ナゾの清楽器(w)3

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斗酒庵変テコ清楽器の旅ナゾの清楽器3-3つの Gekkin-(w)

 Alessandro Kraus "La Musique au Japon"(1878)初版には,
 「Guekkine(月琴)」と称する楽器が,3種類も紹介されています。
 まずはクラウスさんの解説をうかがいましょ----

Guekkine fig.13
月琴属の楽器は人気があり,我々のギターと同じくらい広く爪弾かれている。もとは中国から渡ってきたもので,fig.13 に示した細長い4本弦の「ゲッキン」は,中国のピパに似た形状だが,内部には弦音に共鳴するような鉄片が仕込まれており,寸法も異なる。フレットも8枚しかなく,4枚がネック上,残り4枚が共鳴胴の上に配置されている。この4弦の「月琴」は全長655,横幅は最大で223,最大厚は36,複弦で,ナットからブリッジまでの弦長は430。中国の楽器がだいたいみなそうであるように,糸倉頂上にはとても大きな飾りがついている。

Guekkine fig.11 
 fig.11 に示した円形胴の「ゲッキン」は,胴内にリゾネーターが仕込まれており,形も中国のものとほとんど同じだが,フレットは8枚しかなく,棹もやや長くなっている。共鳴胴は円形で,三日月形の装飾が2つ付けられており,直径は350,厚みは36,楽器全体の長さは670,ナットからブリッジまでの弦長は430である。
 中国からはこのユエチン(Yne-Kin),日本でいうところのゲッキンという名前の起源が2説伝わっている。
 その一つは,中国の武則天の時代(684-705 AD)に,蜀の男が墓の中で,銅で作られた誰も知らない弦楽器を見つけ,月のように丸かったので,「月の琴」-すなわち「ユエチン」と名付け,その楽器を元に木で作ったものがはじまりだというもの。
 別の伝説によると,それは「竹林の七賢」の一人として有名な阮咸(Ynen-hien)の墓の中で発見された,テラコッタのギターに由来するとされる。日本のゲッキンはその偉大なる男の名前を継いだ楽器で,誉あるその名のもとに,単なる弦楽器としての域を越え,偉大なる音楽器として愛されるに到ったのだという。

Guekkine fig.12
 fig.12,6弦の「ゲッキン」は,ひとつ前に述べたゲッキンとほぼ同じで,弦が6本あるところのみ異なっている。6本の弦は3つのペアになっており,フレットは棹に8つと共鳴胴に8つ,つごう16配置されている。全長は745ミリ,ナットからブリッジまで間隔(有効弦長)は466ミリである。

  **原書p.70-72より 庵主訳出**

 いちばん左の「ゲッキン」は----うん,まぁこりゃ,わたしたちの知ってる「月琴」ですね。ニラミが三日月になってますが,これはおそらく琵琶の半月(三日月型ですがこう言う--メンドくさいww)をへっつけたものでしょう。
 大昔の西洋の本や和漢三才図会に載ってる「月琴という名前の楽器」あるいは「月琴みたいな楽器」に,こういう琵琶風のサウンドホールのついてるものがありますので,古物屋としてはそういうモノに近づけたかったのかもしれません----「ぜんぜん知らない楽器」より,「ほらこれ…この古い本に載ってる楽器がコレですぜ!」の,ほうが高く売れますので,ぐえっへっへ。(元古物屋小僧,悪い顔をする)

 真ん中の琵琶型楽器は,サイズ的にも見かけ的にも中国で弾かれている「柳琴」に似てますが,このころの柳琴は2弦か3弦の楽器だったようなので,4弦2コースというあたりに少し疑問はありますが。フレットが8枚で配置も月琴と同じになってるとこから見ると,それこそ当時の柳琴か子供用の琵琶を改造したものかもしれませんね。

 6弦の月琴については詳細不明。6弦3コースですから三味線の複弦みたいな感じでしょうか,あるいは唐琵琶の低音側3本,C/F/Gみたいになってたかもしれません。
 『音楽取調成績申報書』(明17 p.307)に,今の文部省にあたるお役所が,月琴を改造して教育楽器とするとし「其絃数ニ一絃ヲ加ヘ」た楽器を作ってみた,とか書いてあります。図面も実物もお目にかかったことがないので,この楽器以上にナゾではあるのですが,これが1単弦を付与して5弦にしたではなく,1コースを加えて6弦にしたのだったらこの類に当るかもしれません。
 そのほかこちらがわの資料に,これに該当するような楽器は見当たりませんが,8弦の楽器だと「雲琴」というものが,いくつかの楽譜集の口絵に見えます。明治のころに考案された楽器で,要は月琴を複弦化して大きくした,みたいなもののようですが,実物にはいまだお目にかかったことがなく,文献上もこれが演奏に使われたというような記事は見つからないので,試作されたていどか,あるいは絵図上のお餅楽器だったのかも。

 ピゴットさんは自説として 箏>月琴>琵琶 という発展図を描いていたようで,箏>月琴 の中間楽器として前回紹介した "Nichin" をあげてます。さてこの fig.13 の楽器あたりなんかは 月琴>琵琶 のミッシング・リングとして最適と思われますが,どうやら?(そこまで精読してないので不明ww)
 また上に紹介したように,クラウスさんの本には 阮咸>月琴 という通説は出てくるものの,楽器の「阮咸」それ自体については触れられていません。図もないので持ってなかったのでしょう。一方,前々回のお話でも少し触れたように,ピゴットさんの本ではこの「阮咸(Genkwan)」が,Gekkin,Ku,Shunga,Shigen という「月琴とその愉快な仲間たち」に加えられているわけですが,彼はこれを通説とは逆に 「月琴から派生した楽器」 として紹介していますね。
 まあ当時の流行具合を考え,また清楽において月琴がメイン楽器とされていたことからも,こっちを主体と考えたのでしょう。中国の文献において,この八角胴長棹の楽器が「阮咸」と書かれている例は寡聞にして知りませんが,日本でこの楽器が「阮咸」の名で呼ばれたのは「清」楽の前の「明」楽で,この楽器が「月琴」と呼ばれていたことに起因するものでしょう。日本における明楽の成立自体は,明という国がぶッ潰れてからずいぶんと過ぎたあたりなので,これは別段「明代にこの楽器が月琴と呼ばれていた」ことを指すわけではなく,明楽の連中が当時たまたま手に入った清の楽器を使ったという程度のことだと,庵主は考えています。前々回も書きましたが,清の乾隆年間(18世紀)くらいまで,少なくとも清朝宮廷内で「月琴」というのは,モンゴル音楽に使われていたこの八角胴長棹の楽器でしたので。
 清楽の連中はまあそういう歴史的なことに関係なく,類書・文献からの牽強付会で「(唐宋の時代の)阮咸は月琴とも呼ばれた」というあたりから,「阮咸は月琴の古称である」>「月琴の前に月琴だった楽器だから阮咸」 みたいにつなげていったのだと思います。ほかに適当および的確な起源説が見つからなかったとはいえ,けっこうな有名人までこれを提唱したもんですから,馬琴さん周辺のなんでも学者さん以外はその通説に疑問も持たなかったんでしょうなあ。
 阮咸>月琴 説への反駁については以下等も合わせてご笑覧ください,にゃむにゃむ----
 月琴の起源について(1)~(3)「阮咸編」
(おわり)

ナゾの清楽器(w)2

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斗酒庵変テコ清楽器の旅ナゾの清楽器2-Nichin-(w)

 さて,西洋資料珍楽器の旅は続きます。
 まあ,今回の楽器は正確にはぜんぜん「清楽器」じゃあありませんが,「月琴」に関わってきちゃった楽器なもので,とりまご紹介をと。
 前回も紹介した明治のお雇い外国人,法律家の F.T.ピゴットさんの本に,こんな一節があります。

 The Gekkin may have preceded the Biwa, but the dates vouchsafed to us by the books do not afford any reliable guide: the only visible link between the two groups is the circular Koto, the Nichin, which very probably suggested the circular body of the Gekkin.

 月琴は琵琶より古いものなのかもしれないが,その年代を書中に見つけようにもよい参考書がない。見た目だけから言えば,月琴を暗示させる丸い胴を持っている "Nichin" が,唯一その琴と琵琶の二つのグループをつなぐものである可能性がきわめて高い。

 "The Music of the Japanese" (1893 F.T.Piggott)p.165 'Japanese musical instruments'より

 薩摩琵琶や筑前琵琶に関しては,その楽器としての完成は,月琴の渡来時期よりも後になりますので,「月琴のほうが古い」という説は当ってます----楽琵琶とか平家琵琶だと負けるけどね~。前にも書きましたが,いまわたしたちが「月琴」と呼んでいる,棹が短くて円形胴の楽器が確認できるのは,どう早く見積もっても17世紀か18世紀以降にしかなりません。唐宋のころの「阮咸」から「月琴」が派生した,なんちゅうのは,どこぞの三流文人あたりがひねくりだした牽強付会の駄法螺でしかありませんし,だいたい清朝の宮廷では,乾隆年間にはまだ「月琴」というと,清楽で「阮咸」大陸で「双清」と呼ばれている長棹八角胴の楽器でしたしね。
 日本の楽器はさまざまな地方からの寄せ集めみたいなものですから,AがBになってCが出来るみたいな系統進化はありませんし,そもそもボックス・ハープである箏とリュート属の琵琶,そしてスパイク・リュートの仲間である月琴は,その起源も系統も全く異なるものであって一元的には解釈できないものではあるのですが----

