月琴64号 初代不識

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斗酒庵春にさかる の巻2020.3~ 月琴64号 (2)

STEP2 配管工が乗ってるあの緑色のやつ

 さて62・63・64号と,今回の自腹月琴は3面ありますが。
 最初に来ていた62号と,見ただけで重症とわかる64号の修理を先行させます。
 依頼修理の楽器と合わせて4面の同時進行。
 経済的観点から見て,単独の修理よりは複数同時のほうがムダが出ないので良いものの,さすがにこれ以上は工房の物理的空間的制限(四畳半一間)の観点から不可能と判断。(www)

 で,その64号。
 まずは解体いたします。
 もうそりゃ,バラッバラにしまっせ~。

 打たれているクギの状態を知りたかったため,外面からの調査中に蓮頭をはずしてみましたが……うん,かなりサビちゃってますね。

 クギの頭,平たくなってる部分はペンチでつまむと砕けて粉になります。本体部分はまだしっかりしているので,かつての太清堂クギ子さんに打たれていたものほどではありませんが,クギ孔の周辺の木部は鉄分が滲みて黒っぽく変色しており,削るとザリザリとした茶色の粉になってしまいます。

 例によって,筆でお湯を刷き濡らした脱脂綿をかけて,お飾りやフレット,半月をはずします。
 棹上のフレットは塗装で塗りこまれちゃってるかな,と思ったんですが,ペンチでひねったら比較的たやすくポロリしてくれました。

 考えてみれば,糸巻はぜんぶなくなってるものの,そのほかの欠損は蓮頭の前1/4,最終フレット1枚とコウモリの片方の羽根先くらいですもんね。器体の状態を考えるとかなり少ない,残ってるオリジナル部品は大事に扱いましょう。

 ヨッシー(石田義雄)は接着が上手い。
 同時修理の誰かさんに,爪の垢でも煎じて飲ませてやりたいくらいですね。
 これだけ状態が悪くなってても,お飾りやフレットははずれてませんが,お湯を含ませてしばらくすると,自然にポロポロとはずれていってくれます。ちゃんとメンテナンスのことを考えた接着をしてくれてるんですよ。

 それに対して,半月の接着は強固。
 接着面をじゅうぶんに処理し,密着させているので,ちょっとやそっと濡らしても,水は中まで滲みていってくれません。今回の場合,半月の左右端に板の収縮によってできたわずかなスキマがあったので,そこにクリアフォルダを細く切ったのを挿しこんでしごき,内部に少しづつ水を滲ませながらはずしていったんですが,それでもあしかけ二日ばかりかかりました。

 ようやくはずれた半月。
 ヨッシーの月琴の定番の一つは,安い楽器でもここが唐木なことで…おや珍しい,これはホオかサクラを染めたものですね。はじめて見た。
 ほぼ同レベル,同時代の作と思われる27号でさえも,かなり低質ながらやっぱり紫檀だったんですが,それより後の量産化によるコストダウンの影響かな?

 半月取外しのためにかなり濡らしてしまったので,一晩乾かしてから本体の分解作業に入ります。

 表裏板のクギ打ちされてたところは,桐板がサビを吸って変色し,ガサガサになっちゃってますので,まわりごとざっくり切り取ってはずしてしまいます。

 表板をハガしたところで,目につくクギを抜き取ります。

 ペンチでどうにもならない状況なのは蓮頭の取外し作業で確認済み。小径のドリルでクギに沿うように孔をいくつも穿ち,えぐり出します。単純に引っこ抜くのからすれば大変複雑な作業ですし,抜いた痕もおおきくなっちゃいますが,サビが滲みて変色したりモロくなってる部分なんかもいっしょにえぐられちゃうのでむしろちょうどいいのです。
 数時間の格闘で,かくのごとし----

 表板がわのクギはなんとかすべて除去できました。

 地の側板が気になりますね。
 なんですかこのカタチわ。

 月琴の側板はたいてい,真ん中がいちばん厚く左右が薄くなってるものですが,この板は真ん中のあたりが薄く----それも極薄,うすうすのペラペラになっちゃってます!
 最薄のところで2ミリくらいですね。しかも,この極薄のところに何本もクギを!……まあ,そりゃ割れますわな,穴もあきますわな。
 材質もほか3枚とは若干違ってるみたいですし----ハテ?

 とりあえず,クギ抜き作業で出たゴミをはらい。真ん中の空間にラップを敷いて。サビ落としのため,響き線に木工ボンドをまぶしておきます。

 これが固まるまで,お休みお休み~~~。


 一晩たって。
 地の側板ともう一箇所,裏板がわに打たれていたのを抜いて,クギ抜き作業まずまず終了。

 側板も内桁も剥がして,完全バラバラ----「かつて楽器だったモノ」 まとめて一山の状態となりました。

 ちょっと前の記事でも書きましたが,楽器にいっぱい悪戯書き(?)を残してくれる鶴寿堂・林治兵衛さんと違い,ヨッシーこと石田不識は楽器に痕跡を残さない人です。
 目印とか指示線すらも,ストイックなまでに必要最小限。
 以前,ふつうはある,その手の指示線すら入ってないことに,分解しちゃった後に気がついて。戻す時,元の位置が分からなくなって焦ったことがあります。
 楽器の番号,今回の楽器だと「八」,27号だと「二十七」(偶然です----自出し27番目の27号は,棹を抜いたらなかごに「二十七」と書いてあった)といった漢数字以外で,いままで見た文字は「表」だったかというのが一件あったかな?
 文章らしきものなど,ほとんどキオクにございません。

 それが今回,分解してたら上桁の端っこに,何やらエンピツ書きを発見!

 「クラシマス」----かな?

 なんのこっちゃ。(www)

 あーよー,鶴寿堂ほど派手じゃなくていーから,いちど何かちゃんとした文章書いといてもらいたいね~。
 「お元気ですか?」
 ----とか。あ,それはそれでコワいか。

 側板のクギ孔をふさぎます。

 そのまんまにしておくとオモテもウラも薄々なんで,他の作業中,余計に壊れちゃいそうですからね。
 抜くときに周りをエグってるので,比較的大きな埋め木でいいのが逆にラクですね。ぴったりハマる小さいの作るほうがタイヘンですから。

 続いて板のクギ孔。

 こちらははずすときに大きく切り取って,孔でなく細い切り欠きにしてありますので,細切りにした桐板を挿しこむだけのラクな作業です。

 うむ,トゲつき月琴。

 ついでにヒビ割れたところやそのほかのカケ,ヘコミ,エグレの酷いところなんかも補修。

 表板は裏も表も丁寧に作業してゆきます。

 分解修理で組み立て作業の基点・基準となる部品はこの表板です。

 ここをオロソカにしますと,小さな誤差でも,組立て後の結果に大きな支障が生じますからねえ。

 分解作業も終わり,内部も記録いたしましたので,フィールドノートをどうぞ。

 今回はヤバい箇所多めのため,真っ赤だな(www---クリックで別窓拡大)

(つづく)


月琴62号清琴斎(3)

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斗酒庵春にさかる の巻2020.3~ 月琴62号 (3)

STEP3 黒の戦士-二丁目に行って棹を整形編-

 前回,取外しの時にバラけた中央飾りですが----

 バラバラですね。
 くっつきましたね。
 接着剤はエポキ,裏に薄い和紙を敷き,その上で接着作業をします。

 接着剤のハミ出たとこをアートナイフの刃先などでこそぎ。
 磨きなおせばほぉら。
 もう,ぜんぜんわからんちん。

 このお飾りの材料の「凍石」というのは,むかしむかし駄菓子屋で売ってた,道路に落書きする「ロウ石」というのと同じものです。書道のハンコなどにも使われますね。この部品はだいたい取外すことを前提に考えて作られてないので,たいていこういうことになります。石なので水は浸透しませんし,柔らかいうえ弾力はない。上手い人のシワザだと,そりゃあもうとれません(ヘタクソは接着面の調整が悪いので,逆にあっけないほどカンタンにはずれますwww)
 粉状に粉砕されない限り,だいたいはなんとかなりますが,どんなふうに割れるか予想不能なところもあるので,はずすときは修復可能な感じにバラけるよう,邪神さまに加護を祈ります,ふんぐる。

 さて62号,修理します。

 正直,胴体のほうはキレイに清掃すればそれでおしまいって感じですが……問題は後補とおぼしき棹のほうですね。
 基本機能上は問題なさそうですが,あまりに仕上げが悪い。

  1)糸倉のカタチ。(糸倉背先端左がわが低い,糸倉背中央が平坦,糸倉オモテの加工が粗い,うなじがやや浅い)

  2)棹表面が凸凹。(棹横二箇所のエグレ,棹背の加工不良)。

 ----と。問題点は大まかに言って2点,細かくするとあッちもこッちもでいっぱいなあたり。
 棹の仕上げに,どんくらい違ぁがあるのか…ちょうど,木の仕事では随一の腕前,鶴寿堂の楽器が同時修理中でありますんで,いっちょう並べてみますか?

