月琴54号/56号 (2)

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斗酒庵 54号に涙し烏夜啼を直すぞ の巻2017.7~ 月琴54号/56号 (2)

54号 STEP2 ノーブル・オブ・フールズ

 53号天華斎と交換した月琴2面のうち「お魚ちゃん」こと55号は先日,ブジお嫁にまいりました。
 楽器としての音色・性能に文句はないものの,満艦飾なうえお魚づくしというあたりが好みに合う合わないがありますで,お父さん,多少シンパイしておったのですが,気に入ってくださった方がいて,弾いてくださることに~ありがたや~ありがたや~。

 さてもう1面,日本橋区薬研堀住,山形屋雄蔵作の54号。
 いまお店から買ってきましたよ~と言っても良いくらい,奇跡的な保存状態の一本。作者の山形屋は三味線の名家・石村の系を引く職人さんで,腕前のほうは折り紙つき。胴材の合わせ,面板の接着,寸分の隙もなく線のキッと立った見事な仕事です----

 この作者の欠点として,詰めが甘いというか始末が雑というか。木の仕事それ自体の精度はモノ凄いのですが,組立てとか調整とか,大事な最後の最後の仕上げのところでイキナリほり投げちゃう悪いクセがあるんですね。

 この楽器の瑕疵は響き線。
 どんな演奏姿勢にしても,ガシャガシャ鳴るだけで,効きが悪い。
 明治の作家さんのなかには,響き線を 「線を鳴らすための構造」 だと勘違いしておった者も相当数いたようなのですが,元になった唐物楽器の構造を見る限り,これはもともと胴体を鈴のようにして鳴らすためのものではなく,弦音に金属的な余韻を加えるためのエフェクターであったことは間違いありません。
 山形屋もそのあたりはイチオウ分かってるようなんですが,過去に修理した楽器でも,線が長すぎて上桁にひっかかってたり突きささってたりしたことがあります。まあ,勘違いしてたにしても「鳴らすべき時に鳴る」ならまだしも,現状では 「持ってる間じゅうずっと鳴って」 ますし,その鳴りかたも「キーン」とか「リーン」みたいなキレイなものじゃなく,便所コオロギみたいにそっけない「ガシャガシャガシャ」。今の状態じゃあ,「弦楽器」としての意味はなく,ただの 「そういうノイズ発生装置」 でしかありませんわな。

 基本的に,月琴の響き線は長いほうが効きが良いのですが,線の太さにより形状により,また胴内の構造の違いによって,入れられる線の長さには限界があります。さらに長くなればなるほど,ふつうは振幅の幅も大きくなってしまうので,面板や桁にぶつかって「線鳴り」を起してしまいやすくなります。
 そのため月琴作者としては「線鳴り」の起きない範囲で,最適な位置や曲り角度長さを模索しつつ,各楽器ごとに微妙に調整する必要があるのです----が。

 山形屋雄蔵のバヤイ。

 そのへんはサクッと無視して,とにかく寸法として入るだけの長さでブッと切って,グサッっと挿しこんでやがりますね。
 それでも構造上,この楽器としては成立してますし,最適の演奏姿勢はきわめて限定されるものの,弾けないわけではない。もともと工作は良いので,響き線さえちゃんと働いてくれてれば,それなりに素晴らしく鳴るはずなのです。

 前回の「修理」では,そのあまりの保存状態の良さもあり,依頼修理の他人様の楽器ということもあって,つっこんだ手出しが出来なかったワケではありますが,今回はウチの子----あたしゃあ身内には容赦しませんですわよ。

 というわけでこうだッ!!

 ----うう,グスグス…保存状態が……キズひとつなかった…百年以上……ほとんど新品…ううううう(元古物屋の小僧としてのダメージ大)

 ちなみに,マジやるかどうか,1ヶ月悩みました。(w)

 裏板を全面ひっぺがし,響き線の曲りや角度を調整します。通常の演奏姿勢をとったとき,響き線の全体が完全な片持ちフロート状態となり,あるていど動かしても胴内でぶつからない,というのが理想ですが,それを実現するにはオリジナルの長さだとやっぱり長すぎます。線がやや太目で重く,たぶん作者が想定してるより,先端部分5センチの範囲での振幅が大きくなってしまっています。
 軽くするため先を2センチほど切り詰め,先端から1/3程度の部分のカーブを少しキツめに調整したところで,だいたい良い感じになりました。それでも若干線鳴りはしやすいほうですが,前と違ってすぐおさまりますし,演奏不能なくらいずっと鳴りッ放し,みたいなことはもうありません。


 微妙な作業ではありますが,所要時間およそ1時間……山形屋ほどの腕があれば,ほんの10分かそこらで終わる作業だったかと思われます。そのほんの10分ほどの手間を吹ッ飛ばしちゃうのがこのヒトの悪いところ----向こうに逝ったらゲンノウで横殴りにしちゃるけんのォ,カクゴしときゃあ!!(激おこ)

 少しだけサビも浮いてますので,あとはちらっと磨いて柿渋で酸化膜こさえ,ラックニスで防錆しときましょう。

 ついでに表板にあったヒビ割れ----オモテがわからは補修済みなんですが,裏にも少しスキマができてましたんでこれも追加で補修しときます。
 この板はたぶん山形屋が自分で矧いだもののようで,その加工もまた見事なもンなんですが…やっぱりここでもやらかしてくれてます。継いだ小板の一枚がハズレだったんですね。乾燥のよくない,悪節(わるふし)のある板。この類は収縮がヒドく,暴れやすいんです。ちゃんと精査して裏板のほうに回していれば良かったんでしょうが 「まあいいか,寸法足りてればOK,OK」 ってあたりかな?

 ちょっと裏まで来ーいッ!根性焼いたる!!

 開いたスキマにニカワを垂らしながら,裏からも木屑を詰めてゆきます。仕上げに薄い和紙を張って補強。

 胴四方の接合部のうち,上面の2箇所が割れてますのでここも再接着。ゴムをかけまわして密着させ,さらに裏から和紙を重ね貼りして補強します。


56号 STEP2 黄色いお山にカラスのカアで,ノーエ


 こちらは調査の際,すでに裏板をエイッ!ってやっちゃってます(スヤリス姫的表現 w)ので,まずは内がわからまいりましょう。
 まずは内桁の音孔,このあたりからいきますかね。
 この楽器の上下桁には左右にひとつづつ,合わせて4つの音孔があけられています----いちおう。
 しかしながらそれがまあ,孔あけする場所の片方にキリで孔をあけ,そこに挽き回し(狭いところや穴開け用の細身のノコギリ)を突っ込んで,横にガリガリッっとやった。っていうくらいの雑な加工でして。
 「孔」というより細い「溝」といった感じ。輪郭もミミズがのたくったみたいにふにゃふにゃしております。

 実のところこの加工----共鳴空間のきわめてせまい月琴の胴では,ほとんど意味のない工作でして。穴があってもなくても,音色や響きにさほどの影響がありません。
 あくまでも問題なのは,胴がきちんと密閉された「箱」になってるかどうかなんですね。
 いや,気持ちは分からないでもないんですけどね。そもそも考えてみてください。ギターくらい大きいならともかく,こんな狭い空間で空気が多少対流したところで,ナニがどうなるってもんでもないでしょうよ。胴の各接合部がきちんと貼合わされ,密着していて,胴全体に振動が行き渡るようになってるかどうかのほうが大切なんです。

 これもまた原作者の手抜き加工の尻拭い以外の意味はありませんが,ちゃんと「音孔」に見えるくらいにしといてあげましょう。

 続いて棹なかごの延長材をはずします。
 すでに接合部裏板がわの接着がハガれていたため,濡らした脱脂綿で巻いて2時間ほど湿らせたらカンタンにはずれました。
 乾いたところで,本体がわの基部の割レを補修。
 ニカワを垂らし,はずした延長材でグリグリやって,割れ目を閉じたり開いたりしながら全体に行き渡らせ,圧着。

 うまくくっつきはしましたが,ここはこの楽器でも特に力のかかる部分ですので,後でもう一補強しときたいと思います。

 ここまでやったところで表板にへっついてるモロモロを剥がします。
 お飾りやヘビ皮の下から出てきたのは……アラビック・ボンド…………くわッ!!(鬼の形相)

 く~そ~。ボンドの状態からして,ここ数年のものではなく10年か20年以上前のシワザのようですが,く~そ~。
 一族絶えるまで呪ってやるうううううッ。
 ぷすぷすぷすぷす…(粘土人形に錆びて曲がった縫針を埋め込んでる音)

 バチ皮の左右,皮の収縮によって裂けちゃったヒビ割れのところが,少し反って下桁から浮いてしまってますので,板を濡らしたついでにニカワを垂らし,表裏から圧をかけて矯正しておきましょう。

(つづく)


月琴56号 烏夜啼

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斗酒庵 烏夜啼を直す の巻2017.7~ 月琴56号 (1)

