清楽月琴WS@亀戸 2023年6月!!

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斗酒庵 WS告知 の巻2023年 月琴WS@亀戸!6月!!!


*こくちというもの-月琴WS@亀戸 ろくがつ場所 のお知らせ-*


 (たぶん)霖雨蕭々たる梅雨の暇の2023年6月,清楽月琴ワ-クショップは,24日(土)の開催予定です!

 会場は亀戸 EAT CAFE ANZU さん。
 いつものとおり,参加費無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願いいたします。

 お昼さがりの大開催。
 美味しい飲み物・ランチのついでに,月琴弾きにどうぞ~。

 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもお気軽にご参加ください!

 初心者,未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい,弾いてみたい方もぜひどうぞ。


 うちは基本,楽器はお触り自由。
 1曲弾けるようになっていってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可。

 弾いてみたい楽器(唐琵琶とか弦子とか阮咸とか),やりたい曲などありますればリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。個別指導・相談事は早めの時間帯のほうが空いてて Good です。あと修理楽器持込む場合は,事前にご連絡いただけるとサイワイ。雨の時期なんで楽器,濡らしたくないですからね~。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。
  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)

 お店には41・49号2面の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!

 いきおくれのウサ琴EX2。(w)
 お嫁入りさき募集中です!
 うむ,がんじょう。それなりに弾きまくったので響きもあがってきましたよ。板が薄いせいか,楽器の育つのがちょいと早いですね。2年も弾いたら,かなりすごいことになるんじゃないかな?
 清楽月琴の上澄み技術でこさえた1本,ぜひWSにてお試しください。

菊芳の月琴 (4)

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斗酒庵 よしのすけとまた遭う の巻2022.6~ 菊芳の月琴 (4)

STEP4 怒涛の執念

 さて,各部品の細かな補修も進み,いよいよ胴体を箱にもどす時が近づいてまいりました。
 そこに向かって打つべし打つべし……まずは裏板と胴体の接着部分を濡らし,古い接着剤を浮かせてキレイにしときます。

 芳之助は表裏板の接着を「そくい」の類でやることが多いですね。
 ほかの部分,たとえば胴四方とか内桁と胴側,半月,棹本体と延長材の接着なんかはニカワですから,たぶんこれは三味線の知識慣習から敷衍したもの----芳之助にとって,月琴表裏の桐板は,三味線の "皮" と同じ,っていう認識だったのでしょう。

 まあその「そくい」が,裏板の一部に,なぜか無意味に大量にぶッかけてあった(上右画像)んですが,これはいったい何のつもりかね。
 ぜんぶこそげるのに,エラい苦労しましたんですが?(手にゲンノウを持ちながら)
 表裏板の接着剤は,強度的には米糊でもニカワでもかまわないんですが,ニカワは劣化していなければ濡らすだけで何度でも復活するのに対して,そくいの類は基本的に一度ハガれたらおしまいで。さらにそれを再接着する際には,古い接着剤をキレイに取り除いておかないと強度にムラが出て,かえって次の故障の原因となるというデメリットがないでもありません。

 色の濃くなってるところが,なぜかベッタリ領域。
 成分的には強力瞬間接着剤のご先祖様ですし,刀の鞘を合わせたり三味線の皮張りなど,伝統的に木工でも良く使われてきた接着剤で,ニカワより虫に狙われにくいのはメリットなんですけどね~それにしても芳之助,量使いすぎ。

 棹と胴体とのフィッティング作業と平行して,いろいろと必要なものを作ってゆきます。
 まずは山口(トップナット)。
 最初のほうの記事で書いたように,初期作では芳之助が指板の表面にウルシ塗りやがったせいで,棹上のモノの安定が非常に悪く,きわめてポロリしやすい状況となっておりました。今回の楽器では,以前の所有者さんか楽器屋が,指板表面をあるていどこそいでくれてたらしく,それ以降はそんなでもなかったとは思いますが,やっぱオリジナルは残ってませんでした。
 ツゲで補作します。

 国産のツゲはいまやけっこうな稀少材なんで,正直この大きさでもいくらになるか分からん。(w)
 オリジナルの形状は分かりませんが,後の楽器の例から考えると比較的シンプルな形のものが多かったようです。後で調整しますので,この時点ではやや丈高めの12~3ミリでこさえておきます。

 次に扇飾り。
 5・6フレット間に付けられる装飾ですが,もともとこの楽器についていたかどうかは分かりません。この楽器の古い画像では,各柱間にやや大きめの凍石の小飾りがつけられ,満艦飾状態だったようなのですが,それらは前の所有者さんが,半音フレットを増設する時にあらかた破棄しちゃったみたいですね。

 ほぼ同じ時期の16号なんかはきわめて装飾の少ないほうだったので,以前に付いていた小飾り自体オリジナルかどうか分かりません。装飾全般,ここは16号のほうに合わせて,定番の構成で実用楽器っぽく仕上げようと思います。

 扇飾りは角のところがちょっとツンとトンがったデザイン,これは初期の菊芳月琴の定番。糸巻と同じく,汚れちまう前の若き芳之助の独創的メモリーのひとつですね。やや 「…触れたらケガするぜ」 的な厨二病的感性も感じられなくはありませんが…ま,まあ同様のデザインは唐物楽器で見ないでもありませんので。

 左右のニラミは獣頭唐草----雲龍を原型とした紋様ですね。
 これはオリジナルをそのまま。
 左のシッポが一部欠けちゃってますので補修しときましょう。

 庵主の得意分野ですね(w)

 胴の装飾はあと一つ,中央の円飾りですが。
 定番ではここに獣頭唐草が使われるところ,本器ではニラミがそれになってますから。
 ここには違うものを付けたいとこですね~。
 う~ん,なんにしよ~。

 と悩んだ結果----いちおうこれも定番の一つである鳳凰…まあ「鸞(らん)」のほうですね…を彫ることにしました。白い凍石で彫られることが多いんですが,手元にちょうどいい材料がないんで,木でいきますね。
 ホオの薄板を徹底的に彫り込みます。う~ん,タイヘン。

 ついで,工房到着時についていた蓮頭は,板がやや薄く,デザインや工作が稚拙で,ちょっとオリジナルかどうか確証が持てません。また,今回目指してるところの実用楽器っぽくないんで,これははずしてそれっぽいのに替えたいと思います。

 意匠は,芳之助の他の楽器の資料から,コウモリを選びました。

 お店の本号を「菊屋」としているところからも察しはつくのですが,福島芳之助は同じ「菊屋」号の海保家と関係のある職人さんだったらしく。彼の死後に「菊芳」を継ぐこととなる息子の直矢は,弟子が継いでいたとおぼしき馬喰町の本店ではなく,神田鍛冶町の菊屋総本店・海保吉之助のお店のほうで修行をしているようです。(画像共 T.11『現代琵琶名人録』より)
 たぶんそういうかかわりからか,芳之助の月琴の意匠には,菊屋系列の店で作られた月琴と共通している部分が多く見られます。本器のような初期作に関しては,芳之助の独自性のほうがやや勝ってますが,後の大量産時代の標準的な楽器だとかなり近い。もしかすると装飾部品なんかは,同じところに外注してたのかもしれん。

 というわけで,芳之助の楽器のコウモリは,海保菊屋のとほぼ同じような意匠になってます。

 典型的なものに比べると,羽根や胴体に細かい毛彫りのあるのが特徴ですね。
 唐物楽器では似たものを見たことがないので,これは菊屋のオリジナルでしょう。

 菊芳のご近所,薬研堀の山形屋雄蔵の楽器なんかも,同じタイプのコウモリ蓮頭をつけてますが,楽器自体の作りはかなり違うし,そもそもこちらのお店は「石村」という別系統ですので,この類似はむしろ,菊芳との御近所づきあいの中からの類似じゃないかと,庵主は考えるのですよ。
 そして今回,蓮頭をコウモリにしたのは,そのご近所・山形屋が----

 と,楽器の上下を向かい合ったコウモリではさんでいるからでもあります。今回の菊之助の楽器も半月は----

 と,コウモリになっておる。山形屋のより多少彫りが稚拙ですが,むしろそのへんも,これが後に山形屋の楽器の意匠の原型になったモノなんじゃないか,って思わせますね。

 ただし,菊屋系のデザインそのままだと,左右の羽根の外がわが大きく空いてしまっており,支えが何もないため,構造上ここに衝撃がかかると極端に壊れやすい。古物では上48号の参考画像のように,まっぷたつに割れちゃってるのをよく見かけます。
 この部品は装飾ではあるものの,糸倉を護るダンパーとかショックアブソーバーの役割がないでもないところなので,庵主のは唐物のデザインを参考に,少しだけデザインを改変してありますよ。

