依頼修理の月琴(3)

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斗酒庵,重たい月琴に出会う の巻2024.11~ 依頼修理の月琴 (3)

STEP3 キミの内部構造が見たい(刃物ギラリ)

 はい,それでは分解作業のその前に----

 いつものとおり,棹および胴体上に接着されている種々を取り外してゆくことといたしましょう----まずは脱脂綿を細く刻んで準備です。

 はずしたいものの周りにお湯を刷き,濡らした脱脂綿で囲んでラップをかぶせてゆきます。ラップは対象よりちょい大きめに刻んでから,濡れた縁を指でズラして壁にして,余計なとこまで水気が広がらないようにしましょう。
 木への負担を少しでも減らしたいので,1~2時間放置したら,はずれるものからどんどんはずしてゆきます。

 予想していたとおり,棹上のものは山口以外すべてボンドづけ,近年になってからの再接着でした。

 白い木工のと,透明で硬質なものの二種類が使われてましたよがっでむ。透明なほうは木瞬かな?
 さすがに下地が紫檀なので,木地に滲みこむようなことにはなってませんでしたが,木目に入りこんだ細かいのまでキレイに取り去るのはけっこうタイヘンでした。

 胴上部,第5フレット接着部の下からは,浅いエグレが出てきました。胴上はここと第6・7フレット間の小飾りのみがボンド,ほかはオリジナルと思われるニカワづけでした。
 第5フレット下のエグレは,フレットがモゲた時に板の一部が道連れになったものだと思いますが,表面がなめらかになっていることと,周囲との色味の差があまりないところからすると,ここがボンド付けされるよりずっと前の古い故障痕だったのかもしれません。
 何で補修されなかったのかはちょと気になりますが,何にせいフレット取付の障害になりますから,後で埋めとかなきゃですね。

 ニカワづけの部分は比較的簡単にはずれたところが多かったものの,例によってこの作者も,後のメンテにおける手間とかちゃんと考えてないようで。左右のニラミや半月などには,これでもかというぐらい大量のニカワが使われており,はずれるまでにちょっと手間と時間がかかりました。

 おかげで凍石のニラミが少し割れちゃいましたが……
 とはいえ,庵主が割っちゃったのは左のニラミの細っこい部分だけで,左右ともに尾羽の部分のは,はずす前から割れちゃってたみたいです。
 たぶん石は弾性がないんで,板の収縮についていけなかったんでしょうね。ニカワでガッチリ貼りつけちゃったのも原因でしょうか。
 凍石の飾りの取り外しは難しいので----ともあれ,この無情な取付け状態でこの細かい細工,これだけの大きなサイズのが,この程度の損傷で保護できたなら,かなり上々な結果。
 正直もっとバラバラバラになると思って,超細密ジグソーパズルするカクゴしてたくらいですから。

 まあ庵主,この手のものの補修は得意ですので,即行修復してゆきますね。

 割れを接ぐついでに,裏がわ全面に薄い和紙とエポキで層を作って補強しときましょう。
 木と石なので意外に思われるかもしれませんが。凍石は水が滲みこまないうえ,接着面を平滑にしやすいため,板と接着面の間が真空みたいな状態になり,必要ないほど強力に接着されてしまいます。
 ですが,その裏面に一枚紙を貼ったり,庵主みたいに薄い樹脂の層を作っておくと,そこには水の滲みこむ余地が出来るので,メンテ上もラクになります。
 一般的な唐物楽器は多く,演奏に使う楽器というよりは「おめでたい置物」(メンテ不要)として作られているので,そういう配慮がなされていることは少ないのですが,国産の倣製月琴や装飾付の高級楽器では時折,同様の処置をした凍石や唐木細工の飾りを見ることがあります。まあ,庵主的には----「そもそも弦楽器の "共鳴板" の上に,こんな音の邪魔にしかならんモノ貼るなあッ!」----ってとこなんですけどね(w)

 やや小さめのバチ皮は,かなり厚手のシロモノでした。
 月琴という楽器の本来の奏法では,ピックが板を打つようなことはまずありえないですし,大陸の実用楽器として作られた月琴には,当時も今もそういうものを付ける習慣はほとんどなく。清楽月琴のこれはごく装飾的なものに過ぎないのですが,この皮の収縮によって周辺の板に割れが入ったりすることが多いので,基本的には取り外して裂地の布に換えています。
 これもさほど傷んではいませんが,傷んでいないだけに,このまま戻すと板がまた傷んで,さらなる故障の原因となってしまいますので戻せません,どうかご了承のほどを。

 半月をはずしたら,陰月が2コ出てきました。
 時折,孔を穿ったら下桁に当った等であけなおしてたりする例を見ますが,楽器の中心線をはさんで左右にキレイに並べて開いてますので,これは意図してやったものでしょうね。
 理由?----知りませんよ!?
 琵琶の覆手の下にある孔と同じ名前で呼ばれてますが,この小さな孔は国産の月琴にはよく付いているものの,そもそも大陸の月琴にはないことが多く,日本の職人さん…たぶん琵琶師兼業の方とかだと思いますが…がつけはじめたらしき意味のない構造で。一部「サウンドホール」だなぞと言っているトンチキ解説も見たことがありますが,テールピースの板の裏に隠れた直径7ミリほどの孔にそんな機能があるワケもなく,実際空気孔ていどの効能しかないうえに,むしろここから内部のニカワを狙って虫が入ったりしちゃってますね~。
 それが2コに増えてるのも,たぶん「こッちのがカッケぇ!」くらいの思いつきでしょうねえ。
 まあ半月に隠れて,ふだんは見えないわけですけど。

 半月はさらに上面の装飾もはずします。コレはずさないと本体磨けませんからね。
 あと裏面,ポケットになってる部分の工作が雑の極みです。切込みを入れてノミで抉ったんでしょうが,中身をむしりとってポイしたみたいな状態----中央部分がくぼんでかなり薄くなってしまってますね。このへんも補強しておいたほうが良さそうです。

 さて,一日二日置いて,濡らした部分が乾いたところで,いよいよ裏板を剥がすとしましょうか----それぃ,ベリベリベリ!っとな。

 ふむ,四方四塊,楽器ほぼ中央に一枚桁。
 内桁の片側に響き線を通す木の葉型の孔。
 響き線は,棹口のすぐ横辺りから,胴内をほぼ半周する長い弧線。

 中心線や指示線・目印の類以外には,作者の署名など楽器の由来につながる手がかりはここにもありませんね…
 響き線の固定方法や内桁の通す孔の工作が微妙に違ってますが,基本的には大陸の月琴の一般的な構造をきちんとなぞってます。
 ほかは棹なかごが胴を貫通するタイプなので,孔が1コ多いとこだけ違ってますが。いままで手掛けたこれと同様の構造した唐物の内部ともほとんど違いは………あれ?

 ----なんだコレ?

