福州清音斎2(6)

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斗酒庵,清音斎と再会す の巻2021.5~ 清音斎(6)

STEP6 色づく人生の愉しみ

 響き線の防錆と調整,内桁や側板の再接着,接合部の補強…そして棹の調整とフィッティングも(いちおう)終わり。「桶」の状態でやっておくことはもなくなりました。
 いよいよ裏板を貼って,胴を「桶」から「箱」に戻しましょう!

 裏板を剥がす前に開けておいたガイドの小孔が,ようやっと役に立つ時が来ましたね----ハイ,とはいえあちこち矯正した影響で,この孔を使ってもピッタリ戻らなくなっちゃっておりますが,目安のつけにくい円形の胴体ですから。大体の原位置が把握できるだけでも,再配置の合わせがずいぶんとラクになります。

 もっとも変形の大きかった左側板がわをカバーするため,板のそちらがわの縁を少しだけ余らせたいので,オリジナルの接ぎ目から板を二枚に分割します。

 国産月琴ですと何枚もの小板を接いで一枚の板にしてますが,この楽器の板は大小2枚だけ。分けた小さいほうがちょうど余らせたいがわで良かったです。
 まず大きいほうの板を,胴材となるべくピッタリ重なる位置で固定。いつもの板クランプで接着します。
 圧し板が傾がないよう,小さいほうもいっしょにはさんでありますが,この時点ではまだ接着してません。

 一晩置いて具合を確認したら,少しだけ空間をあけて小さいほうを接着します。とはいうものの,今回必要なスキマは1ミリないくらいで良いので,いつものように埋め木ではなく,接ぎ目に少し桐塑を盛るやり方で接着します。

 裏板がへっついたところで,また棹と胴のフィッティングをやり直し,細かいところの補修を数箇所。
 まずは表板左端。ちょうど真ん中の縁が,ネズミに齧られて削れてます。ここはガタガタになってる鼠害痕を斜めに削り均し,古い桐板の補材をへっつけるだけですね。

 接着剤が固まったところで余分を切り落として整形します。

 …ちょっと間に線がついちゃいましたか。ここは後でも一度補修しましょう。

 ついでいつものように表裏板のハミ出た部分を整形。唐物量産楽器のこのあたりの工作は少し粗いので,もとからハミ出てた部分もあったりしますね。ついでに地の側板や左側板の,矯正して収まり切らなかったぶんなども少し均してしまいます。

 さらに一補強。
 一般的な国産月琴と唐物月琴の棹の基部,接合部分の工作は少し違っていて----

 国産月琴では棹茎の周縁をわずかに刳って,接合部周縁のほぼ全面が胴と接触するようになってますが,唐物月琴の棹茎は,幅が棹本体と同じであり,棹茎をはさんだ接合面の上下端だけが胴と接触しています----まあフィッティングの加工がかなり粗いため,そもそも胴にちゃんと密着している例が少ないのですが,本来,設定としてはそうなるようになっています。(w)
 庵主はこの棹と胴体とのフィッティングを,それこそヘンタ…いえいささか偏執的にやっちゃってますので,修理した楽器では基本的に,この部分がちゃんと密着しているわけですが。唐物楽器の場合,この上のほうの接合部が表板の木口のところにかかっちゃうんですね。そうなると構造上,糸を張った時の力は,この柔らかい桐板の木口部分が集中して受け止めることになるわけで……そのため古物ではよく,ここが潰れたり変形したりしたせいで,棹が前にお辞儀しちゃってる例をけっこう見ます。
 ということで,楽器を長もちさせるため,棹の触れる棹口周辺の板木口を強化しておきましょう。

 まず,エタノですこし緩めたエポキを板木口に塗ります。あんまりドバっと塗るとシミになっちゃいますからね。小筆で少しづつです。
 で,そこに桐塑で使う桐の微細な木粉をパラパラ…時間を置き,少し固りかけたところで,指でおさえてなじませます。完全に硬化したら表面を軽く均してできあがり。
 ほかにもこの部分にだけ丈夫な材を埋め木するとか,突板を貼るといった手もありますが,金属弦を張ったりしない限り,月琴の弦圧はそんなにスゴイものじゃないので,この程度の補強でも十分に役立ちます。工作ラクですしね。(w)

 いくつかの小細工が終了したところで,表裏板の清掃に入ります。

 国産月琴の表裏板には,桐箪笥と同じようにヤシャブシと砥粉を混ぜたものを塗って染められていますが,唐物の場合は染液におそらくでんぷん糊の類と少量の油を混ぜたものが塗られているようです。濡らすと国産のものよりずっとベトベトしますね。
 関西の松派や唐木屋の楽器の染めは極端に薄く,保存が良い器体だとこないだの松音斎のように真っ白ですが,唐物の染めはかなり濃く,片面ぬぐっただけで洗浄液も拭き布も真っ黒になります。
 裏板のほうは,まず中央のラベルをクリアファイルのカバーで保護してから全体を清掃。カバーをはずしてラベルの縁ギリギリまで拭ってから,きれいな重曹液を別に用意し,これを含ませた脱脂綿をラベル全体にかぶせます。
 数分置いたら布で軽く叩くようにして汚れを浮かせ,脱脂綿を交換して数度くりかえします。

 オリジナルラベル,貴重ですからね。

 おそらくもとはスオウドラゴンブラッドで赤く染められていたものだったと思われます。すっかり褪せてしまっているので,さすがにそこまでは回復できませんが,字が読みにくいくらい真っ黒だったのが。下地部分の汚れが落ちたのでかなり分かるようにはなったと思います。

 板の清掃が終わったら一晩乾かして,こんどは表裏板の木口・木端口をマスキングし,胴側にシーラーをかけ,磨きます。

 部分的に表面を削っちゃってるので,胴側の染め直しは既定なのですが,修理前の状況を考えると胴側を構成するこの木材は変形しやすいのかなーと思われましたので,染め液が木の内部にまで染みこまないよう手を打っておきます。
 染みこまないようにするということは 「染まりが悪い」 ということでもありますが,そこは少しづつ塗っては乾かしの手数の多さで対処するとしましょう。
 赤染めに三日----染まりの悪いところを小筆で集中的に染め重ね,全体をなるべく同じような色合いにしてゆきました。
 それでも染まり切らなかったところと,補修で元の色が完全にハガれてしまったところを中心に,やや薄目に溶いた黒ベンガラを刷いて目隠しをしておき,ついでオハグロで全体を黒紫に染めてゆきます。

 胴側の変形等の再発など,不具合が発生しないか数日観察。
 問題がなさそうだったので,亜麻仁油を二度ほど拭いて仕上げました。

(つづく)


福州清音斎2(5)

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斗酒庵,清音斎と再会す の巻2021.5~ 清音斎(5)

STEP5 世界はスルピタのために,スルピタは世界のためにッ!!

 ゴムをかけ回し,位置を調整しながら,時折内がわから濡らして湿り気を足し,伸びた部分を矯正すること三日ばかり----
 ひどいところで2ミリ近くもあった側板のハミ出しも,だいぶんおさまりました。

 板が縮んだせいで合わなくなっちゃってた内桁も端を削り直し,表板から剥離してた(楽器正面から見て)左がわの部分もバッチリ再接着されてます。
 スキマがあってグラグラしていた右端は,桐板をはさみこんで止め,剥離していた裏板がわの木口面もニカワで付けなおしました。
 ついでに裏板の再接着が容易になるよう,切ったってわずかに飛び出ていた桁の両端を,少し斜めに削り落としてあります。

 側板を戻しましょう。
 まあ,そのまま組んだだけだと,まだあさーく板からハミ出ちゃうところもありますので,そこらは両端の接合部を調整して,なるべく許容範囲におさまるように再接着しました。接合部が単純に木口同士をくっつけたタイプだったら削るにしても足すにしてももっとラクだったんですが,例によって見栄えだけの凸凹継ぎなもんで,調整が少しタイヘンでしたね。

 Cクランプまみれで一晩。
 クランプをはずしたら,側板にかけまわしたゴムはそのままで,内がわから接合部の補強をします。
 上のほうで「見栄えだけ」と言ってるとおり,この接合部の工作は拙く。表面がわからちゃんと組み合わさって見えてるだけで,内がわはスカスカのスキマだらけだったりしてますので,そういうところは再接着の際,桐塑でスキマを埋め込んであります----遠慮なくベットリ盛られてますけどね,ここの桐塑には樹脂を滲ませていないので,濡らせばホレ,余分は布で簡単に拭きとれちゃいますのよ。

 思ったようなカタチになるまで,あるていど繰り返すことが出来る----桐塑の場合,パテのように硬化させる時にはさらに一手間必要ですが,「固める」と単に「詰め込む」工程の区別が出来るあたりは,木粉粘土と違って面白いですね。

 それぞれの接合部内壁に合わせて桐板を加工し,ニカワで貼りつけます。

 また一晩ほど置いて,接着の具合を確認したら,貼った補強板をできるだけ均等に薄く削りましょう。

 まあこのあたりは日本人しょくにんこんじょう的感性なんで,なにやら音響的な意味を大事に考えたうえとかいうことはありません。効能的にはただの小板をぺッと貼りつけただけでも,そんなに違いはなかろうもんですがね。

 胴体のカタチが「桶」に戻り,従前より安定した状態となったところで,棹のフィッティングに入ります----
 今回のはいつものと違って,棹茎が貫通してますからね。まずはふつうに挿してみて,あらためて現状どこがどうなっているのか調べてからにしましょう。

 表板の中心,円形飾りが付いてたあたりを基準とした時(月琴の表裏板は,内桁を中心とした浅いアーチトップ/ラウンドバックになっているので),棹の傾きは山口のところで背がわに約3ミリ----この点はこの楽器の設定としてほぼ理想値ですね。
 棹口にもお尻の孔にもそこそこスキマはありますが,前後左右へのグラつきはほとんどありません。