 ま,そのあたりは今回置いときまして。
 上に引いたピゴットさんの文にある "Nichin" という楽器がこれです----

 fig.24 の "Nichine" は円形のプサルテリーに属する楽器で,様々な太さで色の違う6本の弦が張られている。第1弦は,他のものよりずっと太く,黄色で,力強い低音を発し,2弦は薄い青,5弦は黒く6弦は白である。これらの6本の弦は,木製のペグに取り付けられ,32センチ離れた2本のブリッジを通過している。このペグは小さな木製のキーで回すことによって調弦される。"Nichine" は直径39センチ,その側面の高さは4センチである。
 内部には小さな鉄片が仕込まれている。この鉄片の仕掛けは日本の楽器では一般的に見られ,楽器を揺さぶって音を出すのに使われる。

"La Musique au Japon" by Alessandro Kraus
  1st.1878 p.67-68 より訳出。

 ピゴットさん,この楽器を「琵琶・月琴属と箏をつなぐミッシング・リング」みたいな扱いで,ほか2箇所ほどにも類証で使ってるんですが----

 いやこれ,どうみても壊れた月琴の胴体を使った,リサイクル楽器ですよね?(汗)

 フランス語の "Nichine" が英語で "Nichin" になったわけですが,もとは「二琴」ですかね「日琴」ですかね,あるいは中国語で「あなたの琴(ni-chin)」と言っているのかも知れませんが,庵主的には2番目の「日琴」を推します----「月」琴から作ったので「日」琴,出まかせ的には申し分ない(w)まあ,いまの普通語(中国語)で「r」ではじまる発音を,西洋では昔「j」もしくは「n」で表記していたこともあるので,中国語で「日琴(ri-qin)」そのまんまかもしれません。前回も書いたように,クラウスさんのこの本には,これもふくめて本当に「日本の楽器」なのかどうかがアヤしいものもかなり含まれてますからね。
 青い糸はたしか八雲琴で使われますね。黒ってのは何かな?八雲琴には紺・緑という組み合わせもあったようなので,片方が色薄くなればそれかも。黄色は琵琶でも三味でもお琴でも,白は月琴でしょうかね。庵主はお三味の黄色い弦を使ってますが,むかし売られていた専用弦は白だったようです。おそらくはこのお糸からして寄せ集めだったのでしょう。
 またこの粗い画像からでも,フレットか半月の剥離痕じゃないかというような箇所が,上下ブリッジのあたりに見られますしね。
 直径が39センチ,というあたりが月琴の標準を超えてる(ふつうは35~6センチ)んですが,画像をもとに,ブリッジ間を32センチとして計算してみますと,どうやってもそんなに大きくはならない。むしろ36センチくらいですので,この部分は植字工が数字の上下ひっくり返しちゃったのかもしれません(w)胴の厚み4センチは月琴の胴の標準的なサイズです。
 だいたいが胴体内部に響き線----クラウスさんは「日本の楽器では一般的」とかほざいておりますが,そうでないのはみなさんお分かりの事(ですよね)。そもそもこの「響き線」という内部構造は,当時流行っていた清楽の楽器,とくにその国産楽器では一般的な仕掛けだったのですが,ほかの和楽器にはたいして波及していません。前に書きましたが,日本ではメイン楽器の月琴に仕込まれてたもので,日本の職人さんが勝手にほかの楽器にもぶッこんじゃったようなのですが,この構造をもつのは中国でも月琴くらいで,阮咸にあたる双清や弦子には仕込まれていません。

 前から思ってたんですが……いやあ,音楽とか楽器の研究者さんって,ゲージツに関わってるだけにみんな純情なんだなあ----と,汚れちまった悲しみにどッぷりと漬かっている元古物屋小僧の文献系研究者は,しみじみ思ったのでした。(w)
(おわり)

ナゾの清楽器(w)

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斗酒庵変テコ清楽器の旅ナゾの清楽器-Ku,Shunga,Shigen-(w)

 「月琴」という楽器が日本で大流行していたのは「文明開化」と呼ばれた明治の御代。幕末期に閉塞していた文化が,開放された諸外国との交流と,激動する世界情勢からの強烈な刺激とで,一気に,爆発的に展開していった時代でもあります。
 それと同時に,いや実際にはそのちょっと前からなんですが,日本から出ていったウキヨエージャポーン(漆工芸品)なんかをきっかけに,向こうでもこの日本という国に対する関心が高まっておりまして,西洋の新聞や雑誌なんかにも時々,日本を紹介する記事が載ったりもしておりました。
 そういう記事の中には当然,その時代にちょうど流行っていた「月琴」や「清楽」についての記事が含まれてたりするわけですな。まあたいがいは,フジヤマー見ながら遊んでた時に,ゲイシャーが弾いてくれたとかいう程度のものなんですが。中にはたまーに,かなりつっこんだ研究や,日本の資料のほうにまるで残ってないような記録が隠れてたりしてるんで,庵主,そっち方面もけっこう調べて回ってます。いや正直,江戸時代の草書体の本よりは,英語やフランス語の資料のほうが解読速いんだよねワタシ。(ちな,庵主の卒論は Mother Goose についてのものでしたし,初めて翻訳した本もアメリカ人の牧師さんが書いた英語の本でした----中国学科出身ですがwww)
 今回はそんな西欧の文献で見つけた楽器のお話----
 ある時,そんなフジヤマーな記事を検索していたら,こんな文章にぶちあたりました。
 ("The Music of Japan" by Arthur Elson :The Musician.1904. より)

ゲッキンはバンジョーに似ているが4弦でネックがとても短い。これもまた象牙もしくは鼈甲製のピックで弾かれる。ゆるく固定されたピアノ線が内部に仕込まれており,それがシャラシャラと鳴って趣のある効果を出すのだ。ゲッキンは主に軽めのしっとりした歌の伴奏に使われているが,ゲンクヮンクーという同類の楽器も同じような流儀で使用される。シゲンもこれらと同じような形状の楽器だが,これにはフレットがない。
*この前にシャミセンの紹介があるので,そのバチからの流れと思われる。

 まあ gekkin(ゲッキン) が「月琴」,genkwan(ゲンクヮン) が「阮咸」だろう,というあたりは問題もなく間違いもないんですが----これらと「お仲間」みたいに書かれてる,この Ku(クー)と Shigen(シゲン),ってなぁに?----清楽器だとしたら,日本の文献ではついぞお見かけしたことがありませんが……

 同じ名前の楽器がこれと同じ順番で,この2年後,1906年に発表された "Japanese Music and Musical Instruments"(by Randolph I.Geare 1906.12 The New England magazine.)にも見えますな。

ゲッキンは「小琵琶」とも「月形琴」とも呼ばれる。日本で最も弾かれている中国楽器である。これから派生した別の中国楽器にゲンクヮンというものもある。小さなプレクトラムで弾くのだが,それには長い絹紐と房飾りが付けられている。ゲッキンとの違いは主にその胴が八角形であることと,棹がとても長いことである。このゲンクヮンに近い楽器としてクーというものもある。胴が円形なのと,華やかに金彩で装飾が施されてているところが異なる。また,より古くから弾かれている楽器にシュンガというものがある。これはプレクトラムではなく指で弦を弾いて弾く……


 中国や日本の文献では「ゲッキンからゲンクヮンが生じた」のではなく「ゲンクヮンがゲッキンになった」のが通説となってますが,まあそもそもが古い文献から牽強付会された根拠のない起源説ですんで気にしない。(w)月琴の異名として "miniature-biwa","moon-shaped koto" というのが紹介されてますねえ----九州だかの博物館で展示品の月琴に「月琵琶」とプレートに書かれてた例があったんですが,ほかで聞かないところをみると案外このあたりをごっちゃにした誤解だったかもですね。"gekkin", "genkwan", "Ku" に続いて Shunga(シュンガ)という,これまた聞きなれない名前の楽器がさらに加わっています。

 さらに探っていくと, James Huneker さんという人の "Melomaniacs"(1902) という,小説やらエッセイやらよーわからん小品集,世界中の楽器が入り乱れて大合奏!みたいなシーンがあるんですが,そこでもこんな一節を見つけました----

Then followed the Biwa, the Gekkin snd its cousin the Genkwan; the Ku, named after the hideous god; the Shunga and its cluttering strings;

これに続くはビワ,ゲッキン,そしてその親戚のゲンクヮン,畏き神の名を襲いしクー,さらにシュンガまたけたたましき弦音響かす…

 おおぅ…いかにもなんか中二病っぽい文章。(w)
 "Ku, named after the hideous god" って----「クー」なんてカミサマ,日本にいたか? ケルトか何かの天空神に,たしかそういう名前の女神さまがいたような気はする。
 ちなみにこの本,いま読んでもイマイチどこが良いのかはよく分からん(すんません)のですが,当時はそこそこに売れて評判になったらしく,人気の役者さんが朗読会で読みあげたりしてるみたいです。
 それはともかく,月琴と阮咸以外の知らない2つの楽器がここにも出てきてますね----しかも順番まで同じ。こいつらはいったいどこから紛れ込んで,月琴やら阮咸やらと同類の楽器みたいな感じになっちゃってるんのだろう----と,似た内容の記事を検索して追跡していったところ,Louise E.Dew という人が1900年に書いた "Musical instruments of Japan" 1900.3 "Music")という記事にたどりつきました。

The ku is an instrument similar to the genkwan, but with a circular body. It differs essentially from all other instruments of its class, being richly ornamented with gold lacquer designs. There are four strings and nine frets, but they are not tuned in pairs like those of the gekkin. The shunga is a very ancient instrument which resembles the kokyu in the construction of its body, but with five frets on a neck slightly shorter than that of the gekkin. It is strung with four strings, one much thicker than the rest. It is played by plucking the strings with the fingers instead of a plectrum. As in the case of the ku the strings are not strung in pairs.
The shigen lies midway between the two groups of instruments----that is, those with frets and those without. In construction it is allied to the gekkin, being somewhat larger, and having an octagon body like the genkwan. It also has the vibrating wire, but no frets.

