明笛について(30) 56号・巴山刻

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斗酒庵笛が長くなる呪いにかかる の巻明笛について30 56号・巴山銘

STEP1 長くなるノロイ

 なんと言いますか……ええ,また買っちゃいました。

 56本め(たぶん)の明笛は,竹でできてる部分の長さ(管長)がなんと 625!
 ここまでの最長は小山銘52号の575でしたから,一気に5センチも更新しちゃった----なんでしょうねえ,なんか買うたびに長くなってる気がするんですが,このままいくと数年後には1Mくらいある笛がきちゃいそうでし。
 とりあえずこの型の,長くて古い明清楽用の明笛は,当時の基本的な音階をほぼ直接的に知ることのできる大切な資料ですので。楽器自体が好きか嫌いかとか,庵主の腕前がどーとかいう問題じゃなく,超貴重なデータとしていくらあっても困ることはありません。(置き場以外www)

 お尻のほうのはなくなっちゃったみたいですが,唐木で作られた頭飾りがついています。

 先端開口部が七宝に透かし彫りされてますね。

 前にも書いたよう,『音楽雑誌』主宰・四竃訥次の本に記された「明笛の作りかた」の項目でも,ここはこういうふうにせい,となっているので,当時は定番の工作だったみたいです。
 材料が骨牙の場合は,他板で作って後ではめこんでますが,これは……一体かあ。 このカタい木を筒状にくり貫いたうえ,ここだけ残して透かし彫る…うわあぁ,NC旋盤でも貸してもらえない限り,ぜってぇにやりたくない。(w)
 工作は比較的丁寧なのですが,全体のカタチが少しいびつなのと,管の長さに対して短く,見た目のバランスが吊り合っていないこと。またこちら部分の接合部分の工作に,若干不自然さが感じられるので,これはオリジナルの部品ではなく,後補もしくはサイズの近いほかの笛から移植されたのではないかと考えてます。

 接合部を湿らせて抜いてみますと,管のほうの凸には糸ががんじがらめに巻付けられていました。
 糸を巻いて,ニカワかウルシでガチガチに固めたようですね。こっちの端から大きな割れが走っているので,その補修の一環だったかもしれませんが,現状見る限り,あまり効果はなかったみたいです。
 管頭に刻まれているのは白居易(白楽天)の「暮江吟」という詩ですね。刻まれてる文は----

 一道残陽舗水中,半江琴瑟半江紅。
 可憐九月初三夜,露似眞珠月似弓。

----ですが2句めの 「琴瑟(きんしつ:琴と瑟,どっちも楽器)「瑟瑟(しつしつ:水面の青く静かな様子を表す形容詞) の間違いですね。楽器なのであえてこうしたのかもしれませんが,あくまでも「紅」に対しての「瑟(青)」なので「琴瑟」だと意味無くなっちゃいますし,わざとやったにしては大して面白くもない(辛辣)。

 水面に一すじ陽の名残り,赤き川面もかた青鎮み。
 九月初三の夜はいとし,露は眞珠で弓の月。

 平安朝の方々だいすき『白氏文集』にも見える詩で,けっこういろんな物語や文章の下敷きになってます。一次水準の漢詩ですし,刻字も比較的読み取りやすい字体ですね。

 詩と行を換えて 「巴山刻」 と銘が切ってあります。同じ記銘の笛は以前にも見たことがありますが,実際手に取って扱うのは初めてですね。52・55号の小山銘よりは例が少ないですが,複数残っているとこからすると,それなりの数を作ってたとこなんじゃないかとは思いますよ。

 頭飾りと反対の端・管尾のほうは,飾りを取付ける凸状部分が除かれたうえに,開口部内がわが漏斗状に削られてしまっています。頭尾のお飾りをうしなった明笛でよく見られる修整ですが…端っこのほう,管の外径ギリギリまで広げられちゃってますねえ----ううむ,こっちがわのお飾り,どうやって取付けよう

 やや灰色に煤けちゃってますが,管内は比較的キレイ。ロウを流してあるか,あるいは生漆あたりを軽く刷いてはいるようですが,尺八や篠笛みたいに本格的な「塗り」が施されててるわけではなく,ほぼ素のままの竹の肌が見えてます。このあたりは大陸の笛子と同じ。明治後半になると,日本の笛と同じように内がわを塗りこめたものが主流になってきますので,これは比較的古いものか,あるいは古い形式で作られたものみたいですね。


STEP2 割れ笛をとじぶた

 例によってあっちこちバッキバキですようっひょー!

 各部の寸法や現在の損傷等を図にまとめてみました(クリックで別窓拡大)

 採寸結果の数字や状況をただまとめただけのものなので,縮尺にはなってませんからね。
 ふむ…明笛の場合,筒音(楽器の基音,全閉鎖時の音)は唄口から管の端っこまでではなく,裏孔までの寸法で決まります。管の全長625に対してこれが 310 てことは,この楽器の約半分は「お飾り」みたいなもの,というわけですね。

 ちょっと見そこそこ派手な割れかたはしていますが,頭部からの長い割れは,薄ヒビとなって唄口の横まで届いてはいるものの,このあたりではいまだ表面的なもので,唄口内部には影響ナシ。そのほか息向こうの縁の上端に薄ヒビが出てますが,これもさほどたいしたものじゃありません。

 笛は唄口がイノチ。
 逆に言うなら,唄口のあたりさえ無事なら,とりあえず音が出せる程度には回復します。
 笛専門のヒトに言わせると暴論かもせんですが,まあ庵主,専門じゃないので,修理前後の音質の違いとかニュアンスみたいのは分からんちんです----だいたい修理前に演奏可能な状態だったモノ,まずないですもんね。

 というわけで,さっそく作業に入りましょう。
 まずはなにより割れの処置ですね。
 いちばん大きな頭端からの割れを,唄口に近いまだ薄ヒビ状態のほうからとめてゆきます。

 例によって樹脂系の接着剤をエタノールで緩めたものを使います。竹の割れようとする力はハンパなものじゃないので,ここは強力な接着剤を使わなきゃなりません。伝統的な技法としてウルシで継いだような場合も同じですが,強力な接着剤にはそれなりのデメリットもありますので,そのあたりは充分に知ったうえでやる必要があります。頭が悪いとか不器用とかいう自覚のある方はけっして真似せんでくださいね。(w)
 ここの割れはとにかく長いのですが,上にも書いたとおり,唄口に近い部分がなんとかなっていれば,端のほうは楽器の機能上どうでもいいので,ガッチリくっついてればよし,割れ目の大きなところは痕が残っちゃっても構わないくらいの感じでやります。
 割れ目が大きく開いている端っこのほうは,そのまま樹脂を流し込んでも,ダバダバ管内に流れてくっつきません。樹脂の粘度を上げれば,あるていどは流れなくはなりますが,そうすると今度は,接着剤が割れの細部まで届かなくなっちゃいますので一計を案じます----前に唄口の再生をする時に使った工法の応用です。

 クリアフォルダを細長く切ったものを丸めてなかに挿しこみ,これを管内いっぱいに広げます。
 そして最初にゆるく溶いた接着剤,次に少し粘度をあげた接着剤を流し込んで充填し,締め上げて固定します。この方法でも内に多少あふれはしますが,そもそも反射壁のこっちがわは,中に多少凸凹があっても何ら問題はありませんし。割れの表裏にあふれたぶんが,ちょうどリベットみたいに」型に広がり,補修部分を補強してくれるのでかえってよいかと。

 このほか,反射壁の劣化箇所は蜜蝋を溶いたもので埋めました。内塗りがされてるものだと,ここも塗料でガッチリ塗りこめられちゃってますが,今回の楽器は日本の笛でよくあるようにここには蜜蝋が用いられてました。
 まあ篠笛とかだと蜜蝋を棒状にしたカタマリがつっこまれますが,これのは紙を丸めたものの表面部分を固めているだけですね。
 同じように内塗りのなかった51・52号では,ここだけ木糞ウルシでガッチガチに固めてました----けっこう工作の違いがあるもんです。

STEP3 飾りがうまぴょい

 頭飾りはいちおうあるわけですが,上にも書いたよう,すこしびみょーに合ってない感がありますので,今回もこさえるとします。
 ----かもん!めん棒!

 ぎゅ~~~ん!ぎゃりぎゃりぎゃりぎゃり!
 ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゅ~~~ん!!
(旋盤がなく手工具でやってるのがサミシイため,せめて音だけ口で再現しながら作業)

 はぁ…はあはあはあ。
歳なので余計なことをすると息が切れる)

 ぎゅ…ぎゅ~~~ん!げほげほ…ぎゅ~………
(アホなことを四畳半で独りやっている自分の姿がむなしくなり,以降黙り込む)

 ……………………う~うまぴょい
(悲しくなったのでうまぴょい伝説を聞きながら作業続行)

 …………できました。

 さすがに前修理者ほどの根性はないので,七宝部分は別材ハメこみで再現させていただきます。
 接合部分の工作痕から考えて,オリジナルはたぶん,元付いていた唐木製のものや55号についてたの同様,接ぎ目のところに段差のない,単純でスマートなタイプだったと思うのですが。今回はうちで定番の,リング状の段のあるタイプに変更します。お尻のほう,取付の凸がなくなっちゃってますので,スマートなやつだと付けられません。こちらのタイプなら,接合部が管径より少し大き目になりますから,リングの部分に管端をハメこむ凹を刻めます。


STEP4 後は任せろと言って,真っ先に逃げる派

 数日おいて,樹脂で継いだ部分を整形します。
 割れ目の締めても閉じきらなかったぶんが,多少見えてしまってますが,接着自体はバッチリ成功してますし。さらに目立たなくする工夫もないではないものの,庵主,明笛に関しては基本,音が出て,楽器として使用できれば問題ないので,あまり気になりません。

 また修理者として言うなら,対象が分野外の場合,前の人がどこをどうしたのか,こういうふうに分かるようになっていたほうが有難いですね。前から言ってますが庵主は糸物のヒトなので,あとは後世の竹人族に任せます~。

 あとは管の内外をカシューで塗り,表面を磨いて完成です。もともと生漆で拭いてあったようですので表面はその上から数度重ねたくらい。内塗りはたぶん施されてませんでしたが,今回した指孔部分の補修箇所保護のため,内がわも軽く一二回刷いておきました。

 最後に,管頭尾の飾りを取付けて完成!!

