楽器製作・名前はまだない(4)

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斗酒庵ひさびさの製作 の巻2019.10~ 楽器製作・名前はまだない(4)

STEP4 裏(板)に命を賭ける男

 そもそも,唐代の古い「阮咸」は,四川省の墓地から出土した青銅で出来た楽器を木で作り直したもの,とされています----

 もちろん晋の時代の音楽家である阮咸が弾いていた楽器というのはこじつけですし,だいたいが四川省に阮咸さんが行って弾いていたわけも証拠もありません。それ以前にあった「秦漢子」という似た楽器がこれと同じものだ,という説もずいぶんと見るのですが,肝心の「秦漢子」という楽器自体がどういうものであったのか,の部分が,たいへんアヤフヤで話にもなりません。

 中国の西南地方などで阮咸に似た,長い棹で丸い胴で4本弦の楽器が古い壁画になっていたり,古いお墓の装飾レンガに刻まれているのが見つかったりしていますから,四川省をふくむそうした地方にそういう楽器が古くから存在していたことは確かだろうとは思いますが,いまのところそうした古い楽器の実物そのものが,スッポンと遺跡から出土してきてもいませんし,絵や模様からだけではもちろん,その詳細は分かっていません。

 たとえばそれが琵琶や阮咸のように 「4単弦」 の楽器であったのか。
 あるいは清楽月琴や八角胴の「阮咸」(双清)のように 「4弦2コース」 の複弦楽器であったのかさえもです。

 いまたとえば,唐の時代にあったように,どこかのお墓から大昔の楽器を模した祭器が出てきたとしましょう。

 史書には「青銅で出来た楽器」というようには書かれていますが,それが演奏可能なものであったとか,誰かが弾いてみた,とは書かれていません。
 そもそもお墓にお供えされた副葬品ですからね----しょせんは装飾品です。 細かな形状も弦やフレットの配置も,どこまで正確であったかは疑問です。

 実際に演奏可能な楽器を,そういうモノから復元製作するとしたら。

 そうした 「分からない部分」 は,自分たちの身近にある少しでも似たような楽器を参考にするしかないでしょう。

 『唐書』などにあるように,墓地から出た祭器を木で作り直した,というお話しが本当なら,同時代に流行っていた同じ4弦の楽器である琵琶や,まだ当時はどこかに残っていたかもしれない「秦琵琶」「秦漢子」に倣った弦やフレット,そしてチューニングが参考にされただろうと思います。

 以前あげた「月琴の起源について」のシリーズで庵主は,この壁画やレンガ,そして唐の時代にお墓から出てきたものの 「モデルとなった古い楽器」 を 「原阮(げんげん)」 と名付け,それを唐宋の阮咸や短い棹の月琴の共通の祖先としました。

 「原阮」 は,西アジア起源のリュート属の楽器とは別に,いまも東南アジアから中国西南部にかけて広く分布している,原始的な弦楽器の一つだったと思われます。2本の糸を間4度もしくは5度に張って,かき鳴らす----弓の弦を弾いたり擦ったりして音を出す「楽弓」の,ちょっと先くらいのものですね。音数は少なく,それ自体単体で音楽をなす,というよりは,歌に合わせたり複数で合奏したりするのに使う伴奏楽器だったと思いますね。

 そうした「原阮」を青銅で模した祭器をモデルに,分からない部分を琵琶の構造や調弦で補したのが唐宋の(正倉院の)「阮咸」という楽器だということです。
 いまある円胴で長い棹の「月琴」は,唐宋の「阮咸」よりはむしろ,そのモデルとなったであろう「原阮」の仲間に近く,短い棹の月琴はそれがおそらく中国の西南地方あたりでショートスケール化したものと思われます。
 いうなれば,現行の長い棹・短い棹の「月琴」の祖先は正倉院にある「阮咸」ではなく,その 「元となった楽器」 である----すなわち,先祖が同じという意味では親戚の関係にはあるものの,阮咸=月琴はあくまでもその外形をのみ真似たもので,現行の長い棹・短い棹の「月琴」と楽器としての直接的な因果関係はない,ということですな。


 さて製作です。

 最初のウサ琴を作った時もそうだったんですが,この楽器をエレキ化する上でのネックの一つが,表裏板が「桐」であることでした。
 月琴の表裏板の厚みは3~5ミリ。
 軽くて柔らかい桐でも,これだけ厚みがあるとまあ,赤ちゃんパンチで穴があくことはないですが,表面がいささか柔らかすぎるんですね。
 通常はクギやネジが使えない材料で,ノブやジャック部分のように動かしたり抜き差ししたりと言う動作にもあまり強くはありません----穴が広がって,すぐ取付けがユルくなっちゃったりしますね。

 カメ琴2号ではスピーカーやスイッチ等の取付け部分の裏に黒檀の薄い板を貼り,実質この板に取付けることで表面の桐板には力がかからないよにしましたし,カメ琴1号にスピーカーユニットを増設した時には,板の裏がわにブナのツキ板を貼り回して強化しました。

 今回はまた違う方法を験してみましょう。

 取付け孔のふちとその板裏の周縁を中心に,エタノールで緩めたエポキを塗布します。

 桐は多孔質なので滲みこみがいい----という性質を逆手にとって,この部分を樹脂浸透の強化木化してしまおうというわけです。

 この夏,江別の博物館で,戦中に作ってた 木製戦闘機キー106 の展示見てて思いついたんですな。

 キー106と言っても,主翼の一部とか増槽,骨組みに刻む前の強化木の板材とかタイヤしか残ってないんですが,男の子なのと初期航空マニアなので,それだけでもずいぶん血沸き肉躍りましたわあ。

----まあそれはともかく(w)

 この方法なら強度の必要な部分だけピンポイントで補強できますし,板自体は材として完全に連続している上に,余計な板を貼りつけるわけでもないので,音への影響をかなり軽減できるかとも思います。

 さてお次です。

 修理もメンテナンスもしないつもりなら,回路を組み込んでから裏板でフタしちゃえばいいんですが,楽器と言うものは常にメンテナンスの必要な道具です。エレキ楽器というもの,しょっちゅう開けたり閉めたりすることはないものの,なにかあったときのために,いつでも内部にアクセスできる環境がないといけません。
 表板は共鳴板ですので,こちらはなるべく一枚板であってほしいわけですから,当然メンテ孔は裏板がわにするのがふつうでしょう。

 この後の作業の便で,八角形に切った裏板の一部を切りぬいて,蓋になる部分を作ります。

 前回書いたように,この蓋の部分に電源となる9V電池と,アンプの回路が取付けられます。回路のほうは楽器自体がもうちょっと組み上がらないと正確な位置が決まらないんですが,電池のほうはもうだいたい決まってますので,裏蓋の一部に四角い穴を切って,先に電池ボックスを作っておきます。

 表裏板の端材を刻んで組んでっと…あとで組み付けながら切り刻むので,ちょっと大きめに作りました。
 最終的には縦横半分ぐらいになっちゃいましたね(w)

 この電池穴の表面周縁には後で薄板を一枚貼り回すことにしています。電池のお尻部分が2~3ミリ隠れるくらいの感じですね。電池は指で少し押し上げ,頭のほうを楽器内部がわに傾けると,お尻のほうが上ってきてつまめるようになります。

 通常,箱電池1本で2~3時間は保ちますから,オールナイトライブでもない限り,そんなにしょっちゅう交換することはないとは思いますがね。

 ウサ琴1号の時,ちょっと苦労したのがこの裏蓋でした。

 ウサ琴1号も今回の楽器と同じく,胴体が箱のフルアコエレキ楽器でしたが,弦を鳴らすと裏蓋のあたりから強烈なビビリ音が……原因は裏蓋と裏板の接合部の工作でした。
 裏板と裏蓋の間にスキマがあると,それは裏板にヒビが入ってるのと同じ状態になり,それを中心として変な振動が発生しちゃうんですね。

