応が止まっちゃうようなので,ラップをかけて乾くのを遅らせるんですね。
  作業が終わったら干します。
  こうやって紐通してつるすのが,いちばん乾きが早い気がしますがどんなものでしょう?


  部品がそろったところで下塗りに入ります。
  塗りの手順としましては----

 1) まず,丸筆にカシューをたっぷりふくませ,歌口・指孔の底(管の内がわ)に塗料を置き,余った分で孔の壁面を塗ります。

 2) つぎに,細い棒の先にスポンジをくくりつけカシューをつけてつっこみ,回転させながら往復させて,管内にまんべんなく塗料を塗りまわします。

 3) 管の外がわを平筆で塗りたくり,布で拭き取ります。

  ----といったところ。本塗りもこの繰返しです。
  最初の塗りはやや薄めのカシュー(うすめ液1:塗料1くらい)を,たっぷり使い,全体に滲みこませるつもりで。そして乾燥期間をなるべく長くとって,きっちりと乾燥させてください。何度も書いてるように,カシューでの塗装はいちばん最初の下地が勝負どころ。ここでイラチするとたいがい失敗しますからねえ。(w)

  一度めの下塗りがカッチリ乾いたら表面処理です。孔をあける前に一度#400くらいまでは磨きこんでるんですが,塗装を施すとそのアラや磨き残しが浮かび上がってきます。この段階で処理しとかないと仕上げがキタなくなっちゃいますからね。1~2回目の塗りは所詮,下地固めとこの作業のためですんで,思い切って削り込みましょう。
  管内の塗りも,内がわを削ったカスとかがけっこう残ってたりしてガサガサになってたりします。これも棒に紙ヤスリ(耐水#1000くらい)付けたので,思い切って削って均してしまいましょう。

  下塗りが終わった段階,塗料が乾いたところで,管頭から詰め物を入れて歌口のところに反射壁を作ります。
  この位置,悩みましたねえ。なにせこの「反射壁」ってのの役割が何なのか,どっちに動かせばどうなるのか,てンで分かりません。たいていの笛自作サイトでは「音のいちばんいい所」とか「高音も低音もキレイに出るところ」っていうようなことが書かれてます。しかしながら,庵主は笛吹きじゃないんで,どういうのが「いい音」なのかが分かりません。そすっとこの手の記事,ほぼ無意味なわけですね。

  そもそも庵主は,これを入れて片方をふさいどかないと,横笛というものは鳴らないものなのだ,と,勝手に思っていました。

  しかしながら,ある日,指孔の調整とかするため,下塗りの終わった笛を,公園でとっかえひっかえしながら吹いててふと気が着いたんです。 「あれ,そういやこの笛,まだ詰め物してなかったんじゃ…」 それまでぜんぜん気がついてなかったんですが,実際管頭からノゾいてみたら,どれも向こうが見えました。(w)


  ああ,そうか----息の位置がズレると,管頭から歌口まで長さの一本調子の笛になっちゃうってだけで,ふつうに吹いてればこれでも吹けるんだ。
  ではまずこの「反射壁」ってのは----

  1) 歌口から開口部までの間でしか鳴らないようにするためのもの。

  ってわけですね。さらに色んなサイトの記事を参考にし,また笛作りしてる人に直接尋ねるなどした結果,

  2) 反射壁の位置でオクターブのピッチが変わる。

  ってことらしいです----くわしくは図説を(w)。
  要するに,筒音と1オクターブ上の音の波が,上手い具合に重なってくれるような場所が,反射壁の最適位置,ってことらしい。
  しかしながら……「筒音とオクターブ上の音が重なるように」って言われてもねェ。二つの音,同時に出せるわけじゃないし。(w)チューナーで測ってみた場合,筒音が4B+25 ならそのオクターブ上が,5B+25 に近くなるようにするってことかなあ?と思って,詰め物動かしてみたんだけど,歌口側に動かしても,管頭側に動かしても,測定値はあんまり変わらないんだよねえ。予想では歌口側に動かしゃ音が高くなり,管頭側に動かしゃ低くなると思ったんだけど,ぜんぜん変わんなかったり,予想と反対の結果になったり----すみません!正直まだよく分かりませぬ!

  過去の笛のデータを参考にしますと,管の長さや太さによって少し異なるようですが,この反射壁の位置ってのはだいたい歌口から3~5ミリのあたりってとこのようです。棒に印をつけ,そのどちらかでやってみて,その後,微調整。どの笛も結局,音色やらデータより「吹きやすさ」優先,音が出しやすくてなんとなくここらじゃないのかな~ってあたりで,なんとなくやりました----ううむけっきょく科学より経験則が優るという実例を作ってしもうた。あははははははははは

  詰め物はワインのコルク栓を削ったものと和紙で作ります。明治のころの明笛ですと,ふつうは新聞紙や反古を丸めたのがつっこんであることが多いんですが,紙だけだと塗料が染みこみすぎて,乾くのも遅いし,いささか壊れやすいんですね。
  まずは薄くて丈夫な和紙を,目を交差させて二枚重ねにし,水で濡らしてよく絞っておきます。 和紙を広げ,先に管の中に少しつっこんでおいてから,それでコルクの先端を包み込むようにしながら入れ込むと,きれいで平らな壁が出来ます。
  二三日置いて乾いたところで,位置とか問題がなければ,歌口から瞬間接着剤を垂らして固定。
  乾いたらユルくなっちゃったような場合は,詰め物を管頭から棒で歌口の辺りまで押し出し,濡らした和紙を小さく千切って,爪楊枝の先などでその側面に押し込み,調整します。

  詰め物が固定され,乾いたところで中塗りを開始。手順は下塗りと一緒,中塗りは二度ほどですが,いずれも間を三日ほどあけるのがベストです。
  管表は拭き漆仕上げ。塗料のほとんどを拭き取っちゃうので厚い塗膜は作りませんが,管内は塗りッぱで塗り重ねてますから,少し塗膜が出来ます。通常この管の内がわは朱漆なんかが塗られるんですが,柿渋で下色がついてることもあり,カシューの透だけでけっこう赤っぽく見えるようになりました。

 うむ,この塗料も,まだまだいろいろ可能性があるみたいですね。(カシューさん何かくださいw)


(つづく)

明笛について(16)

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斗酒庵 明笛を調べる の巻明笛・清笛-清楽の基本音階についての研究-(16) 明笛36号

STEP1 天から笛が降りましたぞえ


  さて,窮すれば通ずる,という言葉がありますが。
  今回の実験製作が始まってしばらくして,工房に一本の古い明笛がとどきました。
  ネオクで落とした明笛36号。
  頭尾のお飾りはなく,指孔のところバッキバキに割れてますが,管体だけでその長さ58.5センチ----間違いなく古いタイプの明笛ですね。

  このシリーズの第一回目で書いたように,庵主の手元にある,清楽に用いられた古いタイプの明笛の実物は,これまで31号しかありませんでした。
  実験製作を始めたのも,せめて文献から復元した楽器を使って,その比較対象としようと考えたからで,なんにせえ,いくら庵主がノラの研究者だとは言え 「たった一本の笛のデータ」 を基に,一時は全国で流行したような「清楽」という音楽分野の基本音階を語るなんてえことはやりかねます,ハイ。(w)

  実験製作も順調で,ここまでの過程だけでも,面白いことがあれこれと分かってきたと思ってますが。
  そこでこの2本目の古物明笛の到着。これぞまさしく天佑であります,ありがたや。

  かなり手ひどく壊れてますから,元通り音が出るところまで修理してやれるかどうかは分かりませんが,サイズ・寸法の詳細が得られるだけでもエラく助かります。なんせこれで,比較されるべきオリジナル・データが二倍になったわけですからね。
  古いタイプの清楽明笛の貴重な実物資料,ともあれ測定です。