 出来てきたもののうち,染めるものは染めてゆきましょう。

 補作の装飾と糸巻。半月も染め直して,裏がわに少し残ってたような,製作当時の色合いに近づけます。

 いつものことながら,モノが木材なので,染め液をジャブジャブかけるわけにもいかず。色を少しづつ合わせなきゃいけないのも多いので,時間のかかる作業です。

 染め終わった装飾類は,亜麻仁油やラックニスで色止めをしてから,古色付けのための木灰を被せます。

 ちょうどこの仕上げの時期,雨が多かったこともあって木部の乾きが遅かったので,ついでに糸巻とお飾り全部,乾物の保存よろしく木灰の中に数日つっこみ,水分を抜きました。灰をかぶせてはブラシで落すのを数回やると,表面が適度に荒れて,使用感としっとり落ち着いた艶が出ますよ~。
 ただしこの作業,色止めをちゃんとしておかないと,染料によっては木灰のアルカリ分と反応して変色とか色むらが出ちゃうこともありますからね----真似てみたい方はご注意。

(つづく)


菊芳の月琴 (3)

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斗酒庵 よしのすけとまた遭う の巻2022.6~ 菊芳の月琴 (3)

STEP3 いたづらなスズカさん(3着)

 うん,インデックスをふと見なおしていたら気がついただよ。
 そういや,芳之助の修理後半をあげてませんでした,ごべんだざあい。(2023.05.23)



 さて,まずはここまでの調査で分かった各部の寸法や形状,そして損傷具合とかも書き込んでフィールド・ノートにまとめておきましょう----
 まあ,以降も新しい損傷箇所や原作者の手抜きなんかが作業中に発見されたりするので,この時点ではあくまで修理の「目安」というか「備忘録」程度にしかならんのですが。とにかく知った情報を,一つのカタチに集約しておくというのは,作業を効率的に進めるうえではなによりも大切なことではあります。なによりも後々,「清楽月琴」という楽器を考える上での,大切な資料になりますしね

 ※上画像はクリックで別窓拡大※
 ふだんと違い,指板表面の損傷が激しく,原作段階でのフレットの取付位置がいまいち判然としないので,製作当時の音階に関するデータは採れそうにありませんが,各部寸法等の比較などから,同時期に作られたと考えられる16号とほぼ同じだろうとは思われます。

 例によって,修理は内部から。
 棹を外せば棹孔から少しは覗けますが,月琴はギターやバイオリンと違って,外から内部構造の状態を確認する手段がほとんどありません。しかしながら内桁の接着具合や響き線の状態は,この楽器の音色に大きな影響を与える----というか,外がわから見える部分より,こういう内がわの構造さえしっかりしていれば,だいたいちゃんと音が出るというくらいまで直る,というくらい大事なんですよ。

 前回書いたように,下桁は片側に割れがあり,接着状態もあまりよくなくてグラグラ----どっちにせい早晩はずれちゃいそうな状態になっちゃってますので,まずはこいつをもぎりとってしまいましょうエイ。
 はずした下桁は元の接着面を清掃し,割れているところを継いだり,欠けてるところを充填したりしておきます。

 下桁のついていた箇所に,虫食い由来と見られるでっかいエグレがありました。おそらくは桁接着面のニカワを狙って,表板から侵入してきたやつでしょう。ちょっと見,節のとこが欠けたみたいになってますが,かなりデカい虫だったんですかね。
 周囲をケガキで触診しましたが,さいわい横方向への広がりはないようですので一安心。そのちょっと下に,前の回でもちょっと触れた,製板時の竹釘をかき出した痕がありますので,これといっしょに桐の木粉パテで埋めておきましょう。
 楽器内部の板裏の見えないところではありますが,放置しといて良いことは少なくともありませんので。

 続いては月琴の音のイノチ----響き線のお手入れをします。
 まずは線の下に紙を敷き,スポンジ系の研磨材で表面のサビをざッと落し。続いて下敷きの紙の上にクリアフォルダの切ったのを敷いて,その上で,線に木工ボンドをまぶします。木部に使われてると厄介なことになりかねない木工ボンドですが,こういう細かい部品のサビ落としには重宝してますよ~。

 一晩置いて,線から滲みだしたサビごとボンドをこそぎ落し,表面を軽く磨いて柿渋を塗布。線の表面に黒サビを浮かせたところで,さッと拭ってラックニスで防錆仕上げにします。

 次の箇所,もしかするとここが,今回の修理でもっともタイヘンなところなのかもしれませんが----
 棹の基部を整形します。

 原作段階からこうだったのか,後に使用者が調整とか繰り返しているうちにこうなったのかはよく分かりませんが。この楽器の棹基部はかなりガタガタになっています。 現状,取付けもかなりユルユルで,少し表板がわにお辞儀をしてるような状態です。これで糸を張っても棹が微妙に動くので,調弦が安定しないでしょうね。
 棹の角度と基部の調整は,庵主,いつもいちばん時間をかけて,最後の最後の段階までしつこくやってる作業ですが。今回はそれを,基部の補修と同時進行で行うことになりそうです。

 まずは濡らした脱脂綿で基部をくるみ,棹基部と延長材を分離します。
 菊之助はこのあたりの接着が上手いので,はずれるまでちょっと時間がかかりましたが,なんとか無事,はずれてくれました。
 延長材の先っぽがちょっと焦げているのは,接着の時に火で軽く炙ったからですね。ニカワを盛り,接着面火で炙って部材を合わせ,瞬間的に接着するのは三味線の棹なかごの接着なんかでも見るワザです。

 その接着の工作自体は非常に素晴らしいものだったんですが,やはりまだ三味線とは勝手の違うところがあったんでしょう。基部の工作がやや稚拙で,延長材との接合部が微妙に歪んでいます。ここがこう歪んでいると当然,延長材もややねじれて取付けられてしまうので。そのまま楽器にハメこもうとするなら,内桁に入る先端部分を,けっこう削らなきゃならなくなります。
 結果,なかごと棹孔が噛合わなくなり,取付はユルユルにならざるを得ない,という悪順路ですね。

 分離作業でけっこう濡らしちゃったんで,まずはしっかり乾かします。

 そんであっちを削り,こっちを足し----基部の形を整形してゆき,

 さらに実際に楽器に挿して,角度や傾きの調整をしながら,削り込んでゆきます。

 オリジナルの延長材はかなり変な具合にあちこち削られてしまってるので,新しく作ったのに交換しました。棹がわの接合部も,今度はまっすぐ入るように整形し直してますので,新旧の先端部分の形状が全然違っちゃってますね。

 ここまでやってようやく,棹と胴体がまともに噛合うようになりましたので,より望ましい傾きと角度と,挿せばキッチリ抜くならスルリの理想の境地を目指し,さらにさらにさらに調整を重ねてゆきます。

 同時進行で,棹本体の補修もしてゆきます。
 全体として大きな故障はないのですが,小さな故障と,原作者の月琴不慣れゆえの不具合箇所は,あっちゃこっちゃ細かくありますので,それなりにタイヘン。

 まずは糸倉の軸孔のヒビ補修。おそらく材料の木材の状態に由来したもので,現状糸倉が割れちゃうような事態に発展するようなものではありませんが。こういうものが,うっすらながら見えてるってのは,演奏者として精神的に気持ち悪いので,樹脂を充填し唐木の木粉を埋め込んで埋めちゃいます。

 てっぺんの間木の再接着と,指板先端の欠けの補修は,前回の報告の時にすでに紹介しましたが,そのほかにも,第4軸先端方向の軸孔が原作者の加工ミスにより変形してたり,弦池うなじがわの縁がちょっと欠けてたり,棹基部付近で指板と棹本体の間に段差ができちゃってたりと,そういう細かい不具合箇所を,ひとつひとつつぶしていきます……うん,最初のと三番目の以外はぜんぶ芳之助が悪い。(怒)

 さて,糸巻は4本そろってましたが,このうち3本は,他の楽器から移植されたもので,オリジナルと思われるものは1本だけ。しかもそのオリジナルも,使用によってかなり傷んでおり,移植された3本もサイズが微妙に合っていない----うおおおおお,けっきょくまた4本ぜんぶ削るんか~いッ!!

