胡琴譜の読み方 (2)

KOKIN_05.txt
斗酒庵 胡琴譜を読み解く の巻2015.5~ 胡琴譜の読み方 (2 西皮調)

STEP2 西皮は西瓜の皮ではない。


  月琴の場合,ほとんどの曲は 「上/合(六)」,すなわち 「上=ド」 としたとき 「ド/ソ」 にあたる調弦で弾かれますが,一部の曲に 「尺合調」,すなわち 「レ/ソ」 で弾くことになっているものがあります。

  清楽の胡琴も,前回解説した「二凡調(にはんちょう)」,すなわち「合/尺(ソ/レ)」の調弦のものがほとんどなんですが,そのほかに 「西皮調(せいぴちょう)」 もしくは 「四工調(すいこんちょう)」 という調弦で弾かれるものが何曲かあります。
 「四」 は 「ラ」,「工 」は 「ミ 」ですから,「二凡調」を 「ソ・レ」 とすると,一音づつあげて 「ラ・ミ」 のチューニングで弾かれるわけですね。

  「四工調」では工尺符号の 「四・五(ラ)」 は同じ低音開放弦で弾かれ,オクターブ上の 「ラ」 には 「伍」 もしくは 「伵」 とニンベンが付けられます。 「合・六(ソ)」 はどちらも高音弦,楽器の構造上この音のオクターブ上はありません。

  そしてこれが「四工調」の譜読み,最大の特徴なんですが,同じ 「ミ」 を,「工」 とあったら低音弦で 「仜」 とあったら高音弦で弾きます。 通常の工尺譜において 「仜」 は,「工」 のオクターブ上の音を表しますが,ここでは「高音開放弦」を指示する記号であるわけですね。

  「二凡調」では曲の流れで,「仩(高いド)」 がオクターブ下の 「上」 に書き換わったりしますが,「西皮調」ではその手のことはありません。「上(ド)」 のオクターブ上はふつうに 「仩」 ですが,明笛を基準とした音符の並びと違うところは,「仩」 が 「仜」(本当なら工(ミ)の1オクターブ上) や 「伍」(本当なら五(ラ)の1オクターブ上で,四の2オクターブ上) の後になることですかね。

  すべての曲に「二凡調」とか「西皮調」と書いてあればいいのですが,そうでないとき,その胡琴譜がどっちの調弦なのか,どう見分けるかといいますと。庵主所有の『清風雅譜』17年版で言えば,後付で 「合・四/六・五」  にニンベンの付いてるのが「二凡調」,「四(五)」 と 「工」 に付いてるのが「西皮調」ということになります。

  清楽曲に「西皮」もしくは「西皮調」と題される曲があって,タイトル通りこれは西皮調で弾かれます。ちょっと長い曲ですが,まずは『清風雅譜』17年版の原譜を。

  (楽譜画像はクリックで拡大)

  これを1文字=1拍,4/4拍子の近世譜に直すと以下のようになります。黒い文字の部分から読み解かれる,月琴や明笛による標準的な曲調(一部にテキストクリティーク上の変更アリ)は左,同じ楽譜を,前所有者の朱字書き込みから,これを胡琴譜に組みなおしたのが右です。