(つづく)


依頼修理の月琴(2)

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斗酒庵,重たい月琴に出会う の巻2024.11~ 依頼修理の月琴 (2)

STEP2 キミをもッと教えて(ハァハァ)

 さて,前回庵主のもとに届いた唐木製・超重量級・満艦飾の高級月琴。

 前回はこの楽器がどのようなモノなのか,というあたりをざっと概観してみたわけですが。続いて今回はこれが現状「楽器」としてどうなっているのかというあたりをふくめ,各部順ぐりに見てゆくこととしましょう。

 まずは糸倉と棹から。
 弦楽器として大切なところですからね,しっかり見てゆきましょう。

 鉄刀木製の蓮頭が紫檀製の糸倉にへっついており,ふつうはどちらも接着の悪い材なので容易にはずれてしまいそうなものではありますが。現状接着は頑強でビクともしません。
 なにかホゾのようなものでも噛ましてあるのか,それとも近年誰ぞが超強力な接着剤でくっつけたものかもしれませんが,へんな加工痕や接着痕も見えません----向きとかも正常だし,あまり音に絡む箇所でもないので,庵主としてはできればここは,このままそッとしておきたいところであります。

 今のところ,糸倉に傷らしいものは見えませんね。
 アールがきつめで左右各厚8,弦池が広めなので糸替えなどの操作がラクそうです。

 真正の唐物だと糸倉左右が頭のほうに向かってやや開き,末広がりの形になってることが多いんですが,これはきっちりまっすぐ平行。
 弦池は彫り貫きで,蓮頭取付部のあたりはかなり厚めになってます。内がわに少し作業痕が残っていますが,軽く均されてガタガタにはなっておらず,軸孔もきれいに貫かれて,歪みや縁の欠け等はほとんど見えません。
 向かって右側面先端に少しだけ白太(黒檀や紫檀で色のついていない部分)が混じってはいますが,全体としては非常に良質な素材が使用されています。そもこれだけサイズの紫檀のカタマリでアラがこの程度ですから,現在では考えられないくらいゼイタクな素材をゼイタクに使ってますね~おのれブルジョア起てバンコクのろうどうしや。

 この類の倣製月琴としては棹背のアールは緩く,中央のエグレも浅めになっています。唐物や初期の国産月琴では,ここのエグレがキツすぎて手が滑らせにくくなってしまったりしてる例もありましたが,この楽器の棹はそれらよりはずいふん実用的になってますね。  加工粗もきわめて少ないほうですが,指板面の基部左がわの縁が少しだけ欠けてしまっています。

 断面もキレイに磨かれていることから,これは使用中に欠けたのではなく,原作者が製作段階でやらかしたものと想像されます。たぶん本当は上図のように,うつくしーく末広がりにしたかったんでしょうねえ。
 損傷としては小さなものの,このせいで棹全体のフォルムがちぐはぐなものになっていますし,場所がよりによって音合わせで使う第4フレットの取付位置にかかっていますので,後でなんとかしときましょう。

 続いて糸巻です。
 いちおう4本揃ってますが,見てのとおりうち1本は寸法も材質も異なっており,間違いなく後補ですね。

 ほか1本は先端が折れ欠けており,さらに1本はそれと同じような感じで折れたのを接着剤で継いであります。
 つまり現状,オリジナルでまともに残ってるのは1本だけというわけですが,この1本も良く見ると糸孔のところからぐるりとヒビが廻ってますので,このまま使用できるか怪しい所です。

 材質は黒檀か紫檀かな?
 六角無溝のシンプルな外見ですが,かなり複雑な杢理の材を,それが最も綺麗に見える角度で木取りするという,凝った工作をしています----まあヒビが入ったり折れたりしたのも,間違いなくこの木取りと材質のせいでしょうけどね。
 つまり現状,糸巻は4本残ってはいるものの,使用できるものは0----ドラゴン怒りの糸巻全削り確定であります。


 牛角製の山口には糸擦れの痕が複数付いていますが,いづれも浅いもので,はっきりと糸溝を切った痕跡がありません。
 複弦楽器である月琴は,2本づつ同じ音に調整した弦を,それぞれ2本同時にはじくものなので,本当はここに溝を切ってコースを固定してやらないと,弾いているうちに糸がずれて間隔が開いたり,逆にくっついてしまうことで,調弦がおかしくなったり音が出なくなったりしてしまうのですが。日本の弾き手はそのあたりをあまり気にしなかったらしく,時折このように,山口に糸溝を切らないまま使用していた例を見かけることがあります。
 まあ作ってるがわも弾いてたがわも,よく知らないでやってた楽器ですからね。
 ここは完成後,きちんと糸溝を切って,ふつうに使えるようにしておきましょう。

 そのほか,棹上のフレットが1枚なくなってます。

 ちょうどこの二つの小飾りの間に入っていたんでしょう。
 また第3フレットはかなり傾いて取付けられてますから,これは最近再接着されたものじゃないかな?

 再接着されたものも数枚あるようですが,モノ自体はオリジナルの部品であろうと思われます。竹の皮目をそのまま片面に残したフレットは,国産の月琴で見られるもので,この加工自体はさほど珍しくありませんが,通常は薄く尖らせていることの多い頭頂部(弦に触れる部分)がやや太目にとられており,全体の形状も,唐木や骨牙材のフレットのほうに寄せているようです。
 糸の圧痕・擦痕もしっかり刻まれ,削れてかなり凹んじゃってるものもあるので,ここは全交換ですね。ただここから,これが飾り物ではなく楽器として実際に使用されたものであるところは間違いないようです。

 棹と胴体の関係がどうなっているのかしらべたかったんですが,表板がそうとうに歪んでいるらしく,曲尺や定規だと置いた場所で数値が異なってしまうため,山口と半月の間に糸を張って,それを基準に測ってみたところ----現状,胴表板の水平面と棹の指板面は,ほぼ面一か,わずかに前方にお辞儀をしてしまっているようです。

 実際,接合部の棹背がわがわずかに浮いて胴との間にスキマができちゃってますので,もとはちゃんと背がわに傾いていたのが,使ってるうち棹なかごが反ってこうなったのかも。ただ計測の結果で言えば,もし現在の接合面の角度で胴体についていたとすると,棹は山口のところで胴水平面より1センチ近く背がわに傾くこととなり,棹なかごも表板を突き破ってしまうことになりますので,これは原作者のもともとの工作に問題があるだけのことかもしれません。
 予想される弦高もかなり高めなうえ,山口と半月の間での落差がほとんど出来ませんね。
 このままだとやたら弾きにくい楽器にしかならないので要調整なんですが,前回も書いたよう,この楽器は棹なかごが胴を貫通しているタイプ。庵主もそう数多く扱ってるわけでもありませんし,一般的な構造の月琴より調整しなきゃならない箇所が多くなっているうえ,なかごが長大なぶん,ちょっとした加工の影響が大きくなるので難しいんです。
 ぶあーてぃ…棹と胴体のフィッティングは,ただでさえ毎回もっとも労力のかかる作業ですからね-----こりゃあけっこうタイヘンそうだぞ。


 胴は表に中央の景色が山となる板目の板が使われています。
 裏板はやや柾目っぽくはありますが,おそらくもとは表板と続きの板で,その上にくっついてた部分なのじゃないかと。それを天地ひっくり返して使ってますね。
 表裏ともに小板の接ぎ目が見えません……もしかすると一枚板なのかも。

 表板中央部・景色になっている山の中心を,斜めに横切るように割れが入り,上下をほぼ貫通しています。
 詳しい原因はもうちょっと調べてみないと分かりませんが,部分的に左右に裂けたような感じになっているので,衝撃等によるものではなく,長年の板の収縮により材質的に弱いところから壊れたと見るほうがよさそうです。
 そのほか,地の板の中央付近から半月の右端あたりに向けて,もう1本ヒビが入ってますが,ちょうど半月やバチ布で隠れてしまってるので,これがどこまで続いてるのかは不明です。

 棹口もお尻の孔も工作は丁寧で,比較的きれいに貫けてます。

 よく見ると棹口の上のほうにも,棹なかごにあったのと同じ「を」のシルシが書かれてますね。

 楽器内部も汚れはあまり見えませんね。
 棹口から覗きこんだ感じでは,内桁は中央に一枚,楽器向かって右がわに響き線が通っているようです。

 内桁が少し剥離しているようで,板との間にスキマが見えるところがありますね。実際板をタップしてみても,ボエンボエンと言うばかりでまったく響かないような箇所が多いみたいです。

 胴側,四方四か所の接合部にはスキマが目立ちます。

 月琴の胴体は内桁とここが密着してないと,ちゃんと鳴りませんし響きません。
 経年劣化による剥離だけでなく,元の工作があまり良くないようで,微妙にズレたり食い違ったりしてるとこがありますね。
 内桁の剥離やここの補修・補強等の作業は,とにかくバラさないとどうにもならないので,今回も完全分解・オーバーホールとなるのは既定の路線でありますが,この側面ほぼ全周に彫り物がされてるので,一度バラして組み直した時これがちゃんとつながるか少し心配ではありますとほほ……

(つづく)


依頼修理の月琴(1)

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斗酒庵,重たい月琴に出会う の巻2024.11~ 依頼修理の月琴 (1)

STEP1 君のことが知りたい


 さて,ひさびさの自出し月琴に続いて,こちらもひさびさにやってまいりました,依頼修理の月琴!