 HaHaHaHa!----光の反射ぐあいだけ見ても,思わず外人になって肩すくめちゃうくらいの差ですね(w)

 糸倉オモテがガタガタになってるのや棹横のエグレはおそらく,原作者が使用している工具に問題があるのだと思います。
 サクラ,という材は浮世絵の版木に使われるくらいで,細かな細工が可能ですが,こういう曲面の多い立体物だと,目が混んでて刃が止まるわ,注意してても角チップするわでけっこうタイヘン。
 三味線屋さん…いや唐木屋さんだったかもしれないな。
 この棹の作者さんの使った刃物は,サクラには合ってなかったようです。そのうえ,刃物をあきらめてヤスリに奔る余裕もなかったようですね,うむ,急がせすぎじゃ。

 さて。

 木,というものは本来,削って減らすことはできるんですが,削ったら元には戻せない素材です。

 今回の場合,こういう棹表面の凸凹や糸倉オモテの曲面,後,うなじなんかは削って整形することができますが,糸倉先端とか糸倉中央部のほうは,原作者(棹の)がヘタこいて削りすぎたのが原因なのでどもならん----

 どもならん,とは思いますが,そうも言ってられないのでこうします。

 まず,糸倉の先端や中央部のふくらみが足りないところに,カツラの木片を接着します。

 棹横や棹背の浅いエグレやヘコミには木粉パテを充填。
 補材に続くカーブや左右のバランスなどから,これを棹の原作者がほんらい目指してたであろうカタチ(w)に整形してゆきます。

 うむ…順調っと。

 いちばん上の軸孔の小さいほうに,下孔をあけそこなったと思われる痕がありますので,ここもついでに補修しときましょう。

 そういや----この楽器の糸巻の配置って,どんなんなってたっけ?
 ああ,そうか。ウチに来たときは糸巻全損だったし,測りはしたけど確かめてなかったなあ。
 ちッっとそこらにある修理楽器の軸でも挿して……

 ……………えっ?

 ええええええッ!?(二度見)

 なんじゃぁこりゃああッ!!!(絶叫)

 おおおおお,第1軸の傾きが逆です!
 こいつは上向きなのがほんと。
 第2・3軸は比較的マトモでしたが,第4軸は糸倉に対しほぼ垂直…いや,これもやや上向きになってますね。
 言うなら4本全部がほぼ平行にささってる感じです。

 月琴の糸巻は糸倉に対し垂直,もしくは左右握り先端に向かって少し末広がりになってるのがふつう。さらに言うなら,わずかに楽器前面に傾いてるのが理想です(使いやすさから言うと)。
 角度を3Dで考えなきゃならないので,さんすう脳の小さい庵主も,ウサ琴の製作で何度か似たようなことやらかしたオボエはありますが………

 …うん,まあ,これでも使えないことはないよ。

 軸孔はしっかり焼き棒で加工されてるし,軸との噛合せも良さそう。

 あらためて調べてみますと,小さいほうの孔が右図のようになってました。
 月琴の軸孔は単純なテーバーでいいのですが,これは三味線のように,糸巻を浮かせて糸を巻き取り,最後にぎゅっと押し込んで固定するための加工----やっぱり三味線屋さんの仕事かなあ。

 ううううう,ちょちょいと鼻頭とかほっぺたにシリコン入れれば完成,みたいなもンだと思ってたのに………

 サクラの端材を刻んで,それぞれの軸孔にぴったりはまるような埋め木を作ります。

 それをこう…

 数日置いてからあけなおし。もちろん焼き棒使ってやってます。

 清琴斎の糸巻は比較的角度が浅く,垂直に近い感じのが多いですのでそのように。

 ふう…だいたいこんなもんでしょうか。

 後でフィールドノート確かめたら……庵主,ちゃんと測ってそのとおりに記録してありますね。
 ううむ,数字はウソつかない----今回は受け取るがわの「さんすう脳」の容量に多大な支障があったようですねえ。
 ふつうはあり得ない事態なんで,よくある測り間違いか誤差の類として,さして深く考えず放置しちゃってたみたいです。数値がおかしいと思ったときに,棒の一本でも突っ込んでいちおう確認していれば,こんなに進んでから大作業せんでも済んだものを。(泣)

 棹の整形はうまくゆき,軸孔も修正しました。
 胴体のほうは損傷がないのでちょちょいのちょい………待てよ,もしかして,そっちにもなンかあるんじゃないだろうな?

(つづく)


鶴寿堂4(3)

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斗酒庵春にさかる の巻2020.3~ 鶴寿堂4 (3)

STEP3 昼間助けていただいたツルですと言って来た四方赤良です。


 鶴寿堂4,前回の調査の続きです。

 棹孔から内部をのぞくと,まあ,表にも裏にも,何か文字…というか文章が書いてあるようです。2~3文字どころでない,けっこうな数の字が見えますねえ。

 鶴寿堂・林治兵衛は楽器に文字を仕込むのが好きらしく,庵主が最初に出会った5号月琴でも----

 師範代のとこに嫁った22号でも----

 と,板裏に墨書が残されておりました。あ,でも,もう1本手がけた「バラバラ鶴寿堂」だけは表板裏に「三裏」としかありませんでしたねえ。
 数打ちの量が多すぎてまず何か書いてあることのない清琴斎とか,石田義雄みたいに意地でも書き込まん!みたいな感じの作家さんもいるんですが,庵主としましては,楽器の製作年とか作者のことが分かったりするんで,どんどこ書んどいてもらいたいとこではあります。(w)

 書いてあったからと言って,オープン修理の必要がなければ拝めないものではありますが,今回は側板が飾り板で覆われているため 「分解しないと修理が出来ない」 構造となっておりますので,あとでじっくりと拝見させてもらうことといたしましょう。

 楽器外部からの調査は完了。

 外見的には良い状態ですが,側板の飾り板の工作に難があるほか,各部の歪みや浮きの原因となった何らかの故障,もしくは工作不良が内部にあることは間違いありません。
 いつも言ってることですが,楽器はいくら各部材の工作精度が高くても,内部に問題があれば,その本来のスペックを発揮できません。いくら外面が繕われていても,内部がダメなら置物です。ブレーシングのはずれてるギター,魂柱が盛大にズレてるバイオリン,中に黒猫の詰まってるバスドラム…どれも姿かたちはちゃんと楽器してますが,「音を出す道具」としては「壊れた道具」でしかないですからね。

 さあ,はじめましょう!

 まずは表板上のものをすべてはずします。
 今回は半月も,端のほうにわずかな浮きが見えますので一度はずして付け直しです。

 棹上,第2フレットは最近の補修(?)により,透明なボンド系の接着剤で止められていました。カリカリした感触なので木瞬かもしれません…後始末が厄介だな。

 バチ布はキレイな裂地ですので,ハガして裏打ちをし直しておきます。

 ほか2箇所ばかり木瞬と思われる接着剤で再接着された場所がありましたが,範囲は狭いので被害は少ないかと……キレイにこそがないと,場合によっては表面を削り取ってしまわないとニカワでの再接着ができなくなるんですよ。もう,ホントにヤめてくださいよね,楽器に木瞬使うのわ!!

 今回は 「一生涯,美味しいものを食べるたびに,口の中にかならずアルミホイルの欠片が出現する呪い」 でカンベンしてあげます。

 ((((ヽ( ゚Д゚)ノ)))オオオオオオオオ

 そのほかだいたいの部品はさして難なく剥がれてくれました。今回の楽器に関しましては,「接着がヘタクソ」という作者の特性もございますが,お飾り類については,ふだんはちょっとやそっとのことでは外れないのにちゃんとした手順を踏めばスグにはずれてくれる,というのが理想です。この楽器はちょっと何かいぢろうと思えば,必ずフレットやお飾りをはずさなきゃなりませんからね。

 板が乾いたところで,板の縁に4箇所ばかり小さな孔をあけておきます。

 この楽器では,側板に飾り板を貼り回している関係で,飾り板の厚みのぶん,表裏の板の縁が胴材本体からはみだしています。いつもの修理なら板を戻して多少ズレがあっても,板の端か胴材を少し削ればいいんですが,飾り板はちょー薄いので「削って調整」というわけにいきません。
 部材の収縮や修理工作の関係で,多少のズレが生じるのはしょうがありませんが,そうした場合の本体への被害を最小限におさえるため,いつもより正確に板を 「元の位置」 に戻してやる必要があるのです。
 この1ミリない小さな孔が,今回の修理の命綱,みたいなものですね。
 再接着の時,ここに細い竹クギを刺して板のガイドにするわけです。

 さあて,では裏板をひっぺがしましょう!!
 ----あそれ,ベリベリっとな。

 ((((ヽ( ゚Д゚)ノ)))オオオオオオオオ!!

 ----いや,呪ってませんよ。(w)

 出ました出ましたァ!!
 うぉ…表板がわ,鶴寿堂としては過去最高規模の書き込みですねえ。


 一部内桁に隠れて読みにくい部分もありますが…いくつかのブロックに分かれているようなので,順に読んでゆきましょうか。まずは上桁より上の部分,横1行,縦1行,これは----

 燕花林/表板

 「燕花林」というのが,この楽器の銘かと。
 「燕花」は帝から賜与されるごほうびのお花のことですが,22号の銘「花裏六」が雅な魔よけの下げもの「訶梨勒(かりろく)」の音通だったことを考えると,この「燕花林」にも何かそういうもう一捻りが施されてるかもですね。

 つぎに楽器中央,いちばん墨痕鮮やかに書かれている部分。
 これがメインかな?

