明笛について(25) 明笛47/48/38号

MIN_25.txt
斗酒庵 ひさびさにまたまた明笛を買う(W) の巻明笛について(25) 明笛47/48 そしてなぜか38号

STEP1 増殖する明笛団(ZMD)

 46号の修理がうまくいってなかった時期,

   ちょっと荒れながら夜中にポチって,

 朝気がついたら,明笛が増えておりました(w)

 前回は2本だて,今回は3本だてですが,いちばん下の長い1本は響き孔もなく,飾り孔も後づけで不自然。「明笛風」に作られたか魔改造された笛のようです。
 今回はこれを除いた2本を修理することとします。


明笛47号


 47号は全長480,今もある「紫山」銘の明笛です。
 当代の「紫山」の焼印は楕円形ですが,こちらのはほぼ四角。
 何代目のころの楽器なのかは分かりませんが,お飾りの意匠や寸法などから考えて,大正期以降に作られた,比較的新しいタイプの1本だとは思われます。

 お飾りは頭もお尻も,すっかりニカワが飛んでガタガタ,すぐ抜けちゃうくらいになってますが。このタマネギ型の頭飾りは特徴的ですね。

 今売られている明笛のお飾りは木とかプラ製が多く形も異なりますが,これには牛角や骨が使われており,けっこう重たいですね。

 この白いタマネギ部分はねじ込みで,回せば蓋みたいにはずれるようになってますが,黒いほうの胴体にあいてる孔は材料の牛角にもともとあいてたもの,特に加工した様子もなく,浅くてせまくて何も入れられんので,よくあるようここが小物入れになっているとかではないようです。

 まあそもそも----前にも記事で触れましたが----明治の広告なんかで 「ここに竹紙(響孔に貼る薄紙)が入れられる!」 とか,世紀の大発明みたいに書かれてるこの工作なんですが。ちょーーーっと,考えてみれば分かるように,こんなところに竹紙入れてても,演奏中にパッと取り出せるわけはありませんし,こんなものいちいちキコキコはずして中からつまみだすより,何かあけやすい,ちょっとした小物入れ持っていったほうが早いですわな。
 古い中国の随筆,『揚州画舫録』なんか読むと,笛子吹きは足元に 「笛膜盒」 とかいう蓋物の小物入れを置いて,そこから芦紙や接着剤の阿膠をとりだして使ってたみたいですね。明笛のモトとなったような中国の笛で,ここをそういう小物入れにしたなんてハナシは聞かないなあ。(ww)
 以前ここがそういうふうになってる笛で,実際に竹紙の切ったの入れて実験してみたんですが,入れにくいわ出しにくいわ…………まぁ明笛における「思いついただけ」の工作の代名詞みたいなものの一つですわな。

 ま,それはともかく。
 内外多少白っぽくホコリにまみれちゃってはいますが,全体的には比較的きれいな状態ですね。

 簡看される損傷は指孔3-4間の割レくらいでしょうか。あとは頭飾りの側面にネズミの齧った痕があちゃこちゃあります。

 そのほかは,他2本同様テープの類が巻かれていたらしく,帯状の日焼け痕がいくつかついちゃっていることくらいで。
 演奏可能な状態にするのに,それほど手間はかからない様子です。(あくまでも,いまのところww)


明笛48号


 48号はこないだの45号同様,管体を黒染めした明笛。
 47号よりは若干長め,お飾りのカタチなどもほぼ伝統的な明笛の意匠を継承しています。
 ただしこの2本はいづれも,唄口や指孔の形状がやや大きく,より円形に近くなっています----これは大正期以降に作られた比較的新しいタイプの明笛の特徴で,清楽に使われた古いものでは,46号とかいまの中国笛子と同様,小さくて細長いナツメ型のほうが多いですね。

 この孔の形状については以前ちょっと考察したことがあるんで,興味のある方は以下の記事もどうぞ----

 1)どうやってこのカタチにする?  明笛の作りかた(2)
 2)なんでこのカタチ? 明笛について(20)

 47号にくらべると若干使い込まれたのか,表面に傷があります。
 また内塗りも,47号はツヤツヤしてたんですが,こっちのは少しつや消しで表面がパサパサした感じ。状態は異なりますがどちらも例の顔料系塗料らしく,水を通してもビクともしませんが,エタノで拭うと溶けてきてテレピン油に似たニオイがします。

 ヒビ割れは見当たりませんが,管尻の飾り孔と裏孔のところに赤い絶縁テープが貼られていました。ハガすと接着剤がカチカチツルツルの層になって管の表面を覆っております。(^_^;)

 同様の痕跡が響孔のところにもありますので,ここももとは赤テープでふさがれていたのでしょう。

 実際にやってるところは見たことはありませんが----
 笛子では管尻の飾り孔を紙でふさいで管の調子を変えることがある,(=この2コの孔はそのためのものである)という記事を読んだことがあります----いやでも,考えてみると管の調子を変えるならそこじゃなく,まず裏孔をふさがないとならないハズなので些かマユツバものではありますが----まあ,今回の場合はそういうことじゃなく,単に明笛を知らないふつうの笛吹きが,理解不能な孔をふさいだって可能性のほうが高そうですね。

 こちらのお飾りは黒い牛角と白い牛骨のリングを組み合わせたもの。
 頭飾りは真ん中のリングのところで2つに分解可能ですが,こちらも内部に空間はほとんどなく,「小物入れ(w)」 にはなっておりません。

 頭飾りのほうに目立つ損傷はありませんが,お尻飾りはリングが欠け,小さいですが端っこの方にネズミに齧られた痕があります。

 テープ痕のテカテカがどうしたものか………多少厄介そうで不安ではありますが,大きな割レやらヒビやらもないようですし,唄口の状態なども悪くないようです。
 こちらも演奏可能な状態にまで戻すのに,さほどの難はないんじゃないかと思われます。


明笛38号

 で,ここでさらに1本を追加。

 あ,いや----この状況でまたポチっちゃったワケじゃないですよ!(w)

 このところ修理が続いてるんで,いつも笛の置いてあるあたりを整理してたら,ほとんど未修理状態の笛が1本出てまいりました。
 ああ,これ……38号ですね。
 古いタイプの管と思われる37号といっしょに手に入れ,その時の記事にもちょいとだけ姿が写っておりますが,ブログでは1行で済まされております。

 「…38号は修理すれども音出ず。(泣)」  明笛について(20)

 ----と。
 お尻のお飾りがなくなってるのと,唄口のすぐ内がわあたりの塗装が多少ハガれたり傷んだりはしていたんですが。
 外面から見た感じでは新品同様のピカピカで,特に何も問題がなさそうなのに,とにかく音が出ない。
 前所有者も何かしようとしたようですし。この唄口あたりに何らかの問題があろうとは思われたものの,庵主,べつだん笛の専門家ではなく,このデリケートな箇所をあんまりイジって,かえって取り返しのつかないことになるのもやだったんで,以降放置しておりました。

 その後,数々の修羅場を乗り越え……いいえ,ウソです(w)。けっこう無茶やっても音が出せるくらいにまで挽回する(誤魔化す)手段をイロイロと身につけてきたもので。
 この機会にも一度,ちょいと挑戦してみようかと思います。

 すでに述べたとおり,唄口の問題とお尻飾りがなくなっているほかは,管体にほとんどキズのない,新品みたいな美しい状態です。
 管の竹は皮つきで,篠笛なんかと同じ女竹だと思われます。
 管頭の飾りはツヤツヤ。たぶんこりゃ本物の黒檀でしょうねえ----妙なギミックも装飾的な彫りもほとんどないストイックな作りです。

 指孔や唄口は縦に長いナツメ型ですが,古管のそれよりは丸ッこくやや大きめですので,これもおそらくそんなに古い時代の作ではなかろうと考えられます。

 唄口内壁にあった塗装面の損傷は,おそらく前所有者が管頭の詰め物をズラしてピッチを調節しようとした痕と思われます。
 明笛の詰め物は基本固定されちゃってるうえに塗りで固められてますから,これを無理に動かそうと思うとそのあたりを壊さなきゃなりません。ふつうはそうした後でまた上から塗り直しとくものなんですが,この管ではそういう痕跡もなく,詰め物をズラしたぶん塗りのない竹の地肌が出ちゃってます。
 その痕跡からすると,当初は反射壁が唄口上端のかなりギリギリ,間1ミリないくらいのところにあったようですね。

 まあ,たしかにそれだと音が出しにくかったんでしょうが……しかし,今までの経験から言うと,内部が多少荒れてようが,管頭の詰め物がなくなっていようが,こんなふうに唄口のフチの部分さえきちんとしていれば,「出しやすいか」 「出しにくいか」 の違いはあっても 「音が出ない」 なんてことはそうありませんでした。
 そこからも,この笛で音が出ない原因は,この内がわの問題だけではなさそうです。
 そもそも,口に当てて吹いてみても,唄口にぜんぜん息が引っかからない----息が音になってくれない感じなんですね。
 よく笛吹き連中は笛の吹きかたを 「瓶の口を吹いて鳴らすようなもの」 なんて表現しますが,この38号だと 「瓶の横面を吹いてる」 みたいな感じがします。

 前回はとにかく,どうやってもこうやっても音が出ないんで,ハナからあきらめてすぐ放置しちゃったんですが,
 今回の3本のなかではこの笛が,唄口から裏孔まで310といちばん長い。
 48号がちょっと微妙なんですが,こちらは清楽の明笛として作られたものである可能性が高いんです。
 うまく復活できればそれなりのデータが採れそうですので,今度はまずまず,その「鳴らない」原因のところから,徹底的に調べてみたいと思います。

 ----以上,夏の帰省前最後のチキチキ明笛修理大レース,これをもって開始とまいります!!


(つづく)

明笛について(24) 明笛46号(2)

MIN_24.txt
斗酒庵 ひさびさにまた明笛を買う の巻明笛について(24) 明笛46号(2)

STEP2 フラットウッズへようこそ!

 管本体がワレワレのヒビヒビ補修の養生に入ったところで。
 この間にお飾りでも作っておきましょうか。

 管頭・管尾のお飾りともになくなっていますから,もとどんなのがついてたのかは分かりませんが,やや細身でスマートな感じの笛なので,あんまり凝ってない,シンプルなのがいいでしょう。

 材料は百均のめん棒(長33センチ)を使います。
 ちょっと前に44号(招月園)の修理で使った余りですね。
 庵主の修理ではおなじみ,月琴の糸巻の材としてよく使ってるもの----そういやこのお飾りも,整形の途中までは糸巻の工程とあんまり変わりがありませんな。


 まずは根元になる部分に,糸ノコで平均3ミリほどの深さの溝を1本,ぐるりと刻みます。
 そこに向けてカッターや小刀で削ってゆき,全体を先の開いたラッパ状に整形。

 ある程度カタチになってきたところで先端に孔を穿ち,リーマーで内がわもラッパ状にエグってゆきます。
 前まで使っていたブナパイプだと,この真ん中の孔をあける手間はなかったんですが,カタくって----切削の加工はこの百均めん棒のほうがずっとラクですね。

 中心の孔があるていど広がったところで首チョンパ。
 こんどは反対がわの取付部をえぐります。
 こちらの孔にはテーバーをつけず,中心孔をそのまま広げて,まっすぐ凹状に彫り込んでゆきます。
 この頭飾りは長さが8センチもあるので,手持ちのドリルビットでは反対がわまでとどきませんが,両方から穿ってうまく貫通させました。
 構造と機能からすれば,頭飾りのほうは演奏時のバランスをとるカウンターウェイトとしての意味合いのほうが強いので,べつだんパイプ状にする必要はあまりないのですが……まあ今回は気分ということで。(ww)

 管尾のお飾りは3センチ。
 工程は同じようなものですが,小さいぶんこっちのほうが加工はタイヘンです。
 首チョンパのあとは適当な丸棒をさしこんで,回しながら整形。こうでもせんと保定できません(w)
 本来は旋盤とかで作る部品ですもんね。

 肉の厚みを確かめながら,整形してゆきます。
 けっこう薄くしてもまあそう壊れることはありませんが,削りすぎて穴でも空いちゃったら,そこまでの苦労がダイナシですからねえ。

 同じような手旋盤で,一次整形段階ではほとんどまっすぐな側面だった頭飾りも,端の方が少し反り立ったなだらかなラッパ型に整形します。

 このめん棒の材は削るとボサボサした質感で,そのままだといかにも「木」----といったちゃッちイ感じですが,色自体はきれいな白ですので,しっかり磨いて導管を埋めると存外に骨っぽい質感になります。
 今回は百均エポキをエタノでシャブシャブに緩めたものをシーラー(下塗り剤)の代わりに塗ってみました。
 2度ほど塗って表面を磨くと----うむ,ちょっと見木っぽくなくなって悪くありません。


 一回めの補修で 割レ自体は継がれ,ヒビもかなり薄くなりましたが,まだ表面近くに浅いミゾが残っています。
 ここに再び緩めたエポキを2度ほど流し込み,最後に秘蔵の「粉」をかけて盛り上げます。

 ふふふふふ…ダンナ,粉ですよ,例の粉。

 前にも使ったことがありますが,これは煤竹の虫食い部分に詰まってた虫の食いカス----竹というのはながーい糸状繊維のカタマリで,通常は削っても砕いてもボサボサになるだけ,なかなか「粉状」にはなってくれませんが,これは虫さんが分解して粘土質の土のようにしてくれたもの。砕いて擂ってふるいにかけると,こんなふうにすごく微細な粒子状に…「粉」に変ります。
 竹由来の物質ですので,竹との相性がいいんですね。

 こういう修理は,深いミゾより----浅いミゾのほうが難しい。

 そもそもミゾ状のところにエポキをきっちり行き渡らせるためには,その粘度を下げなければなりませんが,エタノで緩めるとそのぶんわずかに引ける(エタノールの蒸発した分が減る)のと,蒸発時にエポキがエタノに引っ張られ,塗った範囲の外がわに寄ってしまうので,肝心の中央部分がいつまでも埋まってくれないという目に遭います。もろんその作業を繰り返せばいつかは確実にキッチリと埋まってくれはしますが,何度も充填と整形を繰り返すことになり,埋めたいところよりもその周辺が傷ついたり削れたりしてしまいがちです。
 まあ結局,どうやっても整形の時にどっかこっか削っちゃったり傷つけちゃったりはするんですが(^_^;)。
 作業の回数を減らし作業による損傷を少なくするためにはどうすればいいか----そう(w) 凹 をいッそ 凸 にしてしまえばいいのです。