クー はゲンクヮンと同類の楽器だが,胴体は丸い。ほかの楽器と違って洗練されており,金色のニスによる数多くの装飾で彩られている。4本の弦と9つのフレットを持つが,ゲッキンと違って複弦にはなっていない。 シュンガ は胴体の作りがコキュウに似ているが,非常に古くからある楽器で,ケッキンよりわずかに短い5つのフレットのついたネックを持ち,4本弦だが1本だけがほかより顕著に太くなっている。これはプレクトラムの代わりに指で弾いて演奏される。またこれも Ku 同様,複弦にはなっていない。
シゲン はこの分野におけるフレット楽器とフレットレス楽器の,ちょうど中間にある楽器と言えよう。構造的にはゲッキン ほぼ同じだがやや大きく,胴体はゲンクヮン同様に八角形となっている。ピアノ線の振動体は仕込まれているがフレットを持たない。

 原文と訳文は途中からになってますが。全体の流れからも,この前のゲッキンに関する部分に "miniature-biwa","moon-shaped koto" という異名が記されているあたりからも,Randolph I.Geare さんとかの記事の内容が,ここから引き写されていったものだろうというくらいは容易に想像がつきます。

 しかし,まぁ…ふむ,なるほど…たしかにこの書き方だと確かにクーシュンガシゲンも,「ゲッキンとゲンクヮンの愉快な仲間たち」と読めなくもありませんな。(w)

 しかしながら実のところ,このデュウさんの記事のこの部分は,イギリス人のF.T.ピゴットさんという人の書いた "The Music and Musical Instruments of Japan" (1893)という本からのほぼまるっと引き写し----今風に言うところの「コピペ」なんですね。

  F.T.ピゴットさん(Francis Taylor Piggott 1852-1925)は,法律の専門家として日本に招聘され,伊藤博文の法律顧問,明治憲法の草案作りにも参画した方。音楽やら風俗の研究家としても業績を残しております。
 専門は法律とはいえ,本の内容はけっこう専門的で確か,庵主も以前にさんざ参考にさせてもらったくらいで,そう妙なことは書かんはずだ,と思ってましたので原典を再読してみますると,くだんの箇所には「ビワおよびゲッキンの仲間である以下の楽器についての記述,フランスの M.Kraus の本による----」という但し書きがありました。  「M.Kraus」ってのが「ムッシュー・クラウス」(クラウスさん-フランス人だもんね)だということに気が付かず,頭文字がMの名前ののヒトだと思い込んで多少手間取りました(w)が,明治のころの音楽研究者の「クラウスさん」で,日本について書いてる人,という筋でたどっていきましたら,いたよ,いましたよ,この人,この本ですね。

 Alessandro Kraus(1853-1931)
   "La Musique au Japon" (1st. 1978)

そしてその本をめくっていったところ,巻末の図版に----おおぅ,これは……はじめ記事の中に名前だけ見つけたときは 「"Ku"…"空" かいな?--悟ってどうする! "Shunga" だぁ?--エロい!いやそりゃ"春画"だろ!」 と一人ツッコミ入れるぐらいで,正直「実在する楽器」とすら考えてなかったんですが,図版の中にはたしかにそれらしい楽器の写真が………「クー」「シュンガ」も,いちおう存在してたみたいですね!少なくとも本の中的には。(w)
 名前からも分かる感じではありますが,ちなみにクラウスさんはフィレンツェの生まれ,本はフランスで出されてますが「フランス人」ではなく正確には「イタリア人」ですね。
 この本自体と著者の来歴もちょいと調べましたが,このクラウスさん。親子二代にわたる楽器コレクターで音楽研究家ではありますが,これ以前に実際に日本に来たことがあるわけではないようです。楽器の解説を見ても,沖縄の三線が朝鮮のシャミセンになってたり,「ミンテキ(明笛)」が尺八の類になってたり,どう見ても明らかに日本の楽器じゃなさそうなモノや,ほかで見たことも聞いたこともないような珍楽器が出てきたりと,まぁかなり愉快なところもたくさんありますね。
 シノアズム・ジャポニズム盛んなりし当時西欧の流行に乗ってか,この本は10年ほどの間に10版ほども再刷されてまして,版により図版が少しづつ違ってたりしています。また古い写真なもので図版中の楽器の番号が読み取れない部分も多く,本文の記述と照らし合わせながら楽器の画像を同定していった結果が以下----

 まず Koo(=Ku),全長:110cm。これは沖縄の御座楽で使われ,現在名古屋の徳川美術館に所蔵されている「長線」とほぼ同様の楽器のようです。徳川美術館の楽器は寛政年間に江戸上りの琉球の使節から尾張徳川家に献上されたものですが,さて,こちらはどのような経路で海外に流れたものやら。寸法や全体の形,装飾なども酷似しています。
 庵主はこれを,御座楽にしろ琉球の宮廷楽にしろ,演奏するための楽器として常用されていたものではなく,献上品として----なかば置物・装飾品な贈答品として作られたものではなかったかと考えています。「月琴」でも結婚式の引き出物としてデコったものを贈る例がありますので,あれと同様の意味合いを持つものかと。これはおそらく,古いタイプの「阮咸」(清楽の月琴・阮咸とは関係のない古代楽器)を模したものだと思われます。正倉院に残っているような唐宋時代の「阮咸」は,大陸でも明代にはほとんど滅びていたようなのですが,竹林七賢図などの絵画などに描かれたそういう楽器を,風雅な文人趣味的玩弄物として復元製作した例がいくつか見られ,これらもそうしたものの一つと考えます。
 また「長線」という名前はこの徳川美術館所蔵の楽器以外,文献の上では,大三線--大陸で言うところの「大弦子」(棹の長い大型低音の弦子)を意味する言葉で,琉球使節関連の古図にもそういう楽器として描かれている例が残っています。徳川美術館の楽器はおそらく,オリジナルの箱が破損したかして,間に合わせにサイズの合う「長線」の箱に入れられた,というような事態でもあったのでは?などとも庵主は考えてますよ。

 ちなみに上がクラウスさんの本にある Chosene(=長線)棹の長さだけで1メートル20センチの大物です。ここまで長くはありませんが,同類の楽器は清楽でも使われてました。これは特大ですが,このくらい長いともちろん,腕は棹のてっぺんまで届きません。だいたいの場合は棹の途中にギターのカポタストのような弦枕をしばりつけ,調子を調整して使用します。一人が棹を持ち,もう一人が少し離れて胴のところで弦を弾く,という弾き方もあったようですね。

 つぎに Schounga(=shunga),全長60センチ----あ,こりゃ正直まったく分かりません。(w)ただ少なくとも日本の現行の楽器にこれっぽいものはないようですね。寸法から言っても全体に胡弓みたいな感じですが,月琴か阮咸の壊れた棹を適当な箱胴につっこんだように見え,皮張り胴にこのブリッジとフレットだと,工作的にちゃんと音が出るか,この寸法とフレットそしてバランスで,果たしてまともな演奏が出来るのか,楽器職としては疑問がないでもありません。
 だいたいが Koo にしろこれにしろ,日本語的に名前がおかしい。日本語の語彙の中で一音節の楽器,てのはあんまり例がないですし,Schounga のほうも,音から連想されるのは上にも書いたように「春画」ぐらいなもの。ショグーンがデデイワって名前だったりする世界と近しいものを覚えます。

 そして Schiguene(=shigen),全長90センチ。 名前だけに関して言えばこれはまだ理解が出来ます----おそらくは「四弦」なんでしょうね。これもまた現行の日本の楽器に似たのはありませんが,八角胴の阮咸や月琴に類する楽器を「四弦」とか「四線」と呼ぶ例は琉球の御座楽ほか中国南方の少数民族にもあります。フレットレスになってますが,もとからこの状態だったかについては多少疑問がありますし,もし本来はフレット楽器だったとすると,「碗碗腔月琴」をはじめもしかしたら,と思われる近い楽器はいくつか思いつきます----まぁもっとも,どれも「日本の楽器」でも「清楽器」でもありませんが(w)
 楽器の部分に関する限り,クラウスさんはどうも古物商とか楽器屋の言った事,ほぼ鵜呑みにしてそのまんま書いちゃってるみたいですね。
 庵主が毎度言ってるじゃあないですか!
 古物屋稼業なんてそんなもんなんですから,マトモに信じちゃいけませんよぅ!!と。(^_^:)

 どう考えても調べても,これらのうちのどれ一つ,月琴や阮咸とタメを張れるほどポピュラーな日本の楽器だったとは思えません。もし実際に使われたことがあったとしても,それは個人レベルでどっかの人がたまたま創作しちゃったモノだとか,日本人がどっかの国の珍楽器を入手して一時的に弾いていたとかいう程度じゃないかな。
 そもそも,先に紹介したピゴットさんが「クラウス氏の本に出てくる楽器」とことわりを入れて引用し,文章は原文ほぼそのままの訳で,楽器の具体的な挿絵や写真を入れてないのも,昔読んだ本には出てたけどこげな楽器,実際に日本に来てみたらカゲもカタチもなかったし,周りの誰も知らなんだからだったんじゃないでしょうか。
 今回の一件「ナゾの清楽器」の発生はつまり,こういう経緯だったんでしょうね。

1)ことのはじまりはフランスで A. クラウスさんが「日本の弦楽器」として,

  Koo,Schounga, Guekkine, Schiguene,

  ----という楽器をこの順番で紹介。(1878年)
  この時点では「これはこれにカタチが似てる」とか,同じ図版にいっしょに写ってる,くらいしか関連性はありませんでした。この本の記事を----

2)イギリス人のF.T.ピゴットさんが引用。(1893年)
 ここで楽器の名前が英語読みに変換されます----

   Ku,Shunga,Gekkin,Shigen,

 そしてここで gekkin の後に Genkwan が加わります。
 この時点でもまあ「琵琶および月琴の仲間の楽器」とはしてるものの,月琴と阮咸以外には音楽的な関連性があるようなことは書かれてません。しかし,このピゴットさんの本から----