 事前のやりとりで,とりあえず清楽月琴であることと,満艦飾な装飾がついてるとこまでは分かってました。画像で見た感じでは唐物月琴っぽかったんですが,お飾りの意匠とか棹の作りとか…何か納得ゆかないところもアリ。
 最近は古い国産月琴に,適当なお飾りをたくさんへっつけて,少しでも高く売ろうとするようなにわか古物屋も多いんで,その類かとも考えたんですが,まずまずは届いてから,と。

 まあ庵主,こう見えても結構な数扱ってますからね!
 実際に見れば,どんな出自のもンか,一発で分かるでしょうよ,がっはっは!


 ------------すみません。分からないです……ナニコレぇ?

 全長:655(含蓮頭)
 胴径:360
 胴厚:40(板表裏各4.5)
 有効弦長:422

 棹は紫檀。胴の主材は鉄刀木のようです。
 胴厚く,全体に平均的な月琴よりは,やや大ぶりに見えます。
 胴側には古梅図漢詩が彫られています。

 コウモリの蓮頭は鉄刀木…この硬い木を良く彫りました。
 高さも厚みも13ミリと,かなり大きめの山口は黒い牛角製のようです。一般的な半割りカマボコ形ではなく,琵琶や現在の中国月琴なんかでも見られる,糸を載せる部分が凹んだ形状になってますね。
 半月も,正体は不明ですが黒っぽい唐木の上面に,薄板で唐草飾りを貼りつけたもの。この後乗せ飾りはたいていツゲで作られることが多いんですが,木目から見てこれは違うようですね。タモの類を染めたのかな?

 胴上,窓飾りはツゲ,柱間の小飾りと鳳凰のついた中央の円飾り,そして左右のニラミは凍石で出来てます。
 糸倉の背がわ先端に,金具で小さな環が付けられています。もともとはここのほか,棹尻のところにある孔に割り金のピンが挿してあり,そこに飾り紐を通す環と飾り金具が止めてあったそうですが,運送時の安全のため,棹を抜く必要があったのでそちらは現在取り除かれています。
 この孔のあいた棹尻のでっぱりは棹なかごの一部で,この楽器の棹なかごは長く,胴を貫通して地の側板から少し出ています。


 これと同様に棹が胴体を貫通するタイプの楽器自体は,お江戸の頃から入ってきてたようですが,明治流行期の「明清楽の月琴」の構造としてはさほど一般的ではなく,流行晩期に輸入された唐物楽器にやや多い感じで,国産の月琴ではじめからこのタイプにしている楽器は,最初期の倣製楽器以外ではほとんど見たことがありませんねえ。
 ちょっと変わっているところは,この棹が,棹本体(紫檀)>正体不明の赤っぽい木>たぶんホオ>紫檀の先端---という4つのパーツの継ぎになっていることですね。
 こういう工作はいままでほかに見たことがないし,唐物の貫通型ではだいたい棹本体と延長材の一段か,延長材の先端に短い唐木材を足した二段継ぎですね。
 工作の効率化や強度のことを考えると,ここの継ぎ数は少ないほうがよろしく,見ばえのためなら先端に短い唐木材を足すだけで良い----にもかかわらず間にもう一段異材を噛ませる理由がイマイチ謎です。

 どこも材質はかなり良く,お飾りの彫りも凝ってて,木部表面もツルツルピカピカ仕上げも丁寧で美しい,それでいて抑えた色調----いかにも文人好みのしつらえという感じです。

 表裏板には書き込みやラベルのようなものは見当たりません。
 棹なかごの基部付近にひらがなの「を」のような墨書が見えますが,これに該当する署名を記した作者を庵主は今のところ知りません。
 また,胴側・地の板に,たぶん「天外紹客」だと思われる銘が刻まれてます。「紹客」というからには紹興のヒトなのかな?とも考えますが,そもこれが楽器の作者なのか,古梅図の描き手なのか,はたまた楽器にこれを刻んだ者なのか分かりませんから。現状,楽器作の作り手について直接分かるような手掛かりはありませんね。

 さて,まずの問題はこれが唐物なのか,それとも国産なのか。

 全体的な印象は,かなり唐物に近いのですが。フレットは皮目を残した煤竹製,うなじはなだらかで,これはどちらも国産月琴で見られる特徴です。

 逆に,蓮頭のコウモリや凍石のニラミ,小飾りのデザインは唐物のほうに近く,それぞれが何であるか,あるていど分かるものになってますね。小飾りのうち3つは,おそらく八仙人をそれぞれの持物で表現した「裏八仙(暗八仙)」,残りは2つづつ吉祥図に良く使われる,「元宝」と「如意」かと----ただこれも,「裏八仙」の意匠に多少の劣化が見られるのと,「裏八仙」なら残りの5つがなぜないのか等,これをもって真正の唐物の証左と言うには弱そうです。

 あと言っちゃうと,工作・加工がちょっと丁寧過ぎる気がします。大陸の楽器だと,かなりの高級品でもどこかしらワイルドなところが見えてくるんですが,この楽器には表面的に見て,そういう「隙」がない。
 神経質な凝り性の多い,日本の職人の手仕事に見えます。
 おそらくは唐物を模倣した,いわゆる「倣製月琴」というものの一つでしょう。材質や工作から見ても,量産品ではなく,特別に作られた一品ものの高級楽器だと思いますが----さて,「モノ」として素材や作りが良いのと,「楽器」として良いものかどうかは,同じようであって異なることも多いもの。

 ----今回の楽器はどうでしょう?


(つづく)


月琴65号 清琴斎初記(6)

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斗酒庵,春秋を思ふ の巻2024.4~ 月琴65号 (6)

STEP6 運河を穿ちお城のお濠を埋めたてた男の楽器は行く

 半月の手入れが終わったところで,全体の組上げに向け,表裏板の清掃に入ります。
 工房到着時の状態では表面板に水ムレの痕が見てとれ,ちょうど胴体の半分ぐらいのところで上下うっすら色が分かれてましたね。

 今回のヨゴレはけっこうキツくしつこく。

 最初の洗浄液は表板の半分ぐらいで真っ黒になってしまいました。あと中央部や左右のニラミ周辺に薄いシミが残ってしまっていたので,清掃作業はなんどか乾燥をはさんで間をおき,楽器の状態を確認しながら3度ほど繰返しました。
 ヨゴレの状態は保存してあった場所や環境の影響もあったのでしょうが,この楽器の表裏板の染めは,二記山田縫三郎のに比べると若干濃く,砥粉もやや多めに感じられましたね。

 けっきょく,このところ修理したのの平均からすると,まだ少し色黒な感じになっちゃったんですが,この色味には桐板自体の質も関係しているようなので,水ムレや大きなシミが目立たなくなったあたりで終わりにします。

 数日乾燥して,いよいよ組立てに入ります。
 まずは半月の接着。
 楽器の中心線を出し,正確に位置決めをします。

 保定中にズレないよう,周りを板で囲んで軽くクランピング。
 一晩置いて完了です。

 これで棹のほうに山口をのせ,フレットを置けばいよいよ楽器としての復活!----と,なるわけなんですが…ここで非常事態発生!!!