 頭飾りは元付いてたやつより若干長くしたものの,どちらも極力コンパクトに作りましたが,それでも 全長715…ううむ大陸の笛子なみの長さですね。現在,あちらのは多く,なかばから継ぎになってますが,当時手に入った天然竹の一節モノとしてもかなりギリギリな長さなんじゃないかと。


STEP5 頭のちょと軽いヤング

 試奏の結果は以下----

  ○ ■ ●●● ●●● 合 4Bb+30
  ○ ■ ●●● ●●○ 四 5C
  ○ ■ ●●● ●○○ 乙 5C#-5D
  ○ ■ ●●● ○●○ 上 5Eb-20
  ○ ■ ●●● ○○○ 上 5Eb+20
  ○ ■ ●●○ ○●○ 尺 5F
  ○ ■ ●●○ ○○○ 尺 5F
  ○ ■ ●○○ ○●○ 工 5G
  ○ ■ ●○○ ○○○ 工 5G
  ○ ■ ●○● ○●○ 凡 5G#+15
  ○ ■ ○●● ○●○ 凡 5G#-5A
  ○ ■ ○●● ○●● 凡 5G#-5A

 ちょっと微妙なとこもありますが,第3音がやや低めに感じるほかは,だいたい清楽の音階の範囲内かと。あと西洋音階にピッタリはまってるとこと,中間音が両方あるあたりは面白いですね。
 ----なんか,わざとこうしてる感もないではない。(w)
 呂音での最高は ○ ■ ○●● ●●● で,筒音のほぼぴったりオクターブ上,5Bb+25 が出ましたので,ピッチも問題はないようです。

 ただ……初見だとかなり吹きにくい笛ですねえ。
 唄口には問題はなく,唇の位置さえ決まれば,軽く音は出るのですが。その位置取りがけっこうシビアなうえ,うちにある他の明笛の標準とやや異なっており,わずかな差なんですが,マトモに音が出せるようになるまでちょいと苦労しました。

 まあ庵主の技量不足もあり,これはこれとして,慣れちゃえばさして問題はないでしょう。
 この現状の原因の一つとしては,ほかの明笛に比べ,管頭部分が極端に長いことがあげられるかもしれません。
 この笛はやや極端なヘッドヘビーになっているほうが,取り回しがラクなのですが。本器の頭部分は,長い割に中がすっからかんなため,軽すぎて勝手に動き,最適な構えを保持しにくい感じですね。古いタイプの明笛ではこうした場合,適度なバランスをとるために,管頭部分に鉛や鉄砂の重りが入れられてることがあります。もともと本器にそれが入っていたかどうかは不明ですが----いづれ入れてみるとしましょう。
 
(つづく)

明笛について(29) 54/55号

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斗酒庵性懲りもなく笛を買ふ の巻明笛について29 54号/55号

STEP1 Bamboo of the Princess Undine(Fake)

 さて,ひさしぶりの明笛の修理報告でごんす。
 いや~サボってると資料がどッか飛んだり,実物が(誰かに譲っちゃって)なくなったりしますからねえ。溜まらないうちに流しておきましょう。

 明笛54号 は,いつもの人工斑竹とはちょっと違い,おそらくは 「湘妃竹」 を模したと思われる大振りな斑点がついています。もちろん,これも薬品で焦がしたもので自然の模様ではありませんよ。

 「湘妃竹」というのは丸い同心円状の斑点のある竹材で,かなり稀少で高価なものです。まあ「湘妃竹を模した」といっても,正直ホンモノを見たことがあると似ても似つかないどころのレベルではないので,好く言って「ほンのお気持ち」程度ってとこでしょうか。

  ○ ■ ●●● ●●● 合 4B-35
  ○ ■ ●●● ●●○ 四 5C#-10
  ○ ■ ●●● ●○○ 乙 5Eb-40
  ○ ■ ●●● ○●○ 上 5E+27
  ○ ■ ●●● ○○○ 上 5E+30
  ○ ■ ●●○ ○●○ 尺 5F#+20
  ○ ■ ●●○ ○○○ 尺 5F#+25
  ○ ■ ●○○ ○●○ 工 5G#+30
  ○ ■ ●○○ ○○○ 工 5G#+32
  ○ ■ ●○● ○●○ 凡 5Bb~5B
  ○ ■ ○●● ○●○ 凡 5Bb+15
  ○ ■ ○●● ○●● 凡 5Bb+20

 呂音での最高音は ○●● ●●● もしくは ○○● ●●● で 5B+30清楽音階としてはそこそこそろってますが,西洋音階の曲を演ると部分的に「アレ?」っとなるような音はいくつかあります。
 全長535。やや太目の管体,唄口は少し大き目でしたが,響孔がやたらと小さく,竹紙を貼ってもあまり効果が出なかったですね。
 かなりキレイな状態で保存も良く,到着時にも管体に損傷はほとんどありませんでした。管内が少し煤けていたのと,管頭のお飾りに数箇所ネズミの齧った痕があったくらいですかね。

 ネズミの齧った痕は,唐木の粉をエポキで練って盛り付け,ちょちょいと補修。
 内塗りもしっかりしていましたし,唄口の加工も良くて実に吹きやすい笛。楽器としての出来は良かったのですが,「清楽の音階の資料」とするには少々作りが違うかな。大正時代のはじめぐらい---すでに清楽は廃れ姿的にも音的にも「清楽器らしい明笛」じゃなくて良くなってきたころ---の作じゃないかと思います。(譲渡済み)



STEP2 小山さんちのもう1本

 明笛55号 は「小山」銘----52号と同じ作者ですね。

 竹は古色が付きにくいので,材質の状態等からどっちが古いかとか分かりにくいのですが,管頭の飾りが良く見る明笛の典型的なラッパ状のものになっていること,また52号にはなかったしっかりした内塗りが施されていることなどから,これは清楽の流行とともに,日本の気候などに考慮して製作された楽器----つまり52号よりは後じゃないかな,とは考えております。
 管頭の刻字……李白の「早発白帝城」ですもんね。ポピュラー化の極み,第一水準の漢詩で,腐れ文人風味のある庵主だと,コレ使うの正直ちょっと恥ずかしいです。前作は文字もかなり奔放に彫られてて何書いてあるのか判別が難しかったのですが,それに比べると文字もかなり読みやすい字体になっていますね。(www)

 管尾の飾りが欠損していますが,この状態で全長644。
 管部分だけで564(飾り取付け部を含まず)これはここまで最長記録の52号とほとんど同じ…まあ作者が同じですからね。

 この長さの古い明笛がドレミ笛だった例は今のところないので,ほぼ間違いなく清楽に用いられた楽器と考えて良いでしょう。

 工房到着時はかなり汚れてて,管表は煤け管内も灰色の状態。棒の先にスポンジの欠片をくくりつけ,中性洗剤をしませたもので洗ったら,真っ黒な汁が出てきましたよ。
 管表も中性洗剤で洗って,すぐ拭き取り乾燥。
 ----かなりキレイになりました。

 欠損は管尾のお飾りだけですね。明笛の場合,筒音は飾り紐を通す裏孔の位置で決まるので,管尾のこのラッパは楽器としての性能を見るだけなら,まあ,あってもなくてもさほど問題ないのですが,無いとカッコ悪いのでさっさと作っちゃいましょう。

 52号では古典的なシンプルお飾りにしましたが,今回は管頭のに合わせて,よくある定番的なカタチので良いでしょう。
 材料は100均のめん棒。
 前に月琴の普通じゃないサイズの糸巻を削った時の余り材がありましたので,これで良いでしょう。長2センチくらいのものですからね。
 加工しやすい材とはいえ,旋盤がない状況で作るのはけっこうタイヘンな形状。だいたいの大きさに削ったところで切り離し,内孔をあけ,管尻の凸が入るようリーマーで広げてゆきます。
 表がわは裾に向かって少し広がる浅いラッパ型に。
 何度も言いますが,こういうの,旋盤なしで作るのはけっこうタイヘンなんですよ。(www)刃物やヤスリである程度のカタチにしたら,指とか棒にはめて,回しながら削って仕上げます。
 出来上がったら表面を磨いて,ジッパー付の小袋に入れてエタノにドボン。1時間ぐらい置いたところで,そのエタノでエポキを緩めてその中にドボン。水気のかかるところですし,小さくて薄い部品なので,表面に樹脂を浸透させて強化しておきます。

 こないだの52号は,前所有者によって唄口のところが「壊滅的に補修」されてしまっていましたので,掟破りの唄口再生手術でなんとか乗り切りましたが,今回の楽器もアレほどではないにせよ,唄口のところに若干手が入っています。