STEP1 唐土のお山も溶けて流れりゃちョい

  庵主は北の生まれゆえ,夏季の内地におりますと溶けてなくなってしまいますので,8月の1ト月はWSもお休みにして,実家に帰省するのが慣例となっております。帰省の期間中はふだんできないような時間のかかるまとめやらデータベースの整理やらに勤しんでおりまして----今期の成果は前回の記事をご覧ください。

  さてさて,今回の楽器はその帰省の直前にとどきました。自出しで購入した壊れ楽器は,これで56面めとなりまする。まずは測定----

  全長:650
  胴径:350,胴厚:35(板厚 3.5)
  有効弦長:424



  裏板に

  将軍会

 烏夜啼

    東山田
     増澤仙桂


 と墨書がありますが……まあ,あんまり上手な字じゃないですねえ。(w)

  「将軍会」は所有者の入ってた清楽団体でしょうか。清楽曲に「将軍令(しょうぐんれい)」というのがありますからそれにちなんだものでしょう。「烏夜啼(うやてい)」は漢詩の題としても有名ですが,明楽曲に同題のものがあり,明清楽の曲としても演奏されてましたね。渓派ではあんまり演奏しなかったようなので,梅園派の系だったかもしれません。
  所有者については不明,出品者は神奈川県のひとなので「東山田」は神奈川県横浜市の「ひがしやまた」でしょうか。
  指板部分の長さが150,第4フレットは棹の上,その棹背のフォルムといいほっそりとした糸倉の姿といい,間違いなく関東で作られた楽器だと思われます。
  あちこちいろんな人の楽器と似てるところは散見できるのですが,ラベル等もなく,いまのところ作者は分かりません。またまた未知の作家さんの月琴ですね。

  目立った特徴はありません。かなりきっちり「ふつうに」作ってるって感じですかね----いや,こういう流行り物を作るってときには,へんな独創性や身勝手な解釈を容れず,こうやってスタンダードに作るってほうが却って難しかったりするもんですよ。少なくとも木工の技は手熟れてますし,楽器についても素人さんの作ではありえません。

  あえて何かあげるなら,表板が景色のある板目っぽい板になってるってあたりでしょうか。これは比較的古い楽器の特徴,フシのあるなかなか難しそうな板を4枚ほど継いでいるようですが,合わせが上手で継ぎ目はなかなか分かりません。


  あと,棹のなかごが少し変わってますね。
  延長材はふつう,棹から3センチほどのところで接いでるもんですが,これは短いなかごの半分くらいのとこから接いでいます。延長材の接合部,裏面がわの接着がトンで基部に割れがあるため,棹は現状表板がわに少しお辞儀しちゃっています。接合の工作に,若干雑というか不自然なところがあるので,これ,もしかするともともとはなかごの先まで一木だったのかもしれません。

  損傷は糸巻が2本なくなってるのと,表板の左右にヒビ割れ----これはピックガードのヘビ皮が原因の故障ですね。明治の国産月琴ではよくある壊れで,生皮の収縮で柔らかい桐板が裂けちゃったもの。もともと皮のピックガードが必要な楽器ではありませんし,ほぼただのカッコつけの飾りですんで,楽器の将来のため,ウチでは修理の際ひっぺがして錦の布に貼り換えています。
  そのほかはフレットが2枚欠損。さらに第5と第7は入れ替わっちゃってるようです。同じくらいの長さだけどよ,第7フレットのほうが背が高いってナニよ?(w)古物屋さんのシワザですかねえ。
  あと胴四方接合部の剥離に,虫食いと思われる小孔が数箇所。やや大きめの圧痕や擦痕もいくつか見えます。それに上のほうで触れたように棹のお辞儀----しかしながら,全体的に保存状態はまずまずかと。

  んでは,裏板をへっぺがして内部の確認をいたしましょう。
  -----おぅ。
  こんなところに新機軸が………


  上桁は薄く6ミリほどの厚さ,下桁は左端が5ミリで右にゆくほど厚くなり,右端では倍以上の13ミリになってます。なんか意味があるのかなあ~,たぶんないだろうな~(w)

  音孔は上下桁ともに長さ9センチで左右のほぼ同じ位置にあけられています。片端にツボギリで孔を穿ち,回し挽きで貫いた模様。幅は1センチないくらい細くて加工も粗め「まあ開いてりゃイイわい」って感じかな。

  半月の下あたりにちゃんと陰月もあいてます。径3ミリほど。ふつうの四つ目ギリあたりであけたものかな。中心線に沿っていて位置決めなどはちゃんとしてるみたいですが,孔の端はボサボサで,これも「あけといた」ってくらいの加工ですね。


  2枚桁のパラレルで,胴内をだいたい3等分というその配置はごくごくありふれたものですが,響き線の反りがふつうと反対になってますね。通常は楽器のお尻方向に向かって弧を描いてるもんですが,棹がわにそっくりかえってるってのはハジメテみましたわい。

  響き線の基部は黒檀を刻んだ小さなブロックに刺さってます。同じこと,菊芳なんかもやってましたねえ。実験の結果,この響き線の基部の材質を変えるってのは,ほとんど意味がない(w)ことが分かってますが,なんとなく気持ちは分かる,って工作です。
  長2センチほどの細い四角釘でとめてありますが,このクギ,あまり見ないタイプですね。クギというのは結構種類がありまして,それぞれの職種で使うクギがあるていど決まってたりしますから,ここから作者の出身が分かるかも。

  では今回のフィールドノートをどうぞ。(下画像クリックで別窓拡大)


(つづく)


月琴55号 お魚ちゃん(4)

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斗酒庵 わらしべ長者 の巻2017.6~ 月琴55号 お魚ちゃん(4)

STEP5 魚の出てきた日

 さて,では裏板をふさいで。
 この物体を 「楽器」 へと戻してまいりましょう。

 裏板にはもともと板の真ん中あたりに,上下に貫通したヒビ割れがありました。剥がす時に左端の小板が分離して3枚になってしまいましたので,まずはこれを矧ぎなおして2枚に戻します。
 このくらいの作業だと,こんくらいの装置(?)でじゅうぶん。
 接着の良い桐板なので,ごくせまい接着面でも,ちゃんと擦り合わされていれば,左右方向に少しの圧力でかなりガッチリと継ぎ直すことができます。

 左右を少し離して接着,例によって真ん中にスペーサを埋め込みます。
 板クランプにはさみ,内桁部分に重しをかけて一晩。
 スペーサを埋め込み,固定してもう一晩。
 周縁とスペーサの周辺を整形して完成です。

 棹とのフィッティングを済ませたら,表裏を清掃。

 棹の調整は原作者がかなり神経質にやっといてくれたので,今回は角度や傾きを大げさに直すこともありませんが,部材の経年収縮で少しだけガタつきが出ているのと,棹・胴体の接合部にわずかな段差が発生しているので,延長材の先端と基部2箇所にツキ板を貼って修正しました----うむここが,たった3枚のバンソウコで済むのはホントに珍しい(w)。

 板がかなり目の詰んだ高級品だったおかげもあり,バチ皮痕の虫食いはごく浅いものばかり。今回はほじくらなくて済みそうです。

 木粉粘土で充填,エタノで緩めたエポキを滲ませて強化。
 ここと裏板の作業部分はあらかた均しておき,清掃の時に板からしみだした 「月琴汁」 をまぶして目立たなくしておきます。

 表裏板ともにさほどヨゴレはキツくなかったのですが,この清掃の時,半月の状態がちょっとおかしいことに気がつきました。
 その上面(糸孔のあいてる面)だけが,異様に真っ黒に汚れてるんですね。布でぬぐったら少しネチョっとする感じもあります。たしかにこの楽器において少々凸ってる部分ではありますが,ほかの部分のヨゴレがそれほどでもなかったのを考えると,なぜここだけ?----かなり不自然です。

 ----もひとつ言えば。
 この楽器はこれだけ魚づくしの満艦飾,半月も材料は紫檀かカリンを染めた上物なのに,全体を見渡してみると,この半月のあたりだけがデザイン的に妙にサミシイ感じになっています。このレベルの楽器だと,ここが透かし彫りの曲面になってるとか,上面にもっと飾りとかがついててもおかしくはないのですね。
 もっとも単純な板状であること,背丈が低めであること,そしてその上面の汚れかたの不自然さから言って,おそらくこの半月にはもともと,透かし彫りの飾り板が付けられていたのではないかと,庵主は考えます。とれたのが最近ではなく,かなり前だったとしたならば,ニカワの接着痕がまともに残ってなかった可能性もじゅうぶんにありますし,もしかすると,古物屋さんが汚い雑巾で拭いとっちゃったのかもしれない(泣)

 うむ,ここには後で何かこさえてあげることとしましょう。

 清掃で濡らした板を,二日ばかり乾かしたところで,仕上げに入ります。

 まずは山口とフレット。
 先に,整形しておいた山口を接着します。
 今回は指板が手前で切れて段になってるタイプですので,指板の厚みぶん丈やや高め,約12ミリにしました。

