月琴52号 (終)

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斗酒庵 50面越えたとたんに の巻2017.3~ 月琴52号 (3)

STEP3 DSの彼方に

 こちらの楽器も,もともと欠損部品は少ないので,虫食い探しとその穴埋めさえ終わってしまえば,ほとんど修理完了というところ。
 51号と違い棹の調整作業も,多少左右方向にガタつきがあったのを直したくらいで,さほどのこともありませんでした。

 棹調整が終わったところで,表板を軽く清掃。べつだん汚れているとかいうわけではないのですが,お飾りをはずすときに湿らせたので,その作業痕がちょっとシミになっていますので。
 こうして板を濡らすと,ふつうはバチ痕とかが浮かび上がってくるものなのですが,この楽器。いくら目をこらしてみても,キズ一つ見えてきません----いや,ほんとにほとんど未使用の状態なんですね。

 さあて,ひさしぶりに糸巻を削りましょう。
 まあ,同時修理の51号でも補作のを1本,去年の暮れにも2~3本削ってますが。1セット4本まるまるってのはずいぶん久しぶりです。ひょっとすると去年の春先にやった47号以来じゃないかな。

 例によって¥100均のめん棒を削ります。51号みたいな高級楽器だとツゲや黒檀などが使われますが,このクラスの楽器だと,胴や棹と同じホオやカツラといった柔らかい雑木が使われることが多いため,壊れやすくて残ってない場合も多いのですね。

 補作の糸巻は,材料こそ¥100均のめん棒ですが,これにはブナやカシなどの硬い木が使われていますから,高級楽器の唐木ほどではないにせよ,オリジナルで付いてたものよりは丈夫で長持ちしてくれるはずです。

 まずはめん棒の四面を斜めに落として,先端が1センチ角の四角錘に近い状態に----これが「素体」になります。国産月琴も唐物も長さはだいたい11~12センチほどですので,庵主はいつも修理のため,四面切りをした12センチのものを何本かストックしてあります。
 しかしながら,現在使っている¥100均めん棒の長さは33センチ。12センチにしちゃうと2本しかとれません。そこで今回は11センチにして1つの棒から3本。もう1つから残りの1本と51号に使った補作の糸巻を切り出しました。

 この画像なら木目が分かりやすいですかね。
 月琴の糸巻は,こういう木目で削って,この木目に対し垂直方向になるよう糸孔を穿ちます。画像だとこの上下のとんがってるところのライン上に孔をあけるわけですね。

 同じ作者の43号の例から見て,この楽器についてた糸巻も長さは11.5センチだったと思われます。5ミリ短くなっちゃいますが,まあさほど操作性は変わりませんし,新しく作るぶんは,楽器の軸孔に合わせてきっかり調整されるので,数打ち規格品のオリジナルよりは使いやすくなってるかもしれません。


 普及品の楽器で多い六角一溝の形に削ったら,#400まで磨き上げ,染めに入ります。
 スオウを3~4回かけて,ミョウバンで赤く発色。いちど完全に乾燥させてから,黒ベンガラとオハグロ液で黒染めにします。ベンガラを薄くかけてからのほうが,下地の赤が褪せず色味が深くなってイイみたいですね。
 今回は特に,オハグロの具合もよく,黒染めがバッチリ決まってます!

 山口には牛骨で作ったものをくっつけました。
 これも51号と同じ時期に作り置いてあったものです。

 フレットは胴上の5枚が残,棹上の3枚が欠損です。
 糸を張り,補作のフレットを牛骨で作って並べてみましたら,50号,51号に続いてこの楽器もまた半月での弦高が高すぎ,オリジナルフレットの背丈が低すぎ(w)まして。またまたまた半月にゲタを噛ませることとなりました。

 以前作ったツゲのフレットの端材が,ちょうど良いカタチと厚さでしたので,これをちょちょいと削って半月に接着。これにより半月のところで9ミリだった弦高が,7.5ミリに----だいたい1ミリ半下がったわけですね。

 これにより胴上のオリジナルフレットが,そのままで使える高さになってくれました。
 オリジナル位置にフレットを立てた時の音階は,以下のとおり----

開放
4C4D+104E+14F+354G+234B+275C#-445D+475F+45
4G4A+44B-95C+365D+195E+125G+305A+256C+33

 うむ……ちょっと全体にオーバー気味ですね。清楽音階にしては第3音(第2フレットの音)の数値が高め(ふつうはE/B-20 程度)ですが,全体を均すと,やっぱりここだけ15%ほど低めになりますので,それほどハズれている,とも言えないかと。

 計測の終わったところで,補作のフレットはヤシャブシで軽く染め,西洋音階に並べ直します。

 この楽器でも,当初,胴体のきわに貼られていた第4フレットが,西洋音階に合わせたところ,棹の上に移動してしまいましたが,こちらはもともとかなりオーバー気味でしたので,接合部にひっかかることなく,ぴったり指板のきわのところにおさまってくれました。やれ良かった(w)

 頭の丸いフレットは,ギターのバーフレットとかに比べれば厚みがあるので,正確な音階を出すのには向きませんが,ちょっと触れても,がっちり握り込んでもふつうにちゃんと音が出るので,演奏のポジションや運指のクセなんかをあんまり考えなくて済みます。

 正確な音階をよりクリヤに出したければ,糸との接触面の狭い,先のとんがった三角形のフレットが有利ですが,そのぶん,力の入れ具合が難しくなったり,スウィート・スポットをはずすと音が屁こいたみたいにスカったりと,糸の押さえに独特のコツと感覚が必要になってきます。まあ,慣れちゃえばそれぞれの好き好き(w)ですが。

 あとは,染め直してさっと油拭きしておいたお飾りを戻し,バチ布を貼るだけ。
 おそらくもともとはヘビ皮がへっつけてあったと思いますが,かなり最初のほうの段階でハガれてしまったのか,日焼け痕や糊の痕跡もほとんど見当たりません。まあ,そのおかげで,この部分によくある虫食いもなかったのですね。

 真っ赤なスオウ染めがほぼオリジナルのまま残ってはいますが,全体として眺めるとやはりどちらかといえば地味めな印象があるので,今回,バチ布はちょっとハデ目なものを貼ってみました。

 2017年4月4日。
 ほぼデットストック状態だった月琴52号。
 デッドな状態から復活!!

 うむ……油拭きしたぶん色が濃くなってますが,糸巻が付いたほかは,修理前とあんまり変わりがないですね。(w)

 この楽器がほぼ未使用状態であろうことは,そのキレイさと,器体に使用痕がないことから簡単に分かります。ちょっと前にも書きましたが,楽器というものは使用する人間とともに成長してゆくものなので,ふつうこうした状態から再生された楽器は,どこかまだ「こなれてない」音しか出ないことが多いのですが………

 この楽器,けっこうこなれた音が出てますね。

 この楽器の作者さんは,特筆すべき腕前や技術は持っていませんし,独創的な工夫や加工を加えているわけでもありません。ただ,普及品の楽器でも手を抜かず,あたりまえのことをあたりまえに,きっちりとやり貫いており。おそらく,けっこうな数作ったのでしょう。どこをどうすれば,どのくらいの音になるのかが,かなりしっかり分かってるみたいです。
 状態が良かったのもあって,ほとんど改変箇所がなかったぶん,木の状態が「リセットされた」ような部分が少なかったのかも。そのため原作者の工作がほぼそのまま,時間の流れによる変化だけを受け継いで,今の状態になっているのかもしれませんね。
 人が誰も弾いてくれなかった代わりに,時間が弾いていてくれた,と言えるのかもしれません。

 低音の響きや余韻の深さに関しては,唐木をふんだんに使った51号あたりには到底かないませんが。  音ヌケが良く,明るい響きは前に飛び,周囲へもけっこう広がってゆきます。音量はそこそこ。音ヌケの良いぶん,実際よりかなり響いてる感じもしますね。
 余韻は素直な減衰音。直線の響き線のつむぎだすまっすぐなうなりが,時折音のメインに重なって,軽やかな鳥の合唱みたいに聞こえる時があります。

 関東風の細長い棹を持った楽器で,重さも50号と同じくらいですが,器体のバランスはこちらのほうが若干よいようですね。棹と胴体のバランスを,きちんと踏まえたうえで組上げられてる感じがあります。
 バランスの良い楽器は弾きやすい。
 フレットの調整もばっちりしてますから,運指上の支障もまずもってございません。
 51号と違って,操作上のクセはない楽器です----音色的には「クセ」が出来るほど弾きこなされていない,とも言えましょうか。
 初心者から上級者まで,要求されるところの奏法から演奏まで,あるていどソツなくこなすことができましょう。あとはあなたの「クセ」を,この楽器の音色にのせることが出来るかどうか。

 ----そのあたりはあなたの努力次第,と言ったところでしょうか?