  胡床倦坐(起)凭/欄人正忙(時)我/正閑却是(閑)中/有忙處看(書)纔/了又看山

 ( )のところは部分的に桁に隠れちゃってる字ですが,出てるぶんでだいたい分かる感じ,これは楊万里の「静坐池亭」ですね。

  胡床倦坐起凭欄
  人正忙時我正閑
  却是閑中有忙處
  看書纔了又看山
  胡床に倦み坐起して欄に凭る
  人正に忙時なるに我正に閑たり
  却って是れ閑中に忙有るの處
  看書纔く了して又た山を看る

 板右端一部側板に隠れてる2行は,同じこの絶句の最後のあたり,「有忙處看書纔了又看山」のようです。
 同じ文を2回も…書き損じか練習かしらん。

 漢詩の左に,作者名と年記が見えます。

  明治二十五年十月/名古屋市上園町/鶴屋治兵衛製造

 「明治25年」は1892年ですね。
 うちで扱った月琴5号が26もしくは27年,22号が32年。最初の記事でも書いたよう,蓮頭や半月のデザインも一致してるし,やはり月琴5号に近い楽器のようです。

 つづいて左端の2行----ううむ,これはどこにひっかかるのか。

 文化丁卯季冬 南畝覃題于鴬(上)
 之遷喬楼

 「文化丁卯」は文化4(1807)年です。
 「遷喬楼」は「南畝覃」ことお江戸の大趣味人・太田南畝=蜀山人の晩年の住居ですね,金剛寺坂の上にあったそうで。その下一帯を「鶯谷」と言ってたそうです,え?上野じゃありませんよ,小石川です。
 金剛寺坂の下には誰だったか,文豪の実家があったかと……


 あと,下桁の下,漢詩の部分の下にもなにやらこちゃこちゃ書かれてるんですが,墨も薄いし,どうやら途中で切れちゃってるようで,読めない部分も多い。読めたぶんだけ並べると----

  〓〓/〓〓〓/董堂

  复与行楮/正堪寶/寶堂況

  別 出一(機)軸馬/謂 龍跳神

 ----って感じになります。たぶんここらが,左端の「南畝覃題」に関係してるんじゃないかな。そう考えると「董堂」は中井董堂,「宝堂」は文宝亭文宝でしょうか?

  裏板のほうは1行書「燕花林 裏板」ですね。「花裏六」のもそうですが,ウラオモテ両方に銘を書くのがこの人の流儀みたいですね。
 5号には銘らしいものが入っておらず,お店の名前と住所だけでしたし,バラバラ鶴寿堂なんて板の指示だけでしたので,これはぜんぶの楽器に入れてるわけじゃなく,飾り板のついてるようなちょっと上等品にやったんでしょう。

 そのほかの内部構造について----

 響き線は2本,中央部に長めのが1本,下部に短いのが1本。
 方向を違えて取付けられています。
 線の材は柔らかな真鍮,胴に直挿しで,基部に煤竹の竹釘を打ってとめてあります。

 側板本体の材質はカヤ。
 飾り板で隠れちゃうとこなのに,けっこう厚めで良質な板が使われています。
 右上と左下,対角線にある接合部が破断して,スキマが見えます……いや,違うな,これたぶん最初っからついてなかったんじゃないかな。
 これと逆の対角線上の2箇所はぴったりくっついており,カミソリの刃が入らないどころか接ぎ目が見えないくらいになってます。何度も書いてるとおり,この作家さんは基本「接着がヘタクソ」なので,こちらのほうはおそらくは飾り板によってうまく締め付けられた結果でしょう。

 側板と裏板との接着面にも鶴寿堂の「接着がヘタクソ」な証拠が,過分なく残っております。
 左右側板接着面の表面に残るこのムラムラ模様……空気に触れて劣化したニカワなんですが,これはここが最初から密着していなかったことを表しています。塗ったニカワが板との間のスキマで水分を失い,バブル状に乾燥していった痕なんですね。
 ハガすときにも気づいてましたがこのあたり,板の縁のほう,ほんの数ミリがへっついてくれてたおかげでカタチを保っていたようです。

 そして,「接着がヘタクソ」という作者の特技に加え,さらにここがこうなった原因が,この内桁です!
 内桁の材はヒノキ,四角い音孔を左右に切って,胴材の溝にハメこんであります。下桁は表板にほぼちゃんとくっついてますが,上桁はもう接着がアレでアレで……ちょっとひっぱったら抜けそうですね。

 さらに測ってみますと,どちらも左右端はほぼ30ミリですが,上桁は中央部が32ミリ,下桁はなんと35ミリにもなっています。つまり中央部を太くして表裏板を内がわから持ち上げ,浅いアーチトップ・ラウンドバックにしてるんですね。
 この加工自体はほかの作家さんの楽器でも見るので,そんなに珍しくはないのですが----おい,鶴寿堂さんよ,分かってんのか。アンタ接着がクソだろう!?
 裏表合わせて2ミリくらいならともかく,5ミリって…そりゃ。
 ミノホドをわけまえなさい。(怒)

 というあたりで内部の観察もほぼ終わり,フィールドノートに記録します----いや,書き込みが多くてけっこうタイヘンでしたよ。

 側板や裏板に残る 「お役に立てなかった」可哀想なニカワ(たっぷり)を濡らしてこそぎ,キレイいしておきます。ニカワが活きてるともっとベトベトした感じになるんですが,もう劣化し果てて砂のようにザリザリですわ。

 次の作業は飾り板の剥離です。
 なるべく飾り板だけを湿らせたいので,脱脂綿を胴側の幅に切ってお湯をふくませ,それを貼りつけたあとラップで覆います。

 この状態で下手にどこかに置くと,お湯が垂れてエラいことになるんでこう----ギタースタンドにひっかけ,下にボウルを置きます。

 さてさて,毎回エラく苦労するんだよなあ,この作業。(^_^;)

(つづく)


月琴63/64号(1)

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斗酒庵春にさかる の巻2020.3~ 月琴63号/64号 (1)

STEP1 どこの家庭にもある日常の光景

 いつものこと,と言えばいつものことなのですが……(^_^;)

 ぼたんちゃんと鶴寿堂4の修理を引き受けたとたんに,清琴斎62号が舞いこんでできたかと思ったら----まさに「楽器が楽器を呼んで」おりますねえ。
 63・64号が,連続して到着いたしました。


 63号は比較的状態の良い楽器です。

 全体に少し白っぽくはなっちゃってましたが,汚れも少なく。糸巻も4本全残,なくなってる部品はフレットが5枚。
 あとは5・6フレット間のお飾りが一部欠けちゃってるくらいでしょうか。

 故障としては,天の側板の右肩のあたりが接合部からはずれて,ちょっと浮いちゃってますねえ。
 あと,そこも含めて天地の側板に表裏板のハガレが発生しております。

 それとこれは「故障」ではないんですが,胴のほぼ中央,バチ皮のすぐ上のあたりに,木目に由来すると思われるけっこう深いエグレがあります。使用上の支障はないものとは思われますが,目立つ場所なんで,ちょっと気にはなります。

 半月には糸孔の擦れ防止に大き目の骨材の円盤が埋め込まれており,やや小さめのサイズとあいまって,シンプルながらなかなか小洒落た姿になっております。

 工房到着時にはほぼ完全な姿でしたが,触ってたら蓮頭がとれちゃいましたね。蓮頭の下になっている糸倉の先端部分も接着がトンでおり,ちょっと触ったら間木もポロリとはずれてきちゃいました。

 蓮頭を留めてたニカワが白くポロポロになってましたから,放置されていたのはけっこう乾燥していた場所だと思いますよ。蔵とか納屋の,天井に近いあたりかな?

 最後に,ネオクの画像で見た時点では,作者まで確定はできなかったのですが。工房到着後に裏板に残ったラベルの残骸を精査いたしました。

 ほおぅううう……ほんと「残骸」ですねえ。

 部分的わずかに印刷が残ってるようですが,肉眼では外枠の一部ぐらいしか判別できません。

 ともあれ,楽器の作りとラベルのカタチだけで,ある程度の作者はしぼれます。
 庵主の知ってる中で,このカタチの楽器を作り,このカタチのラベルを使っているのは,日本橋本石町の唐木屋こと林才平と,上野黒門町の栗本桂三郎の二人です。

 それぞれのラベルの画像はありますので,ラベルをデジカメで撮り,ちょー拡大してこれらと重ねあわせた結果,

 63号のラベルにうっすらと残っていた文字の断片が,まず唐木屋のラベル左端の「唐」の字と「屋」の屋根の部分,

 そして左下の「林」の下半分と一致しました。
 すげぇ…カガクのシンポ,すげぇよ。(www)

 元のラベルの刻印は「諸楽器/販売舗大/日本東都/本石街林/唐木屋」----いまちょうど帰ってきてる「ぼたんちゃん」と同じメーカーの楽器ですね。
 ぼたんちゃんが呼びこんだのかしらん?

 糸倉や胴側に,オリジナルの染めが色濃く残ってますね。
 棹背は手の擦れで落ちちゃってますが,もとは全体,スオウとオハグロあたりで紫がかった褐色に染められてたものかと。
 そのほかにも使用痕はあり,ちゃんと楽器として使われてたようですが,かなり大切に弾かれていたものでしょう。
 いまのとこ,落としたり踏んづけたり振り回して誰かを殴ったような痕は見つかってません。(w)

 さて,例によって一見状態のいい「キレイな楽器」は,その身に毒を抱えておるものですが----この子はどうでしょう?



 さて,最後に来た一面。

 正直な話,62・63号は何気なく入札してたら偶然落ちちゃったのですが,この楽器だけはちょっと落しにいきました。

 長い棹,薄く大きめな胴体,そして前向きの菊の花のニラミに下縁部の角ばった半月----神田錦町もしくは南神保町,石田楽器店主,石田義雄こと初代不識の月琴ですね。

 この人は渓派の流祖である鏑木渓菴の弟子でもあるので,「清楽月琴」ってのをちゃんと分かって作っている人です。そのためもあり,彼の作る楽器の規格は,鏑木渓菴自作の楽器に最も近く,棹が長くて,第4フレットが棹の上に位置しています。

 庵主が最初に手にした清楽月琴の作者さんでもあり,楽器としてのポテンシャルも高いのでお気に入りなのですよ,ハイ。

 ともあれ,64号・石田不識(初代)----重症ですねえ。

 いや壊れてるのも壊れてるんですが…それ以上に前修理(?)者のシワザがなかなかにスゴいです。

 まず目につくのがこの塗り。

 棹といわず糸倉と言わず塗りたくられてますが…なんでしょうねえ。
 なんでこんなにムラムラなんでしょう?
 いや,いくらシロウトさんでも,塗るならいっそ,もうちょいキレイに塗ってくれてもイイものじゃないかと。

 胴側にもべっとり。
 表裏板の木口木端口も塗りこめられちゃってます。

 左画像は27号についてたオリジナルの完品。
 同じようなデザインの蓮頭を付ける人は他にも何人かいるんですが,真ん中に丸い花芯みたいな模様のあるのが,このタイプの月琴での不識の定番です。
 ここも塗料べっとりながら,カタチはだいたい残ってますね……とんがってる前縁部分が欠けちゃったようです。


 胴表右がわに大きな割れ,上下貫通して少し開いちゃってます。
 裏板には中央付近に割れが上下から2本,こちらはどちらも中央部辺りまで走ってますね。

 そのほか,表裏板の縁にカケや打痕多数,右と地の側板にヒビ,地の側板中央にはけっこう大きなカケもあります。

 さて……この天地の側板は,表裏板からほぼ剥離しているんですが,なぜかはずれて落っこちてません。
 さらに上の地の側板のカケた部分。
 真ん中がなにやらウロンな縦ミゾになっちゃってますよね?