 ただこのぉ----内桁の孔がですね----

 見事にスカスカ。
 棹茎と触れているのは裏板がわの面だけ,ほかの3方向には5ミリ近くのスキマがあります。

 ここをこういう加工にすることについて,構造や音響の上で何らかの理由・利点があるものかどうか……二三日考えては見たのですが,まったく思いつけませんでした。(w)
 デメリットのほうはナンボでも思いつくんですけどね----
 たとえば,これだと現状,棹は上下側板の棹口だけで支えられているのと同じわけで----つまりはこれに糸を張れば,ほぼこの長い棹だけが弓なりになって楽器の構造を支えるということになりますな。清楽月琴は弦圧がそれほど高くないので,短期的にはそれでも問題はないでしょうが,まあそのうち逆サバ折りで四散しちゃいそうですね。
 そもそも共鳴胴の中心にこんな余計で不安定なスキマがあるということからは,ここで振動が止まったり,変なノイズの発生源になっちゃうだろうな~というようなことが容易に想像できるわけで……逆に何か,それによって特定の倍音とか,邪神を召喚するための特殊な音波を発生させるといった目的以外があったなら別ですが。
 ええ,もちろん。
 これを「楽器」として考えなければ,メリットはありますよね。
 流行のモノをひとつでも多く,効率よく,安く作るため,胴体と棹を別個に製作し,組み合わせて完成させるという工程の簡略化は,産業革命が起きてなくたって誰でも容易に思いつきます。
 ここですでに「箱」の状態になっている胴体に,別個に作った棹を挿した時,この内桁の孔が棹茎の寸法ギリギリだったら……孔のほうが修整できないだけに,ちょっとでもひっかかれば一発歩留まりになっちゃう可能性が高くなりますね。逆にこのくらいユルユルに加工しとけば,工作のバラつきがけっこうあっても,だいたいの棹は通るわけです。

 まあ,いつものように。
 「音」より経済的な理由のほうが優先されることの多い楽器ですんで,ケツロンとしてはたぶんこッちが真相だろうなあ----と。

 現在,楽器は裏板のない「桶」の状態になってます。
 製作時と同じように胴を先に完成させちゃった場合,内桁の孔は調整不能ですが,今ならナンボでも可能です。
 ここを通る棹茎をここで受け止めてやれば,弦の張力の負担も分散されますし,音響的にもむしろメリットがあります。ケーケン的に言っても,この楽器の音のヨシアシは,胴体がどれだけ 「キッチリした箱になっているか」 で決まっちゃうんですからね。

 内桁の孔のスキマには桐板を刻んで接着します。

 胴上下の棹孔のスキマにはホワイトラワンの薄板を。以上,胴体がわのスペーサの接着はすべてエポキ。内桁のなんかハズれたら困りますからね。
 一方,棹基部に貼りつけるほうはすべてニカワで。こちらは後でもけっこう調整しますんで。

 削ったり貼ったりで調整しつつ,棹の背がわへの傾きはそのままに,棹口には密着,指板部分と表板は面一に。抜き差しゆるぎなくスルピタを目指します。こちら大きなところはホワイトラワンの薄板,ブナの突板で微調整。

 いくらやっても外見的にはあまり反映されることない,地味~な作業ではあるのですが。楽器の操作性や音に最も影響の大きな部分ですので,例によって三日ほどかけて,地味~に完成……あ,これで終わりじゃないんですよ。

 胴体が箱になってからだって…何回も何回だって…アタシとアナタが,ぴったりスルピタになるその日まで……再調整してゆきますからね。(ヤンデレ的に)

(つづく)


福州清音斎2(3)

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斗酒庵,清音斎と再会す の巻2021.5~ 清音斎(3)

STEP3 見慣れた景色に潜む日常

 棹なかごが胴体を貫通している----という,清楽月琴ではあまり見ない特徴から,トンデモな内部構造が期待された福州清音斎でしたが。
 裏板をあけてみるとそこには意外と見慣れた景色が………

 胴中央近くに内桁一枚,楽器(正面から見て)右肩に響き線の基部。線はそこから内桁の孔を通って,楽器下端の中央手前まで弧を描いて伸びています。

 通常と異なるところといえば,線のコースがやや胴側がわに寄っていることと,先端が丸めてあることぐらいでしょうか。
 響き線がぶッといですね。直径は1.2…いや1.5ミリくらいかな?
 一概に唐物月琴の響き線は国産月琴のそれに比べると太めで,前に手掛けた玉華斎がこれと同じくらいあったと思います。春先の老天華(量産型)なんかはもうちょっと細く,国産月琴に近かったですね。

 線が太いと,高音域での効きがやや薄くなりますが,長い弧線にありがちな調整の難しさが多少軽減されます。線が細いほうが余韻に与えるエフェクトが大きいのですが,長くすればするほど,線自体の振れ幅の増大と自重によって器体に触れやすくなります。楽器内部のどこかに触れたとたん,エフェクトはなくなってしまいますからね。
 線が太ければ,多少長くても振れ幅の差異は小さいので調整は比較的ラクで済みます。

 先端を丸めてあるのはやはり,棹なかごにひっかからないようにするためでしょうかね。いくつかの楽器ではここを同様に加工し,先端の重さを増すことで楽器の振動に対する振れを大きくする目的があったようですがこれは……いやいや,考えすぎでしょうねえ。繊細な鋼線ならともかく,ここまでぶッ太い頑丈そうな線だと,こういう加工にしてもあまり変わらん気がします。

 全体に,それほどではないもののけっこうサビが浮いています。
 特に基部付近が真っ赤でガサガサになっちゃってますね。やはり線が太いので,このていどならたぶん大丈夫だとは思いますが……

 内桁も----太いというかぶ厚いというか…15ミリもありますね。ふつうは厚くても1センチくらいでしょうか。桐製のようで,天華斎や老天華のように側板に溝を切ってのはめ込みではなく,木口にニカワを塗って内壁に直接接着してあるだけですね。まあ,側板のほうは接着に難のある唐木ではなさそうですし,このくらい厚みがあればニカワによる接着だけでもじゅうぶんに強度は保てましょうか。

 楽器右がわに響き線を通す孔。前回の老天華と同じく木口から鋸を入れて木の葉型に挽き切っただけのものです。日本の職人さんだと両端に錐で孔を穿ち,挽き回しでキレイに貫くとこですが,このあたりは大陸風。ただ,この加工だと板の一端を真ん中から割っちゃってるのと同じなので強度的には少し問題があります。実際,孔のあるがわの端っこが,押すとブニブニ沈み込みます。(汗)柔らかい木なので,あんまりいじると折れちゃいそうですね。

 中央にある棹なかごを通す孔は,幅39と,棹なかごの幅よりかなり大きめにあけられています。長いなかごを通しやすいよう,ひっかからないように,という配慮なのかもしれません。

 表面の棹口とお尻の孔は,だいたいなかごの寸法きっかりにあけられていますから,棹にかかる力はじゅうぶんに受け止められますし,グラつきも少ない。弦圧は分散されているので,53号のように棹口部分に力が集中し,天の側板が変形するような恐れはないわけですが。この中央部分が胴とちゃんとフィットしていないのは,音響的にはどうなのかな?----というあたりは気になります。

 剥がしたあとの接着面をキレイにしましょう。

 表板がわから剥離している,左側板と地の側板も取り外してしまいます。 取り外した側板の接着部にはセメダインやボンドがなすりつけられていました……いちおう,元のカタチに戻そうとはしたみたいですね。原作者がニカワを塗った上からやったので,ぜんぜんくっつかず,結局諦めたようですが。

 再組立てのとき支障とならないよう,古いニカワとともにできるだけこそげ取っておきます。裏板のウラがわも同様に。

 胴内にたまったホコリもはらい落とし,キレイになったところで。
 あらためて内部を計測,記録をしておきます。
 結果をまとめて描きこみ----今回のフィールドノート,完成です!

 たかが修理で,毎回なんでこんなメンドくさいことをやっとるのか----と,いうことを時々言われます。もちろん庵主は本業楽器の修理屋さんじゃなく,この楽器とその音楽周辺の研究屋なので,資料・記録として,という部分がメインではありますが。

 人間の目というものは,一度に立体物のただ一面を各個別に見ることしかできません。部分にとらわれると,その部分の全体での役割についての考察がなおざりにされがちです。
 こうして分かったことを「絵」というものにまとめることで,上下左右に表裏,個々の部分の関係性までが一度に見てとれるようになりますんで,損傷の原因や構造の理由,このあとの修理の方向性を考やすくなります。「マズい修理」 というものはとかくこうした下調べや準備をちゃんとやってない,いわゆる 「やッつけ仕事」 の結果であることが多いんですね。製作の場合はいくらでもつじつまが合わせられますが,修理の場合はあとで 「ああ,ここはこのためにこうなっていたのか…」 ということが分かっても,すでに手遅れの場合が多いのです。そういう事態を少しでも減らし,よりオリジナルに近い状態でないと,庵主にとっての楽器を修理することの目的である音やら音階やらのあたりのデータが不正確なものになりかねませんしね。

 剥離していた部分の接着面をキレイになったら,次は響き線のお手入れです。まず下に新聞紙を敷きつめ#400のSHINEXで表面のサビをこそげます。サビの粉----すなわち鉄分は,桐板に使われているヤシャブシと反応しやすく,黒ずみやシミの原因になっちゃったりしますので注意です。基部周辺と先端部分といった特にひどい箇所を中心に,ガサガサになってるサビがあらかた落ちたところで,次に木工ボンドを塗布。

 一晩置いて,付着したボンドを刃物とSHINEXで浮いたサビごとこそぎ,軽く磨いたら,下敷きをラップに替えてこんどは柿渋を塗ります。
 柿渋が鉄と反応し真っ黒になって乾いたら,キッチンタオルで拭い取り,それを2度ほどくりかえします。そして仕上げにラックニスを軽く刷いてできあがり。

 線が太くて頑丈なぶん,いつもよりガッっとやれますねえ。

(つづく)


福州清音斎2(2)

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斗酒庵,清音斎と再会す の巻2021.5~ 清音斎(2)

STEP2 中2のころ,13日の楡街に "それ" はいた。

 見たい…はやくこの月琴のハラワタが見たいよぉぉお----

 と,いうわけで----
 日々刻々とつのる世界への破壊衝動を,右腕に巻いた聖骸布のホータイで封印しつつ調査・記録を続けております斗酒庵主人でございます。

 まずは前回の続き,この楽器の,清楽月琴としては目立った特徴である,長い棹なかごから。

 この棹なかごは,棹口から胴内を貫通して,楽器のお尻のところに1センチほどつきだしています。延長材は,松かヒノキのような針葉樹ですね。松よりは少し粘りがある気がします。

 棹基部の棹オモテがわに「九」の墨書があります。

 九番目に作った楽器なのか,大きさ的な「九号」の意味なのかはいまいち不明ですが,裏板の棹口のあたりにも蘇州碼字(中国南方で数字の代わりに使われていた符牒記号)で「9」にあたる「文」か「久」みたいな記号が見えますのでこれと同じなのかな。

 お尻のほうはかなり色が薄くなっちゃってますが,棹の楽器の外に出ている部分は唐木風に染められています。

 紫檀よりはタガヤサンに似せた感じかな,ちょっと目には分からないくらいかなり自然でいい色あいですね。棹基部とお尻の部分に残る染め痕から見て,庵主がいつもやってるのと同じスオウを主体とした染めのようです。そうやって基部辺りまで染めてあるため,棹の元の材質は判然としませんが,指板部分のフレット痕などから見える木地はかなり色が薄く,やや黄色っぽい感じ,木理からも考えて,おそらくは春先の老天華と同じく,ラワン材の類だと推測されます。

 これでようやく外面からの観察は終了……ゃっはーッ!!バラバラにして

 などと世紀末チンピラ風台詞を口遊みながら,まずは棹や表板上に接着されている物をはずしてゆきます。
 フレットや山口の状況から考えて,庵主より前に 「修理(?)」 を施したものが複数人いたのは確実なようですが……さて,どんなことになっているものやら。

 指板部分のお飾り等は比較的簡単にハガれました。
 除去痕を清掃すると,パリパリカサカサとした透明な膜がハガれてきます----たぶんセメダイン系の接着剤ですね。かなり劣化しているようですし,木工ボンドが主流となる前はセメダインばかり使ってた覚えがありますから,昭和40年代なかばごろとかの修理かな?