  月琴と違い明笛の場合は形態が単純なので(まあ早い話ただの竹筒w),測定結果は図説にまとめたほうが分かりやすいですね。
  こまごまとは書きませんので,上画像をクリックで拡大してください。詳しい数値はそちらに。
  右画像は比較参照用,前回も載せた『清楽独習之友』の雛形(右)。現在製作中の自作明笛は,この文献上の寸法を基にしています。
  筒音を決める歌口-裏孔間は313ミリ,指孔の間隔はだいたい27ミリ,裏孔から第1孔までの間隔が40ミリ……うむ,窓ふたつ開いて比較してもらえると分かるんですが,36号,平面的な寸法は『清楽独習之友』の雛形にほぼぴったり符合しますな。
  ただかなり管が細いです。管尾のほうの内径がギリギリで約1センチ。
  材質は煤竹のようです。当初は染めたモノかな~と思ってたんですが,指孔のところの割れ目から見える断面の色が,染めた偽煤竹の色じゃなく本物の煤竹っぽい色でした。

  管頭部分は,31号よりさらに長いですね。
  さらにここ,空洞じゃなくって,中に何か詰まっています。
  もともとこの部分には,歌口のすぐ上のところに反射壁とするための和紙や新聞紙を丸めたのが詰め込まれますが,それは大体長さ1~3センチ程度のもので。それがこの36号では,管頭の端かなりギリギリのところまで何かが詰められております。開口部から内部をのぞくと何やら乾いた細かな繊維のカタマリが見えますね。前に買った「李朝花鳥横笛」の詰め物に似てるなあ。ワラや枯れ草の繊維を細かく細かく割いたようなものですね。
  見えてる部分はカサカサで軽そうですが,これはあくまでフタのようでして,謎の固く重たいものは,この奥に詰まっているようです。ハテサテ,ここになにか入れ込もうと考える人間が庵主以外にもいるとは思わなんだ。

  その「詰め物」のおかげで,この笛,やたらと重いのですね。吹く時のカウンターウェイトになってるのだとは思うんですが,ハイ,そのあたり実際のバランスなどは,直して吹いてみないと分かりませんね。

  内部は汚れまくり。ホコリが堆積していて塗りの具合も分かりません。そもそも塗ってあるのかどうか?
  何やらムシさんの巣だったようなカタマリや,繭の脱け殻みたいのまで一つならず見えますねえ。(^_^;)

  31号には 「乾隆乙卯(1780年)」 という年記が入っていましたが,こちらの笛には 「乾隆丙寅(1746年)」 と,またさらに古い年号が入ってます----アホたれ,こンなもん誰が信じるかい!(w) 理由・根拠はまあいくつもありますが,まずその筆頭は,ここに刻まれてる文句そのものです。管頭が 「清明時節雨紛紛…牧童遥指杏花邨」 指孔の左右が 「朝辞白帝彩雲間/千里江陵一日還」----

  ああイイねェ…杜牧 「清明」 に 李白 「早発白帝城」 かァ…なんて思ったそこのアナタは,ある意味,文人演奏家の資格ナシです。(www)
  前々世紀の文人ってヒトたちは,知識のゴンゲ。この手のことに関してはかなーりイヤミ(w)なんです。 こんな子供でも知ってる 「第一水準」 の漢詩 彫ったら,恥ずかしくって吹けやせンです。(w) しかもコレ,上の詩と下の詩に関連がない。単に有名な詩と,同じく有名な詩の一節をただ刻んだだけ----これはイタダケません,ダメ,ゼッタイ。 せめて上下を読んでしばらく考え,「…ああ。」 ( ̄ー ̄) ニヤーリ となるくらいのネタは,フツウに仕込んでくるんですよ,むかしの知識人てのは。

  次にその年記。そのこッ恥ずかしい杜牧「清明」に続けて 「乾隆丙寅年時唐菊月上浣日乃為/聚集唐古人〓 石生斎刻」 とあります。一字だけ読めませんでしたが,まず清朝の人なら 「唐菊月」「唐古人」 という言い方はしませんね。最大の理由は「そこを強調する必要が何もないから」,ですね。
  こりゃまあ,本物であることを強調しようとして,かえって失敗する。ヘタクソな詐欺師の実例ですな。
  江戸の職人さんなら,何か「ニセモノ」を作ろうってんでも,大抵は二ヒネりくらいは「見立て」を仕込んできます。 そりゃ一つには,そうしたほうがバレた時,粋な言い逃れが出来るからッてとこもあるんですが----このセンスのなさ----明治以降,薩摩とか長州属のおエラいさんが,どッか田舎から連れてきた職人さんあたりかなあ?(Dr.ヘンケン ww)

  以上のような理由(プッ)から,庵主はこれを唐物とも,年記どおりの古物ともモチロン考えず。
  明治期に日本で作られた明笛であろうと推測いたします。上にも書いたよう,唐物でなかろうことは上にもイヤミた通りですが,ほかたとえば清楽に手を出していたような江戸時代の知識層なら,清朝の知識層同様,まずこんな漢詩を彫った明笛は用いない,ということ。熊さん八つァんまで月琴に手ェ出してたような清楽の大流行期なら,これで逆に高く売れたでしょうねえ。(w) ただそれが明治半ばまでの早い時期のものなのか,逆に流行の盛りを過ぎてからのものなのかは,まだちょっと悩んでいます。

  さてこの笛を購入した最大の目的である寸法データの計測と収集は,修理前全景の画像にすべて書き込んでありますので,そちらをご覧ください。今までの例と比較して,寸法から推測されるこの笛の筒音は4Bですが,果たしてほんとにそう鳴るかどうかは不明です。またかなり手酷く割れてるので,修理が成功したとしても,完全に元通りの音が出るという保証はありません。まあそもそも,壊れる前の音を聞いているわけではないので,それが「元通りの音」なのかどうかすら分からないわけですが。(w)

  んではダメもとで修理に入ります。
  まずは割れている指孔の部分を,濡らして絞った新聞紙でくるみ,ラップをかけて半日ほど放置。


  水が滲みて,竹が少し柔らかくなったところで,パイプバンドで軽く締め付け,形を整えながら乾燥させます。
  一日ほど置くと,少し盛り上がってた割れ目が平らになり,幅もせまくなりました。

  昔ですとこれで割れ目をニカワで止めるか,ウルシを流し込んで接着,その後籐巻きして,ってとこでしょうが。
  現代には現代のやり方もあります。

  このごろよく使うなあ----と,お思いの方もいらっしゃるかもしれませんが,おなじみのエポキです。
  こいつの利点は,少量でも強力に接着されること,接着層が強固ながら弾力もあり,充填材としても使用できることですね。
  竹という素材は,繊維に沿ってだとたやすく割れちゃいますが,その硬さと強度は実のところ唐木なみなんです。割れた笛を,木工ボンドとかセメダインで何とかしようとした痕跡を何度か見てますが,大抵はまたすぐ,もしくは最初から失敗してますね。そのあたりの接着剤では竹の「力」や「硬さ」にはとても太刀打ちできません。


  エポキは2液タイプのを使います。庵主は硬化時間の長めの物が好きですが,まあ手先の素早さ等に自信がおありならなんでも良いでしょう。
  よく混ぜたエポキを,附属のヘラの代わりにクリヤーフォルダを切り刻んで作ったこの薄々ヘラに接着剤を取り,割れ目のスキマに差し込んではなすりつけるのを繰り返します。この方法だと,貫通している場合には,かなり狭い割れ目にでも接着剤を塗りこめますね。この接着剤は,接着面に確実についてさえいれば,多少幅が狭くともしっかりと接着されますから,この作業は硬化時間の許すかぎり,とにかく丁寧に,まんべんなく。
  とはいえ付けすぎはイケません。 「流し込む」 んじゃなく,あくまでも割れ目の破断面に 「塗りたくる」 感じで。 ニカワの接着で何べんも書いてきたように,木工における接着作業で最高の強度を得るためには,適量の接着剤とユルめの圧が最良なのです。 接着剤の量が少なければ着きが悪くてすぐハガれ,多ければ接着剤の層から割れ壊れる可能性が生じ,圧がゆるすぎれば着きが悪く,キツすぎれば材の余計なところに負担がかかって別の箇所が壊れたり,却って材の反発を招いてまた同じところから壊れたりということになります。
  破断面に接着剤がうまく行き渡ったら,再びパイプバンドでしめつけます。
  割れ目からにじゅるとハミる接着剤の具合を見ながら,上に書いたように接着に必要なていどの,適度の圧ってので---え,どのくらいかって?---聞かないでください。庵主にも答えられません。(w)