3)アメリカ人の L.デュウさんが,それをほぼコピペして自分の記事に引用。(1900年)
 ただこの際に,楽器の解説をあちこち削って短縮しちゃったのと「原典がクラウスさんの本」だというあたりを書かなかったのがネックですね。これが原因で----

4)さらにこれがほかの記事でくりかえし引用されるうちに。

   Ku,Shunga,Gekkin,Genkwan,Shigen,

 という5つの楽器が,いつの間にか「月琴・阮咸と愉快な仲間たち」として,ひとかたまりで一人歩き(変な言い回しw)をしはじめちゃいました。 そして最終的には J.Hunekerさんの小説なんかで,5つの楽器がいっしょくたに,bedlam に(アタマがアレしてるみたいに)大合奏("Melomaniacs" 本文中の表現より w)----なんて事態にもなっちゃったわけですね。

 いやあコピペというものが百年以上むかしからあって,こうして情報に齟齬障害を生み出してるわけですよ。皆さん,ネット上でも軽率なニュース・情報のコピペには,くれぐれもご注意くださいな。
 「月琴や阮咸の仲間」として,見たことも聞いたこともない楽器の名前があげられてる,こりゃ何じゃ?というところからはじまり,これだけのことを確かめるため,庵主は1週間以上の時間(ほぼ毎徹)と資料(フランス語とドイツ語とイタリア語を含む)を2000ページ以上読み飛ばす,という事態に陥りました----原因を作ったクラウスさんとデュウさん----痛くしない!痛くしないから…ちょっとこっちィ来なさい。(と,笑いながら石工用のハンマーを握りしめますwww)
(おわり)

月琴57号 時不知 (4)

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斗酒庵 高級シャケにまみえる の巻2017.10~ 月琴57号 時不知 (4)

STEP4 髪結い看板の冒険

 さて57号「時不知」,修理もあと一息!
 まずは裏板の接着。
 前回書いたように,裏板はかなり状態が悪く虫食いも多かったので,新しい板を間に入れて矧ぎなおしました。
 接着後,板のほかの部分に合わせて染め,古色付もちゃんとしますが,まあ多少BJ先生になるのはしょうがないところです。

 最後にあけておいた真ん中のスキマに板を埋め,板表面とハミ出してる周縁を整形したらできあがりです。

 棹のフィッティングも済ませましたし,胴体も箱になりました。
 半月を戻しましょう。

 剥離の際に,端っこのところを少し欠いてしまいましたので,これを直しておきましょう。
 初代不識の月琴の半月は,下縁部が刃物で削ぎ落したかのような面取加工になってるのが特徴。かなり角度がゆるやかなぶん,端っこのほうが薄くなっちゃってますんでモロいんですね。材質は紫檀。27号のもそうでしたが,あまり上質でない材をうまく染めて使っています。
 楽器の作りの系として関係があると思われる田島真斎の楽器にも同じようなものがありますが,真斎のほうが面が細かく角度が急で,一見よく見る板状半月に近いものとなっています。

 初代不識はあまりケガキの指示線とか残さないヒトでして,前に修理した時それで,オリジナルの位置が分からなくなってしまい,ちょっと難渋した記憶がありましたが,今回の楽器はヨゴレが酷かったおかげ(w)で,部品のついてた位置が日焼け痕みたいにしっかり残っちゃってますので,その心配はあまりありません。
 再接着の前にいちおう測り直して確認しましたが,中心線,糸のコースともにほぼオリジナルのままで問題ナシ。「もとの位置に戻すだけ」ってのはふつうの楽器の修理なら当たり前のことだと思うんですが,素人作家の多かった月琴だとなかなかナイことなので----なんかひさしぶりだなあ。(w)

 糸の反対がわ----
 山口は,マーブル模様のツゲ材で作りましょう。

 糸巻は前回も書いたとおり,1本はオリジナル(初代不識製・ただし別の楽器についてたもの),3本が補作です。本来ならオリジナルの色に近く色をつけるとこなんですが,ちょっと実験したいことがあったので黒染めになりました。
 同時期に修理してた56号の補作糸巻も黒染めですが,こちらのはちょっと異なり,いつものスオウではなく面板の染めなどに用いるヤシャブシでの黒染めです。最近発見したんですが,ヤシャブシに少量のスオウと月琴汁(面板の洗浄で出た汚汁を煮詰めたもの)を混ぜて煮詰めると,ドロドロしてきてかなり濃い紫黒が得られるんです。スオウ+ベンガラ+オハグロの黒に比べると赤味が薄く,青紫のほうに少し近いですかね。スオウは褪色しやすいのですが,こちらはかなり丈夫なようです。

 フレットも山口と同じツゲ材。
 オリジナルはおそらくどちらも牛骨,あるいは27号のように低音部が牛骨で高音部が唐木になってたかもしれません。55号お魚ちゃんでも使ったこのツゲ材は,ツゲとしては低品質な部類になりますが,木地の色合いと斑の入り具合が絶妙で,一見すると木だか骨だか練り物だか分からない独特の風合いがあり,庵主たいへん気に入っております。
 フレットは板状に切り出した素体の状態で,アセトンに漬け込んで油抜きをしておきます。
 ツゲは染まりが悪い材料ですが,こうしておくと少し具合がよくなりますね。
 四角い板のまんまの状態で幅と高さを合わせ,整形後,薄めたラックニスに少し漬け込んで表面に染ませます。
 塗膜を作っちゃうと糸のすべりが悪くなりますので,これで磨いて,拭き漆みたいな木地のままのツヤツヤ状態を作り出すわけですね。ツゲ自体もともと目も細かく磨けばすぐツルツルになる材なので,ちょっと使い込めば問題はないのですが,修理後すぐの間はまだひっかかりやすいので,操作性向上のためフレットの頭にはロウを塗ってスベリを良くしておきます。

 オリジナルの位置で配置した場合の音階は以下----

開放
4C4D-24E-84F+54G+104A+305C-125D+435F#-44
4G4A-54B-15C+95D+145E+165G-315A+186C+34

 高音域でやや高めにブレがありますが,清楽音階と西洋音階の中間,やや西洋音階寄りといったところでしょうか。
 清琴斎や初代不識の月琴には,関東の月琴の定型をふまえながらも,月琴を清楽の楽器からより汎用な楽器へという先進的な企てが見てとれることがあります。日清戦争などの影響で急激な衰退があったため,日本の音楽のなかに完全に根づくことのなかった楽器ですが,今少し時間があったなら月琴という楽器は,彼らの作っていた楽器に近いものになっていったのではないかと,庵主はよく考えます。

 オリジナルの音階を測るためひとまずそのままにしておいたのですが,少し弦高が高いので,西洋音階に直す前に,半月にゲタを噛ませることにします。
 初代不識の楽器は全体にやや弦高が高めである傾向があります。ひとつには棹が一木造りで調整が難しいため,あまり背がわに傾けられない,という工作上の理由もありましょうが,彼の属していた渓派流の清楽は連山派よりバチ使いが少なく,余計な音を出さないぶん一音を長く深く響かせる必要がありました。彼の楽器のフレットが全体に高めなのはそのせいもあるかもしれません。
 煤竹の板を細く裂いて角を落とし,半月のポケットの中に接着します。
 フレットが高いままでももちろん弾けますし,古臭い清楽曲しか弾かないつもりならそれでもいいのですが,いろんな曲を弾いてみたい場合には操作性に問題が出ます。半月付近での弦高を下げると,テンポの速い曲にも対応できるようになりますし,余韻の深みは若干減りますが,アタック部分が少し立って音が鮮やかになります。
 これで高音域のフレットの背丈が,平均でだいたい1ミリほどづつ低くなりました。

 あとはお飾りですね。
 まずは蓮頭。庵主の知る限り,不識製の月琴の蓮頭はコウモリだった例が2例ほどありますが,あとはみなほぼ同じ意匠になっています----今回はこれで。

 いろんな作家さんが同じようなデザインの蓮頭をつけてますが,真ん中のところに,ヒマワリの花芯みたいな丸があるのが彼の蓮頭の特徴です。
 いつものように,スオウ染,ミョウバン媒染,黒ベンガラで軽く下塗り,オハグロがけ。  最後にラックニスをタンポ塗りして仕上げています。


 胴右のニラミのシッポが欠けてますので補修しておきましょう。
 この手----庵主の大好きな作業ですねえ。(w)補修箇所を補彩,同時に全体も軽く染め直して,蓮頭同様にラックニスをはたいて仕上げ。
 よく見ればどこが補修箇所だかは分かりますが,シロウトさんにパッと見で見分けられないレベル。逆にこういうのを一見で見分けちゃうようなヒトは,何らかの裏の道のクロウトさんだったりする可能性がありますので(ww)ご注意ください。

 56号同様,盛大に書かれてた裏板の墨書は消しちゃいましたが,あちらと同じくこれにも「琴名 時不知」と銘が書いてありました。こちらもささやかながら,ラベルに書いて記録を残すことといたしましょう。

 スオウで3度染めてミョウバン媒染。紙だとこんなにあざやかな赤になります。貼るときに板の補彩に使った重曹がスオウと反応しちゃったようで。少し紫っぽいシミができてしまいましたが,これはこれで何か古い印刷物っぽい味があって悪くありませんね。

 臙脂の梅唐草のバチ布を貼って,
 2017年10月18日,
 初代石田不識作・月琴57号「時不知」
 修理完了です!!