 蓮頭の接着はニカワでした。これはもっと古い時期の修理。
 間木のところがかなり虫に食われてますね。色から見てやはりラワン材系のようですが,この木はもともと虫害に弱いんですよ。
 胴上,左のニラミは木工ボンドによる再接着。これはまたセメダインのとは手が違うようです。右のほうは一部はじっこのほうにセメダインが付着していましたが,真ん中のあたりはニカワのままでした。端のほうが板から浮いてたのをへっつけようとしたのでしょう。

 ハイ,だいたい終わりました。

 セメダインやらボンドやら使われていたわりには,比較的スムーズに終わったと思います。というのも,再接着のほとんどがヨゴレの上からのものだったので,接着剤が木地にまで浸透しておらず,濡らすとヨゴレごと浮いてきたからですね。この点からも,前修理者が木工に関しては完全なシロウトだったというのが分かります。接着前に接着面をキレイにしておくのは木の仕事のキホン中のキホン----まあ,今回はそのおかげでラクできたわけですが(w)

 ただ一箇所,シャレにならなかったのが半月とバチ皮のところ。

 バチ皮の下半分から半月の底全面にかけて,これでもか!というくらい大量のセメダインが厚盛りされ,ガッチガチの層ができあがっていました。
 ちょうどデジカメの電池が切れてしまい,工程は撮影できなかったのですが。ここはもともと上物に覆われていたため,汚れのついてないウブな板表面が露出していたようです。そこに接着剤をどっちゃりやらかしやがったので,一部木地にまで滲みこんじゃっててもうタイヘン。全部キレイにこそげるのに,けっこうな時間がかかりました。

 とりあえずノロイの人形に錆びたマチ針を刺してジャブ神棚にお祀りします。ううう…コノウラミハラサデオクベキカ。

 半月のポケット部分から,こんなものがギターとかの弦のボールエンドの部分かと。前回書いたよう,この楽器の半月には糸を張った痕跡がほとんど見られないので,これも実際に張られたかどうかはちょっと分かりませんが,前修理者が金属弦を貼ろうと考えたのならば,テールピース…半月をガッチリ固定しようと,セメダインつゆだく大盛りにしやがったというのは理解できなくもありませんね。

 ちなみに,棹も胴体も唐木風の染めでしたし,この半月も同じように染め木だろう,と思ってたんですが----ハガしてみてびっくり!なんとここだけタガヤサンの無垢でありました。
 なんですか,量産型楽器なのに「一点豪華主義」みたいなものですかね?
 でもまあ,ここだけ唐木でしかも接着に難があることで有名なタガヤサンだったてのも,ここがセメダイン大盛りとなった原因のひとつだったかもですね。

 除去箇所をキレイにしたら,指板部分に指示線が浮かんできました。
 等間隔に近いこの4本の痕跡は----実際の音階としてに合ってるかどうかは分かりませんが----原作者のつけたもともとのフレット位置の指示だと思います。作業前は,後補のフレットやお飾りが貼りついてて,ぜんぜん分かりませんでしたね。

 胴左右のニラミは再接着でしたが,中心にあったこの凍石の円飾りの接着はオリジナルだったようです。円飾りの裏にはスオウ紙が接着されていて,石が板に直接触れないようになっていました。
 石と木を旧式な接着剤である「ニカワ」でくっつける----というのは,聞いた感じすぐハガレそうに思われるのですが,実際のところ,この手のお飾りの剥離には毎度苦労しています。接着面の整形が精密でちゃんと密着していれば,水分が滲みこまないだけむしろ石・木をハガすほうがタイヘンです----清音斎はこのあたり,後々のことまでしっかり考えてくれたのかな?扇飾りなどの透かし彫りの飾りの裏面に,赤いスオウ紙が貼られていた例は,唐物でも国産月琴でも時折見かけますが,石の装飾の場合,こういう紙一枚が貼ってあるだけで,メンテでハガさなきゃならない時,すごく楽になりますからね。

 今回の楽器は,表裏どちらのがわにもともに板の剥離が見られますし,側板の一部などすでに完全にはずれてぶらぶらしてますから,どこからバラすのも自由。

 いやホント…前回の松音斎のように,これがカミソリの刃も入らないくらい完璧でウブな状態のままだったりしますと,庵主のガラスのハートに罪悪感のチクチクと後悔懺悔のブレイクなヒビがいっぱい入っちゃって堪らないので,このくらいのが有難いです(^_^;)

 今回もやっぱり,後の諸作業上,比較的影響の少ない裏板がわからまいりましょう。

 そういや福州のほかの作家さんの楽器でもそうなんですが,ここの人たちはどうしてこの手の同じような板を,わざわざ選んで裏板に使うんでしょうね?

 こういう節のある板が,楽器の用材として「良い」と言えるとは到底思えませんし,この節目玉の上にかならずラベルを貼るのを習慣にしてる人もいたようなので,この手の板の使用は何らかの慣習・伝承上の理由に基づいているとは思うのですが,今のところ定かではありません。

 とまれ今回の楽器では裏板の中心にこの貴重なラベルがあり,その横には大きな節目玉がありますので,いつものようにど真ん中から割って2分割で再接着というワザが使えません。この真ん中部分を残して3分割とするのが次善の策ですが,そうなると小分けになるぶん,元の位置に戻す調整がタイヘンになるんですね。

 そのため板を剥がしてしまう前に,板中央部分のへりに数箇所小さな孔をあけておきます。

 裏板を3分割にした場合,位置の目安となるのはこの中央部分です。再接着の時もここが元の位置から寸分ズレないように,この小孔に竹の細棒を挿してガイドとするわけですね。接着後,孔は埋めてしまえばいい。

 ここまで準備して,いよいよ!

 裏板がわのすでに剥離している部分から刃物を入れ,詠唱しながら胴材の縁を一周させまあす----さあ,我が前に顕現せよ! 刻(とき)の闇に封ぜられし古代の叡智よ,失われし栄光よ! 月の臓腑(ぞうふ)をイケニエとし,滅びし理(コトワリ)もて現世(うつつよ)すべてを混沌へと引きずりもどせッ!

 -ぼぼーん!-

 …………

 なんか意外と 「ふつう」 じゃね?

(つづく)


松音斎(4)

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斗酒庵松の葉音のすゑに聴きゐる の巻2021.3~ 松音斎(終)

STEP4 遅れてきた男

 さて,依頼修理の松音斎。
 「観賞用の骨董品」として見た場合には,オリジナルの部分の保存が良く素晴らしく 「ウブい」 状態なので,修理などしないほうが,いッそよっぽど(骨董品的な)価値は高いのではありますが----

 「楽器として使用する」 ためには----誰も弾かぬままメンテもなく,数十年なり放置されてきたわけですから----どうしても修理・調整が必要になってきます。しかし,修理を施せば,せっかく百年以上保たれてきた貴重なオリジナルの部分が,大なり小なりかならず損なわれます。
 元の状態がヘタに良かっただけに,やるがわとしてはジレンマですな。(泣)

 たとえば,今回の修理の主要な作業のひとつが,表裏板の虫食いの処置。
 元の状態で表面上見えているのは,小さな孔とかうっすらとしたヒビ割れ程度でしかありません。個々の食害は程度も浅く,場所によっては放置しておいてもいいくらい大したことのない箇所もあるのですか,とにかく数が多い。

 食害自体は表面より板の内部で広がっているので,修理しようと思えばその部分を,ある程度の範囲でほじくるなり切り取るなりせにゃアカンのですが。数が多いだけに,ふつうにやってたんじゃ,板がたちまち切られ与三になっちゃいます。修理の範囲をなるべく最小限にとどめ,そこ以外をなるべく傷つけないよう作業はしたものの,修理すればするほど新しいキズが増えちゃうのは変わらない----ついでに作業のたび,古物愛好家のほうの庵主の繊細なハートにも,ズキズキとキズが増えてゆくわけですね(www)----イヤ,ほんと。むしろ原状が64号くらいボロけてたほうが 「ヒャッハー!やっちゃえ~ッ!」 でいけるので,気楽なんですが~。

 ほじくっては埋め,切り抜いてはハメる板の修理と並行し,棹の手入れもしておきます。

 全体に油切れしていたので,表面を清掃後,亜麻仁油で拭いてカルナバロウで磨き仕上げます。乾いてから指板部分だけラックニスを刷いてツヤ出ししました。
 最初に作った糸巻は,染めの最後のほうでしくじり,修整しようとイロイロ足掻いたのですがけっきょくダメで,4本1セット削り直しとなりました。
 ----うん,こんどは大丈夫。美しく真っ黒に染まったし,ハガれてもきません。

 つづいて桑材の胴側部分。接合部と内がわにはいろいろやりましたが,表面にさしたる損傷はないので,棹と同じく油拭き・ロウ仕上げ。油切れして白っぽくなっていたのが,桑材特有のチョコレートブラウンに戻りました。
 ふだんもやってることですが,今回は特に表裏の板がとてもピュアな状態ですので,ここで油染みとかつけようものなら台無しになりますゆえ。木口をしっかりマスキングし,胴をつかむための新品のきれいなウェスをもう一枚用意して慎重にやってゆきます。