 孔のカタチ全体少し歪んじゃってますが,特に唇と反対がわ,音を出すのにいちばん大切な,息を切る縁の部分がなんか,上から見るとまっすぐになっちゃってます。
 ためしに吹いてみると現状でもまあ音は出るんですが,高音域がぜんぜんダメですね。スカーっと息が通り抜けちゃいます。ここは要再調整です。
 小山さんの明笛は姿が良いのですが,管体がやや細めな割に,デフォルトでは唄口がやや小さすぎるらしく,けっこうよくこうして所有者による加工・調整が施されているようです。
 唄口を少し大きくすれば吹きやすくなるのは確かなのですが,それをする加工技術がじゅうぶんにないと,52号の前修理者みたいに,却って笛を吹けないもの,吹きにくいものにしちゃうことにもなりかねません。
 この楽器もそういうのの一例かなあ----前所有者はこの作業をするのに,どうやら小刀の類を使ったようなのですが,ヤスリと違って刃物は竹の目に沿ってこそげてしまいがちですからね。小刀とかでも出来なくはない作業ではありますが,明笛の唄口は篠笛なんかよりずっと小さいので,かなりやりにくかったんだと思います。刃の背とか峰にあたる部分が,反対のほう,唇がわの縁に当っていくつもキズを付けてますね。
 まずはこの歪んだ孔の縁を整形しましょう。リューターやヤスリで軽く削って,これをきれいな楕円形に直します。
 孔の縁を塗り直してから吹いてみて----だいたいこれでも良かったんですが,孔の管頭がわのへりにほんのちょっとだけ前所有者の加工痕が残っちゃったので,ここから少し息が逸れちゃうようです。もういちど補修しましょう。

----上にも書いたように,これ,前所有者が孔を削った時についた刃物の背の当たり傷ですね。反対がわをゴリゴリ削るのに夢中になって,刃物の背が関係ないとこに当ってキズしてるのに気が付かなかった模様----浅慮者めが。ごく小さく浅いエグレではあるんですが,唄口ではこの程度でも音の出具合にかなり影響が出ます。
 まずは綿棒にエタノを付けてキズとその周辺を拭います。それからエポキ。
 ごく小さなキズなので木粉は混ぜず,そのままで使います。二液式のを練ってつまようじでちょんちょんと。

 硬化後に整形。でっぱってるぶんを刃物でざっと削り落として,リューターでコンパウンドつけたパフかけて均します。
 このていどのキズだと,恒久的なものでなくてよいなら蜜蝋の類を落として埋めたていどでも良いのですが,それやると,あとでちゃんと修理しようと思った時,いちど付けたロウがいろんなものをはじいちゃって大きな障害になっちゃうことが多いですね。伝統的な技法だと生漆を盛るか,もう少し大きなキズなら木糞漆で埋めたりするところですが,硬化に時間がかかるうえ,傷自体は小さいのでどうやっても周辺への巻き込み被害が大きくなっちゃいますね。

 わずかなヘコミでしたが,ここを埋めただけで,かなりラクに息が通るようになりました。うーむ,このあたりは糸物よりはるかにセンシチブ。

 生漆といえば,この唄口のところ,唇の付くあたり(上画像管の下側)が少し色濃く変色してるんですが。これは使ってるうちに表面が荒れたので生漆を塗って保護したんでしょうね。響孔のところに紙を貼った痕もしっかりついてましたし,それなりに使い込まれた楽器だったようです。

 修理の終わった笛を担いで,近所の橋の下へ。

  ○ ■ ●●● ●●● 合 4B-35
  ○ ■ ●●● ●●○ 四 5C#-10
  ○ ■ ●●● ●○○ 乙 5Eb-40
  ○ ■ ●●● ○●○ 上 5E+27
  ○ ■ ●●● ○○○ 上 5E+30
  ○ ■ ●●○ ○●○ 尺 5F#+20
  ○ ■ ●●○ ○○○ 尺 5F#+25
  ○ ■ ●○○ ○●○ 工 5G#+30
  ○ ■ ●○○ ○○○ 工 5G#+32
  ○ ■ ●○● ○●○ 凡 5Bb~5B
  ○ ■ ○●● ○●○ 凡 5Bb+15
  ○ ■ ○●● ○●● 凡 5Bb+20

 唄口の調整がまだまだで,多少安定は悪いものの,筒音はだいたいBb,清楽の音階ですね。


(つづく)

菊芳の月琴 (2)

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斗酒庵 よしのすけとまた遭う の巻2022.6~ 菊芳の月琴 (2)

STEP2 トウカイテイオー(CV)

 すみません,10話観てナミダが……ああ,うん。菊芳の続きです。

 今回の楽器は,複数の所有者がいろいろと改造を重ねながらずっと使われてきた楽器なので,工房到着時にはいろいろと余計なモノがへっついてました。そうしたものに隠れて採寸や計測がしにくい点も多々ありますので,本格的な修理の前ではありますが,今回はそのへんをおいおいとっぱらい,原作者の仕事の部分を露呈させながら記録してゆこうと思います。

 糸倉は蓮頭と間木が再接着。
 糸倉左右と間木のあいだにスキマが出来,取付も不自然にズレてました。何度もはずれてヤケになったらしく,樹脂系の強力な接着剤が使われており,とりはずすのがタイヘンでした。
 指板および胴上には,通常より多いフレットがへっつけられています。おそらくは半音を得るためにしたことで,ほかでも時折見られる改造ですが,この楽器の場合,通常の長音8枚フレットでも,ギターと同じようにチョーキングすればだいたいの半音は出せますし,それでも合わなきゃ調弦変えればいいだけなので,庵主的には余り関心出来ない工作ですね。
 何本かは木瞬と思われる硬い接着剤で付けられていました。月琴のフレットはニカワ付け,"ポロリするのは当たり前" のモノですし,後の人がヒドい目に逢うのでこういうのもやめてもらいたいとこです。

 取り外しはしたものの,このあたりはそのままにしておくとイロイロと危ないので,とりあえず糸倉の間木は戻し,指板の山口の貼られるあたりにあったカケもちょちょいと直しておきますね。

 まず間木。なんどもはずれたりくっつけたりをくりかえしている間に,接着面がかなり傷んでしまっています。さらに前の「修理」で,それをそのままにボンドなんか使っちゃったものだから,こんなエグレの中にまでボンドが入りこんだりしちゃってますね。まずはそれをリューターでかきだしましょう。

 次にこのエグレを含めた接着面のデコボコを,木粉のパテで埋めます。ここはニカワ接着必須の箇所ですが,ニカワによる接着の強度は,両接着面をどれだけ平坦にでき,どれだけ密着させられるかにかかってますので,ちょっとやりにくい箇所ではありますが,充填後の整形もていねいにやっておきます。

 ハイ,バッチリくっつきましたね。
 ここが開いたままだと,何かに引っかかった拍子に糸倉がバッキリ逝きかねませんので。これから調査でいぢくりまわすこと考えても,さッさとやっとくが吉。


 指板もフレットのポロリがかなりくりかえされたらしく,傷みが激しい----すでに述べたよう,清楽月琴におけるフレットのポロリは,この楽器の常識日常世界の事態でありますが。通常は,何度か再接着を繰り返すうち,指板にもニカワが滲みて付きやすくなるのか,滅多に外れなくはなります。
 そこからしても,この指板の傷みは少し異常なレベルなんですが……この原因については,庵主,ちょっと思い当たる節があります。

 上でもさんざ紹介した,同作者同時期の作と思われる16号では,指板部分が ウルシ で塗装されていました。ウルシという塗料は乾いてしまうと伝統的な塗料の中でもトップクラスの強靭な塗膜を----まあ,簡単に言いますと,ニカワではくっつかなくなっちゃうんですな。

 芳之助自身,塗ってから気がついたらしく,16号でもフレットの接着位置に荒めのキズ付けてなんとかしようとしたようですが。ウルシの滲みこんだ面がその程度でなんとかなるはずもなく,うちに来た時にも棹上のフレットはほとんど落ちちゃってました----上画像で残ってたこの1本も,濡らしてニカワをゆるめる要もなくポロリでしたしね。
 たぶん,この楽器でもおそらく同じようなことしたんでしょうなあ。
 16号はあんまり楽器として使われてなかったようですが,それでもああでした。今回の楽器はかなり使い込まれたようですので,フレットポロリとの攻防を繰り返してきたため,指板の傷みもここまでけっこうなものとなったのでしょう。

 山口(トップナット)の乗るところのカケは,端材箱から色味の似た紫檀のカケラを選んで接着。捨てなくて良かった----でもこれでまた庵主の "木片捨てられない症候群" が篤くなります。(www)
 補修箇所整形のついでに,指板についたゴベゴベも剥がし,全体を均しておきます。繰り返された補修により,表面のウルシ層はほとんどなくなってるようですので,あとは接着面が密着しやすいように平坦に砥げば,それほど問題はなくなるでしょう。

 さて,糸倉の補修も済ませ,外面からの観察採寸もあらかた完了しました。
 では楽器内部の確認へとまいりましょう。
 現状,棹孔から覗いた感じで,内部には多少のヨゴレはあったものの,一目で分かるような故障は発見できませんでしたし,楽器を振れば響き線もいい感じで鳴ってますが。到着時,抜いた棹のなかごにはスペーサの木片がゴテゴテ貼られてました。補修のついでにぜんぶとっぱらっちゃいましたが,この一件からも内部構造に何らかの問題がありそうな予感はしてます。
 以前の記事でも書きましたが----芳之助,腕は良いくせに,けっこう手抜きするんだよなあ。内部構造みたいな見えないとこだと特に……

 板をハガす前に,いつものとおり表板上のものをぜんぶ取り除いておきましょう。

 うん,まずニラミ(胴左右の飾り)の下から木工ボンド(遠い目)虫食いのでっかいのもあって,その中にも入りこんじゃってますね。

 フレットとその周辺からは木瞬のカリカリ。板に滲みこんでなくてよかった----濡らして柔らかくなった木肌から。こそいでキレイにハガします。

 だいたいのものは取除いて,あとは半月(テールピース)のみ。現状,接着状態に問題はありませんが,初期作の楽器では良く,そもそもの取付けの設定とかが間違ってたりしてることもあるんで,棹の調整作業との兼ね合いもあり,はじめからはずしといたほうが後の作業の進みが早いものです。

 ここの接着はさすが菊芳。
 ほかのお飾り類は基本 「点づけ」 で,そのままでははずれなくても,周囲にお湯を刷けば簡単にハガれてくれましたが。ここはお湯をふくませた脱脂綿で囲んで,一晩濡らしてもビクともしませんでした。
 お飾りやフレットは,調整・修理・メンテナンスの時にはハガれてくれなきゃ困るとこ。対して半月は,糸の力のかかる大事な箇所なので,ふつうはそうかんたんにハガれてもらっちゃ困ります-----ちゃんと後のことも考えて,工作に差をつけてくれてるわけですね。

 面板と半月底の両接着面は精密に平坦に磨かれていました。
 濡らしてできた端っこのわずかなスキマに,クリアフォルダを細長く切ったものを挿し入れ,スキマを広げながら挽き切るようにしてはずしましたが,ニカワは全面,刷いたばかりのような状態で活きてましたので,この半月と表板はほぼ空気も入らないような精度で密着してたんでしょうね。
 まだ濡れてるんで,色が濃くなっています----染めはスオウですね。かなり褪せちゃってましたが,製作当初はこのくらいの色だったと思います。材質はおそらくサクラ。ちょっとトボけた感じのコウモリの顔が可愛らしいです。

 半月の接着が頑丈だったため,板を少し余計に濡らしてしまいました。二日ほど乾燥にあて,いよいよ分解です!