(おわり)


月琴51号 (終)

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斗酒庵 50面越えたとたんに の巻2017.3~ 月琴51号 (3)

STEP3 きょうもあしたもタワシのコロッケ

 さて,棹の調整もいちおう終わり。
 作んなきゃならない欠損部品もそんなにないので,あとは糸張ってフレット立てれば本体完成----

 そうは問屋がおろさないのが人生と,松のはしごと楽器の修理。

 糸を張ってみましたら,楽器の中心線に対し棹の中心線がわずかに右に傾いていることが分かりました。
 このままだと,低音弦のコースが糸2本ぶんばかり左寄りになって,低音域でフレットの端かなりギリのところになります----これもおそらくは原作者がこの楽器に熟知していないところからきた調整の甘さでしょう。
 まあ,このままでも弾けますし,最初から分かってさえいれば演奏上の支障はさしてありませんが。せっかくの良い材料と思いここまで仕上げてきた楽器です,手間惜しみはしますまい。

 棹孔を削って,楽器の中心線と棹の中心線を合わせます。
 なんかこの工作,最近よくやってる気がする。(w)


 材料が硬い唐木なので作業はそれなりに大変ですが,そのぶん精密な調整工作はしやすいですね。
 1ミリ程度,左がわに寄せたところでほぼ合致。棹の左右のテーバーが,もともとわずかに非対称ぎみなところもありますので,目測より,定規で測ってあちこちに貼りつけた目印を目安に細かな摺合せをしてゆきます。

 最後に,左に寄せたぶんのスペーサを黒檀の端材から切り出して接着。棹がスルピタでおさまるようにさらに調整。
 このくらいならちょうど棹の接合部に隠れて見えませんね。
 これでだいたい左右のコースがほぼバランスよく,山口から半月まで流れてゆく感じになりました。

 楽器に残ってたオリジナルのフレットは,胴上のものが5本。
 国産月琴の高音域フレットとしてはやや背が高めですが,半月での弦高も高いせいで,これでも弦との間隔が広くなってしまっています。半月の糸孔が縁に近すぎるのと,糸が出るところのへりをちょっと薄く削り新すぎたせいですね。
 ただ,この糸孔自体は糸替の時の便を考えて,上から下へまっすぐでなく,少し斜めにあけられてたりします----こういうあたりの工作は妙に丁寧なんで,やっぱり楽器の素人さんではないと思う。
 オリジナルのフレットの質や工作自体は良いものですし,これよりさらに高いフレットをぜんぶ象牙で作るとなると,それなりにコストもかさんじゃいますので,糸のほうを下げることとしましょう。

 50号に続いて半月にゲタを噛まします。
 材は象牙。
 これにて半月における弦高が2ミリほど下がり,糸とフレット頭の間隔もうまいぐあいに一定になりました。琵琶と違って,フレットに糸をぎゅうぎゅう押しこむような楽器じゃありませんからね。指頭で触れれば音が出る,くらいが理想なんです。

 オリジナルの弦高でオリジナルの位置にフレットを配した時の音階は以下----

開放
4C4D+144E-384F+234G+164B-25C-25D-125F-2
4G4A+144B-395C+155D+175E-145G-95A-85C-6

 弦楽器の調律として基本の,オクターブの合わせはだいたい合ってるみたいですね。清楽器の音階としては第2フレットがふつうより10%ほど低めですが,1オクターブ上ではマイナス10代ですので,それほど違ってもいません。

 ゲタを噛まして弦高を下げると,音の響きと運指のうえでは良い効果があるのですが,フレット位置が若干変わってしまうことがあります。オリジナルの弦高のとき,胴体の縁に位置する第4フレットは西洋音階から10%ほど高いくらいで,これをぴったりにするのには,ほんの1ミリほど棹にかかるかかからないかくらい山口がわに移動してやれば良かった程度だったと思いますが,弦高を下げたために音の位置が変わってしまいました。
 このフレットはこの楽器の通常の調弦(間5度)の際に使われるところですので,位置合わせはかなり正確にやっとかなきゃなりません。それでいて胴と棹のちょうどきわのところにあるものですから,前回も書いたように,棹と胴体の接合部に段差とかがあると,きちんと貼りつけることができなくなっちゃうんですね。
 オリジナルでは胴体のきわ,0.5ミリほど手前。新しい位置は,フレット本体が棹上に3/4,胴体に1/4かかってる感じです。
 フレットの大部分が棹の上に移ってしまったので,端を少し削って指板の幅に合わせました。
 いやあ,棹の調整の時に,しつこく段差を消しといてホントに良かったですわ。(^_^;)

 足りなくなってたフレットは3枚。
 はじめ牛骨で作ってみたんですが,加工してるうちに3枚とも割レが入っちゃったので,けっきょく,材料箱にあった端材を総ざらいして見つけ出した象牙で,も一度3枚を作りあげました。同じ板材から,とかじゃないので品質はちょっとバラバラですが,こんどはいちおう象牙。(汗)

 山口は牛骨。
 こちらはだいぶ前に作ってあった作り置きを磨き直したもの。1年くらい前,44号とか45号をやってたあたりだったかなあ。ラックニスがいい感じに滲みて,それこそ象牙みたいな質感になってました。

 糸巻は1本補作。
 オリジナルはツゲ。こちらはいつものように材料は¥100均のめん棒ですが,今回はスオウとヤシャブシで黄染め。まだちょっと色に落ち着きがありませんが,1年くらいしたらもう少し目立たなくなるかと。

 最後にお飾りが2つ。
 ひとつめは蓮頭。
 残片もなく,作者は分からないし,作例的にぴったり同じような資料もないので,オリジナルがどんなだったか分かりませんが,似たような胴飾りのついた楽器の例から,50号に続いてボタンを彫ることにしました。
 うむ,2コめなのでいくぶんキャベツ感は薄れたかと。

 扇飾りはもともと痕跡すらなく,

 また,国産月琴ではこの飾りのすぐ下にある第6フレットがふつういちばん長いものなのですが,この楽器では一つ下の第7フレットがいちばん長くなっています。修理前までは古物屋あたりが貼りつけ間違えたのだろう,と思ってましたが,フレッティングの際ならべてみたら,長いフレットのほうが背が低く,順番は間違っていなかったことが確かめられました。
 ここからも,この楽器の第5・6フレット間に飾りがあったかどうか,多少怪しいところもないではないのですが,さすがにほかの月琴に見慣れた目には,せめてこれがついてないと,表板の景色が間の抜けてるような感じしちゃいますので,とりあえず何か作ってへっつけとくことにします。
 ちょっと凝って,ちょうちょが2匹と唐草。ボタンと合わせて「富貴連綿」ですね。

 バチ布には緑の牡丹唐草を。
 こういうお飾りの少ない,重厚な楽器には,ミドリ色の地味めな布が映えますね。

 ぜんぶそろったところで貼りつけて。
 2017年4月5日。
 唐木製の高級月琴51号,修理完了!

 音には文句がありません。
 重く硬い木をふんだんに使っているぶん,音ヌケはあまり良くありませんが。低音の響き,深く優しい余韻は,カツラやホオで作られた普及品の楽器では,まずそうそう出せるものではありません。

 ちょくちょく書いてるのですが,ではこういうのが 「月琴の音」 かというと,多少意地悪いことながら,庵主には疑問があります。たとえば,現代中国月琴でもいいですが,大陸からきた古渡りの月琴,あるいは庵主が源流と考えている西南少数民族の楽器の音は,もっと明るくて軽やかです。それこそギターとかウクレレに近いですね。

 国産月琴の作者の多くはこの楽器を,知識的にはちょっとアレな清楽家の喧伝する「唐渡りの風雅な楽器」みたいなイメージをもとに作っていました。 時代が進むにつれ,大陸の楽器の構造やその本来の音色から離れ,音もカタチも次第に「月琴」という字面と,そのコトバの響きからくるイメージを具現化するようになった楽器----ある意味その結果として,現実にあった(中国の)月琴と別物になった 中二病的産物 が,日本の「清楽月琴」という楽器だと,庵主は考えてます。

 もちろん,それが 「本来の音や構造」と違っている から,と言って。漆黒の闇より湧きいづる混淆の響き や,冷月の影に封印されし白銀の波導美しくない理由もなく----もう一度書きます。

 いやほんと,(楽器としての)音には文句がありません。
 文句なく,いい音の楽器ですよ。(w)

 外国文化をとりこんで クールジャパン に昇華する構造は,月琴流行のころからもうあったのだ! とも言えますねえ。
 ともあれ,こういう高級品は初心者向けではないので,できればすでになんにゃら一本持ってる方に弾いてもらい,音の違いを楽しんでもらいたいとこですね。

 半月にゲタを噛まして操作性をあげてありますんで,少なくとも低音域はほぼフェザータッチ状態。ただ,フレットはオリジナルに合わせ,ぜんぶ頭の平らなタイプにしてあるので,ふつうの頭の丸まってるタイプに慣れてると,最初のうちは若干指がひっかかる感じがあるかと思います。
 あと,このタイプのフレットは,糸を握り込むとビビリが出やすいです。そのあたりも考慮してフェザータッチに調整してあるんで,運指はなるべく軽やかに。

 そのほかはちょっと重いんで,立奏よりは椅子とかに座って,じっくり弾くほうをおススメします。

 ----というように月琴51号,間違いなく文句なく,とびきり高性能ではありますが,多少クセのある楽器です。この「クセ」は,何回も書いてるように,原作者が月琴という楽器を熟知していないまま作ったことによる,工作の差異から生じたモノですが,流行期の楽器にはよくあることですし,楽器として致命的な欠陥であるとか,「月琴」のレギュレーションから大きく外れた工作,というようなわけでもないので,基本,原作者の工作を尊重した(放置した? ww)部分ですね。
 カンタンに言うと,修理はした----あとは弾いて慣れろ! と。

 まあ,どうしてもガマンできなかったら,フレットの頭丸めるくらいの調整はふつうにやりますので,お気軽にご要求ください。

(おわり)


月琴52号 (2)

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斗酒庵 50面越えたとたんに の巻2017.3~ 月琴52号 (2)

STEP2 薄皮1枚下の生命たち

 52号,百年以上前の彩色や板の色がそのまま。
 見かけ的には,ほとんど未使用のデッドストック品と言って良い状態であります。
 欠損部品は糸巻が4本全損,棹上のフレット3枚。
 糸巻全損は労力的にちょっとキツいとこですが,まあいつもやってることですから,カクゴさえ決めちゃえば大したことではありません。(w)

 そのほかは,棹と表面板に,けっこう大きそうな虫食いが数箇所。

 今回の修理はここからですね。
 とりあえずはまず,表板上のお飾り類をとりはずしましょう。左のお飾りのすぐ下にもひとつ,大きな虫食い孔がありますから,もしかするとこの下にも広大な虫食いワールドが広がってるかもしれません----もしそうならイヤだなあ。(w)

 まずはこの虫食い穴を目安に,表板の皮一枚になってる箇所をケガキの先などを使って探しだし。ほじくりかえします。


 この二つの孔,中でつながってると思ってたんですが,虫食いのトンネルは2本ありました。
 それぞれ別の虫だったみたいですね。
 右はお飾りの下あたりから上桁のところまで,左の1本は矧ぎ目に沿ってかなり長く,側板のところですこし横にも広がっていましたが,どちらもほぼ直線でわりと幅の広い,大きな虫食いでした。またどちらもほとんどの部分で板を貫通してはおらず。溝の底は船底みたいなハーフパイプ状になっていました。