 つぎに,山口といっしょに脱脂し,乾かしておいた同材のツゲ板で,フレットを作ってゆきます。
 染めてないとほんとに,白っぽくて骨みたいな質感ですね。茶色い筋模様も,木の年輪とかよりはちょっと年代がついて変色した骨っぽい感じに見えます。
 工作は,竹よりは面倒ですが,骨や唐木よりはラク。
 櫛作るくらい密でカタい木ではありますが,切るのも削るのも比較的サクサクいきますからねえ。
 それでもほぼ一日を費やし,8枚完成。
 最終フレットで高さ 4.5ミリほど。オリジナルより平均で1ミリほど高くなってますが,清楽月琴としてはかなり低くそろってるほうだと思いますよ。このくらいなら,半月にゲタ履かせる必要もぜんぜんありませんね。


 整形したフレットは,薄めに溶いたラックニスのなかに数時間漬けこんで数日乾燥。#400から2000くらいまで番手をあげて磨いていって,つるッつるに----あ,マジこいつら骨みたいだわ。(w)

 フレットをオリジナルの位置に置いた時の音階は以下----

開放
4C4D-14Eb~4E4F4G+174A+135C+235D+155F+8
4G4A-124Bb+365C-165D+85E5G+75A6C-5


 ちょっと面白い結果ですね。
 低音開放からはじめたときの3音目,第2フレットの音がふつうよりかなり低めなほかは,ほぼ西洋音階準拠みたいになってます。この調弦だと第3音はふつう,ミ(E)の20%くらい低いあたりなんですが,これだとEbとEのぴったり中間。音階の特徴的なところだけがやたらと強調されていて,西洋音階から見た,清楽音階のカリカチュア,って感じ。
 そこから考えても,やっぱり作られたのは明治の後期でしょうね。西洋音階に慣れた人がそうじゃない楽器作ると,こんな感じになっちゃうんじゃないだろうか。
 胴体の「鸞」のデザインがちょっとモダーンなこととか,響き線の「舌」として入れられてたクギが西洋クギっぽかったのもあるし。


 フレットを西洋音階準拠に並べ直して接着,蓮頭とお飾り類をつけます。

 もともと,山口と第1フレットの間についてた小飾りが1コなくなっていたんですが,フレットを西洋音階に合わせたところ,第2・3フレット間がせまくなって,オリジナルでここに付いてたお飾りが入らなくなってしまいました。
 第2・3フレット間にあったのは,おめでたい感じの赤い鯛----色も目立つし形も悪くないので,これを一番上に移し,代わりのものをこっちのせまい空間用に作ってやろうと思います。

 さてでは,こういう時のデザインのネタ本を召喚!----『本草綱目』ですねえ。
 鯛をのぞくヘンテコなお魚のデザインは,たぶんこのあたりの挿絵からきてると思いますヨ。

 このあたりのお魚の絵を参考に,第2・3フレット間のせまいスペースに合うお魚を彫りあげます。


 ほかの小飾りと彫りの手を合わせ,不自然にならないような感じで…………どやぁ?
 絵はあくまでも参考。けっきょく彫り上がったのは,ドジョウだかサバだかウグイだかクチボソだか分からないシロモノではありますが,まあ,だいたいそれっぽい感じのお魚にはなったかと。

 あとは半月上面の飾り。
 おそらくはこういうのとかこういうのが付いてたと思います。

 「魚づくしの水中世界」がコンセプトだとすると,唐物月琴でよくある左の「海上楼閣(蜃気楼)」の絵柄なんかがバッチリなんですが,さすがにここまで細いの,彫りたくないなあ----「水草」くらいでカンベンしてもらいましょう。(www)

 ちなみに庵主,左の意匠が庵主と同じような動機で変化していった結果が,国産月琴でよく見る右の模様,だと考えています。
 てってーてきに簡略化されちゃってますが,全体のフォルムの相似とか,ならべてみると分かるでしょ?


 この手のお飾りは,だいたい1枚板を加工したものが多いんですが,今回は省力デザインのため,1/4円のものを2枚,左右対称に作ります。
 まずはカツラの端材板にだいたいの輪郭を描いて切り出し,さらに板を厚み半分のところで挽き割ります。
 表面を平らに整形したところで,2枚を両面テープで貼り合わせ,外縁と切り貫き。
 だいたいのカタチになったら,ふたたび2枚に割ってそれぞれ彫り込み,ヤシャブシとスオウでツゲっぽく染めたら出来上がりです!

 彫りはシンプルだったんでそれほどでもなかったんですが,半月の縁にキレイに合わせるのがちょっとタイヘンだったかも。

 「魚づくし」ですから,バチ布はやっぱコレですよねえ!
 「荒磯」----前も書いたんですが,「磯」ってわりに,この魚,鯉ですよねえ。
 「荒川」とか「深淵」の間違いなんじゃないのかなあ(w)

 この模様,室町時代に大陸から伝わってきたもので,名物裂の名前としては「あらいそ」とも「ありそ」とも読むそうです。
 ちなみに,漢字で言う「磯」ってのは「水面と陸地が接している場所」で,ほんらいはとくに「海」には限定されません。これを海岸の岩場に限定するのは海国である日本での用法。同じような場所でも,「岸」はそこが崖みたいに切り立ってる場所。「磯」は「石」へんなのからも分かるように主に「岩場」,陸がわから見た水際ですが,これに対して「渚」はサンズイ,そこの砂とか小石が寄って浅くなってる場所で「水のほうから見た水際」を指します。
 琵琶などの側面を「磯」って呼ぶのは,これを川などにつきだした岩場(みさき,などと同じような)に見立てたものでしょうかね。丸い岩場のふちを流水がめぐるように,音の波がめぐる場所ってとこかな----ほう「国際標準化機構」がイソなのは知っちょったが,「国際砂糖機関」もイソなんじゃなあ。(無駄知識)
 漢字の本も訳してる庵主(そうなのよ!)の漢字知識講座でした。ww

 そんなこんなでイロイロありましたものの,梅雨の終わりの6月末日。
 お飾お魚づくし,月琴55号,修理完了いたしました!!!

 こういう満艦飾の楽器というものは,お飾りとして作られたようなものが多く,姿かたちは立派でも音はてんで,操作性もヒドいものが多いんですが。お飾りの質と出来はともかく,この楽器の本体部分は,きちんと楽器として作られています。いまのところ誰だか分かりませんが,作者はこの楽器のことをかなりきちんと分かっているヒトですね。

 内部構造の組み方や接着具合,棹の設定や弦高などは,たんにガワだけ見て真似したような連中の工作ではありません。唐木の扱いの巧さ,工作の緻密さ。また胴が「太鼓」ではなく「箱」----きちんと密閉された中空の構造体として作られているところからすると,三味線屋ではなく琵琶師か指物などの経験者ってあたり,でしょうか。
 ちょっと前に修理した「佐賀県から来た月琴」とよく似ています。棹などの工作や,フレットのオリジナル位置での音階によく似通っているところもあることからすると,もしかすると同じ作家さんの作なのかもしれません。

 あちらにくらべると,材質などの面で若干落ちますが,じゅうぶんに贅沢な材料と木取りで作られているので,音質の面での退けはそれほどないかと。
 53号ほどではありませんが,かなり音量が出ます。音の胴体は深くやわらかくあたたかな感じなのですが,響き線はうまく効くと 「シーーーン」 という,かなり高音の冷たい金属的な余韻が長く耳に残り,冷暖ちょっとギャップのある面白い音色になっています。
 響き線の巻きが丁寧なせいか,鳴らすための「舌」がついてるにもかかわらず,演奏中のよけいな胴鳴りは少ないですね。おかげで演奏姿勢もかなり自由にとれ,比較的ラクちんに弾けます。

 あと,フレット----琵琶での「相」をのぞけば,この材料で作ってみたのはハジメテだったんですが,これ,悪くないですね。
 見た目もちょっと木だか骨だか分からない風だし,指を落とした時の感触がちょっと独特で,骨はもちろん唐木や竹よりも 「すべらか」 というより 「なめらか」 な感じがします。(感覚的物言いww)
 形状や加工の違いもあるんでしょうが,おなじツゲでも,ふだん使ってる一級品の黄色くてカッチリした材の,緻密な感じとはまた違った感触ですね。

 満艦飾なところとその意匠が,かえって好みの分かれるところとなっちゃうかもしれませんが,楽器としての実力はかなり高く仕上がっていると思います。

 さて,魚づくしの55号。

 次はどんなところへ回遊することとなるのやら。

(おわり)


月琴の製作者について(3)

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月琴作者列伝月琴の製作者について(3)-月琴作者の肖像-