 まずは浅いミゾに緩めたエポキ(ここはもう強度も硬化時間もさほど要らないので,硬化時間の短い百均のでおけいww)を筆で流し込んだら,粉をかけて軽く払い落し,10分ほど置きます。
 エポキを吸って少し固まり,粘土状になった粉をヒビの上に寄せて盛り上げ,さらに10分後,その上にクリアフォルダの欠片やラップの切れ端をかぶせ,指の腹で軽く押し付けて,溝の中にキッチリと埋め込みましょう。
 固まったらカバーをはずし,上からシャブシャブに緩めたエポキを2度ほど染ませて完了----ヒビの上の狭い範囲だけに,凸った部分を作り出します。
 もちろんあらかじめ粉をエポキで練ったパテを使う方法もあるのですが,いくぶん手間は少なくなるものの,「充填箇所の上で直接パテを作る」このやりかたにくらべると,やはり粘度の問題があるため確実さと精密さが劣るようです。

 ヒビ埋め箇所を整形したら,あとは内外の保護塗り。

 内がわの塗りは,ハミ出してる接着剤を軽く削ったあと,すでに塗られているオリジナルの顔料系塗料にカシューを滲ませ,下地として固めた上で2度ほど上塗り。
 最初のほうでも書いたよう,オリジナルの塗装に劣化や損傷が少なかったので,こちらはあまり問題なく仕上がりました。

 最後に外がわ。
 いつもなら拭き漆ていどで済ませますが,46号の管は皮つき(ニセの斑模様をつけるためですね)。皮のついた竹はもともと割れやすいですし,補修箇所も多いので,今回は補強のため表面に薄く塗膜を作るくらいに塗りこめます。
 カシューの本透明に透を混ぜ,古管っぽく少し飴色に見える感じに----

 と………庵主,ここでちょいとしくじりまして。

 一度塗り終わったところで,塗装を全面ハガすハメに……


 詳細はハブきますが,まあ 「ちョしちゃイケない時にちョした」 結果----このブログでも,自戒を込めて何度も書いてるくせに----とのみ書いておきましょう。(^_^;)

 この塗装のほうの失敗をとりもどす関係で,ちょっと作業に間があいてしまいましたので,気をそらす意味も兼ねて少々悪戯を----

 頭飾りにこれを仕込みます。

 自作の明笛や胡琴の棹,あとエレキなカメ琴シリーズなんかでも仕込んでますが,庵主はこれを「金鈴子(チンリンツ)」って呼んでます。
 太清堂の月琴の響き線から思いついた構造ですね。
 管体がうまく共振すると,金属っぽい余韻がわずかにつきます。

 笛の場合,聞いてるほうに聞こえる影響はわずかなんですが,吹いてるほうの耳のすぐそばにあるので,むしろ演奏者のほうにハッキリと聞こえます。吹音がちゃんと管に伝わって,全体ブルブルの状態,すなわち楽器のスペックがじゅうぶんに発揮されていないと作動しないので,これが聞こえない時には,聞こえるようになるように角度とか傾きとかを微調整し,ベストポジを探すわけです。その時の息とか唇の具合や調子とかを測るメーター,なんといいますか----「演奏者のためのエフェクター」って感じですね。


 さてさて,自らなしたしくじりの影響で塗装作業は大幅に遅れ,二週間で終わるはずの作業が,けっきょく一ヶ月近くもかかっちゃうこととなりましたが。(泣)
 最後の捨て塗りを乾かし一週間----右手に封印された邪悪な龍をおさえこみ,左手の邪鬼王の力を解放せぬよう,聖衣で編んだ包帯を巻き付け拘束しつつ,今回は無事に最後までちョさないでいられました(www…バンザーイ!!!)

 #1000のShinexで磨いて表面に付着したホコリや凸凹を削り落とし,亜麻仁油とコンパウンドで均し,#3000で磨いてカルナバ蝋で仕上げます。

 亜麻仁油の乾燥を待ってさらに数日。

 梅雨の合間を見計らい,お待ちかねの試奏へ----

 うむ----予想はしていましたが,ちょいと難しい笛ですわ。

 もともと,明笛はほかの笛類に比べると唄口が極端に小さいので,息を吹きかけて音が出るスィートスポットが篠笛とかよりずっと小さいんですね。さらにこの笛は管がやや細めなので,その範囲がさらに狭くなってるみたいです。

 慣れてくると唇のカタチで調整できるんでしょうが,ふつうの笛と同じつもりで吹いた場合,息の量に対し音に変換されるぶんが少なく,慣れてない現状ではしっかり音を出そうと思うとそれなりに息量が要ります。

 まあ庵主,もともと息継ぎが上手ではないせいもあるのですが,最初の1時間くらいはドレミだけでもうゼーハーの状態でした。(w)

 清楽における基本的な運指をもとに試奏してみた結果は,以下のようになりました。

 ○ ■ ●●● ●●●:合 4Bb+15
 ○ ■ ●●● ●●○:四 5C+32
 ○ ■ ●●● ●○○:乙 5D-5
 ○ ■ ●●● ○●○:上 5Eb+22

 当初の予想通り筒音,全閉鎖「合」はBbでした。
 古い清楽音階の基音ですね。全閉鎖からここまでは順調。
 続く「尺」が----

 ○ ■ ●●○ ○●○:尺 5F+30
 ○ ■ ●●○ ○○○:尺 5F#-24

 とやや乱調。本にあるこの2種類の指ではやや安定しませんでしたが,いろいろ試してみて----

 ○ ■ ●●○ ○○●

 という変則運指がF+15で,音も比較的安定していました。「工」は

 ○ ■ ●○○ ○●○:工 5G+35
 ○ ■ ●○○ ○○○:工 5G+25

 で,右手を全開放したほうが安定がよかったです。対して「凡」は

 ○ ■ ○●● ○●○:凡 5A-5
 ○ ■ ○●● ○●●:凡  〃

 と,どちらの運指でも問題ありません。
 呂音の最高は----

 ○ ■ ○●● ●●●

 で,筒音のほぼオクターブ上,5Bb+25が出ました。
 ピッチはだいたい合っているみたいですね。

 べつだん音が出ないわけじゃありませんが,ふつうに勘所をとらえるようになれるまでがちょっとタイヘンそうです。

 甲音もはじめはほとんど出せませんでした。
 集束した息がひっかからず,スカー,スコーっと唄口を通り抜けちゃう感じ。
 何度かくりかえし,少し慣れてくるとふつうに出せるようになりましたが…全体にクセのある,「プロ用の道具」って感じがします。

 「初心者用」は誰が使っても比較的使いやすく,そこそこのパフォーマンスを発揮しますが,プロ用ってのは性能的につきぬけたところがあるぶん,扱いが難しいものです。見栄張って「初心者用」でなく,いきなり「プロ用」の楽器とか道具買っちゃって,けっきょく放り投げたヒト----周りにもけっこういますよね?(ww)

 なるほど 「ほとんど未使用」 の状態で放置されちゃったわけだ。

 使い込むとけっこうなパフォーマンスを発揮するでしょうが,すくなくとも庵主みたいな(w)初心者向けの笛ではありませんねえ。

 塗りがまだ完全に乾いてないので本意気の響きはしませんが,塗膜がカッチリしてきたらかなり鳴りそうです。
 同じ理由で「金鈴子」システムの効きがまだ悪いんですが,こちらも管体が乾いたらリンリンと金属音ひびかせてくれると思います。

 とまあ,自業自得の失敗の結果ではあったものの,思いがけず試奏までに時間のかかってしまった明笛46号の修理ではありますが----実はこれに手間取っている間に,さらに2本ばかり増えてまして……
 次回からもまだしばらく,笛の直しが続きますです,ハイ。


(つづく)

明笛について(23) 明笛46号

MIN_23.txt
斗酒庵 ひさびさにまた明笛を買う の巻明笛について(23) 明笛46号(1)

STEP1 ヒビヒビノワレワレハウチュウジンダ

 さてさて,もう1本の46号。

 ヒビヒビでワレワレなのは最初にも述べたとおり。
 歌口上下にも2本入ってますし,棹背のものは上から下までパッキリ貫通しちゃってます。

 直るか?----と問われても確約はできない。
 上手く行ったらメッケもの,というくらいのシロモノです。

 しかしながら,この笛,ドレミ明笛の45号に比べると,ずっと古いタイプの貴重な笛であろうと考えられます。

 頭尾のお飾りなしで管全長448ミリは,古いタイプの明笛としてはさほど長くもありませんが,歌口の中心から裏孔まで328ミリ,同じく指孔の一番下第1孔まで277ミリというのは調べてみますと歴代でもトップクラスの長さ。
 清楽の演奏に使われたことがほぼ間違いない31号が管長539に対して裏孔まで320,第1孔まで279,こないだ直した44号が535に対して312の274----どちらも長大な明笛ですが----管の全長に対してそれらより長いのは管の太さの関係でしょうが,こうした寸法からだけでも,おそらくは全閉鎖BもしくはBbの清楽音階の笛と見て間違いないでしょう。

 資料としても貴重な笛です。何とか直してあげたいものですにゃ。

 主要な損傷個所は以下 (下解説画像,クリックで別窓拡大)----

 ヒビ割れのうち特にひどいのは,歌口の上方と,指孔の2~4孔間のもの。

 歌口上方の1本は,場所により1ミリ近く開いており,指孔のほうのは真ん中あたりが管内まで貫通し,少し盛り上がって食い違い段差も出来ちゃっています。
 45号とは違い,いづれの損傷箇所にも修理の痕跡はありません。

 ヒビヒビのワレワレで,内も外もバッチイ状態ではありますが,歌口周縁や管内の塗りに損傷や劣化した部分は少なく,響孔のところの紙貼り痕をふくめて管表面にもほとんど使用痕らしい使用痕がありません
 もしかするとほとんど未使用のまま放置され,この状態になったものかもしれませんね。

 簡見の時にエタノでさっと拭いはしましたが,管内いまだ一面灰色の世界ナレド,ここまでワレヒビてるとさすがに中性洗剤で洗ったり水を通したりもできません。

 キレイにする前に,まずはとにかく,管を漏れのない状態にいたしましょう。

 エポキのなるべく硬化時間の長いやつを買ってきました。
 これを練ってからエタノールでゆるめて,細い筆で割れ目にふくませてゆきます。
 庵主は百均で買ったネイルアート用の小筆(5~6本入り)を使ってますね----使い捨てでも惜しくない感じ?

 先にエタノールだけをヒビの中に流しておくと,それに沿って緩めたエポキも流れてゆきますので,何度かやれば,見えないような細くせまいところまで,接着剤をじゅうぶんに行き渡らせることができます。

 割れ目がエタノと接着剤でダボダボ,飽和状態になったところで,近所のDIYで買ってきたホースクランプの類をかけてゆきます。

 この時はみだした接着剤はなるべく,綿棒などで丁寧に拭っておきましょう。
 硬化時間が長いのを利用し,割れ目を締め付け閉じながら接着してゆきますので,けっきょく接着剤はハミ出ちゃうでしょうが,ここで最初の余分なぶんをちゃんと処理しておくと後々の作業がラクになります。


 割れてる箇所が多いので,すこしづつ,順繰りやってゆきます。
 エポキ自体は半日ほどで硬化していますが,エタノで緩めたりしているので,接着養生の時間もじゅうぶんにとりたい----けっきょく 歌口・指孔がわで3日,管背に2日 ほどもかかりました。



(つづく)

明笛について(22) 明笛45号

MIN_22.txt
斗酒庵 ひさびさにまた明笛を買う の巻明笛について(22) 明笛45号
STEP1 明笛45号


 ひさびさ…でもないか。(W)


 そういやちょっと前に44号がありましたっけ----
 今回は2本同時の出品でしたが,1本は比較的状態良好だったものの,もう1本はお飾りもなく,管もあちこちヒビヒビのワレワレはウチュウジンだ。

 庵主,月琴に比べると明笛のほうはけっしてまったく----いえいえ,ケンソンとかそういうのじゃなく,もう割と本気と書いてマジなほうで(^_^;)----得手でなく,いまだにドレミに毛の生えた程度の演奏がせいぜいではありますが。清楽という音楽分野を研究するうえで,基音楽器である明笛という楽器のデータは,曲の音階や奏法を考える上でのもっとも大切な資料の一つですからな。
 なんとかせめて。
 音階だけはふつうに吹き出せるようになろうと荒川河川敷で練習中,酸欠で倒れた頭の上をキジが走ってゆくという事態(事実ですww)に遭遇してなお,その探求だけは絶賛続行中。こうして,手に入るものは修理して,データを採っておるのでございます。

 とりあえず状態の良い黒いほうを45号。
 ヒビヒビの斑管を46号とします。



 まずは45号から。

 修理前の所見・採寸は以下。

 明笛でよく見る この黒い色の管は,竹の表面を硫酸などの薬品で焦がしたもの。
 黒竹とか紫竹とか,もともと色つきの材料を使ったようなわけではありません。

 ちなみにもう1本の46号管表面の斑模様も自然のものではなく,同じように薬品で処理した模様です。明治時代の 『新発明なんたら』 という類のDIY裏ワザ本には 「牙骨に色を付けるやりかた」 とか 「人造金の製法」「人造珊瑚製造法」(w) なんてのに並んでかならず,この 「人工斑竹の作りかた」 が紹介されてたりしますね~。
 つてもまあ,皮つきの竹の表面に薬品をてきとうにふりかけるだけのことなんですが…全体をズポっと漬ければこんなふうに黒竹風になりましょうし,棒かなんかにつけてパッパと振り撒けば斑模様になるし,型紙様のものを使えばもう少し複雑な模様を作り出すことも可能----ふつうの斑模様のほかに豹柄っぽい不定型な輪模様のある管も時折見かけますが,あれもおそらくはこの手での加工によるものでしょうね。