 しっかり油を乾燥させたところで表裏の板を清掃。
 虫食いがあったのはともかく,板自体は新品みたいにまっ白ですんで,今回は「キレイにする」というよりは,修理で埋めた箇所や上物の除去で出来たにじみ痕を散らして目立たなくするほうがメインでしょうか。
 そもそも関東の石田不識や山形屋の楽器に比べると,松音斎の月琴の表裏板は染めが上品に薄いのです----

 今回の保存が良い中で,板だけがやたら虫に食われまくっていた原因の一つは,この原作者の染めがあまりに薄すぎた,ということがあるかもしれません。

 というのも,桐板というものはもともと「あく」の強い木で,これを漂白するために雪の上にさらしたり薬品で処理しておかないと,時間の経過とともに黒っぽくなってしまうのですが,逆に言うとその「あく」が含まれているおかげで苦く美味しくなく,虫が寄り付きにくいわけですね。そして桐板の「あく」も,染めに使われるヤシャブシも,主成分は同じ「タンニン」----お茶の渋みと同じ成分ですから,これを塗布するのには色付けのほか虫よけの意味合いも若干あるものと考えられます。

 清掃のついでに,うちで煮出したヤシャブシ汁を新たに垂らし,軽く染め直しておきます。今はあんまり分かりませんが,一年ぐらいすると色が上ってきて,前より少し濃い色になってくると思います。

 今回は小物の補作もほとんどなく,個人的にサミシイ(w)ので,「予備の蓮頭」を作ろうと思います。

 オリジナルの蓮頭も珍しく損傷のないほぼ十全な状態で残っておりますが,これは庵主が 「簡易蓮」 と呼んでいる,量産型の楽器によく付けられる飾りです。
 今回の楽器は確かに松音斎の量産数打ちの一本ではありますが,松音斎自体の腕が良いので,数打ちでもほかの作家の特注品ぐらいの品質はありますゆえ,その質にふさわしいお飾りを何か一つぐらい追加してあげたいものです。

 まあ蛇足の品ですので,気に入らなければ付け替えてもらって構わないということで,ちょっと遊びもしましょうか。(w)

 彫るのはコウモリ。


 庵主が最初に扱った松音斎の月琴には,コウモリの蓮頭がついてました。翼をひらめかせ口先に花をくわえたこの意匠は他の作家の楽器にも付いていますが,コウモリ自体のデザインは作家により微妙に違っているんですね。そこで,左画像の松音斎のコウモリを参考に,ちょっとだけデザインを変えて,ちょいとおめでたい中国語の洒落を,その口元に落とし込んでみましょう。

 オリジナルが花をくわえてるのに対し,庵主のコウモリがくわえているのはモモかスモモの実のついた枝です。

 中国語のコウモリが「遍福(へんふく=いいことだらけ)」に通じるというのは前にもたびたび書いてます,「桃」がザクロ・ブシュカンと合わせた「三多」というめでた尽くしの中で 「多寿(=多汁)」 という意味付けがなされている,というのも何度か触れましたね。(他ふたつは「多子」と「多福」)

 そこから,「コウモリが桃を持って飛んでくる」 という図は,「福」が「寿」を持ってくるという意味の 「福寿臨門」 という吉祥図になるんですね。さらにこの飾りは「蓮頭」と呼ばれており,月琴の丸い胴体につながっています。「コウモリと蓮と丸いもの」 の組み合わせはさらに,「福縁連至(コウモリ・円形・ハス) という別の吉祥図も呼び起こしますから,おめでた感マシマシですわ。

 あと,この部品には,糸倉を衝撃から守る車のバンパーみたいな役割があります。
 ここが先にぶつかって壊れたりはずれたりすることで,糸倉への損傷を回避するわけですね。今回は木地に樹脂を染ませて強化してありますのでこの部品,オリジナルよりさりげなく弾力があったりします。

 3月末にはじまり,出だしは好調だったものの,4月後半から稼ぎ仕事がコロナの影響で混乱,さらに糸巻の製作でしくじったり,月蝕の影響で庵主の左腕に封印されし暗黒邪龍がアレするなど……諸事情(w)ございまして,完成直前での足踏み状態が続いておりましたが----5月後半,ようやく組立てへと漕ぎ着けました。

 まずは半月と山口を取付けます。

 半月にもさしたる損傷はなかったので,染め直して表面を柿渋やニスで軽く固めた程度ですね。再計測して中心線を新たに出しましたが,ほぼオリジナルの位置----右にわずかにズレたくらいでしょうか。

 あらかじめ半月と山口を仮付して弦高のチェックをしたところ,オリジナルの山口で問題がないようでしたので,今回はこれをそのまま戻します。糸溝だけしっかり切り直しておきましょうね。
 国産月琴の作者の多くは,ここの糸溝の意味があまり分かってないのですね。本邦の弦楽器に 「複弦楽器」 というものがほとんどなかったのも原因でしょうが,ここの幅は弾き手の好みもかなり反映されるところなので,本来は購入者が自分の手に合わせて自分で切っていたようです。ただ,同じようにワカラナイで買っちゃってた人なんかは,溝も切らずツルツルの状態で使っていたりもしたようですね----弦が短いわりにはテンションもそれほど高くない楽器なので,ここで弦が糸溝にちゃんと噛んでいないと,糸をはじくたびに位置が動いたり調子が狂ったりするので,ただただ弾きにくいですよ。
 この松音斎のように「このへんだよ~」という目印ていどの浅い溝を切ってあるなどは,かなり親切なほうだったと思います。
 松音斎の目印は,外弦間14,内弦間 9.5ミリで,内外の幅はどちらのコースも同じでしたが,庵主は高音弦がわを糸の太さの半分くらい狭くしてあります。

 フレットは牛骨で。
 補作は棹上の3枚だけ。胴上の5枚はオリジナルのものがそのまま使えました。
 数打ち楽器のフレットは個々の楽器に合わせたワンオフでなく,同一規格でだーっと作ったようなモノが多いので,いつもですと低すぎて半月にゲタを調節したり作り直したりすることが多いのですが,今回はオリジナルのままでまったく問題ナシ----このあたりもさすが松音斎。
 フレットをオリジナルの位置で配置した場合の音階は以下。

開放
4C4D-24Eb+494F-74G-34A-215C+65D+45F+13
4G4A-24B-495C-115D-115E-215G-145A-66C+1

 おおおおお…第3音(第2フレットの音)がやや低すぎるくらいで,かなり整った音階になっています。
 清楽の音階では月琴の最低音を「ド」とした時「ミ」にあたるこの音が,西洋音階に比べて20~30%低くなるのが定石。低音域の第3音は多少低すぎますが,そのオクターブ上にあたる高音弦第5フレットの音がマイナス20ですので,おそらく原作者はちゃんと分かっているのではないかと考えられます。ほか各コースの5度上やオクターブもかなり正確に出てますし,ほとんどの楽器で合ってることの少ない最終フレット最高音(低音開放弦の2オクターブ上)もほぼピッタリ。
 電子チューナーなんかない時代ですからね。
 フレット痕やオリジナルの目印などから見て,このあたりに後補の修整はあまり入っていない様子。それでいてドレミ7音階の第3音をのぞくほとんどの音が,西洋音階A=440のほぼ10%あたりでおさまっているとなると,それはそれで異常事態です----西洋音階準拠に並べ直しても,第2・5フレットの位置がわずかにズレたくらいしか違いが出ません。
 次代を考えると「名工だから」というだけでは少々足りないですね……ピアノで合わせたとか,かなり正確な調子笛みたいなものがあったとか……ふむ,興味深い。

 あとはお飾り類を取付け,バチ布を貼り。最後に裏板に模刻のラベルを貼って----

 2021年5月25日……たいへんお待たせいたしました!
 松音斎,いよいよ修理完了です!!

 何度も書いてきたように,外見上はもともと「素晴らしくキレイ」な状態だったので,このくらいのサイズの画像だと,修理前後であまり変化が感じられないかもせん。近くば寄ってじっくり見ても,虫食い補修などで修理前よりいくらかキズが増えてるくらいですかね。

 補作した部品は上から蓮頭,糸巻,棹上のフレット3枚。あとは内桁を1枚交換しました。果てしない虫孔との格闘のほかは,再組立てと棹のフィッティングを鬼のように精密にしたあたりが苦労でしたかね。

 関東の楽器や鶴寿堂とかに比べると,棹がやや太めですが,グリップに違和感はなく,楽器の重量バランスも良いので,操作性は抜群です。
 第1~3フレットは例によりビビるギリギリの高さで調整してあるので,ほぼフェザータッチ状態ですが,オリジナルフレットの部分でも運指に対しての反応はなめらか,低音域<>高音域とどちらに指を滑らせても,ひっかかりはほとんどありません。

 音量はやや小さめですが,優しげな広がりのあるやわらかな音と長く繊細な余韻……うん,これこそ「月琴」という名前から日本人が想像(妄想?)した楽器の音----って感じですね。これをさらに突き詰めてゆくと,最終的には山形屋の楽器のような,ガラスの風鈴みたいな余韻になっていくんでしょうが,そのへんはまだやや荒削りで,唐物月琴の構造と音色もいくぶん残しており,「国産月琴の音」の基礎というか萌芽みたいな段階でもある気がします。

 もともとちゃんと修理・調整されていれば,松音斎の楽器の操作性や音色に文句の付けようがあろうはずもありません。
 なんせ国産月琴においては庵主の認める「名工」の一人ですからね----

 楽器は道具,壊れたらまた直します。
 まずはこのキレイな音を楽しみつつ,バリバリ弾いてやってください!