 棹と胴体とのバランスのせいで,こうやって単体で見るとやたらコンパクトに見えますが,ほかの作家さんの楽器と並べてみると,これで棹も胴体も一回り大きいんですよ。有効弦長も平均的な楽器より2センチくらい長いですね。

 庵主の場合,ふだんメインで弾いてるのがこの人の楽器なんで,正直試奏しててもあまり新鮮味(w)がナイのですが,あいかわらず文句のない音量・音色でよく鳴ります。
 やや男性的な太い音で,ぜん○ろう先生の空気砲みたいに音が前に飛ぶ楽器です。
 まっすぐな直線の響き線のため,あまやかな深みはあまりありませんが,音のシッポは意外に長く,まッつぐに減衰してゆくキレイな余韻も,好き嫌いはありましょうがほかの楽器ではなかなか得られないでしょう。
 一回り大きく薄めの胴体にすらりと長い棹は,日本の清楽者が畳の上に正座して演奏することが多かったところからきたものですが,それがかなり特化した形で顕われているだけに,操作性にやや強めのクセがあります。有効弦長が長めなこともあって,ほかの作家の楽器で慣れていると,若干運指でとまどうことがあるかもしれません。
 ただその音色は上にも書いたように汎用性が高く,清楽器である「月琴」として,というより音楽を奏でる「楽器」としては,いろんな場面でかなり使える道具となります。独り静かに部屋の中,風流や風雅を語りながら弾きたい向きにはどうかと思いますが,ギグでライブで,あるていどのパフォーマンスを期待できるでしょう。
 **各部拡大画像(クリックで別窓拡大)**


 要は----人前でガンガン弾いてやりたい人向き。
 ただしかなり根性がないと楽器に呑まれます。(w)
 56号と同様,現在お嫁入り先募集中!
 お気軽にご連絡ください。
(メアドは本家HPの下のほうにありまあす)

 この57号も含め,修理の終わった楽器の試奏の様子,復元した清楽曲なんかはYouTubeのチャンネルで垂れ流しております。楽器の音なんかの参考にしてください。

 https://www.youtube.com/user/JIN1S

(おわり)


月琴57号 時不知 (3)

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斗酒庵 高級シャケにまみえる の巻2017.10~ 月琴57号 時不知 (3)

STEP3 虫食い穴(ワームホール)の世界

 清掃の時に,表板の虫食い箇所はだいたいチェックしときます。
 濡らすと虫に食われたところだけ乾きが遅いんで,分かりやすいんですよね。
 大きいのが上に2箇所,下に2箇所。小さいのが下に2箇所と,棹口の横の木口と,板の右端のあたりにあるくらい----思ってたよりはずっと軽微でしたね。最初見た時はあんまりにもキタナいので,50号フグくらい,切り抜きツギハギになっちゃうかなあ,とか思ったんですが。
 順繰りやっていきましょう。
 まずは下のつごう4箇所。半月右横のがいちばん大きく食われてました。ほじくったら横への広がりもそこそこあったので,ちょっと大きめに切り取ります。

 上の2箇所はいづれも木口から侵入し,板の矧ぎ目に沿って食われたもの。裏板のほどヒドいものはなく,貫通しているところもありませんので,弱くなってる部分をV字形に切り取とり,埋め木で対処します。

 ここに古板を刻んだ補修材を埋め込んでゆくわけですね。周縁の不定形な欠けなんかも,いっしょに木粉パテで埋め込んじゃいます。パテ埋めの部分は,整形してからエポキ染ませて強化補強ですね。

 乾いたところで整形。  バチ皮のすぐ右横に木目に沿った長いエグレがあり,端のほうがちょっとバチ皮や半月の下にかかってしまっているので,端材を浅い舟形に削って埋め込んでおきました。あとで半月やバチ布の接着があるので,ここはエポキです。場合によっては音に影響の出かねない個所なので,あまり使いたくないんですが,ごく小さな範囲なのでこれくらいならさほど問題ありますまい。

 裏板はかなり酷い状態。
 ど真ん中の矧ぎ目をはじめ,上下に貫通してる虫食いが何本もありました。周縁もかなり食われちゃってますね。

 埋め込める部分は埋め込み,薄皮一枚でボロボロになってる箇所などは切り除きましょう。
 使える部分はすべて使いますが,これだけ範囲が大きくなると古板は使えません。古色付して悪目立ちしないようにはしますが,多少BJ先生になってしまうあたりはカンベンしてもらいましょう。
 左右2枚に矧ぎなおしてから,真ん中を開けて接着します。

 ----と,胴体を箱にする前に,棹のフィッティングを済ませておきましょう。
 不識の月琴の棹は,糸倉からなかごまで一体の一木造り。古い月琴によくある,延長材が折れるはずれるといった故障はないものの,一体化しているだけに融通が利かず,完成後の修理や細かな調整が難しい欠点があります。
 じっさい,彼の月琴にはよく,胴体がわとくに棹口や上桁に大きなスペーサが噛まされていることがありますね。延長材を継いだよくある構造なら,完成後でも延長材をはずせば,棹だけである程度の角度等の調整も可能ですが,一木造りの棹ではそうはいきませんものね。
 しかしながら,裏板がオープン状態になっている今なら,棹基部と胴体どちらも存分にいぢくれますので,どんな細かな調整でも可能なわけです。
 オリジナルの状態で,棹の傾きは山口のところで背がわに約2ミリ,やや浅いものの角度的には問題ありません。ただ指板と表板の間にわずかに段差があります。関東型の清楽月琴は,4番目のフレットがこの継ぎ目のところにかかる場合が多いので,棹の角度はそのままに,指板の端と表板を面一にしていきましょう。
 このズレ,原作者も気づいてて,すでに棹裏がわに,棹と同材の薄板が貼りつけてありますが,調整が甘く,段差の解消にまでは至っておりません----やれやれ,また古人の尻ぬぐいか(w)

 オリジナルのスペーサは削り取り,ツキ板を貼って調整していきます。
 薄いツキ板のほうがより細かい調整は可能なのですが,重ね貼りすると修理後にハガれたりするのが心配なので,スキマが1ミリくらいになっちゃうような部分は,胴体のほうに薄板を接着する方向で対処します。

 毎回のように書いてますが,(w)この「棹の調整」というはごくごく地味な作業ながら,完成後の使い勝手にものすごい影響のある大切な作業です。庵主はいつも,かなりの時間をかけて,慎重に慎重にやっています。
 上にも書いたように,月琴の場合ここは表板と指板が面一(実際には指板がわがわずかにかたむいているのですが)で,指先で触っても段差が感じられず,写真に撮ると,上画像みたいに継ぎ目あたりの面が白トビしちゃうくらいになるのが理想ですね----うむ,ほぼ理想的な仕上がりじゃ。(ww)

 オリジナルの糸巻は4本ともなくなってますが,以前修理したほかの作家さんの楽器についてきた,同時代の不識製と思われる糸巻が一本,道具箱から出てきましたので,これを付けてあげましょう。
 よくある六角一溝のタイプですが,不識の楽器の糸巻は,ややスマートで溝の彫りが深くお尻のトンガリが高い。同じタイプのほかの作家さんのに比べるとかなり特徴があるので,区別がつきやすいんですね----挿してみるとさすが同作の糸巻,調整もほとんどナシでピッタリコンです。

 残り3本をこれに合わせて削ります。例によって¥100均めん棒製。

 まだ半月も戻してませんし裏板もついてませんが,いよいよ楽器らしくなってきましたね。

 というあたりで,今回はここまで----

(つづく)


月琴56号 烏夜啼 (5)

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斗酒庵 54号に涙し烏夜啼を直すぞ の巻2017.7~ 月琴56号 烏夜啼(5)

STEP5 三千世界の暁烏

 ボンド漬けがまた見つかってやンなっちゃいましたが,気を取直して月琴56号,修理を続けます。

 前回はずした半月ですが,よく見ると糸孔の裏がわを浅く刳ってあります。(左画像)糸が出やすいよう,また掛かりやすいようにひと手間したんでしょうね。
 響き線の構造やあちこちの工作の微妙な甘さから見て,この作者さんが,この楽器のことをどれだけ分かって作ってたかには多少の疑念がありますが,こういう細かいところに気配るあたりには好感がもてますね。


 表板のハガレやヒビ割れも埋めましたし,ぜんぜん効いてなかった響き線も交換,棹の修理とフィッティングも済ませちゃってますので,もう内がわに用はねェ。
 胴体を箱に戻しましょう。

 裏板は割れなくベロンと剥がれてくれましたが,戻すのにはこれをどこかで割らなきゃなりません。まあ今回墨書を残すつもりはないので,ど真ん中からまッ二つでもいいンですが,いちおう定跡どおり,中央付近の板の矧ぎ目から切り分けます。
 左右の縁がはみ出すよう,少しだけ間をあけて再接着。
 一晩おいてくっついたところで,細く切り出した桐板をハメ込みます。今回は古い桐箱の蓋に使われてた板を使用。

 これと周縁を削って,そのまま清掃へ。
 表板は何度か水濡れしたらしく,にじんだような痕もあり白ッ茶けてましたが,全体にヨゴレ自体は大したものではなく,表も裏もだいたい一回でキレイになりました。

 裏板の墨書も削っちゃいましたが,記録は取りましたし,まあ大した字でもありませんでしたので。(w)

 続いて胴側を染め直します。
 棹先などに残っている色から見て,この楽器はもとスオウで濃い黒紫で染められていたようです。

 スオウはもともと褪せやすいのもあって,ここらもほとんど木地の色みたいな薄茶色になっちゃってますが,ホオ材ほんらいの木地色は灰緑,これが茶色になってるのは時間による変色だけではなく,もとのスオウ染の影響があるわけですね。
 表裏面板の木口をマスキングして,温めたスオウ液を2度ほどかけます。ミョウバン媒染で赤を発色させてから,亜麻仁油と柿渋で仕上げます。
 棹よりは少し薄めの色にしました。