 桐板の破片と木粉粘土を埋め込んで充填。
 この後,清掃したりお飾りを貼り直したりもするので,後で軽くエポキを滲ませておきましょう。


 棹の虫食いは全部で3箇所。糸倉の付け根,山口が乗っていたあたりの左右と,棹左側面。

 このうち糸倉基部の虫孔は,左右が中でつながってるようです。侵入孔と脱出口だったかもしれません。
 やわらかいハリガネなどで触診してみますと,右の孔は入り口から二股に分かれ,片方は1センチくらいで止まっていますが,片方はそのまま指板の中心方向へ,左の孔は入り口からほぼまっすぐ,同じく指板中心方向へ向かっています。ここにこういう食害があるのはちょっと珍しいですが,おそらくは指板と棹本体の接着部か山口取付のためのニカワが狙われたものでしょう。
 虫孔としてはけっこう大きなほうですが,食害はほぼ平面的で,広がりもあまりありません。あまりひどかったら指板を剥がして処理しようかと思ってましたが,このまま埋め込んでしまっても,棹や糸倉の強度に影響はなさそうです。
 まずはユルめに練った木粉粘土を,注射器で充填。端材や割り箸を細く削ったもので,なるべく奥へ奥へと押し込みます。時間を置いて,生乾きになったところで,エタノで溶いたエポキを流し込み,仕上げに,薄くしなやかに削った端材を押しこめるだけ押しこみます。充填剤がハミ出てきますので,これをぬぐい,さらに押しこみながらの作業となりました。

 棹側面の虫食いも,けっこう大きなものではありましたが,深さはさほどでもなく,これのせいで棹がボッキリ逝ったりするほどではございません。 どちらもしっかり乾かして,硬化後に表面を軽く整形。


 指板表面のフレット痕にも浅い虫食いがありますので,これもついでに埋めておきましょう。

 この指板----だいたいの作家さんは紫檀黒檀かカリンあたりを使うものですが。これ,どうやらツゲみたいですね。
 ツゲという木は染まりが悪いので,この作業中にちょっと擦ったら,ぜんぜん滲みこんでないスオウの下から黄色い木地が現れてきました。
 硬木ですのでこういうところに使われてもおかしくはありませんが,月琴ではちょっと珍しい。


 補修箇所に,オリジナルと同じスオウで補彩を施すと,元の色の保存が良かっただけに,補修箇所はほとんど分からなくなりました。

 補彩が終わったところで,枯れたみたいにカサカサになってる木地に,保護のための亜麻仁油をつけたら----いやあ吸い込む吸い込む----
 とはいえ,いきなり油まみれのヌルヌルにするわけにもいきませんので,何日か置きながら布につけた油を少しづつ滲ませます。
 棹や胴と違って,表裏板の桐は油を忌む素材なので,これにはけっして付けないよう細心の注意を払いましょう。

 パサパサになった枯れ木が,材木としては使い物にならないのと同じで,木材は適度な水分を含んでいるときがもっとも強い。その水を木にとどめる役割をしているのが油分。本来,楽器はそうした水分や油分を使用する人間の身体から摂取していきます。楽器というものは,人の手が触れ身体が触れることによって,いろんなものを少しだけ吸収し,そのぶんいろんなものを与えてくれるモノなのです。
 だから,いつも言っているように楽器にとっては,弾くことがいちばんのメンテナンス,であるわけなのですね。
 宿主のいない寄生生物が生きていけないように,住む者のいなくなった家が朽ち果ててゆくように,使われなくなった楽器は壊れます。そうなって「壊れるべきところではないところ」から壊れた楽器は,ふつうに使用されて「壊れた」場合より修理が難しいものです。

 この楽器の場合,作られてからほとんど弾かれたことがない様子。
 これが楽器として再び立ち上がるためには,それなりの助走剤が必要です。この乾性油が乾ききるまでに,良質な油脂分の補給者……いえ,弾いてくれる宿主が現れてくれるといいんですがね。

 まあもちろん汗まみれのピザな身体で抱きしめるとか,ポテチつまんだばかりのギトギト手で弾く(うわあああぁ…)なんてのはもってのほかですが。(w)  みなさん,楽器に触れる前には,ちゃんと手を洗いましょうね。

(つづく)


月琴51号 (2)

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斗酒庵 50面越えたとたんに の巻2017.3~ 月琴51号 (2)

STEP2 もしかするとカラ鍋。


 さて,今回の3面のうち,50号をのぞいた2面につきましては。一見したところ,本体部分に深刻な損傷はなく,なくなってる部品をちょこっとこさえ,ちょこっとキレイにしてやればすぐにも直る----みたいな感じではありますが。
 庵主,こういう外面のヨロしい連中ほど,みずからの内がわにトンでもない悪魔を飼っておるものじゃ,ということをいままでのけーけんから思い知っておりまする。

 まずはとりあえず,胴体上の付着物をへっぺがしますです。フレットが5枚に,左右の装飾,あとはバチ皮。
 左のお飾りのシッポのあたりが割れてましたが,ほかにはさして問題もなく,濡らして10分ほどで素直にハガれてくれました。

 裏面には墨書があるので手出しできませんが,表板のほうはお飾りさえはずしちゃえば何もないので,ついでに全体を,さッと清掃しておきましょう。まあ,さほどのヨゴレもついてませんが,右のお飾りの周囲に少し水ムレの痕があります。このあたりも始末しておきましょう。

 濡らしたら,バチ皮の部分を中心に,左上から右下へ,かなりの数の細かなバチ痕が浮かび上がってきました。

 それなりに使い込まれた楽器だったようですね。
 流行期の末ごろに作られた楽器だと,三味線のバチ先で付けられた傷などがついてる場合があるのですが,それほど鋭くもなく深くもなく。細かで浅いところから見て,これは間違いなく,清楽用の短く薄い擬甲でつけられたものですね。

 乾いたところで,バチ皮の下についてた虫食いを充填補修。3箇所くらいありましたが,桐板が目の詰んだ上質なものであったおかげか,深くもなければ広がりもなく,ごく軽微なもので済んでました。
 場所がここでなければ,定石通り桐板を刻んで埋め込むところなんですが,このあとバチ布を貼る工程もあるんで,木粉パテで充填,エタノで溶いたエポキを滲ませて整形します。
 同じバチ皮部分の左に,皮の収縮によるヒビ割れも出来てましたので,こちらは木屑を埋め込んで補修。

 ここまでの作業時間,ほんの1~2時間程度。
 胴体部分に関しましては,このほかにやらなきゃならないようなことはほとんどありません-----さて,ですが。

 今回の修理,ここからがけっこうながくてながくて…(泣)
 さいしょのところで書いたとおり。
 外面のキレイな楽器ほど,内部に深刻な問題を抱えたりしております。
 この楽器最大のアクマは,棹の取付けにあります。

 この楽器の胴体と棹の基部の間には,0.5ミリほどの段差があり,さらに楽器の頭のほうから見ると左方向にねじれ,横から見たときは,楽器の前面方向へわずかにお辞儀したかたちになってしまっています。

 三味線でもギターでも,この手の弦楽器において,ネックの取付けや調整というのは,最も精度が必要とされかつ気を遣う部分であり,またそれぞれの楽器のことが 「ちゃんと分かって」 いなければ,そもそもマトモに作業の出来ない個所でもあります。胴体や棹の加工工作の精度から,この楽器の作者の木工の腕前はかなりのものだと考えられるのですが。この棹取付け周りの工作から見ると,おそらくはこの楽器----すなわち「月琴」というものについては,熟知していないようです。
 糸巻の損耗や胴表面の演奏痕から見て,これが飾り物ではなく,実際に楽器として使われていたことは間違いありませんが,音を出す道具,楽器としてじゅうぶんに成立してはいるものの,この棹取付けの雑な設定からすると,「月琴」という楽器としては,ある意味,かなりギリギリのモノであったと庵主は考えます。

 この修理報告でも何度か書いているとおり,月琴の棹は理想として背がわに少し傾いて取り付けられていなければなりません。また,4番めのフレットが棹と胴体接合部の上下いずれかに位置するため,接合部のあたりに段差があるというのは,音階を決定するフレットというものの性質上,調整の際にあまり有難くない状況を産むこととなります。
 前にお辞儀しているのと,接合部に段差があることについては,原作者の経験不足による問題ですが,棹の取付けにねじれが生じているほうは,フレットの加工などにそれに合わせるための調整加工等がなされた形跡がないので,製造後に生じた部材の変形によるものだと考えられます。

 いつものようにツキ板をスペーサとして貼りつける程度の調整では,こうした棹の取付けの問題を,根っこのところから解消することができません。ですので今回は棹本体からなかごの延長材をとりはずし,その接合部のところを削りなおして,ちゃんとした角度,ちゃんとした傾きで胴体にささるように調整する必要があります。
 棹に接合された延長材をはずすための方法は,接合部を湿らせて,接着剤のニカワをユルめる----という,ごく単純なもの,ではあるのですが。この部分,滅多なことではずれてしまっちゃあ困る箇所だけに,この楽器の中でもっとも頑丈へっつけられているところなのであります。
 さらに上に書いたよう,この楽器の作者は,月琴という楽器については熟知していないかもしれませんが,その木工工作の腕前はかなりスゴい。この接合部もまさに「カミソリの刃も入らない」くらいの精度で,そりゃもうガッチリバッチリはめ込まれちゃっております。

 お湯をふくませた脱脂綿を巻いてラップで包み,紐や輪ゴムで両端をしばって,時折ほどいては水分を補充----並の作家のものなら数時間,かなりの人のでも一晩かければ,まず無事にはずれるところ----三日濡らし続けても,接着部からニカワがニジみだしてはくるものの,取付け自体はまったくユルまず,グラともビクともしやしやがりません。(汗)
 棹本体は丈夫な唐木で出来ているとはいえ,あんまり長びくと,ほかの余計なところに悪い影響が出てしまいますので,三日目からは,わずかなスキマにクリアフォルダの切れ端を挿しこんで,ノコギリみたいに挽きこすり,そこから水分を染ませてゆく作戦を並行させ,ようやくとりはずすことができました。

 いやあここまで時間のかかったのは,いままでありませんでしたねえ。
 腕の良すぎるのも,ある意味考えもの,といったところ(w)。

 まずは棹本体の基部を削り直し,棹を楽器の背がわにわずかに倒します。山口(トップナット)のあたりで,胴体表面の水平面から3ミリ,といったくらいが理想ですね。

 オリジナルの状態では,指板面とこの胴に触れる面がカッチリ90度。曲尺の角当ててピッタリ,そりゃもう見事に加工されていました。緻密な加工が可能な唐木を使ってるとはいえ素晴らしい腕前ですが,この楽器としては残念ながら間違った設定です。
 つぎに延長材の接合部分を削り直し,棹が新しい角度で胴体にちゃんとささるよう調整します。