 いちおう仮組みして糸を張り,フレットを置いてみたところ。
 低い,低すぎる!

 フレットの頭と糸の間が3ミリくらい開いちゃってますね----残念ながら,このオリジナルフレットは使えませんや。

 前回書いたよう,半月にはすでにゲタを噛ませてありますので,そっちの弦高はもうじゅうぶんに下がっているはずです。
 さらに山口のほうをさらに2ミリほど削っても,オリジナルフレットがまともに使用できるような高さにまで糸を下げられませんでした。こうなるともうあとはどっか削って棹角度の設定を変えるとかなんですが,これも前の記事で書いたように楽器自体がかなりギリギリな作りなので,これ以上は難しい所……現状の弦高に合ったフレットを作り直したほうが断然早いですね。

 補作のフレットは竹製。オリジナルフレットが真っ白な骨牙製でしたので,山口も色を合わせて白っぽい材料で作ってたんですが。かなり削っちゃったので,またツゲで作り直しました。板がちょいと色黒ですし,竹フレットもこれに合わせてちょっと濃いめの色に染めるとしましょう。
 新旧のフレットをならべてみるとこんな感じになります。

 新旧の高さの差は最大で2ミリ近く。
 他の作家さんの楽器でも似たような事態はちょくちょくあるんですが,これは当時の職人さんの「フレット楽器への無理解」のほか,こうした量産楽器では生産数を上げるためもあったかと思います。

 この楽器のフレットの加工は,本来なら庵主がやっているように,個々の実器合わせで正確な設置位置を探りつつ,各フレットの頭と糸の間をギリギリに,かつ前のフレットに干渉しないような高さに調整してかなきゃならないんですが,これは手間もかかるし時間もかかる。
 そこで基準となる楽器,あるいはスケール定規のようなものを用意して,それを参考にフレットの位置をどの個体でも同じ固定のものとし,各フレットを本来の理想的な高さよりいくぶん低めに製作する事で,製作と調整の手間を省き,製品としたときの歩留まりを回避したのだと考えています。

 まあ,このころの日本人にとって,月琴と似たようなフレット楽器となると琵琶くらいなものでしたからね。薩摩や筑前といった同時代に一般的であった日本の琵琶は,糸が太く弦高がきわめて高く,フレットは少なく,細かな音程は弦をフレットに「押しこむ」ことによって取ります----だからたぶん,月琴もそうやって「糸を押しこん」でも問題ないくらいに思ってたんでしょうね。

 琵琶とは違って月琴のフレットは基本的に1枚で1つの音にしか対応していません。弦長が短く糸のテンションも弱いので,琵琶のように押しこんで押さえると音程が安定しません。いくら「正確な位置」に設置してもあっても,「正確な音」は出せないんですね。そのあたり何となく伺い知れるのが,下に掲げた音階調査表----

開放
4C4D+104E+74F+114G+144A+115C+275D+45F+29
4G4A+114B+45C+65D+145E+25G+165A+45C+27

 このころの月琴としてはかなり露骨に西洋音階寄りですね。これは頼母木源七や山田縫三郎が,ヴァイオリンとかも作る人だったからかもです。清楽の音階としてはEのところが30%くらい低いのがふつうですが,西洋音階準拠と考えると,チューナーで測って,平均10%前後の誤差なのだから,かなり正確なほうです。
 ほぼ均等な低~中音域に比して,高音域,特に最後の3枚のあたりで誤差の幅が搖動し,最終フレットで30%近くになっているのは,高音域のほうが耳で差異を拾いにくいのもありましょうが,まさに上に書いたよう,オリジナルのフレット高では音程が安定しなかったろうことも影響しているかと思います。

 さあて,まあフレットの問題が片付きますれば,あとは組上げです!
 オリジナルのお飾りは左右のニラミと,窓飾り。ともに細工も良く,唐木のそこそこ上等な材で出来てます。剥離の際に片方がバラバラに割れてしまいましたが,すでに修復済。これらはキレイに清掃して,さッと油拭きすれば元のツヤが甦ります。

 欠損していた蓮頭も用意しました。
 清琴斎初記の楽器は参考となる例が少ないので,二記・山田縫三郎の作例の中から,最もここの工房のオリジナルだと考えられる意匠を撰んでます。
 とはいえ,これ自体,田島真斎の楽器に良く付いていた蓮頭の模倣ではあるのですけどね。

 糸巻は2本がオリジナル,2本が補作。
 ベンガラとスオウで似た感じに補彩してあります。今はまだ補作のほうが多少色濃いですが,数年するとスオウが褪せて,似た色合いに落ち着くでしょう。

 最後にバチ布と修理札を貼って,2024年11月19日。
 「運河を掘ってお城のお濠を埋めた男」こと,
 清琴斎初記・頼母木源七の月琴,修理完了いたしました!!


 銘は「孤雁」,添詩は----

 寒蝉数弄咽柳條  寒蝉数弄,柳條に咽び
 孤雁一声堕江浦  孤雁一声,江浦に堕つ

 誰の詩の一節かは検索してや。

 うん凄い----「透徹」とでも形容しましょうか。
 輪郭のはっきりした,澄んだ音の楽器です。
 余韻もすごいね----「中途半端なカタチ」なんて言ってゴメン。直線型より深みがあり,曲がりの深い線より胴鳴りが発生しにくい。うちのZ線と同様,直線と曲線の特性のイイとこどりしようとした構造だったんですね…まあZ線と違って曲げが微妙なので,この部分に関しては生産性が良くなさそうです。

 木部の工作自体は精密で頑丈ではあるものの,棹と面板が面一だったことや,響き線にちゃんと焼きが入ってなかった事を考えると,オリジナルは操作性も若干アレだし,響きもこんなにはなかったと思いますよ。元は楽器として考えると「悪くないけど良くはない」程度の数打ちの量産品だったと思われますが,この楽器にとっての理想的な設定に近づけるべく調整に調整を重ねた結果,現状は市販車がレーシングカーになっちゃってる,みたいな感じですね。
 胴の厚みがあるわりに多少楽器が軽めなので,ふだん重たい楽器使っている人には,取回しに少しだけ違和感があるかもですが,現状,その程度しかアラが見つかりませんね。

 ただコレ…正直,まったく素人さん初心者さん向きの音ではないなあ。

 あまりにも「音の輪郭がはっきり」しているので,上手い人は上手く,ヘタクソはヘタクソに聞こえます。上手く弾ければそのまま上手に聞こえますが,ちょっとミスすれば誰の耳でも聞き取れる感じ。デバフはかかりませんが,補正もかかりません。

 個人的にはジャズが似合う音だと思いますよ。

 ゆうつべのほうに試奏あげています。聞いてみてください----

  1)Moon River
  2)Fly Me to the Moon

 修理は終わりましたが清琴斎初記のお話は,あと1回続きます!
 といったところで請読次回。


(つづく)


えいこうの月琴WS@亀戸!ラストワルツ!

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斗酒庵 WS告知 の巻月琴WS@亀戸・最終回! 2024年12月!!!



 

 

*こくちというもの-月琴WS@亀戸 ラストWS のお知らせ-*


 
 2024年,12月の月琴WS@亀戸は,討入もクリスマスも越えた28日(土)の開催予定です。



 会場は亀戸 EAT CAFE ANZU さん。
 いつものとおり,参加費無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願いいたします。

 長年会場を提供してくださっていたANZUさんが,年内でお店を閉じられるため,@亀戸での開催は今回でラスト!!----いまのところ1月以降はなんもかんも未定ですので,この最期の機会にどうぞお立ち寄りくださいませ~。

 なお,いつもどおりお昼さがりのゆるゆる開始ですが,ANZUさんフェアウェルとも重なるので,17:00までの早じまいの予定です。

 参加自由,途中退席自由。
 楽器は余分にありますので,手ブラでお気軽にご参加ください!