 糸巻はオリジナルが2本残ってます。
 2本補作しなきゃですが,とりあえず2本あれば,高低の外弦は張れますからね。胴体に棹を挿し,仮糸を結んで半月の位置を確認します。多少傾きやズレはありましたが,だいたい原位置で大丈夫なようです。
 胴側がまだ乾いてないので,縁にマスキングテープ着いたまんまですが,半月を戻しましょう。もちろんボンドじゃなく,ちゃんとニカワづけですよ。(w)

 補作の糸巻はいつものとおり,¥100均のめん棒を削って作ります。最近36cm長のを見つけました----ちょっと前まで使ってたのが33cmしかなくって。修理のための12cmのを2本取ったら,微妙な長さ残ってなんかイヤでしたが,こんどのは1本からまるまる3本取れます。大したことじゃないんですが,なんかキモチいいですネ!
 六角一溝,月琴の糸巻の最も一般的なカタチ。
 何度も書いてますが庵主,この六角に削ったり楽器に合わせたり,染めたりするのは好きなんですよ。
 スオウで赤染,黒ベンガラとオハグロで二次染めして濃い黒紫色に。柿渋と亜麻仁油で色止めしたあと,握りのとこだけ軽くニスをかけて磨きます。


 山口とフレットはオリジナルのが残ってます。
 汚れもひどく,底面にボンドやニカワもこびりついてましたので,重曹水に漬け込んできれいにしときましょう。
 弦を張って当ててみたら,高さ的にも問題がないようですので,これをそのまま使います。
 フレットは6枚残。
 棹上の第3・4フレットが欠損です。
 外弦を張って高さを調べると,第1フレットがすでに高すぎて,糸にかかっちゃうくらいで----低すぎて困ることはしょっちゅうですが,これは逆に珍しい。(w)
 おそらくオリジナルでは,棹の指板面が胴の水平面と面一に近くなってたのを,今回の修理で棹背に傾けたので弦高が下がったからでしょう。
 いくつかのフレットの頭に,糸擦れによる溝がついちゃってますのでかえってちょうどいい。丈の調整のついでに,これも削ってキレイにしちゃいましょうねー。
 3・4フレットは牛骨で補作。
 そのままだと目立っちゃうので,ヤシャブシで軽く染めて目立たないように古色をつけておきます。

 上にも書いたように,棹の設定を若干いじっちゃってますので,音階の資料としてはどれだけの価値があるか分からないのですが,オリジナル位置での音階は以下----

開放
4C4D+74E-204F+124G-64A+245C+335Eb-445F#-47
4G4A+84B-215C+95D-95E+195G+225A+476C#-44

 おっと…「やや正確さに欠ける」どころか,計測上はかなりちゃんとした清楽の音階になりましたね。第3音が20%ほど低いあたりなんてかなり正確。最後の3フレットあたりが少し怪しいですが,第4フレットの5度もほぼ合ってますから,弦楽器の設定としてもきちんとしてます。このところの中で音階では,いちばんキチンとしてたんじゃないかな。
 さてこれを西洋音階に調整,あとはくっつけるだけです。
 工房に着いた時,胴左右のニラミは----

 ----こうなってました。
 日焼け痕も着いてたので,おそらくはこの状態でかなり長いことあったのでしょう。しかしながらここもボンド付けでしたので,もとからこうだったかは分かりません。それに----

 と,よくある方向にしたほうが,なんかやっぱりあずましいですねえ。この位置に直してへっつけましょう。
 バチ布は55号の時に予備で作ったのがちょうどの大きさでしたのでそれを----「荒磯」ですね。おお,偶然ですがけっこう似合うなあ。
 補作の糸巻2本の塗りがまだちょっと生乾きだったんですが,ここまで組み上がったら,もー弾きたくて辛抱たまらんくなりまして。

 2017年10月16日。
 56号「烏夜啼」一気に完成!


 裏板の墨書は消しちゃいましたので,代わりにラベルを。
 ちょっと大きめですので,気に入らなかったらハガしちゃってください。

 さて,試奏----おう,思ってたより遠慮のない響き(w)だなあ。
 かなり音量が出ます。
 胴体構造を徹底的に補強して,接合を密にしたのも良かったみたいです。
 音の胴体が図太くて長いぶん,余韻はさほど強く感じられません。ただ図太い音のなかにずっと 「シーーーン」 と冷たくひそやかな響き線の効果が,音の底,芯の部分のように響き続け,指を離した瞬間,減衰してゆくときにふッっと耳に残ります。
 現状,まだ部材が乾き切ってないので本意気の響きとはいえませんが,それでこれだけ鳴るんだから大したものです。この感じだと,半年ぐらいしたら余韻も伸びてきそうですしね。
 フレットはほとんどオリジナルですが高さに問題なく。低音から高音までほぼフェザータッチ状態。高音部でやや抑えにクセがあり,うまくやらないと少し音がカスれることがありますが,このあたりはちょっとした慣れ。相当姿勢を崩しても,線鳴りが起きにくいですし,基本的にはかなり弾きやすく,使い勝手がいいです。
 内部構造や棹の設定など,作りに少し甘さのある普及品の楽器でしたので,少し手を加えましたが,もともとのデザインもあまり変なクセがなかったし,余裕のある作りだったのが幸いしたみたいですね。

 音質的には野外でもそこそこ響くし,この音ならそんなに音楽を選びません。
 かなり 「使える楽器」 になりました。
 気に入ったら,弾いてやってください。

(おわり)


月琴57号 時不知 (2)

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斗酒庵 高級シャケにまみえる の巻2017.10~ 月琴57号 時不知 (2)

STEP2 知らずの森の勇者


 実のところ。
 木の仕事だけでいうならば,初代不識より巧い月琴作家はなンぼでもいるのです。
 それでも庵主がこの人の楽器をもちあげるのは,この作家さんが渓派の清楽家でもあるからです。前回も書きましたが,楽譜の出版に関わってたり演奏会を主催したりする,流派内でも幹部クラスの人物だったと思われます。
 ごく単純な話ですが----その楽器がどのように弾かれ,どのような音楽を奏でるためのものなのか----それをちゃんと識っているのといないのとでは,同じような材料で同じようなものを作っても,品質には差が出るものです。逆にそういうことをちゃんと識っていなければ,どれほど木工の技術が高くても,その技術が楽器に反映されない,活きてこないですわな。
 山形屋とかにもそのケがありますが,「え,そこ?」 みたいなところにやたらと凝ってたり,必要のないところに必要以上のスゴいワザを使ってるわりに,必要なところ大事なところで手を抜いてたり。そんなことですから高井柏葉堂の楽器みたいに,「こんなにカッコ良くて木工も巧いのに…え?…こんな程度の音?」 てなことにもなっちゃうわけですね。当時の月琴の作り手の大半は,おおよそそッちの手合い。流行りの楽器で売れるからという理由で,「よく分からないで」 作ってた,みたいなほうが多かった。
 そういう中で。
 初代不識は,間違いなく 「ちゃんと分かって作ってる」 一人なわけです。
 ただし,彼はかなり背伸びして,ギリギリの技術でギリギリの作業をやってるので,その楽器には 「余裕」 がない----構造的にも音色的にもギリギリのバランスの上に作られた 「ギリギリ楽器」 です。もともとに余裕がないので,引いても削ってもそのぶん前より劣る状態にしかなりませんし,足してもジャマな余分にしかならない。修理は基本的にきっちり前と同じに戻す,のが目標となります。

 修理の手始めは内部の清掃から。
 内部にたまったホコリやゴミを,硬めの刷毛で落として集めます。こんだけ裏板が食われてましたから,ちょっとカクゴしてたんですが。内部のヨゴレは意外とそれほどじゃありませんでしたね。
 予想通りの虫の食べカスや繭の一部のほか,竹の皮部分が一筋出てきました。
 月琴で竹が使われるのはフレットくらいなものですが,不識の楽器のフレットは牛骨とか唐木製のが多い----何か工具とか道具についてたものでしょうか。
 ついで側板や内桁に残った古いニカワを拭い去ります。

 ところどころ黒っぽくなってるところが虫食いの痕。虫害はほぼ板のみで,胴材に孔はあけられてませんが,ニカワのついてた接着部を浅く食われた部分です。

 続いて月琴の音のイノチ,響き線のお手入れ。
 サビは浮いていますが表面的なものなので,Shinexの#400で軽くこすったあと,木工ボンドを塗り,ラップでくるんでサビ落とし。柿渋で黒い酸化膜を作り,ラックニスを軽く刷いて防錆しておきます。

 天地の側板に板との部分的な剥離個所がありますので,これを再接着。
 月琴は単純な構造の楽器で,この二箇所はその 「背骨」 にあたる部分ですので,まずここを固めておきませんと変なところに変な歪みが出ちゃったりしますから。
 虫に食われてのハガレですので,面板周縁の接着部がすこしガタガタになってます。ハガレのスキマに練った木粉粘土をたっぷり押しこんでからニカワを垂らしてぐっちゃぐちゃ揉みこみ,表裏にハミ出てくる余分を掻き取りながら充填接着します。

 数日置いて 「背骨」 が固まったところで,表板の構造物の除去。
 左右のニラミと扇飾りにバチ皮と半月ですね。
 どれもけっこうガッチリ接着されてるんで,いつもより少し手間取りました。

 そしてそのまま清掃に。いつもだと最後のほうにやる作業ですが,現状,あまりにも真っ黒すぎて,板の継ぎ目も見えません。このままだとこの後の作業に支障が出ちゃいますんで,だいたいのとこ,板目が分かるくらいに………と。

 うわあぁあ----板からも,側板からも。エスプレッソコーヒーみたいな色の月琴汁が浮き出てきました。あまりに濃い色で,「これ,ワンチャン,飲めるんでネ?」 と,思わずボウルに口をつけそうになりましたよ(w)