 例によって裏板がわから。数箇所,わずかですが板と胴材の間にスキマがあったので,そこから刃物で切り開きました。胴の接合や表板の接着具合に問題がなければ,もう片面はそのまま残して作業しますが,さあどうでしょう。

 内桁は2枚。円胴の内部空間を均等に3分するのではなく,上桁はやや上(天の板)寄りに取付けられてますね。
 上桁はサクラ,下桁はキリの板のようです。

 上桁のほうがわずかに厚く9ミリ,下桁が7ミリ。
 音孔のくり貫きもていねいで,意外と悪くない作りです。
 四方接合部は庵主がよく補修でやるように,裏がわからツキ板-経木かなコレ-を接着して補強してありました。これが原作時点での工作か,後で補修されたものかは今のところ分かりませんが,接合部に剥離がほとんど見られないのはこれのおかげですね。

 響き線は浅く弧を描いた細めの鋼線で,この床に置いた状態では先端が上桁に触れていますが,演奏位置に近く楽器を立てると,ほぼ完璧な片フロート状態になります----調整上手いですね。
 基部はなんじゃこれと思うくらいデッカイ唐木のカタマリ。
 うーん,たぶん紫檀,お三味の棹の端材じゃないかな?
 けっこう太い釘をぶッ刺して線を留めてます。ここのクギは,けっこう後の時代になっても,古くからある四角い和釘を使っている人が多いんですが,菊芳はそのへん拘りないらしく,ふつうの洋釘ですね----いや,明治のころだから逆に「洋」釘であることに「拘ってる」のかもね。
 響き線・留め釘ともに,表面にサビが若干浮いていますが,状態はだいたい健全だと思われます。

 上桁中央右上あたりに,例のヘロヘロマーク(前回記事参照)が見えますね----下のほうがちょっと切れちゃってますが。ヘロヘロのうえのはたぶん「上」という指示,あとは指示線ですが,すべてエンピツ書き。
 明治初期の段階でエンピツはほとんど輸入品で,10年代には国産の工場もあちこちで開設されてますが,まだそれほど一般的ではありません。ただその初期の鉛筆工場は下広徳寺だとか根岸だとか,芳之助の職場の比較的ご近所にあったようなので,そのへんから融通されてたのかもしれませんねえ。

 現時点で気が付く損傷個所はまず,胴下部に木工ボンドによる再接着。板を剥がす前の時点で,このあたりだけ板がズレて胴材との間に少し段差が出来てましたので予想はしてましたが…剥がす時にけっこうタイヘンだったんだからね!ここだけ頑丈で!!(怒)
 表板がわにも同じ処理がされているようですが,そちらは裏面ほど範囲が広くないようです。

 続いて,下桁は中央部が割れており,表板との接着もほとんど浮いてしまって,はずれる寸前になってますね。

 そして上右画像にも写ってますが,下桁左端のあたり表板に大きな虫食いが一箇所----あんまり見ない盛大な食われっぷりですねえ。上のほうに喰いカス,表に小さな出入り孔があいてますが,さいわいにも左右に広がりはなくこの部分だけのようです。
 上桁の表裏板との接着面などにも小さな虫食いは見えますが,どれも程度の浅いもので,虫害はさほどひどくはありません。いちばん派手なのはここと,表板のニラミの下から出てきた下画像の2箇所くらいですかね。

 上桁の下のところに小さな孔があいてて,これをたどったらオモテのニラミの下の大虫食いにつながってました。

 あとこれは「損傷」ではないのですが謎加工。

 表裏板と下桁に数箇所,何かをほじくり出したような加工痕やヘコミがあります。場所と形状から,おそらくは桐板を製材する時に挿される竹釘の断片をほじくり返したものかと考えられます。
 桐板は,厚い板材や角材に接着剤をつけて重ね,固まったところで端から薄く挽き切って作っていました。現在は固定具や接着剤の進歩で必要なくなりましたが,かつてニカワ等でつけてた時には,接着剤が固まるまで部材同士を定位置で固定するため,等間隔でクサビ型の竹釘が打たれていました。
 板にする時には,この竹釘のちょうど真上を挽き切り,痕跡の残っているほうを主に板ウラとして使用していました。もちろん,竹釘のない部分から採られた板にこれは残ってませんが,月琴は比較的単価利益の低い商品でしたので,表裏にはクギの残っていることの多い二級品の板や桐箱の再利用品などが良く使われています。
 しかしまあ,この竹釘はだいたい半分に挽き切られ残っていてもペラッペラなものなので,楽器の質に悪影響を与えるようなことはまずないと思いますが……芳之助,親のカタキみたいに躍起になってほじくってますね。上左画像のなんて,ほじくるのに夢中のあまり,板オモテまで穴あけちゃってますよ。

 竹釘ほじくりの痕跡は下桁にも見られますね。
 ホント,なにやってるんだろうねー。しかもすべて,ほじくったままで 「埋めて」 ないというのはどういう理由でしょうか?

 あと,これらとは別に裏板に三箇所ほど小さな孔があけられています。
 虫食い等ではなく,工具か千枚通しのようなものであけられたもののようですが,これも意図不明。

(つづく)


菊芳の月琴 (1)

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斗酒庵 よしのすけとまた遭う の巻2022.6~ 菊芳の月琴 (1)

STEP1 君の名は----


 さて,ウマ娘観ながらウサ琴をせっせこ作ってたら,依頼修理の楽器がやってまいりました。

 前回の天和斎まで,このところ唐物が続きましたが,今回は国産月琴ですね。
 ただしこれは明治の国産月琴の中では古いほうのタイプ。唐物の完コピから脱却し,日本の職人らしい構造になってゆくその途上。まだ倣製楽器の影響が拭いきれないころの楽器ですね。

 作者名を書いたラベルも墨書もありませんが,庵主には分かります----これは日本橋区馬喰町四丁目,「菊芳」こと福島芳之助の楽器ですね。
 ああ,もちろん存在Xによるお告げがあったとか,天啓がひらめいたみたいな理由ではないので安心してください。(笑)

 では外面の観察からまいりましょうか。
 全長は645(除蓮頭),胴は横355,縦352。ふむ----わずかですが横方向にふくらんだカタチになってますね。胴厚は36~7,面板のふちの加工の関係なんでこのくらいは誤差範囲。板自体の厚さは表裏ともに4.5ミリほどのようです。どっしりした感のある,やや厚めの胴体です。
 山口(トップナット)下縁から半月(テールピース)上縁までの寸法,有効弦長は420。唐物が400~410くらいなことを考えると長めですよね。このあたりは関東の作家の月琴の基準に倣っているといえましょう。

 寸法はひとまず置いといて。まず目を引くのが棹の糸倉のつけねのところ,この背面部分を庵主は 「うなじ」 と呼んでますが,ここが平ら----いわゆる「絶壁」になってるところですかね。

 国産月琴の多くはここを曲面とし,糸倉と棹はなだらかにつながれでますが,彼らがお手本にしたところの唐物月琴ではだいたいコレと同じように,糸倉がわがスパっと平らな「絶壁」に加工されています。見た目上,国産月琴のすべらかな曲面構成のほうが,「絶壁」よりも手間がかかってるように見えるんですが,実際に加工してみると,ここをキレイな「絶壁」にするのは意外と難しいのが分かります。
 というのも木取り上,この部分はキレイに均すのが難しい木口の部分になります。植物の導管に対しほぼ垂直に切った面をツルッツルに仕上げるのはけっこう大変なんですよ----そうですね,髪の毛の束をギュッとまとめて,断面を平らに磨こうとするのを想像してみてください。床屋感覚で考えなくても,毛の流れに沿って斜めやなだらかにカットしたほうがラクそうなのは分かりますな。

 うちの長老13号(新選組と同い年)なんかは,国産月琴で古いものであってもうなじはなだらかですし,後で唐物を真似て作ったような楽器もあるため,ここが「絶壁」になっていたからと言って必ずしも古いものとは限りませんが,輸入>倣製>国産という技術の流れはいちおうあるので,国産月琴としては,古い形態のものに準拠した楽器である,と少なくとも言って良いとは思います。

 菊芳の楽器では,明治25年の年記のあるもので,うなじは曲面構成,全体ももっと明治期の関東における国産月琴の標準的な姿となってましたので,今回の楽器のようなものは,それ以前の時代の作である可能性が高いですね。

 今までうちであつかった菊芳の楽器でいうと,10号と26号,16号於兎良と今回の楽器がそれぞれ同じくらいの時代の作と考えられますが,それぞれの工作を思い返してみますと,16号のほうが,比較的意匠や構造に実験的なところが多く,各部の工作・加工にもまだ 手慣れていない感 があるようでしたから,そこらへんからも,今回の楽器は菊芳の月琴として比較的初期の作と考えて良いかと思います。