 これはもしや………と,板の縁を指でなぞると----あった。

 …クギ,ですね。

 目視で7本,うち1本は竹か木の釘のようです。

 裏板のほうも……うん,何本か打たれてるようです。
 あらためて調べてみたら,蓮頭もクギ2本でとめられてました。

 いやはや……なかなかにワイルド。(顔は笑ってるが表情は笑っていない)

 太清堂クギ子さん以来のクギまみれ楽器…ですか。

 …とりあえず呪っておきましょう。

 あ,これから一生,お尻から紫色のケムリがぷぅぷぅ出続けますからね。


(つづく)


月琴62号清琴斎(2)

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斗酒庵春にさかる の巻2020.3~ 月琴62号 (2)

STEP2 黒の戦士-胎動編-

 さて,ひさしぶりの自腹月琴62号。
  こちらも調査開始ですぞ。

 前回も書いたとおり全身真っ黒に汚れており,蓮頭,糸巻全損ですが,胴体は比較的健全な状態のようです。

 てっぺんから見ていきましょうかね。

 蓮頭はありません。
 糸倉も真っ黒な状態ですが比較的健全。蓮頭を取付ける部分とちょうど真ん中のあたりのオモテがわに,少しネズミに齧られた痕があるくらいですね。
 棹上は山口のみが残っており,フレットは全損。
 黄色っぽい木に薄い指板を貼りつけてあるようですが,指板表面も真っ黒でなにが残ってるやら分からん状態です。

 延長材の接合部が片側割れており,裏板がわが開く状態になってます。

 ううむ…さすがにこんだけ真っ黒だと,見たいとこもよく見えズ。
 調査が進みませんので,先に棹だけ,軽く洗っときましょう。



 ………おおおおおおおお,山口さん。

 アンタ,実は白かったんだね!!

 てっきり黒っぽい唐木製品だと,思い込んでましたヨ。(w)
 胴のほうはまだ真っ黒なままですが,棹のほうが黒さ厚盛りでしたからね----これでようやくフィールドノートに色々書き込めます。

 糸倉の先端,背側のほうから左右側面にかけて薄いヒビが入ってるのを見つけました。
 どうやら補修済のようでハガレもグラつきもしません。

 あと細かいですがいちばん上の糸巻の小さいほうの孔に開けそこなったかした下孔の痕が残っちゃってるのと,一番下の糸巻の大きいほうの孔がやや端に寄りすぎかな?強度としてはギリギリなところかと。

 ふぅむ………

 初回にも書いたとおり,清琴斎の月琴は数打ちの量産品が多く,楽器としてはレベルがそんなに高くはありません。しかし,加工に近代的なというか西洋的な動力工具のようなものを使っているらしく,部品の工作精度がやたらと高いのが特徴----のはずなんですが。

 この棹,なんか微妙にヘンですねえ。

 ひとつには,先にヒビが入ってるのを見つけた糸倉の先端。
 ここがやたらと分厚い。
 ふだんの清琴斎のだと1センチあるかないかくらいですね。
 しかもこれ,よく見ると間木がない----弦池(糸の入る部分)が完全な彫りぬきになってるじゃないですか!

 量産品の楽器でこの部分の加工は,左画像の楽器みたいに,二股フォークのように間をざっくりと切りぬき,最後にてっぺんの開いてるところに木片をつめこんでふさぐのがよく見る方法。
 この楽器の棹のように,弦池全体を彫りぬいてゆくやりかたは,いちばん単純そうに見えますが,意外と職人技が必要なうえ時間も手間もかかり,経済性が悪い。
 二股フォーク法だと,途中までは手ノコ一本で一気に済ませられますからね。そのくらいまでは近所の奥さんアルバイトでもOK,最後に根元のところで真ん中を打ち落とすのだけ職人さんがやる----ってとこかなあ。電動糸鋸みたいな動力工具があるなら,それだけで全部済ませることもできなくはないです。

 ふたつに……ずいぶん仕上げが粗いなあ,これ。

 糸倉左右のバランスが悪く,先端に向かってちょっとねじれてるみたいになっちゃってますし,表がわの仕上げはガタガタ。
 糸倉背がわのいちばん盛り上がってる中心のあたりが少し平らになってるし,輪郭のカーブも見ての通り上下ともにかなりヘロヘロです。
 そのうえ,単純に表面処理が足りなく,全体に少しザラザラした感触。
 滑らかさがもっとも肝要な,棹横とか棹背の部分にも,指先に触るくらいのエグレやヘコミが残っちゃってますね。


 もしかしてこれ……棹だけ後補なんじゃないのかな?



 ここまでにも書いたとおり,清琴斎の楽器は当時としては高度な加工機材をもって,けっこうな工作精度で作られています。ゆえに素材が比較的安価な木材でも,各部材の精度が高く,組立てがしっかりしているので堅牢で長もちなわけですね。
 量産のため,各部品分業制で作ってた可能性も高く,棹と胴体の加工が違っていても不思議はないのですが,いままで扱った楽器でも,このレベルの棹が組み合わされていた例はありませんでした。ううむ,どうしてくれよう----

 とりあえずさらに棹の観察を続けます。
 材質はたぶんサクラですね。
 清琴斎だとホオが定番ですが,それよりはいくらか上等。

 後で作った棹だとすると,山口と指板はオリジナルから剥がしたのを使ったんじゃないかな。指板の材質と形状は,いままでの清琴斎でも見たものと同じですね。
 ただし,カタチはあちこち歪んでガタガタ,慣れてない感あふれる工作ではあるものの,シロウトの仕業ではなさそうです。

 三味線屋さんあたりか?

 なんかあまり扱ったことのない楽器の棹をお客にむりやり作らされ,壊れたオリジナルを横に置いて,見ながら作ってる様子が目に浮かびますね。
 仕事が粗いのは,そのうえかなり急かされてたんじゃないかな。

 うううう…想像したらなにやら可哀想になってきたぞ(w)

 とりあえず今はそんなとこで。
 オリジナルでないと分かったのなら,それはそれでいろいろと方法があります。
 材質はそんなに悪くないし,本人も自分が慣れてないのを分かってるのか,全体にかなり余裕を持った作りにもなっていますしね。

 さて観察を続けましょ。

 胴オモテ左肩の接合部がハガれて,側板に小食い違い,さらにその接合部のところから表板に裂け割レが入ってます。
 あとは同じく胴オモテ,半月の左,バチ布痕の左端あたりにやや大きなヒビ。ここも三四本が断続的に続く裂け割れになっています。

 この2箇所のほか,胴体に損傷・故障はいまのところ見つかりません。

 よくある表裏板のハガレもほとんどありませんし,内桁もしっかりと固定されています。何度も書いてるように,高い工作精度のたまものですね。
 オリジナルの棹はどうにかしてなくなっちゃったようですが。
 胴体のほうは,作られて百数十年たち,これだけ真っ黒になる劣悪な状況だったにもかかわらず,損傷・故障が小さな割れ2箇所………ある意味,驚異的な堅牢さです。(w)

 お飾りは左右のニラミが菊。
 5・6フレット間には扇飾りじゃなく四角い飾りが付いています。
 庵主は獣頭唐草,と名付けてますが,たぶん龍ですねこれ。

 胴体中央には凍石製の円飾り,こちらはよく見る鳳凰の意匠。
 いづれのお飾りにも損傷はありません。

 バチ皮・バチ布はなく,糊付け痕だけが残ってます。
 その糊痕の凸凹に,うっすらと布の模様がうつってますねえ。
 色は分かりませんが,細かな花唐草の布だったようです。

 半月は曲面タイプで模様が彫られています。
 ここも真っ黒ですが,糸孔に擦れ防止の骨材が埋め込まれているのが分かります。
 模様からオリジナルだと思われますが,よく見る清琴斎の楽器ではあまりない工作ですので,普及品より少し上のタイプだったのかもしれませんね。

 棹口の表板がわの角が少し潰れてエグレたみたいになっちゃってますね。
 これがたぶん,オリジナルの棹の壊れた時についたキズでしょう。

 内部はさほど汚れておらず。棹口からの観察や触診でも,上下内桁や響き線にさしたる異常は発見できませんでしたので,今回,胴はとりあえず開かずにおくこととします。

 観察結果をいつものようにフィールドノートにまとめました。下画像クリックで別窓拡大されまあす。

 んでは修理に向け,まずははずせるものをはずしちゃいましょか----と,その前に。

 半月とバチ布痕の横にヒビが走ってるわけですが。
 そのすぐ横,バチ布左端の中央あたりに,何か小さいながら黒くてかたくて丸いモノが……クギが1本打ってありました(^_^;)

 とりやいず,これは周囲をホジって引っこ抜いておきましょう。

 作業前に見つかってあわてて再検査したんですが,クギはこれ1本だったようですね。
 打たれてた場所は下桁の上----おそらくは表板のヒビ割れによる板の浮きを防止しようとしたんでしょうね。ちなみに板はほとんど浮いてません。さすがに堅牢。(w)