 裏板と裏蓋の接合は,スキマなくピッタリキッチリ,これ理想----

 宮大工級の腕前ならまあそういう工作も可能でしょうが,こちとら凡夫の身(w)でごぜえやす。さらにこの裏板と裏蓋の接合部である木口の部分は,脱着する部分であるゆえに補強もしなくちゃなりません。さっきも書いたとおり,しょっちゅう開けたり閉めたりする部分ではありませんが,動作には必ず危険が伴います。木材の木口部分というのは縦方向の圧力に関してはでえらー強いのですが,その他の方向からだとけっこう容易く欠けたり割れたりしちゃうとこですからね。

 カメ2号の時には,木口の接触する部分に突板を貼って補強しました。洋楽器の製作者なら,唐木かプラスティックの薄板を貼り回してバインディングで保護するところかな?
 さて,凡夫は凡夫なりに,さらなる最善の方法を模索することとしましょう。
 目的は板木口の補強と,その接合の精度をあげること----この二つをまとめて一度でやれれば,ムフフのワハハですわな。(これをこれ不捕狸算用皮といふ)

 まずは蓋部分の板の木口にラップをかけます。
 次に裏板本体を板に固定----台板も表面をラップで覆っておきますね。
 続いて,裏板の裏蓋と接触する部分に,木粉をエポキで溶いたパテを盛りつけ。
 木口をラップでマスキングした裏板を当てがって,ギュギュっとな----

 一晩おくと…何ということでしょう!

 裏板の木口が薄い樹脂の層でキレイにコーティングされているではないですか!
 さてさて,パテがじゅうぶんに固まったところでハミ出した部分を削り落とし,こんどは裏板がわの木口をラッピング。

 裏蓋のほうの木口にパテを盛って,もう一回ギュギュッと----

 あらかじめ木口にエタノールを滲ませてからやってるので,樹脂の層は一部木口にしみこみ,ほぼ一体化しております。これならプラのバインディング材みたいにハガれることもありませんし,合わせ目のスキマを充填しているようなものなので,接合部はまさしく「寸分の狂いもなく」ピッタリキッチリ合わさっておりまする。

 今回は木粉でやりましたが,この方法。
 骨材をたとえば胡粉(貝殻の粉)とか砥粉(石の粉)にするとか,アクリル絵の具を混ぜるとか工夫すれば,さまざまな素材や色にすることが可能ですねえ。
 新しいバインディングの方法としては,ちょっと興味深い。

 難点と言えば,今回はもともと合わさるようになってる裏板と裏蓋という関係ですし,作業範囲もそれほど大きくないからいいんですが。たとえばこれをギターなどに応用したいと思うなら,胴やネックに合わせた外枠か,最低でも部分枠のようなものが必要になるわけですね----ふむ,それはそれでけっこうタイヘンですな。

 裏蓋の問題が片付きましたので,裏板を接着します。
 ----と,その前に。

 これは仕込んでおきましょう。

 唐宋の阮咸はもちろん,台湾やベトナムの長棹月琴にも付いてませんが,日本の清楽器の阮咸には付いてますね----

 響き線をつけます。

 胴の片がわに回路やスピーカーが入りますので,直線や曲線では長さが限られ,効果が期待できません。そこで今回の響き線は渦巻型,直径約75ミリ。
 「目指せ,カルマン渦!」 を合言葉に,指にマメを作りながら3時間ほどかけてみっちり巻き上げました。まあ,けっきょく焼き入れで少し歪んじゃいましたけどね。

 取付け部を中央にしたところ,そこまでのアーム部分がちょいと長すぎて振れ幅が大きくなり,反応はきわめて良いものの,線が胴内に触れてのノイズ(胴鳴り)がヒドくなってしまったので,急遽,桁の音孔の中央に支えを作りました----うむ,最初からここを基部にすれば良かったか。(泣)

 改造後の反応は上々。
 胴鳴りはかなり抑制されましたし,板をタップした時の余韻の雑味も薄れました。

 響き線が片付いたところで裏板を接着,いよいよ胴体が箱になります!

 といったあたりで,次回をごろうじろ!!----

(つづく)


楽器製作・名前はまだない(3)

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斗酒庵ひさびさの製作 の巻2019.10~ 楽器製作・名前はまだない(3)

STEP3 長いアナタと短いワタシ

 長い棹の月琴と短い棹の月琴の関係は良く分かっていません。

 また棹の長い「月琴」と呼ばれるよく似た構造の楽器同士の関係についても,前回述べたように,今のところきちんとした資料に基づいた研究は出されていないようです。
 まあ棹の長い連中(w)は,古代に「月琴」と呼ばれていた「阮咸」にカタチが近いのは自分たちの楽器だからこちらのほうが古く,現代の短い棹の月琴は,うちらの楽器が縮んだモノだろう----てなことを言いたがる,とは思いますが。

 事態はそう簡単に問屋がおろし金。

 そもそも,弦楽器が小さくなる理由は古今,高音が必要か,携帯の便のためかのいづれでしかありません。以前から書いてるように,一部の資料でもっともらしく書かれている 「月琴は清代に音楽の変化に伴い,速弾きする必要から縮んだ」 なんてことはありないわけです。

 台湾にもベトナムにも,長い棹の月琴のほかに,わたしたちの清楽月琴や中国の現代月琴と同様の,棹の短い円形胴の楽器が存在しています。台湾ではとくに名前を違えず,どちらも「月琴」と呼ばれています。分ける必要のある時は長い棹のほうを「南月琴」とか「丐仔琴」と呼んだり,短い棹のほうに「大陸の」とか「北の」とか「小さいほうの」みたいに言ったりするようですね。使用される音楽分野が異なるらしく,伝統的な音楽の演奏ではこの大小の月琴が合奏しているような例をあまり見たことがない。

 台湾の短い棹の月琴は,外見上4弦2コースの中国月琴--古い型の--とよく似ています。大陸の楽器がそのまま使われてたりすることもありますが。台湾製のものでは響き線がなく,胴側が木片の組み合わせではなく,ギターとかと同様に薄い板を曲げたもので出来てる,きわめて軽量な楽器をよく見かけますね。(上画像の楽器などがそう)
 細かいところを言うなら,胴がぶ厚く,棹が大陸で一般的なものよりやや長くなってますね。大陸の月琴では棹上のフレットは2枚が一般的ですが,台湾のは3枚----日本の清楽月琴の関西型に近いでしょうか(関東型,とくに渓派の月琴は,棹が長く棹上のフレットは4枚ある)

 ベトナムでは短い棹の月琴は 「ダン・ドァン」 と呼ばれています。
 前にも書いたように 「ダン」 は弦楽器につく冠詞ですが,「ドァン」 は数の 「4」 のことですので 「四弦」 とか 「四本弦の楽器」 と言った意味になります。
 中国の西南少数民族にも,自分たちの弾く短い棹の月琴の類の楽器を 「四弦」 と言っている例がありますから,地域的にもそちらと同じと考えています。
 これも作りは古型の中国月琴とほぼ同じですが,フレットの形状胴の厚みにやや違いがあります。長い棹の月琴「ダン・ングイット」と同様に,全体にインレイ装飾が入っている美しい楽器をよく見ますね。
 最近はうちのウサ琴みたいにエレキになっているものもあるようです----ううん,興味深い。

 さて,前回も述べたように,唐宋代の阮咸と「月琴」という楽器との関係は,文献上の名称のみの符合で。弦制や楽器としての構造を考えると,長い棹の月琴と古代の阮咸の間の共通項は「棹が長くて胴が丸い」というごく浅い外見上の部分でしかありません。さらに,長い棹の月琴には,短い棹の月琴にも増して文献上での裏付けがない。
 これらの楽器が短い棹の月琴より前から存在していたかどうか,そしてそれが短くなって今の月琴となったということを証明するだけの根拠となるような資料は今のところ見つかっておらず。今ある資料からはどちらの楽器の存在も,それほど大昔までさかのぼることはできません。