 この延長材は長く薄く,先端部分では5ミリほどしか厚みがありません。この楽器では表板の裏,棹孔と内桁との中間に板材が貼りつけられてますが,これはやはり,作者がこの薄い延長材だけで,唐木の重たい棹を支えられるのか心配になって入れた「支え板」だったんでしょうねえ。
 また,この延長材,はじめはこれによく使われるヒノキか何か,針葉樹材だと思ってたんですが,濡らしてみると針葉樹材のようなニオイがまったくしません。削ってみた感触も違います。かなり密で,比較的粘りのある広葉樹材のようですね。サクラにしてはやや白く,柔らかく。ソフトメイプルにちょっと似てますが…さて,正体はちょっと分かりませんね。


 棹のねじれは,このなかごの延長材のねじれによって生じたものと思われます。接合の時にねじれた形で接着してしまった,というようなことはよくあるのですが,今回の場合は接合部分の加工に問題はなく,ねじれは延長材の途中----計測したところから考えると,おそらくは例の補強材に触れているあたり-----からはじまっています。加工時にはまっすぐだったと思うのですがね。延長材自身の質と,糸の張力による変形であろうと考えられます。
 まだちゃんと枯れていない材だったのではないでしょうか。ほかの材に取り替えてしまってもいいのですが,問題があるとはいえオリジナルの部品。加工自体は素晴らしいですし,さすがに作られてから百年以上たってますので,もうこれ以上はそうそうねじれないと思われます。
 要はこれが,上桁の棹孔にまっすぐ入ってくれればいいわけですから。いつもよりはちょっと手間ですが,ツキ板を何枚か貼り重ねて削り,こんな感じ(図参照)の加工をしてみました。
 厚めの板を貼りつけて同じように削る,という方法もあったんですが,こちらのほうがより微妙な調整が出来ますので。

 ふぅうううう………まず,延長材をはずすのに三日以上。さらに棹の調整は,3Dで細かく考えていかなきゃならないのもあって,なんとこれだけで一週間近い時間がかかってしまいました。

 棹の調整は,もともとこの楽器の修理作業の中で,いちばん心身労力のかかる精密作業ではあるのですが,月琴という楽器に関する経験不足の面はあるものの,最高の材料と腕前で作られた楽器であるだけに,このヘッポコ修理者がこれを変に損ねるわけにもいきません。「原状復帰」が信条の修理者としては少し邪道にはずれるかもしれませんが,末席とはいえモノづくりの一人としては,最高の材料で作られた楽器だからこそ,その楽器としての最良の状態にして送り出してあげたいものですものね。

 しつこいほどに食い下がって行った調整作業の甲斐もあり,棹は山口のところで背がわに約3ミリ……ほぼ理想的な傾きとなり,棹基部と胴体表面板との段差も解消されました。

 じつに,いい感じになってきましたよ!

(つづく)


月琴50号フグ(4)

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斗酒庵 一年ぶりで50面を越える の巻2017.3~ 月琴50号 フグ (4)

STEP4 イルカではない,河豚である。

 この50号は----状態としましては真っ黒に汚れてたし,虫食いもけっこうありましたが。古物の楽器としては欠損部品が少ないほうです。  損傷していてもオリジナルの部品は大切なので,使えるものはなるべく補修して使うことにしましょう。

 まずは糸巻が1本だけ,けっこうヒドく虫に食われていました。
 糸巻が食われるってのはめずらしいですね。ふつうニカワとかはついてない部品ですから。さらにこの先端部分のみ食われており,ささっていた糸倉のほうに被害はありませんでした----味噌汁にでも落として,出汁滲みちゃったのかな?(w)
 ここは唐木の端材と,唐木の粉をエポキで練ったパテを埋め込んで補修。

 場所が場所だけにどうかな~という心配もあったんですが,けっこう丈夫に直りました。
 ああ,そうか…糸巻にはニカワなんか使いませんが,巻きついてるお糸には糊とかニカワ使われてますね。そして糸の芯は絹----動物性ですし。それが狙われたのかもしれません。
 にしてもまあ,はじめて見る故障でした。

 棹は重曹水でさッと拭って,乾いてから油拭きしたらかなりキレイになりました。
 清掃前にはほとんど判別できなかったんですが,指板にやっぱりうすーい唐木の板(厚さ1ミリないほど)が貼られてますね。木目から見てカリンを染めたものじゃないでしょうか。

 山口は国産ツゲ。
 松派のほかの作家さんの例から考えて,オリジナルはたぶん牛骨だったと思います。


 蓮頭はなくなっていたので,オリジナルがどんなだったのかは分かりませんが,松音斎や松琴斎の楽器で,胴飾りが鸞のものには,牡丹の花が蓮頭に付けられていることが多いようなので牡丹を……ううむ,まだいくぶんアブラナ科の植物のニオイのするボタンですが,まあカンベンしてください。

 彫り物には「格」ってもんがありまして。
 龍虎や獅子,牡丹なんかは,本来それなりの腕前を持ってなきゃ,彫っちゃあイケないものなんですよ。小器用言うても庵主,しょせんはシロウトですからね。キャベツな牡丹が限界(w)

 胴飾りは中央の円飾りをのぞいてぜんぶ残っています。
 スオウが褪せて色が薄くなっちゃってますので染め直します。
 スオウを3~4回刷いてミョウバンで一次媒染。乾いたところでオハグロ液をかけて二次媒染----蓮頭同様,黒染めにします。
 一昨年,それまで5年以上もたせてきたオハグロを枯らしちゃいまして。今使っているのは,去年あらためて作り直したやつなんですが,一年以上たってようやく熟れてきたようで,今回は黒染めがバッチリです。

 円飾りは日焼け痕から推測して,おそらくこのタイプ。
 「獣頭唐草」 と庵主が勝手に呼んでる意匠---たぶん雲龍紋の変形だと思うんですけどね。
 ホオの薄板を刻みます。
 ここは胴上につくほかのお飾りと「手」を合わせなきゃならないんですが,松鶴斎,庵主よりお飾りの彫りがヘタクソです。自分より巧い人の場合は,まったく同じものを作るのはハナからムリなので,「自分の出来るせいイッパイ」で誤魔化す(w)しかないワケですが,自分よりヘタな人の手に合わせるってのも,それはそれなりにけっこうな拷問ですのよ。
 これも彫り上がったところで,磨いて黒染めしておきます。

 フレットは牛骨。
 オリジナルも数枚残っていましたが,棹上のは全損です。(幅の足りない妙なのが1枚貼りついてましたが,ボンドでつけられた後補)今回もペットショップで買ってきた牛骨を使ってるわけなんですが。もとがワンちゃんのおやつだけに,工業用の素材みたいに脱脂がちゃんとされてません。
 まあ脂抜きがされてなくても,べつだん指や弦につくわけでもないんで問題ないんですが,部分的に染みが残って,ただでさえ安い素材がさらに安っぽく見えちゃったりしますので,今回はもう一工夫。
 ¥100均コスメの除光液と,同じく¥100均で売ってる瞬接のはがし液を混ぜて,特製の脱脂汁といたします。どちらも主成分はアセトンですからね。
 板状に削った牛骨を,これに1~2晩漬け込みます。

 これを乾かし,フレットのカタチに整形。高さを調整したら磨いて,薄くなったところでこんどはキッチンハイター的な漂白剤で軽く漂白。

 じゅうぶんに乾燥させてから,滲みこみ防止にニスを薄く2度ほど塗布,乾いたところでヤシャ液に20分ほど漬けて古色付。そして最終の磨き----っと。
 安い材料ですが,ここまで手間かけると,シロウトさんには象牙と見分けがつかないくらいの出来になりますでよ(w)。


 フレットをオリジナルの位置に配置した時の音階は以下----

開放
4C4D+74E-364F+54G-44A+45C+145D+205F-49
4G4A-84B-405C5D-65E-135G-65A+75B+30

 「上(低音開放弦)」から数えた第3音が,西洋音階よりやや低いのが,清楽器の古い音階の特徴。清楽の音階は,関東の渓派と大阪の連山派の間でも少し違っていたようですが,この部分は基本的に同じですね。

 オリジナルのままだと,山口から半月までの糸のコースが胴板表面とほぼ並行で,半月においての弦高がやや高く,少し弾きにくいので,半月にゲタを噛まし,弦のコースに傾斜を加えました。2ミリ近く下げたんですが,これでもオリジナル・フレットの丈が低すぎで。第8フレットにオリジナルの第5を流用した以外,けっきょく7枚は新しく削りました。

 データ収集と確認の後,フレットを西洋音階に並べ直して接着。仕上げておいたほかのお飾りも一気に接着して,

 50号松鶴斎,修理完了です!