 お飾りやフレットの周縁にお湯を刷き,濡らした脱脂綿をかぶせてニカワをゆるめます。

 せっかく損傷の少ない胴なのですから,濡らし過ぎると余計なところにまでヘンな影響が出かねませんので,なるべく短時間で終わらせたいところです。しかし片方のニラミと真ん中の凍石飾りがなかなか頑固で----最終的に円飾りがバラバラになっちゃいましたが,なんとか無事剥離に成功。

 ああ,このくらいならほぼ元通りにできますんでぜんせん大丈夫ですよ。
 もともと,楽器としての操作性や音にあまり関係のない部品ですので,なによりそちら優先です。



(つづく)


鶴寿堂4(2)

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斗酒庵春にさかる の巻2020.3~ 鶴寿堂4 (2)

STEP2 昼間助けていただいたツルですと言ってコアラが来た

 鶴寿堂という作家さんは,木の仕事がうまく,造形のセンスも良い。
 曲線・曲面はなめらかで美しく,直線はキリリとまっすぐ,手に触れるところはすべて滑らかに表面処理が施され,飾りの細工・意匠は繊細にして流麗。そのどれをとっても一流の仕事と言えます。
 しかしながら,ただ一点----

 接着がヘタ。

----なことがまさに玉に瑕。

 初期のころにはニカワでなく「そくい」(米から作る接着剤)が使われたりもしていましたが,あれはこの人がもともと三味線屋さんだったせいもありましょうか。三味線では皮を胴体に接着するのに使われますからね。
 いえ,木部の接着剤として「そくい」を使うのがいけないというわけではありません。たとえば日本刀の鞘なんかはこれで組み立てます。現代の強力瞬間接着剤のご先祖様でもありますので,その接着力と耐久性はお墨付きです。

 ニカワより,虫にも狙われにくいですしね。

 この人の場合,たんに 「木と木を接着する」という行為がヘタクソなのです。原因のほとんどは接着剤のつけすぎ。毎回修理のたびに「これでもか」ってくらい盛られた接着剤を掻き出すのがタイヘンです。(^_^;)


 このブログでしょっちゅう言ってるように,木の場合,接着剤の量は必要最小限,よーく表面を整え,じゅうぶんに湿らせ,滲ませ,そして軽い圧。これで接着された場合が最強なのです。
 うまく接着された木と木の間にはスキマも見えないことがあります。接着剤の滲みこんだ層と層がぴったりとくっついていて,これを分離するのにはたいへんな労力が必要となります。接着剤を盛りすぎると,木と木の間に「接着剤の層」ができます。接着剤の層はそれ自体ではさしたる強度も持ちませんので,軽く衝撃がかかれば割れてしまいますし,空気に触れているところから劣化して長保ちもしません。いくら「これでもか」と厚盛りしたところで,何の役にもたたないんですよ。

 今回の鶴寿堂も,楽器を構成している板や各部材は新品同様の状態ですが,それを楽器のカタチに保つための接着剤が,あちこちで劣化し,ハガれております。
 もうこりゃ,ガワはキレイなものですが,あんがいバラバラ寸前なのかもしれませんな。


 こうした未使用に近い楽器というものは,古物として見るぶんにはたいへん美しいものなのですが,修理するがわとしてはけっこう厄介なシロモノなのですね。
 楽器というのは音を出すための「道具」ですんで,研いでは使う刃物のように,本来いろいろとメンテナンスしながら使ってゆくものです。使い込まれた楽器なら,そのメンテを繰り返すうち,弱いところは補修されて強くなり,強すぎるところは矯められて,ほどよいバランスとなるポイントが出来ており。ちょいと長いこと使われてない時期があっても,そこに近づけてやれさえすればいいんですが。
 未使用の楽器では,ただ置物様に放置された結果,ふつうなら壊れないようなところが壊れちゃってたり,ふつうなら歪まないようなところに歪みが出ちゃってたりしてることが珍しくありません。おかげで,かえって使える「道具」の状態にもどすのが難しかったりするものです。

 さて----楽器の観察にもどりましょう。

 糸巻が一本欠損しています。
 長さ110,太さも最大で24くらいしかなく,月琴の糸巻としては細くて短めですね。六角形になった握りの各面に二本づつ溝が刻まれています。1本溝,3本溝がよくあるパターンで,2本溝はあんがい珍しいほうです。

 ほか部品の欠損は棹上の第1フレットのみ。
 山口は唐木製で,糸溝もちゃんと切られています。
 第2フレットの上下に,透明な接着剤がハミてますねえ…ここは最近の補修かも。

 棹は健全,割れ欠けは見当たりません。
 蓮頭は飾りのない無地の板,たぶん紫檀とか黒檀とかの類でしょう。

 指板としてカリンの薄板が貼られていますが,これの工作が少し変わっており,左右の端が棹の幅より若干広めになっています。
 握ってみると指先に感じるていどですが,左右がわずかに棹本体からハミでてるわけですね。
 さて,これはいったい何のための工作なのか?
 いまのところは不明。

 棹の基部の表がわに漢数字で「二」。
 いまのところ製作年は不明ですが,22号が「第六号」だったのが,いままでだといちばん小さい数字だったかな?

 延長材を含めた基部の長さは130ミリ,ちょっと短めですね。延長材には棹本体と同じカヤ材が継がれています。

 同じ材で継ぐんなら,いっそ上から下まで一木で作っちゃえばいいじゃん----とシロウト目には思ってしまうんですが。この楽器の場合,ここを一木で作っちゃうと,材料は高くつくわ工作はレベル上るわ,出来た後での調整やメンテが難しくなるわで,作るがわにも使うがわにも意外とメリットが少ないんですね。
 唐木製の古渡りものなんかでも,棹の延長材には安い針葉樹材が使われてます。庵主の知る中で一木にこだわってるのは田島勝(真斎)と石田義雄(初代不識)くらいかな。ほかの作家さんは,よほどの特注品か高級タイプでもないかぎり,だいたい延長材を継ぐ構造にしてます。

 うむぅ…(汗)
 その棹なかごのオモテがわ先端,がっつりエグってますね。ウラにはでっかいスペーサー…ねえ,これならそれこそ一度延長材をはずして,取付角度調整しなおしたほうが早かったんじゃないの?----とは思いますが,これはこれで努力の痕が見取れて可哀想なんで言えない(w)

 飾りは左右のニラミが鳳凰----つか「鸞(らん)」ですね。

 大陸のパターンだと,一匹は「笛」,一匹は「笙」を吹いてることになっており,ものすごーく単純化されたデザインになっちゃってますが,月琴のお飾りでもたまにそれらしきモノをそれぞれ銜えてることがあります。(といっても前者は横棒,後者は90度曲がった棒ていどwww)

 今回のお飾りにその類の別はなし。
 一見唐木っぽいですが,たぶんホオかカツラの染め木ですね。右のニラミが少し浮いてるのと,スオウが褪せて左右で色味が若干違っちゃってますね。

 扇飾りは雲ですか。
 土台が「月琴」左右のニラミが「鳳凰」で,板上を天上の世界になぞらえているのでしょう。
 この端々のちょっととんがったデザインは,この人のオリジナルですね。かなり繊細な彫りで,見た感じ,左右ニラミと違ってここはマジ唐木製かもしれません。

 半月は無地のカヤ材。
 棹と違って木目のある板を使ってます。蓮頭とここが無地材なあたりは,かつて扱った5号鶴寿堂と同じですね。シンプルですが,どちらにもけっこう良い材料を使ってるので,これはこれでセンスは良い。

 胴左肩に裏板のハガレ,地の側板に表裏両方のハガレ。

 側板の飾り板の浮きが数箇所あり,そのうち何箇所かには,過去に修復しようとした痕跡が見られます。

 ただまあ,浮いた板のスキマから接着剤を流し込んで,上からむりくり押さえつけた,って感じかな。当然そんなやっつけ作業に効果はなく,板はまたハガれ,単に表面をベコベコにしやがったていどで終わってますね。

 さてあとは中身ですが----

 まずは棹孔から覗きましょう。
 飾り板の合わせ目は棹孔のところになってます。ここはふつう棹基部に隠されててキレイなんですが,ちょっと何やらゴベゴベしてますし,小さいですが板に欠けも出来てますね。
 どうやらここも,飾り板のハガれを補修したことがあったようです。

 さて中もキレイですね。四角い棹なかごの受け孔,左右に四角く細長い音孔が見えます。
 音孔から金色の響き線もちらちら見えてますね。この楽器の響き線も真鍮のようです。

 そして表裏板ウラの状態ですが…………んんんッ,これは!?



(つづく)


ぼたんちゃん再々/鶴寿堂4/月琴62号 (1)

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斗酒庵春にさかる の巻2020.3~ ぼたんちゃん再々/鶴寿堂4/月琴62号 (1)

STEP1 ひさしぶりにきた!!