 基本的に,庵主は 「阮咸が(長い棹の)月琴」 になったという説をちゃんちゃらアホらしく,可笑しなものとしてしか捉えていません。

 その大きな理由の一つが 「弦の数」 です。

 唐宋の阮咸は4単弦,琵琶と同じく4本の弦がそれぞれ違う音階に調弦された楽器です。
 清楽月琴の弦も4本ですが,2本づつ同じ音に揃えられており,実質,弦が2本しかない楽器と同じです。
 有効弦長が同じだったとしても,4単弦の楽器と4弦2コースの楽器では,出せる音の数がまったく異なります----そうですねフレットの数が同じだとしたら,複弦楽器のほうは単弦楽器の半分ぐらいでしょうか。

 4弦2コースの楽器が4単弦の楽器になることがあるとすれば,その理由はまさにその 「出せる音の数」 です。実際,現代中国月琴は「改良」の結果,4単弦もしくは3単弦で弾くことのできる楽器となっていますね。逆に,4単弦の楽器が4弦2コースの複弦楽器になったとしたならば,演奏家としては,出せる音の数が半分以下になることを許容しなければならないわけです。
 まあ,ふつうに考えるなら……音楽が幼児退行レベルで単純化されたような状況----たとえば 北斗の拳の世界レベルで文明が崩壊した とかぐらいしか原因が思いつきませんね。

 弦を複弦にするのは,同じ弦長でより大きな音を出すためか,音に深みを与えるためか。どちらにせよ演奏上影響の大きな音の数には関係なく,むしろ音色表現の上での必要からで,基本的には4単弦の楽器が複弦化するなら,通常8弦の楽器になるはずです。複弦と同じような効果は,アルペジョーネとかシタールみたいにもっそい共鳴弦を仕込むとか,ドブロみたいにリゾネーターを付けるといった構造によっても得られるので,それ自体は演奏家にとって,楽器の音の数を半分に削ってまで追求するようなものではないと考えられます。

 これ以外にも推論上はいろんな理由で否定できますが,それでも 「4単弦の楽器が音数を半分以下に減らしてまで4弦2コースに変った」 というなら,そこには音の数が半分に減っても問題がないくらいのメリットか,あるいは互換性のようなものが存在している必要が出てくるのですが,残念ながら既存の研究でそれらのことを実験により調査した例は見つかりません。

 ないならば,いっちょうやってみようではないですか。(w)


 さて製作です。
 今回はまず糸倉の孔あけから。

 孔の数は8コ----4本ぶんですね。
 半月の孔は4単弦なら等間隔,4弦2コースなら2本づつ寄せてあけなけばなりませんが,糸巻のほうは基本的に同じ間隔でいいわけですね。

 毎度のことですが,糸巻の孔は単に左右にぶッ通せばよいのじゃなく,使い勝手を考えて微妙に角度をつけます。
 糸巻は,糸倉に対して垂直に出てるよりは,わずかに上下に開き,楽器前面方向に傾いでいるのが,人間工学的に正解です。

 で,糸巻と反対がわ,テールピースのほうですが。

 前回書いたように,台湾月琴のテールピースはベトナム月琴や唐琵琶と同じ凸形のものと,清楽月琴などと同様の半円半月形の2種類があります。正倉院の阮咸のテールピースは楕円形ですが,弦を止める部分は基本的に現代の薩摩や筑前琵琶の覆手と同じような構造になっています。『皇朝礼器図式』の「丐弾双韻」と韓国のウォルグンは凸型ですね。

 今回は資金難からくる材料上の制限(w)もあり,全長800ほどのなかに651の有効弦長を確保しなければならないため,テールピースの取付け位置も胴体のかなり端っこのほうにせざるを得なくなっております。
 円形胴の端っこのせまいスペースなため,横幅もさほど広げられません。こうなると凸型の場合,接着面がせまくなり,安定に若干不安が出ないでもない。
 弦を替えていろいろと実験する関係上からも,より接着面を広くとれ,安定の良い半月形にします----まあそのほうが,ウサ琴や月琴の修理で作り慣れてるのもありますしね。

 さて素材をどうするか----と端材箱をひっくり返してましたが,どうもいいものに当らない。
 それでふと手周りを見渡してましたら,大きさがちょうど手ごろだったため,切削の時の定規としてずっと使っていた紫檀の板材が目に留まりました。

 幅は35ミリ。
 月琴のテールピースとしてはやや小さめですが,現在のベトナム月琴のテールピースとほぼ同じ大きさですね----これでいきましょう。
 横幅は月琴の普通サイズの半月と同じ10センチ,やや縦長の半分に切った木の葉に近い半円形に切りだし,下縁部を整形。

 上面の直線になった上端部から5ミリほど下がったところに,5ミリ幅の溝を一本彫り込んでおきます。
 ひっくり返して,ポケットになる部分も刳っておきましょう。
 糸鋸や回し切りで切れ目を入れて,鑿でほじくり,ヤスリで整えます。

 上面に彫った溝の中心に,2ミリ幅でもう一段溝を彫り込み,底を丸く整形しておきます。
 今回はここにピックアップを仕込みます----そう,基本的に実験とは関係ないんですが,今回の製作楽器はエレキ仕様なのですよ,ハイ。

 え,聞いてない?
 はい,いまハジメテ言いましたから。(www)

 今回使うピックアップはワイヤータイプのピエゾで,本来はギターやウクレレのブリッジのサドルの下に仕込むやつです。
 ギターだとブリッジのところでサドルの上に弦が乗っかって,その下にあるピエゾ----すなわち圧電素子が圧迫され,振動が電気信号に変わるわけですが,月琴のテールピースにはその形式でピエゾに圧をかけれるような場所がありません。

 そこで今回は,糸孔の位置をふつうより若干下げ,この溝に上面よりわずかに高い板を渡して,その下にピエゾを仕込みます。
 半月に弦を結わえると糸の輪がこの板の上にかかり,それが締まってピエゾが圧迫固定されるわけですね。

 ウサ琴1号やカメ琴シリーズでは,共鳴板である表板の裏がわに板型のピエゾを貼りつけていたのですが,それだと胴体が小さいせいもあって,楽器に手が触れたり服が擦れたりするような音までけっこう大きく拾ってしまうんですね。
 こちらとしてはより「弦の音」だけを拾ってもらいたいので,今回このような工作にしてみたわけで----
 まあはじめての工作なので上手くゆくかどうかはお楽しみですが,上手くいったら今使ってるカメ琴なんかも同じ形式に改造しようかと思っております。

 さまざまな実験に対応するため,糸孔は7つ。

 孔の裏がわは,前方向に軽く溝を刻んでおくと,糸を通す時に糸先が半月の外に出やすくなります。関西の松音斎なんかがやってる細かい気遣いの一つですね。

 半月での間隔は4弦2コースの時が外弦間27,内21,内外3ミリ。
 4単弦の時で8~9.5(現の太さが違ってくるため)。
 棹が細いので,山口のほうでの間隔は4弦2コースと4単弦の時でほとんど変わりません。4単弦の時に内弦が糸1本分中心がわにズレるくらいかな?