 糸倉のてっぺん,蓮頭のついてた部分や指板上の接着痕もキレイにこそげ,棹背についていたセロテープらしきもののゲトゲト付着痕も落とします。

 おお,やっぱりキレイですね----ヨゴレを落とせば傷はなし。糸倉の先っぽから棹なかごまで一木造りの見事な棹があらわれました。

 棹は乾燥後,スオウを全体にかけて染め直し。指板も一緒に染めて,ここだけミョウバンとオハグロで黒染めにします。
 こういう部分的な染めにもラップが重宝しますね~。
 ほどよく発色して乾いたところで,柿渋と亜麻仁油でロウ磨き仕上げ。不識の楽器の木地はナチュラルな感じになってるほうが多いです。

(つづく)


月琴54号(3)/56号(4)

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斗酒庵 54号に涙し烏夜啼を直すぞ の巻2017.7~ 月琴54号(3)/56号(4)

54号 STEP3 うつろぶねの姫君

 響き線は長いほど調整が難しい。
 典型的な演奏姿勢に構えた時,線が胴内で完全な片持ちフロート,胴内どこにも触れずにプルプルしてる状態になること。その「線鳴りの起こらない状態」でいられる範囲をどこまで広げられるかが調整の主眼なのですが。線が長く曲りが深いほどに,それが難しくなってゆくわけですね。
 結局のところ,これをくりかえしつつ妥協点を探ってゆくしか方法がありません。
 長くなればなるほど,スペース的な問題だけでなく「線自体の重さ」も影響してきます。長さとカタチで,まあこんなもんだろうと思ってると,重さで予想よりもしなり大きく振れて胴鳴り。またそもそも曲線は,どこを調整するとどこが持ち上がるとか,どこが傾くといった予想がつきにくいのです。平面ではなく3Dですからね。ここをこうしたらこうなったから,じゃあ今度はこうすればと思ってもと,ぜんぜん関係のないとことかが動いてしまったりもします。
 さて,楽器を演奏姿勢にしては響き線をちょいと曲げ,傾けてはまたちょいとひねり……見た感じ,チンパンのタマネギ剥きのような鬱作業。
 長さの調整自体は10分で済んだんですが,最適な位置角度を模索して,けっきょく何日,いや何週間くりかえしたかなあ。

 合間に表板と桁の剥離個所を再接着しときます。
 内桁が板にちゃんとくっついてるかどうか,これも楽器が鳴るかどうかの重要な点なのですが,三味線師出身の作者さんなどはけっこうおざなりにしちゃってることがあります。

 細かいところも確認したところで,さて~,いよいよ裏板をへっつけましょうか。
 再接着に際し,板を分割しなきゃならないんですが----おお,板の作りが上手すぎて矧ぎ目が分からなーいッ!!
 いや珍しいんですよ。
 表板ならともかく,裏板なんかはけっこうどうでもいいような材質の小板を組み合わせて作られていることが多いので,矧ぎ目以前に木目ですでに板の継ぎ目が分かったりするんですが……こやつ,木目まで合わせてやがる。(余計な…いやいや)

 板をちょっとしならせたり反らせたりすること十数分。
 ようやくちょうどいいところにほそーい筋を発見。カッターの刃を入れてなんとかスッパリ2枚に。

 左右両縁が少しはみだすよう,間にスペーサをはさめるスキマをあけて接着。ここでも真ん中に重しをかけて,板と内桁がちゃんとくっつくようにしときます。
 へっついたところで一気に整形してしまいます。

 うむ,外見は変りませんが。
 さすがに音が違いますね----
 胴の接合部も補強したし,ついでにあちこち固まってないのもあって,まだ本意気の響きではありませんが,前は何をやっても台所でGが青春してるていどの音しかしなかったところ,今度は胴に耳をつけてタップすれば,どこをどう叩いても 「むーん」 と響き線がちゃんと働いてる音がします。

 同時期に修理した43号が,同じように駄菓子屋のデッドストック並に新品だったわりには,ずいぶん「こなれた」音がしたのに比べると,こちらの山形屋はいかにも新品楽器といったカタい音しか出ませんでした。
 というか,響き線が働いてなかったので,この大きさの木の箱から出る絹の糸の音----ペコペコでしたね。
 これでようやくちゃんと「月琴になった」って感じかな。
 長く深いアールの響き線の欠点として,直線タイプなどより胴鳴りが起こりやすいところは変りませんので,演奏姿勢に少しの工夫が必要となりますが。上にも書いたよう,従前よりその演奏姿勢の自由度ははるかに広がっていますし,演奏姿勢と響き線の状態がばっちり合致した場合には,楽器の見かけと反対みたいな,芯の通った図太い響きが得られます。
 あとは弾いてもらって音がこなれてくれば,かなり使える楽器になると思いますよ。


56号 STEP4 ダイナマイトがどどんがどん

 56号は胴構造補強の続き。
 矯正しながら再接着した胴四方接合部の裏に和紙を重ね貼り。54号でもやりましたっけね~。
 1枚目は薄めたニカワをしっかり染ませた上から,カタめの筆の先で叩くようにして,よく木肌になじませます。これは土台みたいなものなので,多少破れてもかまいません。一度完全に乾かしから,表面を軽く紙ヤスリで均し,二枚目を紙の目を交差させて貼りつけます。場合によって違いますが,ぶ厚くしても意味はないので,4枚くらいまでが限界ですね。
 一部でも浮いてきちゃったら最初からやり直し。
 よく乾かして,柿渋を2度ほどしませ,表面をニスかカシューで固めてできあがりです。

 胴体構造が固まったところで,表板のヒビ割れを埋めましょう。
 これはピック・ガードとして貼られたヘビ皮によって,板が割れたもので,割れは矧ぎ目ではなく,真ん中の小板の弱いところが,木目に沿って裂けています。
 木の弱いところから裂けた割れ目は,ある意味,木がそういうふうになりたくてなった結果ですので,しっかり埋めてやらないと再発することが多い。割れ目の形や方向がやや不定形なので,薄く削いだ小板や木屑を駆使しながら少しづつ,きっちり詰め込んで埋めてゆきます。今回はオープン修理なので,裏がわからも作業出来るのが有難いですね。

 胴体の補修箇所を養生している間に,棹の補修も済ませてしまいましょう。
 棹が前傾している原因となった基部の割れは,すでにニカワで継いでありますが,力のかかる部分だけにそれだけだと多少心配----もう一手間加えておきましょう。

 基部の左右側面,割れ目のところがちょうど交点となるよう,X字形の切れ目を入れます。
 これをほじくってこう----
 ツゲの端材をチギリにして埋め込んでおきましょう。
 小さな部品ですので,ワタシのウデでは最初からキッチリというのは無理(w),最後にスキマというスキマにツキ板を削いで押しこみ,完成です。延長材も先端を削って調整し,再接着しておきます。

 オープン修理の特典として,棹角度の調整をかなり徹底的にできる,というのがあります
 延長材の再接着時にあるていどの調整はしていますが,胴体がわの孔にもかなりのガタつきがあるので,さらにスペーサを入れて,理想的な角度に近づけていきます。
 スペーサをぜんぶ接着してしまうと棹が動かなくなりますんで,その前に棹と胴体のフィッティングも済ませておきましょう。胴体との接合面の最終調整は微妙な作業ですんでこう----ガタついてる間に棹孔のところにペーパーを貼って行います。
 ツキ板は調整がラクなんですが,あんまり重なるとハガレるのがこわいので,スキマが1ミリくらいになったところは,棹でなく胴体のほうにエポキで接着しましょう。

 この時点まで半月はつけたまんまでいたんですが,前面のほうにウキがあったのと,棹とのマッチングの結果少しズレがあるようだったので,ハガしてみたところ----うう,ここもボンド漬けであったか!
 とりあえず呪ってから,ボンドを掻き落としました。
 戸棚に並ぶ呪いの粘土人形が増えてしまいますので,楽器に木瞬とかこの手のボンドを使うのは,国際的なテロ行為として国連で認定してもらいたいものですね。

(つづく)


月琴57号 時不知 (1)

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斗酒庵 高級シャケにまみえる の巻2017.10~ 月琴57号 時不知 (1)

STEP1 時も知らず名も識らず

 さて,秋もたけなわ。 10月に入り,54号・56号の修理も絶賛続行中のところ,さらに一面,壊れ月琴がやってまいりました。

 自出し月琴57号。

 盛大な墨書が裏板に記されております。
 真ん中に 「理髪人」 とあります。こりゃあ床屋さんのカンバンにでも使われていたものでしょうか。上のほうに 「琴名/時不知」 とあるので,これをそのまま銘にしてしまいましょう。

 作業名は 「シャケ」。

 獲れても料亭とかに直行する高級なシャケですねえ。道民でも滅多に食べられませぬ。(w)

 あまり状態が良くないうえに,開始額がちょっと高かったのでまあ落ちたんですが,多少無理してでも手に入れたのは,これが 石田不識(初代)の楽器だったからですね。


 当代が人間国宝の琵琶師である虎ノ門の石田楽器店。
 その初代・石田義雄はもともと清楽家でした。
 鏑木渓菴門下の渓派に属し,楽器の製造販売のほか,楽譜の出版や清楽の音楽会を主催したりもするなど,当時の派内ではそこそこの有力者であったもよう。
 はじめ,店は神田錦町にあり,後に南神保町に移っています。

 糸倉や棹が長かったり,半月の下縁部が削ぎ落としの多面形になってたりと,不識の月琴には一目で分かる特徴がいくつかありますが,この花が正面を向いた菊がついてるのは,なかでも錦町時代の初期のころの楽器と思われます。

 棹なかごを抜いてみますと「十一」の文字が。
 庵主の1号と同じ数字だなあ。ということはこれは総数的な通し番号とかではなく,その月かその年の何面目かということかしらん。「五十」というのも見たことがあるから,明治の年号とかではないよね~。