 ひさしぶりの依頼修理,そして自出し月琴です。

 まず最初に到着したのは依頼修理の楽器。
 半月がはずれたぼたんちゃんといっしょでした。

 ぼたんちゃんの作者はお江戸日本橋の老舗・唐木屋
 うちで扱った自出し月琴18号と同じメーカー,ほぼ同じ意匠の楽器で,2014年にはじめて修理し,一昨年には棹が根元からボッキリ逝っちゃう大怪我からも回復。

 運の強い子ですね。

 さいしょの修理時,半月にはネズミの食害による欠損があったものの,取付そのものには異常がなかったためそのままに。前回の修理時にもここには手をつけませんでしたが,さすがにいつしか劣化してたみたいですね。

 月琴はだいたいにおいて糸張りっぱなしで大丈夫な楽器ですが,そのテールピースはフレットや山口同様,表面板にニカワでへっつけてあるだけですので,たまさかこうやってふッとんじゃうことがあります。

 そのせいか,古物ではこの部品がなくなってる楽器もよく見かけますね。

 月琴という楽器は弦も短く,そのテンションも弦楽器としては低いほうです。
 ですので,たとえば異常に強いテンションで弦を張ってみた,とか,知らないで中国月琴の金属弦ギターのナイロン弦みたいなのを思いっきり張っちゃった,というように,ムリクリ強い力でひっぺがされたケースでなく,通常の状態でトンだ場合は,下地の板に損傷がなければニカワつけて貼り直せばいいだけです。

 基本的にはフレットポロリの大物程度の故障なので,元の位置に貼り直せば良いだけではありますが,いちおう計測もしておきましょう。棹から糸を引いて,中心線と左右のバランスを確認…………

 …………ズレてますね,右に約3ミリ。(^_^;)

 山口の糸溝の切りかたなどで修正可能な許容範囲ではありますが,せっかくなので正確な位置に付けなおしておきましょう。
 流行期の量産楽器にはままあることです気にしない気にしない。(怒)

 なんども確認しながらマスキングテープなどで印をつけ,接着中にズレないように数箇所当て木を噛ませてからクランプかけて圧着します。

 バチ布もいちどハガし,裏打ちをし直しました。
 今回は柿渋も染ませてあるので,使ってゆくうちにいい感じに色変わってゆくと思いますよ。

 あとは前回の大手術の後,一年ちょっとたってますから,補修部分の木が縮んだんでしょうねえ----棹の取付けが少し甘くなってました
 棹基部にスペーサを噛ましてキッチリスルピタに。この影響で3~4フレットに少しビビりが出ましたので,再度調整して修理完了です。

 何度か書いてますが,こういう「死線をくぐりぬけた」楽器は良く鳴ります。

 まあ修理者としましてはもちろん,どの楽器も事故なくブジに使われ続けてほしい,とは願うのですが。(w)
 ぼたんちゃんも前に比べると,音の胴体が少し太くなったというか,音がはっきりくっきりしてきた感じがしますね。

 これからも大事に弾いてやってください。



 さてもう一面。
 今回はこちらがメインですか。

 事前にどんな楽器だか,誰が作者だかは知らされてなかったんですが。
 箱から出してこの棹を見ただけで,庵主には作者が分かっちゃいました。

 鶴の頸のように美しいカーブを描く棹。

 名古屋の「鶴屋」林治兵衛,

 「鶴寿堂」の楽器ですね。


 胴体を出して裏返すと----ほらね。

 「鶴寿堂」のラベルがばっちり貼られてました。

 ああ,そういやこのオーナーさんの楽器,ぼたんちゃんもこれも,どっちも「林さん」の楽器だ。(w)
 唐木屋の旦那も「林才平」って名前でしたね。

 江戸時代から名古屋は芸事が盛んで,木材の流通・集積地が比較的近いこともあって,京都・大阪・東京に次いで腕のいい楽器屋がけっこう育っておりました。この鶴屋の月琴は,姿も良いし性能もけっこうなものなので人気だったのか,名古屋の作家さんの中では一番よく見かける楽器ですね。

 今回の楽器も,いい保存状態です。

 糸巻が1本なくなってますが,表裏の板も白く,ラベルも欠けなく残ってて,ほぼ「新品同様」といって良い状態です。
 関西方面の楽器でよく使われるカヤを主材に,カリンを側板に貼り回してます。特徴的な棹背のカーブは言わずもがな,薄い糸倉も指板左右の微妙なラインも美しい。

 鶴寿堂はこういう木の仕事が素晴らしいんですが………アレさえなけりゃなあ。(w)

 古物としてはじつにキレイな状態ではあるのですが……
 庵主の危惧するこの作者特有の「アレ」の片鱗が,楽器のあちこちにすでに見て取れます。ココとか……ココとか。



 と,ひさびさに出会った鶴寿堂に見惚れているうち,もう一面の月琴がとどきました。

 こちらはわたしが自腹で買いこんだいわゆる「自出し月琴」。
 62面めなので「62号」となります。

 うわあぁあ……きちゃない。(^_^;)

 棹といい胴体といい,真っ黒ですわあ。

 作者は清琴斎二記・山田縫三郎
 「二記」というのは「二代目」という意味ですね。初代は頼母木源七という人で,縫三郎はその弟子となり,蔵前片町にあった楽器工房をそのまま引き継いだようです。
 二人とも清楽器のみならず,鈴木政吉が台頭してくる以前からヴァイオリンなどの洋楽器も手掛けていたようで,日本における初期の国産ヴァイオリン製作者の一人としても名が挙がっています。ちょっと前に修理した明笛50号の作者・吉田源吉なんかもヴァイオリンを作っており,縫三郎とともに博覧会に出品してましたね。
 ただしヴァイオリン作家としてのウデマエはまあたいしたものじゃなかったようで,博覧会の寸評でも「ガワだけじゃ,音はぜんぜんダメ。」みたいなこと書かれてます。(w)
 しかし蔵前片町の楽器店は,この山田縫三郎の代で成長を続け,清楽器が廃れてから後も,尺八やお箏,吹風琴といった新楽器も含め和洋限らず手広く扱うちょっとした大店になっていたようです。また同じ苗字の関係でしょうか,山田流のお箏の組合の関係者だったみたいで,以前偶然行った葛飾区のお寺さんにあった山田検校の碑に名前を見つけ,びっくらこいたことがあります。三味線の石村近江の顕彰碑だかにも出てたかもせん。一時は東京の楽器商組合の理事みたいなとこまでのぼりつめてたみたいですね。

 これもまた偶然ですが,今回の依頼修理の楽器の作者,鶴寿堂・林治兵衛と清琴斎・山田縫三郎のプロフィールについては,以前----

 月琴の製作者について(3)

という記事でもいっしょに取り上げてますので,興味があるかたはそちらもどうぞ。

 さて,楽器に戻ります。

 はじめに書いたとおり全身真っ黒ですねえ。

 糸巻全損,棹頭についてる蓮頭もなくなってますが,胴体は比較的健全。一箇所接合部に割レ,板2箇所にヒビ割れは見えるものの,板のハガレはなく,構造は今もなおしっかりとしています。

 ラベルに第5回内国勧業博覧会(明36=1903)のメダルが見えるので,それ以降の製造ってことですね。
 過去に扱った楽器では,23年の第3回勧業博覧会のメダルだけのラベルも確認されています。そこからすると清琴斎山田の月琴・後期型----ってとこかな(w)

 ヴァイオリンなども手掛けていたせいか,山田縫三郎の楽器では,その加工にボール盤やジグソーのような近代的な動力工具が使われていたらしく,同じような楽器でも,ほかの作家の同等品に比べると,抜群に工作の精度が高いんですね。
 まあ基本数打ちの量産品なので,楽器としては中の上を越えることはめったにありませんが,工作が良く,部品同士がしっかりと噛合っているため,堅牢で壊れにくく,今もなおけっこうな数が残っております。

 さて,新品同様の鶴寿堂と,真っ黒くろな清琴斎。

 キレイな楽器ときちゃない楽器がいっしょに来た場合,修理で苦労するのはどちらの楽器か?

 いままでの経験から,庵主は知ってます。

 キレイなバラにはトゲがある。

 今回もたぶん----真っ黒くろな清琴斎より,新品同様の鶴寿堂のほうが,タイヘンなんだろうなあ。(^_^;)


(つづく)


明笛について(26) 明笛49号/50号(4)

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斗酒庵 平和の世に天民の明笛を鳴らす の巻明笛について(26) 明笛49号/50号(4)

STEP5 明笛49号

 明笛49号の修理は,まず細かくヒビが入り,塗膜の浮いている響き孔周辺の剥落止めから。

 ゆるめに溶いたニカワを小筆で刷いては,布で軽く押して吸い取ります。 管頭のお飾りの接合部周辺以外に竹自体にヒビは入ってませんし,この周辺以外の塗膜は比較的無傷ですので,このあたりのヒビ割れはおそらく,もともとの漆塗装の下地処理か,塗装作業自体に問題があったのだと思います。

 一晩おいて,触ったらプラプラしててハガレそうになってたあたりが,いちおうへっついてるのを確認----ものが笛ですからね,ツバもかかれば息でも湿る,手汗もつくしヨダレも垂れます----道具としての使用を考えるなら,このニカワによる処置は,あくまでも次の作業のための一時的な応急処置です。

 修理作業中にボロボロ逝かれたらたまらんですからね。


 次の作業のための準備をしましょう。
 まずは薄い和紙を小さく丸めたものを用意します。
 お腹の赤丸薬くらいの大きさかな。

 これにニカワをふくませ,反射壁の欠けたところ(上右画像参照)に押し込みます。
 今回の虫食いはこの欠けたところから,90度曲がって横方向へも少し広がってますので,濡らした紙玉をさらに小さくちぎっては,ピンセットや曲げたハリガネで,少しづつ,なるべく深く,奥のほうまできっちり詰め込んでゆきました。

 穴から紙玉が顔を出すようになったら,筆で少量の水をふくませ,管尻から挿しこんだ棒のあたまで表面を軽く叩いて潰す。そしてまたハリガネでつついて押し込み…これを何度かくりかえしました。

 うむ,場所が場所だけに手先の感覚だけでやったみたいなところもあったんですが----なんとか埋まったようですな。

 充填箇所がかっちり乾いたところで,管内を塗装。

 赤と透を半分くらいづつ混ぜ,元の色に合わせてます。
 先に,修理した反射壁と唄口の周辺だけ何度かこってり塗りこめておき,後の部分は保護塗りていどにあっさりと塗りあげました。