 もとよりマルチな楽器にするつもりはなく,実験後はこの楽器に最も合った弦制のものに調整し直すつもりですので,不要な糸孔・糸溝はその折埋めてしまってもいいでしょう。


 エレキにするのは既定路線なわけですが。

 もちろん生音の検証も実験項目に入ってますので,カメ琴のようなシースルーのサイレント楽器ではなく,胴体がちゃんと箱になったエレアコ・スタイルでまいります。

 まずはレイアウト。
 なにをどこに置くかを決めます。
 表板上に取付けられる部品は,電源スイッチ,スピーカー,ボリューム抵抗,外部出力のジャックとスピーカー or Line-OUT の切り替えスイッチ。

 こういう時は,紙をそれぞれの部品の大きさに切って,福笑い式でやるのがいちばん分かりやすいですね。
 電源となる9Vの箱型電池とアンプの回路は裏板のほうにつける予定ですので,表板の部品が干渉しないように,軽く検証もしておきます。
 ピエゾからのワイヤーは,表板に専用の小孔をあけるとか,半月内の陰月なりから内部に取り込むことも考えたのですが,後でピエゾ自体をより良いものに交換することも考えて,ゾロっとそのまま出しておくことにしました。胴側,スピーカーとボリュームポッドの中間くらいにミニプラグを通す孔をあけて,ここに挿しこみます。
 楽器をアコでしか使わないようなときは,ワイヤーごとピエゾを取り外してしまってもいいでしょう。

 各部品の位置が決まったところで穴あけです。
 いちばんデカい,スピーカーの穴からまいりましょう。

 まずは中心位置に小径のドリルをブスリと通し,それを目印に板の裏がわにコンパスで,表に開ける穴より2ミリほど大きな円を描きます。
 つぎにその円の内がわに溝を彫り,表から所定の大きさですっぽんとくり貫き,周縁を軽く整形。

 んで,表板の端材を円形に刻んで取手をつけ紙ヤスリを貼ったものを,段になった板裏にハメこんでグリグリグリ……っと。
 ----ホイ,キレイなクボミができました。
 ここにスピーカーがはまるわけですね。

 電源スイッチは最後に表がわからハメこむだけなので,孔はただの穴でいい。
 ボリュームのノブと Line-OUT のジャックのところは,動かしたり抜き差ししたりするんで,補強しとかなきゃなりませんね----両方とも,スピーカーの板裏と同様に一段彫り下げて底を均し,薄く削った黒檀の板を貼っておきます。
 切り替えスイッチはポッチが少し出るくらいでいいので,小さな長方形の孔を穿ち,操作しやすいように長辺の左右をすこし丸く抉りました。

 まだぜんぜんですが----ここまでの作業の確認とモチベ向上のため,ちょっと仮組みしてみましょう。

 といったあたりで,今回はここまで----


(つづく)


楽器製作・名前はまだない(1)

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斗酒庵ひさびさの製作 の巻2019.10~ 楽器製作・名前はまだない(1)

STEP1  楽器はステキな実験場

 ひさびさの 「楽器製作」 となります。

 いつぶりだったかな~,とあらためて調べてみますと。
 カメ琴2号「ルナ」を作ったのが2013年……うむ,もう6年もやっておらなんだか。

 もちろん庵主,ものづくりはけしてキライ,ではありませんが----そもそも庵主の楽器作りは,月琴の構造だとか工程だとか材質による差異だとかを調べるための実験が主目的。紙資料や既存楽器の修理からでは得ることの出来ない部分を補完するための作業です。
 2006年から4年ばかりの間に,ウサ琴シリーズを20面近くも作りまくり,そちら方面での主要な問題はだいたい片付いてますので,またなんにゃら新たな問題や疑問が生じてこない限り,再開する必要があまりないのですよね,ハイ。

 まあそれでも,いつでも製作にとりかかれるように,棹や胴体の素体は複数面ぶんこさえたりはしてたのですが----作り置きの棹なんか,何本か首ナシ月琴の修理に使っちゃったりしましたね。

 今回の製作は,このところの研究から生じてきた新しい疑問への挑戦。

 とりあえず小難しいことは,これからの製作報告の中で明らかにしてゆきましょう。


 さて,では6年ぶりの製作,作業開始です。


 まずは棹です。

 上にも書いたように,ウサ琴用に作っておいた棹の作り置きもまだ何本か残ってるんですが,今回は使いません。

 今回の楽器の棹の材料はこちら----

 長いのは米栂(べいつが 針葉樹)の角材,25ミリ角で長40センチ。

 糸倉はカリン(ブビンガ)で,以前八角胴の阮咸をもう1面作ろうと考えて,切り出してあったもの。
 厚さ1センチ。
 かたーい材なんで切り取るのにエラい難儀したキオクがありますね。そのせいでしょうか。片方の下端,少しだけですが欠けちゃってます。ここはあとで継いでおきましょう。

 指板はむかし銘木屋さんからもらってきた3ミリ厚の黒檀を使用。
 赤太(黒檀になりきれなかった部分)が混じってたため切り落とされた部分ですが,ほとんど最高級のマグロ黒檀ですよコレ。
 大きさや厚みがちょうどよかったんで,ずっと定規がわりや板を接着するときの当て木に使って重宝してました。
 赤太の部分に少し虫食いがありますので,唐木粉をエポキで練ったパテで軽く埋めておきましょう。

 あとてっぺんの間木として,端材袋から見つけたメイプルの欠片を少々使います。
 ちょいと予算がこころもとないので(w),なるべく材料箱に入ってたモノでこさえます。

 まずは米栂の角材の先端を凸に削り,さらに左右の角を三角形にえぐって,糸倉左右の板を挿しこむように組み込みます。
 糸倉の幅はおよそ3センチ。
 棹本体より5ミリほど太くなったこの糸倉と棹との接合部分が,山口(トップナット・乗絃)の乗る 「ふくら」 となります。

 この「ふくら」のところから,胴体に挿しこむ基部の手前まで,棹の上面に指板として黒檀の板を貼りましょう。
 糸倉の材は,もともとほかの楽器を作るためのものだったので少し大き目になってます。
 少し余分に切り欠いて,指板の先端が少し糸倉に埋まりこむ感じになるよう接合しますね。

 糸倉左右の接着に一晩,指板に一晩。

 さあ,ただの角材になにやかやへっつけただけのシロモノを 「弦楽器の棹」 にしてゆきましょう。
 指板左右の余分をざっと切り取り,糸倉も切り削ってカタチをととのえてゆきます。

 棹の本体部部分はまだ四角いですが,だんだん楽器の部品っぽくなってきました。
 棹裏を角材の四角から船底U字型に,半分から上(糸倉がわ)はそこからさらにシェイプして,V字に近いU字型に削ります。

 角材がだんだん楽器の棹になってゆく----庵主の知る限り,このあたりの作業が嫌いな楽器職はいないと思いますね。(w)

 棹背全体を整形する前に,胴体に挿しこむ基部に近いところに小さな部材を足します
 今回の棹材は25ミリ角と細いので,そのまま全体を均一にU字なりV字に削っちゃうと基部の部分もいっしょに細くなります。
 そうするとまあ,そこから削り出すホゾの部分はさらに小さく細くなってしまうので,接合部の強度や安定に不安が出てしまいます。
 そこで基部に近い部分を少しだけ厚くして,棹裏の整形加工によりこの部分が細くなってしまうのを防止しようというわけです。
 格好としては,ギターでいうところのネック基部の 「ヒール」 ってやつみたいになりますね。
 高さ1センチほどの端材ですが,この付け足された余裕のおかげで,棹背の峰部分をよりせまく,握りやすく滑らせやすい棹に削ることができます。

 それやれ削れ!ショコショコショコ………

 ……まあ,まだちょっと太めちゃんですが(w)

 棹の整形がだいたいできたところで,基部を刻んで胴体への差し込み部をこさえましょう。
 指板面から10ミリ,棹背がわと左右を3ミリくらいづつ落として四角い凸のカタチにととのえます。
 幅2センチ,長3センチ,厚さ1.2センチ----ヒール追加のおかげで,なんとか実用に耐えうる太さですね。