  用心のため二晩ほど置きます。
  その間に出来ることをやってしまいましょう。接着中なのは指孔部分なんで,笛の頭とお尻の部分には影響がありません。 頭尾の飾りを作ります。今回の材はツゲ。だいぶん以前に買い込んだ,薩摩琵琶のバチの端材ってのがまだけっこう残ってましたので,これを切り刻みなしょう。
  管頭のは,管に合うサイズの円柱を作って,その一方を凹に刳ります。管尾のほうは,サイコロ状の角材段階でまず真ん中にドリルで孔を貫通,リーマーとかヤスリで広げながら接合部とフィッティングします。うまくハマったところで外がわを削り,整形して完成。ツゲは目が細かいので,かなりの薄物でもこのとおり,何とかなりますね。

  養生終えて,パイプバンドをはずし,ハミでたエポキをこそげ落します。
  庵主はこの作業,深澤ヤスリさん特製の四面ヤスリの細かいほうでやりますが,ヤスリはごく軽く当てて,竹の繊維に対し必ず垂直に,一方向にしか動かしてはなりません。ゴシゴシ往復させると,余計なとこまで削れちゃったり,あるいはせっかく充填した,溝の中のエポキまでとれてきちゃったりしますからね。左作業前,右作業後です。仕上げはShinexの細かいほう。紙ヤスリだと平らに削れちゃうことがありますが,スポンジ系の研磨剤だと曲面にフィットしてほどよく均してくれます。
  第1-2,2-3孔間の割れ目は,ほぼ完璧に埋まりましたね。もともと細いものではありましたが,もうほとんど見えません。これに対し,3孔以降の割れ目は少し見えますが,この部分はもとがけっこう酷かったので,このあたりが限界といったところ。もとは割れた上に盛り上がってましたが,修理後は触ってもほとんど分からないくらいにはなっています。

  修理に先立ち,管の内部を清掃したところ,この笛には中国の笛子と同様,管内に塗りが施されていないことが分かりました。
  この笛の材料になっている煤竹というモノは,基本的には普通の竹よりずっと安定した素材ですが,やはり笛なんてモノにした場合は,この日本の気候の中ではかようなことになってしまうようです。(前回記事参照)
  そのバッキリ割れてたのを修理したこともありますし,多少もったいないのではありますが,修理部の保護と楽器の延命のため,内外に塗りを施すことにしました。といってももちろんベットリ塗りこめてしまうようなワケでなく,カシューの透きで,内がわを二三度,外がわをいわゆる拭き漆ていどに,ってあたりですが。
  これによりオリジナルの音よりはやや甲高くなるかと思いますが,まあ何度も書いてるとおり,そもそも壊れる前の音を聞いてないのだから,ある意味どうでもいいのかもしれません。(w)

  ハジメ見たときは正直 「あちゃ~,吹くのはムリかなこの笛…」 と思ってたんですが,見た感じは意外と上手く直りましたねえ。もちろんまだ吹いてみておないので,そもそも音出るかどうかも分かりませんが。(w)
  もともと自作明笛との形態・工作上そして寸法的な比較が目的で購入したこの笛。音階など,実際吹いてみた結果につきましては,この後の報告 「明笛の作りかた(3)」 以降のなかでご報告することといたしましょう。では----


(つづく)

明笛の作りかた(2)

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斗酒庵 明笛を調べる の巻明笛について(15)- 明笛を作らう!(2)

STEP3 どんなふうに作らう?(1 素材篇)


  前回あげたこの雛形に従うとして。
  全長二尺三寸ってことはだいたい697ミリ,頭とお尻のお飾りをのぞいても,管体だけで60センチ近くなるわけでして……日本で笛材として最も手に入りやすい女竹ですと,ここまでの長さのものはまずありませんなあ。

  もちろん竹材屋さんにお願いして,いろんな竹を取寄せてもらうこともできますが,庵主なんせ貧乏なものでとても買えません。笛用の竹ってえのは,けっこうお高いもンなんですなあ。


  それでもまあ女竹のいちばん長いあたり,50センチ超えのを数本手に入れました。
  この笛の場合,構造上,歌口から頭飾りまでの部分は音階に余り影響がないはずですので,そちらの寸法を切り詰めて作ることにしましょう。音の調査だけなら,いッそ塩ビ管あたりで作っちゃったほうが,お手軽・お安く済むのですが,「工法の復元」ってのも庵主の調査項目なので,今回はナマの材料でまいります。

  まずは下ごしらえ。「笛用」の材料ですので,ありがたいことに殺青と火熨しまでは済んでおり,乾燥状態もまあバッチリ。
  篠笛なら,このまま孔あけちゃえばいいンでしょうが,そこは明笛,ちょいとやることが違います。


 その1) ガラス質になった表皮表面を削り落します。
  地方の祭礼で使用されている自作のものや,一二の例外を除いて,ほとんどの明笛の管体はこの部分を落とした皮なしの竹管となっています。
  この表皮表層の部分は硬さもあり,耐水耐酸耐薬品と最強なんですが,笛という楽器にする場合は,あまりに最強すぎてかえって楽器が壊れる原因にもなっています。
  と,言いますのも,竹の内がわと外がわでは,その硬さや水分の含み方がかなり異なります。繊維の密度なんかもエラく異なるんで,使用中の息や気温,管の内外の温度湿度による収縮差が大きいのです。

  篠笛なんかの場合は,内塗りをしてその影響をニブらせてあるんで,表面は皮つきでもいいのですが,明笛のもとになった中国笛子は内塗りをしません。
  もともと表皮を削るというのも,そうした温度湿度の影響を少なくするための加工だったかと思いますが,大陸と異なる日本の気候条件の中では,それだけだと結局割れちゃうことが多いので,明治以降に作られた明笛では,邦楽の笛同様に内塗りの施されているもののほうが多くなっています。つまり国産明笛にとって,竹の表皮を削ることそれ自体は,何かしらんけどこの笛ではそうするものだ的な,大して意味のない加工となってしまっているわけですね。


  じつは庵主,今回の実験製作以前にも,明笛25号のレプリカを作ってみたことがあります。
  そのとき,中国笛子と同じように表皮を落としただけで,内塗りをしなかったらどうなるか,と実験してみたんですが,夏に作って次の春先までには ビシッ!と 割れちゃいましたね,ええ,そりゃあ見事に。(w)

  「表皮を落す」という作業それ自体は,ふだん月琴のフレットでやってるのと同じようなものなんですが,小さく細いフレットに比べると,カタいし長いし丸いしけっこうタイヘンです。
  ガラス質の表面部分を削り,その下の,目の詰まったキレイな部分を出すわけなんですが,はじめに鬼目ヤスリでザリザリ,っとやってから小刀でこそぐのが,いちばん早くてキレイにできますね。