 同時修理中の3面の中ではいちばんの重症患者でしたが,それなりにうまく修理はできたかと。
 松派の中でも音ヌケのいい楽器なのは,やはり関東の作家の影響があるためかと思われます。松音斎や松琴斎の楽器はもうすこし音がこもって,優しい感じがしますね。

 うちの不識の楽器(1号&27号)あたりに近く,素直な音が,前にまっすぐ飛んでゆく感じです。細くて長い関東風のネックに,松派独特の内部構造と胴体工作----作者のなかで,関西と関東の技術がいまだせめぎ合ってこなれていないためか(w)ややヘッドヘビーで,速弾きの際に楽器が少し不安定になることがあります。

 まあもちろん,パッヘルベルのカノンあたりを弾きこなすくらいの速弾きをしない方にはあまり影響なく,慣れれば身体のほうが楽器に合わせて勝手に対処するようになるので,さほどの問題でもありません。
 普及品なので「音の深み」とかの点ではさすがに,高級な楽器には一歩も二歩も譲りますが,音量もそこそこ出るし,余韻も効いています。ふだん使いの楽器としてはじゅうぶんな性能を持ってると思いますよ。

 ちょうど似合いそうな布がなくって,とりあえずのをバチ布としてへっつけてたんですが,さすがにかわいそうになり,同じ系ですがもう少しマシな布に貼り換えました。


 ちなみに,うちのバチ布は基本,渋紙で裏打ちしてヤマト糊で楽器に接着しているだけですので,こうして筆とかで濡らして湿らせれば,ごく簡単にハガせます。

 なんどか書いてますが,庵主は色彩感覚に関してはヒドくザンネンなヒト(w)なので,なにかイイ古裂とか帯の端布なんかが手に入りましたら,お気軽に貼り換えてやってください。
 お気に入りの布などありますれば,裏打ちくらいまではやってあげますよ。
 そういうときは布送ってください。(ただし,布の種類によってはバチ布に向かない場合もあります)

(おわり)


月琴50号フグ(3)

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斗酒庵 一年ぶりで50面を越える の巻2017.3~ 月琴50号 フグ (3)

STEP3 ヒレをこう,熱燗できゅーっと。

 ----やっちゃった。

 分解作業のとちゅうで,上桁がパッキリと。
 よく見たらこの音孔(?)のいちばんふくらんだところ。いちばん薄々になってる部分が虫にやられてました。
 あわわわわわ。

 見事にパッキリ逝っちゃったぶん,継ぐの自体は難しくありませんが,力のかかるところだけに,これを通常通りニカワで継いだのでは強度的にシンパイが残ります。

 ここはエポキでいきましょう。
 継いだ部分を音孔の内がわからさらに,和紙貼りして補強します。

 原作者のちょっとやり過ぎ加工と虫のコンボ。
 気をつけてたつもりでも,なかなか難しいものです。

 虫食い部分を除去してスカスカにした表板は,4分割してそれぞれに足りない部分を継ぎ足します。以前の修理で出た松琴斎の楽器の板がありましたので,まずはこれを使いましょう----さすが同門(たぶん)。板の厚みや質がほぼ同じですね。
 経年の部材の変化で,この4枚をそのまま継いでも,現在の楽器の横幅には少し足りません。残りの部分は,胴体に貼り付けてから継ぎ足しましょう。

 虫食いを埋め込んだ胴材は,接合部にニカワを塗って板クランプの上に並べます。これをはさみこみ,かるく固定したままで位置を調整。4枚の胴材が歪みなく,そしてもっとも互いに密着する位置になるまで,微妙に動かしてゆきます。
 ふだんは12本のボルト・ナットでしめあげますが,今回はこの接合部の調整ため,4方向をあけた8本にしてあります。あけておいた部分から,接合部にアクセスして,位置の調整をしたんですね。この板クランプ,ウサ琴の外枠を改造したものですが,ほんといろんな場面で活躍してくれてます。

 胴材が密着したところで,ナットをしめて位置を固定。そのまま乾かして,翌日接合部の裏に薄い和紙を重ね貼りして補強----接着部がちょうどこの和紙のかかるところになるので,下桁の接着はこの作業が終わってからとなります。

 一晩おいて接合部が固まったところで,型枠の下半分だけはずし,下桁を入れて接着します。また一晩養生。下桁がへっつくと胴材が安定します。もう持ち上げてもだいじょうぶ。

 4つのパーツに矧ぎなおした表板に胴材を接着します。このとき小板の間を少しづつ空けて,板の上下左右を少しだけ余らせておきます。

 板がへっついたところでスペーサを埋め込みます。また一晩おいて板の表面と周縁を整形。

 裏板も虫食いがかなりヒドかったんですが,表板に比べると強度の心配もないので,こちらはなるべく切り取らず。充填補填・細かな埋め板で補修してゆきます。表板と違って表面を清掃してないのは,この後の作業で腹に一物あるため。(w)

 こちらも表板同様,スペーサのぶんをあけて接着。
 この作業であちこちこすってるうちに,胴材の棹孔の横のあたりにけっこうな虫食いが見つかりましたので,ばっちり埋め込んでおきます。力のかかる棹孔まで食害が及んでなくって良かったです。

 胴体が箱になったところで,裏板を清掃します----うぷ,表板にも増してすごい真っ黒な月琴汁が!----そう,実はこれが欲しくて,裏板をキレイにしてなかったんですね。
 この真っ黒な月琴汁を,ツギハギな表板の補修箇所になすりこみ,補彩とします。
 なんせもともとついてたものだから,馴染みがよろしい。
 おぅおぅ,スゲぇ。染まってく染まってくぅ!

 お次は胴側を染め直します。
 この楽器の胴側はカテキュー染めです。作業の前に,表裏の板の木口をマスキングしときましょー。もともとそれほど濃い染めではないので,数回さっと刷く程度。ナチュラルカラーっぽい仕上げですね。

 表裏板が乾いたところで,半月を接着します。

 これでもう後一歩ですよぉ!!

(つづく)


月琴51号/52号 (1)

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斗酒庵 50面越えたとたんに の巻2017.3~ 月琴51号/52号 (1)

STEP1 ごめん…来ちゃった(w)


 運命というものはクラスターする傾向にあります,とやら。
 前回,1年以上1面も落っことしてなかった庵主のもとに,松鶴斎のフグがやってまいりました。さあ修理!----と取掛かったとたん,あと2面も転がり込んできちゃいましたのよ。
 今のところ,見た感じではフグすけが一番の重症患者で,あと2面はさほどのこともなさそうではありますが。庵主のケーケンから言って,こういう時の外面がおキレイな楽器ほど,なんにゃら厄介な悪魔をその身に宿しているもの。外面がキレイければキレイくほど,庵主の不安はイヤますのでもありますなあ。

 51号,名前はまだない。
 受け取った瞬間に,うぎゅっと分かるほどの重さ。
 唐木をふんだんに使った高級月琴です。

 全長:635。
 棹本体と胴側は黒檀か紫檀か。重たく硬い唐木が使われています。
 糸巻はツゲ,フレットは象牙。表裏の桐板もかなりの上物。表板なんて細かい柾目がみっしりと詰んだ最上級品ですね。木目が細かすぎて矧ぎ目が分かりません。
 胴左右のお飾りも唐木製。半月は黒檀の板にツゲの飾りをかぶせたもの----こないだやった天華斎でさえ,下地の部分は染め板でしたぜ~。(汗)

 損傷は棹先の飾りである蓮頭と,糸巻が1本,トップナットである山口と棹上のフレットがぜんぶなくなっちゃってるくらい。
 あとはバチ皮のあたりに数箇所虫食いがあるほか,右の胴飾りの周囲に少し水で濡らしたような痕があるていど----見た感じはごくごく軽傷。なくなったものを補作してへっつければカンタンに甦りそうですね。

 問題があるとすれば,棹の取付け。
 唐木の棹本体に継いである延長材は広葉樹材のようですが,先端部分で厚みが5ミリほどしかありません。このせいか,棹なかご全体がややねじくれたようになっていることと,棹の基部と胴体の接合部に少し段差があること。そして現在,棹が山口のところで約1ミリほど,表板がわにお辞儀をしてしまっているのも,このなかごの工作のせいかもしれません。

 もともとの工作では,棹の指板面と胴表面が面一になっていたと考えらえます。これは月琴という楽器にまだ「慣れてない」作家がよくやらかす間違った設定です。
 全体にこれ,といった特徴がないので,作者については現状分かりません。接合部は1ヶ所少しスキマが出来てますが,ほかはがっちりと噛んでユルぎなし。表裏板の接着も完璧。棹や胴体の加工から言っても,木工の腕前はかなりもので,唐木の扱いも相当熟れている人のようです。楽器の経験もなくはなさそうですが,棹の取付けや独特な構造からして,清楽器の作家さんというわけではないと思いますね。
 かなり腕のいい三味線職か唐木細工の職人の作,といったとこでしょうか。

 唐木で作られているほかは,外見的にはさして特徴のない楽器ですが,内部構造に珍しいところが1点。

 表板の裏がわ,棹孔から75ミリのところに,幅10,厚さ5ミリほどの細長い板が貼りつけてあります。
 はじめは,単に板の補強として横に渡したものかとか考えていたんですが----さっき書いたようにこの楽器の板はかなりの高級品。その加工も矧ぎ目が分からないくらい精緻ですし,板自体もしっかり安定してます。
 小板の質がバラバラで,いまにもバラバラになっちゃいそうな質の板なら,そういうものをへっつけたくなるかもしれませんが,この板ならその心配もない。

 はっ!よもやギターなんかでやるブレイシング(力木)みたいな加工で,音をより響かせるための工夫か! なんても考えてみましたが,それならこの1本きりでどうにかなるもんでもなく,形状に工夫もない。そしてそもそも,月琴作家でそこまでこの楽器の音色の追及にイノチかけた工夫をしてる人はいない(w)ので,この推測は早々と消え去りました。

 どうやらこれも,棹なかごの問題に関係ありそうですね。
 この横板の厚みは,棹孔の上辺から表板までの間隔とほぼ一致しています。通常,棹なかごの表板がわの面は,表板と平行になっているものですから,棹なかごの加工が適当なら,延長材の表板がわの面がどこかでここに当たるはず。
 延長材が薄いので,それを支えるための補強なのか,棹の振動を胴体に伝えようとか考えた特別な構造なのか----ブレイシングのとこで言ったのと同じ理由から,前者に50カノッサ。(w)

 さて,見た感じごく軽症患者ではありますが,棹まわりの調整に思い切り苦労させられそうな予感が,ビンビンきてますねえ。

 胴のお飾りは……うん,これ何でしょうねえ
 「花」なのはまあ分かるんですが。
 同じようなフォルムの類例では,南画なんかの「蘭」を模した例があるんですが,花の感じは全く違いますね。
 根元で束ねてあるところからすると菖蒲とかアヤメのつもりかな,とも思えますが,ちょっとこの花じゃねえ。(w)
 あえて似たものをあげよ,と言われるなら田んぼの雑草としてポピュラーなもののひとつ,「ウリカワ」でしょうか。

 裏板には墨書と印が3種類。
 墨書は 「是共四弦弾/名月不陰/清怨還夜/来」----かな(自信はナイ)
 「これ四弦を共に弾かば,名月かげらず,清怨,夜に還り来る」ってとこか。 署名は「田子龍」。
 印のほうはほとんど解読不能。左下の1コだけ「原倉」かと思えるんですが,さて。





 52号は一目見て分かる,標準的な普及品の楽器。

 受け取るとき片手で……ヘタしたら指1本で持てるような軽さ(w)ああでも,庵主,こういう楽器のほうが 「月琴」 らしくてなんか安心します!!(ああ? 高級月琴~?……ぺッ!