  六-六-|尺工六-|-○[仩-|六仩五六|
  工-尺工|六五六○|尺工六-|五六工尺|
  上--○|尺尺工五|六--○|工六工尺|
  上--○|工六工尺|上○六六|工六上-|
  -○上四|上-上-|六-工六|工尺上-|
  尺-上-|四-合-|-四工尺|合--○|
  合-工-|四上尺-|-○尺-|--尺-|
  --四上|尺--○|工-尺工|尺上四-|
  工-尺上|四仩合-|-○五六|工六尺-|
  -○六工|六-尺工|六-五六|工尺上-|
  -○尺尺|工五六-|-○工六|工尺上-|
  -○工六|工尺上○|六六工六|上--○|
  上四上-|上-六-|工六工尺|上-尺-|
  上-四-|合--四|工尺合-|-○工-|
  合-四-|四-乙-|乙-五-|五-六-|
  -○六-|六-五-|-六工-|五-六-|
  -○五六|工五六-|-○工六|工尺上-|
  -○工六|工尺上○|六六工六|上--○|
  上四上-|上-六-|工六工尺|上-尺-|
  上-四-|合--四|工尺合-|-○上-|
  上-工-|工六尺-|-○工六|工尺上-|
  -○五六|工五六-|-○工六|工尺上-|
  -○工六|工尺上○|六六工六|上--○|
  上四上-|上-六-|工六工尺|上-尺-|
  上-四-|合--四|工尺合-|-○合-|
  四-乙-|乙-五-|-○五-|--五-|
  --工六|五--○|]
  六- 六四上|尺 六-|-合伍[仩-|六仩 伍六|
  工四上|六伍 六四上|尺|伍六 工尺|
  上--○|尺尺 伍|六--合伍|工六 工尺|
  上--上尺|工六 工尺|上○ 六六|工六 上-|
  -○ 上四|上- 上|六- 工六|工尺 上四上
  尺 上-|四 合-|-伍 合四|合--五六
  合- 工|四上 尺-|-○ 尺-|-- 尺-|
  -- 四上|尺--上尺- 尺|尺上 四上尺
  - 尺上|伍仩 合-|-○ 伍六|工六 尺-|
  -○ 六工|六四上|六 五六|工尺 上-|
  -○ 尺尺|伍 六-|-○ 工六|工尺 上-|
  -○ 工六|工尺 上○|六六 工六|上--○|
  上四 上-|上 六-|工六 工尺|上四上
  上- 四|合--伵|尺 合-|-○ 工-|
  合- 四-|四- 乙-|乙- 五-|五- 六-|
  -○ 六-|六- 五-|-六 工-|五- 六-|
  -○ 五六|工五 六-|-○ 工六|工尺 上-|
  -○ 工六|工尺 上○|六六 工六|上--○|
  上四 上-|上 六-|工六 工尺|上四上
  上- 四-|合--四|尺 合-|-○ 上-|
  上 工-|工六 尺-|-○ 工六|工尺 上-|
  -○ 伍六|工伍 六-|-○ 工六|工尺 上-|
  -○ 工六|工尺 上○|六六 工六|上--○|
  上四 上-|上 六-|工六 工尺|上四上
  上- 四-|合--四|尺 合-|-○ 合-|
  四- 乙-|乙- 伍-|-○ 伍-|-- 伍-|
  -- 工六|伍--○|]

  前回と同じく,赤文字は装飾符。後半に2箇所ただの 「工(低いミ)」 がオレンジになってるところがあります。原書ではここにニンベンはついてないんですが,前2回同じフレーズで 「仜」 になっていることから,ここはニンベン付けるのを省略したものと考えます。まあ,上にも書いたとおり,「四工調」で 「工・仜」 は同じ音の低音弦で弾くものと,開放弦で弾くという運指,すなわち指遣い上の違いでしかありませんから,基本的にはどっちで弾いても構わない(w)のですが。

  ちなみに『清風雅譜』内の曲で(調弦法の)「西皮調」を使って演奏されたことが分かっているのは,この「西皮調」のほか「三五七(尼姑思還)」,「銀鈕糸」「金線花」の4曲だけで,あとはみんな「二凡調」です。

  前回同様,このチューニングにおける三つの楽器の実音と符号の関係を表にするなら----

明笛(乙)
実際の音3G3A3B4C4D4E4F4G4A4B5C5D5E5F5G5A5B6C
月琴六/合五/四𠆾
胡琴四/五工/仜六/合伍/伵亿

  と,なります。
  前回も書いたとおり,あくまで 「上=4C」 とした場合の表で,古い明笛に合わせた実際の清楽の演奏では,これより長音2度ほど高かったと思われます。

  まあ,実際,庵主はMIDIの上では何度も組んで実験してますが,こちらの調弦で,現実(リアル)な楽器を使い,胡琴と合奏してみたことはいまのところありませんねえ。

  無段階楽器とはいうものの,胡琴は短いだけに音域がせまく,「二凡調」でも「西皮調」でも,「工」のオクターブ上(上の表で言うとあとマス2つ先)くらいまでが,なんとか安定した音の出せる高音の限界のようです----そういやまだ見たことはありませんが,四工調の場合,その音を表すときは「工」にギョウニンベンを付けることになるんだろうな~,とは思います。

  庵主,自分では弾けないので~(w)まだ実験と文献の擦りあわせが多少足りてないところもございます。
  SOS団・胡琴弾き諸君の健闘と成長を祈る!