 というわけで,毎度のこととアキラメ,きょうも¥100均のめん棒を削ります。
 菊芳の初期の糸巻は,日本式の六角ラッパ型と,唐物の溝の深い丸軸のちょうど中間,やや日本寄り,って感じの独特な見た目で,握りのお尻のところがちょっと変わった作りになってますね。

 側面の反り返りのやや強い,個性的でスマートなかたち……うん,まだ「自分の月琴」みたいな独自性にアコガレていたんだね……これが数年後には,大流行期の量産増産作ればホイホイの中で,そこらの人のと同じようなスタイルになってゆくんだよね----

 …汚れちまった菊屋芳之助の青春に勝手に思いをはせつつ。
 百年後の同じ東京の空の下,修理作業は今夜も続くのでありました。


(つづく)


柏遊堂の月琴 (終)

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斗酒庵 六度輪廻で柏遊堂 の巻2023.2~ 柏遊堂の月琴 (終)

STEP8 柏餅未来紀行

 さて,表裏板の清掃まで終わって,柏遊堂の修理,いよいよラストスパートです。

 まずは胴側部,桑の木で出来てる部分の補彩から。

 こんどは表裏板の木口部分をマスキングし,ヤシャブシや柿渋で茶系に染め直してゆきます。

 表面割れを補修した地の板を少し先行させつつ,全体をなるべく均等に。仕上げは亜麻仁油とカルナバ蝋で----テカテカでない,自然なしっとり仕上を目指します。

 染めに数日,仕上げに数日。
 亜麻仁油の乾燥をさらに数日待ってから,半月を接着します。

 半月は,色が濃くなったくらいで,外見上は元の状態とほとんど変化ありませんが,裏面から補強したり,表面に樹脂を染ましたりで,かなり頑丈になっています。これならそうは壊れないでしょう。

 棹のほうから糸を張って,楽器の現在の正確な中心線を出し,これを基準に半月の接着位置を決めてゆきます。この場合,これと合わせる「半月の中心」は,部品の寸法上の中心ではなく,左右の糸孔の間隔の中心,となりますのでご注意。
 オリジナルからすると,右方向に1ミリくらいズレたかな?
 このころの月琴の工作としてはかなり正確なほうですね。

 同時作業で弦の反対がわの端,トップナットの山口さんも接着しておきます。
 翌日,両方の接着を確認。山口に糸溝を切って,外弦を張ってみます。

 ちょっと弦高が高かったみたいですね。
 この時点では,高音域は残ってたオリジナルのフレットをそのまま使おうと思ってたんですが。フレットの頭から弦までの間隔があきすぎており,運指に支障が出そうですので,まずは半月にゲタを噛ませます。

 煤竹を細く裂いた小板を,半月のポケットになっているところに接着します。
 これによって,半月の上辺での弦高が1ミリばかり下がり,山口で10ミリ,半月で7ミリ。40センチで3ミリの落差が出来,高音域でも音が出しやすく----なりませんでした。
 うん,全然足りない。
 山口のほうも1ミリ削って,全体の弦高を下げたりもしてみましたが,それでもまだ,フレットの頭からかなり離れちゃってますね。
 材料をケチったのか,歩留まりを減らすため絶対ビビらない低さに設定したのか,あるいはその両方か……理由は分かりませんが,このオリジナルのフレットは低すぎで使い物になりません。
 オリジナルが使えれば,棹上の3枚を削るだけで済んだのですが,ここは諦めて,新しく1セットこさえることにしましょう。

 オリジナルは牛骨ですが,手持ちの材料がないのと,硬くて大変なので,いつもの竹でいきます~。
 竹のフレットは,カタチは数時間で仕上がるし,硬い唐木や骨で作るのに比べると,労力的にも骨ではないんですが。うちの竹フレットの場合,その後も樹脂補強したり染めたりなんだり作業が多いんで,ニシンの肋骨なみに骨が要りますね。

 問題の高音域を,オリジナルと並べてみるとこんな感じ。
 新しく作ったほう(画像上)は,運指への反応を最適化するため,ビビらないギリギリの高さに調節してるんですが。オリジナルのほうは,それに比べると最大で2ミリくらい低くなってます。
 これだと,音を出すため弦をよぶんに押しこまなきゃならず,そのぶん次の音への反応が遅れますし,音階も安定しません。本来は軽快に弾く楽器なので,きっちり押さえなくても,指の腹で軽く触れたら音が出る----くらいのフェザータッチな反応が理想ですね。

 できあがったフレットを,まずは楽器に残ったオリジナルのフレット位置に配して,音階を計測します。

開放
4C4D-64E-174F-24G+394A+245C+345D+145F+35
4G4A-44B-195C-15D+215E-15G+145A-46C-1

 当時の量産楽器だと,フレットの高さや接着位置はあらかじめ寸法的な感じで決まっていて,いちいち実際に音を出しながら位置調整したりはしてないのが多いようなのですが。この楽器の場合は,最低音を「ド(C)」に合わせた場合,3箇所のピッチがほぼ合ってることなどからして,あるていどの調整はされていると思われます----フレットの丈は全然足りてませんでしたが,「位置」のほうはかなり正確なんですよ。
 一方「ド」から数えて3番目の「ミ」にあたる音(E)が,低音と高音で20%近く違っていますが。明笛に合わせた場合,この音は西洋音階より20~30%ほど低いのがふつうなので,清楽の楽器としては低音のほうが合っており。高音の「ミ」にあたる第5フレットの位置がおかしい。5フレットEの裏となるAの音が,1・7フレットではほぼそろってるところからしても,べつだん,高音だけ西洋音階の「ミ」に合わせたとかではないようですが……扇飾りの接着位置の関係とかでしょうか?
 とはいえ,全体で見るとこの楽器の音階は,このころの月琴のなかではかなり西洋音階寄りに組まれていると思われます。
 作者と推測される本所松井町の柏屋は,かなり手広く楽器を扱っていましたし,内国勧業博覧会などを通じて,他の楽器作家との交流もそこそこあったと考えられます。そのため流行の量産楽器として販売する上でのターゲットも,より幅広くとっていたのでしょう。この音階なら,使用者の音楽性が和洋どんなものであっても,そこそこ対応できるような感じ,と言えなくもないですからね。

 調査後,フレットを正確な西洋音階準拠の位置に並べ直し,本格的に接着していったのですが,その過程で,やはり第4フレットが少しだけ棹にかかることになってしまいました。
 多少安定の悪い位置ですが,ここはチューニングで使う(高音弦開放と同じ音)所なので,この位置はズラせません。幸い補作のフレットは底面が広く,棹にかかってる部分もわずかなので,ニカワを棹がわにつけないように接着すれば大丈夫。ただ左右が少し楽器からはみ出てしまうので,これも棹の幅に切り詰めて調整しましょう。

 胴上のフレットはこんなふうに。
 半月の上辺となるべく平行になるよう,また左右のバランスなども見つつ,曲尺をあてて確認しながら接着してゆきます。

 さあ,あともう少し!
 蓮頭や,染め直して裏面を樹脂で補強したお飾り類を接着します。
 オリジナルでは裏面にニカワをべっとりと,これでもかと塗ったくってベタ付けしてましたが,ここは本来,後のメンテナンスも考え,はずしやすい点付けが正解です。

 最後にバチ布と模刻のラベルを貼って。
 2023年5月初旬,6面めの柏遊堂作月琴,修理完了!


 一見すると,糸巻などの欠損してた部品が補完された程度にしか見えんですが,二つ画像を並べると,修理後の棹が,背がわにすこし傾いてたりしてるのとかも分かりますね。実際は修理の上に調整と改修を重ね,壊れる前も 「いちおう音が出る」 程度だったシロモノを 「ちゃんと "月琴" の音が出る」 とこまで引っ張りあげてます。

 完成後の確認で,補作の第2軸がややゆるみやすいのと,第3フレットが少し低くて反応が悪いことが分かったので,小修整。糸巻のほうは先端を削り直して調整。まだゆるむようでしたら,先端に松脂なり付けてください。(>参考記事:「糸巻がゆるみやすいとき」

 フレットのほうは,一度はずし,底部に煤竹の板を接着します。

 はじめオリジナルの位置で製作している関係で,西洋音階準拠にしたとき,前後のフレットの位置が大きくズレたりすると,こうなることがたまにあります。
 ここも「尺合調(D/G)」のチューニングで音合わせに使うとこなので,ちゃんとしとかないといけません。底面の補材部分を少しづつ削って,こんどこそぴったりの高さに調整し直し,再接着します。
 染め直したので,すこし色が濃くなっちゃったかもですね。

 数日,糸をキンキンに張って耐久テストをしましたが,いちおう問題は出ませんでした。
 まあ修理であちこちリセットしたので,今はまだいろいろと乾ききったり固まったりしてない状態。半年以内には確実に,フレットとか蓮頭とかが何度かポロリするとは思いますが----もともとそういうものなので,そのときはブログ記事等参考に対処してやってください。(>参考記事:「フレットがポロリしたら」
 木工ボンドとか瞬間接着剤使ったら,次の修理はないかもしれませんからね。