(おわり)


松音斎(3)

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斗酒庵松の葉音のすゑに聴きゐる の巻2021.3~ 松音斎(3)

STEP3 埋め込まれた男

 胴体の接合補強,響き線の防錆,表板虫食いの補修,そして棹とのフィッティング。
 ここまで終われば,いよいよ裏板の再接着です。

 裏板にも一箇所,接ぎ目がスカスカになってる虫食い箇所がありますが,食害は浅いのでここは切り取らず,接ぎ目を桐塑で充填・整形し,接ぎなおして1枚にしておきます。

 で,せっかく一枚に戻した裏板ですが,このまま戻しても元通りにはなりませんので。(w)例によって,真ん中付近の接ぎ目から2枚に分割し,左右に広げて接着します。
 この分割するところにちょうどオリジナルラベルがあって,何とかハガしておきたかったんですが,前回同様破損が酷く,再利用可能な状態では救出できませんでした。

 ふむ……またラベルの贋作(w)が必要なようじゃな。

 板接着後一晩置いて,真ん中に開けたスキマを埋め込み,面を整形します。表板の時と違い,こちら面の作業時には胴体が箱になってしまってますので,埋め木を裏がわから整形したり調整したりすることができません。そのため,埋め木はやや薄く削り,きっちり奥までおさまるようにしてあります。そのぶんあとでスキマができちゃったりするのですが,そこは桐粉やオガクズを埋め込んで,ニカワで固めます。
 ついでに埋め木の表面を,軽くヤシャブシで染めて補彩しておきましょう。

 今回,表板はハガしませんでしたので,周縁の整形は裏板がわのみ。
 胴材に余計な傷がつかないよう,マスキングテープで保護してから周縁を削り落としました。

 箱に戻った胴体ですが,今回の虫害は程度は浅いものの数が多く。板の接ぎ目沿いのものなどはまとめて処理しましたが,そのほかにも,内桁や周縁の胴材接着部,またまったく関係のないようなところにもポツポツと存在しています。
 前回も書いたように,現状,楽器の強度に影響がなさそうなものや,きわめて軽度なものは無視するとしても,穴やヘコミになってるものや,薄い割れを生じさせているものなどは,見た目的にも無視できませんので,それらを一つ一つ埋め込んでは整形・補彩してゆく地味な作業がけっこう延々と続きます。

 で,その間に----
 糸巻でも削ったりしておきましょうかね。

 去年のちょうど今ごろ,修理がたてこんだので糸巻の素体(丸棒の四面を斜めに落としたもの)を20本近く作ってあったんですが。その後,なんやかんやで糸巻の支出が多く,道具箱漁ったら残り1本になってしまってました…さあ,今年も斬りまくるど!

 ----というわけで。
 とりあえずは月琴2面ぶん+予備2本で計10本。 いつもいつも言ってますが,庵主,この素体作りがキライなだけで,ここから糸巻を六角形に削り出す作業はキライじゃないんですよ?

 まっすぐ縦に挽き割るのより,横に垂直に挽き切るのより,この繊維に対して浅く斜めに挽くというのは,木を切る時にいちばん大変なのですよ。その作業を1本の糸巻につき6センチx4面,ぜんぶつなげると月琴1面で1メートル近い長さを挽くわけですからね。

 今回は10本やりましたから,庵主はこの苦行を2メートル以上やり遂げたわけです。ちょっと前に,今までやったぶんを計算しましたら,ちょっとした旅路の距離になってましたわ,はぁ………もっと褒めてよ!讃えてよ!甘やかしてよおぉ!!

 失礼----作業の疲れから少々錯乱いたしました。(老眼鏡をクイッ)

 松音斎の糸巻には六角三本溝のものと六角一溝の2つのタイプが確認されていますが,今回の楽器と同等レベルのものにはだいたい後者が付けられていたようです。
 六角一溝の糸巻は国産月琴では一般的ですが,松派あたりの糸巻は,関東の作家のものに比べると若干短く,握り尻の帽子の部分が浅くあまり突き出していないもののほうが多いようですね。
 さすがにいままでこの工作だけのために,東海道五十三次か汽笛一声で東京圏からいくつか先の駅までの距離ノコギリ挽いて到達しているだけあり。年々,糸巻製作の速度が上がっている庵主ではありますが。素体切り出しからだいたい足かけ三日ほどで,一面ぶん4本の加工が完了。

 松音斎は工作精度が高いので,ほかの作家のように糸孔の大きさがバラバラなんてことはなく,どこの孔を基準に作ったものでも,他の孔に挿してまったく問題なく噛合いますね。その調整が要らないぶん短縮されても,やっぱり三日ぐらいはかかっちゃうもんですが。

 できあがった糸巻は,スオウで染めてオハグロで黒染め,仕上げは亜麻仁油と柿渋です。
 今回はミョウバン媒染をせず,薄めたオハグロを重ね塗って鉄媒染。指板の色に近い赤紫から赤茶の紫檀風にしてみました。

 で,小物パート2。
 菊のニラミ(月琴の胴表左右についている飾り)のうち左がわに一部カケがあります。これも補修しておきましょう。

 よく 「そこまでやるかッ!」 みたいなこと言われますが,この手の作業,庵主の大好物なんですよ----ええもう,本体の修理なんかよりずっと。(www)

 欠けているのは,てっぺんに3枚広がっている葉っぱのうち左向きの1枚。
 この菊のデザインは清楽月琴でよく見るタイプのものですが,前に修理した初期の松音斎(下画像)のものに比べると多少簡略化されており,後裔と思われる松琴斎や松鶴斎の楽器に付いてるのとほぼ同じになってますね。

 そんなに長くない月琴の流行時期に二千,四千といった数を作ったらしい人なので,後のものほどこうした省力化によるコストダウンがなされていったようすが,ここらへんからもうかがえます。

 さて,作業はいつもどおり。

 欠けてないほうのニラミから欠けてる部分のカタチを写し,左右反転させてホオの薄板からおおまかに切り出します。
 つぎに,切り出した補材を欠けたところに接着。
 接着剤はエポキで,裏面に和紙を貼り,この紙ごと接着して薄い樹脂の支えを作ります。この部分は貼りつける時表面を軽く荒しておけばふつうに接着できますからね。

 小さなヤスリやペーパーを貼った当て木などで,ほかの部分とつながるように整形し,最後に彫り線などの細かなところをつなげます。

 よく磨いたら,作業で擦れちゃった部分といっしょにスオウで赤染め,ミョウバン媒染,オハグロで黒染め。
 周辺と色を合わせてゆきます。

 まあ,よーく見ると継ぎ目に線がうっすら見えてますが,こんなものでしょう!

 できあがったお飾り類は,ざっと全体を染め直して色合いをそろえ,軽く亜麻仁油をはたいておきます。色止めと木部の保護のためですね。
 人と接しないまま乾ききった薄板は割れやすくなってますので,油を染ませてしなやかさを取り戻させるわけです。ただ,この作業。油が乾く前に貼りつけると表板に油染みが広がっちゃいますので,組み立てるけっこう以前にやっとかなきゃなりません。

 「古楽器の修理者」としての庵主の修理の手の早さ(技術的な事ではない)はそこそこなものだと思っておりますが,切った貼ったのワザではイロイロと抜け道もアリ,けっこうな速度をあげられる庵主ではありますが。さすがに乾燥に24時間かかるものを数分で乾燥させたり,硬化に三日かかるものを何秒かで固めちゃうような,物理をちょーえつした魔法の力は持っておりませぬ。
 いいや----修行してこの厨二力(ちゅうにぢから)をあげてゆけばいづれは何とか!----とは思っておりますものの(w)
 今回は,なんやかんやコロナ禍による稼ぎ仕事とのタイミング的な関係で,うまく段取りが回らず……このあたりでちょっと余計に時間がかかっちゃってます,ほんと申し訳ない。

(つづく)


松音斎(2)

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斗酒庵松の葉音のすゑに聴きゐる の巻2021.3~ 松音斎(2)

STEP2 泣いて馬謖を切りました。(二人目)


 うえーん。

 虫食いの被害状況確認のため,保存状態のいい胴体に刃物を入れた依頼修理の松音斎。
 原作者の接着が上手く,必要最小量のニカワしか使われていなかったためか,虫食いの被害は数多いもののどこも限定的で,板の接ぎ目や板と胴材の接着面が浅く食われているていどであったようです。
 外見はキレイだがじつは中身がスカスカくらいの最悪の結果もありえたので安心する反面,このくらいの状態だったなら,ここまでせんでも良かったのにいぃ!ああ,カンペキなオリジナル状態の胴体ぃ!----と悔やむ古物愛好家の庵主でもありました。

 ともあれ----

 損傷の詳細が判明しましたので,あとはその補修と調整,そして組み直しを粛々とこなしてゆくだけですね。

 まずは上桁まではずし,桶状態にした胴の構造補強から。
 側板四方の接合にニカワを流し込み,胴にゴムをかけて再接着。
 もともと工作が良く,木口同士の接着面はまさに 「カミソリの刃も入らない」 ほどの精度で擦りあわされてますし,各部材もだいたい寸法がそろっているので,裏がわには段差もあまりありません。
 今回接合の補強は和紙を重ね貼りするていどで良いようです。

 すこしゆるめに溶いたニカワを染ませ,硬めの筆でたたくようになじませながら,目を交差させて3枚。
 薄めの和紙ですが,これだけでもかなりの強度になります。
 接着剤がニカワなので,防虫を兼ねつつ柿渋を塗布して補強。さらにその上からラックニスを軽く刷いて完成です。

 接合部の補強と同時に,響き線のお手入れもやっておきましょう。
 前回も書いたように,多少のサビは浮いているもののかなり良い状態です。

 表面の錆を丁寧に落し,柿渋を塗って黒錆の被膜を発生させます。
 塗って10分もしないうちに真っ黒になりますね~,カガク反応スゴいです。
 赤錆の粉とかこの黒汁が板に落ちるとエラいことになりますので,下には紙を敷いて作業をしています。桐板に使われているヤシャブシは鉄との反応が良い----良すぎますからね。ゼッタイ落ちないシミがついちゃいますよ~。
 数日乾かしたら,響き線全体と留め釘にラックニスを刷いて完成です。

 つぎに上桁
 分解の時に少し傷ついたものの,オリジナルも残ってはいますが----これあまりにも質がアレなので,手持ちの材で新しいのを作って交換します。
 オリジナルは厚さ8ミリ,松の板のようですが,腐ってもいないのに木目沿いに指でちぎれるくらい柔らかいというか,やたらスカスカした板です。板にする時の乾燥や保存が悪かったのか,もともとかなり若い樹----間伐材か何かから採った板だったとかかなあ。

 前に月琴ラックを作る時に使った松板がまだあるので,それで作っても良かったんですが----ここを少しいい材で作った時,この楽器の音がどう変わるのかに少し興味がありましたので,広葉樹のカツラの板で作ってみました。

 新しい上桁を取付け,胴の構造が固まったところで,いよいよ表板の虫食い退治です。

 表板は,板裏から確認できるだけで11枚接(は)ぎ。9箇所ある継ぎ目のうちじつに6箇所が食われており,そのうち3箇所は接ぎ目から光が透けて通るくらいスキマが開いちゃっています。

 食害の左右への広がりが最も大きい,左から三番目の継ぎ目は接ぎ目を中心に左右に5ミリほど,完全に板の上下を貫通している右から4番目の接ぎ目は,左右1ミリづつ切り取りました。
 そのほかスキマにはなっていないがしっかり食われちゃってる中心線あたりなど,数箇所を切り取ります。