 全長:655。
 材質はホオやカツラ。桐板も板目混じりの中級品。
 大流行期にさまざまなところで作られ,売られた,庶民の楽器ですね。
 こういう糸倉のアールが浅くて細長い棹の楽器は,関東の作家さんに多いタイプですが,この楽器には,見てすぐ分かるような作家的な特徴,てなものがありません。
 が----楽器を手に持った瞬間 「あ,この人,知ってる。」 というカンがビビンとキよりまして。資料をいろいろとひっくり返して調べてみました結果。

 うん,「知ってる」けど「分からない」人(w)でした。

 43号と同じ作者ですね。
 最初は楽器各部のカタチや寸法の比較から,明治国産月琴の最大手の一つ,浅草蔵前片町の清琴斎・山田縫三郎の楽器だろうと思ってたんですが。この楽器も含めて,改めて精査・比較してみると清琴斎の楽器と異なる点がいくつも出てまいりました。

 まず蓮頭。
 「宝珠」と庵主が勝手に呼んでるこの型は,普及品の月琴でよく見かける,簡単な彫り線だけで構成された,もっとも単純なカタチの一つなんですが。作者によってそれそこに違いがあります。

 左が清琴斎の楽器の「宝珠」,右が52号のです。
 分かります? いちばん外がわの線の曲りが逆になってるんですね。


 次に胴飾りの「菊」。これもまた標準的な楽器でよく見る装飾ですが。ありふれたものであるだけに,蓮頭の「宝珠」同様,作者の特徴の出るところ。

 左画像が清琴斎の菊(画像が少々粗くて申しわけない)。大流行期,大量の楽器を世に送り出した最大手のメーカーなので,このほかにも時期により楽器の等級により,いくつか違うデザインの菊のお飾りが確認されてますが,これはもっとも標準的な型の一つで,それぞれ違う楽器の画像からとったものです。
 花のすそが丸まってるのと,いちばんてっぺんの三叉になった葉っぱの表現が特徴的です。
 上右の52号/43号の菊と比べるとかなり違ってますね。52号の葉っぱはもっとスマートですし,花ももすこしすそ広がりになってます。


 そして内部構造。
 この楽器と43号の響き線の構造はまったく同じです。

 裏板と胴材の間で響き線の基部をはさみこんで曲げただけの単純な直線型。
 清琴斎の楽器にも,似たような固定形式をとっているものがあるのですが,線自体の曲げかたとかにもう少し工夫があります。 こちらの方法ですと,基部を挿しこむ木片を接着する必要もありませんし,基本直線なので曲げも単純。調整もたやすく,より量産に特化してますね。

 調べているうちに,以前修理した首ナシの35号も,同じ作者の作らしいということが分かってきました。


 前は気づかなかくって,外見的な特徴から「清琴斎」の作じゃないか,としてたんですが,フィールドノートを出して比べてみたら,寸法とか内桁の構成,響き線の構造とかが43号とまったく同じでしたよ(52号とは下桁の加工のみ異なる)。
 35号のオリジナルのお飾りは,修理で猫に換えてしまったので,手元に残ってました。それを思い出して,引っ張り出し,比べてみました。
 上右画像。右の茶色いのが35号のお飾り。左の黒っぽいのが今回の楽器のもの。 35号のほうは,デザインがいくぶん単純化されてますが,その彫りはほぼ同じですね。「彫りの手」はウソつかなーい。(w)


 35号は首ナシだったんで比べられませんが,43号と52号の棹なかごも良く似てます。
 どちらも短くて,片がわの辺に浅いエグレがあります。清琴斎のなかごも短めなものが多いのですが,だいたいはふつうのスラリとしたカタチで,こういうエグレのついたものは見たことがありません。
 なかごの腹に「十五」「四号」,棹口の上のほうにも「十五」と思われる書き込みがあります。43号にはなかったもので,15面めなのか4本めなのかちょっと定かではありませんが。庵主のところに3面も転がり込んできたくらいですから,そこそこの数をこさえた人だったとは思いますよ。

 さて現状,どこの誰の作なのかは分かりませんが。寸法や形状の類似から,この作者が清琴斎の楽器の外見をお手本,というかコピーして,この月琴という楽器を作ってたろうことは間違いなさそうです。(うん,カンタンに言っちゃうとパク…いや「インスパイヤ」ww)
 響き線や棹なかごといった内部構造に独自性が見られる,ということは,それを完全に分解して調べつくす,までのことはしなかったのでしょうね。


 糸巻,山口と棹上のフレットが全損。この楽器の古物としては欠損部品の少ないほう。でも,あちち……糸巻ァ1セット削らなきゃですね。
 胴体や棹の染色がまるで新品のように残っています。スオウというのは,けっこう褪せやすい染料なので,ここまでキレイに残ってるのは珍しい。
 なんせ,これでも百年以上も前の楽器なんですからね。

 表裏の板も洗った痕みたいにまッちろですが…………なんにゃらでっかい虫食い孔が数箇所,棹と表板にあいてますねえ。これがちょっと気になりますが,器体にそのほか目立った損傷はなく。この虫食いの被害状況次第ではあるものの,これもまあ軽症患者さんのようです。

 さあて,1年以上もお留守にしていた自出し楽器。
  一気に3面に増えてしまいましたが。

 とりあえず,データを採りながらのんびりと。
  じんたかやっていくことといたしましょう。


 いつものことですが,レポート見て気になった方はご連絡を。(*ただし,業者・転売厨お断り*)
 ツバつけといてもらえると,修理の時,モチベーションあがりますからねえ。(ついでに酒手はずんでもらえると,もっとうれしいww)
 前の子たちは何面か,1年以上婚活浪人してましたがさて,この子らはどうなるやら。
 50号から52号まで,3面。
 お嫁入り先,ぼしゅうちゅうです。

(つづく)


月琴50号フグ(2)

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斗酒庵 一年ぶりで50面を越える の巻2017.3~ 月琴50号 フグ (2)

STEP2 最後はミルコ

 さて,調査・観察の結果,松鶴斎の作と推定された50号。
 では修理にまいりましょう。
 保存状態はけしてよくありませんが,糸倉や棹に損傷はないし。糸巻も4本,オリジナルと思われるものがそろっています。
 問題は表裏板と胴材の虫食い状態ですが----ふっ……かつて虫食いスカスカだった49号,そこに木瞬まみれだった長崎から4号を黄泉還らせたこの庵主,どんな虫でもかかってこいやーーーっ!!(あ,冗談です。虫食いはヤです,ヤですってばよ!!)

 まずは内部確認のためハガした裏板にラベル貼り。
 部品数の少ない月琴とはいえ,こうした細かい作業をきちんとやっていかないと,あとでけっこうエラい目に遭ったりしますからね(経験者)。

 あちこちにあいた穴ポコがなんとも痛々しいかぎりですが。49号のように胴材の内部まで食われているわけではなく,ほとんどの食害は,接着部のニカワの層およびその木部に浸透した部分まででとどまっているようです。

 虫の食害による全体の損傷をあらためて観察・確認したところで,上物の除去に取り掛かります。
 いつものように,フレットやお飾りの周囲に筆でお湯をふくませ,濡らした脱脂綿をかぶせてニカワを緩めます。ビニールやラップを軽くかぶせておくと,脱脂綿が乾かないのでいいですよ。
 ほとんどの上物は10分ほどではずれ,いつもはけっこう手間取るバチ皮も比較的ラクにハガれましたが,右のお飾りと半月が少し手ごわかったですね----と,思ったら。

 URYIIIIIIIIッ!!

 木瞬かよぉッ!!

 量は少なかったものの,ほかにも数箇所こびりついてましたね。こないだの長崎からのと違って「へっついてりゃイイや」くらいのモノだったんでまあ助かりましたが----

 駄目駄目駄目駄目駄目駄目ェッ!!
 楽器にィ,木瞬,絶対イィイイイ!!!

 じつは木瞬,桐とは相性が良くないらしく,あまり付きがよろしくない。たいていの場合は滲みこまず,板の表面でカリカリの層になってますね。とはいえ,桐のほかの木には思いっきり滲みこみやがるんで始末が悪い。今回も,板のほうにはほとんどついてませんが,ホオの木の半月の裏はべっとりカリカリになってます。
 この半月は,古物屋に持ち込まれた段階で外れていたと思われます。板のほうに,剥離した時についたと思われるエグレが数箇所。板の表面がむしられてるくらいですから,これはニカワの劣化による自然な剥離ではなく,使用中・もしくは保存中の糸の張力によるものだと思われます。

 月琴はお三味の絹弦を張ってるかぎりにおいては,それほど弦のテンションの強い楽器ではないので,基本的には張りっぱなし。演奏の時に調整するていどでいいのですが,保存の状態や使用の度合いによってはこういう事故がけっこうおこります。半月がはずれてる,というのは,古物の月琴ではよく見られる状態の一つですね。

 これは基本,へっつけてあるだけなので,キレイにすぱーんっとトンじゃってる場合は,もとの位置にニカワでへっつけなおしてあげればいいだけです。固定するまでに1~2日かかりますが,ふつうそれほどタイヘンな修理にはなりません。こんなふうに----

 木瞬とかさえ使われてなければ………うううう。

 いつもですと板の清掃は最後のほうでやるんですが,今回は板があまりにもまっくろくろなため,上物除去のついでに,軽く清掃しておきます。
 なんせこのままだと,どこが要修理個所やら分かりにくいもので。
 いつものように重曹を溶かしたぬるま湯で Shinex を使いコシコシコシ----うぉ…軽く拭っただけなんですが,すげえ色の月琴汁(w)が出ました。

 濡らした板が乾いてくると,色の濃い部分が線のように浮かび上がってきます。ここが虫に食われちゃってる箇所。板が完全に乾いてしまう前に,これを目印にほじくってしまいましょう。

 かなりスカスカになりましたが,まあこんなもの。
 板の虫害も周縁の接着部と小板の矧ぎ目部分が中心で,さいわい横方向への広がりはあまりありませんでした。エグレる部分はエグり,切り取ってしまったほうがいいような箇所は切り取ってしまいます。