 実際の音と,試奏の様子はゆうつべの拙チャンネルにてどうぞ。(下画像にリンク)

 試奏(1)音階:https://www.youtube.com/watch?v=cAx-4SJG624
 試奏(2)九連環:https://www.youtube.com/watch?v=nPXsP6Owjjs
 試奏(3)蘇州夜曲:https://www.youtube.com/watch?v=rO5jTvhrBec
 試奏(4)Green Sleeves:https://www.youtube.com/watch?v=Nv5oF4epHUg

 おまけ お外で:https://www.youtube.com/watch?v=NtFYan0QXnY

 日本の清楽で伝統的な単音弾き(ピンカラ弾き)から,うちのWSとかで教えてるトレモロ演奏,このところ庵主がこだわってるコード弾き演奏まで,いろんな弾き方をしてみましたが,どういうスタイルで弾いても,かなりガツンとした音の出る,汎用性の高そうな楽器です。

 響き線もちゃんと機能するように改修してあるので,月琴特有の金属的な余韻---動画のオーディオには,エコーとかリバーブとかかけてませんよ?(w)---が,はっきり聞き取れるくらい明瞭についてますね

 この日は晴れてたものの,関東地方強風GOGO。
 いちど外に出たものの,楽器が風で飛んでっちゃいそうになるので,早々に撤退してお部屋で録り直しました。
 おまけの動画はその時お外で録ったものですが,あの風の中,たかだかデジカメ付録のビデオ機能でこれだけ余韻までかなりはっきり聞こえてる,というのはたいしたものです。

 常々言ってるように,この月琴と言う楽器の,楽器としての良し悪しは,胴体の構造とその工作で決まります。

 小さな楽器なので,素材の違いなんかは,さほど影響ありませんね。
 あの部材の薄さで,胴体の継ぎ目がわからないくらい精密な組立てをしているあたりからも分かるように,木工における柏遊堂の工作の腕前は,庵主よりはるかに上です。しかしながら,当時,流行期の多くの作家たちがそうであったように,この時点での彼には,この楽器の 「どういうものが "良いモノ" なのか」「どうすればそうなるのか」 といったあたりに関する知識や経験が,あまりにも足りない。

 作れば売れる流行ものなので,原作者は「こんな感じ」で作りつつ,その「足りない」部分を独自の工夫で補おうとして,かえって余計な事をしてしまったり,ほんとうは大事な部分を見過ごしてしまったりしているのですね。基本的な技術には問題がないし,いちおうちゃんと「カタチにはなっている」ので。そういう余計な部分を削ったり,気が付かないでいるところを「月琴という楽器の標準」に適合させれば,そりゃ「良い楽器」になりますわな。

 こういうのが「修理」の本道かどうかは正直分かりませんが。今回の庵主がやったことは,当時原作者が欲しても得られなかった「足りない知識」を元に,これが「ちゃんとした月琴」になるよう,アシストすることだったんだと思います。

 たぶん現状,オリジナルの当初状態より性能的には格段に上。音もちょっと数打ち楽器じゃないくらいになってますね。これも庵主のせいじゃなく,原作者の腕前によるところが大きい。もし原作者に庵主と同じ知識があって,本気で作ってたら,さらにもっとすンごいことになってたと思いますよ。

 まあ今回の修理の真価は,つぎの百年後ぐらいに,たまたまこの楽器を手にした誰かが,下してくれる手合いのものかもしれませんね。
 とりあえずは,この百年を乗り越えてきた楽器に,長久保佑あれ。


(未来へとつづく)


柏遊堂の月琴 (7)

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斗酒庵 六度輪廻で柏遊堂 の巻2023.2~ 柏遊堂の月琴 (7)

STEP7 喜びの柏寿司

 さてさて,今回もまたなくなった部品を作り直す分かりやすいのよりは,「"月琴" としてマトモに鳴る」よう,調整したり改修したりという,よりメンドウな作業・工作に時間も手間もとられております柏遊堂の修理。
 いちばんの懸念であった,響き線を主とする胴体内部の改修と調整もようやく終わり,いよいよラストラン。1993年,トウカイテイオーは一年ぶりに復活しましたが,およそその百年くらい前に作られたこの楽器が,現世に再び音を響かせるのは,はたしてどれほどぶりのことになるやら。

 さあて,胴体をとじましょう。

 内桁の棹孔の調整,下桁の改修,響き線の構造変更…等々。原作者の腕前ともともとの材質の良さから,四方接合部の補強など,いつもやってる胴体構造自体の補強はほとんど要らなかったものの。原作者のやらかした「要らない仕事」と「足りない仕事」の尻のごいに明け暮れた日々でしたわあ。

 まずは表板の虫食いを処置しておきます。

 表板右がわの小板の接ぎ目に沿って縦一線,上から下まで貫通してました。横への広がりはほとんどなかったのがサイワイでしたが,食害痕はけっこう太く,ヒドかったですね。
 食害痕に沿って裏面からほじくり,木粉パテを充填。

 両端の側板に隠れているとことか,桁の下とかには注射器を使って樹脂を充填しました。左がわ上部にももう一箇所ありましたが,こちらは胴上端から上桁まで。食害も反対がわのほどはヒドくなかったです。

 裏板は例によって,そのまま戻しても合わないので,左右に新しく作業のための余裕を作るため,真ん中から割って間にスペーサを入れます。

 真ん中を少し開け,左右の板を接着してから入れるやりかたと,最初からスペーサ込みで接ぎ直すやりかたの2つがあります。唐物や,月琴のことを熟知しているベテランの作家さんの楽器だと,内桁の真ん中をわずかにふくらませ,表裏板をごくごく浅いアーチトップ/ラウンドバックにしてますので,前者のほうが確実なんですが,今回の楽器の表裏板はかなり正確な平面となっているため,一枚板にしてから貼りつける後者の方法でいきます。

 板が出来たら表裏を軽く整形して,接着面をお湯でよく湿らせ,薄めに溶いたニカワを何度も刷いてはぬぐうを繰り返し,両方の木材の接着面に 「ニカワの滲みこんだ層」 を作る。これが木工のニカワ接着における最強のやりかたです。
 ニカワが濃すぎても薄すぎても,ムラムラになっちゃうし。圧をかけすぎると水分といっしょにニカワも外に滲みだしちゃってダメだったりします。庵主の場合は----作業後にジャブ様に祈りを捧げるだけですねえ。あ,イケニエ要るっすか?(w)

 同時進行で補作した小物類の染めと,棹と半月,そしてお飾りの染め直しもやってゆきます。

 蓮頭と糸巻2本は,いつものスオウ染めミョウバン媒染オハグロがけ。
 棹等は褪色部分の染め直しを中心に,色合いを見ながら----ってとこですね。
 布の重ね染めと同じく,乾かしては染めてのくりかえしですが,あたりまえのことながら,木なんで布よりは染まりが悪い。で,一気に染めようと染め液をドバーッとつけると,木が湿気って狂ったり後で割れちゃったりするので,少しづつやるしかありません。

 この作業,とにかく時間がかかります。
 正直,こういう当時の素材を使うやりかたより,現代のなんたらステンとかでがーっと染めちゃうほうが,ラクだし染まりも確実なんですが。このあたりは庵主のこだわりということで。

 あと,ここも手を入れておきましょう。

 棹の基部,棹本体と延長材の接合部に大きなスキマがあります----なにもこんなところ,材料ケチんなくても良いのにね~。以前,唐物の楽器で同じようになってるのがあって,弦を張るとその弦圧でここが歪み,棹がわずかにもちあがってチューニングがいつまでも定まらない,という不具合の原因になってたことがあります。

 もとが弦を張れる状態ではなかったので,この楽器ではどうだったのかはわかりませんが,雑な工作を放置していて良いものでもありませんので,出来る時に出来ることをやっておきましょう。
 スキマに合わせて木片を削り,ニカワと木粉をまぶしてつっこみます。
 これでとりあえず,ここが原因で棹がグラつくようなことはないでしょう。

 基部裏にスペーサが貼られてますよね。この時点で,棹と胴体のフィッティングは第4次……いえ,第5次くらいまでやってるかな? 裏板がついたら最終調整ですが,いつもながら理想のスルピタキッチリを目指してしつこく食い下がってます(w)