 初心者,未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい,弾いてみたい方もぜひどうぞ。


 うちは基本,楽器はお触り自由。
 1曲弾けるようになっていってください!

 



 

 

 

月琴65号 清琴斎初記(5)

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斗酒庵,春秋を思ふ の巻2024.4~ 月琴65号 (5)

STEP5 ほんにそなたは枯野のススキそよぐばかりで心(しん)のない

 さてと,時系列と順番は前後しますが,今回はここから。
 この楽器,事前の調査で分かったのは,部材の加工や接合の工作はどこも丁寧精密で素晴らしいものの。明治流行期の他のにわか月琴師および儲け便乗の量産作家と同様,「月琴」という楽器に対しての理解不足からくる「足りない(あるいは余計な)工作」がいくつかあるということ。
 まあ,外から見えるカタチや寸法は簡単に真似できますが,そのカタチや寸法の意味や内部構造,ってのは,そのモノを正しく理解できてなきゃ,作者の想像や都合に流されがちになります。ストラディヴァリウスのヴァイオリンをスキャンして,3Dプリンタで内部ガン無視の樹脂のカタマリとして出力しても,「楽器」にはなりませんわな。
 その無理解による「足りない(あるいは余計な)工作」のひとつが,前回処理した「棹の傾きがナイ」ことですが,もうひとつがコレ----

 この響き線,ヤキが入ってません。

 いちおう軟鉄のハリガネではなく,鋼線ではあるんですよ。ただコレ現状,エフェクターとしてもリゾネーターとしてもほとんど機能してません……ほぼ楽器内部でぶよんぶよん揺れてるだけのシロモノですね。

 いつも書いてるように,月琴という楽器の良し悪しは,胴体がどれだけちゃんとした「箱」になっているか,でほとんど決まってしまいます。この楽器のそこらへんの工作は素晴らしいのですが。画龍点睛を欠くと申しましょうか,「清楽月琴の音のイノチ」ともいえる響き線がこの状態だと,「鳴りはするけど響かない」---月琴特有の余韻のまるでない,箱三味線みたいな音の楽器になってしまいます。

 さてこれはどうしたものか。
 響き線がサビサビか,根元が腐ってたりでもしてくれてたなら,躊躇なくヘシ折るなりぶッこ抜くなりできるのでハナシは早いのですが,表面に小サビ浮き,ヤキが入ってないものの,線自体の状態は健康そのもの。おまけに頼母木源七,基部固定の工作にもソツがなく,ちょっとやそっと引っ張っても抜けそうにありません。

 とはいうものの----まぁ,現状の取付けられたままの状態でも,なんとかやりようはありましょう。ただしそれは,表裏に板のついてる状態だと難しいので,板の補修の済んでない,胴が外枠フレームのみの時じゃないとできません。

 まずはライターで線全体をなるべく均等に熱します。
 よさげな温度になったところで,あらかじめ濡らしておいた布かキッチンペーパーですかさずくるむ!----ジュッ,とな----

 さすがに気の抜けない瞬間ワザで。作業中の写真は撮れませんでしたので,作業後のでご容赦アレ。ほかには直接コンロにかざすとか,9V電池直結して線自体を発熱させるとかも考えたのですが,どれも安全性に欠けるため却下。理想的な加熱状態が得られなかったため,完全に満足のゆく結果とまではいきませんでしたが,それでも先端がガンブルーになるくらいの根性は入れれました。
 従前は弾いても,ぶよよんぼよよんと揺れるだけでしたが,焼き入れ後はキーンカーンとちゃんとした「響き線」の音が出るようになりましたよ。

 この楽器にとっては重要なものの,きわめて地味な響き線の補修と処理は完了。
 棹の調整もひと段落し,これで内部からしなきゃならないこと,出来ることは片付きましたので,いよいよ裏板を戻して,胴体を「桶」から「箱」に戻します。

 裏板は,右から2/5くらいのところで割れて2枚になっていました。接合部の上端から半分くらいのとこまで虫に食われてましたので,表板の場合同様,小板接合部の虫食い部分を埋めて整形・樹脂浸透で補強。そのほかの虫損は,内桁との接着部や周縁部に少しある程度で,表板ほどヒドくはありませんでしたね。
 あとはこれを1枚に接ぎなおしたこれを胴に戻せばいいわけですが。
 表板の時と違って,こんどは内部構造との位置関係がまったく見えない状態でやることとなるので,1枚に接ぎ直す前に,板ウラに残っている原作者の指示線や,元々の接着痕,そして実際に合わせてみた結果を頼りに,新しい接着位置の目安になるシルシをあちこちに付けておきます。

 胴や板自体の,板の中心とかは原作者の残してくれた指示線,ほぼそのまま使えましたね----これも元の工作や木取りが良かったため,変形による誤差がきわめて小さかったおかげです。ほんと仕事は丁寧だ。再接着の作業余裕として小板の間に噛ませるスペーサも,最小の2ミリ程度の幅で済みました
 赤いクランプぐるりと回し,一晩置いて接着完了!

 あとは胴側からわずかにはみ出した板端を削り,胴体は無事「箱」に戻りました。

 棹と胴体,楽器としての主構造部分の補修はこれにて完了。
 ではいよいよこれを「楽器」に戻すために足りないあれこれを作ってゆきましょう。

 まずは糸巻。
 そういやこの楽器がはじめて工房に到着した時,ネオクの画像のとぜんぜんちがうゴッつい琵琶の糸巻が入っててビックリしたもんでしたねえ(出品者さんが同時に出してた他の楽器のと間違って入れちゃったらしい)。

 数日後に届いた糸巻は,2本がオリジナル,あと2本は三味線糸巻を改造したものとなってました。
 オリジナルの糸巻は状態も良かったのでそのまま使い,2本を補作することとしました。部品入れあけたら,ウサ琴作りの時大量にこさえた予備の素体がまだ2本だけ残ってましたのでこれを使いましょう。

 いつものように,ナイフと鬼目のヤスリでだいたいのカタチに削り,途中から実器合わせで先端を調整しながら,全体を仕上げてゆきます。

 ジグソーも旋盤もないんで,1本あたり1時間くらいはかかりますが。今回は大キライな素体作りの工程がないんで実にキラク,じつに楽しい!----ああ六角形のウツクシさ!
 というわけで。側面わずかに反りのある多面体に悶えながら,最後に帽子(握り部分のてっぺん)を研ぎ出し,溝を刻んで完成です。
 材料はいつもの100均めん棒ですが,これ数年前より素材が硬いブナの類から軟らかい白楊等になってますんで,力のかかる先端部分を中心に,樹脂を何度も浸ませて強化しときます。
 これをオリジナルの色味に合わせて補彩。

 今回は茶ベンガラを中心に,スオウ染めを組み合わせて赤茶っぽくしました。現状オリジナルより若干色味が濃いめですが,数年してスオウが褪色したらちょうど良いくらいになるかと思います。

 半月のお手入れもしておきましょう。
 オリジナルの半月は紫檀製。材質も悪くないですし,工作も良い。
 オモテ面に細い溝を刻み,そこに銀の薄板を打ち込んで装飾としてあります。意匠はたぶん水面に咲く蓮の花ですね。
 損傷は下縁部右がわに少しカケによるヘコミがあるのと,装飾の左がわの端のほうで一部銀の板がはずれてなくなっちゃってるくらい。