 胴体はウサ琴・カメ琴でもおなじみのエコウッド。

 厚さ5ミリほどのスプルースの板をほぼ円形に加工したもので,直径は清楽月琴の一般的なものからすると5センチほど小さい31センチ。
 もとは5センチほどの幅があるのですが,これを横半分に切り分けたものを1面ぶんとして使い。接ぎ目のところにエンドブロック,その反対がわにネックブロックとして2センチほどの厚さのカツラ材を貼りつけて補強してあります。
 これに内桁を入れて表裏に桐板を貼れば,月琴の胴体としてほぼ完成ですが,今回はまず表板だけを貼っておきます。

 このあたりからふだん通りのニカワ作業になります。
 やや薄めに溶いたニカワを,お湯をふくませた接着面にじゅうぶんにしませ,クランプをかけて一晩。

 余分を切り落とし,さらに削って整形します。
 本格的な整形は裏板接着後にやるんで,とりあえずは棹の入るネックブロックの周辺だけしっかり削ってあれば良いかと。

 棹孔を貫きます。

 まずはそこらのものを組み合わせて作業台を……見栄えは悪いですが,これでじゅうぶん。
 胴体がしっかり固定できてりゃなんの問題ありません。
 ドリルで貫き,彫刻刀やヤスリ,回し挽き鋸などで整形します。

 ちょっと棹挿してみましょう。

 表板がわで指板の間に1ミリほどの段差が付いてますが,後で表板を削る予定なのでこれは問題ナシ。
 裏板のほうには削らないそのままの厚さの板を貼りますので,とりあえず余った板を当て,ヒールの高さを調整しておきましょう。

 うむ,5ミリほど高かったみたいですね。

 つぎは内桁と延長材です。

 内桁はヒノキ,今回は1枚桁です。
 真ん中に棹の受け孔・左右に音孔をあけます。
 取付け位置は中央よりすこし上になります。そこにぴったりおさまるように,両端を胴の内面に合わせて少し削っておきましょう。

 延長材には端材箱から出てきたイチイを使いました。
 針葉樹の中でもトップクラスの硬さとしなやかさを持つ材----切るのがタイヘンでしたあ。
 棹の接合部にV字の切れ目を入れて,きっちりハマるように加工した延長材を接着します。


 延長材が接着されたところで,ちょっと組んでみましょうかね。
 このあと,棹と胴体のフィッティングをするので,内桁はまだ接着していません。

 ここまでのところ,製作中の楽器の全長は820。
 棹上の指板相当部分の長さは400,胴体はすでに書いたよう310ですから,指板の先っぽから楽器のお尻までの寸法は710ミリ。

 ここに今回は651の有効弦長をつめこむ予定。

 そうすると,半月(テールピース)と山口(トップナット)に使える余裕は,合わせて5センチくらいしかないわけですね----山口にだいたい1センチ,あとは半月を楽器のお尻がわにギリギリに下げて……さて,どうしたものか。

 ----と,いったあたりで次回に続く。


(つづく)


エレキ月琴 "Luna" 修理(1)

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娘が…娘が帰ってきよたあああっ! の巻2019.4~ エレキ月琴 "Luna" 修理(1)

 

STEP1 【ふっかつ の きょうかい(ただしアクシズ教)】

Luna大破!
おお ゆうしゃ ルナ よ。
しんでしまうと
は なさけない。

 庵主作のエレキ月琴としては3面め,スルーボディのカメ琴シリーズとしては2面めにあたる自作楽器,カメ2Lunaがかえってまえりました。

 ……うわあ,バッキリいったね。

 月琴というのは構造的にも単純で,基本的にこの手の弦楽器のなかでは比較的丈夫なほうであるんですが,この楽器のアキレス筋,いちばん弱いところがこの糸倉周辺。1号ちゃんも黒猫に糸倉ふッとばされて帰ってきたことがあったねえ。まあふつうはそう壊れませんがなんせ弱点,軽い衝撃でも「当たり所」が悪ければ----

かいしん の いちげき

 で,こうなることがママございます。

 

破断部(1) 破断部(2)
 糸倉の背の曲りのちょうど真ん中あたりにその原因とみられるヘコミがありました。おそらくここに何かがぶつかったはずみで,うまい具合にパキャっと逝っちゃったのじゃないかと。

 

打撃痕?
 ではサクっと修理。
 そしてさらに補強し,殴っても逝かないくらいの強度にしてさしあげましょう……ふふふ,コワくない。コワくないよぉ。ちょっとだけ……ちょっと先っちョ(糸倉)をアレ(修理)するだけだから。

 

合わせてみた
 まずは割れ目を継ぎます。
 こうした「かいしんのいちげき」系の破損では,破断面がパックリと,木目にそってキレイに分かれていることが多く,バキバキひびが入ってたり,欠片が散ってたり,断面がボサボサになってるようなことはまず滅多にありません。
 基本的には割れ目を合わせれば,きっちり噛合う状態になってます----今回の場合もそう。

 

ダボ埋(1) ダボ埋(2)
 まずは破断面にタボを通す小孔を穿ちます。
 挿しこむタボは竹串を直径2ミリくらいに削ったもの。これはあくまで破断部が接着時にズレないよう止めておくための補助・ガイドみたいなもので,この工作自体に補強的な意味合いはあまりありませんね。

 

ダボ埋(3) 接着後
 破断面をエタノールできれいにしてから,これまたエタノを加えて少し緩めたエポキを塗布。
 ちょっと置いて,少し染ませてから接合します。
 エポキはもともとあまり浸透性のない接着剤ですが,こうしてやるとわずかながら表層に染みこんで,接着剤の層の薄い,面同士の強固な接着が可能です。

 断面をキッチリ合わせたら,ズレないようにラップで巻き,その上からゴムテープをかけて保定します。こういう曲面の部品をくっつけるときたいへんなのが,どうやって保定し,正しい方向に圧をかけるかなんですが。接着物をまとめてラップで軽く固定してから,ゴムテープをギュッっとひっぱりながら巻きかけると,どんな曲面の部品でも比較的うまく,思う方向に圧をかけながらの接着保定が可能ですね。
 最近,靴屋さんの靴底修理法見て思いついたやりかたなんですが,いちいち治具に頼らない,使い捨ての保定法としてはこれ,なかなか使えます。

 二日ばかり放置してからほどきます。
 ふむ----まあスキマもなくうまくへっつきましたが,もちろんこれだけでは 「カタチを元通りにした」 だけのこと。強度的に不安がないわけではないので,ここから補強をしてゆきます。

 

チギリ加工(1) チギリ加工(2)
 まずは割れ目を中心にして輪鼓(りゅうご)型の孔を彫る。
 そう,お馴染みの「チギリ」を埋め込みます。
 チギリの埋め木は,細かな細工調整が出来るのでツゲ。

 ただ,この楽器の糸倉の材はカツラ。月琴という楽器の材料としてはじゅうぶんな強度と耐久性を持っていますが,木材としてはさほどカタくも頑丈なほうでもありません。また今回の場合,割れた場所と糸倉のデザインの関係で,チギリを一面1箇所しか埋めこめませんでした。まあさほど弦圧の強い楽器ではないので,エポキによる破断面の強固な接着とこのチギリによる補強なら,通常の使用にさほどの支障は出ないくらいにはなってると思うのですが----なんとなく不安なので,さらにもう一策練りましょう。

 

チギリ加工(3)
 次の日に,チギリの余分を切り落とし,整形するのといっしょに,糸倉左右の塗装を完全に剥がしてしまいます。
 そしてここに----唐木の板。
 大洗の4号戦車なみにシェルツェン(増加装甲)を施すこととしましょう,パンツァー・フォーッ!!