 焼印は「竹雨」か「竹両」。

 二文字目が少し潰れてるのでハッキリしません。
 ただ,この焼印,ちょっとヘンなところに捺されてます。
 ふつうこの手の刻印は,管背中心線上のどっかか,管頭の背側にそッと刻まれてるものですが,これは歌口のすぐ横あたり。
 焼印の熱でバッキリ逝ったら,せっかく作った笛が台無しになっちゃう危険のあるような場所ですね。工作によほど自信があったのかもしれませんが,あまり感心はいたしません。

 響孔のところに何か貼ってありますな。

 模様があるからラベルかな?----と,はじめは思ったんですが,そもそもここにラベルを貼るのもヘンなもの。
 周縁にちょっとギザギザが残っているし……古い切手かな,証紙の類かもしれん。
 最初から裏にノリがついてますので,竹紙・笛膜の代用品として使ってみたのでしょう。

 あと,管頭のほうにあるコレ----前所有者が「銘」を刻もうとしたみたいですね。

 「月魄」 でしょうか?
 ザンネンながら(w)「月」の2画めで挫折したようですが…ふっ……庵主も以前やろうとして苦労しましたっけね。
 けっきょくはルーターでガリガリっとやっちゃいましたが,竹になんか彫り込むのって手工具だとかなり難しいんですよね。繊維が一方方向でやたら頑丈なので,刃がぜんぜん思った方向に進まないんですよ。

 管頭・管尾の骨製お飾りが完備。  この両端の骨飾りが,明笛とほかの日本の笛を区別する時まっさきに目につく特徴の一つなんですが。今回の46号もそうなように,古物だとよく,ハズれてなくなっちゃってることのほうが多いですね。
 これも前所有者のシワザだと思いますが,かなりガッチリと接着固定してあります。管頭のお飾りの縁に,はみ出たニカワをぬぐった痕がバッチリとついてます。
 そして----この管頭のお飾りの中か,管のほうの反射壁の詰め物との間かに,なにか詰め物がされているみたいです。
 管頭のほうが不自然に重くなってますね。

 31号や44号なんかもそうですが,古い明笛は歌口から管頭の飾りまでの間がこれよりもずっと長く,そこにカウンターウェイト-----演奏時のバランスを衝る重しとして,たとえば鉛,たとえば唐木の棒とか鉄砂なんかを詰め込んであることがあります。
 同じようなことをして,演奏時の笛のバランスを調整したのでしょう。

 管頭のお飾りの付け根あたりと管尾の裏の飾り孔周辺に何本か,割レを補修した痕。
 歌口周辺もけっこうイタんでます。前所有者はこの笛をかなり大事に使い込んでたみたいです。

 要修理個所をまとめると,こんなとこでしょうか。(画像クリックで拡大)

 管尾裏孔のあたりにかなり長い未補修のヒビが1~2本見つかりました。
 これらはおそらく,使われなくなってから後,放置されてる間に生じたものでしょう。管長の半分くらいまで伸びてはいますが,ごく表面的な薄ヒビのようですから,保護塗りで固めるていどでも問題はなさそうですね。
 ほか大きなヒビはだいたい補修済で,さほど問題となるような割れもないようです。ただいくつか,小さなヒビやキズをウルシではなくニカワで埋めようとした素人修理がありますので,そこらはいちどキレイにしてからやり直しておかなければなりますまい。


 歌口の内がわ,
 とくに息があたる唇と対面がわの壁面は,塗装もボロボロでほとんど竹の下地が出ちゃってます。ごか上下にちょちょっと,濃い緑色の塗料で補修塗りしようとした痕跡も見えますな----なんでミドリ色?

 反射壁の塗りはだいじょうぶそうですが,その周辺はけっこうボロボロですね。
 とはいえ,このあたりは使用による通常の劣化で,管内のそのほかの部分の状態は比較的よく。例によって灰色一色になってたのをジャボジャボと水洗(w)してもビクともしませんでした。
 エタノールを使うと若干溶けてきますので,ベンガラと柿渋かそれにスピットニスを混ぜたような類の顔料系の塗装だったのでしょうか。

 洗った後,ちょっと吹いてみましたが,現状でも音が出せなくはない状態です。

 ----まあもっとも,かなり出しにくいし不安定ではありますが。

 このいちばんの原因は,歌口の周縁がガタガタになっちゃってることでしょう。

 歌口のふちに比較的大きなエグレが2箇所,上下の縁にも細かいキズが見えます。
 これじゃ吹きつけた息が乱れて,ちゃんとした鳴りませんね。

 では,今回の修理は,この歌口の補修からはじめることといたしましょう。

 まずは月琴の修理で出た唐木の粉を茶こしで軽くふるい,特に細かいのを集めて,エポキでよく練り,なめらかなパテにします。
 喰いつきが良くなるよう,歌口の周縁はあらかじめ綿棒や布を使って,エタノでよく拭っておきましょうね。

 これを----こうと。

 パテを盛ったあとは,こういうクリアフォルダの切れ端などをかぶせ,軽く押しつけておきます。
 こうしますと少ないパテを細かな凹にきっちりと押し込められ,余計なぶんが自重で流れたりもしにくい。
 無駄に竹の表面を荒らしたくないので,パテ自体の量も盛りつける範囲も,必要最小限にしときたいですもんね。

 一晩ほど置いてから整形。

 木片に目の細かなペーパーを貼ったもので,軽く軽くこすりながら余分を削り落とし,均してゆきます。
 試し吹きしながらの作業でしたが,表面の凸凹がなくなるほど息の流れがまとまってゆくのが,吹いた直後の曇りから分かります----面白いものですね。

 繊細な作業なので,けっこう時間がかかりました。

 新しくできたヒビの類には,ゆるめたエポキを流して留めておきましたので,これであとは管の内外を保護塗りすれば,まず大丈夫でしょう。

 まずは管の内がわから。

 最初にカシューの「透(スキ)」をジャブジャブに溶いて,これを細めの筆を使って歌口や指孔から流し込むよう置き,先端にShinexの切れ端をくくりつけた細い棒を出し入れして均して,管の内壁にじっくりたっぷりムラなく染ませます。
 これで顔料の層が残っている箇所は,そのまま固めて下地にしてしまうわけですね。

 最初の塗りは三日以上置いて,キッチリカッチリ乾燥させます。
 何回も書いてますが,カシューの塗りは最初のコレが大事。(w)

 しっかり固まったところで,#1000くらいのペーパーを先に巻いた丸棒で管内を軽く均し,上塗りに入ります。
 今回は「朱」で。最初に特に荒れてる歌口周辺や指孔の縁を部分的に塗ってから,使い古しのShinex(薄いスポンジっぽい研磨用具)を細棒にくくりつけたのに塗料を吸わせ,全体を塗りこめてゆきます。

 外がわは「透」の拭き塗り。
 塗っては布で拭き取り「拭き漆」風に仕上げますが,使用で荒れやすい歌口・響き孔の周縁とヒビ割れの補修箇所は,別に何度か筆塗りして部分的に少し厚めに塗膜を作っておきましょう。

 一週間ほどおき,ピッカピカに磨いたら修理完了!!

 5月の晴れた日の昼下がり,近所の公園で試し吹きをしてきました。
 清楽の運指での音階は以下の通り。

  ○ ■ ●●● ●●● 合 5C+25
  ○ ■ ●●● ●●○ 四 5D+30
  ○ ■ ●●● ●○○ 乙 5E
  ○ ■ ●●● ○●○ 上 5F+40
  ○ ■ ●●○ ○●○ 尺 5G+30
  ○ ■ ●○○ ○●○ 工 5Bb-21
  ○ ■ ○●● ○●● 凡 5B

 筒音(全閉鎖)がドの30%上,ミとシをのぞいて西洋音階と比べると全体に2~3割高めとなっていますが,清楽器の音階は西洋楽器のそれと比べると,第3音が2~30%低いのが特徴。全体が高くて第3音の「乙」がピッタリなんですから,「明笛」という楽器としては音階,合ってるわけですね。(W)
 まあ耳で聞くかぎり,筒音をドとしたときの音階に,そんな不自然な感じはありません。ふつうにドレミ音階の笛として使えそうです。

 古いタイプの清楽の明笛は,全閉鎖がBからBbですので,全閉鎖Cのこの笛は音階からも全体のカタチからも明治後期から大正時代にかけて作られた,比較的新しいタイプの明笛で,清楽の演奏に使われたかどうかには疑問がありますが----まあ「月魄」なんていう漢文厨二病的な銘(w)を刻もうとしていたところからすると,もしかしたら使ってたかもしれませんね。
 全閉鎖Cなので,清楽の楽譜をそのまま使っての合奏は出来ませんが,うちのWSでやってるみたいに,月琴がC/Gの調弦なら演奏に合わせること自体はふつうに可能です。ただしその場合のメロディは,本来の笛のパートじゃなく,月琴と同じのをユニゾンで演奏することになっちゃいますけどね。(w)

 吹きやすい笛です。

 古い明笛は歌口が極端に小さいので,勘所(息を吹きかける場所というか角度というか…)をつかむのがちょっと難しいんですが,これは篠笛風に改良され,歌口がやや大きめなんで,比較的ラクに音が出せます。

 ただ,庵主はふだん筒音の1オクターブ上を

  ○ ■ ○●● ●●●

 という運指で出すことが多いんですが。この笛だと音の安定が悪く,むしろふつうに甲音を使ったほうが安定して鳴りますね。これも歌口が大きめなおかげだと思いますが,古いタイプの明笛よりずっと甲音が出しやすいです。ヘタクソの庵主でも2オクターブ上くらいまでは余裕で出せました!(甲音,ふだんうまく出せないのでとてもウレしいwww)

 清楽の資料としてはあまり価値がありませんでしたが,楽器としては面白く使いやすい----悪くない笛でした。



(つづく)

明笛44号 「招月園」刻銘

MIN_21.txt
斗酒庵 「招月園」の明笛を調べる の巻明笛について(21) 明笛44号 「招月園」刻銘
STEP1 刻まれた詞(コトバ)

 ひさびさに笛を落札しました。
 前回の記事との間に4本ぐらい開いてるんですが気にしないでください。(w)

 今回入手したのは,漢詩の彫ってある古いタイプの明笛。
 清楽に使われた長ーい笛ですね。
 管頭2行に書かれた文字は

 茅 屋 何 人 共 住 石 林 似 我 曾 遊 白 雲 只
 在 半 嶺 青 山 誰 到 上 頭 亥 極 月 〓 〓

 明・藍仁「題青山白雲図」ですね。

 茆 屋 何 人 共 住,石 林 似 我 曾 遊。
 白 雲 只 在 半 嶺,青 山 誰 到 上 頭。

 茆屋 何人か共に住まむ,石林は似たり我が曾て遊ぶに。
 白雲只だ半嶺に在す,青山誰が上頭に到らむ。

 (絵の中の)あの田舎家には,どんな人々が住んでいるのだろう,
  そそりたつあの岩山は,まるでむかし旅したあの地のようではないか。
  山のなかばは白い雲に隠れている,あそこで
  あの青い頂をあおぎみているのは誰なんだろう

 題からするに,実際の景色ではなく「青山白雲図」という絵を見て詠んだ詩なわけですね。
 本では「茅」が「茆」になってますが,意味はおんなじ。
 「茆屋」であばらや,質素な田舎家を指します。

 漢詩の授業ではまず教わらない「六言詩」,しかも李白とか杜甫の詩じゃないあたりが,いかにも本意気の「清楽家」の笛----うん,このくらいイヤミじゃないと(www)----っぽいです。

 「極月」は十二月のこと。「亥年の十二月」,この笛の完成年記でしょうか。
 これに続く歌口の左下にある二文字(右画像)が今のところ解読不能です。「暖済」にも見えますが……さて。



STEP2 「招月園」について

 漢詩のとなり,左下に三文字あるのが,この笛を購入した理由----「招月園」の銘ですね。

 手もとの資料でこの名前が清楽家としてはじめて現れるのは,明治12年の『西京人物志』。
 「月琴」の項目に

  上京区第三十組麩屋町御池南
   招月園女史

 翌明治13年の『大日本現在名誉諸大家獨案内』では

 ○明清合奏
  麩や丁姉小路 招月庵

と,「招月"庵"」になってます。「招月庵」だと歌だか俳句だかの名跡で同じ名前の人がいますが,調べた限りでは関係はなさそうです。住所も同じ「麩屋町」ながら,その後がちょっと違ってますが「姉小路」は「御池通りの南がわ」にありますんで,同じ場所を指しているのだと思います。
 続いて14年,遠藤茂平の『京都名所案内図会』にも

 ふや丁
  御池南  招月園女史
 と,出てきます。
 3年連続してなにかしらに取り上げられてるとこからしても,この明治10年代に名を売ったヒトのようですね。
 最初の資料で「上京区第三十組」となってましたから,中白山町,いま旅館が何軒かあるあたりですかねえ。

 福田恭子「山口巌の生涯」によれば,お箏の山口巌氏の京都盲唖院時代の資料中に「"音曲研究会" 京都府盲唖院 三月廿六日 於 東山知恩院内午前正六時始メ午後五時終リ…」(『検査一件書』 明治18年3月)と「音曲研究会」により演奏会が行われたという記事があり,その参加者として----

 ○明清楽
 水滸伝武鮮花,二宗不諗母流水
  招月園 社中

と「招月園」の名が出てくるようです。「社中」とあるからには清楽のお教室として参加したということでしょう。「二宗」は「仁宗」でしょうね。この「武鮮花」「仁宗不諗母」といった曲は芝居仕立ての大曲なので,あまり月琴独奏という形式では演奏されない曲です。(「仁宗不諗母」がどういう曲だったかにつきましては今夏の復元記事をどうぞ!)
 どっちかというと大勢でいろんな楽器を持ち寄ってワイワイやる手合いですね。
 明治25年の『音楽雑誌』20号,大阪東区の「備一亭」で行われた平井連山(初代)の七回忌の演奏会についての記事中にも,この「招月園社中」が協力した旨が見えます。これも当時の清楽関係としてはかなり規模の大きな催しだったようですから,それに手助けを頼めるくらいの規模で,あるていどの人数を教授していただろうということがうかがい知れます。