 管頭飾りとの継ぎ目あたりに,何本か割れ目が出来てます。唄口にかかってないあたりなので,楽器としての使用上は問題ありませんが,使ってるうちに開いてきちゃったりしたら嫌ですからね----ここも埋めこんでおきましょう。
 修理で出た黒檀の粉を茶こしでふるい,微細な粉をエポキで練って充填します。


 あとは最初に表面の剥落止めをした部分ですが,漆塗りを塗りで補修するのは難しいですので,エタノで緩めたエポキをヒビに沿って流し,固定します。塗膜がめくれちゃってる部分なんかは,アートナイフなどでこそいで落し,パズルよろしく元の場所にハメこみました。
 とりあえず響孔周辺が,竹紙を貼ったりハガしたりしても大丈夫なくらいになってればよかろうもん。

 唄口や指孔など,この笛の各孔には金で縁どりが施されていました。各孔の壁を塗装し直すついでに,この孔の縁もちょちょいと補彩しておきましょう。

 まあ「金彩」っていってももちろん,本物の黄金の粉末が使われているわけでもありません。色合いから言って元のも,いろんなのの混じった工芸用の偽金粉ですね。
 このあたりは使用でかすれて消えちゃうでしょうから,軽く百均の金粉マニキュアを使いましょう。
 もちろん,直接塗ったりはしませんよ。
 まずは,クリアフォルダの切れ端などにマニキュアを塗り,乾かします。次に保護塗りちゅう孔の縁に押し当てますと,軽くハミ出た生乾き状態の塗料にへっついていい感じでプリントされました。
 保護塗りの塗料が固まったところでクリアを軽く上塗りして完成とします。前にも書いたと思いますが,この笛の金彩はもともと,庵主のやったのと同じように,塗料で絵を描いて上から粉ふっただけの 「なんちゃって蒔絵」 なので,強く擦るとほとんど消えちゃうようなシロモノです。上塗りして砥ぎだしたものだと,ちょっとやそっとじゃ消えないんですけどねえ。(^_^;)

 あとは管内の塗装が乾くのを待って,磨いたら完成です!



STEP6 明笛50号

 ヒビ割れの処理の終わった50号。

 しばらく放置して,ヒビが再発したり新しくバッキリ逝ったりしないか様子を見ます。

 中性洗剤でザブザブしましたし,ヒビの修理であちこちコスりましたので,内外ともにパッサパサな感じですが。
 一週間ほどたってもバッキリ鳴ったりパックリ逝ったり(w)しません。

 …………だいじょうぶのようですね。

 内部にハミ出たエポキを削るのといっしょに,管内の塗装もあらかた削ってハガしてしまいました。
 もともと塗ってあった塗料は,明治~大正期の量産品明笛でよく使われていた正体不明のやつで,水ではビクともしないのに,エタノールを流すとベトつきます----たぶんスピットニスみたいなアルコールで溶かして使う手の顔料だったんだと思います。

 酔っぱらって吹いたらエラいことになりそう(www)

 そういえば----前のほうの回で紹介しましたが,この笛の作者の吉田源吉さんはヴァイオリンの作家でもありました。
 今回の笛の管表の染め色は,ふつうの明笛よりやや赤みがありましたが,これってヴァイオリンの胴染めると同じ染料か塗料が使われてたのかもしれませんね。

 管の内外を塗ります。
 管内は赤に透を混ぜたものを唄口や指孔から筆で垂らし,細めの棒切れの先に使い切ったSHINEXの切れ端をくくりつけたもので均して,まんべんなく塗りこみます。
 管表はもともとの色合いを損ねないように,透とクリアを半々くらいにしたものをゆるめに溶いて二度ばかり拭き漆風に滲みこませ,下地を作ってから,ごく薄く表面を塗りあげました。これもそうでしたが----大正期以降の明笛は竹管表面の扱いが雑で,古い管にくらべるとちょっとガサガサした感じなのが多いのですが,補修箇所の保護もありますし,オリジナルより少し塗りを厚くしておきましょう。

 これでこちらも,後は塗料の乾くのを待つだけです!
 それぞれどんな音が出るのか----一週間後が楽しみですねえ。



(つづく)

明笛について(26) 明笛49号/50号(3)

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斗酒庵 平和の世に天民の明笛を鳴らす の巻明笛について(26) 明笛49号/50号(3)

STEP3 明笛49号あらため "封印されし邪黒龍の笛"


 黒い笛です…うん,黒いね。
 そしてだいぶかすれちゃってはいますが,管オモテには金銀で龍(ドラゴン)の線画……これはもう。

 明笛49号あらため----命名 "黒龍を封印せし闇の明笛"。

 この笛の "所有者(マスター)" となるためには,一定の条件を満たすことが必要である。まず最低限必要な装備として----

 1)黒革の指出し手袋(甲に銀糸でドーマンセーマンを刺繍,左手のみ)
 2)同材・眼帯(中心に朱で,梵字もしくはルーン文字が描かれているもの)
 3)編み上げブーツ
 4)古代文字の書かれた布テープ(あらかじめ笛に巻きつけておく)

 ……ほか,マントなどあるとなおよろしい。

 そして左足に体重を寄せるようにしながらやや斜めに立ち,その内部から噴き出さんとする強大な闇の力を押さえつけるかのように笛を握りしめ,開いた右手の指を額に翳すようにしながら以下の台詞をつぶやき,吹くのである。

 ふっ………永劫の時を経て還って来たか我が半身よ。
     いまこそあの忌々しき古代の神々による封印を破り,
  すべてを渾沌へと帰するため,
    その闇の力のすべてを現世に解き放たん!!

 「ぽーーーーーーー。」

 さあ出でよ!

 封印の黒龍よ!
   汝とこの世界の支配者たる我が命ず!
 煉獄にたちのぼる漆黒の炎にて,
   すべてのもの焼き尽くせ!!

 「ぴーーーーーーー。」

 ----とか,いうことをやりたいと思うのですが。
 誰か手袋と眼帯,持ってませんか?


 49号,調査の続きです。

 前回も述べたよう,現状,吹けばいちおう音は出る状態ではありますが,古物の楽器はかならずどっかしら壊れているものです。
 この笛で中二病的なこともしたいので,まずはしっかりと直してまいりましょう。

 外見的には唄口や指孔,響孔周辺を中心とした塗膜の劣化と剥離が若干ある程度ですがさて内部は……と管尻のほうからのぞきこみましたら。

 うわわわわわ…

 管頭の詰め物----反射壁になってるところが一部分,ぞろっとなくなっちゃってるみたいですねえ。
 到着時に露切り通して掃除したんですが,さしてゴミも出ませんでしたから,この崩れたぶんはおそらく,前の持ち主か古物屋さんに掃除されちゃってたんでしょう。唄口のほうからだといまいち見えないんで気づかなかったんですが,こりゃタイヘン。

 明笛の反射壁は,管頭から和紙や新聞紙の丸めたのをつっこんで固めたものが一般的ですが,ハリガネなどを用いて触診してみますと,この紙の詰め物の部分は3~5ミリほどしか厚みがないようで,そこから先には何か硬いものが詰まっています。
 管頭のほうからつついてみても,詰め物のずっと手前で行き止まりになっていますので,おそらくは下図のような構造になっているのではないかと考えられます。

 最初のほうでも述べたようにこの笛の管体はかなり細いので,お飾りを固定するのにじゅうぶんなホゾを作れなかったのでしょう。そこで管内に細い棒を挿して笛本体とお飾りを接合しているのだと思われます。
 明笛の詰め物は,和笛などのように蜜蝋で一時的に固定したものではなく,ニカワなどで固定し唄口がわは管内ごといっしょに塗り固めてあるのが一般的です。
 紙のカタマリを固めるためや固定のためにニカワを使うので,そこを虫に狙われる可能性もないではないのですが,この楽器の場合,管頭がわは上に書いたようお飾りを固定するための棒でふさがれていますし,唄口がわはウルシでカッチリ固められちゃってますから,通常侵入ルートがなく,こんなふうにはならないはずなのですが……おそらくは,使用によって表面の塗膜が劣化し,部分的にハガれたところから侵入されたのでしょうねえ。

 とまれ,ここがこの楽器最大の要修理個所のようです。

 これもふくめ,要修理個所はこんなところでしょうか。(下図クリックで拡大)

 この楽器は頭尾の飾りがとりはずせない構造になってますので,反射壁の修理も唄口がわからするしかありません。また,全体に塗りが施されているため,内部の保護塗りやヒビの補修などの作業も,オリジナルの塗りをなるべく損なわないようにやらなければならないでしょう----ちょっとタイヘンそうです。


STEP4 明笛50号,ランポー怒りの大修理

 50号は修理に入ります。

 まずは洗おう,ジャブジャブジャブ。
 ぬるま湯に中性洗剤で管の内外を……真っ黒ですわあ。
 洗い終わっても乾かさず,濡らした脱脂綿で包み,ラップをかけて2時間ほど放置します。

 ほおら…開いてきましたよぅ。
 前のヒトが連邦の白い悪魔(w)で「修理」したところがねぇ。

 割れ目周りに固まったのはShinexでこそぎ落とし,割れ目の内がわに入ってるぶんは,クリアフォルダの切れ端やアートナイフの刃を入れてほじくりだします。

 こうしてまず,前修理者の「修理」を「なかったこと」にするまでに,3時間くらいかかりました。

 割れ目の清掃が終わったところで,もう一度軽く全体を濡らしてから,パイプクランプを軽めにかけて矯正します。この時点でギッチギチにしめあげちゃうと,別のところが割れ始めたりしますんで。管の形がくずれないていど 「割れ目がせまくなってる」 あたりでよござんす。