 さて,そうこうしてるうちに裏板がへっついたようです。

 真ん中に5ミリのスペーサを噛ましているので,裏板は左右を中心に数ミリ,側板からハミ出てます。側板保護のマスキングテープを貼って,まずはこの余分を削り落とします。

 最初は大きめの木片に荒めのペーパーを貼った擦り木で,余分を1ミリ以下にまで。続いて細長いT字型に組んだ板に,木口の厚みのペーパーを貼ったこの道具で----

 板木口だけを削りながら,側板とほぼ面一にしてゆきます。

 段差がないかどうかは,目より指先で触ったほうが確実ですね~削りすぎちゃってもいけないので胴を回しながら少しづつやっていきます。

 で,この作業で出た板の削りかすは,このように茶こしでふるって袋に入れて素材箱へ----

 「百年前の楽器の板の削りかす」なんて,そうそう手に入らない素材ですからね~。もちろん修理でパテの骨材とかとして使いますよ……う~ん,嫁さんがいたら間違いなく「捨てろ」といわれる類ですね,こりゃ。

 さて,板木口の整形ができたところで,作業で傷んだ保護のマスキングテープをも一度まき直し,表裏板の清掃に入ります。

 使用するのはいつものように,重曹を溶いたぬるま湯と,Shinexの#400。それにキレイなウェスを1~2枚。

 今回の楽器の汚れはそれほどヒドくはありませんでしたが,けっこう濃い目に染められてたので,洗浄液はたちまち真っ黒になりました。

 唐木屋の楽器なんかは染めが薄く,保存の良いものだと 板が真っ白 だったりしますが,関東系の作家はだいたい濃いめですね。お煮しめの味付けじゃないですが,唐木屋はこのあたりも関西風なんだと思います。

 いまは稲穂のような黄金色ですが,元の染めが濃いので,一年もすると色があがって来て,清掃前の色くらいに戻ることでしょう。

 というあたりで,今回はここまで----

(つづく)


柏遊堂の月琴 (6)

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斗酒庵 六度輪廻で柏遊堂 の巻2023.2~ 柏遊堂の月琴 (6)

STEP6 360ディグリー柏餅

 柏遊堂の楽器は,主材の材質・工作技術ともに,大流行期に大量に作られた数打ち楽器のなかでは良いほうなのですが。完全にオリジナルの状態でも,音をつむぐ道具である楽器として,ということになると,その評価はかなり落とさざるを得ません。

 その原因は,「よく知らないヒト」 が 「よく知らないモノ」 を 「よく分からないで」 作っているから----ただこの一点に尽きます。まあ当時の国産月琴を作っていた職人さんのほとんどが,その状態であったと言っても良いような状況なので,柏遊堂一人をただ責めるわけにはいきませんが。いくら木工の腕が良くっても,どの部品がどういう役目なのかちゃんと理解してないで,形だけ真似て組上げたり,勝手な解釈で変更したり,お金の都合だけでいろいろケチったりしたモノが,そのままでマトモに鳴るはずもありませんな。

 ストラディヴァリが「なんとなく見て作った三味線」は,どうやっても「迷器」かもしれませんが,ぜったい「名器」にはなりえない,と思いますよ。

 とりあえず発散しとかないと,柏屋の墓所という墓所を更地にする勢いで,盗んだ10式戦車で夜の街を走りだしかねませんので,まずのところは多少のグチもご容赦を。毎度けっきょく,故人のやらかしの尻拭いとツッコミ役であります。今回はボケ役の腕前が無駄にイイだけに,かえってハラがたちますね。(w)

 さて怒りを情熱にかえて ラ~イドンタイム (80年代風)
 修理後半へとまいります!

 響き線の改修から。

 オリジナルは機能不全状態。またそのまま修理したとしても,そもそもの設定が間違っているのでほぼまともに機能しないことは明白----ということでペンチでつまんでぶッちしたわけですが。
 線自体の材質は良く状態も悪くはないので,へっこぬいたこのオリジナルの鋼線はちゃんと機能するカタチにして戻してあげたいと思います。

 原作は側板と表板の接着面に基部を埋め込むカタチになってました。唐物の場合は胴内壁に直挿しですが,柏遊堂の胴は極端に薄づくり(最大厚でも7ミリ)なのでさすがに穴があきますので,国産月琴でおそらくいちばん一般的な構造にします。

 まずは線を挿しこむ基部を新設。

 ニューギニアウォルナットの端材ですが,ちょうどいい大きさだったので,これでいきますね。
 この基部の木片の設定や取付け方法もいろいろありますが,今回は上桁と側板内壁の二箇所にくっつくカタチで。表板・裏板からは1~2ミリほど離して接着しますが,これも実例では,表板のみに接していたりその逆だったり,イロイロですね。
 四角いカタマリの真ん中に2ミリの孔をあけ,内壁のカーブにピッタリ合うよう裏面を整形し,接着します。
 クランプをかけて一晩。

 内部構造なのでハズれたりすると困るところですが,はずれなけりゃはずれないで困る修理の場面も考えられますので,ガッチリと付けましたがエポキ等の強力な接着剤ではなく,やりなおしのきくニカワ付けにしておきます。

 線は工房定番のZ線に加工します。この形状だと,線の振幅をかなり好きなように指向させられますので調整がラク。基本は直線風の余韻がかかりますが,Z部分の曲げ方でしだいで曲線っぽい効果も出せますね。あと演奏がバッチリはまると,リバーブとかエコーみたいに,音がちょっと遅れて還ってくるような効果のかかることがあります。庵主はこれを「天使の余韻」と呼んでますよ。
 何度か仮付けをして,ベストの角度や傾きを確認。

 カタチができたところで,少し焼きを入れ直して組みこみます。
 固定用の竹釘は煤竹で,皮目のほうが線に着くようなカタチで軽く打ち込みます。
 もちろんこれだけじゃなく,接着剤も付けてますけどね。

 せっかく確認したベストの位置からズレないよう,ガッチリ固まるまで木片を置いて支えます。基部のあたりには焼きが入ってないので,固定後もある程度の調整はできますけどね。

 この響き線の取付け方法や設定に関しまして,ここまで庵主,原作者の工作をほぼ一方的に disってきたわけですが。元より響き線が表裏板の間のせまい空間でちゃんと機能するかどうかを確かめるだけなら,なんのことはない,こんなふうにすれば良いのことです----角度や傾きをより自由にとりたいなら,板をニカワで仮付するとか,両面テープでくっつけてもいいね。そして柏遊堂はこの程度の「実験」もしなかったので,現在後世(主に庵主)にメーワクかけとるわけですな。まあそもそも,この時点での作者が 「響き線の機能をちゃんと理解していたか」 のあたりからアヤしいのではありますが。

 楽器が大きく傾いても,響き線はなるべく機能し続けるよう。
 多少強く揺らしても,線鳴りのノイズが出ないように。
 その許容範囲が大きいほど演奏の自由度が増しますので,わずかな調整を重ねて最良の妥協点を模索し,微調整を重ねます。

 同時進行で,割レの入っている地の板の補修もしときます。

 表面から見るとけっこう長く大きなヒビなので,中はどんなことになっているかと思っていたのですが。このヒビ割れは材の内がわにまでは達しておらず,表面がパクッと裂けたようになってるみたいです。
 いちおう前に誰かが補修を試みているようですが,割れ目になんや分からん接着剤を流し込もうとしたくらいで,それも部分的にしか入ってませんね。

 現状はこれでそれなりに安定しており,以降の保存環境如何ではこれ以上開くこともなさそうですが,見た目シンパイなのはもちろんのこと,わずかに段差もできちゃってるため,楽器を膝上に置いた時,多少ひっかかる感触があります。
 ちょいとどうにかしておきましょう。

 まずは前修理の接着剤を取り除けるだけ取り除きます。
 あちこち接着剤がハミ出たりしたまんま固まったりしてますので,少なくとも楽器屋さんの仕業ではなさそうですね。
 続いて,注射器などを使って,割れ目にエタノールを流し込みます。
 はしっこの薄いところまでしっかり行き渡るよう,時間を置きながら何度もやります。
 割れ目からエタノが滲みだすようになったところで,今度は緩めたエポキを同じように注入して充填。

 最後に表面に唐木の粉を大量にふりかけ,樹脂がちょっと固まってきたところで,ヒビを中心に寄せて盛りあげ,上から軽く圧して割れ目に埋め込みます。
 一日後に表面を整形,余分を落として完成です。

 木地色と違うので,今はちょっと目立っちゃってますが,仕上げである程度はなんとかしますよ。

 続いては,半月の補強。

 現状,半月は現状べつだん壊れてはいないものの,材質がかなり悪いのに加え工作がめちゃくちゃ雑なので,ちょっとこのままでは戻せません。早晩壊れちゃいますね。
 なんせ,まあ表がわはいいんですが----

 裏がこのありさまです。
 も~「穴あけただけ,後は知らん」ってのが見え見えですね。月琴の弦は基本絹糸なんで擦れには弱く,さすがにここまでボサボサのガサガサなのはちょいと困るんですけど。