 しかしながら,庵主も現状文献から追えるのはこのくらいなもので。

 そもそも「招月園」というのは「○○亭」とか「××庵」と言ったのと同じ,自分の家や庭や部屋などの名前を以て,自分の名前に代える----いわゆる「室号(しつごう)」という類。庵主の「斗酒庵」てのもそうですが,ペンネーム・芸名,雅号てのの一つです。
 つまりこの人,現状本名も分からないわけですね。
 ただ最近,大正13年に出された『日本音楽の聴き方』(那智俊宣)という本の中に,こんな一節を発見しました。

 …この期の初めから末期にかけて流行を極めましたのは,文政年間長崎に伝来した支那近代楽の「明清楽」でありました。南宗画及び煎茶の普及と共に。支那近代趣味の人に迎へられ,其雅筵にはこれが演奏を絶たない有様でありました。明治の初年から,二十年頃までを極盛期といたしまして,日清戦役に至って一時に音を絶ちました。長崎派と渓庵派の二派ありまして,長崎派では久留米の人仙台の箏曲の山下検校,渓庵には東京に長原梅園,春田母子,京都に岡崎招月園女史など覇を称しました。管絃楽を重とし,月琴,阮咸,提琴,胡琴,明笛,太鼓等はその楽器の重なるものであります。(「七、諸樂交替期」より)

 あー,細かいことを先に言っときますと。長原梅園と春田は「渓庵派」ではありませんね……たぶんこれは東京を中心に活躍した長原梅園の一派を,本家の連山派が「大阪派」と呼ばれるのに対し「東京派」と呼ぶこともあったところからきた混乱でしょう。鏑木渓菴が興し富田渓蓮斎が継いだ「渓庵派」も,活動の中心を東京としていたことから「東京派」と呼ばれることもありましたが,伝承の系統が違っています。
 また長崎派の代表にお箏の山下検校入れちゃうのか!ってあたりも文句がないでもないんですが(w),山下検校が清楽にも関わってたのはまあ事実。長崎派ってのもふつうだと小曾根乾堂・三宅瑞蓮とか東京なら奥山の松本瑞蘭あたりでしょうねえ。

 そりゃまともかく----ここには「岡崎招月園女史」と書かれています。清楽家で「京都に」っていうから,ここまで追ってきた「招月園」のことで間違いないでしょう。

 もっとも,京都ですからもしかすると「岡崎」は左京区の「岡崎」なのかもしれないんですが(心配性)----まあほかの人名がその形式になってませんので,ここは素直に名字と受け取って良いでしょう。
 「招月園」の名字が「岡崎」だというのは,現在までの所この記事以外に見たことがありません。

 さてこの文の筆者「那智俊宣」は鈴木鼓村の別号。
 明治~昭和にかけて活躍したお箏の人で京極流の創始者。北原白秋などのやっていた「パンの会」のメンバーでもあり,交遊は広く趣味も多彩にして多才の人。大正時代にはこの名前で,京都で日本画家としても活躍していたそうです。
 明治8年,宮城県の生まれなので,招月園の活躍時には直接的な交流はなかったと思われますが,明治30年代以降は京都がその活動の中心であったので,そこで手に入れた情報だったのか…または,この人の祖母・母ともに京都の人らしいので,あるいはそのあたりの伝手からの情報だったのかもしれません。
 もっとも,ほぼ独学で『日本音楽の話』なんていう大著を書きあげちゃうくらい音楽全般に底知れぬ造詣を有していた人ですので,たんに「知っていた」だけなのかもしれませんが。


STEP3 笛の状態と修理

 さて,今回入手した笛に戻りましょうか。
 招月園女史本人の作ったものか,社中で作らせたものに銘を刻んだだけか,そのあたりはまあ分かりませんが。

 庵主の刻文の読みが合ってたとして「亥年」の作だとすると明治では8(1875),20(1887),44(1911)。招月園の活躍時期や笛の状態からすると真ん中の,明治20年代の作かなあ。

 以前音大で見た伊福部先生のところの招月園の清笛は,色の薄い地に変り斑をちらばせたキレイなものでしたが,こちらは全体が茶色。
 煤竹っぽい色ですが,管尻のところを見る限り竹の肉の色や感触は違いますので染めでしょう。
 お飾りをはずした状態で管長は543。
 明治~大正の頃に売られていた標準的な明笛で長さはだいたい45センチくらいなので,10センチ近くも長いですね。

 管頭のお飾りがなくなったか,お飾りの接合部分が破損したかしたらしく。凸になった部分を切りとり,内がわを削って少しラッパ状に加工してあります。
 まあこのタイプの明笛は,歌口から管頭までの部分が長いので,飾りがなくてもこれで格好はつくだろう,ということでしょうか。
 管尻のお飾りは残ってますが,虫やらネズやらにやられ,かなりボロボロな状態です。素材は牛の角ですね。
 管径は管頭で外22,管尻で外20,内11.5。
 歌口は12x8,指孔はそれよりわずかに小さく10x8ていどの棗型。響き孔と裏孔はφ6の円形。

 歌口から各孔までの寸法は以下の通り----

歌口響孔調子孔1調子孔2裏孔
73137164191218247274332356312

 明笛の場合,歌口の中心から裏孔までが,弦楽器で言うところの有効弦長にあたりますね。反射壁(管頭の詰め物)は歌口の上端から4ミリほど下がったところとなっています。
 すでに述べたよう,管頭のお飾りはなくなっており,管尻のお飾りもボロボロですが,そのほかの損傷個所は以下----

 歌口のあたりの塗りが傷んでいるのは,使い込まれた笛としてはまああたりまえの故障なのですが,反射壁手前の塗りの剥離は,状態から見て,前の所有者が反射壁の位置を後で調整したのではないかと思われます。

 現状で息を吹きこめば音が出る状態,しかも管全体がビビるくらい共鳴してますんで,この前所有者によるピッチの調整はバッチリGJ。製作当初はもうすこし歌口がわというか,手前に位置していたようですね。
 周辺の内壁,そして歌口と響孔の中間部位の管背がわにも数箇所の剥離が見られます。これらも使用による劣化というよりは,反射壁調整の巻き添えを喰らったものだと思われます。そのうえ,塗りが剥離した状態でそのまま使っていたようで,露出していた竹の地が,ヨゴレで真っ黒になっていましたよ。

 あとは管尻がわ指孔の第1孔周辺,塗りも竹の表層部も剥がれ,竹肉の部分が露出して表面がガサガサになっています。指孔の縁もちょっとボサボサになってますし,孔の壁の塗りも傷んでますね。竹の表層ってのはふつうけっこう丈夫なものなんですが……これは削れたとかでなくて,管表から管背にかけて,液体が滴ったような痕跡が見られますね。
 単なる水濡れではありません。
 なにか薄い酸とかアルカリとかで,時間をかけて浸食,溶かされたみたいな感じです。
 管内の塗りには損傷が及んでおらず,指孔も押さえた時の感触が悪いだけで使用上の問題はさほどなさそうですが,軟らかい竹肉の部分が出てしまっていますし,表面がこんなだと何かにひっかかって傷んでしまいそうですので,少々表面を固めてやらなければなりますまい。

 音が出せる----つまりは楽器として使用可能なわけで,この時代に作られた古楽器としては保存状態がかなりよろしい。塗りの補修と傷んで竹の肉の出てる第1孔周辺を固めれば,ふつうに使える状態に戻るでしょう。

 正直音階を調べるだけなら,管頭と管尻のお飾りは楽器としては無くてもまあ構わないんですが。管頭のお飾りについては,演奏時に長い管体のバランスをとるカウンターウェイトとしての機能も持ってますんで,「笛として使う」なら作らなきゃなりますまい。

 管尻のほうはボロボロながら残っているものの,管頭のお飾りに関しては現物が残ってないので,どんなものだったか分かりません。カタチよりは重さを考え,だいたいの大きさを決めて作りました。
 今回の材料は,いつも庵主が月琴の糸巻作るのに使ってる百均のめん棒----ふつうなら旋盤で作るような部品ですが,持ってナイもので,根性と手ヤスリで削り出します(w)
 管尻のほうはだいたいのカタチを出した後,管尻方向から中心に孔を通してリーマーでグリグリして内がわをラッパ状に。管の接続部をさしこむほうは,彫刻刀で深さ1センチほどの凹に彫り込みました。

 もともとの塗りがかなりしっかりしていたようなので,内塗りは基本的に管内や指孔の縁の剥離箇所の補修と保護塗りていどで済みました。外がわは第1孔周辺の損傷個所に塗料を染ませて毛羽立った表面を固めたほかは,かるく全体を拭いたていどですね。
 一週間ほど硬化養生させてから磨き,公園で試奏してきました。

 口 ●●●●●●  合/六  4Bb+35~4B-42
 口 ●●●●●○  四/五  5C+25
 口 ●●●●○○  乙  5D-12
 口 ●●●○●○  上  5Eb+15
 口 ●●○○●○  尺  5F+20
 口 ●○○○●○  工  5G-10
 口 ○●●○●○  凡  5A-25
 (口は歌口,●閉鎖,○開放)

 全開放は5A+30
 呂音での最高音は 口 ○●●●●● で,全閉鎖のほぼオクターブ上,5Bb が出ました。

 西洋音階にあてはめると,筒音がかなりビミョーな感じではありますが,「"合" がBbからB」というのは文献通りの当時の音。かなり正確な清楽音階になっているのではないかと思います。
 修理前にも思いましたが,非常に吹きやすいですね。研究用に購入したものですが,ふだん使いの楽器としても使えそうです。
 ほぼ同じ大きさの31号とくらべても,音の安定がとてもよろしい。
 呂音から甲音への切り替えもスムーズ。
 笛へたっぴな庵主でも,苦労せず甲音が出せます。
 さすがほんとうの清楽家が作ったマジ笛,ちゃんと分かって作ってる,って感じですか。

 楽器として庵主にはもったいないくらいの上等品ですんで,こりゃもう少し練習しなきゃなあ。

(おわり)

明笛について(20) 39,40号

MIN_20.txt
斗酒庵 明笛を調べる の巻明笛について(20) 明笛39,40号 

  38号は修理すれども音出ず。(泣)

  次の2本は,いっしょに出品されてました。
  お尻の飾りのないのを39号。
  頭の飾りのないのを40号とします。

  寸法からして,いづれも大正期の明笛と思われますが,孔のカタチや管の状態などから総合的にみて,40号のほうがやや古いタイプの笛のようです。

  39号の頭飾りは水牛角製。


  なんか,あちこちに細かいエグレ……あら,穴ァあいてるとこまでありますね。
  スプーン状の削れ痕,これぜんぶ,ネズミがカジったとこです。
  いやでも,食べられてすっぽりなくなってた例もあるんで,これならまだよく残ってるほうかと。(w)

  まんなかの白い象牙のリングのところで,二つに分解できるようになっています。ラッパになってる先端がわは,内もきれいに刳ってありましたので,おそらくここは笛膜入れになっているのでしょう。
  飾りのすぐ下にラベルがあって,上段に 「TANIGUCHI&CO.」 真ん中にヒシにS.Tの商標,下段に 「OSAKA,JAPAN」 とありますね----ここから,この笛の製造元は 「谷口昇店」 であろうと思われます。


  この製造元の,拙楽器商リストにおける現在までの初出は,明治37年の『第五回内国勧業博覧会大阪府事務報告』。「谷口昇治郎」 という人が,手風琴を出品しています。このほか国会図書館のアーカイブで探すと,大正4年の 『明笛教本』(ノボル楽友会)と 『箏曲ゆき-古泉流合奏用明笛音譜』(同前) という譜本が出てきました。いづれも発行元は 「谷口昇店」。 また巻末広告には,この笛にあるのとおなじ 「ヒシにS.T」 の商標が見えます。こちらの奥付では,店主の名前の表記が 「谷口昇次郎」 になってますが,住所が同じで管系の楽器を扱ってるんだからこの二名,同一人物(おそらく後者の表記が正しい)と考えて,ほぼ間違いないと思われます。
  商標 「S.T」 の由来は,店主の名前 Shoujirou Taniguchi だと思われるのですが,主催する音楽クラブが 「ノボル楽友会」 なので,お店の名前の読みは 「たにぐちしょうてん」 ではなく,「たにぐちのぼるみせ」 なんじゃないか(w)とも考えてしまい,少し悩みのタネとなっております(w)。 奥付の記載から推してこの 「ノボル楽友会」 というのは和倉古泉という人が代表ではじめた,谷口昇店主催の音楽クラブのようです。「谷口昇店」の「昇」にあやかり,笛のウデマエぐんぐんあがるぞ!-----みたいなもの。するとやっぱり店名は 「たにぐちしょうてん」 でいいンじゃないかな。(ww)

  ただし『大阪商工名録』(大11)では,住所が同じで店主の名前が 「谷口昇」 になっています。このあたりになると,これが同一人物なのか(昇の後を書き損じたとか),あるいは店の名前にちなんだ血族が継いだとかなのか,ちょっとあやしくなってきますね。

  うちで扱うのは確かハジメテだったと思いますが,このラベルの貼られた明笛は,古物ではよく見かけるものなので,当時としてはけっこうな大手の笛メーカーだったのだと思いますよ。

  管の保存状態は比較的良く,歌口にも内塗りにもほとんどイタミがないので,笛としてはこのままでもじゅうぶん使用可能なくらいですが,上の画像にもあるように,頭飾りがネズミに齧られまくって穴があいてるのと,お尻飾りがなくなってます。

  んでは修理。

  まずは頭飾りの穴を埋めましょう。

  アクリル絵の具でそれっぽい色を作り,これをエポキに混ぜて,エグレやら穴ポコに充填。硬化後に整形して磨くと----うむ,透明のままでも良かったかな(汗)。 じっくり見れば多少は気になりますが,まあ補修痕ですから,あるていど分かってしまうほうが後世のためはにいいかもしれません。