 ここまでの作業は表板を胴体に付けたままの状態でやっています。といいますのも,表板は再組立ての際に最初の基準となる部分ですので,こうして被害の状況を完全に把握してから分解したほうが,後々の修理の工程を考えやすいからですね。
 これで見る限り,板を中央と左右の三つぐらいに分けてそれぞれを補修,胴に貼りつける時,中央の左右にスペーサを入れてつじつまを合わせるのがもっとも良さそうです。板が多少つぎはぎになっちゃいますが,オリジナルで11枚も継いでますからね,小板が2~3枚増えたところで問題はありますまい。
 裏板同様かなりニカワが劣化しているので,表板も周縁部はたやすくハガれたんですが,内桁はやはりしっかりヘっついてました----松鶴斎,ちゃんと分かって作ってらっしゃる。

 取り外したお飾り類と半月は,ぬるま湯で表裏をキレイに洗ってから,丁寧に水気を拭取って乾燥。薄板で出来てるお飾り類はすぐに新聞紙にくるんで,板にはさんで重しをかけときます。
 乾いたところで,半月の木瞬を除去しときます。
 瞬間接着剤のハガシ液(アセトン)を底面に塗るんですが,そのままだとすぐ揮発しちゃうので,すぐにひっくりかえしてクリアフォルダの上とかに伏せておくと良いです。
 しばらく置いて,やわらかくなった層の表面を刃物でこそぎ,布で拭い取ります。けっこうな層になっちゃってるんで,一回や二回の塗布では除き切れません。けっこう時間がかかります,くそぅくそぅくそぅ。

 板の周縁と胴体の虫食い箇所には木粉粘土を充填します。胴体の虫食いの深いところには,ゆるめに練ったのを注射器で押し込みます。
 木粉粘土は扱いがラクで,なによりもとが同じ木ですんで,オリジナルの木部への負担や影響も小さくて済みます。やや「ひけ」が大きいので,きっちり充填するためには,何度か作業をくりかえさなきゃなりませんが,そういうあとでの修正もききますし,柔らかいので充填後の整形も容易です。
 ただそのままでは,言うならオガクズのカタマリ----あまりにモロく,強度がありませんので,基本的には力や衝撃のかかる部分には使用できません。また水分にも弱いので,このままだと,接着で濡らした際,表面からポロポロ崩れちゃって,せっかく充填した意味がほとんどなくなってしまいます。
 そこでここに最近開発した新技法を。

 2液式のエポキを練る際にエタノを少量加えて緩めたもの。表面を整形した充填部分にこれを塗って滲みこませます。強度の必要な個所だと,木粉を直接エポキで練ったパテが有効なのですが,それだと柔らかい木部には硬すぎて,整形の時にオリジナルの木部を痛めてしまうことが多いのです。こういう楽器内部の虫食い箇所とかは,基本,表面はほかの部材でカバーされているものなので,虫食い内部が完全に充填されていればそれでよく,あとはその後の接着作業等に耐えるだけの強度が表面にあればじゅうぶんです。
 前の修理記でも書きましたが,エポキは粘度が高いので木部への滲みこみはあまりなく,こうした充填部分に塗った場合は粒子の間がスカスカの木粉粘土のほうに,よぶんに滲みこむのですが,エタノを加えた緩めた場合,それがいくぶん深くなり,充填部の表面にこちらがだいたい必要とするくらいの強度の層ができるんですね。
 滲みこむ,ってもたかが知れてますから,このくらいなら,もし取り除く必要が出来た場合でも,虫食いの充填箇所ごとほじくっちゃえばいい----エポキってのも,くっつけて固まっちゃったら,破壊するしか分離の方法がない,っていうある意味,木瞬より最凶最悪の接着剤ですんで,その使用には慎重にならざるを得ませんが,個々の範囲がせまく,またこうして除去の方法がある場合には,限定的に使用するのも構わないと思います。

 いつも書いてるとおり,「壊れるべきところ」を壊れないようにしてしまうのは修理でも何でもありません(w)が,本来「壊れなくてもいい」ような部分に関しては,こういう「壊れない」技術があるなら,伝統的な技法に拘泥する必要はありません。この食害はこの楽器本来の使用とは関係がなく,また構造体として「壊れるべきところ」でもありません。よりよい方法があるなら,そうしたものはどんどん使って行きたいと庵主は思っています。
 まあもっとも,しくじってもわしゃ知らないんで,貴重な古楽器に使うなら,自己責任でやってね。

(つづく)


月琴50号フグ

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斗酒庵 一年ぶりで50面を越える の巻2017.3~ 月琴50号 フグ (1)

STEP1 土に一晩埋めておくと治るそうです

 自出し月琴も40面を越え,資料としてのデータ整理の段階に入ったのと,このところ依頼修理がけっこうきたのもあって,自腹を切っての月琴購入をしてない庵主でありました。
 49号の購入が15年の11月末っすから----ふむ気がつけば1年以上,1面も落としてなかったんですねえ。

 というわけで,50面めの楽器が到着いたしました!

 いや正直,マイナーな分野でマニアックなことしているわりに,庵主マニア気質・コレクター気質がないもので数を誇るつもりなぞありませんが(いままで手に入れた楽器もほとんど他人に譲っちゃってます),「50」っていうとなんかひとつ「大台」みたいな区切りの数っぽくて,さすがに少し萌えますね。(w) まあ,リアルの楽器なんかなくっても,整理されたデータさえどっかに大量に転がってるんだったら,わざわざおなかイタくしてこんなに何面も買ったりゃしないんですけど,先行研究者の皆さんが,まともに使えるようなデータ,誰も残してくれてないんで。


 自出し月琴50号----コードネームは箱に書いてあったこんなコトから。

 アンディ……いやそれとも「かわぶた」と書く,中国では川にいる,食べたらひっくり返る系のほうなのか。 はっ!もしや,ダンボールだけにハコ----あ,いやあっ!!座布団持っていかないでえっ!!

 かなり汚れてまっくろくろですが,さてさて,所見を。

 全長:630。蓮頭は欠損。
 棹はやや長めでスマートな感じですね。
 糸倉のアールは浅く,基部のくびれもごく浅い。うなじは短めで,棹背はほぼまっすぐ,全体にすっきりとした印象のある楽器です。

 棹なかごはほっそりと長く,表面加工は粗めですが,丁寧な作りになっています。
 糸巻はそこそこ使い込まれた様子。あちこち削れちゃってますが,三本溝の六角軸ですね。

 胴体は縦:350,横:355。厚みは36。
 表裏ともにそこそこ目の詰んだ柾目の桐板が使われています。
 左右のお飾りは 「鸞」。
 中央飾りがなくなってますが,日焼け痕から見る限り,扇飾りと同様,よく見る意匠のものだったと推測されます。

 フレットは骨製。4枚残ってますが,棹上の1枚は幅から考えて,後で第1フレットをてきとうにへっつけたものでしょう。

 バチ皮はヘビ,あちこち破れたり少し欠けたりはしてますが,そこそこ残ってるほう。

 半月は蓮花の模様をあしらった曲面タイプ。
 棹と胴側部,この半月はホオでできてるようです。



 全体の様子や材質から,一般的な普及品の楽器と思われます。作風からすると関東の作家さんだと思うんですがさて----外がわからの観察・計測もあらかた済みましたので,裏板ハガして,内部を確認しましょう。

 うぷぷぷ……あちこち虫食いがあり,楽器を振ると粉が散りますねえ。
 虫食いもそうですが,保存があまりよくなかったらしく,かなりニカワが劣化してるので,割れてるとこから刃を入れて回したら,周縁はかんたんにハガれました。でも内桁はしっかりくっついてるようですね。
 ----うん,いい作家さんだ。
 このところよく書いてたように,日本の作家さん,とくに三味線職出身の方の作った楽器なんかは,この内桁の接着がおろそかなことが多いんです。この楽器は,構造上内桁がしっかりへっついてないと,ちゃんとした音が出ません。逆にそれがちゃんとへっついてるということは,この「月琴」という楽器についてちゃんと分かって作ってるヒト,だってことですね。

 さて,ではベリベリベリっと………

 うん----作者が分かりました。(w)



 斜めになった内桁,響き線の形状。
 そして上桁に片方だけあけられた音孔。
 棹は長く,スマート。

 「松鶴斎」さんですね。

 ちょっと前に修理した44号の作者さんで,庵主言うところの大阪 「松の一族」 の一員(w)。松音斎や松琴斎と関係があると思われる作家さんです。

 この斜めになった内桁の構造は,松音斎のものを受け継いでいますが,楽器の外見的な形状はいくぶんトラッドな関西のスタイルからはずれ,関東の楽器っぽい感じになっています。清琴斎山田縫三郎とか唐木屋才平の楽器に似てますが,この両大手より生産数は少なかったようです。

 ふつう作家さんは,ほかの作家さんの楽器の外がわは真似できても,内部構造まではそうそう同じにはできません。もちろん今も昔も,完全分解・徹底調査>>>完コピ! というワザあ日本の職人さん,得意なので,買ってきた楽器をばらっばらにして,内部まで真似るくらいのことはけっこうしてたでしょう。
 しかし,構造は真似できても,作業の手順とかちょっとした工夫といったものは,実際を見たことがなければ,そうそう同じにはできないものです。
 外見的にはかなり違ってるんですが,松音斎と松鶴斎の楽器の内部構造には,そういう直に作業を見て覚えた人の,手熟れた感といいますか,自然さといいますか。ただ寸法を測って真似しただけじゃない,自然な類似が感じられるんですね----まあ,このへんはデータ化できないから,あくまで「推測」の域は出ませんが。(w)

 たとえば,唐木屋の楽器なんかは,内部構造までもふくめて松音斎の影響をかなり受けてますが,棹なかごや響き線の形状や,側板の加工などにはかなりの独自性が見られます。松音斎と松琴斎の場合はまたこれらとは違って,技術的には同じにできるのに同じにしてない,というか,作業の簡便化や経済性の観点からあえて違う方向に進んでる,みたいなところもあります。

 この人の楽器で「鸞」の飾りのついたものを,庵主は今回はじめて見たんですが,「鸞」の頭の上の羽根の表現にちょっと特徴があるので過去の画像資料を探してみましたら,いままで「唐木屋」か「菊芳」の作ではないか分類していた楽器の中からいくつか該当するものが出てきました。