 この感じだと,今回手を付けていないほかの接ぎ目も,おそらくは何かしらどこかしら食害を受けてるとは思うのですが,現状強度上の問題がなく,ズボっと孔があきそうにないようなところ以外は,とりあえずそのままにしておきます。そちらはいづれ割れ目が生じたり,ズボッと逝った時……未来に託しましょう。

 さて,掘った穴は埋めねばならず,あいたスキマはふさがにゃなりません。
 まず材料ですが----このところの修理で古い桐板の長い寸法のものが払底してしまいましたので,ネオクでちょちょいと調達。
 古い桐箱ですね。椿椿山なんて書いてありますが,もちろん中身は空。

 月琴の修理で使う桐板は,幅はそんなに要らないですからね。
 このくらいでじゅうぶん。箱一個あればしばらくだいじょうぶなんですが,なんかまとめ売りで…誰か桐箱要りませんか?(www)
 これをバラして切り刻みます。

 各補修箇所に合わせて整形し,ニカワで接着。
 桐箱の板は月琴の表裏面板より若干厚めなので加工がしやすいです。
 一晩置いてハミ出てる部分を削って整形します。

 裏がわもキレイに!
 ふさいじゃえば見えなくなるところですが,こういう部分こそが大事だってことはいつも言ってるとおりです。

 裏板を貼りつける前に,棹と胴体のフィッティングをしておきましょう。
 ふつうに挿してみますと,表板の水平面に対して指板の片側がわずかに下がってしまっているのが分かります。

 まあこういう時まっさきに疑うべきは新作した上桁の孔なんですが,今回の場合,そちらは問題ナシ----原因は 側板の棹孔の加工不良 ですね。2枚目の画像,丸で囲んだ右上の奥のほうが出っ張ってるのと,ガッチリ測ってみましたら,左下の角も反対がわより0.5ミリほど高くなってました。

 楽器を道具として使用するがわからしますと,こういうところが演奏上いちばん大切な部分なのですが,松音斎も松琴斎も,木部の加工や接着の技術はきわめて高いのものの,楽器がカタチになってからの,こういう 「調整」 がきわめて雑です。このあたり国産月琴の作者には多いですね,「仕上げ」は丁寧 ですが 「調整」が雑----月琴を作っている本人が「楽器としての月琴」のおさえるべき「ツボ」をちゃんと勉強していない,って感じですね。


 平行四辺形だった棹孔を四隅90度のカンペキな長方形にしますと,そのぶんユルくなっちゃいますので,棹基部には新たに突板を何枚か貼って調整。そのほか延長材とのV字接合部分が片側ハガれていたので再接着しておきます。

 あちこち調整・補修しながら再び挿してみますと,表面板の端と指板は面一になったんですが,こんどは基部の棹背がわのあたりにすこしスキマができるようになりました。

 この楽器,前修理者が基部を一度調整しており,スペーサのところから見るに,最大で1ミリ近くも削りこんじゃってるみたいですが。ここまでの状況から考えるに,音合わせの障害やフレットのビビリの原因を,この棹基部の加工不良とみて胴とピッタリ噛み合うように加工してしまったものじゃないかと----でもたぶんそれ,上で修理した延長材のハガレが原因だったようですね。
 ここがハガれてますと,糸を張った時の弦圧で棹頭が持ち上がります。これで音合わせをすると,糸巻を握りこんでる間は音が合ってても,手を離すと棹が動いて音がズレますわな。また楽器全体がわずかに弓なりになってるので,中音域でビビリが出たり音がミュートしちゃったりもしますね。

 へんな加工痕があるな…とは思ってたんですが。工作は実に丁寧できれいに仕上げされており,前修理者はここの調整にかなりの労力と時間をかけたようではありますが無駄でしたねぇ----まあここは,この楽器を知ってるとこういう場合真っ先に疑う箇所なんですが,これもケーケンがない場合しょうがないかもしれません。


 先に調整した指板と面板の接合部に影響が出ないよう,そこを支点として棹全体を棹背がわにわずかに傾け,前修理者の加工した接合部が,胴材とぴったり密着するように調整します----難しいことを言ってるって? やることは簡単なんですよ。上桁の孔の表板がわの辺を少し削って,削った分のスペーサを反対がわに埋め込むだけのことです。


 なんやかんやでこの作業,けっきょく今回も足かけ三日かかりました。

 その甲斐もあり,現状棹の出し入れはスルピタ。
 棹基部にも360度スキマのない見事な密着ぶり。
 ここの調整だけで,楽器としての操作性や音色がずいぶんと違っちゃいますからね。毎度のことながら時間をかけてしっかりやらせていただいております。

(つづく)


松音斎(1)

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斗酒庵松の葉音のすゑに聴きゐる の巻2021.3~ 松音斎(1)

STEP1 松とて春はめぶくもの

 さて,清楽・明清楽流行時に名器と謳われた天華斎,老天華の修理を終えたばかりですが,続くときには続くもので…
 依頼修理の楽器がまた1面,到着いたしました。

 胴裏面にラベルが残ってますね。

 いちばん左の字がほとんど欠けてますが,松音斎----庵主が「松派」と呼んでいる大阪の製作者群の一人で間違いありません。ほかに「松琴斎」「松鶴斎」というのがおりますが,そのなかでもおそらくいちばん古く,かつ最も技術の高い作家さんです。

 パッと見,欠損は糸巻と棹上のフレット3枚のみ----表裏の板も白く,胴側や棹や糸倉にもさほどのキズやヨゴレは見えません。糸巻だけちゃちゃッと削って挿しちゃえば,すぐにでも使えそうな感じ----いやいや,なれば…なればこそ,思い出していただきたい! 庵主がいつもいつも言っているコトバを。

 「キレイな古物にはトゲがある」 ,と。

 はい----1カメさん,ちょーっと胴体に寄っちゃってください。

 はい…もうちょい。

 ハイ----どうぞッ!

 うぎゃあああああああッ!

 そのキレイで真っ白な胴体に,
 ポツポツポツ
 虫の…虫食いの痕があっちにもこっちにも。

 欠損部品は少なく,保存状態はいい。

 この板が,ふつうに割れてるだけだったらよかったんですけどね----

 単純に使用による欠損摩耗や保存保管の不備による損壊などと違って,「前修理者」やこうした「虫」など,生物のやらかしたことは,木の理屈が通じないだけに厄介なのです。ここまで食われまくってますと,外見からだけでは実際にどこがどの程度の食害を被っているのか,現状どこがどうなっているのかは庵主にも分かりません。このままの状態で損害状況を調べるには,高度な非破壊検査の機械にでもかけるしかないでしょうね。

 ああ…側板と表裏板の間にもほとんどスキマがありませんね。
 虫には食われてますが,ほとんどの接着箇所はほぼ製作当時のままみたいです。

 庵主は蒼き衣をまといて黄金の草原に降り立った者ではないので,これを食いまくった虫のキモチなんぞ分かりませぬゆえに,この古物骨董的には最高に「保存の良い」状態である楽器を「使えるようにする」ためにはまず,古物骨董的な価値が0になるくらいまでバラバラにぶッ壊し,「どこがどうなっているのか」を徹底的に把握しなきゃならんのです。
 ふッ………以前54号(山形屋)なんかの時にも同じようなメに遭いましたが…門前の小僧とはいえ古物屋で働いた経験のある庵主にとっては,かなり胃袋にくる修理作業となりそうですわい。


 まずは安全に剥がせるものはずせるものを極力はずしてしまいましょう。

 ああ…さすが松音斎。
 名古屋の鶴寿堂あたりに爪の垢でも煎じて飲ませたいものですね----5Lくらい。

 通常のメンテナンスで剥がす必要のあるもの,装飾やフレットは,そのままではつまんでゆすってもまるでビクともしませんが,周縁に筆でお湯を刷いてしばらくおくと,ほれ----

 逆に,通常の使用ではずれては困るような半月などは,同じようにやってもちょっとやそっとではハガれないようにしてあります。フレットやお飾り類は1時間もすればハガれましたが,半月は同じようにやって一晩以上かかり,最後は細長く切ったクリアフォルダでしごき切ってようやくはずれたくらいです。


 さらに,そこらの作家さんの場合,こうして強力に接着されていた箇所を指で触ると,ヌルヌルしてたりベトベトしてたり,ニカワの層があるもんですが,松音斎の場合は触ってもさらりとしてて,ベタつきがほとんどありません。
 「最少のニカワで適度な圧」という,ニカワ接着の最良のお手本みたいな感じです。
 接着そのものの技術もさりながら,その前段階,すなわち接着面の整形がスゴいんですね。接着面がどれだけ密着しているか----月琴の場合は,片面が桐板という空気を含みやすい柔らかな材質だからいいんですが,たとえばこれが水の滲みにくい硬木で,両面スキマに空気も入らないくらい精密に加工されているのが同じようにニカワで接着されていたら,分離しろと言われれば,庵主,迷うことなくノコギリを手にしますね。

 剥がした後,ほとんどベタつきのない接着面に水を刷いてしばらくすると,表面にしみこんでいたニカワが浮き出てきますので,濡れ布巾でこれを拭い取れば後始末も完了。ニカワの使い過ぎは逆に強度を下げるだけじゃなく,後世の修理者にとってもメイワクでしかないわけですね……庵主も自重自省いたしましょう。

 簡見したところ,虫による食害は表板のほうが酷く,裏には向かって右手の一箇所以外ほとんど見当たりませんが,調査の為「ぶッ壊す」にあたり精神的な負担が少なく,後々のフォローも利きそうなのは,やはり裏板がわです。

 はぁ………

 と,ひとつため息を漏らしつ,ひとまず野蛮な行為へと身をゆだねましょう。裏板の貫通した割れの上端は,ちょうど胴左上の接合部にあたっており,そこに3ミリほど板端の浮いたところがあります。そこから刃物を入れて----

 べりべりべり…

 ううう…調査確認のため修理のためとはいえ,虫食い以外はほとんどキズのないウブな胴体に,余計なキズをつけてしまいました。

 内部は思ってたよりはキレイでした。
 表面から見えた虫害がけっこうなものでしたので,もっと汚れてるかと思ったのですが…

 虫の喰いカスが少々と,割れのスキマから入ったらしいホコリが全体を軽く灰色に覆ってたくらいですね。製作時に入ったと思しい胴材のカンナ屑みたいのも少し出てきました。
 内桁は二枚。おそらく松材で,上桁は厚さが均一(8ミリ)ですが,下桁には一端が11ミリ反対がわが3ミリというおかしな板が使われています。上下どちらも表裏の板と側板の裏にニカワづけしただけの単純接着で,唐物のように側板に溝を彫ってはめこんだものではありません。
 国産月琴ではこの内桁の接着がおざなりにされていることが多いのですが----さすが松音斎,この部品の接着具合が楽器の音に影響することが分かってるようで,かなり強固に取付けられていました。