 その2) 節をぬいて筒にします。
  明笛の類でも,九州地方の祭礼などで使われる「竹紙笛」などでは,管頭がわに節の部分をそのまま残して,反射壁としたり,詰め物の上端にしたりしている例 (「明笛について(8)」27号の記事参照) もあるんですが,基本的には抜いちゃってる例が多いですね。
  節を抜いたら,棒の先に紙ヤスリを付けたガリ棒で,内がわの白くて柔らかい部分をなるたけ落します。この部分が多いと音の反射も悪く,またスポンジのように水気も吸っちゃうので,その1)のところで言ったような,割れの原因となりますから。


 その3) 柿渋を染ませます。
  この部分はオリジナル。
  まあ庵主の趣味みたいな部分ですね。自作胡琴でもやりましたが,竹の強化と古色付けのためです。
  柿渋を筆にたっぷりふくませて塗りたくり,管内も棒の先にスポンジくくりつけたのでまんべんなく塗ったら,ラップでくるんで2~3時間ほど放置します。あんまり長時間やると染みこみ過ぎちゃって良くないので注意。
  乾いたら表面・管内,ともにガサガサになってますんで,もっかい磨きます。その後,乾燥のため一月ほど乾燥。

  その2)で書いたように,竹の内がわは水気を含みやすい,しかし「水気を含みやすい」ということは,逆に考えると柿渋とか塗料も浸透しやすいわけですね。柿渋も硬い表面にはさほど滲みこまず,柔らかいところには余分に滲みこみます。乾くと内部で樹脂化しますんで,滲みこまなかったところはそのまま,滲みこんだところは硬くなります。目的は内外の材質的な差を縮めて,管全体をより均質にすることと,挽物で漆の下塗りに柿渋を塗るのと同じく,下地を固めて塗料を少なく済ませようというビンボーゆえの経済的ハラがまえもあります。(泣)

  ----と,ここまでが竹筒の下処理。
  ここからいよいよ,「竹」を「笛」にする作業がハジまります。


STEP3 どんなふうに作らう?(2 穴あけ篇)


  『清楽独習之友』では,白紙を細く切ったのを型紙にして貼り付け,孔あけの目安にする,とありましたが----前回書いたよおに,庵主 「紙を十一枚半に折る」 という特殊なワザ(w)が,とうとう体得できなかったので,竹の表面にマスキングテープを貼り,定規で測りながらエンピツで,その上に中心線やら孔あけ位置を書き込んでまいります。

  孔はすべて,ネズミ錐であけます。

  「ネズミ錐」って言っても,分からない人もいるかな?
  先端が三叉になった幅広の錐で,古い笛でも指孔の底にこの錐の痕がよくついてますね。
  竹に孔をあける場合,真っ直ぐな錐やドリルの類だと割れが生じやすいのですが,このネズミ錐だと,竹の繊維を少しづつ千切りながら穿ってゆくため割れにくく,昔からこうした竹の加工にはよく使われてます。

  ネズミ錐であけた孔は,そのままだと円形です。
  明笛の場合,これを棗核形にしなきゃならないわけですが,考えうる方法は二つあります。


  一つ目はヤスリで削って整形すること----ま,誰でも考えますね。
  丸くあけた孔の前後を,ヤスリで削って両端のすこし尖った楕円にするわけです。
  しかし,この方法には疑問があります。
  まず一つには,ヤスリで整形するなら,何故この棗核形でなければならないのか?という点。 たとえば日本の篠笛の指孔はほぼ円形です,竜笛なんかもまん丸ですよね。庵主は指が細く小さいので,丸孔よりは明笛の形のほうが押さえやすいのですが,昔の人や中国人がみな庵主なみに手が小さかったなんてわけはないでしょうし,丸い孔をそのまま丸く広げるのに比べれば労力は少ないかもしれませんが,笛の機能から言えば,指孔が棗核形である必要は特にないはず----実際,世界的に見ても,民族楽器の笛の孔は円形のほうが多いんですよね。


  二つ目は焼き棒による加工。
  過去に修理した笛の幾つかでは,歌口や指孔の周囲に焦げが見られましたので,そういう笛はおそらく下孔をあけてから,焼いた鉄の棒をさしこんで孔を広げているものと考えられます。
  ただ問題は,その棗核形の孔が周縁ぐるりと焦げてることなんです。

  ----え,何が問題なのか分からない?
  邦楽の,職人の使う焼き棒ってぇのは,ふつうまあ「丸い」もンなんです。


  もし断面の丸い焼き棒で孔を焼き広げたとしたら,当然その孔は丸いハズですよね。実際ほかの笛では,この作業は指孔を 「丸く焼き広げる」 ために行われています。ヤスリでやる場合より,孔の縁もキレイですし,作業一発で均等に丸くなるという利点もあります。
  しかしながら,焼き棒を押し込んで広げた丸い孔をヤスリで棗核形に整形した場合,孔の前後は余分に削ってしまうので,その部分には焦げはほとんど残らないはず----なんですが,実際には周縁ぐるりが均等に焦げています。

  では丸い焼き棒で,棗核形の孔を抜くにはどうしたらイイのでしょうか?
  「明笛を専門に作ってたとこでは,断面を棗核形にした特注の焼き棒を使ってた。」---とかいう証言でも残ってたらいいンですが,いまではそれも分かりませんし,清楽流行期に明笛を作ってたのは,多く月琴や三味線などほかの楽器も手がけてるふつうの楽器屋さんです。
  庵主と同じように,専用の工具とか使うよりは,あるもので済ませようと考えるでしょうね----たとえば軸孔を糸倉に穿つのに使う焼き棒なんかで。(w)

  笛作ってる人なんかからもイロイロ教わり,実際に竹でイロイロやってみた結果,推測される作業工程は以下の通り----


 1)まず熱した焼き棒を下孔にまっすぐ突っ込みます。
   その時間,約1秒。すぐ抜かないと竹が割れちゃいますよ,そりゃもうバッキバキに(w 実体験済み)。

 2)もう一度焼き棒を熱して,孔の前後から斜めに,やや浅めに挿し込みます。
   各1秒,合計3秒。ヤキ入れの所要時間は1孔5秒が限界です。
  それ以上かかるとまず割れが入りますねえ----デリケートな素材です。

  ちなみに上の画像は作業を再現したもの。
  実際にやる時ゃ,柄を布でくるむかなにかしないと大火傷するからねえw。


  加工をこの方法ですると,孔は自然と,楕円か棗核形になります。
  焦げた部分をある程度取去る必要がありますので,「ヤスリで削る・整形する」というところは結局変わりませんし, 「明笛という笛の指孔がどうしてこういう形なのか」 の根本的な解答にはなってないのですが,少なくとも工程上 「何故こういう形になるのか」 という部分の,答えの一端くらいはつかめたかと考えます。(w)

  焼きぬきの痕跡のある笛,また一部の明笛では,指孔口縁の前後のカドがえぐれていることがあります。
  篠笛や雅楽の笛なんかでも同じようになっているものがあるので,庵主はコレ,凹みを作って指の腹を指孔によりフィットさせるための加工だ,としか考えてなかったんですが……今回やった焼きぬき方法だと,斜めに挿し込んだ時,焼き棒の側面がその部分を熱圧して,そのように自然とヘコむのですね。
  ほとんどの笛の場合,今は指孔の調律加工の後に,ヤスリで削ってわざわざそういう形にしてるんですが,これの起源は,むしろこういう焼きぬき法の名残だったのかもしれませんね。


(つづく)

明笛の作りかた(1)

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斗酒庵 明笛を調べる の巻明笛について(14)- 明笛を作らう!(1)

STEP1 どんな笛を作らう?(1)

  生来 「吹く楽器」 と 「コスる楽器」 をニガテとする庵主が,よりにもよって 「明笛」 というモノに手を出さざるを得なくなったのは,実際の楽器から「清楽の音階」というものがどういうものであったのかを知らなきゃならなかったからにほかなりません。
  民謡でもオーケストラでもそうですが,その音楽基音や音階というものは,「吹く」楽器が司ります。民謡なら尺八が,オーケストラならオーボエが,全体の調子を決め,弦楽器も基本的にはその音階に合わせて調弦・調律されるわけです。 基音楽器の研究は,その音楽分野すべての研究の基礎となりますからね。