 

補強板接着(1) 補強板接着(2)
 糸巻の孔があるので,片面づつの作業となります。
 なぜって?----両方いっしょにやっちゃったらどうなるか…ちょっと想像してみてくださいってばよ(w)
 貼りつけたのは本紫檀の板,厚4ミリ……あ,これ銘木屋のおっちゃんが惜しそうにしてたやつだ(w)白太が混じってるんで泣く泣く切り捨てた部分ですね。貼る前に,ちょっと濡らして木色を見てみましたがひゃっはー,実にうつくすぃ。まあ自作の楽器の修理に使うのがもったいなくないかと言えば,若干思うところもないではありませんが,板の大きさ的にイマイチ中途半端なので,こういうときに使ってしまわないとただの死蔵になっちゃいますからね。
 だいたいのカタチに切り抜いたものを,製材時の鋸目の残ってる部分を表にして貼りつけ,クランプで固定・圧着します。

 

補強板接着(3) 補強板接着(4)
 片面を貼ったら,反対がわの糸巻の孔からドリルや錐を通して孔をあけ,リーマーでほじくって拡張。最後に両面貼ってからも一度調整するつもりなので,この時点ではだいたいでいいです。
 バッチリへっついててくれないと困る箇所ですからね。確実に接着するため一日一作業として,硬化時間を長めにとります。

 

補強板接着(5) 補強板接着(6)
 接着の養生もふくめ,両面でつごう三日ほどかけました。

 

補強板接着(7) 補強板接着(8)
 糸巻の孔をちゃんと通し,貼りつけた板の周縁を整形。表面の鋸目を落として磨いたら……ううむ,びゅーてほー,ですね!!

 

仕上げ(1) 仕上げ(2)
 カツラは白っぽい木なので,このままだともちろん逆シベリア。(w)
 増加装甲の部分がやたらと目立っちゃいます。

 

仕上げ(3) 仕上げ(4)
 まずは塗装を剥いだ糸倉のカツラの部分と,増加装甲部分の整形時に削れた棹の一部をスオウで赤染め,木口の向いている糸倉の表と背がわは特にベンガラやオハグロで黒染めにして,貼りつけた紫檀の板と色を合わせます。

 仕上げはカシュー。
 いつものように下塗段階での塗装と乾燥をじっくり。

 塗りこんで完成です!!

 

仕上げ(5) 仕上げ(6)
 木口方向はやや厚めに,紫檀板を貼った左右面は拭き漆くらいの感じで。うむ---

 一見,総唐木作りみたいな高級感。

 中身がベニヤ板の某国製唐木家具なんかでも良く使われてる手法ですね。(ww)

 今回の修理,欠損部品はありませんが,糸倉の幅が変っちゃったので,前の山口が使えません。
 これだけは新らしく作んなきゃね。

 

新作山口(1) 新作山口(2)
 増加装甲の紫檀板同様,こちらもある意味庵主の秘蔵品。
 国産木の宝石・薩摩ツゲでこさえましょう!
 糸倉の色が前よりずっと濃くなったので,この材のまっ黄色が映えるでしょうしね。
 唐物月琴に多い左右のエグれた富士山型にします。
 指板が山口の手前で切れるスタイルにしてあるので,高さ15ミリ……月琴の山口としてはかなり背の高く大き目なモノとなりました。

 

山口(3) 山口(4)
 高さ調整でちょっと底面を削りすぎちゃって,指板との間に少し段差ができちゃったのはナイショだ----すんません,さすがにもう一個削る余裕がないんで,これでイかせていただきます!(泣)

 

完成!(1) 完成!(2)
 Lunaは唐物月琴をコンセプトに作った楽器なので,棹の指板と糸倉の幅が同じですが,今回その糸倉に増加装甲を貼ったので,山口(トップナット)のところにふくらみのある国産月琴に近いフォルムとなりました。
完成!(3)
 この場合,本来なら国産月琴と同じように,棹の左右を削って山口方向に少し幅のせばまったカタチにするのが自然なのですが,棹と糸倉を構成する3ピースの左右の板がもともと少し薄めなのと,唐物をなぞった原コンセプトの部分を残しておきたかったので,今回はこのままとします。
 ほんとはついでに仕込み刀とか自爆装置なんかも取付けたかったんですが,オーナーさんに拒絶されました。
 次に大破してきたら変えてあげましょう(w)

 従前のLunaはその棹と糸倉のコンセプトもあって,スラっとした印象のある女性的な楽器だったんですが,ま四角な指板にすこし厚く,太くなった糸倉。これはこれで武骨モダンな感じもしないではない。。
 なにかちょっと「漢前」感が増したような気がします。


 さあ,これでちょっとそこらの何か殴っても2~3発は大丈夫(たぶん)
 またバリバ~リと使ってやってください。


(つづく)


 

 

おせんさんの月琴 (6)

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斗酒庵年末大修理 の巻2018.11~  おせんさんの月琴(終)

STEP6 鳥は緑の渓をゆく

 あと一歩で組立て!----というところで,4本そろってるしオリジナルで問題ナシと思っていた糸巻が,ユルユルの使えない移植品だと判明。
 作業が中断いたしました。
 半月の位置決め等にはとりあえず,過去の修理で出た古い糸巻からそこそこ合いそうなのを見繕って使い。同時に急遽新しい糸巻を1セット,徹夜で削って染め上げて完成させました。ただ,冬場なので仕上げに染ませた乾性油の乾燥に,いつもより時間がかかってしまっています。

 楽器にボンドや木瞬を使いよった輩をジメジメネトネトと呪うのが得意な庵主ではありますが,塗料や接着剤の乾燥硬化をカラッとカチッと何とかするほうは,属性が異なりMPの消費も大きいため不得手でして…

 ----ああ,誰かワタシに新たなるグリモアを!!(w)

 というわけで,この間に小物をそろえておきましょう。

 山口は漂白ツゲ。
 オリジナルは欠損してましたのでどういうものがついていたのか不明ですが,今回は国産月琴で一般的なカマボコ縦割り型に。

 フレットはもと煤竹のがついてましたが,「桑胴の高級楽器」として売りたかったわりには,このあたりも少々手抜きに見えますね----ひさしぶりに牛骨を削りましょう。

 材料には夏前に買ったカット牛骨(ワンちゃん用)があります。
 牛骨を加工するときいちばん大変なのがパイプ状の骨を切り分けて「板のカタチ」にするところなんですが,有難いことにこれは,最初からある程度板状にしてくれてるうえに,何のご高慮かちょうどフレットで使うくらいの長さに小切りにしてくれてはります!

 かなり高級な月琴でも,染めて象牙ぶりっこさせた牛骨がけっこう使われてたりしますね。

 まあもともとこの手の素材は,ちょっと手間かければ象牙か牛の骨かシロウトさんで判別できる人はそういませんから,「象牙を使ったよ(w)」と言われたら「おお,やったー!」ってなっちゃうでしょうしね。

 削って磨いてロウ仕上げ……う~ん,白くツヤツヤのフレット。
 棹や胴側の色も濃い目なので,こちらのほうが映えていい感じでしょう。
 仮の糸巻を挿しての1次フレッティングの結果,半月での弦高を少し下げたほうが良さそうでしたので,60号に続きこちらも半月にゲタを噛ませることとなりました。
 ゲタもフレットと同じく牛骨。フレットの製作で出た端材を使いました。

 コウモリのニラミはそのまま。
 割れたり欠けたりしていたところを継いでから,ニスをはたいて色止め,油で軽く磨いておきます。


 扇飾り……太清堂の楽器だったらこのニョロリがラベルなみの意味があったんですが,最初のほうの回で書いたように,この楽器を作ったのは別の人と思われます(おそらく製作時に太清堂の楽器を参考にしたのでしょう)。このニョロリ自体,太清堂のに比べると繊細な彫りと造りになってますが,ニョロリ部分表面の彫り線をなくしちゃってるので,さらに環形動物というか半索動物というか感が増しております。(ww)

 作者の手掛かりとして逆にちょっと紛らわしいところもあり,オーナーさんからもご要望がありましたのでとっかえちゃいましょう。

 ちょっと凝ったのを作ります----ザクロ,ですね。
 扇型の枠を木の枝っぽくするのは,山形屋なんかもやってました。庵主も一度やってみたかったので。(w)