 うちの「楽器商リスト」などで見る限り,馬喰町「菊芳」の名前が挙がってくるのは明治20年代初頭。第三回内国勧業博覧会では褒賞を獲得してますね。明治10年代初頭の楽器職人ランキングなどにはまだ名前が見えませんが,勧業博でも評価されているし,以降本でたびたび紹介され,また店を継いだ岡戸竹次郎も相当な腕前であったらしいことなども考えると,月琴の製作者に多いポッと出のにわか職人とは思えません。庵主は少なくとも明治10年代なかばには,独立して活躍していたのではないかと考えてます。
 明治25年に26号を作ってるのはすでに書いたとおり,16号と26号の間には,すでにあげた形状のほかにもかなりの技術的な差があるので,間にはそれそこの年数があってもおかしくはない感じですね。流行の盛り上がった明治10年代後半からはじめたとして,明治27年には清楽の流行拡大にストップをかけた日清戦争が勃発してますし,現在分かっている資料から,菊芳・福島芳之助は,明治30年代には引退もしくは死亡し,店も他に譲渡されているようですので,芳之助が月琴を製作していた時期は,最大でも10年ちょっとと言ったところ。

 比較的近所に山形屋雄蔵とか高井柏葉堂の店があり,蓮頭やニラミの意匠に類似などから,彼らとの交流があったことも考えられますので,当初倣製月琴に準拠していた菊芳の月琴は,彼らの影響で,渓派・関東風の形態に変化して行ったんではないかとも想像されます。このようなあたりも総合的に考えると,今回の楽器の製作時期は,明治10年代のドン末から20年代ギリ初頭といったあたりではないかと。

 さて,ちょっと考察が長くなっちゃいましたが,ふたたび観察に戻りましょう。

 唐物月琴だと棹背に深いアールがついてますが,これはほぼまっすぐ。概観ですが,関東の楽器はここがまっすぐなものが多いですね。糸倉はやや曲りが深く,太め。唐物や関西の松派の楽器はこんなものですが,後の関東の楽器ではこの糸倉が不識や柏葉堂のように細く長くなってゆきます。このへん細かく見てゆくと少し入り混じった感じなのが,菊芳の初期作の独自性ですね。
 あとは糸巻の孔。

 太いほうが11ミリ,細いほうが6ミリ径となっています。太いほうの11ミリはふつうですが,唐物だと細いほうも8ミリとかありますからね,先がかなり細くなってます。ちなみにこれ,三味線の糸巻のサイズに近い。
 孔の内壁に少し焦げが残ってますので,焼き棒で焼き広げてるのは間違いない。それ自体はふつうの加工ですが,おそらくこれら初期作のころは,まだ月琴用の道具もそろってないので,この軸孔なども三味線作りの道具を流用して作ってたのではないかと。そうするとやっぱり寸法が,月琴の標準的な糸巻のものよりは細めになっちゃいますね仕方ない。

 ちなみに工房到着時,糸巻は4本ささってましたが,唐木で出来た三本溝のが3本と,明らかに毛色の違うのが1本という組み合わせ。
 材質や工作は黒い三本溝のほうが良いのですが,オリジナルはおそらく1本だけ残ってるほうと思われます。各面の溝が深く,角を丸めたこの手の形状を庵主は 「ミカン溝」 と呼んでいますが,これは唐物月琴の糸巻に倣ったもの。同時期の製作と思われる16号の糸巻もこちらのタイプでしたからね。あと,このころの菊芳の糸巻は,唐木ではなくサクラなどを染めたものだったようです。

 さて,ここまで引っ張っておいてなんですが。
 ラベルや墨書署名といった決定的な証拠ではないものの,この楽器が「福島芳之助」の作であると証明する,現状ほぼ唯一の根拠は,棹なかごに付いてます。これですね----

 今回の楽器のものは,棹の調整か後の補修によって頭とシッポの部分がすこし消えちゃってるようですが,ほぼ同じものが16号の棹なかごの同じあたりにも見えます。

 墨書じゃなくエンピツ書きなんで,ちょっと分かりにくいとこですが。
 途中のヘロヘロの回数と,最後の1画が上にひょいっと跳ね飛んでるあたりはだいたい同じですね。10号の資料は当時の撮影機材の関係もあり確認できませんでしたが,26号では胴板ウラの書き込みにも,同じようなヘロヘロがありました。
 まあそもそも,これが署名的なものなのかいまだ確定できんとこではあるんですが,ほかの作家でよくここらに書かれるシリアル(同じ楽器の部品であることを示す番号)はほかの場所に付いてるんで,それでないことだけは確かですし,初期と後期の楽器のどちらにも見えるので,製作年を記したものでもなさそうです。


(つづく)


2022年7月 月琴WS@亀戸

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斗酒庵 WS告知 の巻2022年 月琴WS@亀戸!7月!!



 

 

*こくちというもの-月琴WS@亀戸 ふみ月場所 のお知らせ-*


 復活第2回目のWSに足をお運びいただいた方々,まことにありがとうございます。

 7月の清楽月琴ワ-クショップは,月末第4土曜日,23日の開催予定。


 会場は亀戸 EAT CAFE ANZU さん。
 いつものとおり,参加費無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願いいたします。

 ふみふみふみつき,お昼下り肉球開催。
 美味しい飲み物・ランチのついでに,月琴弾きにどうぞ~。

 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもお気軽にご参加ください!

 初心者,未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい,弾いてみたい方もぜひどうぞ。


 うちは基本,楽器はお触り自由。
 1曲弾けるようになっていってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可。

 


 弾いてみたい楽器(唐琵琶とか弦子とか阮咸とか)やりたい曲などありますればリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。相談事は早めの時間帯のほうが空いててGoodです。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。

  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)


 お店には41・49号2面の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!

 



 清楽月琴代用楽器・ウサ琴EX2完成!!
 お嫁入りさき募集中です!
 清楽月琴の上澄み技術でこさえた1本,ぜひWSにてお試しください。

 

 

2022年6月 月琴WS@亀戸

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斗酒庵 WS告知 の巻2022年 月琴WS@亀戸!6月!!



 

 

*こくちというもの-月琴WS@亀戸 水無月場所 のお知らせ-*


 いまだコロナ禍も完全にはおさまらぬなか,前回もWSに足をお運びいただいた方々,まことにありがとうございます。


 さて,本年度 月琴ワークショップ 第2回 開催ですぅ!!!


 6月の清楽月琴ワ-クショップは,月末第4土曜日,25日の開催予定。


 会場は亀戸 EAT CAFE ANZU さん。
 いつものとおり,参加費無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願いいたします。

 お昼下りのみなづきといえばういろう開催。
 美味しい飲み物・ランチのついでに,月琴弾きにどうぞ~。

 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもお気軽にご参加ください!

 初心者,未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい,弾いてみたい方もぜひどうぞ。


 うちは基本,楽器はお触り自由。
 1曲弾けるようになっていってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可。

 


 弾いてみたい楽器(唐琵琶とか弦子とか阮咸とか)やりたい曲などありますればリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。相談事は早めの時間帯のほうが空いててGoodです。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。

  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)


 お店には41・49号2面の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!

 



 現在,ウサ琴EX2号機を製作中。
 量産型と違いやたら時間のかかる加工実験ばっかしてるので,間に合うかどうかは微妙ですが,ちょっと頑張ります(w)

 

天和斎の月琴(6)

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斗酒庵 天和斎と邂逅す の巻2022.2~ 天和斎の月琴 (6)

STEP6 祝,ニシノフラワー実装!

 さて,ウマ娘メインストーリー第1部も天和斎の修理も最終章のきょうこのごろ,すみません朝ガチャ1発でフラワーちゃん引き当てた友人がストーリーで尊死して使い物にならなくなったので,一日バイトがトびました。そして,春のG1いまのところ全敗の庵主は,はたして皐月賞でふっかつできるのかッ!!

 ----まあ,それはともかく(w)
 伝統的な材料が多用される古楽器の修理は,天候に左右される要素が多く,今回の作業はずいぶん遅れてしまいました。使うべきところには最新の化学素材も躊躇なく使う庵主でありますが,それでも仕上げのあたりになると,伝統手法のほうが多いもので。
 二三日,低温雨降りが続いただけでかなり響きますねあなかしこ。

 前回用意したフレットを接着します。
 オリジナルフレットを使ったため,低音域はけっこう糸頭ギリギリになってますが,高音域がやや低めで。少し押しこまなきゃならないぶん,やや運指が重くなっています。清楽月琴のフレットは,通常ですと調整の労を回避するため全体に低めになってますが,本機で低音域のフレットが高くなっているのは,おそらく棹孔が割れていたことに関係しているかと。あのまま糸を張ると,棹が持ち上がりますから,フレット頭と糸との間隔は大きくなりますわな。それに合わせるとどうしても高くなるわけで。
 使用しているうちに違和感があるようなら取替えますので,まずしばらくはオリジナルの設定でやってみてください。

 つぎにお飾り類を接着。

 胴左右のニラミは何や言うてこの楽器の顔ですから,位置決めにはけっこう気を使いますね。これ,と思う位置が決まったら板に目印を付け,ニラミの裏にニカワを点付け。ズレないようマスキングテープでかるく固定してから,お飾りの全体に均等に圧がかかるよう,そこらにある重量物総動員でバランスをとりながら接着します。
 修理者泣かせの極薄部品でしたが,裏面からの補強がそこそこ成功したようで,再度の貼りつけも割れることなく成功。

 いちどへっつけたところで,クリアフォルダの切れ端を使い,浮いている箇所がないか確認します。一回目で付かなかったところは再度接着。この時にも,このクリアフォルダの切れ端は,裏面にニカワを滑り込ませる道具として使えるので重宝しております。
 クリアフォルダの片面に溶いたニカワを塗ってスキマにすべりこませると,浮いてるとこの裏面にだけニカワがついて,下の板への被害が最小限で済むんですね。