 ヘコミのほうは唐木の粉をエポキで練ったのでちょちょいと埋めましたが,銀の板のほうは手持ちにちょうどいい材料がないもので,とりあえず象牙の板をうすーくうすーく削ったのを埋め込んで誤魔化しておきましょう。

 あと事前の調査から,弦高を下げる必要のあることが分かってましたので,ウラ面のポケットになってる部分にゲタを貼りつけておきます。

 今回は煤竹を使用。
 弦が当って擦れる面に皮の部分を向け,細く削って貼りつけます。
 これで半月から出た時の弦高が,少なくとも1ミリほどは下がるはずです。


(つづく)


月琴65号 清琴斎初記(4)

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斗酒庵,春秋を思ふ の巻2024.4~ 月琴65号 (4)

STEP4 板コいちまい冬ジゴク,ほい。


 はい,では清琴斎初記,分解の続きです。

 とはいえ,今回は胴の主構造の作りが素晴らしく精密・頑丈で,接合部の劣化等強度的な問題もないため,表裏板を剥いでしまった段階で分解完了です。

 裏板も剥がしましょう,ぺりぺりぺり----この感触,そして濡らすと白くなる表面。最初はニカワが劣化してるのかと思ったんですが違います。

 この楽器,表裏の板だけソクイ(米粉の糊)で接着されてますね。

 同様の工作は国産の月琴で時折見るんですが(唐物では見たことがない),おそらくこれは三味線の工作の影響。日本の職人さんの 「三味線の「皮」はソクイで接着するもの > なら月琴の板もソクイだな!」 というていどの,やや短絡した思考から来てる工作----所謂「ドグマ」ってやつにハグされちまった結果ですな。

 もともとほぼ考えナシでやらかしてるともいえる意味のない工作ですし,後々のメンテや修理の関係上不便なだけなので,ここはキレイにして再接着はニカワでやります。

 劣化していなければ,濡らしただけで何度も甦るニカワに対して,ソクイは接着力こそ強力ですが,一度剥がれたら接着力は戻りません。また,三味線の皮は張り替えることが前提ですが,月琴の表裏板は通常張り替えることのない部分です。そんなとこに,一部分でも剥がれたら「全面張り替え」が必要になるような技術使いますかね?----みんな勉強がなっちょらん!

 というわけで,バラバラになりました。
 さらには剥がした板も,虫食いのある弱った接ぎ目からバラしてゆきます。

 けっこうあちこち食われてましたし,表板中央部分なんかはそこそこやられてましたが,食害は幸いにも接ぎ目に沿ったものばかりで,全体に横方向への広がりはない----これならあまり手を加えないで修理できそうですね。

 まず木端口の細い虫食い部分に,桐塑(桐の木粉を寒梅粉で練ったもの)を詰め込みます。場所によっては表裏薄皮一枚,みたいになってますからね,ちょっとづつそッとですが,竹串やら爪楊枝も使い,なるべく奥までキチキチに…最後は乾燥によるヒケも考えて,木端口からあふれるくらい盛っておきます。

 中まで固まったところで平らに整形。
 もちろんこれだけではおが屑を詰め込んだだけのようなもの,この部分に強度はまったくありません。そこでここには樹脂を染ませて固め,強化しておきます。桐塑は水にも弱いんですが,こういう時は逆に樹脂が滲みこみやすくて助かります。

 作業後に,食害周辺をケガキの先とかで触診してみましたが,充填不良個所や新たな被害は確認できず。食害がもっと横へ広がっていたら,表裏からほじって樹脂注入とかになっていたでしょうが,今回の楽器の桐板は,目の詰まった硬いもの----会津あたりの桐かな?----だったのもあり,さほど食い広げられなかった模様です。
 なるべく余計なところは削らないようにしましたので,食害が表面にまで達しているところ以外は,接ぎ直せばほとんど分からないくらいになるでしょう。

 これを順繰り剥ぎなおしてゆき,再接着用の作業余裕を作るため,3ミリのスペーサを間に噛ませて,1枚の板に戻します。

 上に書いたとおり,オリジナルのソクイじゃなく,ニカワで再接着します。
 スペーサのぶんはみ出た周縁部を削って,胴体は「桶」の状態になりました。

 いつもの作業からすると,多少拙速な感じがするかもしれませんが。上にも書いたよう,この楽器の胴体の主構造は,工作も良く頑丈ではあるものの,さすがに表裏板のない状態では構造的に不安定ですので。このままにしとくと,なんかの拍子に壊れちゃったり,気候状況等により変形しちゃう可能性もあるので,今回はとりあえず表板を戻し,少しでも安定した状態にすることを優先しました----いやあ,さすがに骨組みだけの状態では,棹の抜き差しや,響き線の調整するのもコワいですからね。

 安心して作業続行可能な状態になったとこで,次だ次。
 棹角度の調整をします。

 オリジナルは面板から棹の指板面まで,鏡のように見事な面一でしたが,これもこの楽器についてちゃんと勉強しなかった作り手のよくやる間違いで。本来は楽器の背がわに少しだけ傾いでいるのがベストです。
 もちろん現状の面一状態でも楽器としては使用可能ですが,ストレスなく演奏するためには色々と不都合がありますので,いつものとおり調整しようと思います----まああんまりにも精確無比な工作でしたので,正直このままにしてやろうかとも思ったのですが,楽器はあくまでも道具。いくら見事な工作でも,それが作者の無知のあらわれでしかないのなら,それを後世に残す意味もありません。

 とはいえ。
 こういう腕に自信のある巧い人ほど,一箇所を下手にいじると全体がダメになってしまうような,余裕のないギリギリの仕事をしがちです。
 元の寸法や強度に余裕がないので,こちらも常に全体への影響を俯瞰しながらのギリギリ工作しかできません。

 けっきょく,延長材の先端・表板がわ面を1ミリほど。内桁の棹孔も同様に表板がわを1ミリほど下げました。これによって棹を傾けることに成功。ほんとうはもう少し傾けたかったんですが,これ以上削ると延長材や内桁の孔の強度に問題が出そうでしたので。

 この作業の最中に,棹基部と延長材との接合部に割れが見つかったので補修しときます。数打ちの月琴ではよくある故障の一つですね。ここもちゃんと接着はニカワなんですよねえ----なんで表裏板だけ。

 最後に胴体の棹孔のひっかかる部分を少し削り,内桁の棹孔や棹基部にスペーサを噛ませて,きっちりスルピタ抜き差しできるよう調整します。
 いつものことながら,これでまだ第一弾の調整ですからね。
 この棹と胴体のフィッティングは,楽器としての使い勝手にダイレクトに影響しますので。この後もまだまだ,修理完了の直前まで繰り返されます。

 とりあえず今回はここまで----

 分解作業も終わり,当面の記録はだいたい採り終えましたので,恒例のフィールドノートを公開しておきましょう。(下画像,クリックで別窓拡大)

 表裏部分は例によって「真っ赤だな」(w)です。


(つづく)


月琴65号 清琴斎初記(3)

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斗酒庵,春秋を思ふ の巻2024.4~ 月琴65号 (3)

STEP3 婿さん(逓信大臣)はグルメと盆栽に夢中。

 さて,前回に引き続き調査です。

 外がわから見えるところは,だいたい記録し終えましたので。とりあえず棹をはずして内部を覗いてみましょう。

 そういや以前ここの二記の楽器で,外がわはキレイなのに,中がホコリまみれ粉塵爆発寸前の真っ白!----なんてこともありましたね。あれは板の虫食いが見た目以上に酷かったのが原因でした。今回の楽器も,表裏板に虫食いが見つかってます……さあどうなってることか。

 思ってたよりずっとキレイですね。

 視界良好,ホコリもほとんど溜まってません。
 上桁の音孔の向こうに,少し太めな響き線が覗いています。これも基部のほうにちょっとサビが浮いているようですが,銀色に光っている部分も多く。表板に水ムレがあったことを考えると,こんなもんで済んでて幸いといったところです。

 以降の作業に支障ナシ,と判断いたしましたので,フィールドノートに諸元寸法書き入れ終わったところで,分解作業へと入ります。

 まずはいつもどおり。表面にへッついているものをへッぱがします。
 脱脂綿を細く切ったのをたくさん用意。

 はずしたいモノ周辺に筆でお湯を刷いたら,これで囲んで堤防を作り,それから中心部に水気をふくませてゆきます----なるべく余計な部分,濡らしたくないですからね。
 表面が乾かないよう濡らした脱脂綿で覆い,ちぎったラップをかぶせたら1~2時間放置します。

 はずれてくれるお飾りはヨイお飾り,はずれないお飾りはワルいお飾りだぁ!