 オリジナルと思われる小飾りに桃がありましたから,これにブシュカンを足せばお馴染みの「三多」という吉祥模様になります----というわけで,黄色の凍石でブシュカンも作ります。

 4・5フレット間にはもと,貝殻で作ったチョウチョが真鍮のピンでぶッ挿して止められてました。
 その下に,もと付いていた飾りをねじりとったと思われる大きなエグれがあり,そこを隠すような感じになっていたことからも,オリジナルのお飾りではなかったとは思われますが。いちおうその飾りにちなんでここには凍石のチョウチョを付けることとします。

 残りの小飾りはチョウチョと,月琴の小飾りの意匠でよく見る,花だか実だか分からない(w)お飾りを交互に付けることに----けっこう華やかですね。

 あとは蓮頭。
 オリジナルは飾りのない雲形板でしたが,少し破損もしていましたし,全体見た時やはり多少地味でしたので,これも取り替えます。何にしようかな~。

 こんなのが出来ました。
 後補の小飾りの中に,緑色のキレイな玉飾りがあったのを思い出しまして,ああ,あれを使おうかと。

 波濤をバックに玉を抱えて海を渡るウサギ----「波乗り玉兔」ってとこでしょうか。
 たしか波に跳ね兔ってのは因幡の白ウサギあたりからの発想で,大陸にはない文様だと思いましたので,これはある意味日中混淆の意匠。大陸から海を渡って伝わってきた月琴という楽器にとしても,ふさわしいデザインになったかもしれませんねえ(自画自賛,ww)

 最後にバチ布を貼ります。
 オリジナルで付いてた布が柄も可愛く,傷みも少なかったので,和紙でちゃんと裏打ちして(もとは板に直貼りでした),左右を少し切りつめ,角を丸めて使います。

 お飾りで遊んでるうちに,新しく作った糸巻も仕上がりました。
 こんどのははじめからこの楽器に合わせて作ったものなので,もちろん使用上の問題はありません。
 それまでの仮糸巻と取り替えて,
 クリスマスイブの2018年12月24日,
 依頼修理のおせんさん,修理完了です!

 フレットをオリジナルの位置で並べた時の音階は----

開放
4C4D-264Eb-4E4F-194G-174A-25C+215Eb-445F+18
4G4A-304Bb+305C-245D-205E-95G+85A+416C-8

 開放音を基準とすると全体に低めで,第2・6音(1st フレット)と第3・7音(2nd フレット)が特に低すぎる感じです。清楽の音階では後者が長音階の2~30%低いのが標準ですが,それでもさすがにちょっと低すぎますかね。
 ただ第3・7音はEb/BbとE/Bの境目のあたり。ここを基準に考えるなら,開放以外の低音部はある程度そろっているとも考えられはします。清楽器の音階としては多少変に感じられるところはありますが,オクターブに関係する 6th,8th のズレが少ないので,この楽器の音階や調弦についてまったく知識がないわけでもなさそうです。

 国産月琴らしいキレイな音ですね。


 ただその音色にはややカタさが感じられます。

 これはこの楽器が百年以上前に作られたものの,ほとんど楽器として使われたことがない状態であることが関連していると思われます。
 実際,今回の同時修理では,どちらの楽器も同じようにオーバーホールしてある意味状態をリセットしたんですが,使い込まれた形跡のある60号のほうが,ずっとこなれた音がしますね。

 しかしながら現状この音は,繊細な渦巻線のもたらす,鈴かガラスの風鈴のような余韻にぴったり合っている,と言えるかもしれません。これはこれで(w)

 操作性にさほどのクセはありません。楽器のバランスも悪くない。音がクリアなぶんチューニングがややシビアですが,新しい糸巻はかなりきっちり調整してあるんで,それほどの苦労はないかと。

 あと,実はもう一つ----
 蓮頭と同じように,修理前胴中央に貼られていた貝殻細工の菊を組み込んで中央飾りを作りました。もとの細工が良かったのもあり,出来も悪くはないとは思うんですが。試しにのせてみるとちょいと悪目立ちしすぎ,何やら成金感ハンパねェ感じになってしまったのでこれは保留。

 まだ修理直後で板が白いのもありましょう。一年ほどして板の染め色があがってくれば,もっと自然な感じでなじむかもしれません。その時にこれを付けるかどうかはオーナーさんに任せます。(^_^;)

 耐久テスト中に,半月のところで糸が切れました。
 ちょっとヘンな切れかたをしたので調べてみると,糸孔がほぼ垂直にあけられてるうえに,糸の当るところがほとんど処理されていなかったことが分かりました。

 ふつうはもう少し斜めにあけ,孔のヘリで糸が切れないよう,縁を少し丸めておいたりするものなんですが……糸の当るあたりをルーターで削り,ロウ引きした麻紐をくぐらせてしごき,擦り慣らします。
 あんまりないことで,たぶんもう大丈夫だと思いますが,また同じようなことが続くようなら,このあたりをちょっと疑ってやってください。このあたりも言わば楽器として「新品」だったのが原因----ちゃんと使われていたものなら,すでに何らかの手入れがなされていたはずですからね。

 使われていなかったぶん,まだ多少,こんなふうにふつうだと思ってもみないような故障が起きることがあるかもしれませんが,こういう場合はむしろ,ガンガン使って不具合が出たそばからどんどんツブしていってやればイイので,がんばって弾きまくってください。(w)

 そういうこともまた糧となって,楽器は少しづつ育ち,音色を変えてゆきます。

 楽器として作られたのに,百年弾いてもらえなかった楽器です。
 この楽器をこれから,本当の楽器として仕上げてゆくのが,オーナーさんの仕事ですね。


(おわり)


おせんさんの月琴 (5)

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斗酒庵年末大修理 の巻2018.11~  おせんさんの月琴(5)

STEP5 「まったくもって使えない奴だ」,親友と思っていた彼は俺を見下ろしてそう言った。

 下桁を入れて多少不安定だった胴体構造が安定しました。
 響き線はサビ落としをしてラックニスでかるく防錆してあります。
 同時修理の60号と違って棹なかごはふつうの四角いヤツですので,棹角度の調整作業も問題なく終わってます。

 さあて,裏板をとじましょうか。

 表板の時は,周縁に飾り板をおさめるための余裕を考えながら位置決め,というけっこうな精密作業だったんですが。裏板のほうはいつもと同じ,ラクなもんです。
 ただ,剥がした当初は左端の小板が1枚分離してるていどでした。
 今回の再接着ではこれを一枚板に戻してから,あえて新たに3分割し,中央を先に,続いて左右と2度に分けて接着してゆきます。
 飾り板の巻きなおしによって胴体構造がわずかに締まって,胴周縁のかたちが少しだけ前と違っちゃってるんですね。わずかな差なんですが,最初の2分割の状態だと幅で1:6くらい,1の小板はいいんですが,大きな6の部分の周縁をうまく合わせるのが難しくなってしまいました。

 ならば1の小板をくっつけて,等間隔で3分割し直して貼ったほうが,確実だしより頑丈に直せます。表板と違ってあまり景色のない板ですので,多少筋が入ってしまってもそんなに目立ちますまい,という打算もありますが(w)
 中央部分が最初なのは,これが楽器の背骨だから。基本,浅い筒状の木組みを表裏二枚の薄板ではさんだだけの単純な構造である月琴では,このラインの接着具合がけっこう音の良し悪しに影響してきます。両端をCクランプで,中央には重しを置いて2枚の内桁にしっかり密着させます。

 翌日,左右を接着。スペーサを埋め込み,整形します。
 ついで補修によってハミだしてる板の木口を整形。表板がわは棹の調整のため棹口付近だけはすでに均してありました。ほかはそれほどでもないんで,削るのは主に裏板がわですね。