 最後に柱間の小飾りですね。
 7つ必要なところ,オリジナルは3つ残存。
 あと4つを削りました。
 凍石のお飾りは,すべて接着面に和紙を貼りつけてから接着しています。これは直接だと接着が強力過ぎ,メンテの時にハガせなくなっちゃうからですね。

 直接だと,ニカワが乾く時の収縮で,木材と凍石の間が真空状態のようになって超密着してしまううえ,凍石がまったく水気を通さないものですから,ハガしにくいことこの上もないのですが,こうして和紙を貼っておくと,濡らせば和紙の層に水気が入って,簡単にはずすことが出来るんですね。ちょっと前に,ほかの楽器でやっててはえ~と思い,真似しています。
 個々のお飾りの意匠の意味は正確には分かりませんが,だいたいの傾向は把握しているので,それに沿って作ります。
 今回はオリジナルの装飾が比較的多く残っており,庵主的にあんまり「遊べる」ところがありませんでしたので,小飾りの1コをちょいと----真っ赤な金魚ちゃんを彫りました。

 唐物月琴の装飾では,こういう赤っぽい石の飾りが最低1コは入っており,それらはたいてい魚か,それを大きく崩した魚と植物のあいのこみたいなデザインになってることが多いのですが,今回はモロおさかなちゃん。中国語で「魚(ユー)」「余(ユー)」と同音。「金魚」は「金余」なわけで----この楽器の半月の意匠は水関係ですから,そのつながりとしても悪くはないでしょう。
 けっこう上手く彫れたので,できればなくさないでほしいなあ。

 あとはバチ布を合わせて,切って貼って…

 令和4年3月末,福州洋頭大街天和斎。
 修理完了いたしました!

 各画像クリックで別窓拡大します。
 修理前の画像と並べると,もとのニラミの位置がかなり左右ガタピコ(w)になってたってのがお分かりになれるかと。ちょっと位置を上にして,左右をだいたいそろえただけですが,全体の印象がずいぶんと変わるもんです。

 カタチができて,糸を張れるようになってからおよそ1週間とちょい。糸をキンキンに張って,いつもよりちょっと長めに耐久テストを行いましたが,今のところ半月も棹孔も不具合は再発しませんでした。あそこまでバラけてた半月の再生(再作成じゃなく)はハジメテだったので,テストちゅうにまたぶッ壊れんじゃないかと,正直ちょっとシンパイしてましたヨ。
 この感じだと,三味線の絹弦で4C/4Gプラス長3度の調弦圏内なら,金属弦とかワウンド弦を張ったりしなければ,まあ大丈夫なんじゃないかと思います。

 フィールドノートは以下----

 各部寸法の詳細や,修理前の状態についてはこちらをご参照ください。
 百年以上前の大陸における工作が,製作時の状態で良く残っている保存の良い物件であったので,オリジナル工作の保護・保存のため,多少やり切れなかった部分はありますが。現状,楽器としての通常の使用上,大きな支障となりえるような不具合はないものと考えます。
 まあその「保存すべき」原作者の工作に,じつは「くっそ!いッそ直してぇ!」ってとこが含まれていたりもするんですがね。(^_^;)
 たとえばここ。

 いちばん上の糸巻の取付位置がすこし上過ぎて,糸巻の操作時に蓮頭が干渉することがあります。
 まあ「気になる」くらいで,操作不能なわけではぜんぜんありませんし,同じようなことは天華斎の53号でもありましたので,ある意味,福州月琴ではこれがデフォルトの設定だったのかもしれないです。

 あとは棹が少しねじれており,先端部がわずか~に左回りで傾いております。

 これも唐物月琴ではよくある事態なのですが,材が暴れやすいタガヤサンなため,単純に原作者の工作のせいなのか,後で自然にねじれたのかが現状定かでない(後者ならまだねじれる)ため,ちょっと様子見なのと。これ削るとけっこうな範囲で影響が出るわりには,実際の運指および音合わせの上で影響がほとんどないので,今回はそのままにしてあります----月琴は棹が短いので,このくらいなら三味線やギターほどの影響はないですね。

 音は例によって,国産月琴より明るめの唐物月琴の音です。
 響線が太いので,余韻は天華斎より玉華斎のほうに近いかな?
 うまくかかるとかなり重低音な効果がかかりますが,原作者の調整が完全ではないため,胴鳴り(演奏時に響き線がたてるノイズ)が出やすく,響線の効果を十分に発揮できる最善な演奏姿勢の範囲がややせまくなっています。

 記事中にも何度か書いたように,純粋な「楽器」としてより,利益率の高い「輸出用の装飾品」寄りに作られたものではありますが,作ったのは楽器屋ですし,楽器としての機能は十全に持っています。フレットの頭や胴上に使用による痕跡がついてますので,輸入された当時に,楽器として使用されていたことは間違いありませんが,どちらの痕跡も浅く,「使い込まれた」というほどには弾かれてなかったものと推測されます。

 半月が破壊された時期は不明ですが,そのほかにも庵主の所見したとおり,最初から棹口も割れていたとするなら。もとから弾けるにゃ弾けるものの,エラく弾きにくい楽器だったと思われますので,使用痕が浅いのも当然かと。

 そうした致命的な部分の故障や不具合はあらかた改善したものの,大きいの細かいのふくめて,まだ調整の余地はイロイロと残ってるんですが,今はまだどうしようもない部分もございますので,なにはともあれ弾いて……それこそまたぶッ壊れるまで大いに弾きまくってください。なんせ今は「壊れてない」んで直せないんです。壊れたら----直せます(小声)。庵主,斬って済むものなら,笑って馬謖くらい何人でもたたッ斬りますよ。

 現代の楽器にくらべると,「古楽器」というものは,その入手の段階からはじまって,メンテにするにしろ演奏するにしろ,さまざまに手間のかかるシロモノです。修理するにしてもいろいろな制限があるので,今の時点で「こうしたほうが良い」とは分かってても,迂闊に出来ないことも多いですね----まあ,そういうメンドくさい所も含めて「古楽器」の面白さではあるのですが。(w)

(つづく)


天和斎の月琴(5)

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斗酒庵 天和斎と邂逅す の巻2022.2~ 天和斎の月琴 (5)

STEP5 剣の流星・天空神,その名は!

 ウマ娘の影響で,去年からとつぜん競馬を観始めた----なんてヒトは幸運でしたね。去年は史上まれに見る激アツ当り年。今年も引き続きレイパパレ,パンサラッサ,ジャックドール…と,世代に1頭出るか出ないかの個性的逃げ馬が次々登場,同じ世代でブチあたるなんてのは,そうそう見れるもんじゃおへんえ。秋に海外遠征組と国内組のガチ対決希望。
 今年のクラッシック路線では,オニャンコポンですねえ。いや,名前カワイイし…お父ちゃんのエイシンフラッシュには,毎度馬体詐欺喰らわされた思い出しかありませんが(w)----皐月賞がんばれ!後世に語り継がれるオニャンコポン王朝の幕開けだぁ!!

 ともあれ,胴体の補修や清掃も終わり,棹のフィッティング,並行してやってた上物の細かな補修もあらかた目途が付いたので。
 いよいよ半月を戻します。

 正直緊張しますね。
 やれることはやれるだけやったので,少なくともクランプかけた途端にふたたびバッキリ~ッ!!----なんてことにゃならないとは思いますが,あの細工の細かさでオリジナルの部品のまま再生,というのは,いままでにもほぼなかったことなので,庵主この後もどうなることか,正確には分かりません。
 まずは半月の接着位置の確認をします。
 棹を挿し,指板の三箇所にテープを貼って中心を出します。その三箇所を結んだラインを胴体のほうに延長して,楽器全体の中心線を確定。

 半月の上辺(まっすぐなほう)はこのラインと垂直になっているのが理想的----うむ,だいたいオリジナルの指示線と合致してますね。
 「半月の中心」は半月自体の大きさにが関係なく,外弦左右の糸孔の真ん中ということになります。上辺のラインに沿って半月を置き,中心線に合わせます----はい,左右もほぼオリジナルの指示線どおりの位置に収まりました。このあたりは天和斎,かなりしっかりやっているみたいですね。

 さらに糸倉から色糸を引いて,中心や左右のバランスを何度も確認します。
 半月はお飾り類とちがい,一度くっつけちゃうとまずそうそうハガれないようガッチリと接着しますので,このあたりの検証はどんだけやっても丁寧過ぎることはありません。

 接着位置の検討が整ったところで,作業中にズレないよう,半月の周りに当て木を噛ませて位置を固定。半月の材のタガヤサンは水滲みが悪いので,接着面をぬるま湯で湿らせたら,ガラス板やクリアフォルダのようなすべらかなものの上にしばらく置いて,じゅうぶんに水気を吸わせてからニカワを塗ります。こうしないとすぐ外れちゃいますからね。
 やや薄目に溶いたニカワを,何度も塗っては拭い取るのを繰返し,接着面にニカワが滲みて,触れたら何も塗ってなくても指先が少しくっつくくらいになったところでようやく接着。
 Fクランプでやさしくしめつけます----せっかく修復した半月ですから,壊さないためでもありますが,実際ニカワの場合だと,接着剤たっぷりでぎゅうぎゅうに締めつけるのより,接着剤薄めで軽くほどほどに固定したほうがより強く接着されますよ。

 さて,半月接着の折にひさしぶりで棹を挿し糸巻もつけ,いちおう組みたてた状態で,中心出しやら糸のコースの確認やらしてたわけですが,先に進む前に,その際に気付いた不良個所をいくつか直しておきます。