  お尻飾りのほうは,例によってブナのパイプを削りましす。
  いつもだと白く塗るところですが,今回は頭飾りに合わせて黒塗り。

  中国の笛子ではいまもこうしたお飾りは,頭のもお尻のも,ほとんど管本体と同じくらいの径のパイプ状のものがついてるくらい,古式の国産明笛でもこの部分はそんなに広がってませんが,明治末から大正期になってくると,ここがより装飾的になって,頭飾りはこのように,いかにもというような 「ラッパ状」 になり,その根元の部分にもハタ坊のオデンとか五輪の塔みたいな凸凹のデザインがつき,やや派手なものが多くなってきます。
  ただ,こうしてデザインを派手にすると,そのぶん大きく重くなるので,ただの筒状のものにくらべ,取付けの安定が悪くなってきます。もともと数ミリしかない竹肉の,それも丈夫な表層の部分を削って,少し柔らかい竹肉の部分にさしこんでいるのですから,強度上の心配も出てくるんですね。ただでさえ,よくはずれてなくなっちゃってることの多い部品ですが,これがさらになくなりやすくなるというあたり。

  しかしながら----ふむなるほど。 こうやってお飾りの接合部の際に凸を作った場合,接合面が少し大きくなってお飾りが安定しますし,管につける段差の削りも薄くて済む。その上,このラッパ部分の根元は管の太さにあまり影響されないので,より末広がりにデザインできるんですね----これはおぼえておこう。

  管のほうは外がわをきれいにぬぐい,あとは内壁,歌口から響き孔の底あたりに少しイタミがありましたので,そこを中心に管内を軽く保護塗り----うむ,比較的ラクに終わりました。
  音は典型的な大正期のドレミ明笛ですね。

 口 ●●●●●● 合/六 B-C
 口 ●●●●●○ 四/五 C#+45
 口 ●●●●○○  Eb+20
 口 ●●●○●○  F-10
 口 ●●○○●○  G-25
 口 ●○○○●○  A-10
 口 ○●●○●○  B
 (口は歌口,●閉鎖,○開放)

  庵主のウデでは(そういえば笛の場合は何と言うのだろう?),全閉鎖と一指あけが多少安定しませんでした。歌口と響き孔のあたりを少し塗りなおした影響だったかもしれません。後で吹いてくれた方の話だと,●●●●●● でC,●●●●●○ でDがだいたいちゃんと出るよ~とのこと,それでも2・3音目は少しだけ低くなるようです。
  呂音での最高は ○○●●●● で出た6C-10ですが,かなり不安定。

  この笛の修理と試奏を通じて分かったことがもう一つ。

  うちにある明笛だと,「上=ド」 としたとき,西洋音階に近いドレミを吹こうと思うと,「ファ」が ●○○ ○●○ (ミの運指)の6孔(左端)半あけになります。

  この半音を出す「半あけ」は丸い孔のほうがやりやすい。

  「半あけ」とはいうものの,べつだん指孔をきっちり半分あければ半音になるかと言えばそういうわけでもなく(庵主は当初,本気でそう信じてましたw)。 実際には図左のように,わずかにスキマをあけるくらいです。
  古いタイプの明笛は,歌口も指孔も棗核型。さらに丸穴タイプのものに比べるとかなり小さめです。 慣れてしまえば出来ないことではありませんが,丸孔に近いもののほうが間違いなくやりやすいのですね。逆に考えますと----

  ・棗核型の笛は基本,半音の技法をあまり使わない笛。

  ・丸孔型の笛は半音の音階もふつうに使う笛。

  ----ということが言えるのじゃないかと。
  実際,日本の清楽の楽譜には,半音を示す記号はありませんし(中国の工尺譜では 「上/下」 等の付号で表すことがある),基本的には長音だけで,中間的な推移音なども用いられませんから,必要ないわけですね。

  そこからさらに論理を延長して行きますと。

  指孔が丸に近い明笛は 「半音の必要な音楽」 をやるために改造と言うか進化したものだ,とも言えるわけですね。

  この変遷がいつごろからはじまり,最終的にはどうなったのか。
  もうすこしで分かりそうな気がします。





  さて,39号よりは多少サビれて見えたものの,40号も外見的にはさほどキタなくもなく。
  管のあちこちに小さな虫食い穴がちらちらと見えはしますが,持った感じ,まあ大丈夫だろうというくらい。

  内がわに少しホコリがついてましたので,とりあえずこれをキレイにしてやろうと露切りを通しましたところ……あれ?……なんかバサっと落ちてきたよ…内がわの塗りが。
  管尻を下にして,コンコンと軽く作業台にうちつけましたところ………モサっと落ちてきましたよ……粉が。

  ……うっぎゃああああっ!

  虫に食われてました----ちょうど内塗りの薄い塗膜の下,竹のやわらかい肉のあたりが,そりゃもう縦横無尽に食われまくってます!!


  食害部分を除いて内部を均すため,丸材に紙ヤスリをつけた即席のガリ棒で内部を削ったところ,まあ出るわ出るわ,笛がなくなるんじゃないかと思うくらいの量の竹の粉が。
  棒引き抜くたびに舞い散るホコリ----さすがに家の中では出来ないので,ベランダとか公園で作業してました。

  古物の竹笛を修理した人の記事で,同じように虫に食われた笛があって,握ったらクシャっと潰れた,なんていうのを読んだことがあります……今回,こりゃさすがにダメかなあ,とも思ったんですが,虫が食いまくったのは見事に塗膜の下の一定の領域のみ,食われ方がだいたい平均していたのと,小さな侵入孔は無数にあいてるものの,外がわのカタい部分にはほとんど被害がありません。

  ふむ……もしかしたら,あんがい,直るかもしれませんね(w)。
  とにかくダメもと。これもチャレンジと思ってやってみましょう!


  この笛には二つ問題がありました。


  ひとつはこの虫害ですが,もうひとつは歌口の工作不良です。

  もともとあいてた位置が,管の中心線から若干ズレてしまっていたようです。
  ちょっと大げさに描くと図のような感じですね----これによって,笛を鳴らすのに大切な,歌口前後(クチビルを当てるほうとその向かいがわ)周縁部の角がうまく合わなくなっており,いまいち良く鳴ってくれないんです。
  オリジナルでは手前(くちびるがわ)の縁が,図よりもう少し斜めで,内がわの角がほとんどなくなっちゃってました。

  歌口が駄目な笛は,基本ゴミにしかなりませんが,大正期のものであろうとはいえ貴重な資料です。なんとか直して吹いてみたいもの。

  基本的には,孔をいちど埋めて,正しい位置と角度であけなおせばいいわけなんですが,まあこの手の笛では,あまりやる人はいないようですね。
  今回の修理には,こんな材料を使います----

  粉……粉ですね。
  ちょっと固まりもありますが,かなり微細な粉です。
  いえ,ある意味 「ヤバい」 かもしれませんが,ヤバい成分はたぶん含まれてません。(w)
  質感的に砥粉に似てますが,砥粉ではありません。

  これはなにかと言いますと----竹の粉なんですね。
  以前,修理の材料として煤竹の端材を何本か買ったことがあったんですが,その一本が虫にやられてまして,一部が内外の皮一枚を残してすっかり食われてしまっていました----そこから出てきたのがけっこうな量のカタマリ。 触った感じはカタかったんですが,指先でつぶすとモロモロと砕け,たちまち細かな粒子になりました。

  通常こうした修理には,同材かなるべく近い材料を用いるのが良いとされています。

  しかし竹の場合,繊維が丈夫過ぎて,直線状,繊維に沿った形での単純な埋め込みなどの場合は良いのですが,複雑なもの細かい作業の補修材としては不向きです。しかも同じ理由で,そのまま粉砕してもボサボサとした細かな繊維状になるだけ,充填補修の骨材などとしても使いにくい。
  一方----これは虫の体内を通過してますが,もとは紛うことなく竹だったもの。
  しかも紙ヤスリなどで擦って作った竹の粉末などに比べはるかに微細で使いやすくなってます。 作業の前にいくつか実験してみましたが,ニカワやエポキと合わせてみた場合,やや硬くモロいものの,固化後の強度や切削感も,竹にかなり近いものとなりました。

  今回はこれをパテの骨材として使用しています。
  まずは歌口と虫食い穴は,この竹粉をエポキで練ったものでふさいでしまいます。
  虫食い穴は孔のところに盛ったあと,針の先などで一個一個中に押し込みます----けっこうな数,ありましたよ。
  歌口は一度ふさいだ後,硬化後に表裏を均し,本来あるべき中心の位置と角度で孔を開けなおしました。あとでぞんぶんに調整ができるよう,この時点ではすこし小さめの棗核型にしておきます。

  つぎに,おなじものをカシューで練って,管の内がわに残った虫食い痕を塗りこめます。削って均しはしましたが,こまかい溝があちこちにのこってしまっていますし,削ったことで管の内径が広がってしまってるわけですから,その補充も兼ねてるわけます。
  まあもっとも----「元通り」の内径にまで厚盛するわけにはいきませんが。

  エポキで練ったパテにくらべると硬化するまでの時間が長いのですが,まあこの時期,ほかにさしたる修理楽器もありませんでしたので,のんびりやってゆきました。
  尺八なんかでも似たようなことをするそうですが,この作業,けっこうタイヘンですね。
  管の内がわの,思うところにパテを落とし,それを均して広げる----管は細いですから,とうぜん見ながら,なんてことはムリ。棒にだいたいの寸法を刻んだりしながらあとは手先指先の感覚で……なんですが。パテを持ってゆきたいところの手前に落ちちゃったり行き過ぎたり。なかなか思うようにはいきません。

  途中,表面の均しをまじえながら,3~4回に分けてけっこうな量を盛り,二週間きっちり乾かし,虫食い痕がぜんぶ埋まったのを確認したところで磨き,カシューだけで内外に仕上げの上塗りを2度ほど。

  吹いてみました。
  音が,出ました!

  おおおぅ……あの虫食いだらけの不良品が…スカスカだったあのシロモノが。
  笛に,もどりましたよ。
  意外にいい音,しかも吹きやすいです。
  音のほうはおそらく,竹の柔らかい部分がほとんどなくなって,管の主要部分がほとんど硬い外皮層だけになっちゃってるからでしょうね。雅楽の笛などは,割り竹の外皮のがわを内がわに向けて筒にするそうですが,あれと同じような感じになってるのでしょう。

  歌口の再生もうまくいったようです。
  竹よりモロいだろうな,と思われたので,仕上げ塗りのとき,パテ盛り部分を中心に,少しカシューを多く重ね塗りしました。調律と調整で,少し削りましたが,通常の使用では強度的にも問題はないようです。
  埋めなおしたのが分かっちゃう感じなので,外面的には多少ヨロしくないかもしれませんが,音が出るのに越したことはないですし。

  内がわをかなり削ってしまっているので,この笛の実測音は,資料としてはあまり参考になりませんが----

 口 ●●●●●● 合/六 B
 口 ●●●●●○ 四/五 C#-10
 口 ●●●●○○  D-Eb
 口 ●●●○●○  E
 口 ●●○○●○  F#-5
 口 ●○○○●○  G#-5
 口 ○●●○●○  A-Bb
 (口は歌口,●閉鎖,○開放)

  計測すると多少波瀾な音階ですが,耳で聞くとけっこうまともなドレミになっています。全閉鎖Bだから古管に近い音階ですね。
  状態が状態だったので,製作当初の音階がどうだったのかは不明ですが,これはこれで偽似的に古管の明笛の代用品として使えるんじゃないでしょうか?
  すでに書いたとおり,音の響きは美しく,比較的吹きやすい笛ですんで,月琴の伴奏にはよさそうですね。

  こっちは頭飾りがブナパイプ。
  オボえたてのテクを使って,ラッパ広がりを強調したら,ちょっと細めになっちゃいましたが,まあこんなものでしょう。
  アクリルで色づけ,磨いてニスで保護塗りです。




  さて,37号の詰め物は後補だったのでスッポンと抜けて,詰まってた新聞紙から存在の上限,すなわちそのモノがいつごろには確実にあったのか,ということが分かりましたが,40号の詰め物はオリジナル。修理のため取り除かなきゃならなかったのですが,これがなかなかガンジョウで。かなりグリグリやっちまったため,ほぐしても大きなカタマリがあまりありません。

  なんとか使えそうなのはこのあたりくらいで…まあ正直,真ん中の一枚だけですかね。
  片がわに淋病の薬の広告。その裏に,たぶん雑誌の内容広告だと思うんですが……人名がいくつか見えます。
  「橋爪めぐみ」「白石實三」「井上康文」の名が読み取れました。
  「橋爪めぐみ」と「白石實三」は小説家,「井上康文」は詩人ですね。ともに大正時代,婦人雑誌の類によくのっていた人々のようです。
  この断片の内容にぴったり合うような雑誌記事目録には到りませんでしたが,『令女界』とか『婦人雑誌』とかで,この三人が同時に活躍していた時期を探すと,だいたい1923年前後のようです。
  おそらくはそのあたり,大正10年代のはじめのほうが,この2本の笛の作られた時代ではないかと考えられます----まあ虫に食われまくってた保存の悪さは置いといて,意外と新しかったですねえ。


(つづく)

明笛について(19) 明笛37号

MIN_19.txt
斗酒庵 明笛を調べる の巻明笛について(19) 明笛37号 

  今回の笛 37号は,頭飾りがない状態で,長さが50センチを越えています。
  明治~大正期の標準的な明笛だと,竹管の部分は40から45センチというところで,少しではありますが長いわけですね。

  しかも,頭部先端にはこのような加工痕……ここはもともと頭飾りを付けるのに,削って段にしてあるところですが,これはまあどう見てもオリジナルの工作ではありますまい。

  古式の明笛はふつう,この歌口から頭飾りまでの間が,明治期の標準的な明笛よりかなり長くなっています。おそらくは古式の明笛を,何らかの故障かあるいは改修のために切り詰めたものなのではないかと考えられます。
  最低でもあと2~3センチは長かったんじゃないかな?
  通常だと考えられない工作ですが,ぶつけて折れたとかヒビが入ったとか,あるいは管頭の詰め物がどうかなったんじゃないかと考えます。
  どれかと言われれば庵主,原因としては後者を推しますね。というのも----