 55号の修理はスローペースで進行中。
 4月にやらかした庵主こむらがえり,からの肉ばなれによる戦線離脱の影響,いまだに癒えず……あ,いや肉ばなれ自体はだいたい治ったんですけどね。懐入りがほぼ半月ぶん減ったもので。口のほうはともかく,研究のほうまではおアシがちょいと回らず,資金難のためちょくちょくと中断しております。
 野良の研究者ってのは,ほかが自由なぶん,まぁこういう時には困りますなあ。(w)
 作業ができないぶんは,できるとこから,ほかを進めてゆきましょう。

 現在,庵主がぱッと見で判別可能な月琴の製作者は,おそらく10人くらい。
 それもごく特徴的な工作・加工がなされていたり,ラベルが残ってたりする場合に限ります。

 名前はよく知っていてもその楽器をいちども見たことがない作者もいれば,こないだの52号みたいに,同じ作家の楽器はたぶん何度も見ているのだけどそれがどこの誰なのか分からないのもたくさんあります。
 大流行期,全国でいったいどれぐらいの人が,この楽器をせっせこっせっせこ作ってたかとなると,ちょっと想像もつきませんからねえ。
 もしご尊顔をおがめたなら,庵主,あちら(あの世)に逝ってから,ともに酒でも飲みかわしたいような御仁も,また出会いがしらドタマをゲンノウで横殴りにしてやりたい奴輩もたくさんおるのですが(w)もともと楽器店というものは,製造から販売までほとんど一人でやってるような,ごく零細な業者が多く,彼らがどんなツラぁしてたのかなんてことは,まず分からないものです。

 庵主が自分の研究の便にとこさえているものに 「明治大正期楽器店リスト」 というのがあります。
 実際には江戸幕末のころの資料からはじまってますが,主に国会図書館の資料中にある三都(江戸・京都・大阪)の買物案内や商店録を中心に,楽器屋の項目を見つけ出しては抜き出してるもので。2011年にはじめてもう6年くらいになりますか。そこそこけっこうな数のリストとなっており,この作成のおかげ(?)で,庵主,一部の作者さんに関しては,住所本名から電話番号まで,ほぼストーカー的知識を有するに至っております。(ただし,たいてい現在その住所に店はなく,電話番号は4桁だったりしますがww)

 庵主は頭の良いほうの研究者ではないもので,こういう場合の情報収集も,もっとも頭の悪い方法しか採ることができません----すなわち,あやしいとニラんだ資料をかたっぱしから開き,頭っからぜんぶ読んでゆくわけで。(w)
 もちろん,インデックスが付いてる場合はそこまでしません。何十冊何百頁めくって,琴三味線楽器の一文字も見つからないことも多いですね。でもまあ,昔のおかしな広告とか流行り物の宣伝とか,それなりに面白い余録がついてくることもあり,実はそれほどキライじゃないんです,この作業。

 今回はそんな最近の作業の中から,ちょっと奇跡的な例をいくつか。

 まずは『浅草人物史』(大正2)から 清琴斎仁記・山田縫三郎氏の肖像---若いなあ,なんかどっかのお坊ちゃんみたいですね。

 浜松の生まれで山田高次の二男。この父親は幕臣・近藤登之助の家臣だったそうで……おっと,近藤登之助といえば「旗本退屈男」のモデルじゃないですか。そこの家臣とな。
 旗本の家臣で,静岡は浜松ということは,維新後,徳川の旦那に従って一族移住した口ですな。十五六歳で上京,二十代で師匠の工房を受け継いだとのこと。

 その後,東京の楽器商の顔役みたいな存在にまで登りつめてたようです。庵主,都内うろついてて,三味線やお箏関連の碑文に名前を見つけて「おお~」ってなったことが何度かあります。

 この人が月琴を作っていたのはおそらく明治20年代の後半から。
 師匠で清琴斎初記・頼母木源七とともに,月琴をふくむかなりの数の清楽器を世に送り出したもようです。
 楽器のスタイルとしては関東型の棹長くやや大型なタイプ,基本的には量産型の普及品が多いのですが,部材の加工が精密で堅牢なうえ,生産数もやたらと多かったと見え,現在でも相当の数の楽器が残っていると思われます。
 木目などから見てあまり質の良くない材料でも,均等で精密な部材に仕上げていることから,伝統的な工具ではない,近代的な加工機械,たとえばボール盤やジグソーのようなごく単純な洋風工具を用いられていたのではないかと思われます。



 実際,師匠の頼母木源七と彼は,スズキバイオリンの祖,鈴木政吉と同時代かすこし前くらいに,国産バイオリンを手掛けたりもしていますし,後に販路を広げ,三味線・琵琶や箏などの邦楽器のほかにも,縦型ハーモニカ吹風琴や洋楽器類も手広く扱っていますので,いろんな楽器に対応できるような最新の工具を備えていたとしてもおかしくはありませんね。

 明治の末,農商務省山林局が『木材ノ工芸的利用』(M.45)という本を出しています。
 タンスやらイスといった家具のようなもの製作法やら,伝統的な各種組継ぎの方法,箏や三味線など楽器類の部材採りからその工法までがかなり詳しく書かれていて,その筋の自作木工マニアにはちょっとたまらん内容になっておるのですが。これを編むとき,東京においてまだ月琴など清楽器を作り,その用材や加工法について語ることの出来る者は,この山田楽器店主・山田縫三郎くらいしかいなくなっていたようです。


 最近,庵主はそれまで「目摂」と書いていた,月琴の胴体左右の飾りを 「ニラミ」,凍石などで出来た柱間の 「小飾り」 と書いてますが,それはこの本での山田縫三郎による記事から。「目摂」に比べますと,製作者間で通用の呼称みたいな感もありますが,同じ江都にてこの楽器に関わる者としてのセンパイ・リスペクトっす。(w)

 また以前「明笛について(19)」という記事で,昭和10年に出された 『工業・手工・作業・実習用材料-木・竹編-』(小泉吉兵衛) という本から右のような写真を引いたことがあったんですが----これ,この『木材ノ工芸的利用』からの無断転用だったみたいですね。まったく同じ写真が載ってましたから。

 とすればこれは,山田縫三郎の店の一角。すでに作られず売れもせず,倉庫にでも残っていた清楽器をかき集めた光景だったのかもしれません。

 20代で店を任され,博覧会や展覧会でも賞をとりまくってますから,創業者・山田縫三郎の手腕はもともと優れたものだったのでしょう。加えて時代を先読みした商品の拡大路線は当って,清楽が衰えたのちも,山田楽器店は蔵前片町の本店のほか神田にも支店を出すなど,いっときは都内でもそこそこの大手だったと思われます。


 大正1年の『京阪商工営業案内』の広告を見ると,猿楽町支店の店主名が 「名倉幸之助」 になってます。この人も明治終わりごろの博覧会で清笛・明笛・喇叭の類でよく賞をもらってた作家さんですねえ。山田縫三郎も吹風琴作ったり尺八で賞をとったりしてますので,糸竹両方イケた口だったんでしょう,うらやましい。(w)

 その後,昭和10年代に本店を神田に移した(昭和9年の電話帳ではまだ蔵前片町)もようですが,昭和17年の中央区の電話帳にもまだ「山田縫三郎 山田楽器店 神田小川町」と記されてますからそのあたりまではどうやらご存命。その後裔がそこで戦後~昭和40年くらいまで楽器店を続けていたそうですが,ざんねんながら本店のもとあった浅草蔵前片町にも,支店のあった猿楽町にも,いまは何も残ってません。

 この件に関しましては,「楽器商リスト」の縁による,
  さるヴァイオリン・マイスターからの情報で道がイッキに啓けました。
 まことにありがとうございます!



 あと二人,最近あい次いで 「面の割れた」(w)作者がおります。
 まずは明治43年刊『名古屋知名人士肖像一覧』より,「鶴寿堂」こと鶴屋・林治兵衛。

 「鶴寿堂」の楽器はこのブログでも,もう3回ほど登場していますね。
 カヤを主材とした重厚な音のする楽器の作家さんです。一見すると飾りも少なく,どちらかといえば武骨な感もあるのですが,よく見ると蓮頭やニラミ,扇飾りなどにきわめて精緻な彫りが施されている場合があります。またネックの裏がわ,棹背のところについた微妙なアールが美しい----細すぎず太すぎず,なだらかなふうわりとした曲線は,まさしく店名・堂号にある「鶴」の首みたいです。

 あと,ラベルのほか,かならずどこかに署名を入れてくれてるのも有難いですね。板書きしたものではありますがその字もなかなか達筆ですし,22号のように 「花裏六(注)」 なんて洒落た銘を入れてたりするとこから見ても,けっこうな教養人だったのではないかと思われます。『愛知県実業家人名録』(M.27)のころの住所は上園町。明治の終わりごろには西区下長者町一丁目になっています。この人も,月琴の製作は明治20~30年代のようですので,楽器に書された住所は上園町になってることが多いですね。