 まずはこのボサボサにササクレてエグれてる糸孔周縁を木粉のパテで埋めます。

 そこをいちど整形して,つぎにこのガタガタになってるポッケ部分全体に,やや緩くしたパテを塗りこんで固めます。

 このパテの骨材は唐木の粉なんで,これでここは唐木のうすーい板を貼りつけて補強したのと同じような状態になっているわけですね。完全に硬化するまで一晩置いて,表面を平らに整形。

 糸孔をあけ直しましょう。
 まずは細いドリルで下孔----糸端を出しやすいようやや斜めにあけます。これをリューターで少しづつ広げ,裏面にはガイドになるよう溝を刻んでおきます。

 仕上げに糸孔の内壁に,樹脂をツマヨウジで塗りつけて強化。

 材があまりにヤワなんで,そのままだとすぐ広がっちゃいそうですから。
 染め直したあとで,表面全体も薄めた樹脂を塗布して固めておかないと。

 胴体のほうの工作とか見るに,原作者は材を見る目は人並み以上のヒトなので。このあたりは純粋にお金のため,コスト削減の一端でしょうなあ。前から書いているとおり,月琴は当時高級品でも琵琶やお箏にくらべれば比較的安価な楽器でしたし,さらにそれが「作りゃあ売れる」の数打ち品なら利益率はさらに薄く,どれだけコストを減らせるかのほうに考えがいってしまうのはしょうがないといえばしょうがありませんね----それはそれとして原作者はあとで殴る,ぜったいだ。

(つづく)


清楽月琴WS@亀戸 2023年5月!!

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斗酒庵 WS告知 の巻2023年 月琴WS@亀戸!5月!!!


*こくちというもの-月琴WS@亀戸 さつき場所 のお知らせ-*


 2023年,5月の清楽月琴ワ-クショップは,27日(土)の開催予定です!

 会場は亀戸 EAT CAFE ANZU さん。
 いつものとおり,参加費無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願いいたします。

 次の日は第90回日本ダービー,錦糸町WINSのお帰りにでもどうぞ。お昼さがりの大開催。
 美味しい飲み物・ランチのついでに,月琴弾きにどうぞ~。

 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもお気軽にご参加ください!

 初心者,未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい,弾いてみたい方もぜひどうぞ。


 うちは基本,楽器はお触り自由。
 1曲弾けるようになっていってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可。

 弾いてみたい楽器(唐琵琶とか弦子とか阮咸とか)やりたい曲などありますればリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。個別指導・相談事は早めの時間帯のほうが空いてて Good です。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。
  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)

 お店には41・49号2面の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!

 いきおくれのウサ琴EX2。(w)
 お嫁入りさき募集中です!
 うむ,がんじょう。それなりに弾きまくったので響きもあがってきましたよ。板が薄いせいか,楽器の育つのがちょいと早いですね。2年も弾いたら,かなりすごいことになるんじゃないかな?
 清楽月琴の上澄み技術でこさえた1本,ぜひWSにてお試しください。

柏遊堂の月琴 (5)

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斗酒庵 六度輪廻で柏遊堂 の巻2023.2~ 柏遊堂の月琴 (5)

STEP5 柏の遊びせんとや

 続いては欠品の補作へとまいります。

 一般的には「修理」というと,こういう目に見えて「なくなってる」ものをどうにかすることが分かりやすいんだろうけど。「楽器」というものは「道具」なので,「刃を研ぐ」とか「角度を調整する」といった,パッと見には分からないところのほうがよっぽど重要で大切だったりします。楽器の修理はカタチだけととのっていても,ちゃんと道具として 「使い物」 になってなきゃ問題外なんですから。
 まあ,蓮頭・糸巻・山口にフレットと,どれも独力の完全手作業でイチから作るのですから,タイヘンっちゃあタイヘンなんですが……すでにそこにある,自分でない誰かが作った部分を,どうにかしてどうにかする(w)作業に比べると,ぜんぶ自己責任なんでいくぶん気持ち的にラクな面はありますね。

 まずは糸巻。

 握りのところが六角一溝。各面軸尻のほうに向かってわずか~にたちあがり,全景ではごく浅いラッパ状のシルエットになってます----ただの六角錐じゃないんですよ(w)
 先端はやや太め…ただこれは量産品なので,一般的な品に比べ5ミリほど短くなってるせいでそう見えるだけかもしれませんね。

 今回はブナ系の木材だったのでけっこう硬かったですね~。
 あと木固めをして染めなきゃなりませんが,とりあえず完成です。

 もうひとつ。小さいけれども大事な部品----山口さんも作っときましょう。
 ギターで言うところのトップナットですね。

 この楽器のオリジナルは,棹上のフレットとともになくなってしまっていて,工房到着時には三味線の上駒みたいな象牙の細板がへっつけられてました。原状では棹の傾きがほとんどない楽器でしたから,あれで音が出せたとは思えませんね~何のつもりだったんだろ?
 まえに琵琶屋さんからもらった国産ツゲの端材でこさえます。キレイな黄色じゃ。
 柏遊堂のオリジナルは確か,左右は平面で浅く斜めに削っただけだったかと思いますが,定番の富士山型にしときます。

 蓮頭はオーナーさんのご希望により,「蝶」の意匠で何か彫ります。
 うむ……「蝶」か。細かいとこが多いから,ちょっといい材料じゃないとなー。

 というわけで。世界堂さんに行った時に版画用のカツラの板材を購入。
 ホオでもいいんですが,個人的に細かいとこ彫る時の感触は,こっちのほうが若干良い気がします。
 買ってきた板は,普通サイズの蓮頭ならちょうど4枚とれる大きさでしたんで,四ツ切りにして両面テープで重ね,予備の素体もまとめて作っちゃいます。

 細かい意匠の彫りものは,最後のほうでポロっと失敗しちゃうかもしれませんからねえ。スペア大事。
 南画のお手本やら実物の動画やら,いろんな資料見てよさげな蝶の姿をスケッチ。
 頭の中でおおかたまとまったところで板に書き込み,まずは透かすところだけ彫り下げておきます。

 今回は大きな空間が空く所はないので,小径のドリルビットで孔を空けては,宝飾用の糸鋸でちまちまと広げて細かく透かしていきました。だいたい彫れたところで底面を削ってトンガリのほうを薄く,お尻のほうを厚くして彫り面にテーバーをつけます。
 ここまでやったところで一度木固め。
 中彫りから仕上げ彫りへと,さらに手を細かくしてゆきます。

 はははは,素体からで一週間近くかかりまいた。なんか指攣った。
 蝶の羽根の表現ってむずかしいねえ。
 今回の意匠はWハッピーに蝶が2匹。「喜喜蝶蝶」「喜事畳々(いいこと次々)」
 背景に牡丹(富貴)柘榴(子孫繁栄)も付いてます。

 さてここで修理に戻って----下桁の改修にまいります。
 下桁には裏板を剥がした時についた傷が少々あるくらいで,現状「壊れて」はいませんが。その工作にはいろいろと「ヘンなところ」があります。

 ひとつめは,左から右へと薄くなってゆく板を使用していること。

 すでに記事にしたように,これに関しては同時期の他作家の楽器の構造を参考にしたのではないかと考えられたものの。音響的な特性や加工の難易等さまざまな面から考察し,楽器製作のSNS等で尋ねてみたり,ちょっとした実験もしてみましたが……うん,やっぱりどう考えてもどうやっても,この加工にはアリンコのおならほどのメリットもありませんね。

 ふたつめが,その取付けについて。

 もともとの唐物月琴が一枚桁で,下桁というものは国産化されてからの後付盲腸的構造であるところから,その取付け工作は概して雑なものになっていることが多いのですが。本器の下桁は片側の端が胴側板の内壁にぴったり合わせて接着されているのに,厚くなっている反対がわの端は側板の直前で真っ直ぐに切断され,内壁にはくっついてません。
 これについてもいろいろ考えてたり実験してみたのですが,まったく不明です。同様の下桁を入れていた松音斎の楽器では,両端どちらもついてましたし。

 最後が板中央の四角い切りとり。

 音孔のつもりなのは間違いないのですが,なぜ上桁のように板の真ん中を貫かずに切り抜きという工作を選択したのかが分かりません。ここの加工に関しては,メリットどころかデメリットのほうしか思い浮かびませんね。

 まあ,後期生産型のBタイプでは,下桁は平らな板に丸孔をあけただけの数打ち月琴でよくある構造となっていますし。

 本器のこれら工作は,どれもこれも月琴作り手探り期思いつきだけの実験みたいなもんで,何らかの成果を真剣に追求したもの,とかは考えない方が良さそうです。もし何かしらいくぶんでも成果があがっていたのなら,その後も多少の痕跡が工作上に残るはずですし。