  「清楽の音階」の参考となる笛----というものを考えますと。やはり幕末から明治にかけて作られたような古いタイプの明笛がベストです。
  しかしネオクで手に入る笛の多くは,明治後期から大正時代に作られたもので,作りの上では篠笛など日本の笛の影響を,音階の上では西洋音階の影響が強く出てしまっていたりします。もちろん作り自体は,それ以前の清楽明笛から踏襲されているので,工作上の参考にはなりますし,音階にもその遺響が残っているとは思いますが,あくまで補足的なデータとしてしか使用できません。

  幸運なことに庵主,去年の暮れに31号という古いタイプの明笛を入手しました。
  1780年(w)だかの年号が入っておりますがこの笛,清楽流行期に作られた明楽時代の笛(すなわちある意味ほんとの「明笛」…メンドいな日本語w)の模倣品だと思われます。
  古い音階を残しておるはずですが,「模倣品」ゆえに信用できない部分もあります。
  また,たった1本の笛の音階を目安に一音楽分野全体で一般的であった音階を推測するなんてのも言語道断----だいたいだからこそ,庵主はこれまで30本を越える笛を,ひーひー言いながら吹いてデータを集めてきたわけなのですからね。

  ただ,古い笛というものは,材質的に劣化していたり修理の手が加えられたりしています。
  つかまず直さないと吹けないような状態のものがほとんど。
  したがって,今現在の音が,作られた当初のものと同じかどうか,というあたりには不安があります。31号をコピーして新しい笛を作り,それと比較する,といった作業も必要でしょう。しかし,この笛には上述のように根本的に信用できない部分があり,まずはそれ自体を検証する必要があります。
  データの検証のためには比較の対象が必要ですが,今のところ手元にあるこの類の笛は,書いてきたようにこれ1本しかありません。

  去年の夏に,四竃訥治の 『清楽独習之友』(M.24) という本の曲データを入力したんですが,これ面白い本でしてね。 楽器の説明のところに,その「作りかた」まで書いてあったりするんです。その中に----


  ----というのがありました。(クリックで別窓拡大)
  ふむ,全長二尺三寸……挿絵に描かれているのも,歌口から管頭までが異様に長い古式タイプの笛,また寸法からもこれは明治末~大正期に流行った国産明笛の一般的なものではなく,31号に近い古いタイプの笛だと思われます。

  今回は,31号という実物とこの文献を使って,より「清楽の音階」に近い笛とはどんなものなのか,製作実験を通じて模索してみることといたしましょう。


STEP2 どんな笛を作らう?(2)

  さてじゃあ『清楽独習之友』の説明に従って,この古いタイプの明笛を作ってみるとしましょうか。
  なにふむふむ,まずは白い紙を 「一寸幅,一尺零三分五厘の長さに切る」 と---なるほど,型紙を作るわけですね! 一寸は30.303ミリ,一尺零三分五厘は313.6359ミリ。まあ幅のほうは30ミリ,長さは314ミリでいいでしょう。 で,なに。次はこれを 「縦半分に折る」 ああ,ナルホド中心線を出すわけね。 そしてこれを……

  「十一半に折る」

  え?なんですと?

  「十一半に折る」

  ………ウラーッ!!ヽ(`Д´*)ノ !!!! デキルカーッ !!!! ヽ(*`Д´)ノムキーッ!

  なんなのそのイキナリの折り紙難関!いちおう5枚くらいやってみましたが(やってみたんだ…汗),とうとう一枚も成功しませんでしたねえ。 (アナタも実際にやってみてください w)
  考えますれば,雛形のところに細かく寸法が書いてあるじゃあないですか。最初からこれに従やあよかったんだ,型紙なんぞ要らん!……うう,無駄な時間を食ってしもた。(^_^;)
07号3134B+30 15号3134B+40
10号3144B+30 28号3145C-30
17号3154B-20 14号3164B±0
25号3164B+15 18号3204B-30
34号3204Bb+48 35号3204Bb+37
31号3204Bb+10

  雛形の図の数字の単位は,尺寸法の「分」,主要なとこをミリに直すと上左図のようになります。
  ふつうの横笛ですと,笛の全閉鎖音である「筒音」の高い低いは,歌口から開口部の端までの距離で決まるんですが,この明笛という笛では歌口から,飾り紐をぶるさげるのに使われる「裏孔」までの距離が筒音を決定してます。
  明笛31号の歌口-裏孔間は「320ミリ」,第6孔-響孔までが「64ミリ」,指孔の間隔はだいたい「28ミリ」。雛形の歌口-裏孔間は「314ミリ」,第6孔-響孔までが「63.6ミリ」,指孔の間隔はだいたい「27ミリ」----ふむ。

  ここで今まで手がけたそのほかの明笛のデータから,歌口-裏孔間の距離が300以上あるものを抽出してみますと,上右表のようになりました。28号以外は4B以下の低音になっていますね。28号のデータも,やや不安定でBの高いとこからCの低いところの間ぐらいだったことを考えると,4B+30~40が正確なとこじゃないかと考えます。
  313ミリから316ミリくらいまでが筒音「4B」の範囲内,320ミリになると4Bbというか,4Bの低いあたりなわけですね。
  雛形の間隔は「314ミリ」ですから,これで出来る笛は筒音「4B」の類となるハズ。

  とはいえ,ここまでの明笛の調査でも,ピタゴラさんが無視されるような結果がいくつか発生してますんで,実際に作って吹いてみるまで分かりませんぜ。(笑)


(つづく)

明笛について(13)

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斗酒庵 明笛を調べる の巻明笛・清笛-清楽の基本音階についての研究-(13)

STEP3(つづき) 明笛32~35号

  去年後半,とつぜんにおとづれた庵主の「明笛モテ期」。
  数ヶ月の間に7本もの明笛が,庵主のもとへ次から次へと届けられました。

  いやあ,ほんとになんだったのでしょうねえ。(汗)
  これで庵主の明笛吹奏のワザが一気に上達!----とかなったんだったら,そりゃもう "神様に愛されてるぅ" の世界なんですが。(w) 腕前のほうはまあ相変わらず。 あ,でも最近,「九連環」はけっこう上手く吹けるようになりましたよ。

  31号でいきなりの古形長物がやってまいりましたが,32号から先はいつもの,明治後半以降の普及版明笛です。
  筒音Cの管が多かったんですが,清楽音階で筒音Bのも1本……いちばん音の低い笛が,いちばん短かったってあたり,相変わらずピタゴラスさんに喧嘩売ってますよね。


明笛32号


 口 ●●●●●● 合/六 5C+10
 口 ●●●●●○ 四/五 5D+30
 口 ●●●●○○  5E
 口 ●●●○●○  5F-5F#-45
 口 ●●○○●○  5G-5G#-45
 口 ●○○○●○  5A+30
 口 ○●●○●○  5B+25
 (口は歌口,●閉鎖,○開放)


  やや太めの管体。修理直後は高音がやや安定せず,吹き出すのに多少苦労しました。

  歌口の微調整でやや改善。管内は塗り直したし,竹の部分が油切れでカサカサでしたので,割れ防止に亜麻仁油も滲ませました。あと1~2ヶ月もするとあちこち固まって,もう少し吹きやすい楽器になると思いますね。


  呂音での最高音は 口 ○●●●●● で6C-6C#-45。筒音の倍音(6C)は 口 ○○●○○○ のほうが安定しました。測定した実際よりも,少し落ち着いた低めの感じに聞こえます。