  注:花裏六=訶梨勒で,おそらくは楽器同様に壁にぶるさげられる伝統的な飾り物に見立てたもの。

 庵主の見つけた資料中で彼の名前が最後に見えるのは,明治45年版の『交信資要』。大正12年に出された『愛知県商業名鑑』では,鶴屋の店主は 「林岩蔵」 となっていますので,この10年あまりの間にお亡くなりになったか,引退して代替わりなさったのではないかと。同じ資料によれば 「創業は安政年間」 とのこと。

 なるほど,老舗の主人っぽい----そう思ってみると,写真の風貌も実にそんな感じですね。
 ガンコそう(w)


 おつぎも同じく『名古屋知名人士肖像一覧』より,小林倫祥。
 このブログの記事では扱ったことがありませんが,楽器は何度か見かけ,実際に手に取ったこともあります。
 彼の月琴はあまり奇抜なところもなく,ごく「標準的な楽器」という印象。清琴斎のものによく似た量産月琴を,けっこうな数作り,大流行期の関西方面ではけっこうメジャーな作家の一人だったようです。
 こちらも山縫同様,博覧会で何度も賞をもらってますから,腕前はもちろん悪くない。
 清琴斎の楽器に比べるとやや棹が太く,部材の加工精度はわずかに劣りますが,材は若干上等。胴がやや厚めで,響きは悪くないです。ほのかに暖色な空間系。

 うん,山縫同様,やっぱり洋装ですね。
 なんとなくそう思ってました(w)

 大正2年の『名古屋の実業』には

…明治維新ニ至リテ弾琴ノ道大ニ廃絶シ,深窓ニ弾奏ノ声ヲ絶チ,古琴ハ多ク古物商人ノ店頭ニ曝サレ,甚シキハ破壊シテ火鉢ニ製作スルコトノ流行スルニ至レリ。明治五六年ノ頃,市内袋町・小沢林蔵,小林倫祥,大ニ之レヲ惜ミ,多ク古琴ヲ買収シテ他日ノ流行ヲ期待シツツアリシニ,明治十四五年ニ至リ弾琴ノ趣味勃興シ,古琴応用ノ到底需要ノ大勢ヲ充スニ足ラザルヨリ,小林氏モ琴製作ノ業ニ転ジ,是ヨリ次第ニ製作者モ増加シ来リ今日ノ盛況ヲ呈スルニ至レリ。

----と,その楽器店主となった経緯が書かれています。
 こういうの読んじゃうと,月琴の流行期にその製造にまで手を伸ばしたのは,「同じ "琴" だから」 みたいなところも多分にあったのかもしれない,とか考えちゃいますねえ。まあ,その月琴もまた,時代の流れでかつての「古琴」と同じような扱いを受けることになるとは,作ってた時には想像もしなかったかもしれません。

 おじいちゃんやご先祖が「楽器を作ってた」なんて伝承の伝わっている方にお願い。
 一度ぜひ「明治大正楽器店リスト」をたぐってみてください。
 そんでもしその中に該当する人物がおったなら,庵主までご連絡を---
 ウラ話とか残ってたら,ぜひそれも添えてね(w)
 どうかよろしくお願いいたしまあす!!
(つづく)


月琴55号 お魚ちゃん(3)

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斗酒庵 わらしべ長者 の巻2017.6~ 月琴55号 お魚ちゃん(3)

STEP4 きぬぎぬのよあけ


 さて,測るものも測り,調べるところもあらかた調べ,ひっぺがすものも身ぐるみひっぺいだ(w)ところで,いよいよ修理開始です。

 いつも言ってるように,楽器はいくらおキレイに外がわが直っていても,その内がわで薄板一枚・棒一本はずれていたら,それだけで何の役に立たない,タダの置物にしかなりません。
 まあ,今回の楽器。意味もなく魚づくしの満艦飾なところからも想像がつくように,多分に 「お飾り月琴」 のキライはあり。表板にキズ一つ見当たらないことから言っても,おそらく,楽器としてはほとんど使用されたことがないと思われるのですが。棹の角度調整もしっかりされており,内桁の接着は頑丈で,胴の作りや響き線の加工も丁寧----本体部分のみに関して言えば,ちゃんと楽器として製作されてはおります。
 山口やフレットなど,欠損している部品を補作してあげれば,あとは経年の損傷と原作者のちょっとした工作ミスが少々。さほどのこともなく,マトモな楽器として再生させてあげられることでしょう。
 そのためにも,まずは内がわから----

 下桁の割レを継ぎます。
 これはもともと割れの入ってたとこが,裏板ひっぺがしのときに完全に逝ってしまったもの。
 そもそもの原因は響き線を鳴らす 「舌」 として打たれた鉄クギ。原作者の少々無茶な工作のために割れたもので,もともと割れるように出来てるような箇所ではないですし,大切な響き線の基部にも近いので,ここはエポキで継いでしまいましょう。


 つぎは右下の接合部。
 まあ原作者が胴体組み立ててみたら側板の長さが,1ミリくらい足りなかった,と。
 で,ここまできて直すのも面倒だしぃ,まあこのくらいなら唐木の外皮で締めつけておけばへっつくだろう----てな感じで。

 石工用のハンマーの尖ったほうで殴るぞ,オイ。

 唐木の飾り板の浮き,裏板のヒビ割れ,地の側板の剥離。
 この楽器の主要な故障のほとんどが,おそらくここの工作不良に起因しています。
 もちろんこのままには出来ませんので,ここが今回一番の要修理個所ですね。

 問題の箇所を補修する下準備として,手はじめにまず,地の側板のハガレを処理しておきます。ここがきちんと固定されてないと,部材が動いてこの後の作業の精度が下がりますからね。

 真ん中あたりの接着面に浅い虫食いがあって,そこからハガれたらしいので,そのあたりに板のスキマから木粉粘土をつっこみ,充填してからニカワを垂らしこんで固定。
 余分な木粉粘土とニカワがにじゅるとハミ出してきますので,きっちりと拭い取っておいてやります。

 そしていよいよ問題の右下接合部。
 まず,スキマにぴったりはまるような小板を作ります。
 端材の中からちょうどいいくらいのカツラの板を発見。接着も良い木ですので,これでいきましょう。
 スキマを埋める板が出来たところで,接合部にニカワを流し込んでつっこみます。事前の調査で異常はありませんでしたが,ついでにほか3箇所の接合部や内桁のホゾなんかにも新しいニカワをたらしこんでおきました。
 そこですかさず間髪入れず。胴側に太輪ゴムをかけてしめあげ,接合部各所を密着。
 右下接合部は,内がわの補強板も片がわ接着がはずれちゃってますので,ここにもニカワを浸ませ,輪ゴムの外からさらに,クランプで3D的に固定しときます。

 スキマ充填,接着補填。これにて内部構造はガッチリと固まりました。
 もともと部材が厚めで工作もよく,材質的にも接着に問題がないんで,きちんとニカワ仕事が出来ていればバッチリへっつく類の作りになっています。
 そのあたり,ひとつ前にやった53号なんかと比べると少しラクですね。

 つぎの日に再接着箇所を確認。
 地の側板や接合部のニカワのはみだしや,側面の工作アラの細かな凸凹を軽く均したところで,飾り板を巻き直します。
 まずはニカワを滲みこみやすくするため,本体側部の表面と唐木の飾り板を湿らせます。
 本体のほうはいいんですが,飾り板のほうは唐木なんで滲みこみが悪い。こういうときは,筆でぬるま湯を刷いたあと,表面にラップをかけておくといいです。

 そのまま10分ほど置き,いい感じに湿ったところで,緩めに溶いたニカワを塗布。楽器にだいたいぐるっと巻きつけたところで,端をちょっとクランプではさんで一時固定。その隙に太輪ゴムをかけ回します。

 接着面をじゅうぶんに濡らしといたので,輪ゴムをかけてからも調整する時間がかなり取れました。しめあげる輪ゴムを増やしながら,浮いてる箇所,ずれてる箇所を修正していったところ。両端のそろう棹口のところで,板が左右合わせて2ミリばかり余り,重なってしまいました。
 飾り板の端を急遽削らなければならなくなったんですが,縛りつけているゴムを当て木で浮かせたりしてよけながらの,せまい中での作業----使える工具も限られ,けっこう大変でした。
 まあそんな甲斐もあり,こんどはもう,どこにも浮いてブヨブヨしてるところはありません。(喜)

 百年前には輪ゴムなんてものもなかったでしょう。

 たぶん当時は,濡らした麻ヒモとか革ヒモなんかで縛りあげ,固定したもンかと思われますが,その手だと,瞬間的なしめつけの力は輪ゴムより強力なものの,かかる力の分布と持続性に少し問題があって,工作のムラができやすいんですね。

 オリジナルの接着剤自体はムラなくついてたのに,あちこちに浮きやハガレができちゃってたのもしょうがないとは思います。この原作者の木工の腕前自体は,おそらく庵主なんかよりかなり上だと思うんですが,100年の時間の流れ。まあ使ったのは現代ではありふれたモノではありますが,その工具の差が出ましたね。