 まずは糸巻を指す孔の調整。いちばん上の孔の加工がひどく,糸巻がガタガタ動いて安定しません----まあ,小さいほうの孔なんか,完全に楕円形になってましたからね,さもはんきんぽーさもありなん。
 黒檀の欠片を削って孔の一部に接着,リーマーで削って丸く整形します。作業後,下地が出てしまった孔の周縁はオハグロで補彩。

 楽器に付いていた山口(トップナット)は,材質・工作から見て,オリジナルのもので間違いないとは思うんですが,幅が指板より1ミリほど大きく,従前は棹から左右わずかに突きでた状態となっていました。

 楽器としての機能上はさほど問題ありませんが,演奏時に指先や服の裾などに少しひっかかります。まずはこれを棹幅ピッタリに。

 つづいて,その上面に刻まれている糸溝の間隔がわずかに広く,そのままだと胴との接合部付近で外弦が棹幅ギリギリになってしまいますので,いちど糸溝を埋め,ちょうど糸1本分ぐらい中央に寄せて切り直します。

 糸がフレットの左右端ギリギリですと,かなり正確に指を落とさないと,フレットの角に糸が引っかかって音が死んじゃいますからね。修整はわずかですが,これで3フレットあたりでもそれなりの余裕ができたかと思います。

 低音弦がわ,内弦の糸溝は2本彫ってあります。

 これは切り間違えたとかじゃなくて,わざと。画像の設定だと狭いほう,もう1本のほうにかけ替えると,弦間がわずかに広くなります。
 庵主は手指が異様に小さいのでこれで良いのですが,押さえた時に糸と糸がくっついたりして音が響かないようなら,広いほうにかけ替えてみてください。

 補修の終わった棹と胴側を油磨きします。

 唐木の類は油切れすると割れやすくなりますからね。
 しかしながら,この春は思いのほか気温の低い日が続いたもので塗料や油の乾きがおそく,この手の作業が遅れに遅れて難渋いたしました。

 そうこうしている間に,裏板に新たなハガレが生じたりもしたので,そうしたところを補修しつつ,部品の乾きを待ち。当初の予定より遅れることおよそ二週間ほど----

 ようやくフレッティングにまでたどりつけました!
 第1~3フレット頭に多少使用の痕跡はついていますが,不具合が生じるほどの減りもなく,状態も悪くないので,今回はここもオリジナルの部品を清掃してそのまま使用します。
 オリジナルの位置で組んだ場合の音階は,このようになりました----

開放
4C4D-234Eb+374F-44G-144A-365C-145D-365F-6
4G4A-324Bb+305C-115D-325Eb-5E5G-455G#-5A6C-27

 作りから考え,かなり装飾品寄りに組まれていたということもありましょうが……けっこう波瀾。老天華,清琴斎あたりはもう少し揃ってましたね。
 第1・2フレットがかなり低めなのは,棹孔が割れていたせいでもありましょう。従前では,糸を張ると割れ目が開き糸倉がわがわずかに持ちあがったはずなので,接合部から遠い場所ほど音は安定せず狂いが顕著だったろうと考えられます。
 3フレット以降はさほどヒドくもありませんが,5・7フレットの誤差が大きいのも,これらが1・2フレットの音を基準としているせいでしょうね。

 オリジナルの音階を採ったところで,フレットを西洋音階準拠に並べ直すため,再びチューナーで各個の位置を探ります。
 ついでに,オリジナルではまっすぐに切り立っていたフレットの左右端を少し斜めに削り直します。これもまた楽器としての機能上の問題ではありませんが,そのままだと置いてる時に何かにひっかかって倒れちゃったり,弾く時に袖裾とかがひっかかったりしやすいので,たいていの作家さんは少し斜めに落としていますね。上でも書いたように,山口の糸溝を切り直して間隔を狭くしたので,元は端ギリギリに糸がかかっていた第3フレットあたりでも,いまは左右に少し余裕があってこの加工が可能です。
 加工した両端に新しい断面が出ちゃいますので,ヤシャブシと月琴汁(清掃時に出た板のヨゴレを煮詰めたもの)で染め直し,ラックニスに漬けこんで補強もしておきますね。

 ニスから引き揚げて数日乾燥,リューターで磨いて完成です!

(つづく)


天和斎の月琴(4)

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斗酒庵 天和斎と邂逅す の巻2022.2~ 天和斎の月琴 (4)

STEP4 ダイタクヘリオスのお父さん

 さてウマ娘では主人公格ですが,実は庵主,98世代の印象があまりありません。シービーやルドルフの時代と違って,群雄割拠,みたいな感じで,どれか一頭に焦点がしぼれないぶん,記憶が曖昧になっちゃってます。ばっちり観てましたし,葦毛のウンスちゃんが好きでしたけどね。
 ハイセイコーからホリスキーくらいまでは,まだ子どもでしたし,なんとなく見てた感,その後オグリよりはイナリワンが好きでした。そして98前後の,ブライアンが絶対君主だったころや,世紀末覇王を倒すのは誰か!というあたりが,庵主いちばんの胸アツ世代だったかもしれません。
 ----せめてビゼンニシキは出してやってください。

 さて,半壊半月の修理,棹孔の補修,棹と胴体のフィッティング,表板の割れ処理,と,いまのところ順調に進んでいる天和斎の修理です。
 これで現状,半月を再接着すれば,楽器としての再生へと大きく踏み出せるわけですが,その前に一つ。
 胴体を清掃します。
 もともとの保存が良かったので,汚れはそんなにひどくありませんが,それなりに変色はしていますし,ハガしたお飾りの痕も真っ白に目立ってしまっているので,なんとかしなければなりません。
 まずはいつもどおり。

 重曹を溶かしたぬるま湯で,表裏板をゴシゴシっとな----うん,やっぱりこの表板の右がわ,木目がゴチャゴチャしてて,いかにも暴れそうでコワいですね。
 
 Shinex#400に重曹水を付け,板の表面を軽くしごくように擦り,染み出てきた茶色い汁を布で取り去るのですが,その一部を色ヌケしてしまっている箇所に回してなすりつけ,白い部分を染め直します。
 一回目の清掃で,だいたいこんな感じに(上右画像)。
 白ヌケの日焼け痕,だいぶん目立たなくはなりましたが,明るいところだとまだかなり色の違いが際立っちゃいますね。

 板の乾燥を待つ間に,半月以外の上物の修理もしておきましょう。
 まずは胴の左右につく鳥型のお飾り----ニラミです。
 左がわの鳥にはほとんど損傷がないのですが,右がわは何度か壊れたらしく,再接着と補修の痕跡がありました。

 下に向いてる翼の先端近くに欠けがあって,そこが薄い黒檀板で埋めてあったのと,嘴の下から胸元あたりに伸びる細い部分の下半分が割れてなくなっちゃってたみたいです,ここにもそれっぽい形に刻んだ薄板がくっつけてありました。
 うむ…この部分,何なのでしょうね?

 上の十字になっているところは,他の作例や吉祥図の例から見て,おそらくは口にくわえている楽器(笛か笙),と思われるのですが,その下のバナナみたいな部分が分かりません。
 後補の部品は表面がツルンとしていて何の彫りもありませんが,上画像のように,左の同じ箇所には毛の表現と思われる筋が付いているので,ここは鳥の身体の一部だと考えられます。

 同じ唐物の,天華斎や老天華のニラミではこういうふうに,縦のラインが弧を描いて下向きの翼にまで伸びています。太華斎や玉華斎のもだいたい同じようなもので,今回のに似た例はまず見ません。
 ううむ……ニワトリみたいに顎に生えてる「肉ひげ」の表現にしては場所が離れてますよね。唐物ではありませんが,国産月琴の作例で同様の箇所を,反対がわの翼の付け根としている例があるのでそれかもしれませんが……もう面倒くさいから「ホーオー袋(中にホーオー汁が詰まっている)」でいいや!
 右の後補の部品は出来が良くないので,マグロ黒檀の端材を削って,新品のホーオー袋(仮)を削ってくっつけてやります。

 最初のほうでも書きましたが,このお飾りは丈夫なタガヤサン製ではあるものの,あまりにも極薄で細工も繊細なため,強度はほとんどなく,基本的には一度貼りつけたらおしまい,ハガせばもれなく壊れるようなシロモノです----輸出用の贈答品・装飾品寄りに作られてるので,後のことを考えてないんですね。
 音楽の「道具」としての楽器には,メンテナンスが欠かせません。これを「楽器」として長く使用するためには,これらの部品が,メンテナンス時にはずせるような仕様になっていなければなりません。とりあえずは補修のついでに,裏がわ全面に樹脂で薄い和紙を接着し,お飾り全体を補強しておきましょう。これで少なくとも,通常の手順を踏めば,何度かは五体無事にハガすことができるでしょう。

 樹脂・接着剤の硬化後に,新しくくっつけた右のホーオー袋(仮)を整形。左に合わせて細かいモールドも彫り直して揃えます。

 補修が終わったところで,全体を清掃し,表がわからも樹脂を軽く染ませ,保護して完成----裏に張った和紙は薄いですし,樹脂が滲みてほぼ透明になっているので,横から見てもほとんど分かりません。また前にも書いたように,タガヤサンは黒檀や紫檀に比べると,反ったり割れたりしやすい暴れ木です。そんなものをこんなに薄く削ったのも,そもそもの故障の原因と思われますが,今回の補強でそのあたりも,だいぶんおとなしくなるとは思われます。

 同じ材質で同じように細工の細かい扇飾りにも,割れの補修といっしょに同様の処置をしておきましょう。

 つぎは,表板の補彩と裏板の清掃に取掛ります。

 清掃後,表板の日焼け痕はかなり目立たなくなりましたが。乾燥して数日,いちど落ち着いた色が再びあがってきてから見ても,まだ少々白っぽくて目につきます。
 日焼けで色が白く抜けた部分を中心に,ヤシャ液を塗り,濡らした布で周囲になじませながら補彩してゆきます。上にも書いたように,木板の染めでは,染め液が乾いてから数日すると,色味が表面に「あがってくる」という現象が起きるので,この補彩も少しづつ,間を置いてやりすぎないようにしなければなりませんので,けっこう時間がかかりました。