  管尻がわの飾り紐を通す孔の下あたりにヒビ割れの補修痕。背管頭の飾りに鼠害少々。
  管頭の凸凹は,31号同様にエポキ&胡粉のパテで補修。さらに到着当初は管内がまあ,恐怖の灰色状態で(汗)。塗装もかなり劣化しており,露切りを通すと,粉のようになってこぼれてくるくらいでしたので,残っている塗料をあるていどこそいで,カシューで塗りなおしました。


明笛33号


 口 ●●●●●● 合/六 5C#-30
 口 ●●●●●○ 四/五 5E+13
 口 ●●●●○○  5F+15
 口 ●●●○●○  5G-35
 口 ●●○○●○  5A-40
 口 ●○○○●○  5B-10
 口 ○●●○●○  6C#-30
 (口は歌口,●閉鎖,○開放)


  こんどは細身の笛。管端の飾りに一部損傷のあったほかは,保存状態も良く,外面はかなりキレイな状態でした。
  寸法的にも前に修理した KOKKO社製の「春雨」(20号)によく似てますが,指孔が清楽式に近く,小さくてナツメ型なことと,飾りのデザインがわずかに違っています。

  全閉鎖がC#,呂音での最高音は 口 ○○●●●● で6D-35。
  かなり高音ですねえ。
  尺以上の高音はよく安定し,かなりキレイに出るんですが,呂音の合四上あたりは気ィぬいてると甲音になっちゃう----逆にぜんぶ甲音で吹いちゃったほうがラクかもしれませんねえ。

  明治末から大正期の量産明笛だと思いますが,歌口や指孔も棗核型で小さめで,篠笛やドレミ笛の影響はまださほど強く出ていない時期の製品のようです。


  こういう細い笛は,吹きにくいには吹きにくいんですが,うまく吹けると,かなりキレイな音で響きますね。
  管端の飾りを補修したほか,管内の塗りに安い笛によくある顔料系の塗料が使われていたため,塗りがはがれないように軽く保護塗りを施しました。
  修理清掃後,油が乾くまではかなり吹きにくい状態でしたが,一ヶ月ほどして少しづつ吹きやすくなってきています。


明笛34号


 口 ●●●●●● 合/六 4B+48-5C-42
 口 ●●●●●○ 四/五 5D-38
 口 ●●●●○○  5Eb+40
 口 ●●●○●○  5F+25
 口 ●●○○●○  5G+25
 口 ●○○○●○  5Bb-30
 口 ○●●○●○  6C-40
 (口は歌口,●閉鎖,○開放)

  管頭の飾りの先端部分がなくなっていましたが,それで 475mm あるというのは,この類の明笛としては長いほうです。おそらく材料は女竹で,長いこともあって尾部のほうがかなりすぼまって見えますね。
  歌口,指孔ともにやや丸みをおびていることから,おそらく大正期になってから作られたものと思われます。明笛の歌口・指孔はもともとはかなり細めの楕円形かナツメ型で,指孔が丸くなっているのは,篠笛の影響です。



  呂音では全閉鎖がやや中途半端で安定しませんが,甲音だとCの低いところで安定するので,筒音はC-40程度と思われます。
  呂音での最高音は 口 ○○●●●● で6C#-45,甲音では 口 ●●○●●● でG#ほどまでは出すことが出来ました。
  1-2孔,2-3孔間に割レ,響孔の縁に小ヒビ。いづれもカシューを充填してふさぎ,あと管頭の飾りをいつものブナ材パイプで作ったほか,かなり内部の汚れがひどく,塗膜も劣化していたので,カシューで保護塗りを施しました。


  管頭の飾りや,全体のフォルムはときどき見かける「胡山」銘の笛に良く似ていますが,「胡山」の焼印とかは見つかりませんね。
  べつだんどこといって悪いところはないんですが,少し吹きにくい笛ですね。
  まだ多少調整が必要なようです。


明笛35号


 口 ●●●●●● 合/六 4Bb+37-4B-35
 口 ●●●●●○ 四/五 5C#-20
 口 ●●●●○○  5D+36
 口 ●●●○●○  5E
 口 ●●○○●○  5F#
 口 ●○○○●○  5G#+10
 口 ○●●○●○  5Bb-17
 (口は歌口,●閉鎖,○開放)


  薄い色の斑の入った,携帯用の明笛。
  33号なんかモロですが,こうした明笛の斑竹は,ほとんどは普通の竹に薄めた硫酸ふりまいて,焦がして作った人工斑竹なんですが,もしかするとこれは本当に斑竹使ってるのかもしれません。


  前笛と同じく計測上は全閉鎖が中途半端なところで安定しませんが,おそらく筒音はBb
  呂音での最高は 口 ○○●●●● で出した5B+25。

  頭尾のお飾りの形状は4号とほとんど同じなんですが,4号にはない裏の紐孔のぶんだけ,こちらのほうが少しだけ長い。
  短い笛ですが音階はほぼ正確な清楽音階。歌口も指孔もナツメ型の正調明笛仕様で,穴も小さめですが,非常に吹きやすい笛でした。


  1-2孔,2-3孔の間にヒビ割れがあり,内外かなり汚れてはいましたが,管内の塗りの状態はよく,ほぼ割れをふさいだだけで演奏可能な状態になりました。


(つづく)

明笛について(12)

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斗酒庵 明笛を調べる の巻明笛・清笛-清楽の基本音階についての研究-(12)

STEP3(つづき) 明笛31号

  もうもう,この数になると呆れてしまいますね。
  今年も後半に入ってから,なぜか明笛の落札ラッシュが続いております。
  (何かタタリのようなものかもしれません ヒィー(((゚Д゚)))ヒィー!)

  その先頭を切って工房にやってきたのが,この笛。
  (画像はぜんぶクリックで別窓拡大します)


 口 ●●●●●● 合/六 4Bb+10
 口 ●●●●●○ 四/五 5C-30
 口 ●●●●○○  5C#+14
 口 ●●●○●○  5Eb-20
 口 ●●○○●○  5F-20
 口 ●○○○●○  5G-10
 口 ○●●○●○  5G#-5A
 (口は歌口,●閉鎖,○開放)

  全長なんと646ミリ。
  中継ぎ式の現代中国笛子ではともかく,日本の明笛としてはかなり長大な一本です。

  このサイズになるとさすがに,コミケとかワンフェス,持ち込み禁止だな~(w)


  ホント,長いんですよね~。(汗)

  上画像,31号の下2本は全閉鎖BもしくはBbの,比較的古いタイプの清楽用明笛。次の1本は明治末から大正期にかけて作られた,典型的なデザインと寸法の明笛,全閉鎖はC。いちばん下の短いのは,同じころによく作られた,携帯用の短い明笛です。


  中国笛子と同じに管頭と歌口の間が長いですよね。韓国のテグムなんかだと,この部分を肩口に乗せるようにして吹いたりもします。清楽の古い譜本の「楽器図」なんかでは,「明笛(もしくは清笛)」として,この手のデザインのやたらと長そうな笛がよく描かれますが,日本において作られた明笛はこのあたりが比較的短いもののほうが圧倒的に多くて,古物のこうしたタイプの笛にお目にかかれることは,実際には滅多にありません。

  音階はほぼ正確に,文献どおりの「清楽音階」ですね。
  「凡」 の音(5A)は 口 ○●○○●○ の運指のときのほうが安定して出ました。
  上の基本運指表とは違いますが,『月琴胡琴明笛独稽古』(M.34)や『明笛流行俗曲』などでは,こちらのほうが 「凡」 の運指になってますから,まあこれでも辻褄は合うわけで。
  呂音での最高音は 口 ○●●●●● で5Bb。甲音だとさて…庵主では6Eb+15が限界でしたね。


  管頭の飾りから歌口にかけてと,管尻がわの左右中央に刻字が施されています。
  正直よく読めないんですが…

管頭がわ       管尻がわ
   江天一巻喜層云愁知東水
   玉月順江土沙人和見月年
   子和无人  乾隆乙卯
   年々三月有三日
         子才
   人有看着花白

  てとこかなあ…このほか管尻のほうの刻字「人有看着花白」の「着」の横に,竹カンムリに「丨」みたいな字があるんですが,ここだけ墨が入っていません。これは「タケなんとか」というような笛師の署名かあるいは誤刻だと思いますね。いちおうこの文を読みやすく切ると----

   江天一圏 (こうてんいっけん) 層雲を喜ぶ/愁いて知る東水玉月 江に順がうを/
     土沙人和して月を見る/年は子(ね) 和するに人なし/乾隆乙卯

   年々三月有三日 (ねんねんさんがつゆうみっか)
   人に花の白きを看着 (二文字で「み」) るあり/
    子の才 (ネズミ年)

  とか。 かなり強引な解読(?)であります。(汗)
  年号とか数字以外は,たぶんぜってー間違ってるからね。 誰か読める人タスケテ!!(w)


  「乾隆乙卯」は「乾隆45年」,日本だと「安永9年」で,干支は「庚子」。 文中「年子」「子才」とあるのはその「かのえネズミ年」のことですね。

  西暦だとなんと1780年!