*(曲の)「西皮調」のメロディなどについては こちら でどうぞ。

(つづく)


胡琴譜の読み方 (1)

KOKIN_04.txt
斗酒庵 胡琴譜を読み解く の巻2015.5~ 胡琴譜の読み方 (1 二凡調)

STEP1 「胡琴譜」読んで胡琴を弾こう!


  清楽で用いられている楽譜,「工尺譜」っていうものは,ある意味きわめて合理的な楽譜で,月琴や明笛,胡琴など音域の違う楽器が,パート分けされていない,まったく同じ譜面の同じ文字列を同時に見ながら,それぞれの奏者が自分の楽器に合わせた演奏が出来るようになっています。

  「工尺譜」は文字譜,かんたんに言えば 「ド,レ,ミ…」 という音階に 「上,尺,工…」 という漢字を,記号として当てただけのものです。 「上」 を 「ド」 とした場合の,文字の並びは 合 四 乙 上 尺 工 凡 六 五 (乙) これが ソ ラ シ ド レ ミ ファ ソ ラ シ に当たります。

  高音の「乙」から先,1オクターブうえの音には,「仩」 といったぐあいに,漢字にニンベンが付けられます。ちなみに,中国の工尺譜では低音の「乙」は「一」,高音が「乙」と書き分けられますが,日本の工尺譜ではこれがなく,「乙」がどちらの音なのかについては,それぞれの楽器の音域・音階と,前後の符の高低によって判断されていたようです。(すなわち合・四に隣り合わせ,または同じフレーズ内にある場合は低音,五・六,もしくはそれ以上の高音に隣り合わせた場合は高音となる)

  楽譜自体に何の前置きがなくても,月琴の奏者は 「合・四・乙」 を,符字の並びから言えば1オクターブ高い 「六・五・乙」 の音を使って弾きます。月琴の最低音はそもそも「上」で,低音の「合・四・乙」にあたる音はないからですね。
  また,明笛は 「五 仩 六」 と楽譜にあった場合,この3音をすべて甲音(高音)で吹きますが,「四 仩 合」 となっていた場合は,まんなかの「仩」を1オクターブ下の呂音の「上」で吹きます。明笛の最低音は「合」。後者の場合,まんなかが「上」でなく「仩」になっているのは,月琴などの高音楽器のためなわけです。


  胡琴の場合,この読み解きはさらに少し複雑になります。

  胡琴には二つの調弦法があり,曲によって調弦を変えて弾きます。
  このうち「九連環」や「茉莉花」などで使われる一般的な調弦が 「二凡調(にはんちょう/ねはんちょう)」 です。上記のように「上=C(ド)」とした場合,低音弦の開放が「合」,すなわち低いG(ソ),高音が「尺」,すなわちD(レ)のチューニングになります。
  胡琴の譜では月琴と同様,工尺譜の 「合・四」 と 「六・五」 に区別がなく同じ音で弾かれまが,月琴の場合これらの音がいずれも高いほうの音で弾かれるのに対して,胡琴ではこれと反対に低音弦で出す「低い音」として弾かれます。 そして,開放弦のオクターブ高い音は「六・五」ではなく,符字にニンベンを付した 「𠆾・伍」 で表されます。
  また,明笛の場合 「五 仩 六」 とあればまんなかの 「仩」 は高音,「四 仩 合」 とあれば「仩」はオクターブ低い「上」として吹かれますが,胡琴の場合はどちらの「 仩 」も,低音,「伍仩𠆾」 の時だけ高音になるわけです。
  すなわち,胡琴の奏者が工尺譜を見たときの音の並びは----

  (合/六) (四/五) 乙 上 尺 工 凡 𠆾 伍 亿 仩…

  ----となるわけですね。
  基音楽器である明笛での工尺符字の並びを基準とし,月琴の「上」を 「4C」(ピアノの真ん中のド) とした場合,3つの楽器の音域と工尺符字の関係は,以下のようになります。

明笛(乙)
実際の音3G3A3B4C4D4E4F4G4A4B5C5D5E5F5G5A5B6C
月琴六/合五/四𠆾
胡琴合/六四/五𠆾亿


  あくまでも,わかりやすくするため 「上=4C」 とした場合の表ですからね。

  東洋の音楽は基本的に「移動ド」。
  西洋音楽のように絶対音A=440HZを基準とせず,人の声やなんらかの基音楽器の音を基準として,演奏するその時々に決められます。きょうの「ド」は西洋式に言うと「レ」かもしれないし,明日の「ド」は「ファ」になってるかもしれません。(w)