 以上,本器下桁の「思いつき工作」には,とッぱらって交換しなければならないほどのデメリットは総じてないものの,何らかの不具合を発生させうる可能性のある部分に関しては,予防的な改修が必要なものと考えられます。

 まずは真ん中の切り抜き。
 通常の状態では問題ありませんが,桁と板との接着面に断裂部分があるのはよろしくない。真ん中部分の両端が少しでも板から剥離すると,場所が場所(半月直下)だけに,ひどいノイズの発生源となる可能性があります。
 そもそも半月にかかる力を受け止めなきゃならないような場所に,こんな加工するというあたりが考えナシですね。

 凹の両端を少し切ってブリッジを渡しましょう。
 段になってるところは左右を少し斜めに切ってあるので,上にひっぱっても抜けませんよ。

 次にくっついてないほうの端と,側板の間のスキマを埋めます。
 そもそも内桁というのがなんのために付けられているのか?----胴体構造を保持するためなんじゃないんですかね。それも片方だけくっつけてあって,もう片方がフリーなんてまったく意味わかめです。

 桁と同じ針葉樹の端材を削ってスペーサを作り,削った時の木粉をまぶしてつッこみました。
 どちらもニカワ接着で,一晩置いてから整形します。

 後者のほうはホント分かりませんが,前者のほうはあんがい,入れてみたらサイズが少し足りなかった,とかかもしれんですな。

 ----といったあたりで,今回はここまで!

(つづく)


柏遊堂の月琴 (4)

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斗酒庵 六度輪廻で柏遊堂 の巻2023.2~ 柏遊堂の月琴 (4)

STEP4 柏餅にはまだ早い

 名将は 「いくさは戦う前に勝敗が決まっている」 と言い,名工は 「下調べの段階で修理の成否は決まってる」 と言います(いわない)ので,うんだからもう修理完了----なら,どのくらいラクかと思うきょうこのごろ。

 さてでは修理実作業,開始です!
 裏板を剥がしたのは,主として響き線の機能不全改修のためですが。このオープン状態だと,ほかの調整作業もより根本的なところから行うことが出来ますので,響き線の前にまずはそういうあたりから直していきましょう。

 なにはともあれ,最初は棹角度の調整。
 前回も書いたように 「ちゃんと作られた月琴」 の棹は,背面がわにわずかに傾いているものなのですが,この楽器を作り始めた段階の職人さんはよくこれを,胴体の表板から面一の 「まっすぐ」「まったいら」 な状態にしがちです。
 棹が「まっすぐ」な状態でも,楽器として使えなくはないのですが,フレット丈が全体に高くさらにその高低差がわずかなため,運指に対する発音の反応が悪かったり,音がビビリやすくなったりと,操作性・音色,両面に悪影響が大きいです。
 胴が箱の状態のままだった場合は,棹なかごを削ったりスペーサを貼ったりするくらいのことしかできないため,大幅な修整も微調整も難しいのですが,裏板がないいまの状態だと,棹全体の状態を観察しつつ,かなり精密で大胆な作業が可能ですね。

 現状「まっすぐ」にささっている棹を,背面がわに傾けるわけですから。
 今回の場合は棹口のところを支点とし,棹なかごの先っぽを少しだけ表板方向に向ければ良い。計算によれば,上桁の棹ウケ孔を表板がわに2ミリほど削り下げればいいのですが----

 以前書いたよう,上桁のこの孔は加工が粗く。こんなふうに縁がガタガタのボッサボサになっておりますので。このまま削ったりするとエラい大惨事が起きそうです。
 まずはここに樹脂を浸ませて,周囲を固めてしまいましょう。

 そして削ったぶん,反対がわに入れるスペーサは,棹のほうでなく,内桁のほうに接着してしまいます。
 工作的にはどちらに貼りつけても効果は同じですが,棹のほうにゴテゴテ付けるよりは見た目もスマートですしね。

 樹脂を浸ませて押しつぶしたあと,キレイに整形しなおしたので,孔の周縁もカッチリ固まっており,棹の出し入れもスムーズ。これでささくれが余計なノイズの原因になることもありません。楽器の操作性・強度・音色と多方面に直接影響があるので,できれば手ェぬかんといてほしいとこでしたね。
 この調整により,棹を山口のところで胴表水平面から約3ミリ背面がわに傾けることに成功。だいたい理想値ですね~。
 「ちゃんと作られた月琴」の場合,この棹なかごの表板がわの面は,表裏の板とほぼ平行になってます。ですのでたいがい,内桁の棹孔は修整後のように少し表板がわよりになっているものなのですが,今回はこれが板幅の「どまんなか」に切られてました----原作者の知識経験がほんとまだ 「穴掘って棹挿さりゃエエ」 の初心者レベルだったということですね。
 設定は間違っていましたが,木の工作自体は無駄に巧いので。抜き差しややユルめながらも棹・胴体の接合部にはスキマもなく,キッチリと収まるように加工されていました。
 それを傾けたわけですから,とうぜん接合部にスキマができちゃってます。これがまたキッチリぴったり収まるよう,棹基部の接合面を削り,ふたたび胴と密着させます。

 範囲も小さいし作業は地味そのもの,それでいて失敗すると修整が難しいのもあって,けっこうタイヘン。木の木口面って削りにくいですしね。ここの調整は,修理のなかでいちばん時間と手間のかかる作業です。
 胴体を箱に戻した後に最終的な調整を行うので,この時点ではまだ多少スキマが残っちゃっててもいいくらいではありますが----ずっとこればかりやってるわけではありませんが,他の作業と並行し再調整をくりかえしながら,だいたい1ヶ月くらいかかっちゃいますね。モノが木なもので,修理中にも微妙な変化があったりもしますから。

 続いては,機能していない響き線を引っこ抜きます。
 ええ,引っこ抜きましたとも----エイヤっ!てなもんですよ。

 響き線というものがエフェクターとして機能するためには,楽器を演奏姿勢に構えた時これが胴内の空間で自由振動していなければならないのですが,柏遊堂の線の構造だとその振幅は 表<>裏板間の方向 で大きくなりますから,機能する前に先端が触れて何の役にも立ちません。現状は「壊れてはいないけどまったく機能してない」状態で,むしろ単なる 「積極的ノイズ発生源」 でしかないわけですね。

 前の記事でも書いたように,このオリジナルの構造は,その機能より「作りやすい」とか「かんたん」であることのほうを重視したものになっていて,後で調整するとか修整するとかいうことすら考えられていない----となればもう,とッぱらうしかあんめェよ。
 そもそもこの響き線というものは,完成後には外部から操作することのほぼ不可能な,常時発動型(パッシブ)の機能構造なのですから,作る前にせめて実験くらいはしといてほしかったもンですね。
 原作者の工作を完全否定,かつ無視することとはなりますが。この部品は楽器としての「月琴の音の命」みたいなもので。これがちゃんと機能してないということは,その楽器は 「月琴のカタチをしてるだけのモノ」 でしかない,とまで庵主は考えてますので,敢えても萎えても飛び越して,ここだけは断固として改修させていただきます。

 胴体の構造上,響き線の振幅は 上桁<>下桁 の上下方向で大きく, 表裏板間の前後方向で小さいのが理想的。かつ,このせまい月琴の胴体空間内で,可能な限り大きく,出来る限り激しく振れてくれるとありがたいですねえ。
 実は前にも同じ作者の楽器でやっとるのですが,どんな構造どういう工作をするのかはまた後で。

 裏板の補修もしときましょう。
 まずは板についてる古いニカワをこそげてキレイにします。

 剥離作業中についた周縁のキズはもちろん,ついでに板にもともとあったヘコミ等も,桐の木粉を骨材にしたパテで埋めときます。
 中心部の上あたりにでっけえエグレがありました。
 節の部分が落ちちゃったとこでしょうねえ。

 あとは内桁の接着面に,小板の接ぎ目の段差になっちゃった部分(板を接いだときのミス)がかかっちゃってるとこが数箇所あります。接着不良の不具合が起きかねませんので,ここらも平らにしときます。

 さて続いては,この楽器の原作者由来の不具合として,響き線の機能不全と同じくらいのレベルである,糸倉軸孔の加工不良をなんとかしましょう。
 弦楽器で糸巻のところにアラがあるってのは,けっこうな大問題なんですよ。
 全体に固定がゆるめではありますが,いちばんヒドイ状態なのが最下の軸孔両面。