 胴体を緊縛ボンテージ鬼しばりしている間に,欠損部品の補作にも取り掛かりましょう。

 まずは糸巻。
 例によって材料は¥100均のめん棒36センチ,スダジイとかの類で出来てます。
 今回はちょっとレベルの高い楽器なので,高級月琴に多い六角三本溝にします。

 普及品の楽器なんかだと六角形各面一本溝のタイプが多いですね。この溝はまあ飾りみたいなものなので,1本が3本に増えたからと言って,なにか操作性が向上するようなわけではありません。

 作り手の手間が三倍になるだけですね(w)

 おつぎは蓮頭。
 「魚づくし」なんていう装飾例がほかにないし,作者も不明なので,もとはどんなのが付いてたのか,まったく見当もつきません。
 まあこの楽器,ほかの飾りはだいたい揃ってますので,庵主が遊べるのはここくらいなもの。
 いっちょう派手に遊んでみましょう。今回はいつもみたいに意匠の意味や,吉祥などはあんまり考えない方向で。

 こんなん出来ました~。

 楽器の先端に仔猫が2匹。
 視線の先には水面----ここには翡翠色の凍石をはめ込みます。この小さな水たまりは,糸倉から下,魚づくしの水中世界へと通じてる,って感じで。
 いつもながら,庵主がネコを彫るときは,いつもちょっとあざとい(w)です。

 両方ともスオウ染ミョウバン媒染,薄くベンガラ下地で仕上げにオハグロ染。

 このところ定番の,深い紫黒色に染め上げます。
 仕上げは柿渋と亜麻仁油ですね。

 山口とフレットはツゲで作ります。
 オリジナルのフレットは竹でしたが,これも水中世界の一部にしちゃいたいので,ここでもまた,ちょっと遊ばせていただきましょう。

 いつも使ってる黄色い上物のツゲじゃなく,ちょっと前のベトナム琵琶魔改造でも使った,琵琶撥の端材。
 染めないまま磨くと,ちょっと白っぽく骨材みたいな質感になるのと,そこに入ったマーブル模様が,水中にある岩の表面にも,流水のゆらめきのようにも見えます。

 下磨きまでした山口と板状に切ったフレットの材料は,いちどアセトンで脱脂と軽く漂白。ツゲは密なので塗料染料の染みが悪いのですが,これしとくとニスの滲みこみが若干良くなります。
 強度的には問題がない材なので,今回のニス塗りは,あくまで表面の目止めとツヤ出しが目的です。


 さて,二日ばかり鬼六先生ばりの緊縛を施した胴体。飾り板の再接着もうまくいきました。
 さすがは現代科学(ゴム輪)。さっきも書いたとおり,浮きもなくバッチリへっついてくれたようです。これであと裏板をもどせば,胴体の修理はだいたい完了。


 楽器の修理のやりかた,というか,仕事の仕方というものは人によって様々ですが。庵主は細かい仕事を同時進行で片づけてゆき,最後にそれを一気にまとめる,というやり方が好きです。
 前にも書いたかもしれませんが,それまでは一見関係・関連のなさそうなバラバラの物件が,パズルのピースのように,パチパチと火花を放ちながら組み合わさって,それぞれの意味を叫びながら一つのモノとなってゆく光景,というのが何ともたまらないんですね。
 ただ,この方式だと,一度作業を始めたらノンストップ。スピード落ちるとぶッ飛ぶ爆弾の仕掛けられたターボチャージャー付きロードローラーなみに,最後まで止められません。最終工程のあたりは分刻み作業で,三日くらいほとんど徹夜みたいな状態となりますので,気力と体力,あとなにかしら,生きる上で大切なもの(w)がギセイとなります。
 ウチの修理は「修理」というより楽器の「再生」作業に近い。いちど失われたイノチを蘇らせるためには,それなりのカクゴと等価交換が必要,ということでしょうなあ。

 よって修理が終わると庵主,すべてを使い果たした状態,まッ白のバタンきゅうで寝込むことが多いです。さらに最近はまあ,寄る年波のだっぱあぁんとともに,年々キツくなっておりますですヨ,ハイ。

 次回はそういう(w)仕上げ工程のおハナシとなります。

(つづく)


糸巻がゆるみやすいとき

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斗酒庵 糸巻指導 の巻糸巻がゆるみやすいとき

STEP0 ゆるゆるゆーてぃ

 ウチで修理した楽器の場合。
 とくに糸巻がなくなっちゃってて,新しく作った楽器の場合などは,糸倉と糸巻の噛合せ等ちゃんとやってますので,修理後スグにゆるゆる~なんてことはまずナイ(と思うんですがww)。

 音合わせがどうしてもうまくいかないとき,大きな原因のひとつがこの糸巻のユルみです。

 1) 気がついたら糸巻のところで糸がほぐれてユルユルになっちゃってる。
 2) きっちり音を合わせたのに,糸巻がはずれて糸がもどってしまう。

 というようなことが頻発した場合----まあもちろん,単純な加工不良が原因な場合もあるのですが,そこらへんを疑う前に,まず確認してほしい点がいくつかあります。
 今回はそこらへんをまとめてみましょう。


確認1 糸巻の扱いかたが三味線式

 ほかの楽器の前科餅(w)の方にけっこう多いのですが。
 三味線の場合,調弦の時は糸巻を糸倉から少し浮かして音を合わせ,最後に糸巻をぎゅッと糸倉におしこんで止めるとゆーことをします。
 しかしながら,月琴の糸巻と糸倉は,三味線のと違う作りになっています。さらに単音の三味線と違って,4弦2コースの複弦楽器。2本の弦を「同じ音」にそろえる,という行為はかなりセンシチブなものなので,三味線と同じやり方をすると,最後の 「ぎゅッ」 のところで音が微妙にズレてしまうため,いつまでたっても糸の音がそろいません。
  
 またこの方式でやると月琴の場合,「ぎゅッ」の後も糸巻が糸倉の中でちゃんと止まってない場合が多く,つねに抜けやすくゆるみやすい状態になってしまいます。
 三味線弾きの場合,クセもついちゃってましょうが,「おかしいな」と思ったら,ちょっと注意してみてください。

 月琴の正しい糸巻の持ちかた・扱いかたは以下の記事をご参照あれかしこ。


確認2 糸巻の握りかたが違う

 まず最初に----

 糸巻の握りかたが,画像のようになっちゃってませんか?
  
 これが初心者に最も多い 「ダメダメ握り」(w) というものです。

 月琴の糸巻は先細りになってますので,こういうふうな握りで糸巻を回すと,回したら回したぶんだけ,先端が糸倉から浮き上がって,どんどんはずれていっちゃうんです。
 ----そうですね。ネジ回しでネジを抜こうとしてるのと同じ状態,ってとこでしょうか。
 月琴の糸巻の回し方は,むしろドライバーでネジを押し込む時のほうに似ています。
 こういうダメダメなやりかただと,調弦の時,たとえ一時的に音がピッタリ合っても,糸巻が糸倉にちゃんと固定されていないので,手を離したら糸巻が動いて,音がすぐにズレてしまうわけですね。

 糸の張り替えで,糸巻によぶんな部分を巻き取るときなんかは上の握りかたで回しても構わないんですが。
 糸があるていどピンとなってから,「さあ音を合わせるぞ!」 ってときの,糸巻の正しい持ちかたはこうです----
  
  A(左):糸倉と糸巻のお尻に指をかけ,糸巻が抜けないよう「おさえこみ」ながら回す。

 あんまり糸巻を 「押しこむ」 ほうに気を入れると,こんなふうに糸倉パックリ割れちゃいますからね(泣)
 あくまで,「抜けようとする糸巻をおさえこむ」 くらいの感じでお願いします。
 これは沖縄三線のちんだみなどでやるのと同じ方式ですが,庵主なんかも手が小さいんで,これだと小指が糸巻のお尻にとどかないことがあります。そのときはB(右)の方法で,

  B(右):反対がわの糸巻をひざなどに当てて,糸巻のお尻のあたりを握り込み,軽くおしこむようにしながら回す。

 画像と反対がわの糸巻を合わせる時は,ヒザじゃなくて肩や胸に押し付けたりしますね。

 そのほか,A)に似たやりかたとして,楽器を膝の上に置いて,こんなふうにやる方法もあります----
  
  C:人差し指を糸倉にかけ,糸巻の尻をおさえこむようにしながら回す。

 曲げた人差し指の先を壁にして,糸巻をおしこむわけですね。
 演奏の最中とかならAかBのほうが,とっさの対応が可能なのですが,ゆっくり時間をかけて調弦出来る場合はこちらのやり方でもいいです。楽器を寝かせてやるので,面板の上にチューナーを置いて確認しながら微調整が出来るのも利点ですね。


確認3 巻き取った糸が寄りすぎてないか?