----というわけで,接着がオリジナルのまま,あるいは修繕が加えられていたとしても,それが古い時代のものならば接着剤はニカワなので,たいていのモノはこれで接着がユルみ,ハガれてきます。

 胴上,中央上部のフレットは4枚現存,第4フレットのみ欠損で。残っているうち第5フレットには最近の修理痕…というか,なんか接着剤ハミ出てんぞオイ。
 というわけで2,この第5フレット以外もまあ下が桐板ですから,近世の接着剤が使用されてても,木地が緩んだらはずれてはくれましたが。
 ニカワでの接着痕は,布でぬぐうていどでキレイになるのですが,こういう最近の接着剤による接着痕はちゃんと除去しとかないと,次のニカワの着きが悪くなりますので,後始末がかえってタイヘンなんですよ。
 第5フレット以外では,楽器向かって左がわのニラミ(左右のお飾り)が頑固でしたね。どちらもニカワ付けではあったものの,右がわは点付けで,一度めの作業で比較的簡単にハガれてきたのですが,こちらは後で補修したものか,裏全面にべったりとニカワを塗ってへッつけたものらしく,部品・板の精度が高かったのも災いし,容易にはずれてくれません。

 ふだん苦戦することの多い半月(テールピース)なんかは,下地の板が虫食いで弱ってたためか,左がわが半分がほとんどついておらず,右がわの端っこだけで板についていたみたいなんですが……このへッついてた部分がなかなかに頑丈で,ここも最後まで残ってしまいました。
 というわけで3。あんまり時間をかけると,ただでさえ古くて傷んでいる板への影響が大きくなってしまうので。どちらもあるていどスキマができたところで,クリアフォルダを細く切ったものを挿し入れ,ゴシゴシと挽き切ってはずしてやりましたよ。

 さて次だ,前回書いたとおり,棹上のものはぜんぶ後補部品。その形状や寸法から見て,楽器として機能させうるようなシロオノではないため,最近になってから,カタチだけ整えるためにへっつけられたものだろうことは明らか。

 手順は同じですが,基本的には「ハズす」「ハガす」というより「モギとる」ってのが正しい表現ですかな?
 木地を湿らせるとこまでは同じですが,これは接着剤を緩めるためでなく,木を軟らかくしといて,モギる際の被害を抑えるためですね。また,こういう最近の修理者は,だいたい前からあった接着痕を清掃もせず,そのままへッつけちゃってることが多いんで,そこに前のニカワの層が残っていれば,多少ヤバい接着剤が上に盛られても,下にあるニカワの層がしみこみを止めてくれてるはず&そこは水で濡らせばゆるむので,比較的安全にモギれてくれやがるだろう,という算段があります。

 結果----山口(? トップナット)とフレットはこちらの想定通りにモギれてくれましたが,糸倉てっぺんのゴッコさんだけはビクともしやがってくれません。
 なんかコレ,ほかと違う,もっと凶悪な接着剤が使われたみたいですね。頼母木さんの下地の工作が精確すぎたせいもあり,これがもーばっちり密着・極悪接着されちゃってます。おまけにこのゴッコさん自体がなんかユルい染料で染められてるようで,濡らしたら脱脂綿に赤い汁が滲んできました。
 こりゃ通常の方法だと,下地が緩むまでに相当かかりそうです。この糸倉部分は,この手の弦楽器にとって重要ななしょですからね----方針を変えましょう。
 いったん乾かしてから,ぶッた斬ることにします。

 ごとん----
  へへ…へ。
  やったぜ,やっちまったぁ……


 うんむ,裏面に紐を通すようなクボミがありますね。
 もとは帯留か根付でしょうか。
 彫りからして,これ自体は古いものっぽいんで,犯人は古物屋かながっでむ。

 表板にじゃまものがなくなったところで,さらに分解を進めてゆきます。

 といっても今回の楽器,胴体の輪になった主構造部分は頑丈健全なので,基本的に表裏の板をハガしたところで終わりですね。表裏板とも接着の浮いているところ剥がれているところから刃物を入れて回してゆきます。
 ペリペリパリパリ,キモチ良いくらいハガれてきますねえ。表板は虫食いのところから割れちゃいましたが,このくらいは想定内。

 ハイ!表板剥けました!
 まずは概況ですね-----埃はある程度入ってますが,表面的なヨゴレのわりには,やはり少なめです。
 墨書の類はナシ。接合部や,内桁の孔をあけたところの周囲に番号・指示記号や線みたいなものはありますが,特に文章になっているような書き入れはありませんね。「浅草の観音様の下にこの世のすべてを隠してきた。」みたいなメッセージでもあったら良かったのに(w)----指示線はぜんぶ墨書きです。

 側板は薄めで4枚とも均等に形が揃ってますし,音孔なんかも指示線内きっちり同じようなカタチで貫いてあります。
 数打ちの楽器では手抜きされることの多い内部構造ですが,各部ともに仕事が丁寧ですね。
 響き線は楽器垂直方向の中心あたりから,下桁ギリギリのあたりまで,ごく浅いカーブを描いて伸びています。線が若干太めな気もしますが,このあたりは二記山田の楽器でも同じです。
 響き線の基部は小さな花梨か紫檀の角材。大きさは 11x15xh.15 くらい。側板の内壁に,かなりの量のニカワでがっちり接着してあります。響き線自体の固定は基部に穿った孔に直挿し。とはいえ,たぶん先端を潰すかして突っ込んであるんだと思います。しっかりと固定されていますね。後代の月琴だと,ここは大きめの孔を穿って線を挿し,四角釘や竹釘を添え打ちして止めていることが多いんですが,これにそういうものは見当たりませんね。

 線の長さや基部の取付け位置は,山形屋や柏葉堂等ほかの関東の作家とあまり変わりありませんが,ほかは上画像のように,弓なりになっているのがふつうで,この清琴斎のような中途半端な曲がりのものはほかで見たことがありません。直線・曲線ともにメリット・デメリットがあり,その形状でそれぞれの作家さんの目指す「音」が見えてくるところですが,正直このていどの曲がりなら,いッそ石田不識や鶴寿堂のように直線を斜めに挿したほうが加工や調整もラクだし,効果も高いんじゃないかとは庵主個人的に思います。

----といったところで,今回はここまで。

(つづく)


月琴WS@亀戸!2024年11月!!!

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斗酒庵 WS告知 の巻2024年 月琴WS@亀戸!11月!!!


*こくちというもの-月琴WS@亀戸 ろうどうに感謝するWS のお知らせ-*


   起てバンコクのろうどう者。

 2024年,11月の月琴WS@亀戸は,きんろう感謝の日・23日(土)の開催予定です。


 会場は亀戸 EAT CAFE ANZU さん。
 いつものとおり,参加費無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願いいたします。

 お昼さがりのゆるゆる開催。
 美味しい飲み物・ランチのついでに,月琴弾きにどうぞ~。

 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもお気軽にご参加ください!