  管頭の詰め物が替えられています。



  詰め物は,管尻のほうから棒ッこでつついたら,比較的かんたんにポロリと出てきちゃいました。
  出てきたのは新聞紙----国産の明笛の詰め物としてはふつうですが,通常はもっと硬く圧縮されてるものですし,反射壁になってた部分に塗料も着いていません。 つまりこの詰め物は,なんらかの原因で交換された後補のもの。それもキチンとした修理工作としてではなく,あくまで「仮」に,って感じでつめこまれたモノではなかったかと考えます。

  さて,以前この詰め物にされてた紙から笛の製作時期が分かったことがあるのですが,今回は,ちょうどまあ日付の部分が切れてて,ここから直接には分かりません。 また上に書いたように,今回のはオリジナルの材料ではなく,あとで誰かが詰め込んだものと想像されますが,まずこの新聞の年代が分からないと,この笛の存在の上限が分からないですからね。 なんとか読み解いていきましょか。

  手がかり1は左がわの紙。
  諸物価推移の表がありました。今も新聞に載ってますね「バナナ,190円。アジ,60円」ていう標準物価が並べてあるやつ。この記事内容から推してこの新聞は,「価」 が旧字体で 「日本橋区」 に魚河岸があった時代のものと思われます。 また,日本橋区の物価が載ってるのですから,これは東京版,いま東京の魚河岸は築地ですが,これが日本橋から移転したのは関東大震災の後。ということは,関東大震災の前,ということですな。



  手がかり2は中央のピース。「闘球盤」の広告----あ,これ 「昭和天皇が夢中になったまぼろしのゲーム」 って,ちょとまえに話題になったやつだ!----「カロム」 「クラキノール」 ってのだね。発売元は 「大一商会」 とあります。

  手がかり3,右端の紙は二つに折られていまして,開いたら 「『妊娠図解と安産法』〓村与野子(1字不明),河原林須賀子合著,有文堂」 という書籍広告が出てきました。 この本,国会図書館の検索では見つからなかったんですが,「成田山仏教図書館蔵書目録」に所蔵あり(w…なぜ?)それによれば発行は1915(大正4)年だそうです。

  ふむ…つまりこの楽器は,少なくとも大正4年には,壊れたか修理(?)された状態で存在していた,ということになるわけですね。


  明笛は清楽器の中でいちばん最後まで命脈を保った楽器で,大正時代に入ってもまだけっこうさかんに作られていました。そのころのデザインと思われる楽器を2~3のメーカーさんがいまだに作っています。
  これに対し,古いタイプの長い明笛が作られていたのは,明治の20~30年代までではなかったかと推測されます。

  もっとも清楽が一般的でなくなった後も,楽器屋さんに頼めば,古いカタチで作ってもらえたろうことは想像に難くありません。昭和10年の 『工業・手工・作業・実習用材料-木・竹編-』(小泉吉兵衛) の写真(右画像)にも,そういう古いタイプの明笛が写っております。

  当初明笛は,中国笛子そのままの南京笛タイプのものと,頭尻の飾りが大きく補強の糸巻きのない,のちに一般的となるタイプの2種類で,調子は全閉鎖Bb(間違ってもBあたり)一つしかなかったと思われますが,明治に入ってからは清楽で使っていたものに比べると短く音もやや高い,全閉鎖C,すなわちドレミに近い調子の新しいタイプのものが生まれ,主流となっていきました。
  長原春田が 『明笛和楽独習之栞』(明39) を出したころには,まだ旧来の音長の笛が多かったらしく,彼は運指と符号の関係を変更することで,西洋のものに近い音階で曲を記譜しており,明治24年に出された『明笛尺八独習』(音楽独習全書 津田峰子)も全閉鎖を 「凡」 とする (ふつうは「合」) 同様の運指法を採用しています。明笛の改造はおそらくこの前後あたりごろから始まったものではないかと,庵主は考えております。

  歌口・響孔・指孔以外の飾り孔がなかったりするものもありますし,孔の形状が篠笛に近づき,やや大きく,円形に近くなっていることもあります。また,管頭の飾りがデザイン的にやたら派手なモノになってることもあります。
  あとは「塗り」ですね。初期,とくに唐渡りのようなのものは管の内がわがほとんど塗られていません。中国笛子は現在でもそうで,この管内をウルシで塗りこめるってのは,日本産の笛である確立が高いのです。国産初期のものも内塗りは薄く,ほとんど塗膜になっていないことがあります。

  さて,そこであらためて37号を観察いたしますと。

  管がもっと長かったろう,ということはすでに述べましたが,歌口,指孔,飾り孔,いづれも小さく棗核型。内塗り加工はされてはいますが,ほとんど塗膜は見えず,どちらかといえば 「(保護のため)塗料をしませた」 とか 「色をつけた」 だけという感じがします。
  加工痕から考えて,江戸時代の作,って感じじゃありませんが,少なくとも明治初期の作じゃないかとは思いますよ。
  それが折れたか壊れたかしてほおってあったのを,何十年後かに子供か孫あたりが見つけて,それっぽく「直して」吹いてみたのかもしれません。

  修理はまず管頭に入れる詰め物を作るところから。

  ワインのコルク栓を削って和紙でくるんだのが,このところのお気に入りです。
  べつだんオリジナルと同じように新聞紙だったり,和紙の丸めたのをつめこむのでもいいのですが,内塗りの薄い笛の場合,紙だけだと反射壁になる部分の耐久性が多少心配ですし,いざ塗ってしまう場合でも,紙だけの場合より塗料を吸わないので手間も減るし経済的なのですね。

  次に,ここにお飾りをつけるため,前修理者がテキトウに削った管頭の先端を,きれいな段差に整形します。
  管頭のラッパ飾りは,いつものようにブナのパイプで作成。しかしながら----


  削りなおした部分が薄くなりすぎちゃって……ほかの作業やってるうちにポッキリ逝っちゃいました(^_^;)----急遽接合法を再検討----お飾りのほうに丸棒を挿して凸にする方法に変更しました。
  江戸時代の明笛で,同様にしていた例を見たことがあるので,まあよろしいかと。

  せっかくなので,ついでにちょっと悪戯を----
  自作の明笛で実験済み。太清堂から教わった,小型響き線を仕込みます。
  折れたか割れたかで短くなってる,とはいっても,いまだ唄口から先端まで10センチくらいの空間があります。内径も10ミリ以上あるので,仕込むにはじゅうぶんのスぺース。

  演奏音に大した影響はないんですが,吹いてると,自分に返ってくる音に独特の金属的余韻がかすかに聞こえて,なかなかにキモチがいいンですよ。(w)

  内塗りは保護程度に,カシューの透を軽く2度ばかり流しました。
  管頭の飾りは,管尻のオリジナル飾りに色合いを似せてアクリルで塗装,水性ニスで表面を保護塗りして仕上げます。遠めにはまあ,分かりますまい。

  2015年1月。
  明治の古式明笛の貴重な1本,明笛37号,修理完了です!

  修理直後の試奏で,全閉鎖4Bb,呂音の最高は ○●● ●●● で5Bb,どちらも最大で0から+30~40%の範囲。四が5C+37,乙=5D+10,上=5Eb+35,尺=5F+35,工=5G+30,凡=5A+20
  かなりそろっているうえ,テッペキの清楽音階ですた。

  今回は庵主自身のほか,長崎の竹原さんにも計測をお願いしました。
  何度も書いてますように庵主,吹く楽器とコスる楽器はニガテですからね,自分のだけだとイマイチ信用がナイ(w)。
  竹原さんによる実測は以下----

b-20b+20-40-10

  プラスマイナスの表示がない所は,標準的な運指(過去記事参照)でだいたいピッタリに音階を吹き出せたところ。うん,ちゃんと吹ける人が吹いても,「工」がちょっと低いくらいで,庵主の採ったデータともあまり酷い乖離はなかったぞ。よかったよかった(w)
  「上」は ●●● ○○○,「工」は ●○○ ○○○,「凡」は全開放 ○○○ ○○○ のほうがほぼピッタリになったそうです。

  上にも書きましたが,明笛は清楽々器の中でいちばん長く作られ続けた楽器なので,その数も多いのですが,古物でよく見かけるのは,明治末から大正・昭和にかけて作られた全閉鎖Cの新型のものがほとんどで,こういう古いタイプの楽器にはなかなかお目にかかれません。 庵主自身が扱ったことのあるのも,このシリーズの(11)で紹介した31号と(16)の36号,そしてこの37号でようやく3本めです。
  何度も書いているようにこの楽器は清楽の基音楽器。その音階の解析は音楽全体を解き明かす上での大切な資料になります。こればっかりは,文献でどうだった,音楽理論ではこうのはずだ,といくら喚いたところで,実測データにはかないませんからね。(w)

  偶然とはいえ,出遭えたことに,感謝!


(つづく)

明笛の作りかた(4)-清楽の音階について

MIN_18.txt
斗酒庵 明笛を調べる の巻明笛について(18)- 明笛を作らう!(4)

STEP4 どんなふうに作らう?(4 完成篇)


  カシューでの塗りが終わったら,1~2週間ほど乾燥させたあと,亜麻仁油を染ませたShinex(#1000相当)で軽く均します。
  擦る,というよりは何度も何度も軽く「ぬぐう」って感じですかね。もともと「保護塗り」ていどのもので,塗膜は厚くありませんので注意してやってください。

  内がわも棒の先にShinexくくりつけたのをつっこんで同様に,こっちは多少乱暴でも大丈夫。製作中のホコリとか固まっちゃったりしますから,そのあたりは削って均しましょう。


  外がわの仕上げは和紙で擦ります。

  きめの細かな柔らかい和紙を少し揉んで,それで筒をくるんで往復。こちらも「磨く」というよりゃ「ぬぐう」感覚で,気楽に時間かけてやってやってください。漆器の仕上げとおんなじ。油落しと磨きの両方兼ねてますね。



STEP5 そして 「清楽の音階の結論」(仮)

  さて,できあがった笛で,いよいよ測定です。
  よく引かれる大塚寅蔵『明清楽独まなび』(明42)の対応表にある音階,同時に修理していた明笛36号,もう一本の古式明笛31号の結果もいっしょにご覧ください。
  明笛の運指は修理報告でいままであげてきたのと同様です。
  36号から先については,明笛で筒音を決める歌口-裏孔間,指孔の配置など,平面的な寸法はほぼ同じですが,はてさて----

31号2-4(長)2-7(龍頭)2-5(短黒)2-6(短白)36号
#/Bb4Bb+104Bb-404Bb-204Bb-174Bb±24B-5
5C-304B+55C-355C-395C-405C#-30
5C#+145C#-455C#+285C#+355C#+305D-15
#b5Eb-205D5Eb-265D+455Eb-235E-20
5F-205E5E+335E+325F-385F#-30
5G-305F#-305F#+335F#+155F#+195G#-25
5A-55G#-455G#5G#+205G#-195Bb-30

  31号がだいたい寅蔵の対応表に一致していますね。
  2-4が少々低くなっちゃいました。今回作った4本と31号はだいたい同じくらい~やや太めといった感じですが,2-4だけちょっと太すぎたかな?2-6の「尺」は材の曲がりの関係で,こんなんなっちゃってるみたいです。なのでこのピンクのあたりはあまり信用できない数値かと。(^_^;)


  36号,寸法は四竃訥治の本にあったのとほぼ一致していたんですが,全体にほかより半音高いですね。
  平面的な寸法は自作明笛とほぼ同じですが,この一本だけ通常の笛竹でなく,煤竹で作られています。材料の関係で内径が最小1センチあるかないかのため,半音高くなっちゃったんでしょうねえ。古式明笛ではありますが,数値としては音と音の間の関係を参考とするくらいにしか使えません。


  これは "Transactions of the Asiatic Society of Japan (1891)" に見えるC.G.Knott "REMARKS ON JAPANESE MUSICAL SCALES." にある,明治時代の月琴の音階の測定表。西洋音階のドを振動数300とした場合の比較で,「Chinese」は当時の中国製月琴(唐渡り),「Nagahara」は長原社中(大阪派)で使われていた月琴,「Keian」は東京派の流祖・鏑木渓庵自作の月琴です。
  どれもそれぞれたった一つの楽器による比較なので,これだけではそれぞれの流派,そして唐物と国産月琴で違いがあったという証拠にはなりませんし,月琴の全音階ではなく,低音弦のみの音階なので「シ(乙)」の音の測定値がないなど問題がありますが,明治時代の月琴の実音測定資料としては貴重なデータです。

  清楽にも「排簫(はいしょう)」という,バグパイプ状の音律笛が,いちおうあることになってはいるのですが,これは明楽のものをそのまま取り込んだもので,通俗音楽である清楽には元来関係のない楽器です。またその生産数も少なく,これが実際に,調音笛として使用されることはまずなかったと考えられます。
  そこからも月琴の作者はフレット位置の調整を,身近な明笛に合せてやっていたと考えられます。Knott の記録は残念ながら不完全だし,低音弦のみの音階であるため,高音域の音階の数値がいささかアテにはなりません。そこでいままでやってきた月琴の修理記録のなかから,低音弦の開放弦上=4Cとした場合の,1~6フレット(尺~六)のオリジナル位置での音と,高音弦の2フレット目,すなわち「乙」の音の部分を抜き出し,Knott の表に倣った,擬似的な7音階の羅列としてみましょう----


器体名合(六)四(五)
清音斎(唐物)4C4D+54E-344F#-474G+234A-24B-49
月琴14号(玉華斎 唐物)4C4D-104Eb+214F+214G-114A-394Bb+18
月琴23号(不明 唐物)4C4D+44E-214F+204G+364A+44B-31
月琴13号(石村義重 東)
江戸期
4C4D-114E-124F+234G+284A+114B-18
L氏の月琴(倣製唐物)4C4D+74E-224F4G-44A-184B-44
月琴25号(倣製唐物)4C4D+194E-224F+294G+294A+134B-41
KS月琴(石田不識 東)4C4D+194E-54F+224G+214A+174B-14
月琴18号(唐木屋 東)4C4D4E-304F+74G+114A-54B-40
月琴19号(山田楽器店 東)4C4D+114E-224F-74G+254A+154B-24
月琴33号(松音斎 西)4C4D+24E-254F+24G-174A+24B-43
月琴30号(松琴斎 西)4C4D+184E-174F+194G+34A+64B-35
月琴22号(鶴寿堂 西)4C4D+344E-224F+154G+204A+74B-32