 ウチでは月琴の弦に,お三味の糸を使っています。
 月琴はお三味にくらべるとかなり短いんで,糸の余分は,糸倉のなかに巻き込み,巻き込んだぶんはそのまま,すぐ使える予備の糸としています。
 半月のほうで切れた場合,だいたい2回くらいまでは同じ糸をそのまま使えるので経済的なんですよね。
 しかしながらこの,けっこうな長さ巻き込んだ余分の糸が,糸倉の中で悪サしてることがあるんですねえ。
  
 糸巻がなんかの拍子にハズれて,ぎゅるんと戻っちゃった後とか,糸を張り替えた後なんかによく起こります。
 急いで巻いたりするとこんなふうに,テキトウに巻き込んだ糸が邪魔になって,糸巻を糸倉から押し出してしまうことがあるんですね。
 対処法は,糸巻から糸を引き出し,キッチリと巻き直してあげるだけです。

 糸が軸孔に噛んじゃうと,傷んで切れちゃうこともありますし,あんまり一箇所に寄せて巻いて,おダンゴを作っちゃうと,弦の反発がすごくなって糸巻が回ったり,最終的な音合わせがうまくいかなくなったりもしますので,糸はなるべく均等に,キッチリ巻いてあげましょう----この楽器の扱いの中で,意外と見落とされがちな部分です。


確認4 それでもうまくいかない場合

 まずまず初心のうちは,上記のような理由であることが多いんですが,以上を確認しても,まだユルみやすい,音が合わないといった場合には,次のようなマジ故障のこともあるのでご連絡を。

 1)糸巻の加工不良。
 2)棹なかごの接着剥離。
 3)棹孔の割れ。

 1)はまあ調整ミスですね,ないではないです,ごめんなさい。
 2)3)の場合は糸を張るときよく見てると,若干棹が浮き上がったり動いたりします。こういう時は,棹を抜いて胴体の棹口と,棹なかごの基部を確認してみてください。
 2)の場合,棹本体と延長材を持って軽く反りや曲げをかけると接合部にスキマができちゃいますし,3)の場合は棹口のどこかにヒビ割れが出来ちゃってると思います。棹口に指をつっこんで軽く広げてやれば確認できるかと。
  
 何度も書いてるように,清楽月琴ってのは13コしか音のない,おぼえちゃえばバカでもネコでも弾ける,ごく単純な楽器ですが,「音合わせ」はこの楽器を扱う上での最初の関門。とはいえ,弦楽器ってのはチューニングができなきゃ,基本弾けないものです。

 さあ,みなさんがんばって,快適な月琴ライフを!!!

(おわり)


月琴55号 お魚ちゃん(2)

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斗酒庵 わらしべ長者 の巻2017.6~ 月琴55号 (2)

STEP3 渦まき楽器クロニクル

 ふぅ…………
 なかなか,良かったぜ。(…シクシク)

 というわけで,内部構造確認と修理のため,裏板をひっぺがしました。

 側面に貼りまわした唐木の薄板は,表裏の面板の間にはまってるカタチになってるんで,どのみちどっちかの板をハガさないと確実な修理ができませんゆえ……
 表板ははがすと後が面倒ですし,さいわい裏板は真ん中にビッっとヒビも入っており,その両端にハガレも少々----いえいえ,ただもうナカミを見たかっただけとか,お父さんの目覚まし時計同様ぶッ壊してみたかったとかいうわけでは,けっしてけしてございません。

 まず目につくのは響き線ですね。
 渦巻線自体は珍しくありませんが,取付けられているのが下桁で,さらに片側に寄っています。
 定番は上桁の真ん中か左右に一つづつ,といったところで。まあ推測するまでもなく,そのどちらもシロウトさんならだれしもが思いつきそうな 「いかにも構造」 ではあります。
 それに対してこちら。演奏位置に立ててみるとこれが,お客さんのほうに最も近く向き合う位置となりますので,もしかすると若干の音響的効果を考えてなされた工夫だったかもしれません。

 少しサビは浮いていますが,線の状態はごく健康的。
 かなり丁寧に,キレイに巻かれてます。
 下桁に挿されているクギは線の固定とはまったく関係なく,線を鳴らすための「舌(ぜつ)」 として入れられたモノと思われます。四角いクギでですが,頭がT字形になっていたり表面に若干加工の痕が見られますのでよく見かける和クギではなく,西洋式の丸クギを叩いて平たく延べたのかもしれません。
 ただ,こういう角のある鋭いモノを,ただでさえ割れやすい針葉樹材(おそらくマツ)の板に遠慮なくぶッこんだものですから,クギの刺さっているところから割れが入り,裏板がわがほとんどブラブラになるくらいハガれちゃってます----ちょっと下孔あけてから,とか考えなかったのかね,このヒトは(w)


 側板の本体は,やや厚めのホオ材。四方の接合部をちょっと彫り下げて小板を渡し着け,接合を補強しています。この補強工作のおかげもあって,四方のうち3箇所までは,カミソリの入るスキマもないくらいガッチリとくっついていますが,裏板がわから見て右下にあたる接合部の接着がトンでおり,完全に分離してしまっています。
 側部飾り板の浮きや裏板のヒビ割れなど,この楽器の主要な故障の原因は,おそらくここからきてるものかと直勘されますが,さて,どうでしょう。

 ひとしきり確認し,計測をすましたところで第二段階。


 側面の飾り板をハガします。
 これは唐木の薄板をただ巻いてへっつけてあるだけなので,現状のように何箇所も浮いたところがあるとそこからペリペリ,かんたんにハガれちゃいますね。

 (悪代官) うりゃああああっ!!
        よいではないか,よいではないか!

 (村娘) あ~~~~れ~~~~~!

 てな感じに。(w)

 ううむ,なるほど。やっぱりなあ…
 飾り板をハガしてみたところ,先に触れた右下接合部が,およそ1ミリほど離れちゃってます。周辺に表板との接着の剥離や接合部の歪みもないので,これ,よくあるように材料が年月を経て縮んじゃったとかじゃなく,もともと部材の寸法が足りなかっただけのもののようです。
 この作者,工作の誤差であるこのスキマを埋めないまま,飾り板で巻き締めて誤魔化しちゃったんですねえ。樽とか桶でもあるまいに…………まったくもう,意外と大胆な力ワザだなあ。(汗)

 続いて,棹と表板上のお飾りや,接着痕に残った古いニカワなどをとりのぞき,修理への下準備をはじめます。
 この手の満艦飾な楽器の例によって,凍石の小飾りもニラミも余計なくらい頑丈に貼りつけられてますので,けっこうタイヘン。あちこち難渋しましたが,なんとか三日がかりで,月琴の身ぐるみをぜんぶひっぺがすことに成功いたしました。

 左右のニラミも真ん中の板飾りも,本物の唐木----たぶん黒檀----ですね。
 材料的にもお金のかかってる楽器です。

 ではここで恒例のフィールドノートを。
 損傷個所と各部の寸法など,詳しいデータはこちらに書き込んであります。
 下の画像,クリックで別窓拡大。
 何かの参考にどうぞ。


(つづく)


月琴WS@亀戸 2017年7月!!

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斗酒庵 WS告知 の巻2017.7.30 月琴WS@亀戸 エラい人には分からんのです!! の巻


*こくちというもの-月琴WS@亀戸 7月場所 のお知らせ-*

 ----飾りなんて飾りです!!(w)

 2017年,7月の清楽月琴ワークショップは,月末30日,日曜日の開催予定。
 会場はいつもの亀戸 EAT CAFE ANZU さん。

 いつものとおり,参加費無料のオーダー制。
 お店のほうに1オーダーお願い。

 お昼過ぎから,ポロポロゆるゆるとやっております。
 参加自由,途中退席自由。
 楽器はいつも何面かよぶんに持っていきますので,手ブラでもOK。

 初心者大歓迎。1曲弾けるようになってってください!
 中国月琴,ギター他の楽器での乱入も可です。

 やりたい曲などありますればリクエストをどうぞ----楽譜など用意しておきますので。
 もちろん楽器の取扱から楽譜の読み方,思わず買っちゃった月琴の修理相談まで,ご要望アラバ何でもお教えしますよ。

 とくに予約の必要はありませんが,何かあったら中止のこともあるので,シンパイな方はワタシかお店の方にでもお問い合わせください。
  E-MAIL:YRL03232〓nifty.ne.jp(〓をアットマークに!)

 お店には41号と49号の2本の月琴が預けてあります。いちど月琴というものに触れてみたいかた,弾いてみたいかたで,WSの日だとどうしても来れないかたは,ふだんの日でも,美味しいランチのついでにお触りどうぞ~!

 さてさて,夏のニガテな低血圧庵主。7月も30日といえばもうまつもなっさかり----生きてるかな?

 8月は庵主帰省のため,お休みさせていただきます。では夏のブランク前の開催,ふるってご参加アレ!