  清楽では楽器の調弦は明笛の音で合わせるのですが,清楽に使われた明笛の全閉鎖音(合)は3Bbから3Bくらいなので,実際の音階は,これより長音で3度くらい高いでしょう。

  月琴と明笛は,通常の工尺譜のままで,弾き分けがほぼ可能なんですが,さすがに胡琴となると,符と音の関係が複雑でちょっとそうはいきません。

  左の画像は庵主所有の『清風雅譜』17年版の一部。

  この本の前の所有者は胡琴弾きだったようで,朱字の装飾符に 「𠆾・伍」 の字が見えるほか,印刷された「六・五」の横に朱でニンベンを書き込んであるのが分かりますね? 上で解説したように胡琴譜のきまりでは,そのままだと「六・五」は「合・四」と同じ低音になってしまうので,胡琴で高音にすべきところにニンベン付してこれを表しているわけです。
  月琴と明笛の奏者は,黒い文字のところだけを追いますから,この状態でももちろん合奏に支障はないわけですね。

  井上輔太郎 『月琴雑曲ひとりずさみ』(M.24)という譜本の巻末に,渓蓮斎によるものという「胡琴譜」----すなわち通常の工尺譜を,胡琴用にわかりやすく書き直した譜が入っています。これを17年版の譜と対照させると,ふつうの工尺譜と胡琴譜の違いが分かりやすいかもしれません。


   (画像はクリックで拡大)

  まあ,画像だけ見ても分からんか。(w)
  ではまず,これらを4/4の近世譜に直します。上が『清風雅譜』17年版の黒い文字部分を変換したもの。下が『月琴雑曲ひとりずさみ』の胡琴譜です。

 上- 工-|尺--○|工- 四上|尺工 上四|
 合- 合四|仩- 仩合|四--○|四仩 四仩|
 四- 仩四|合--○|四合 四仩|合--○|
 工- 工-|尺工 六-|五六 工尺|上--尺|
 上--○|

 上四合六上|尺--○|工尺工 上|尺
 合尺工 四|上 上合|四--○|
 四合四|合--○|四合 四|合--四合
 工- 工六上|尺 𠆾-|伍𠆾|上-合上
 上--○|

  1文字1拍(4分音符),下線がついて小文字になっているのは半拍(8分音符),「-」が伸ばす音,「○」が休符です。

  『清風雅譜』は渓派(東京派)の祖・鏑木渓菴が著した同派の基本楽譜で,渓蓮斎は渓派中興の高弟,当然その楽曲は『清風雅譜』の版を忠実に基にしているはずですから,胡琴譜に変換されているとしても,その基礎となっている部分の曲調は『清風雅譜』の版と同じなはずです。
  下段で赤文字になっているのは,その基本曲調に対する「装飾符」の部分を強調したものですね。先に見た17年版において,朱文字で書き込まれてた小さい符字がこれにあたります。
  この装飾符をのぞくと,ほとんどの部分が基本曲調とほぼ一致していること,また上に書いたように,「仩」で表されていた部分が,オクターブ下の「上」に変換されていること,高音で弾いてほしい「ソ・ラ」が「𠆾・伍」に換わっていることなどが分かるかと思います。

  上の17年版,版の状態もよく,拍点がウラオモテ両方ついてるなど,付点が分かりやすく基本的な曲調の読み解きによいので,庵主はよく工尺譜の見本として使っていますが,先にも書いたように,こちらも胡琴弾きが使ったものなので「胡琴譜」として読み解くことが出来ます。その場合の譜面は以下に----民楽などやってる方のために,数字譜もつけておきましょう。あ,あと「茉莉花」の胡琴譜もついでに。これも調弦は「二凡調」です。記事を参考に,ご練習あれ。


   (画像はクリックで拡大)

  井上輔太郎『月琴雑曲ひとりずさみ』は国会図書館のアーカイブに,庵主の『清風雅譜』もpdfで公開されてますので,より詳しく調べてたり,読み解いて見たい方は,そちらから資料をDLしてやってみてください,ぜひぜひ。

  参照:「斗酒庵夏の資料大公開! 」(2014.7)

(つづく)