 上桁には棹なかごを受ける孔のほか,響き線を通す穴が片側に一つ。
 下桁は一見何もないような感じでしたが,よく見ると真ん中のあたりに小さな孔が2つ,並んであけられてます----左右での厚みの差も含めて,工作の意図はまったく分かりませんが。

 響き線は胴の右肩から上桁をくぐって胴腹をめぐるタイプ。
 基部の位置や形式は唐物のそれに近いですが,線が直挿しでなく木片を噛ませてあることと,線の曲りが唐物よりもキツめです。

 基部の位置は唐物と同じですが,上桁をくぐってから先の形は,上桁の下に基部のあるタイプのそれに近くなっています。このまんま横に基部を付けたら,唐木屋あたりの楽器でよく見る響き線とほとんど同じになりますものね。

 こうしたあたりからも,松音斎という作家の楽器には,月琴の構造が唐物のコピーから,この国の職人による独自のスタイルへと変ってゆく中間段階,「国産月琴」の萌芽と言えるカタチがはっきり見て取れると言えるかもしれません。

 響き線も,最初見た時は全体がホコリで灰色になってましたが,表面を拭ったら,若干サビは浮いているものの,銀色のところも見えるていど。かなり良好な状態のようです。

 とりあえずここまでで,目視できる範囲での内外の状況は調べ終わりました。
 ここまでで分かったことをフィールドノートにまとめておきましょう。

 幸いなことにというかご愁傷様というか……オモテから見るとけっこう派手で深刻そうな食害痕だったのですが,内部の精査から,内桁や胴側材までとどいているのが2~3箇所あるものの,多くは板裏まで到達しておらず,またほとんどが板の矧ぎ目に沿ったものかごく表面的なもので,横方向への広がりもあまりなさそうだということが分かってきました。
 原作者の接着技術が神級なので,虫たちの狙いであるニカワの使用量が,通常よりきわめて少なかったおかげでしょうね。

 虫食い楽器の修理自体は何度もやったことがありますし,その中にはもっとヒドい,表裏の板や側板がスカスカになっちゃってるのまでありました。逆にそこまでオンボロになってると,どこかしら板がベリっと剥がれてたり,接合がパックリいってたりするので,損傷個所の状況を把握することも容易にですし,修理するがわのキモチ的にもかえってこうラクなんですが……この楽器のように,虫が食ってるところ以外は保存状態が超絶良好でスキマのひとつもないがゆえに,損傷の度合いが測れない,というケースはあまり経験がありませんね。

 ほかに状態確認の手段がなかったとはいえ,結果として虫食い箇所以外はほぼカンペキな保存状態の楽器の板を剥がしちゃったわけで----古物愛好家としましては 「ふふふ……修理とは修羅道なりとしゅらしゅしゅしゅ」 などと一句詠んでしまえる精神状態ではありますが,これをこれからどこまでリカバーしつつ楽器を再生してゆけるかが,今後の作業の指針となってゆきましょう。


(つづく)


長崎からの老天華(終)

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斗酒庵老天華に出会う の巻2021.1~ 老天華(7)

STEP7 ケーゲルの最終楽章

 おぅ----そういや書くの忘れてましたね。
 月琴の音のイノチ,響き線の補修の記録です(w)

 当初,カマキリのお尻から出てくるアレみたいに棹口からニョロンと出てきて庵主を絶望させたアレでしたが,根元部分が腐ってはいたものの,そのほかの部分はサビもそこまでではなく,放置された楽器に入っていた百年以上むかしのハリガネとしてはおおむね良好な状態であるといえましょう。
 腐ってる根元を数ミリ切り落とし,曲げ位置を変えて,あとはそのまま使います。

 まずは#400のShinexでくるんでしごいて粗くサビを落し,クリアフォルダの上に置いて木工ボンドをまぶし,ハガしてキレイにします。
 ふだんの修理では天敵であるものの,木工ボンドの錆落しパワーにより銀色のピカピカになったところで。さらに柿渋を刷いて乾かし,表面に黒い薄膜を作っておきます。

 元の取付け部は,天の側板の裏,棹孔の少し横に見つかりました。

 孔をあけて竹釘で止めただけの単純な工作です。
 元の工作はおそらく,竹釘に少量のニカワを塗って押し込んだ程度だったと思うのですが,次に修理した者----まあ間違いなくニポン人でしょうなぁ----が,よけいな心配性を発揮し,響き線の根元にあふれんばかりのニカワを盛ったものと思われます。
 外気に触れているぶんのニカワが湿気を吸って,線の根元が腐食。
 ポロリン,というわけです。いつものストーリーですな。

 響き線基部の木の中に残ってるぶんが完全に朽ち果て,黒い鉄の染みとなり,周囲に広がろうとしてますので,少し大きめにエグりとり,木粉とエポキのパテで埋め込みます。

 硬化したところで軽く表面を整形し,2ミリの孔を開けなおします。
 オリジナルもそうでしたが,ここに打つ竹釘は必ず四角ですね。
 これは四角いほうが,固定時の角度の調整とかがやりやすく確実なのです。

 響き線基部と竹釘の先端に少量のエポキを塗って固定します。
 線が変な方向にダレたりしないよう,数箇所に当て木を噛ませ,線基部の位置を保定しておきます。

 基部がしっかり固まったら線の角度や曲りを調整します。
 楽器を正しい演奏姿勢に向けた時,最高の効果が発揮されるのはもちろん,あるていど楽器が傾いても線鳴りがしないよう,一定の余裕を持たせなければなりません。
 唐物の響き線は曲線なうえ長いので,これの調整はけっこう大変です。直線の場合と違って,一箇所の変化がどこにどういう影響を与えるのかが分かりにくいですからね。今回もなんやかやで二日ぐらいいぢくっておりました。
 最後に線全体にラックニスを軽く刷いて,響き線のお手入れは完了です。


 ----時はいま来たれり。

 糸倉を再生した棹と胴体のフィッティングも終わり,響き線も戻って,修理はいよいよ終盤。
 まずは裏板を接着します。
 側板や内桁を手順通りに付けてゆくオモテがわと違い,こちらは一発で決めなきゃならないので板クランプの出番と相成ります。
 前回書いたとおり,月琴の胴は真ん中がわずかに盛り上がったごく浅いアーチトップ・ラウンドバックになってますので,真ん中に円形の空間があり,周縁を確実に固定できるこの道具は修理に欠かせません----まあもともとはウサ琴の胴側を作るための型だったんですけどね(w)

 前修理者が埋め込んだ割れ目のあった,真ん中あたりの矧ぎ目から分割し,少し左右に広げて接着するんですが。
 片方の木端口のすぐ横に,オリジナルラベルの残片が貼りついています。
 ほとんど読み取れないとはいえ,この楽器の由緒を標す貴重なものなのですが,あまりに状態が悪過ぎて剥離させられないので,上から和紙を貼って保護しておきましょう。

 一晩置いて接着を確認したところで,開いたスキマにスペーサを。
 裏なので新しい板を使わせてもらいます。
 このところの修理で,ちょうど合う古板のストックがなくなっちゃいましたしねー。
 最期にスペーサと,再接着でハミ出した胴周縁の板端を整形。

 さあこれで胴体は「箱」の状態に戻りました!

 棹はともかくこの胴体は,多少の補強を加えたものの,基本的には 「ただ組み立て直しただけ」 に近いのですが,この状態でほれ----胴は支えなしでほぼまっすぐに自立します……さすが老天華。原作段階での工作精度が高いものであったという証左ですな。

 箱になった胴体の表裏を清掃します。
 前修理者が拭ったようで白っぽくはなってましたが,お飾りやらフレットやらを付けたままやりやがったらしく,あちこちマダラになっておりました。今回は「キレイにする」というよりは,清掃で浮き出てくる元の染め汁を使って,そうしたマダラや補修痕を染め直し,全体の色合いを均一にするほうが目的でしょうか。

 表裏板が乾いたところで,半月を接着します。
 事前に測っておいた有効弦長やオリジナルの接着痕を参考に,中心線や上下の位置を決め直します。
 装飾付の曲面タイプですが,国産月琴のものより薄目で丸みもないため,接着保定にあまり苦労はありません。


 半月が付いたら,表裏板の木口をマスキングし,胴側部を染めてゆきます。

 スオウを重ねミョウバンで発色,いちど乾かしてからオハグロで黒染め,最後に亜麻仁油と柿渋で仕上げます。染め液に少量の砥粉とでんぷん糊を混ぜると,同時に目止めも出来るし,木への滲みこみがいいですね。

 はじめに磨いた感じでは,オリジナルもこれほどではないものの何かしらの染料で染められていたようです。劣化して白っぽくなっちゃってましたが,おそらく当初は薄いこげ茶色をしていたのではないかと。庵主の染め色は,オリジナルの半月の色と同じですね。

 今回のフレットは白竹で作ります。

 こういうところに,日本人は何かと煤竹を使いたがりますが,唐物月琴のオリジナル・フレットには意外と,かなり高級な楽器でも安価なふつうの竹材が使われています。

 うちではDIY屋で売ってる垣根用の割り竹を使っています。一枚¥300くらいだったか?----そこそこ長さがあるんで,月琴のフレットだったら1枚で10面ぶんくらいは作れるんじゃないかな。

 あと,国産月琴に比べ,唐物はフレットの幅の変化が小さいですね。国産月琴では第6フレットがいちばん長く,関東の楽器では7センチ以上あるものもありますね。棹口のフレットが3センチくらいですから,最少から最大で4センチくらいの差があるわけです。対して唐物の場合,胴上のフレットのサイズ差は最大最少で1センチあるかないかくらいなものです。

 当初付いていたフレットは煤竹製で,寸法の面からも後補の部品と考えられますので,新しいフレットは23号や53号の記録を基に各フレットの長さを決定してあります。

 できあがったフレットは表面を磨き,清掃時に出た汁とヤシャブシ液を混ぜたもので軽く煮て染め,乾かしておきます。

 染めて磨き上げたフレットを接着し,染め直した左右のニラミと補作の扇飾り,

 最後に柱間の小飾り(凍石製)を接着して。

 依頼修理の老天華,修理完了です!!