月琴54/55号 (1)

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斗酒庵 わらしべ長者 の巻2017.6~ 月琴54号/55号 (1)

STEP1 53号の遺産(1)

 53号は良いところへお嫁にまいりまして,お父さんとしては一安心。
 今回は向こうでお持ちの楽器と交換,ということで。
 以前にうちで修理を手掛けた山形屋の楽器が,代わりにやってまいりました。
 自腹切ったわけではないので「自出し」というわけではありませんが,まあこれを54号といたします。

 修理記は こちら。

 このあいだ修理した52号とタメ張るくらい,ピカピカ真っ白の新品状態で出てきた楽器でした。
 修理と言っても,原作者の手抜きっぽい棹の調整不足の補正と,内部でひっかかってた響き線の調整をしたくらいで,あとはほぼオリジナルのままで最高のコンでッション。

 帰ってきてから小リビジョン。
 原作で山口の糸溝がやや広すぎたのを,コース一つぶん内がわに切りなおしたのと,バチ布をエンジから黒紺のに貼り替えました。

 お江戸の月琴らしい,澄んだ,ガラスの風鈴みたいな響きの楽器----すぐ弾ける状態です。

 あらたなお嫁入り先ぼしゅうちゅう!


STEP2 53号の遺産(2)


 さて,こちらは今回の交換で 「これはオマケ」(ありがたや) としていただいたモノ。 これもまあ「自出し」ではありませんが(w),55号とさせていただきます。

 全長:635。
 胴縦:359,横:360,厚:37。
 有効弦長:430。

 胴側に唐木の薄板を貼りまわした満艦飾の高級月琴です。

 蓮頭,糸巻4本全損,山口,いちばん上の小飾り,棹上フレット全損。
 バチ皮はなく,接着痕には浅いですがけっこうな虫食いが見られます。そのほか胴に数箇所虫孔アリ。
 裏板中央付近に上下ほぼ貫通したヒビ割れ,あとは胴側の飾り板が数箇所浮いています。

 欠損部品と虫食いが少しあるものの,保存状態は上々。表裏板の質も悪くなく,工作もけっこうしっかりとしています。

 サイズ的にも工作の面でも,この間修理した「長崎からの月琴」や「佐賀県から来た月琴」にたいへん近い楽器ですね。


 コードネームは 「お魚ちゃん」。

 いちばん上の小飾りが何だったのかは不明ですが,そこから エイ,タイ,フグ? カレイ? アリゲーターガー?(w) コイ----と,小飾りが「魚づくし」になっています。

 扇飾りは凍石で菊,中央飾りは唐木でキリン。
 左右のニラミも唐木で,流麗な鸞が付けられています。

 糸倉はやや厚めで,アールがきつく,間木が分厚くなっています。
 うなじはやや長く平たく,棹背は鳥の頸。胴との接合部で33,うなじの手前あたりで21,なだらかな曲線を描いています。
 指板は唐木。関西に多い,山口のところで切れているタイプですね。


 棹を抜いてみましょう----なかごがかなり短いですね。
 断面がほぼ真四角。月琴の棹のなかごとしては太目です。
 棹本体は軽く染められ,生漆をさっと刷かれているようですが,なかごの基部のところは染められてないのでもともとの木肌が出ています。延長材はホオだと思うんですが,棹本体は木理やや粗く,アッシュなんかに近い感じ……シオジあたりかな? さて,どうでしょう。
 基部表がわに経木のスペーサが貼られており,棹はきちんと角度調節されています。測ってみると,山口のあたりで背がわに3ミリ----一見お飾り月琴ですが,そのへんのことはちゃんと分かって作ってる人みたいですね。

 棹孔からのぞいてみますと,内部は比較的清潔。
 桁は2枚で,棹なかごの長さからも分かるように,上桁は胴のかなり上のほうに取付けられています。部分的に見える下桁も,実にきれいに工作されています。
 表板を叩いてみた感じから,響き線は渦巻タイプだと思われるんですが,上桁には基部がない。おそらくは下桁か地の側板に付けられてるんだと思います。

 前回の「長崎からの月琴」は依頼修理だったので,何の理由もなしに,板ァひっぺがすわけにもいかず,内部構造に一部不明点を残したままで終わってしまいましたが,今回はいちおう自出し(系の)楽器。

 側部飾り板のウキの修理もありますので,心置きなく身ぐるみハガさせていただきやす。

 うぉりゃああッ!!
    ちゃっちゃと脱げやあッ!!!


(つづく)


フレットがポロリしたら

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月琴ファーストエイド の巻フレットがポロリしたら

STEP0 世に悲しみのつきぬよう,フレットポロリは月琴の宿命。



 清楽月琴のフレットはポロリします。

 どんなにしっかりへっつけてても,何時の日か,というか,まあけっこうしょっちゅう,ポロリとはずれよります。

 清楽月琴のフレットがポロリするのは,ごくふつうのことなので,これを直すのも,楽器のホコリを払ったり,糸を張ったりバチ皮のめくれをちょいと直したりするのと同じくらいのこと----この楽器持ってる以上,どッちにせい必ずやらなきゃならなくなる 「日常のメンテナンス」 のひとつ,だと考えてください。

 ----さあ,もうアキらめて,さッさとやったやった。(w)


STEP1 水で濡らすだけ。

 とはいえまあ,はじめてポロリするとけっこうビックリしますよね。

 ----でも,慌てないで。
 …おい,その手に持ったボンドとか瞬間接着剤は捨ててもらおうかッ!
 さもなくば,撃つ!!

 カンタンにポロリする,ということはへッつけるのもカンタン,ということでもあるのです。

 はじめはもっともカンタンな直しかた。
 まずフレットの裏と,そのフレットのへっついてたところを筆や綿棒でちょっと濡らしてみましょう。
 5分くらいおいて。
 ちょっと触ってみて少しでもベタつき感があるような大丈夫----接着剤のニカワはまだ生きてますので,次のようにすればだいたいはへっつきます。



STEP2 ニカワをつけよう。

 STEP1の修理はまあ,あくまで応急処置的なもので。
 2度ほどポロリをくりかえすと,ニカワの接着力がなくなって,へッつかなくなってしまいます。
 また,もともとニカワが薄かったり(足りなかったり),劣化して接着力が落ちちゃったりしている場合。
 何度やってもすぐポロリしちゃう場合などは,ニカワを足して接着しなおします。

 ほかのサイトとか,うちの記事で楽器修理の様子見てくれてるヒトだと,「ニカワで修理するなんて難しいことできないぃいッ!!」  とか思っちゃうかもしれません。
 まあたしかに----ニカワの扱いはボンドや瞬接に比べるとメンドいかもしれませんが,それはあくまでこれを「煮蕩かし」ドロドロにして使う,本格的な修理でのハナシで。

 庵主でも,日々のフレットポロリくらいで,
   いちいちニカワ湯煎するなんてこたァしませんて。
(w)

 うちの月琴引き取ってくれた方なんかには,たいてい楽器渡した時にいっしょに,小袋に入ったメンテナンス・キットを差し上げてるはず----その中に細切れにした 「棒ニカワ」 が入ってると思います。

 これを使います。

 フレットの底とへッついてたところを,あらかじめ濡らしておいてやるところまでは,前のステップと同じ。
 以下,手順。

 楽器のほうにもすこしヌルヌル,なすりつけといてやるとより効果的。

 ならすとき,ニカワが固まったり着けすぎてダマみたいになっちゃったときは,指に水をつけてなぞってなめらかにして,接着面にカタマリができないようにしてやってください。

 ニカワによる上手な接着のコツは 「薄くまんべんなく,そして軽い圧」 です。

 へッつけたあと,マスキングテープを上から渡しかけてやるとか,ちょっとした重しを上に乗せといてあげると,接着力がさらに高まります。


STEP3 もしも

 間違ってヘンなとこに貼っちゃった----とか,
 あとで見たら曲がってたりしてた時も,慌てない。

 フレットの前後に水を刷いて,しばらく(10分くらい)おけば,だいたいはまたモゲます。

 接着がうまくゆきすぎ(w),ガッチリ着いてなかなかモゲないようなときは,同じところにチリ紙とか脱脂綿に水をふくませたのを置いてやります。1時間くらいすれば,だいたいはモゲましょう。

 んでまたやり直せばヨイ。
 ニカワでの作業の良いところは,何度もやりなおしが効くところなのです----時間単位でも,百年単位でも。

 「棒ニカワ」 は画材屋さん,あるいはいまだと通販でも手に入ります。
 日本画のコーナーとかにありますね。画材屋さんによっては1本売りしてくれるところもあり,1本売りだと,ふつうはそんなに高いものじゃないです。

 接着するだけならべつだん「粒ニカワ」や「粉ニカワ」でもいいんですが,持ち歩く便を考えると,やっぱり棒ニカワがいちばんです。「液ニカワ」だと着かないんでご注意。

 使い終わった棒ニカワは,
  こんなふうにして立てて乾かしておきましょう。


 フレットに限らず,小飾り,蓮頭なんかがとれた時も同じような方法で良いですよ。

 んでは,メンテナンスもおぼえて,
   どうぞ快適な月琴ライフ(w)をお過ごしください。


(おわり)


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