 庵主の場合,最初のさいしょに手に入れたのがこのヒトの楽器。以来長年使ってきてるので,もう慣れちゃいましたが。作りも音も良いものの,当時の月琴としてはかなりの大型で,操作性にはけっこうなクセがあります。
 けっこうな数を作ったらしく,庵主のとこでもその1号をはじめ,8号,27号,KS月琴,と4面ばかり扱っております。
 1号は巣鴨のお地蔵さんのお縁日で入手。価格は¥1000,「マケて」と言ったら¥700にマカさりました----これもお地蔵様の御引き合わせというものか。27号などは自出しで買い入れた27本目なので「27号」と命名したものの,棹を抜いてなかごを見たらそこにも「廿七」と書いてあったほか,フシギな連続夢を見続けさせられるなど,少々怪談じみた現象まで引き起しており。元来,中国民俗学の研究者であった庵主を,この楽器とその音楽の研究にボットンさせるキッカケとなったことも含め,ナニヤラ因縁めいたものを感じずにはいられない作者の楽器なのでありますです,ハイ。

 全長:660。
 胴縦:351,横361,厚:36(表裏板各4.5)
 有効弦長:429

  は糸倉の先っぽからなかごまで,1本の木から切り出し彫り貫きで作られてます----これも不識の楽器の特徴の一つ。

 蓮頭欠損,糸巻・山口・フレット全損。
 やや横長で大き目の扇飾り。今回の楽器のは,よく中央飾りの意匠として使われる 「獣頭唐草」 の類ですね。不識の楽器ではこれの代わりにコウモリがついている場合もあり。第6フレットの痕跡は長く,7センチばかりもあります。

 右のニラミに欠け,表裏あちこちに虫食い。
 総身まっくろくろで,棹にはセロテープかなにかの痕もべったりとついております。
 よく見ると,表面板バチ皮周辺には無数のバチ痕がついています。かなりしっかり使い込まれた楽器だったみたいですね。

 表面的にはかなりキチャないものの,糸倉や胴の接合には微塵の損傷もなく。カンバンとして長年ぶるさげられてたかもしれませんが,楽器としての基本的な機能に関する部分にはさしたる問題がなさそうです。

 一通りの計測が終わったところで,裏板をハガし,内部の確認を----うぷ,裏板のほうが若干虫食いがヒドかったみたいですね。

 内桁は2枚。 国産月琴ですと通常,スギやヒノキ,マツといった針葉樹の板が使われるところですが,不識は胴や棹と同じ材で作っていることが多いですね。
 今回の楽器の 主材はサクラ のようです。
 ここも1号と同じだなあ。

 響き線は直線が1本。 やや太目の鋼線。
 サビがそこそこ浮いてますが腐ってはいないようです。
 ほかの作者の楽器だと,根元にささってるクギが飛び出していて,線を鳴らすための「舌」の役目を果たしてたりもするんですが,不識の場合は頭のところまでちゃんと埋め込まれており,唐物の月琴と同じく純粋に線を止めるためのものとなっております。
 まあ「線を鳴らすための工作」自体は,もともと誤解から生じたものなんで,これでいいンですけどね。(過去記事参照)

 板から出た虫食いのホコリなどが積もってたものの,内部は比較的キレイ。内がわから見ても,胴部材の各接合部にユルみや狂いはありません。あいかわらず,さすがの工作精度と舌を巻きますレロレロ。
 というあたりで今回のフィールドノート。
 (下画像はクリックで別窓拡大)


 修理楽器の数が増えちゃいましたが,いづれも自出しなので期限もないし責任もない(w)。
 3面同時修理,お気楽にまいりましょう~。


(つづく)


月琴56号 烏夜啼 (3)

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斗酒庵 54号に涙し烏夜啼を直すぞ の巻2017.7~ 月琴56号 烏夜啼(3)

STEP3 断腸の思いで猿は啼く,ダンチョネ。

 表板ヒビ割周辺の矯正がだいたい終わったところで,胴体構造の補修・補強に入ります。

 最初はなにより胴四方の接合部。

 原状では4箇所すべてニカワがトンで割れてしまっております。その状態のままずいぶん長いこと放置されていたせいでしょう。所によっては木の狂いからわずかな食い違いや段差も出来ちゃってますねえ。
 これを矯正しつつ,接合部の木口を密着・接着させなければなりません。
 まずは接合部周辺を裏からよ~く濡らして,木口に水分を滲ませておきます。とはいえ,考えナシにビシャビシャにすると余計なところに余計な被害が出ますからね。
 胴を回しながら平筆で,何度も刷いて少しづつ。目安はだいたい,新しく水を置いても滲みこまなくなるくらい----飽和状態ってあたりですかね。
 その状態でしばらく置き,表面が少し生乾きになったくらいの時に,裏がわからニカワを垂らします。
 割れちゃってる部材をクニクニ動かし,またクリアフォルダの切れっ端にニカワを塗って挿しこむなどして,接合部のスキマにしっかり行き渡らせます。
 表がわのスキマから,ちょっと粘りのあるアブクがぶくぶく出てくるようになったところで,周縁に太ゴムをかけ,段差ちゃってるとこにはクリップ・クランプを噛まして正位置で固定。

 あとは乾くまで放置ですが,あまり早く乾いてしまうと,木の矯正が終わる前にヘンな形で固定されちゃうこともありますので,乾くのを遅らせるため,濡らした脱脂綿を裏がわに貼っておきます。狂いがあると言っても今回はさほどのものでもないんでそのまま貼ってますが,ちょっと大きな段差になっちゃってるような場合は,接着工程の前に 「濡らして>矯正」 をやっちゃいましょう。そういう時は,より長時間ピンポイントで濡らし続けなきゃならないんで,脱脂綿の上からラップでくるんだりしましょう。

 で,まあ----このあたりになって今更ながらに気が付いたのですが。
 この楽器の響き線,まったく働いてませんね。
 演奏状態にして胴をタップしても,余韻どころか線鳴りもしません。思い切り振っても 「カサカサカサ」 と,----なんかGが台所で暗躍してるみたいな音で----鳴るていどです。
 この作者,「響き線を入れる」ってとこまでは知ってて,そこに自分なりの工夫を加えたりもしているんですが。「それ」が何のためにあるどういうものなのかまではちゃんと分かって工作していなかったようです。

 響き線は月琴の音のイノチ。

 本来なら,はずれたとか折れたとかしている場合以外,なるべくなら手を出したくない部分ではあるのですが,このまま組み立てて,自分の修理した楽器が 「Gの足音再現器」 のほかナニにもならないっていうのもナニか厭ですので,ここは修理者としての本分を曲げ,この楽器をきちんと「月琴」として成立するところまでもっていってあげたいと思います。

 ----なもンで,よッと。

 釘は四角い和釘。やっぱりよく見かけるのよりずっと短くて細いですねえ。基部に埋め込まれる先端部分を少し曲げて,細い鋼線をがっちり押さえこめるように加工してあります。こういうところは細かいねえ。
 原作者の意図を尊重するなら,線の形状はもとのカタチに準拠したものにするのが本筋でしょうが。アレ自体がすでに「思いついただけ」的加工でしかないようですし。
 真ん中の空間の幅は54号とほぼ同じなので,スペースを目いっぱい使えるなら,同じような長い曲線を仕込むことも出来るのですが,響き線の基部がその空間のちょうど真ん中のあたりに位置しています(54号は上桁のすぐ下)。
 これだと長い曲線を仕込むのに,下桁までの丈が少し足りません。

 ----で,これだ。

 36号に使われていたこの線形。基本は直線で,やってることはと言えば根元をZ状に曲げてあるだけのことなのですが。 これ実は,直線型の欠点と曲線型の短所をともに解決してる,響き線としては,かなり進歩的な形なのです。

 まず,根元をZ形に曲げると,この部分が板バネみたいな構造となるので,線の振れ幅はただの直線の時よりはるかに大きくなります。さらにはコレ,線の振れる方向に 「指向性」 をもたせることにも成功しているんですね。

 響き線がエフェクターとして働くうえで必要なのは,おもに上下方向への振れ。いくら反応が良くっても左右方向に振れてしまっては,せまい胴内でぶつかって,たちまち効果がなくなってしまいます。36号の作者はこの単純な加工によって,線の揺れを上下方向に大きく,左右方向へ小さくし,響き線の効果を最大限に高めつつ,線鳴りをおさえこんでるわけです。

 また,基本は直線なので,曲線型のネックである焼き入れなどの加工や取付けの工程も至極簡単。どんな微調整もこのZ状になった根元のところだけでできるので,全体を何度も見ながらあッち曲げこッち戻ししなきゃならない曲線型にくらべるとはるかにラク。

 響きも素晴らしいですよ。
 曲線型のゆったりとした波のような余韻や渦巻線のリバーブ感とはまた異なりますが,うまく効いてる時には,庵主が 「天使のささやき」 と乙女チックに呼んでる----頭の右斜め45度あたりから還ってくるような----不思議な余韻がかかります。ハチの羽音に似たブーンっていう響き,聞きつづけてると,ちょっと昇天しちゃたくなるような音ですね。(w)

 楽器の中心も中心,タマシイみたいなところにまで手をつけてしまいましたので,修理としてはすでに極道,「魔改造」の域にまで堕ちてしまっております(良い子はけっしてマネしないでね)が。この楽器,木の工作はそこそこ。手抜きの部分も改造可能な 「余裕」 と見れば,手を入れる余地はまだまだ。そしてたぶん手を入れれば入れただけ良い楽器に生まれ変わる予感がします……この身,冥府魔道に落ちようとも,復活させずにおくべきや~。

 てなあたりで続きは次回。

(つづく)


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