 初心者,未経験者だいかんげい。
 「月琴」というものを見てみたい触ってみたい,弾いてみたい方もぜひどうぞ。


 うちは基本,楽器はお触り自由。
 1曲弾けるようになっていってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可。

 特にやりたい曲などありますればリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の基本的な取扱いから楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。個別指導・相談事は,早めの時間帯のほうが空いてて Good です。あと修理楽器持込む場合は,事前にご連絡いただけるとサイワイ。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。
  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)

 お店には41・49号2面の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!


 「65号の修理は…"順調"。」
 佐官:「はぁ?」
 庵主:「"順調",だ。上には "順調",とだけ報告しておけ!…シベリアで凍ったピロシキを食べたくなければな。」

 ----というほどには苦戦してません。メンテと魔改造のため64号ちゃんが帰ってきてます。同時進行中です。



月琴65号 清琴斎初記(2)

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斗酒庵,春秋を思ふ の巻2024.4~ 月琴65号 (2)

STEP2 むすめさんの若いころの通り名,「月下の美人」だったってよ。

 前回は,長々と作者の人物伝を掘り下げましたが----ああ,そうそう。頼母木源七の楽器工房を継いだ,清琴斎二記・山田縫三郎については,こちらの記事をごらんください。

    「月琴の製作者について(3)」

 さて,では今回の楽器の解説に戻りましょう。

 主要な寸法は以下----

 全長:660(除蓮頭)
 棹長:295( 〃 )
 胴幅:縦355,横357
 胴厚:37
 有効弦長:425(山口欠損のため推測)

 さすが師弟,過去に扱った山田清琴斎の楽器の資料と見比べたら,寸法とかあちこち合致してますね----なに,同じ楽器なんだからあたりまえ? ふッ…昔の国産月琴,ナメたらあかん。何面か扱ったら分かりますよ。(泣)

 この楽器,みんなほぼお金のため,ナリフリ構わず大量生産してるもンですから,材料や工程のコスパ的な関係で工作の差がヒドく,同じメーカー同じヒトの作でも,寸法が平気で5センチくらい違っちゃったりするんです。あ「ミリ」じゃないですよ? 「センチ」ね。

 見てるとね,その理由も……あ~節があったからここで切っちゃったんだな,とか。ああ,端材で無理矢理でっちあげたんでこの寸法かあ----とか,プロの仕事にはあるまじき&「楽器」の工作とすると考えられないような,すぐ分かるようなのが多くて。
 これだけばっちり合致したりすると,庵主的には逆になんかコワくなったりしますが。これは考えてみますと,他のメーカーが部材の整形から組上げまでほぼ家内制手工業の手作業なのに対し,頼母木さん・山田さんのところは,規模は小さくても機械工作を取り入れ,部材を画一的に加工していたからなのでしょう。
 前回引いた伝にもあった 「月琴の高価なるに着眼して是を廉価に売出せし」 ということのできた理由が,まさにコレですね。手の仕事はワンオフのものを作るのには最適ですが,同じものを大量に,しかも安価に作るとなるとやはり機械にはかなわないものです。
 サイズ的なところはほとんど同じ,何らかの近代的な工作機械で加工してる部材の正確さや,接合の緻密さも同じではあるのですが,それでもやはり違いはありますね。

 棹各部のラインや糸倉のアール,飾りや,半月の加工も----初記のほうがやや繊細。
 二記のほうがわずか武骨で,比べるとやはり各部の工作に粗さが目立ちます。


 思うに,頼母木さんのころはまだ,基礎的な加工を機械でやれちゃってるぶん,安価にしても仕上げや装飾に回せる余裕があったんでしょうが,山縫になってからは,流行の加速と生産量の増大で,そのあたりができなくなったんじゃないかと。機械を入れるとヒトは楽になるか,と言えば,そうとも限らないっていう,現代社会の病巣例のひとつでしょうか。(おお,社会派)

 トップナットの山口もフレットも,棹にへっついているものは尽く後補ですね。

 山口っぽい角材表面に溝状の擦痕が残ってますから,実際に使ったかどうかは分からないものの,何らかの糸を張ってみたのは間違いないでしょう。
 工房到着時,糸巻は四本ささってましたが,そのうち二本は三味線の糸巻を改造したものでした。残りの二本は間違いなく月琴のもので,加工から見てたぶんオリジナルで間違いなさそうですね。

 あと糸倉のてっぺんに付いてる,このまあるいお飾りですが。

 コレなんでしょうねえ----まあ鯛なんでしょうけど。初見で思わずゴッコさん(ホテイウオ)を思い浮かべちゃいましたよ。ゴッコ鍋…美味しいんだけどねえ…あのヘドラの幼体みたいな見た目と,さばく時の感触がなんとも……SAN値下がる系なんですよ。(請検索&試食)

 棹材はタモかな?

 指板もなくシンプルな作りですが,弦池(げんち-糸倉の内がわ)のところは天に間木をはさめない彫り貫きになってます。今は薄い色をしてますが,もとはスオウ染がされていたらしく,糸倉の先の方やうなじのあたりに濃い色が少し残ってます。棹裏の褪色具合が,なんかヴァイオリンの使い込まれたのっぽいなあ----とか思いましたが,そういやこの人,ヴァイオリンも作ってたんだっけね。

 延長材はヒノキかスギ…たぶんヒノキでしょう。
 接合部はしっかりしてますね。

 同時代の楽器の中ではやや厚めの胴体,ここも二記と同じです。関東の月琴は,石田不識など鏑木渓菴の自作楽器の工作を受け継いだと思われる作家の影響で,棹が長く,薄めの胴体になってることが多いのですが,そのなかではちょっと異色です。
 月琴のこの胴体側部は,四枚の部材を組み合わせて作られているんですが---すごいですねこの工作精度---木目もわりと合わせてあるみたいで,かなりしっかり見ないと,継ぎ目が見つかりません。

 表板は水がかかるかしたらしく,真ん中あたりを境に,下半分が水ムレで少し薄くなっちゃってますね。また,表裏板とも下部・地の板を主として周縁にハガレや段差の出来ているところが見受けられます。

 胴上のフレットはオリジナルのようです。骨か象牙か分かりませんが,細めでしっかりした作りです,左右の菊のニラミと5・6フレット間の四角いお飾りは,染め木じゃなく,唐木の類で作ってあるみたいですね。前回書いたよう,源七さんは楽器商としてだけではなく,唐木細工師としても都内で「名工」と呼ばれる人だったみたいですから,やや小さめで,比較的シンプルなデザインではあるものの,このへんはきっちり作ってるみたいです。

 半月もたぶん唐木製ですね。細い毛彫りの溝に,薄く削った骨か象牙の板を埋め込んで簡単な象嵌を施してます----じつに繊細な細工ですね。この半月のみ二記の作と大きく寸法が違ってます。といっても差はまあ1センチないくらいですが,初記のほうがやや小ぶり,でも糸孔の間隔は初記のほうが広めなんですね。どちらも楽器のレギュレーション的には問題のない寸法ですが,使用感にかなりの差が出ると思うんで,そのあたりは修理が終わってから,実際に演奏して確かめてみましょう。

 表裏板の数箇所に虫食いが見えます。

 とくに表板中央のと,裏板向かって右がわのが重症なご様子。そのほかにも数箇所,虫食いで弱ってる部分がありそうです。
 被害の目立つのは主に小板の接ぎ目ですが,これが横方向にどれだけ広がっているかによって,修理の方針がぜんぜん違ってゆきますねえ。

 どうか----あんまりヒドいことになってませんようにッ!


(つづく)


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