 裏板は上物が付いてないぶん手間がありませんが,資料として,またこの楽器のアイデンティティとして大切なラベルが貼られているので,これを傷つけないよう,汚さないように清掃します----これはこれでけっこうタイヘン。

 表裏板の清掃が終わったところで,板の木口をマスキングして,側面の処置です。主材部分にさほどの汚れはありませんが,接合部隠しの飾り板のところ,細工が混んでいてヨゴレが溜まってます。

 ここはまず歯ブラシでゴシゴシとやって,細かいスキマにつまったホコリを掻きだし,ついで同じく歯ブラシと布を使って,亜麻仁油を塗布,余分を拭き取りながら磨いてゆきます。
 この時,油のついた指で表裏の桐板を触ろうものなら,けっこうその後が悲惨な事態となりかねないので,保定の際とかかなり注意しました。

(つづく)


天和斎の月琴(3)

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斗酒庵 天和斎と邂逅す の巻2022.2~ 天和斎の月琴 (3)

STEP3 ハギノの弾丸娘

 むかしの競馬映像なぞ見てますと,ここ数十年での日本語の変化なんかを実感できる時がありますな。
 1980年当時,「ハギノトップレディ」「ディ」は,1音節でなく,「デ・イ」もしくは「デ・エ」の2音節に近く発音されてました。最近多い「ヴ」のついた馬名もほとんどなかった----うん「ヴ」の発音も,まだ一般的でなかったわけです。そういや「グルーヴ」も「グルーブ」だったなあ。「グループ」と勘違いしてる友人がいました。
 江戸~明治にかけての清楽歌謡の発音を考える時,どうしても現代の発音を基軸に中国音と比較しがちですが,発音というものはこのように,ほんの数十年でも変わってしまいます。庵主の場合,もとからお江戸の文学が好きだったのであまり困りませんが,歌に付せられたカタカナ音を見る時は,少し範囲を広げ,当時の読み物や刊行物から類例を探し,確認しながら考えたほうが良いですよ。
 ハギノトップレディ,ハギノカムイオー,姉妹設定でウマ娘化希望。

 バラバラだった半月,なんとか復活。
 依頼修理の天和斎であります。

 まずまずこれで,この楽器の修理における最大の案件のひとつが片付いたところ。いつもですとこの後は問答無用で開腹,バラバラにすることが多い庵主の修理ですが,今回は内部を確認したところ,内桁接着や響き線の状態も良く。胴体の損傷も少ないため,このままでゆきます。

 研究屋としましては,内部構造の詳細は知りたいところですし,職人的には響き線や棹との接合調整とかもガチ徹底的にしたいところではありますが,古物愛好家としては,オリジナル部分の保存状態のきわめて良いレアな百年前の楽器,ということで----必要最小限の破壊すら庵主の心臓にけっこうキます,うううう。
 そのあたりは今後,楽器として使用しているうち,暴走する10式戦車に轢かれてガッツリ壊れたり,じつは中にひとつながりになった秘宝の地図が隠されているなど,エラい不具合が出た時に。いまはとりあえず,分かる範囲最大限を記録して,次代につなぎます。

 棹孔の割れに取掛ります。

 この故障の原因は実に明解。
 棹基部の最大厚が,この棹孔より1ミリほど大きいせいです。
 小さい孔に大きい棹,ムリヤリぶちこめば割れます----あたりまえですね。
 楽器として使用によって割れたのでもなければ,何かの衝撃で割れたのでもありません。
 原作段階でやりやがったものです。
 割れが薄く,完全にバッキリ逝かなかったものですから 「まあ分からんやろ」 ていどで出荷されたものとおぼしい。「楽器」ならありえないことですが,東のほうのチョンマゲ結ってる蛮族に買わせる「装飾品」なので,見た目は問題ないし,これでもヨカロウということでしょう。

 半月でも使った強力接着剤をエタノールで少し緩め,割れ目に流し込んでクランプで軽く締めます。

 長年の放置で少し食い違いも出てしまっていますので,胴の表裏方向に締めるのと同時に,この部分も矯正しながら固定する必要があります。この修理のため,棹孔に入る小さなクランプを自作しました。

 まあ適当な大きさの端材の木片に穴あけて,ボルトを通しただけのモノですが,小物製作時の固定具としても使えるので意外と便利。
 半月同様,ここも力のかかる箇所なので,接着剤で継いだだけでは不安があります。割れ目が開かないように,チギリも打っておきたいところなんですが,この棹口のあたりは意外に目立つ場所,プレーヤーにとっても演奏中けっこう目の往くところなので,補修箇所は最少範囲にまとめ,なるべく目立たないようにしたいところです。
 色的には真っ黒なマグロ黒檀あたりで作ればイケそうですが,チギリを小さくすると,たとえ丈夫な唐木であっても強度は落ちます。さらに唐木は丈夫ですが割れやすい。ふむ,小さくとも丈夫で,かつ目立たないようなチギリを作れ,とな?----hahahaha,ジョージ,そいつぁムチャってもんだぜ。
 というわけで,こうします----

 黒檀と象牙のコンボ。唐木は硬いが粘りがない,象牙は粘りますが色が目立つ----この2つを,目が交差する形で貼り合わせたものです。これだと,かなり小さくしても丈夫で……1センチないくらいのモノなので,必要なカタチ大きさに加工するのが,エラいタイヘンでしたが~。(大汗)
 棹口のすぐわき,ヒビ割れの上下に少し斜めにズラしてφ3ミリのドリルで,くぼみを2つ穿ちます。

 胴材の厚みは棹口のところで6ミリほど。ドリルの先端にテープを巻いて目印に,貫通しないようにしときましょう。ついでアートナイフやリュータービット総動員で,先に作っておいたチギリのカタチに合わせ,接着剤と唐木の木粉をまぶし,象牙の面を中にして木槌で軽く打ち込みます。

 これも旧来のようにニカワでできなくもない作業ですが,強度と耐久性は現在の接着剤のほうが上ですね。もともと二つの部品だったわけでもなく,構造上もしくは使用上「割れているのが自然」な箇所でもなく,使用範囲もごくごく狭いのでセーフです。

 故障の原因となった棹基部のほうも,もちろん再調整して削っときました。

 もともと,原作段階での取付けが見事にガッタガタでしたからね?
 それでも棹基部,削った後の調整は突板の2~3枚で完了。このあたりから考えるに,同じ福州の月琴作りのなかで天和斎の加工の腕前は,老天華より下,太華斎よりはやや上と言ったところでしょうか。お飾り加工の無駄な精度を別にすれば,全体の作りは玉華斎がいちばん近いと思います。
 大変だったのは,棹なかごと内桁の孔の噛合せです。
 オープン修理だと,内桁の孔のほうから徹底的に調整できるんですが,今回は開けてません。

 棹がわしか加工できないうえ,挿しちゃうと見えなくなるから,確認しながらの調整が出来ない----まあ,あたりまえですが。
 またこの楽器の棹なかごがなぜか無駄に長いもので,延長材の途中にコブがついたみたいに,ちょっと不恰好になっちゃいましたが……なんとか調整は完了。現状,使用上の問題はまったくありません。
 このあたりの再調整も,いづれぶッ壊れてオープン修理となった時に,つぎの修理者に任せましょう。

 例によってこの棹位置・角度の調整と,取付におけるスルピタの実現で1週間近くかかっちゃいましたが。ここは楽器の使用感に直結している部分ですからね。しっかりやらせていただきます。

 胴体のもうひとつの要修理個所は,表板の割れ。
 前修理者が割れ目に木瞬流し込みやがったらしく,現状,上端からバチ皮の手前くらいまでの割れの進行は止まっています。手段は不正ですが,いちおう止まっていますし,これを正そうとするとムダに大きな傷をつけてしまうことになるので。血涙は滂沱と流れますが今回ここはそのままにし,粘土人形の尻にさらに何本かの錆びて曲がったマチ針をねじ込むことで我慢します。

 バチ皮と半月に隠れていた部分から下端までの割れ目を処理します。
 ここはいつもの手順で。
 前々回あたりでも述べたよう,この割れ目は衝撃によるものでなく,板自体の材質的な問題が原因で,板が弱いところから裂けたものです。

 唐物月琴の表裏板は接ぎ数が少なく,さらに景色重視の板目板が使用されるので,もともと板自体の質的な影響が出やすいところがあります。この手の故障は,言うなれば板がなりたいようになろうとした結果なので,単純な対処だと何度も再発することが多いです。
 まずは断続的な裂け割れを,刃物で一本につなげます。つぎにその割れ目を少々広げ,開いたところに薄く削いだ桐板を埋め込む。板が縮みたいなら縮みたいように,広がりたいなら広がりたいように,いったん板を満足させ,反抗する力を散らせたところに,ピンポイントでキツめの逆撃を加えてやるのがコツです。
 板も人間も,黙らせる手段というものに大した違いはないものですね。(悪い顔)

 割れ目の右がわは異常に硬く,左がわは極端に柔らかい----割れの原因はこの質的な落差でしょうね。
 加工上の粗と経年の収縮により,右がわ2センチほどの範囲で板が若干薄くなっており,補修後わずかですが段差が生じてしまいました。

 食い違いはわずかですが,少しだけ半月の接着部にかかっています。こうした場合は板を削って平らにするのが定石ですが,これだと不具合の程度のわりにけっこうな範囲を削らなければならなくなるので,今回はどうしても面一でなければならない半月のかかる部分のみ,薄く埋めて平らにします----うむ,オリジナル,大事。
 これで修理した半月をお迎えする下準備は出来ました~。

(つづく)


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