 唐木屋の楽器の胴飾りにも似たのがありますが,彫りがもっと深くて丁寧ですねえ。顔のあたりなんか比べてごらんなさいよ。ちなみに唐木屋の楽器には,上にあげた松琴斎のとそっくりなトリさんをつけてるのもありました。どんだけこの一派をインスパイヤしてるんだよ----って感じもしますが,実際扱ったものから考えると,内部構造に違いがあるし,唐木屋のほうが,こういう細かい仕事は若干丁寧だったりしてます。(w)分業に余裕のある大手だったからかな?
 こうしたものをチェックして再分類。

 まあ間違いないとは思いますが,ラベルがないんで確実ではありませんから,これも分類上は 「松鶴斎?」 としておきましょう。


 というわけで,今回のフィールドノートをどうぞ----
 画像はクリックで別窓拡大されます。

 虫食いの状況なんかは,こちらの絵のほうが分かりやすいかと。
 例によってデータ吸いつくしたこの絞りカスは,きちんと修理して下界に戻させていただきます。
 今回の楽器----ひさびさに 「かなりスゴそう(楽器のグレード的な意味じゃなくってww)」 なんですが,修理記を見てそれでも欲しくなったらご連絡を。オーナーさん決まっててくれると,作業のモチベーションあがるしねえ。

 うむ,さてどうなるやら。


(つづく)


長崎よりの月琴4(6)

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斗酒庵 依頼修理の続く2016.12~ 長崎よりの月琴4 (6)

STEP6 はるかなり南の空は

 さて,これはなんでしょうね----日常メンテレベルの作業のはずの,棹なかごの再接着が,なぜかうまくいきません。
 なんどニカワを流し込んで固定しても,見た目的にはピッタリくっついてるようになるんですが,ちょっと力を加えるとまたすぐ割れちゃうんですね。

 原因解明のため,まずはいちど棹なかごを分解してみました。

 おや……延長材の先端が,部分的にツルツルになってます。指で水を着けてみても見事に弾いちゃいます。接着剤がきかない原因は,まずこれみたいですねえ。
 これはおそらく,擦り合せの調整のとき,やりすぎちゃった箇所でしょう。
 この楽器の棹はクスノキ,一木造りではありませんが,延長材も同じクスノキで出来ています。樟脳をとるくらいですから,クスノキには油分が含まれています。油分を含んだ木は,油やロウで磨かなくても,ヤスリの目を細かくしてゆけば,表面はそれだけでテッカテカになってくれるんですが----それが逆にアダとなることもあるようで。
 棹基部のウケと,ピッタリ噛み合せるための精密な調整作業が,「磨く」のと同じになっちゃったんでしょうね。こういう場合,慣れた職人さんなら 「ぴったりに調整した」 あと,粗めのペーパーなどでいちど表面を荒らしてから接着作業に入るのですが,この原作者さんは,そこまで頭が回らなかったものと見ゆる。(w)


 さらに,悪いんですが----一生懸命やったその噛合せ調整の結果自体にも問題があるようで。根元部分はがっちり噛んでるんですが,先端がわずかに細すぎて,延長材がウケの中でぐらぐら動きます。これではいくら再接着してもダメなわけです。
 けっきょく先端表裏を削りなおしました。この部分は,挿しこんでるだけでも,延長材が落ちないようになってれば理想ですね。
 そこまで調整したところで,#240くらいのペーパーで接着面を荒らし,筆で何度もお湯を塗って,水分をよーく含ませておきます----接着面をわざと荒らしておくこと,ふだんより多めに水分を含ませておくこと。 唐木や油分の多い木を相手にする時には,接着の前にぜったいやっておかなければならない作業ですね。

 実際に分解して詳しく調べてみるまで,外面的にはどこが悪いのか分からないくらいの出来でしたので,意外と手間取りましたが,今度はだいじょうぶ。
 ちょっとやそっと力を加えても,割れなくなりましたよ。


 糸倉や山口取付け部などにあったネズ齧りの痕も埋め,棹全体をカテキューで染め直します。


 そういえば,前に修理した47号もクスノキ製で,染色はやっぱりカテキューでした。

 聞いた覚えがありませんが,クスノキにカテキュー,ってのはなんかキマリでもあるのかな?
 それとも 「月琴の材料としてクスノキを使うような楽器屋さん」 てのにある染料が,カテキューしかなかったということなのか……。
 クスノキを木材として使うとこといえば仏師か指物,楽器屋だと太鼓屋さんあたりですね。指物屋さんや唐木屋なら,もっといろんな染料持ってるはず。琵琶やお箏,三味線職だと逆に,それほど使わない染料かもしれない。そうすると,太鼓屋さんかなあ。
 太鼓屋さんが胴の染めに何を使ってるのかは知りませんねえ。こんど機会があったら聞いてみましょう。


 新しい山口は国産ツゲで。当初は胴面がこんなにアーチトップになってるとは思ってなかったんで,そのまんま測っちゃった結果,棹が表がわに傾いてると考えてましたが,板表面のアーチになってるぶんを考慮して,あらためて測定してみると,胴側部の水平面に対し3ミリほど背がわに,ちゃんと傾いていることが分かりました。

 新しい結果をもとに,棹の取付け調整をします。工房に来た時には,棹基部のへんなところにスペーサが貼られてたせいで,棹の指板部分と胴体面に段差ができてました。もとついてたスペーサを削り落とし,あたらしく反対がわに貼付けてまずそれを解消。角度・傾きの調整をしながら,棹の基部と胴体面の接合部を面一に近づけてゆきます。

 さらに,この期に及んで,棹の取付け位置が若干右に寄ってしまっていることが分かりましたんで,棹孔を削って調整。ズラしたぶんにはスペーサを埋め込みます。同時修理の天華斎では1センチくらい削っちゃいましたが,さすがにこちらは数ミリていど。とはいえ……同じ時期に来た楽器にはふしぎと,かならず同じような故障があるもんなんですねえ。

 弦を張るのに必要な部品がそろったところで,半月を戻しましょう。


 いつものように,オリジナルの位置を参考に,棹から糸を張って左右のバランスを見ながら,もっとも適当な位置を探ります。
 手前の,バチ皮の貼ってあった部分がご覧のように重症なので,2ミリほど下げた位置で接着することにしました。

 あとはこの半月,もとは底がほぼ真っ平らになっていました。
 ふつうの月琴なら,それで良いんですが----原作者,おま,表裏がアーチ構造になってるの忘れてるやろ!----ということで。周縁が浮き,けっこうヤバい状態でへっついてましたんで,胴体の微妙な盛り上がりに合わせて調整します。
 まずは手作業で中央あたりをすこし削って,仕上げは胴に両面テープでペーパーを貼り,そこでゴシゴシ。
 接着面をより胴体にフィットさせてから接着しました。


 うおっし,あとは仕上げだ!!


 工房に来た時,へんなモノへっつけられてた蓮頭には,コウモリを。いつもなら正面向きですが,今回は蓮頭だけにちょっとはすに構えた風な感じで(座布団-2)。
 あとは棹上の柱間のお飾りと…オリジナルがどうしても気に食わないので,中央のお飾りを作ることにしました。柱間で残ってた飾りは「霊芝」と「瓢箪」と「魚」,これに新しく「蜂」と「冠」,「蝶」と「万年青(おもと)」を彫り,組み合わせて,さまざまな吉祥を表す意匠となるように仕立てます。
 左右と中央の扇飾りにはオリジナルのものを染め直して使います。扇飾りはやっぱり手が違うと思いますね。ほかの楽器からの移植でしょう。中央飾りは梅に鵲(かささぎ)にしました。これも吉祥模様の一つですね。

 フレットは竹で。
 いつものように古色付もばっちりです。
 オリジナル位置に置いた時の音階は----


開放
4C4D-254Eb+334F+74G+74A-55C+185D+55F+29
4G4A-284Bb+325C-75D-55E-125G+65A+16C+30

 それほど波瀾もなく,かなり正確な清楽音階に近かったようです。

 出来たものをへっつけて。
 師走も末のクリスマス。
 2017年12月25日,長崎よりの月琴4,なんとか年内に修理完了!!!

 はあ…これで気兼ねなく年を越せますですう。
 しかしながら,最後にもう一度,これだけは言っておきますね。

 楽器に木瞬,絶対ダメ!!!!

 しかも,虫食いで粉いッぱい詰まってるとこにコッテリってアンタ…小石川のムクの木に逆さ磔にされても文句は言えませんからね,けけけけ。
 …おっと,庵主,SAN値がまだ回復してませんので,失礼。

 記事のなかでも書きましたが,今回の修理で苦労させられたものの一つであるアーチトップ構造は,作者が音質の追及やらをするためにやったものではないと思われますが。
 こうやって胴体がきっちり箱状に密閉されていれば,それなりに効果を発揮するようです。音の広がりが,楽器前面方向だけでなく,かなり分散されて心地よい感じになってます。

 響き線も「鳴らすため」のよけいな構造を付けられちゃってますが,もとが寸法としての振幅幅の小さい渦巻線ですので,演奏姿勢を急激に崩したりさえしなければ,よけいな胴鳴りもなく演奏できます。
 渦巻線特有の,スプリング・リバーブ風な余韻が,ぐにょんぐにょんかかってて,なかなか良いですねえ。

 胴体と棹の重さのバランスがすこし悪い気はしますが,慣れればまあ問題はないでしょう。すこし早い曲だと,楽器が手から離れがちになりますので,ちょっと注意してください。

 また,原作者・前修理者の仕業も相俟って,もとの状態がかなり劣悪だったと言える1本で,修理もかなり大がかりなものになってしまったため,器体にすこし無理がかかってる点もあるかもしれません。保存・使用の状況によっては,表裏の板などに今後なんらかの故障が発生するかもしれませんので,何かありましたらご連絡を。

 ちなみにお飾りのおもな意匠は。
 蓮頭が 「福縁連至」,棹上がハチとカンムリに胴上の霊芝を加えて 「冠上加官」,チョウチョとオモトで 「吉慶万代」,中央飾りは 「喜事眉睫」 です。 が,ほかにも組み合わせでいくつかの意味が生じるようになってますので,楽しんで読み解いてみてくださーい。

(おわり)


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