 オリジナルのフレット位置での音階は----

開放
4C4D-34E-324F+94G+264A-195C-355D+165F+21
4G4A-214B-335C+15D-295E-305F#_5G5A-86C+13

 6フレット以降がいまいち信用できませんが,開放からの第3音,C/G調弦だとEとBが,西洋音階より30%くらい低いというあたりは明笛などから見る清楽の一般的な音階の特徴に合致しています。
 最初の1オクターブまでは,かなり正確に当時の音階を伝えてると言えるんじゃないかな。


 音色は…やっぱり唐物月琴の音ですねえ。
 国産月琴のように,「月琴」という名前の印象に引きずられた厨二病的バイアスのかかってない,ギターに近くてヌケのある,比較的くっきりとした音です。

 棹や側板の材質や加工が違うので,53号あたりを基準にするとやや柔らかな音となっていますが,それでも天華斎系列の音だとすぐ分かるくらいに,音圧のある,いい響きをしてますよ。

 山口が13ミリもあるので,国産月琴の一般的なものに比べ棹上のフレットがかなり高めです。こういうものだと分かっていないと,ちょっと弾きにくいかもですね。
 それでも最終フレットが高5ミリというのは,唐物月琴にしてはかなり低め。フレット高はビビるかフェザータッチで音が出るかのあたりギリギリに調整しているので,操作性と運指に対する反応は上々です。

 完全に破壊されていた糸倉をすげ替え,全体を染め直したりはしましたが,その糸倉と虫に食われた半月以外は,オリジナルの部分をかなり残せたと思います----まあ見かけは同じメーカーの1~2ランク上の楽器に近くなっちゃってるかとは思いますが。

 補作の半月,蓮頭ともに装飾の意匠は天華斎/老天華の他作を参考としています。小飾りもそうですが,これもまた廉価版のよりはいくぶん上位機種のデザインになってます。庵主がいつも言ってるこの 「花だか実だか分からないたぶん植物」 の飾りは,廉価版となるとさらにデザインがテキトーになり,テキトーに切った凍石の板の周りをテキトーにギザギザに刻んだ,ぐらいのモノだったりすることも珍しくはありませんが,さすがにそこまでの劣化したモノを故意に作るというのは良心の呵責----というより精神衛生上,庵主,その作業に堪えられません。(w)

 そのため,このあたりのあるていど具象的で無難なデザインで止めておきます。ただその廉価版の 「テキトーに刻んだもの」 でも 「どこそこにはおおむねこういうカタチのモノが付く」 という配置にそう変りはないので,4・5フレット間の蝶(以前に彫って使わなかったもの,もったいないので今回流用)以外,遠目に見たフォルムにさほどの違いは出ていないと思われます。

 文革期まで,福州の老天華には代々の製作した名器が多数保存されていたと言われています。それらはあの政治思想的大混乱の中で失われてしまい,現在当地にはこの時代の古い楽器はほとんど残っていないそうです。

 今回の楽器は清代の老天華最盛期,パリ万博にも出品したという3代目あたりの作ではないかと考えられます。

 輸出用に高価な材質で無駄な装飾をつけて製作されていたお飾り楽器を,流行につけこみ,材質や装飾のレベルをかなり落として増産したものでしょうが,天華斎エピゴーネンの玉華斎や天華斎仁記の同レベルものに比べると,やはり元からの技術が高いせいか,楽器として一段二段上のものに仕上がっているあたりは,さすが老舗の技術力と感嘆せずにはいられません。

 3代目で,しかも廉価版でこれなら,初代天華斎の作った名器というのはいったい如何ほどのものであったのか,まだ実物にめぐりあったことはありませんが,想像しただけで胸躍るところがありますねえ。

(おわり)


長崎からの老天華(2)

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斗酒庵老天華に出会う の巻2021.1~ 老天華(2)

STEP2 某日某国修繕局・局長室にて

 「同志ナオシスキー君…"修理" とは何かね。」

 「はッ! 修理とは,偉大なるわが人民の幸福の邁進のために必要な器具,
   器材の類の故障・破損に対処し,これを再び人民の使用に耐えうるよう原状回復することであります!」


 「----そう! 人民の幸福! それを支える崇高にして大切な行為だッ!
   ……しかるにぃ,ナオシスキー君……これは…これは何かね?

 「はッ!!----ネジ であります!」

 「そう!ネジ! ……くっ………ネジだとも。
   クギや車輪とならぶ人類の…人類の偉大なる発明品のひとつだ。
  では………これは?

 「はッ!!----ボンド であります!」

 「そおおおおぅ!ボンド!
     ボンドだよぉ,ナオシスキー君!そのとおりだともッ!!はははは!
    人類の叡智の勝利!科学の進歩によって生まれた新たなる可能性ッ!
  旧弊を一掃しすべてを新たな力でつなげる,それはすなわち人民の勝利につながる新たなる武器だッ!!
   で…キミはこれとこれを-----何に使ったのかね?

 「はッ!!----楽器の修理でありますッ!」

 「----連れて行け。」

 「え,あの。これはいったい!?
   同志?…ニカワスキー局長ッ!?……弁明を!
   自己批判の場を!!同志………同志いいいッ!!」

 と----いうようなことが,ここ最近,脳内で何度もありました。(www)
 ラーゲリに送られた同志ナオシスキーのその後は,誰も知らない。

 帰京してから本格調査。
 例によってフィールドノートに寸法や状態を書き込みながら,楽器の概要をまとめております。
 外がわからの採寸・観察が終わったら,分解しながら内部構造へ。
 前修理者の修理とも努力ともいえないような作業箇所も,ぜんぶひっぺがし,取り除きます。
 その間じゅう,冒頭のような妄想で,数多のナオシスキー君を粛清しつつ,精神の安定を謀っておりました,うらーッ!!!!

 では,偉大なる人民の革命的な労働意欲により真ッ赤になった今回のフィールドノートをどうぞ。

 上画像クリックで別窓拡大します。
 そうこうしているうちに,胴と棹の素材を尋ねていた木材狂いから連絡がありました。

  「……ラワン?」
  「そう,ラワン。」
  「ベニヤ板なんかに使う?」
  「そう,アレ。」
  「ホームセンターで売ってる?」
  「そうそう,南洋材ね。」

 なるほど…ラワンか。
 木理の様子,色,硬さ,削ってみた感触,そしてニオイ----なっとくであります。
 安価な建材板材としてDIY屋なんかでも容易く手に入る木材なんで,あんまり楽器に使うというイメージは…あ,でも玩具なんかはこれで作るか。そういやギターとかもラワン合板だったりするなあ。まあマホガニーの仲間だから楽器に使っても問題はナイか。

 あらためて木色を見てみると----確かにDIY屋で買える「ホワイトラワン」てのとほとんど同じですね。

 その後さらに,明治時代の木材輸入に関する資料などを読んだ感じからすると,現在「ラワン」と呼ばれている材はフィリッピン産で,開発の進んでいないこの当時では,流通量はまだほとんどなかったかと思われます。そこから愚考しますに,同じフタバガキ科の植物でラワンの近縁種,インドネシアかあるいはビルマあたりから輸入されていた木材ではないかと。

 おそらくこの楽器は,月琴流行の末期か衰退期,おそらくは日清戦争以降の輸出用楽器ではないでしょうか。老舗・天華斎の後継,茶亭老天華ではありますが,戦後の混乱やインフレ等の中,手に入る木材で苦労して作ってたんでしょうねえ。

 軽軟な材料を,それまで使っていたタガヤサンや黒檀紫檀で使っていた工具でそのまま加工したせいでしょうか,刃がひっかかってやりにくいのか,棹裏や側板の表面に切削痕の見える,かなり粗めの仕上がりとなってます----まあ,これはこれで逆に硬そうに見えて材料誤魔化すのには良かったかと。

 ラワンは軽軟ではあるものの,桐なんかよりはずっと硬いし,強度もじゅうぶん。変形しにくいってのも利点ですね。
 欠点としてはクギ打ちで割れやすい----なるほど,前修理者がネジぶッこんでどうにかしようとして逆にしくじった理由はコレだな。
 そしてもう一つの欠点が………病害・虫害に弱いこと。

 半月が…半月が食われてスカスカです。

 ヒラタキクイムシですかね。
 胴材のほうはほとんどやられてないんですが,ここだけもうそりゃ盛大に。
 半月が虫の食害でヤラれてた例は,15号三耗や25号しまうーでも経験してますが,今回のも負けず劣らずボロボロのスカスカ。場所によっては指で押してもズボっと逝っちゃうかもしれません。
 いや逆によくちゃんとくっついていたものだ。
 外面的にはさほど問題なさそうに見えますが,さすがにコレは使えませんね----糸倉と同じ----作り直しましょう。

 というわけで,買ってまいりました!
 上にも書いたように厳密には違ってるとは思うんですが,オリジナルの素材に一番近い材料ですね。近所のDIY屋で買えるのがなんかウレしい(w)。

 ホワイトラワンの板材を切って,必要な部品を作りました----まずは糸倉左右と半月。
 糸倉はまず残ってる部材をだいたいつなぎ合わせて型紙に写し,それに合わせてすこし大きめに切り取りました。

 切り出した部材を両面テープで二枚合わせて整形。
 縁をさらに削り,型紙に合わせてゆきます。
 オリジナルの糸倉の左右は厚さ7ミリ,買ってきた板は厚さが9ミリありましたので,両面を磨り板で削って2ミリづつ落としました。
 最期に2枚に割ってできあがり!

 すぐさま組み付け----と行きたいところですが,この糸倉の破損は左右の板からうなじの部分まで及んでいます。
 左右の板を貼りつけるその土台となるべき部分が逝っちゃってますので,その前に,あらかじめここを直しとかなきゃなりません。
 まずは,チぎれてモぎれたみたいにガタガタになってた破断面を整形して平らに均します。

 そこに木片を接着。糸倉左右を切った時の端材で作りました。
 これでうなじと糸倉基部の欠けちゃってた部分を復元します。

 土台となるうなじの部分が元に戻ったところで,切り込みを入れましょう。手前にある段差は前修理者がバラけた部品をつなげるためのネジを貫通させていた孔の痕です----これさえなきゃ,もっとキレイに直るんですがね。
 糸倉左右の部材の基部を,これに合わせて削ってゆきます。

 土台部分も接着面を調整。
 なるべく隙間なく,ぴったり合わさるように,接着面の擦りあわせをしっかり----そして接着。
 糸倉先端の高さや角度をなるべくオリジナルに合わせる必要があったので,もう片面は明日以降の作業となります。

(つづく)


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