  いささか色キチガイ的表ですが----(w)
  色分けされた楽器はそれぞれ,中国製の古渡り唐物月琴,次にそれを真似た初期の倣製月琴。
  そして関東で作られた国産月琴。明治の東京では渓派の勢力が強く,石田不識(初)は鏑木渓庵の弟子,その楽器は製作者でもあった渓庵の月琴の影響を受けていると考えられます。ほか2器は当時の大メーカー,山田楽器店などはかなりの数を作っています。おそらく万に届くくらいでしょうね。
  ついで関西で作られた国産月琴。松音斎の住所は不明ですが,5千近い数をこなした月琴界のイチロー。その影響が松琴斎の楽器に見られることから同じ大坂の作家だと考えられます。鶴寿堂は芸能の盛んだった名古屋の作家。西方面は連山派の影響が強く,その楽器はトラディッショナルなデザインのものが多く,関東のものに比べると寸法上は唐物にやや近い。東京で渓派と拮抗していた長原梅園・春田の派閥,Knott 書くところの「長原社中」は連山派を踏襲してますが,楽器などにはさほどきまりはなかったようです。

  「工」と「乙」の音が大体平均して低くなっているのが分かりますよね。

  「工」のほうは20%ほど,「乙」は半音ちかく低くなっています。一番先にあげた笛の表でも,寅蔵は「工」を「G」とするのに対し,31号が30%,自作明笛のほとんどは半音ちょっと低くなってます。「乙」も寅蔵はDとしていますが,こちらは31号も自作明笛もC#すなわち半音以上低いわけです。

合(六)四(五)
大塚寅蔵表#/Eb#/Bb
明笛31号音階5Eb-205F-205G-305A-54Bb+105C-305C#+14

  またこうした月琴のオリジナルフレット位置による音階との類似性から,明笛では31号と自作3本の音階を平均したあたり,寅蔵の表より全体にやや低め,とくに「工」と「乙」をそれぞれ上記のくらい下げたあたりが,清楽でよく使われていた音階の標準に近いのではなかろうかと,庵主は考えます。

  いやあ足かけ3年以上,月琴も明笛も30本以上扱ってきましたが,ようやく結論っぽいとこにとうたつできたかなあ?


(つづく)

明笛の作りかた(3)

MIN_17.txt
斗酒庵 明笛を調べる の巻明笛について(17)- 明笛を作らう!(3)

STEP3 どんなふうに作らう?(3 形成篇)

  さて実のところ,ただ 「笛を作る」 というだけならば,竹ざッぽを筒にして孔あけた段階でオシマイ----でも,イイみたいなものなんですが。(w)
  せっかくですので,きちんとカタチにいたしましょう。
  明笛には頭尾に飾りがついています。材質はだいたい骨,高いもので象牙。牛角や玉石を使ったり,表面にベッコウを巻いたりしたのも見たことがありますね。
  庵主も,骨材の良いのが手に入るなら骨で作ってみたいものなんですが,いまのところ入手方法もよく分からないので,とりあえずは得意な木を削って作っています。修理明笛の場合は,表面に胡粉を塗ったり,アクリル塗料で補彩して骨っぽい白色にすることが多いんですが,自作明笛の場合は染めます。
  実際,この飾り部分を唐木や染め木で作った楽器もけっこうありました。振り返ってみると,ここが木で出来てる笛には,骨のと比べるとよりシブくて,なぜか作りのいい笛が多かったように思いますねえ。最初に作った明笛が25号のコピーだったこともあり,庵主,この部品を作るのは,キライじゃないですねえ。

  お飾り部分を作る前に,笛本体の加工を済ませてしまいましょう。管の両端を削って凸にします。
  接着しちゃうんで,そんなに幅広でなくてもいいです。5~7ミリってとこかな?
  深さは1ミリくらいあると嬉しいんですが,竹ってのはけっこう厚みがバラバラですから,まあ適当に。
  この部分はあとでそこそこ修整できますんで,はじめはそんなにきっちりやらなくてもいーです。

  あ,笛作るときはこういう台があると便利ですね。
  5センチ厚くらいの角材に,幅2センチくらいの凹をえぐっただけのシロモノなんですが。
  笛はふつう丸いもんなんで,ただ手で握っただけだとつるつる滑ったり,不意に回ったりしちゃいます。
  細かい仕上げや処理で,ちょっと固定したいときに,これがあるとすごくラクです。

  お飾りの材料はブナのパイプ材。DIYのでっかいとことか行くと¥200~300で売ってますね。
  庵主は月琴の糸巻きで百均のスダジイとか使ってるのもあって,この手のドングリ系広葉樹材がけっこう好きなんです。
  ただしかなりカタいんでカクゴしてください。(w)
  工作は内がわから,とにかくハマるまで孔を広げ続けます。
  もともとあいてる孔の直径は1センチくらい,最初のほうは糸鋸の歯を通したり,回し挽き鋸を突っ込んで四方八方にキズをつけ,リーマーでかン回してこそげます。ただ,うちのリーマーは18ミリまでしか削れないので,その後は半丸ヤスリとかヤスリ総動員ですね。
  ばんにゃーい!ハマったら外がわを整形。
  付けたまんまでイケるんならそのまま削り込んじゃってもいいです。でもまあ大概はユルくなっちゃいますね。竹自体真円じゃないですし,内がわ削るのはある意味盲仕事なもんで,工作もそんなに精密じゃありませんから。
  取り付けがユルい場合には,笛の凸のとこに和紙を貼り付けたりして調整します。

  ちょっと遊びで,こンなのも作ってみました。

  前にも書きましたが,明笛の別名を龍笛とも言います----まァ,本来の「龍笛」ってのは,宮廷音楽に使う笛で,俗音楽である清楽には関係のないものなんですがね。日本の雅楽の「龍笛」がどうだったのかは知りませんが,中国でこの笛が龍笛と呼ばれていた理由はカンタン。頭に龍がついてたから,なんですね。

  素材はツゲ。薩摩琵琶のバチ作った端材だというハナシのカタマリですが,白は混じってるは青筋はあるわで,材料としてはそんなに良質なものではありません。でもまあ,根付なんかこさえる木ですからね,こういう細工をするのにはうってつけです。

  龍の口には飾り紐が通せるようになっています。
  基本的なデザインは『楽書』にあった図を参考にしたんですが,元になった材料の寸法の関係で,首がずいぶん短くなっちゃいました。(w)
  このドラゴン・ヘッド,最初は短い2本(歌口-裏孔の寸法は同じ,携帯用として製作)のどっちかに付けようと思って作ったんですが,付けてみたら,吹く姿勢に構えると先っちょがほっぺたに刺さりやがんの。(w)

  明笛では,ほぼ意味もなく,歌口から管頭の先端までがやたらと長いんですが,あれはもしかすると,もともとはこの手のお飾りが付いていたせいなのかもしれません。 最初の失敗で分かったとおり,ここの間隔が短いと,あんまり派手なのは付けられないわけですからね。


STEP3 どんなふうに作らう?(4 染色・塗装篇)

  できあがったお飾りは表面をよーく磨いて,染めに入ります。

  まずは煮立たせたスオウ汁にどぷん。ただしあんまり熱いのに長く漬け込むと,水気と熱で変形しちゃいますからね。すこし冷ましたところで入れて,乾かしてはまた入れるのを二三回繰り返します。木目によって染まりの悪いところもあったりするので,そういうところは乾いてから筆でこまめに補彩してください。
  媒染はミョウバンでも重曹でもお好きなもので。重曹だとやや青みがちな赤,ミョウバンだとオレンジがかった赤色が得られます。今回はミョウバン媒染。いやなに,同じように水にミョウバン適当に入れて,沸かしたお湯をくぐらせただけですんで。

  生乾きのところで,二次媒染。オハグロ液をかけます。
  うちのハグロ液は古式製法で,ベンガラとヤシャブシの汁ベースに,お酢やら酒やらいろいろ入れて注ぎ足し注ぎ足し…もう5~6年モノにもなろうかというシロモノですが。染色の媒染というだけなら,草木染の補剤として手に入る 「木酢酸鉄」 を薄めたものでもいいですよ。
  上澄みになった液を筆で塗って,ラップかけて1時間ほど放置します。
  スオウのミョウバンとか重曹に対する反応はかなり劇的なんですが,こっちのは少しじっくり進みます。表面が乾いちゃうと反応が止まっちゃうようなので,ラップをかけて乾くのを遅らせるんですね。
  作業が終わったら干します。
  こうやって紐通してつるすのが,いちばん乾きが早い気がしますがどんなものでしょう?


  部品がそろったところで下塗りに入ります。
  塗りの手順としましては----

 1) まず,丸筆にカシューをたっぷりふくませ,歌口・指孔の底(管の内がわ)に塗料を置き,余った分で孔の壁面を塗ります。

 2) つぎに,細い棒の先にスポンジをくくりつけカシューをつけてつっこみ,回転させながら往復させて,管内にまんべんなく塗料を塗りまわします。

 3) 管の外がわを平筆で塗りたくり,布で拭き取ります。

  ----といったところ。本塗りもこの繰返しです。
  最初の塗りはやや薄めのカシュー(うすめ液1:塗料1くらい)を,たっぷり使い,全体に滲みこませるつもりで。そして乾燥期間をなるべく長くとって,きっちりと乾燥させてください。何度も書いてるように,カシューでの塗装はいちばん最初の下地が勝負どころ。ここでイラチするとたいがい失敗しますからねえ。(w)

  一度めの下塗りがカッチリ乾いたら表面処理です。孔をあける前に一度#400くらいまでは磨きこんでるんですが,塗装を施すとそのアラや磨き残しが浮かび上がってきます。この段階で処理しとかないと仕上げがキタなくなっちゃいますからね。1~2回目の塗りは所詮,下地固めとこの作業のためですんで,思い切って削り込みましょう。
  管内の塗りも,内がわを削ったカスとかがけっこう残ってたりしてガサガサになってたりします。これも棒に紙ヤスリ(耐水#1000くらい)付けたので,思い切って削って均してしまいましょう。

  下塗りが終わった段階,塗料が乾いたところで,管頭から詰め物を入れて歌口のところに反射壁を作ります。
  この位置,悩みましたねえ。なにせこの「反射壁」ってのの役割が何なのか,どっちに動かせばどうなるのか,てンで分かりません。たいていの笛自作サイトでは「音のいちばんいい所」とか「高音も低音もキレイに出るところ」っていうようなことが書かれてます。しかしながら,庵主は笛吹きじゃないんで,どういうのが「いい音」なのかが分かりません。そすっとこの手の記事,ほぼ無意味なわけですね。

  そもそも庵主は,これを入れて片方をふさいどかないと,横笛というものは鳴らないものなのだ,と,勝手に思っていました。

  しかしながら,ある日,指孔の調整とかするため,下塗りの終わった笛を,公園でとっかえひっかえしながら吹いててふと気が着いたんです。 「あれ,そういやこの笛,まだ詰め物してなかったんじゃ…」 それまでぜんぜん気がついてなかったんですが,実際管頭からノゾいてみたら,どれも向こうが見えました。(w)


  ああ,そうか----息の位置がズレると,管頭から歌口まで長さの一本調子の笛になっちゃうってだけで,ふつうに吹いてればこれでも吹けるんだ。
  ではまずこの「反射壁」ってのは----

  1) 歌口から開口部までの間でしか鳴らないようにするためのもの。

  ってわけですね。さらに色んなサイトの記事を参考にし,また笛作りしてる人に直接尋ねるなどした結果,

  2) 反射壁の位置でオクターブのピッチが変わる。

  ってことらしいです----くわしくは図説を(w)。
  要するに,筒音と1オクターブ上の音の波が,上手い具合に重なってくれるような場所が,反射壁の最適位置,ってことらしい。
  しかしながら……「筒音とオクターブ上の音が重なるように」って言われてもねェ。二つの音,同時に出せるわけじゃないし。(w)チューナーで測ってみた場合,筒音が4B+25 ならそのオクターブ上が,5B+25 に近くなるようにするってことかなあ?と思って,詰め物動かしてみたんだけど,歌口側に動かしても,管頭側に動かしても,測定値はあんまり変わらないんだよねえ。予想では歌口側に動かしゃ音が高くなり,管頭側に動かしゃ低くなると思ったんだけど,ぜんぜん変わんなかったり,予想と反対の結果になったり----すみません!正直まだよく分かりませぬ!