 数日乾燥させてから,あらためて割れ目の継ぎに入ります。
 接着剤はエタノールで緩めたエポキ。

 パックリ逝っちゃってるところは,クリアフォルダなどを切ったものをつっこんで両岸まんべんなく,薄物も入らないようなせまいところには,最初にエタノを流し,そこに接着剤を小筆で垂らして何度も流し込み,ヒビの奥まで浸透させてゆきます。エポキだけだとそこに留まってしまいますが,最初にエタノールを流し込んでおくと,そのエタノールに引っ張られる形で接着剤が流れてゆきますので。
 そこそこの作業時間がかかるので,接着剤は硬化までの時間が長めのものをおススメいたします。
 また,今回のように上から下までバッキリ逝っちゃってる場合は,いちどきにやらず,数回に分けて作業するほうが確実です。

 今回は笛全体を4つか5つに分け,管尻のほうから3日かけて順繰り接着してゆきました。

 充填剤としてのエポキシは,作業後の「ひけ」が少ないのが特徴なのですが,ひび割れの修理では,溶剤をせまい箇所の奥まで浸透させるためにエタノールを使っておりますので,硬化後,エタノールが蒸発したぶん,どうしても「ひけ」が生じ,表面にうすーいミゾが残ってしまいます。
 明るいとこだと見える程度であり,内部はしっかりくっついてますから構造上さほど問題はないのですが。唄口周辺はいわずもがな,響孔の周縁だと竹紙を貼るのに影響が出ますし,指孔でもわずかな凸凹が原因で,演奏に何らかの支障が出ないとは言い切れません。
 ま,なにせ吹いてる本人には見えちゃいますしね。
 気にならないといえばウソになる(w)

 これを埋めるのに,も一度エポキを流すのですが。
 このとき,緩めたエポキをただミゾの上に流してもミゾは埋まってくれません。
 ミゾにあるていどの深さがある場合は,筆でふくませれば勝手に吸い込まれていってくれるのですが,ミゾが浅いとエタノを落としても,蒸発するさい混じってるエポキだけ外がわに散ってしまうんですね。

 これを防止するため,補修箇所にエポキを垂らした後,細く切ったクリアフォルダの切れ端をかぶせます。

 こうするとエポキ&エタノの溶剤は,表面張力かなんか知らん力(w)によって蓋のがわにひっぱられ,そのままそこで固まってくれます。
 指定の場所に軽く 「盛った」 感じになってくれるわけですね。

 一晩ほどおいて固まったところで整形します。

 管内にはみ出したぶんは,細棒にSHINEXをくくりつけたやつを管尻から挿しこんでこそぎとりました。

 さあて,これであとは内外を保護塗りしたら完成ですね。



(つづく)

明笛について(26) 明笛49号/50号(2)

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斗酒庵 平和の世に天民の明笛を鳴らす の巻明笛について(26) 明笛49号/50号(2)

STEP2 明笛50号

 49号に遅れることわずか1日。
 50号が到着いたしました。

 「HEIWA」 の明笛ですね。

 いままで見たことのあるラベルでは 「平和」 のところが英文字で 「HEIWA」 になっていました。
 漢字表記になってるのを見たのは,今回がハジメテです。

 どちらのラベルでも 「平和」 の字の上には,丸がいっぱい重なりながら横に並んでる真ん中に,平和の象徴である鳩。下には 「MANUFACTURED BY G.Y.」「TOKYO, JAPAN,」 と書かれています。さらに下には 「No.」「¥」とたぶん笛の番手とか号数,値段を書き込むと思われる白枠がありますが,この中に何か書かれてた例はいまのところ見たことがありませんねえ。
 比較的よく見かけるメーカーの笛なんですが,いままで製造元の身元は分かりませんでした。
 今回,笛の実物が手に入ったので,一丁調べてみることといたします!

 ラベルに書かれているとおりなら,「MANUFACTURED BY G.Y.」 ということは作者のイニシャルは G.Y.「TOKYO, JAPAN,」 ということは東京の作家さん,ということですね----この条件で拙「楽器商リスト」を調べてみると,大14年発行の『職業別電話名簿』(東京之部)に 「笛製作業 浅,北元,4 吉田源吉」 というヒトが見つかりました。

 GENKICHI YOSHIDA----頭文字は G.Y.ですね。で,東京の浅草で,笛屋と。

 …うむ,いちおう条件はぴったりですね。
 ただ頭文字 G.Y. で笛屋,というだけなら他にもいるかもせんので,確証を得るためこのヒトについてさらに探ってゆくと,電話帳では 「笛製作業」 となっていましたがこの方,初期の国産ヴァイオリン製作者の一人でもあるということが判明しました。同じ浅草の山田楽器・山田縫三郎も,月琴や明笛のほかヴァイオリンなんかも作ってましたからね。この頃の楽器屋ではよくあったことなのかしらん。

 そしてさらにさらに探っていったところ,いま話に出てきた 「山田縫三郎」 とこの吉田源吉さん,二人そろって明治11(1922)年に開催された 「平和記念東京博覧会」 に,その 「ヴァイオリン」 を出品していることが判明!!----っと…「平和記念」?

 「平和」 …ですかい?

 もしやと思い,もいちどラベルに立ち戻ってみます。

 過去に見た,別バージョンのラベルの画像をちょー拡大したところ,鳩の後ろに 「平和博覧会 大正十一年」 と書いてあるじゃああーりませんか!!
 鳩のバックの丸いのは,どうやら博覧会のメダルだったようです。

 博覧会のメダルを商品のラベルの意匠として使うのは,このころ楽器のみならず日用品や食品でもよくあったこと。石田義雄や田島勝も楽器の背に貼りつけてましたね。
 お祭りみたいなものとはいえ,もちろん何の係累もないのに博覧会を引き合いに出すわけにもいかないでしょうから,少なくとも,この笛の作者は 「平和記念東京博覧会」に楽器を出品して,何らかのメダルをもらい,その記念に,作ってた笛を「平和」と名付けたのでは,ということになりましょう。
 平和記念博覧会の受賞者とその詳細については,一覧が Web公開されていないのでまだハッキリと分からないのですが,さっきも書いたよう,審査記録などからかの 「吉田源吉」さん が,明笛はともかく「ヴァイオリン」を出品していたことはほぼ間違いありません。

 後に「吉田源吉」さん作のヴァイオリンのラベルの画像を見つけたので見てみると,そこにはなんと,明笛のラベルにあるのとほぼ同じデザインの,鳩と重なった丸の絵が………明笛のラベルではかなり省略されてたようですが鳩の左右に並ぶこの丸いもの,もともとは一枚一枚,作者が出品した色んな博覧会や共進会のメダルの図像だったようですね。

 以上の事から,明笛「HEIWA」の作者「G.Y.」は「吉田源吉」でまあ間違いない,とは思われますが,さて----まだいくつか決定的な証拠が足りませんので,とりあえずは推測,としておきましょう。

 ちなみに…ではありますが,平和記念東京博覧会の審査員サマは吉田源吉氏のヴァイオリンについては, 「 f 孔デカすぎ!音粗ぇ!」 との評価を下しております。
 山田縫三郎の楽器なんか 「外面がキレイなだけじゃ」 とバッサリですのでまあ,それよりは…って感じですが。(www)
 まだ当時は国産でのヴァイオリン製造の初期も初期段階なれども,鈴木政吉のヴァイオリン以外はほぼボロクソでございました。


 大正時代のドレミ明笛です。

 「平和記念博覧会」の開催が大正11(1922)年ですから,作られたのはもちろんそれより後ということになりますね。
 月琴をはじめとする明清楽の楽器の多くは,日清戦争(1894)以降明治の終わりくらいにはもうほとんど作られなくなっていたんですが,「明笛」だけはずっと生き残り,大正・昭和,そして現在もなお細々とながらも製造され続けているんです。

 明治時代の明笛ですと,頭尾には骨や象牙あるいは黒檀紫檀などの唐木で作られたラッパ状の飾りが付いてますが,このころになるとこういう木製のちゃッちい挽物のほうが多くなってきます----材質が一般的な木を使ってるのはともかく,もう唐木っぽく染めたりもしてませんし分解できるような機構もありません。このお飾りで黒や白に塗られてるところには,ほんらい骨や牛の角などを加工したリングがはまってたりもしたものですが,もうコレ,旋盤でちョちょイと削って近代的な塗料でべったら塗りですわあ。

 これは明笛というものが,明清楽の楽器から子供などのための教育玩具的楽器となっていったせいもありましょうね。
 6孔,全閉鎖がドで,基本的には端から指を開けていけば西洋音階になるという演奏の単純さと,日本の笛とはちょっと違った音質,そして値段の安さというあたりが売りだったみたいです。子供むけの安価な楽器,ということで価格競争みたいなものもあったようで,大手のものほど形も作りもどんどん単純化されていきました。いままで扱った中だと…19号 なんかがそうした類ですね。

 現在売られているものと比べると,今回の楽器のはそれでもまだ清楽時代の明笛のお飾りの形をそのままかなり踏襲してる感じではありますね。

 続いてその他の部分を見てゆきましょう----

 ははははは。

 いちおう継いでありますが----派手に割れてますねえ,そして誰ぞが 「修理」 してますねえ。

 しかも木工ボンド使いやがったな,ケツ割るぞコラ。(笑っているが目がマジ)
 唄口上下から最下の管尾飾りの前まで,すべての孔間がバッキリ逝っちゃってるみたいですね。

 このほか裏孔ところにも一箇所。
 あちこちに糸か何かで巻き締めていた痕跡があります。
 かなり容赦なく締め上げたようで,ちょっと横縞の傷になっちゃってるとこもありますね。
 古い補修の痕なのか,ボンドで接着するときの固定痕なのかはちょいと不明。おそらくは後者でしょう。

 損傷状況をまとめるとこんな感じ----

 ううむ……「平和」の明笛,戦線はけっこうな激闘となるもよう。




(つづく)