 先端方向の孔が加工不良で楕円に近いカタチになっちゃってたうえ,そのまま使い続けられたせいで,反対がわの孔もユルユルに広がっちゃってます。
 伝統的な修理法だと,糸巻の孔を木で一度埋めて開けなおすとこでしょうが,今回は新技法でいきます。
 唐木の木粉を樹脂で練り,大きいほうの孔は内壁の全面に,小さいほうはスキマになってる部分を中心に盛りつけます。そしてクリアフォルダの切れ端を,小さく細く丸めたのを軸孔につっこんで………こうと。

 軸孔いっぱいにクリアフォルダが広がったところで,中に糸巻の先端や筆の柄などを軽く押しこんでパテを押し均し,周囲に木粉をまぶして一晩おきます。

 硬化後,クリアフォルダを抜き取り,リーマーやペーパーで内壁と周縁にはみだしたぶんを整形して確認----うん,こんどはガタつきません。

 パテを盛るだけですから,けっこうな大工事となる旧来の技法とくらべると技術的に容易なうえ,補修作業による周縁部分への被害が小さいのがメリットですが,これだけだと素材的に使用強度や耐久性の面で若干不安があるので,さらに2~3補強の手段を講じる必要はありますね。

 というあたりで,今回はここまで。

(つづく)


柏遊堂の月琴 (3)

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斗酒庵 六度輪廻で柏遊堂 の巻2023.2~ 柏遊堂の月琴 (3)

STEP3 柏で遊ぼよその前に

 最初のほうでも書いたように,庵主が 「柏遊堂」 の楽器を扱うのは,今回で6面めとなるわけですが。いままでの記録を見ますに,それらの楽器には大きく分けて2つのパターンがあり,加工の稚巧や細部の工作の比較などから考え,それらはおそらく時系列的に前後の関係にあるのじゃないかと推測しております。

 とりあえず,前期のほうを「A」,後期を「B」としてみましょうか。
 今回の楽器はこのうち,比較的初期作と思われる「A」のほうに属しています。

 現在までのところ本修理報告で「柏遊堂」の楽器と同定されているのは,自出月琴の21・35・43・52号,依頼修理の「パラジャーノフ」の5面です。
 記録画像やフィールドノートから,本器以外でこの「A」に属すると思われるのは21号と52号。

 後期生産型と考えられる「B」がそれ以外の35・43号とパラジャーノフです。

 このうち「柏遊堂」のラベルが完全に残っていたのは21号のみ,棹のなかった35号はその量産に適した構造から当初,清琴斎・山田縫三郎の作としていましたが,後に内部構造等の比較から「柏遊堂」の作だろうと考えなおし再度分類し直しました。

 AとB,共通の特徴は----

 1)棹なかご,延長材部分側面のエグレ。
 2)響き線の取付け方法。

 1)の棹なかごの側面に浅くエグレがつけられているのはA・B共通の特徴ですが,エグレ自体は右だったり左だったりで,さして決まりはない様子。工作の違いは見ての通り延長材の先端部分にあって,Aでは先端が三角に削られてますが,Bはスパッと真っ直ぐ切り落としたカタチとなっています。

 2)も,響き線の基部を側板と板の間にはさみこんで固定する,という方式は同じですが,Aではその基部が表板がわにあるのに対し----

----Bではこれが裏板がわになっています。

 1)の形状変化は先をトンがらせる理由がないことに気付いたからでしょうが,2)の取付け位置の変更は,響き線の機能と組みたて工程の問題に起因するかと思われます。

 直線型響き線のもっとも一般的な工法では,下図1・2のように,線の基部は胴材に直接か,あるいは胴側内壁に接着された木片に埋め込まれており,鉄もしくは竹製のクギで締めて固定されています。直線の場合線の振れ方は,基部を中心に先端が円を描くようなカタチとなりますが,この円の振れ幅や方向は,取付後もあるていどは調整可能です。

 さて,月琴の胴体は通常,表板がわを起点として,側板と内部構造を組み合わせ,最後に裏板を閉じて完成という手順で組まれていたと推定されます。この作業はほとんど,表板を下に,胴体を水平にした状態でなされていたと思われますが,今回の楽器でも響き線はその状態----胴を水平に置いた場合----では,胴内で片持ちフロートの機能状態となってるんですが,演奏姿勢に構えると板にへっついて機能しなくなります。これは作者が響き線の動作確認を「楽器を水平に置いた状態」でしかやっておらず,さらには「それで良い」と考えていたからだと考えられます。
 そもそも,柏遊堂の響き線の工作では取付後の修整がほぼ不可能なので,裏板を閉じる前に響き線がぜんぜん機能していないことが分かったとしても,けっきょくは裏板を閉じてそッと出荷するしかありません。また,この線の形状で表板がわに基部を置いた場合,線の表裏方向への振れ幅は,上図3・4として描いたように,表板方向より裏板方向へのほうが若干大きくなりますので,工作時にいくら「表板からちゃんと離れていた」ことを確認したところで無意味というものでしかないでしょう。
 この響き線の工作不良に関しては,基部の位置を裏板がわにし,取付けの順番を最後のほうに回すだけでかなり解消できるようになるので,AからBへの変化は至極必然であったと考えられますね。

 A・Bともに内部構造は2枚桁で,上桁のデザインや加工・取付方法はどちらも同じですが。下桁のほうは,Aでは真ん中がコの字型に大きく切り込まれているのに対し,Bは3箇所丸い孔を穿って音孔としています。Bのほうは他の作家の楽器でも比較的よく見る工作ですが,Aのほうは柏遊堂以外で見たことがなく,いちおう柏遊堂の「創意」の一つであったろうと認めることができます。
 庵主の想定のようにAからBへという移行があったとするなら,前回紹介した下桁の板自体のナゾ加工(左右で厚みが違う)を含め,この下桁が「均等な厚みの板」「3箇所丸い孔をあけただけ」の「ふつうの工法」になった理由は,単にそれら初期の「工夫」「何の役にも立ってはいない」うえに「ただの手間」であることが分かってきたからだと思われます。

 ちなみにBタイプの下桁は,Aでは接着のみだった接合を,上桁と同じ側板内壁に切った溝に左右端をはめこむ方式に変えています。これもそれまでかけていた「余計な手間」を「丁寧な工作」のほうに転換したものと考えられますね。労力の総量はたいして変わらないか,むしろBの工作のほうが少なくなっていると思われますし。

 あとA・B共通の特徴として,どちらも指示線や書き込みがぜんぶ墨線だということもあげられましょうか。ほぼ同時代と思われる他の作者では,エンピツが使われてるのがけっこう多いですね。文字の場合ほど顕著ではありませんが,指示の位置や線のクセみたいなものも共通しているようです。

 さて,裏板を剥いで内部構造も分かったので,とりあえずの情報をまとめてフィールドノートにしておきましょう。(下画像,クリックで別窓拡大)
 この後も作業中に不良個所とか虫食いなんか発見されて,書きこみはいくぶん増えるかとは思いますが,楽器の諸元寸法などの詳細情報はだいたいそろっていると思われます。

 おもな要修理・改修箇所としては,まず散々書いてきたように,機能していない「響き線」がありますね。これについてはイロイロ考えてますが,まだどうするかは完全に決めてません。そのほかは----

 1)棹角度の調整:現状は棹の指板部分が胴表面板の水平面とほぼ面一となっています。これは月琴を製作初期のころの作家さんによくある設定間違いで,唐物や国産のちゃんとした楽器では,山口のあたりで表板水平面から3~5ミリほど背がわに傾いています。現状のままでも弾けないことはありませんが,フレットが全体に高めで高低差があまりつけられないので音や運指への影響が良くありません。

 このあたりは当時の使用者も分かってたらしく,柏遊堂5パラジャーノフの前所有者さんなんかは,延長材をほとんどなくなるくらいまで削って調整していました(上画像)----ただしやりすぎて傾き過ぎちゃってましたけど。

 2)軸孔の工作不良:これも第1回で書きましたが,けっこうヒドいです。特に一番下の軸孔は安定が悪いままで使い続けたせいで,左右両方がかなりユルユルに広がっちゃってますね。ほかの箇所はそれほどでもないのですが,糸巻との噛合せはどこも良くないので補修と調整はやっとかんと。
 弦楽器ですからね。ここの動作不良は操作性に直結してますから,ちゃんとしとかんとならんのですが,繊細でやりにくい,けっこうイヤな作業になりそうですね~。

 3)表板の虫食い:意外と重症だったようで。板の接ぎ目に沿って上下貫通しちゃってましたね。表がわからはほとんど見えない感じですが,ほじくったらけっこうなものでした。

 4)欠品:上から,蓮頭,糸巻2本,山口(トップナット),棹上のフレット3枚。このあたりは無くなった物を足すだけなんで,調整やら改修やらに比べれば気持ち的にはいくぶんラクな作業になります。だいたいいつもやってることだしね~。

 次回から,作業開始です!!

(つづく)


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