  過去の笛のデータを参考にしますと,管の長さや太さによって少し異なるようですが,この反射壁の位置ってのはだいたい歌口から3~5ミリのあたりってとこのようです。棒に印をつけ,そのどちらかでやってみて,その後,微調整。どの笛も結局,音色やらデータより「吹きやすさ」優先,音が出しやすくてなんとなくここらじゃないのかな~ってあたりで,なんとなくやりました----ううむけっきょく科学より経験則が優るという実例を作ってしもうた。あははははははははは

  詰め物はワインのコルク栓を削ったものと和紙で作ります。明治のころの明笛ですと,ふつうは新聞紙や反古を丸めたのがつっこんであることが多いんですが,紙だけだと塗料が染みこみすぎて,乾くのも遅いし,いささか壊れやすいんですね。
  まずは薄くて丈夫な和紙を,目を交差させて二枚重ねにし,水で濡らしてよく絞っておきます。 和紙を広げ,先に管の中に少しつっこんでおいてから,それでコルクの先端を包み込むようにしながら入れ込むと,きれいで平らな壁が出来ます。
  二三日置いて乾いたところで,位置とか問題がなければ,歌口から瞬間接着剤を垂らして固定。
  乾いたらユルくなっちゃったような場合は,詰め物を管頭から棒で歌口の辺りまで押し出し,濡らした和紙を小さく千切って,爪楊枝の先などでその側面に押し込み,調整します。

  詰め物が固定され,乾いたところで中塗りを開始。手順は下塗りと一緒,中塗りは二度ほどですが,いずれも間を三日ほどあけるのがベストです。
  管表は拭き漆仕上げ。塗料のほとんどを拭き取っちゃうので厚い塗膜は作りませんが,管内は塗りッぱで塗り重ねてますから,少し塗膜が出来ます。通常この管の内がわは朱漆なんかが塗られるんですが,柿渋で下色がついてることもあり,カシューの透だけでけっこう赤っぽく見えるようになりました。

 うむ,この塗料も,まだまだいろいろ可能性があるみたいですね。(カシューさん何かくださいw)


(つづく)

明笛について(16)

MIN_16.txt
斗酒庵 明笛を調べる の巻明笛・清笛-清楽の基本音階についての研究-(16) 明笛36号

STEP1 天から笛が降りましたぞえ


  さて,窮すれば通ずる,という言葉がありますが。
  今回の実験製作が始まってしばらくして,工房に一本の古い明笛がとどきました。
  ネオクで落とした明笛36号。
  頭尾のお飾りはなく,指孔のところバッキバキに割れてますが,管体だけでその長さ58.5センチ----間違いなく古いタイプの明笛ですね。

  このシリーズの第一回目で書いたように,庵主の手元にある,清楽に用いられた古いタイプの明笛の実物は,これまで31号しかありませんでした。
  実験製作を始めたのも,せめて文献から復元した楽器を使って,その比較対象としようと考えたからで,なんにせえ,いくら庵主がノラの研究者だとは言え 「たった一本の笛のデータ」 を基に,一時は全国で流行したような「清楽」という音楽分野の基本音階を語るなんてえことはやりかねます,ハイ。(w)

  実験製作も順調で,ここまでの過程だけでも,面白いことがあれこれと分かってきたと思ってますが。
  そこでこの2本目の古物明笛の到着。これぞまさしく天佑であります,ありがたや。

  かなり手ひどく壊れてますから,元通り音が出るところまで修理してやれるかどうかは分かりませんが,サイズ・寸法の詳細が得られるだけでもエラく助かります。なんせこれで,比較されるべきオリジナル・データが二倍になったわけですからね。
  古いタイプの清楽明笛の貴重な実物資料,ともあれ測定です。

  月琴と違い明笛の場合は形態が単純なので(まあ早い話ただの竹筒w),測定結果は図説にまとめたほうが分かりやすいですね。
  こまごまとは書きませんので,上画像をクリックで拡大してください。詳しい数値はそちらに。
  右画像は比較参照用,前回も載せた『清楽独習之友』の雛形(右)。現在製作中の自作明笛は,この文献上の寸法を基にしています。
  筒音を決める歌口-裏孔間は313ミリ,指孔の間隔はだいたい27ミリ,裏孔から第1孔までの間隔が40ミリ……うむ,窓ふたつ開いて比較してもらえると分かるんですが,36号,平面的な寸法は『清楽独習之友』の雛形にほぼぴったり符合しますな。
  ただかなり管が細いです。管尾のほうの内径がギリギリで約1センチ。
  材質は煤竹のようです。当初は染めたモノかな~と思ってたんですが,指孔のところの割れ目から見える断面の色が,染めた偽煤竹の色じゃなく本物の煤竹っぽい色でした。

  管頭部分は,31号よりさらに長いですね。
  さらにここ,空洞じゃなくって,中に何か詰まっています。
  もともとこの部分には,歌口のすぐ上のところに反射壁とするための和紙や新聞紙を丸めたのが詰め込まれますが,それは大体長さ1~3センチ程度のもので。それがこの36号では,管頭の端かなりギリギリのところまで何かが詰められております。開口部から内部をのぞくと何やら乾いた細かな繊維のカタマリが見えますね。前に買った「李朝花鳥横笛」の詰め物に似てるなあ。ワラや枯れ草の繊維を細かく細かく割いたようなものですね。
  見えてる部分はカサカサで軽そうですが,これはあくまでフタのようでして,謎の固く重たいものは,この奥に詰まっているようです。ハテサテ,ここになにか入れ込もうと考える人間が庵主以外にもいるとは思わなんだ。

  その「詰め物」のおかげで,この笛,やたらと重いのですね。吹く時のカウンターウェイトになってるのだとは思うんですが,ハイ,そのあたり実際のバランスなどは,直して吹いてみないと分かりませんね。

  内部は汚れまくり。ホコリが堆積していて塗りの具合も分かりません。そもそも塗ってあるのかどうか?
  何やらムシさんの巣だったようなカタマリや,繭の脱け殻みたいのまで一つならず見えますねえ。(^_^;)

  31号には 「乾隆乙卯(1780年)」 という年記が入っていましたが,こちらの笛には 「乾隆丙寅(1746年)」 と,またさらに古い年号が入ってます----アホたれ,こンなもん誰が信じるかい!(w) 理由・根拠はまあいくつもありますが,まずその筆頭は,ここに刻まれてる文句そのものです。管頭が 「清明時節雨紛紛…牧童遥指杏花邨」 指孔の左右が 「朝辞白帝彩雲間/千里江陵一日還」----

  ああイイねェ…杜牧 「清明」 に 李白 「早発白帝城」 かァ…なんて思ったそこのアナタは,ある意味,文人演奏家の資格ナシです。(www)
  前々世紀の文人ってヒトたちは,知識のゴンゲ。この手のことに関してはかなーりイヤミ(w)なんです。 こんな子供でも知ってる 「第一水準」 の漢詩 彫ったら,恥ずかしくって吹けやせンです。(w) しかもコレ,上の詩と下の詩に関連がない。単に有名な詩と,同じく有名な詩の一節をただ刻んだだけ----これはイタダケません,ダメ,ゼッタイ。 せめて上下を読んでしばらく考え,「…ああ。」 ( ̄ー ̄) ニヤーリ となるくらいのネタは,フツウに仕込んでくるんですよ,むかしの知識人てのは。

  次にその年記。そのこッ恥ずかしい杜牧「清明」に続けて 「乾隆丙寅年時唐菊月上浣日乃為/聚集唐古人〓 石生斎刻」 とあります。一字だけ読めませんでしたが,まず清朝の人なら 「唐菊月」「唐古人」 という言い方はしませんね。最大の理由は「そこを強調する必要が何もないから」,ですね。
  こりゃまあ,本物であることを強調しようとして,かえって失敗する。ヘタクソな詐欺師の実例ですな。
  江戸の職人さんなら,何か「ニセモノ」を作ろうってんでも,大抵は二ヒネりくらいは「見立て」を仕込んできます。 そりゃ一つには,そうしたほうがバレた時,粋な言い逃れが出来るからッてとこもあるんですが----このセンスのなさ----明治以降,薩摩とか長州属のおエラいさんが,どッか田舎から連れてきた職人さんあたりかなあ?(Dr.ヘンケン ww)

  以上のような理由(プッ)から,庵主はこれを唐物とも,年記どおりの古物ともモチロン考えず。
  明治期に日本で作られた明笛であろうと推測いたします。上にも書いたよう,唐物でなかろうことは上にもイヤミた通りですが,ほかたとえば清楽に手を出していたような江戸時代の知識層なら,清朝の知識層同様,まずこんな漢詩を彫った明笛は用いない,ということ。熊さん八つァんまで月琴に手ェ出してたような清楽の大流行期なら,これで逆に高く売れたでしょうねえ。(w) ただそれが明治半ばまでの早い時期のものなのか,逆に流行の盛りを過ぎてからのものなのかは,まだちょっと悩んでいます。

  さてこの笛を購入した最大の目的である寸法データの計測と収集は,修理前全景の画像にすべて書き込んでありますので,そちらをご覧ください。今までの例と比較して,寸法から推測されるこの笛の筒音は4Bですが,果たしてほんとにそう鳴るかどうかは不明です。またかなり手酷く割れてるので,修理が成功したとしても,完全に元通りの音が出るという保証はありません。まあそもそも,壊れる前の音を聞いているわけではないので,それが「元通りの音」なのかどうかすら分からないわけですが。(w)

  んではダメもとで修理に入ります。
  まずは割れている指孔の部分を,濡らして絞った新聞紙でくるみ,ラップをかけて半日ほど放置。


  水が滲みて,竹が少し柔らかくなったところで,パイプバンドで軽く締め付け,形を整えながら乾燥させます。
  一日ほど置くと,少し盛り上がってた割れ目が平らになり,幅もせまくなりました。

  昔ですとこれで割れ目をニカワで止めるか,ウルシを流し込んで接着,その後籐巻きして,ってとこでしょうが。
  現代には現代のやり方もあります。

  このごろよく使うなあ----と,お思いの方もいらっしゃるかもしれませんが,おなじみのエポキです。
  こいつの利点は,少量でも強力に接着されること,接着層が強固ながら弾力もあり,充填材としても使用できることですね。
  竹という素材は,繊維に沿ってだとたやすく割れちゃいますが,その硬さと強度は実のところ唐木なみなんです。割れた笛を,木工ボンドとかセメダインで何とかしようとした痕跡を何度か見てますが,大抵はまたすぐ,もしくは最初から失敗してますね。そのあたりの接着剤では竹の「力」や「硬さ」にはとても太刀打ちできません。


  エポキは2液タイプのを使います。庵主は硬化時間の長めの物が好きですが,まあ手先の素早さ等に自信がおありならなんでも良いでしょう。
  よく混ぜたエポキを,附属のヘラの代わりにクリヤーフォルダを切り刻んで作ったこの薄々ヘラに接着剤を取り,割れ目のスキマに差し込んではなすりつけるのを繰り返します。この方法だと,貫通している場合には,かなり狭い割れ目にでも接着剤を塗りこめますね。この接着剤は,接着面に確実についてさえいれば,多少幅が狭くともしっかりと接着されますから,この作業は硬化時間の許すかぎり,とにかく丁寧に,まんべんなく。
  とはいえ付けすぎはイケません。 「流し込む」 んじゃなく,あくまでも割れ目の破断面に 「塗りたくる」 感じで。 ニカワの接着で何べんも書いてきたように,木工における接着作業で最高の強度を得るためには,適量の接着剤とユルめの圧が最良なのです。 接着剤の量が少なければ着きが悪くてすぐハガれ,多ければ接着剤の層から割れ壊れる可能性が生じ,圧がゆるすぎれば着きが悪く,キツすぎれば材の余計なところに負担がかかって別の箇所が壊れたり,却って材の反発を招いてまた同じところから壊れたりということになります。
  破断面に接着剤がうまく行き渡ったら,再びパイプバンドでしめつけます。
  割れ目からにじゅるとハミる接着剤の具合を見ながら,上に書いたように接着に必要なていどの,適度の圧ってので---え,どのくらいかって?---聞かないでください。庵主にも答えられません。(w)

  用心のため二晩ほど置きます。
  その間に出来ることをやってしまいましょう。接着中なのは指孔部分なんで,笛の頭とお尻の部分には影響がありません。 頭尾の飾りを作ります。今回の材はツゲ。だいぶん以前に買い込んだ,薩摩琵琶のバチの端材ってのがまだけっこう残ってましたので,これを切り刻みなしょう。
  管頭のは,管に合うサイズの円柱を作って,その一方を凹に刳ります。管尾のほうは,サイコロ状の角材段階でまず真ん中にドリルで孔を貫通,リーマーとかヤスリで広げながら接合部とフィッティングします。うまくハマったところで外がわを削り,整形して完成。ツゲは目が細かいので,かなりの薄物でもこのとおり,何とかなりますね。

  養生終えて,パイプバンドをはずし,ハミでたエポキをこそげ落します。
  庵主はこの作業,深澤ヤスリさん特製の四面ヤスリの細かいほうでやりますが,ヤスリはごく軽く当てて,竹の繊維に対し必ず垂直に,一方向にしか動かしてはなりません。ゴシゴシ往復させると,余計なとこまで削れちゃったり,あるいはせっかく充填した,溝の中のエポキまでとれてきちゃったりしますからね。左作業前,右作業後です。仕上げはShinexの細かいほう。紙ヤスリだと平らに削れちゃうことがありますが,スポンジ系の研磨剤だと曲面にフィットしてほどよく均してくれます。
  第1-2,2-3孔間の割れ目は,ほぼ完璧に埋まりましたね。もともと細いものではありましたが,もうほとんど見えません。これに対し,3孔以降の割れ目は少し見えますが,この部分はもとがけっこう酷かったので,このあたりが限界といったところ。もとは割れた上に盛り上がってましたが,修理後は触ってもほとんど分からないくらいにはなっています。

  修理に先立ち,管の内部を清掃したところ,この笛には中国の笛子と同様,管内に塗りが施されていないことが分かりました。
  この笛の材料になっている煤竹というモノは,基本的には普通の竹よりずっと安定した素材ですが,やはり笛なんてモノにした場合は,この日本の気候の中ではかようなことになってしまうようです。(前回記事参照)
  そのバッキリ割れてたのを修理したこともありますし,多少もったいないのではありますが,修理部の保護と楽器の延命のため,内外に塗りを施すことにしました。といってももちろんベットリ塗りこめてしまうようなワケでなく,カシューの透きで,内がわを二三度,外がわをいわゆる拭き漆ていどに,ってあたりですが。
  これによりオリジナルの音よりはやや甲高くなるかと思いますが,まあ何度も書いてるとおり,そもそも壊れる前の音を聞いてないのだから,ある意味どうでもいいのかもしれません。(w)

  ハジメ見たときは正直 「あちゃ~,吹くのはムリかなこの笛…」 と思ってたんですが,見た感じは意外と上手く直りましたねえ。もちろんまだ吹いてみておないので,そもそも音出るかどうかも分かりませんが。(w)
  もともと自作明笛との形態・工作上そして寸法的な比較が目的で購入したこの笛。音階など,実際吹いてみた結果につきましては,この後の報告 「明笛の作りかた(3)」 以降のなかでご報告することといたしましょう。では----


(つづく)