  ではありますが…(^_^;)
  ----庵主,以前にも書いたとおり,骨董屋の小僧やってたことがある関係から,こういういかにもな 歴史浪漫満載のブツ が出てくると,逆にかなり冷めた眼になっちゃいます。(w)

  この笛,明楽などで使われる古い古い笛の形を模してはおりますが,各部の状態などからはそれほど古いものという感じがいたしません。 新素材の使用など明確な証拠はないので,あくまで古物屋門前の小僧としてのカンみたいなものですが……18世紀どころか,おそらくは明治以降に,古い笛をお手本に,日本で作られたものではないか,と考えます。


  第一に,なんとなく唐物のふりをさせてはいますが,刻字はかなり雑。中国の年号を使っておきながら,日本の干支を併記するなんてのも,なんとなくチグハグです。 まあここまでの長大な一節になると,日本ではあまり手に入らないでしょうから,竹材自体は中国のものかもしれませんね。
  歌口の底のところに孔を開けたときの錐の痕が見えます。その痕跡から三ツ目錐だと思いますが,このへんも古いものにしてはちょっと工作が雑ですね。 庵主が「南京笛」と呼んでいる,中国笛子をそのまま真似た,総巻タイプの笛ではこのサイズのものも珍しくはありませんが,そちらのタイプだと,日本で作られたものでも管内に塗りを施さないのがふつう(現代中国笛子も管内は塗っていません)。対してこの笛の管内は,かなり丁寧に塗られてますね。これは日本笛師の技巧です。

  ではなぜ「1780年」なのか?

  ウソにしても,なんでこの年にしたのか?
  人間というものは,意外と根拠のないことが出来ないものです。
  ウソをつくにしても,そこには必ず,なんらかの理由や根拠,きっかけがあります。
  そこでこの年を徹底的に調べてみたんですが----まず,中国において。音楽関係で何か際立ったことが----特に,ありませんね。(汗)
  じゃ日本だ----なんせ中国の年号で「乙卯(ウサギどし)」と書いてるくせに,「子才(ネズミどし)」とわざわざ二箇所も彫ってあるくらいです。

  刻字者は日本人に違いない。


  うむ,大したモノは----ありました。

  この年,『魏氏楽器図』 という本が出版されています。「清」楽じゃなく「明楽」の本ですが。

  この笛,上にも書いてあるように,音階はまた別として,その外見や寸法は「清楽の明笛」(ややこしいなあ)より,「明楽の明笛」に合わせてあります。
  もしこれが 『魏氏楽器図』 を見ながら作った,とかいう笛だとするなら……年号を本の出版年からとっちゃった,なんてこともじゅうぶん考えられますでしょ?
  ----ふだん修理で贋作者まがいのことしてますと,こんなプロファイルもしちゃうようになっちゃうんですねえ。

  あーやだやだ,純粋だったあのころに……(泣)


  庵主がふだん吹いてる携帯用明笛の4号なんかからすると,全長は2倍の長さ。
  管頭の部分も一般的な明笛よりずっと長いので,持ったときのバランスなんかも違いますが,管尻にお飾りを紐でぶら下げたところ,ちょうどよく釣り合いがとれるようになりました----ナルホド,このお飾りって文献とか資料写真ではよく見るけど,ちゃんと意味あったんだ。

  上にも書いたように管内部の塗りはかなり丁寧ですが,いちばん大事な歌口あたりの塗りに,塗りアラの凸凹がそのままになってたりするところからしても,ほとんど吹かれた形跡がありません
  でもまあ,そのへんを軽く削って均したり磨いたり---原作の故工人に代わって仕上げの微調整をしてやったようなもんです(少怒)---したらかなり音の出しやすい笛になりました。 そのほかの修理は----


  管頭と管尻の飾りに,ネズちゅーの齧り痕が少々ありました。
  管尻のほうは墨汁か何かを塗ってごまかしてありますね。


  修理は胡粉をよく擦って,エポキで練ったものをパテにして盛り,整形した後アクリル塗料で部分的な補彩を施しました。


  まあ音には関係ない部分だし,もとより服にひっかからないとか,まあ目立たないといった程度の補修です。

  この色のついている部分----ネオクの写真で見たときには,鼈甲か何かを巻いているのかと思ってたんですが(そういう例があった),コレほんと,ただ塗ってあるだけなんですね。ウルシ的な塗料だとは思いますが----緑色してますねえ,何でしょう?

  たぶんまがい物ではありますが,なんせ長くてカッコはいいし。(^_^;)
  音階はかなり正確に清楽音階のようなので,このところWSなんかでもよく使っています。
  いずれこの笛を参考に自作明笛を…とかも考えてますよぉ。

(つづく)

明笛の吹き方(2)

MINTEKI02.txt
ちゃんと吹けてない奴がなんなのですが の巻明笛の吹き方 その2

STEP2 吹けよ風!倒れよ酸欠!

  響き孔さえふさいでしまえば,明笛なンぞはただの笛,つか筒----つか,筒に孔をあけただけのシロモノですよね。

  「ほら,瓶の口に息を吹き込んでぶーぶー鳴らす,
アレといっしょだよ!カンタン,カンタン!」        

  などと,管楽器リア充どもはのたまいます。(怒)
  (瓶は瓶じゃ----笛とは違うし,こちとら瓶すら上手く鳴らせんものを……バクハツしろ)
  糸物専門ン十年,リコーダーすらマトモに吹けない庵主にとって,「明笛を吹く」なんぞという行為は,ゼロからの出発どころかマイナス地点,日本海溝あるいはルルイエからの脱出にほかなりませんでした。(弩泣)

  およそ一年あまり,筒ッぽの穴めがけて息を吹きかけ続け,酸欠で倒れること数十度。
  はじめて 「ぺひょ~」 と音らしいモノが鳴ったとき,ナミダで青空が見えなくなったことのある庵主では,コトバでうまく説明できませんが----




  だいたいこんな感じでやると,もしかして出るんじゃないかと。(w)
  (画像はクリックで拡大)


  指孔はぜんぶふさいじゃうのより,右手がわの1・2孔くらい開いておいたほうが,最初は音が出しやすいですね。

  まあ庵主みたいに,どれほど不得手なニンゲンでも,一年も息を吹き込み続ければ 「ぷひょ~」 とか 「ぺひゃ~」 みたいな感じには鳴ると思うので,あとは気長に試してくんな。とにかく音が出るようになれば,この楽器,そんなに難しくはありません。(まだ大して吹けもんクセに…)


  音が出るようになったら,つぎは音階ですね。

  明笛は指孔をぜんぶふさいだ音,「全閉鎖」の音が工尺譜でいう「合(ホー)」の音となります。
  古い明笛は,この音がだいたい 「Bb~B」,大正期あたりに作られたものは 「C」 のものが多いようですね。

歌口響孔左手右手工尺譜西洋音階
(C)
西洋音階
(B)
●●●●●●b
●●●●●○
●●●●○○#
●●●○●○b
●●○○●○
●○○○●○
○●○○●○b
○:ひらく孔 / ●:指でふさぐ孔


  くらいの感じです。
  明笛のレポートにも書いたとおり,庵主が明笛はじめたのは,この「音階」を調べるため。まだ調査中ですんで,対応してる西洋音階はまあ大体のところ。笛によってはもっとハズれてたりもしますので,あまり信用しないでね。

  とにかく大事なのは,「明笛」ってのは月琴では出せない工尺譜の「合・四・乙(低い)」の音が出せる楽器だ,ってとこですね。


  笛と合奏する場合,音合せで,月琴はまずこれの 「上」 の音に,低音弦を合わせます。つづいて高音弦----本ではコレ 「○ ■ ●●● ●●●(合)」 の 「甲音(カンオン)」 を使う,ということになってます。
  しかしながらこの 「甲音」,初心者にはなかなかうまく出せません。(^_^;)
  音が出た,ドレミも吹けたとなって次に待ち構えてる難関が,この 「甲音」 ですねえ。

(注)ふつうに吹いて出る音を 「呂音」(リョオン-乙音「オツオン」ともいう),指遣いは同じで「息を強く吹き込んで」出すオクターブ上の高音を 「甲音」 と言います。ホレ,きーきー声を 「甲高い(かんだかい)」 なんて言うでしょうが? あの「カン」ですよん。


  本には 「高音を出す時は息を強く」 とかって書いてあるので,庵主,顔を真っ赤にして,レンガの家を吹き飛ばさんとするオオカミさながら,ぶーぶーやってはぶッ倒れてた時期もありましたが,ちッとも出やしねえ。
  篠笛やってる御仁が 「これこれ,そうじゃない。ちょと唇をすぼめるようにしてみな。」 と教えてくれたんで,今はようやく少し出るようになりましたね。


  単に 「強く吹き込む」 んじゃなくて,息を 「集束して(歌口に)強く当てる」 って言うのが正しい!

  こりゃ笛吹きども,日本語は正しく使え!


  ま,それはともかく。
  音合せにおいて 「○ ■ ●●● ●●●」 の「甲音」だと音が安定しないときは,呂音---ふつうの息遣いのままで

   ○ ■ ○●● ●●●

という運指を試してみてください。多くの笛ではこれで筒音のオクターブ上が出るようになってます。工尺譜でいうと 「六」 の音,月琴の高音弦の音になるはずです。
  あと「尺」まではだいたいふつうに出るけど,「工」「凡」が安定しない時は,これと同様に右手の孔をぜんぶふさいで,

  ○ ■ ●○○ ●●● 工
  ○ ■ ○●○ ●●● 凡

  としたほうがいい場合もあります。
  (注) ただし笛によっては,音が半音ぐらい高くなっちゃうこともあります。

  笛のドレミ(工尺譜だと上尺工ですが)が出せるようになったら,いよいよ曲に挑戦ですよね!



  清楽の合奏における明笛の役割は主に 「低音パートの演奏」です。
  「月琴の弾き方」とか「工尺譜の読み方」の記事のなかで,「月琴では(工尺譜の)合・四は,1オクターブ上の六・五で弾く」 って何度か書きましたよね。
  月琴の最低音は「上」ですから,そこより低い「合・四」の音はナイ,ので代わりに,オクターブ上の「六・五」の音で弾くしかナイわけですね。これに対して明笛の最低音は「合」ですから,とうぜん「合・四」は 工尺譜のとおり低い音 で 「六・五」はその1オクターブ上 の音で吹くことになります,が。

  明笛にも月琴と同じような符号読み替えのキマリがあります。
  まずは工尺譜を,まあ「九連環」ですね。(画像はクリックで拡大)


  2・3行目に,合・四にはさまれて 「仩」(上の1オクターブ高い音)がありますよね。
  この部分を,例えばそのままMIDIで組んでみると,イキナリどえりゃあアがッたりサがッたり,すンごい気持ちの悪いメロディになります。また実際に笛で吹いてみると分かるんですが,呂音の息遣いで合・四の低音を出した直後に 「仩」 とか 「伬」 の音を出す,ってのはなかなか難しいものです。
  逆に「仩」や「伬」が「六・五」に隣り合わせてある場合は,「六・五」がすでに甲音なので,息遣いはそのまま,運指だけ変えればいいので,さほど難しくはありません。

  呂音からいきなり甲音ってのは,練習すればもちろん出ないわけではありませんが,その場合もチューナーで測ってみると,1オクターブきちんと高くはなってないことのほうが多いですね。演奏もきわめて大変で,不自然なものとなりやすいです。
  どッかの国の古代の呪術音楽や,日本の雅楽なんやらならこれでもいいんでしょうが,中国の民間音楽や伝承音楽が,そんなに気持ち悪いシロモノでないことは,十二楽坊あたりのCDでも聞けば容易に気がつくはずですね。

  前にも書いたように「工尺譜」ってのは,きわめて合理的な「総譜(オールスコア)」です。

  複数の異なる楽器の奏者が,同じ一枚の紙,同じ一行の文字列を見ながら,それぞれのパートをふつうに弾けるようになってます。
  なので月琴の奏者が「合・四」を「六・五」に置き換えて弾くのと同じように,明笛の奏者は「合・四」にはさまれた,もしくは隣り合わせた高音を,甲音ではなく呂音----オクターブ低い音で演奏しましょう。

  上の譜で言うと,2行目の 「合合四仩仩合四。」 を,月琴は 六六五仩仩六五。」 で弾きますが,明笛は 「合合四上上合四。」 で吹く,というわけですね。

  月琴の場合と違ってこれは本には書いてないことなんですが,楽器の性能から考えても(カンタンに言うと,そッちのほうが吹くのがラク),またそうしたほうがより「ちゃんとした」アンサンブルとして聞こえること,また同じ曲の楽譜で流派によって「合・四」が「六・五」になっていたりする,その違いの説明にもなります。(注) たぶん,昔のヒトにとっては言わずもがな,なことだったンじゃないのかな----まあ,庵主の間違いだったとしても,そのほうがずッとマシに聞こえますから,とりあえずはそうしといてください。

  吹くのに慣れて,いちど工尺譜の音階どおりに吹いてみれば,イヤでも分かるとも思いますし。
  ではでは。

(つづく)

(注) 「合・四/六・五の書き分け」については,明治時代の『音楽雑誌』などでも「質問コーナー」みたいなところで取り沙汰されてますが,当時の識者の答えは「合・四/六・五の書き分けに,それほどの理由はない」ってとこでした。現在の研究者さんたちも同じように考えている人が多く,「記譜者の個人的な嗜好」みたいなのが定説になってます。これは「明清楽の演奏はすべての楽器がユニゾン」という,音楽辞典などにある誤った決め付けがあることも一因ですが,実際にはまあ,誰もちゃんと考えたことがない,というのが正直なところでしょうか。
  庵主はこれを,基本的には流派や伝系の違いによるアレンジの差だと考えています。たとえば明笛が専門の先生なら「合・四」が多くなるでしょうし,月琴が得意な先生なら「合・四」の代わりに「六・五」で記譜することが多くなるでしょう。また多くさまざまな楽器が扱えた人なら「ここは明笛の低音で」とか「ここは高音そのままで」と,合奏時の効果を考えて書き分けたはず,そういう相違からくるものだと考えています。
  実際この「合・四/六・五」のアレンジの違いによって,譜本の伝系,すなわちは編者の流派が分かるような場合も多くあります。「たんなる嗜好」なんてものじゃなく,清楽の研究においては,けっこう大切な手がかりの一つだと,思うんですがね。


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