 木口削り直しで現れるシベリア(お菓子)の側面……庵主実はこれが大好きです(w)

 胴体が箱になったところで,清掃。
 表板も裏板も,けっこう黒くなっちゃってますからね。
 その前に,表裏板の補修箇所,新しく板を入れたあたりを軽く補彩しておきます。どうせ真っ白になっちゃうんですが,あらかじめこうしておくと,そのあと半年ぐらいして色が上がってきたときに少し目立ちにくくなるようなんですよ。

 さて,いつものようにぬるま湯に重曹を溶いてShinexでゴシゴシ……うん?
 ………手強いですね。
 色味自体はそれほど濃くない感じなんですが,何といいますか,ヨゴレがやたらと「カタい」。
 ちょっとやそっと濡らして擦っても,なかなか浮いてきません。
 むやみに濡らすわけにもいきませんので,一度にやる範囲を小さくして,少しづつ,確実に汚れの層を取り除いてゆきます。
 いつもの三倍ぐらい,時間がかかったかな?
 おそらく,なんですが----浮き上がってくるヨゴレにやや粘りがあるので,原作段階でヤシャ液に何か混ぜてるか,ロウと乾性油を混ぜたワックスのようなもので仕上げてあったんでしょうね。桐板ですのでロウでの仕上げはふつうのことなんですが,この頑丈さはそこに何かもう一手間してあるようです……ふむ,興味深いな,あとでそんな技術が何かあるか調べてみよう。

 板が乾くまで一日二日置いて,こんどは表裏板の木口をマスキングし,側板の染め直しにかかります。

 こちらは柿渋を2~3度刷いて,亜麻仁油で油拭き。2~3日後に同じ工程をもう一度。栗皮色といいますか…その独特の木目とも相俟って,深みのある風合いに仕上がりました。


 この楽器は「桑胴」なんて内がわに書いてたぐらいで,そこそこ高級な楽器として作られたものと思われるんですが,そのわりに棹は安っぽい黒ベンガラでべったりと塗装されています。
 唐物月琴でもよく,棹や側板が同じように黒塗りべったりで塗られてることがあるんですが,これの場合はおそらくそれに倣ったとかじゃなく,側板の飾り板によって「桑製」を標榜したものの,胴材の芯や棹など本当の主材はホオ……桑に比べると安価でふつうの素材でしたので,それを隠蔽するため,木地が分からないよう,こんなことをしたんじゃないかと。

 まあ,職人も商売ですからそれは良いんですが(w)
 側板の風合いに対してこれだとあまりにもちゃッちい感じがしますので,これを「黒塗り」じゃなく「黒染め」に変更させていただきましょう。

 まずは棹の塗装をハガします----ゴシゴシ…うぷ,けっこう粉がトビますね。
 完全なツルツルピカピカにする必要はありません。糸倉やうなじのあたりは少し残しておきましょう。
 原作者は下地を染めず,ほとんどベンガラで表面を塗ったくっただけだったようですね。
 つぎにスオウを刷きます。
 スオウの原液はオレンジ色。3度ほど染ませたら,その液の色そのまんまみたいになりました。
 乾いたところでミョウバンで発色。かなり濃いめの赤に……ベンガラを少し残した糸倉やうなじの部分は,スオウと反応して黒紫っぽく発色しています。

 ここにさらにオハグロをかけ,同じ黒でも深みと変化のある色合いに染めあげました。
 これならまあ側板の風合いにも負けますまい。
 仕上げは亜麻仁油とロウ,すこしフラットな感じに。
 カリンの指板のみ,最後に薄く溶いたラックニスでポリッシュ。ツヤツヤのピカピカにしました。


 さあて,あとは半月を接着,一気に組立てじゃあ!----と思ってたんですが,ここで問題発生。

 半月の接着位置の調整のため,ひさしぶりに糸巻を挿してみたところ,この糸巻がことごとく役に立たないことが判明。
 4本そろっていましたので油断してたんですが……これ,どれをどこに挿してももユルユルで使い物になりませんね。
 国産月琴では三味線の影響で,先端は噛合ってるけど握りがわがわずかにユルくなってることがあります。理想的には唐物月琴みたいに糸倉の左右でがっちり噛合ってるのが望ましいのですが,きっちりと工作されているならまあ,三味線式でも構いません。
 ところがこの楽器の糸巻は,先端ユルユル,根元もユルユル(w)
 先端部と握りの間に段があるようなカタチで削って調整できるようなものではないのですが,試しに1本削って根元を合わせてみたところ,先端が糸倉から1センチくらい突き出した状態になっても,まだユルユルのまんまです。

 使い込まれた楽器ならば,糸巻が削れてユルくなってたり,先端が糸倉から出てたりすることはよくあるんですが,事前の調査からこれはほとんど楽器として使用された形跡がないことが分かっています。経年変化で糸巻だけ削れちゃったとか縮んじゃったという怪奇現象はちょっとあり得ませんし,そもそもその糸巻自体にも使用痕がほとんどない。原作段階で先端も握りがわも両方合わないような糸巻をつけたというのも考えにくいですね。
 おそらくこれはオリジナルの部品じゃなく,ほかの楽器から移植されたものだったのだと思います。

 修理前にはほぼ実際に演奏してみることが不可能な状態であることがほとんどなので,いざ使用可能な状態になってから気が付くような不具合がけっこうないではないんですが……ううむ,修理も終盤のこの期におよんで,糸巻を1セット削るハメになろうとわ!!

 というわけで久々の糸巻削り。
 材料はいつもの百均めん棒36センチ。
 うおおおおおッ年内に,年内に終わらせるんじゃああッ!
 肩コリゴリゴリ・腱鞘炎直前みたいにはなっちゃったものの,なんとか一日,気迫の製作で削りきりました。

 もと付いてたのよりは少し太め,六角無溝で握りの先端が少しラッパ型に開いてる月琴の糸巻としてよくみるカタチの糸巻です。これをもと付いてたのと同じ黒染めに…うん,オリジナルで付いてたこの糸巻,染めの加工だけはマトモですね。庵主と同じくスオウでしっかり下染めしてから黒く染めてあるので,手に触れる角の部分なんかがほのかに赤っぽくなってたりします。
 染め上った糸巻は,柿渋で色止めし亜麻仁油で仕上げます。


(つづく)


月琴60号 マルコメX(6)

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斗酒庵いろいろみろり の巻2018.6~ 月琴60号 (終)

STEP6 My Blue Heaven

 表板の面均しというけっこうヘビーな作業があったものの,こちらも胴が「桶」の状態にまでもどりました。再接着した側板の合わせ具合などを確認した後,四方の接合部にニカワを入れてゴムをかけ回して接着。そのまま一晩おいて,ゴムをかけて四方を固定した状態のまま,四箇所の接合部の裏に小板を貼り,補強とします。

 今回使ったのはカツラの端材。
 ニカワの鍋でいっしょに煮て少し軟らかくなったところをクランプでぎゅぎゅッとな。
 この楽器は平均的な国産月琴とくらべると胴の直径が少し小さいのですが,厚みはけっこうあります。この構造で木口が暴れると,ふだんやってる和紙による補強では保たないかもしれないので,ちょっと強力な方法を採りました。

 前修理者も割れた接合部になにやらありあわせの木片をへっつけてはいましたが,あまり効果的だったとは思えません。庵主のは各接合部の段差やカタチに合わせ,ぴったりハマるよう削ってから接着してありますからね----どやぁ問題にならんやろぉ。

 二晩ほどおいて胴材からハミ出した部分なんかを整形。
 これで胴体構造がしっかりと固まりました。

 前回書いたように,この楽器の胴下部左右の接合部には合わせ目の木口を削って何かしようとした痕がありました。しかし加工自体中途半端なものなので,おせんさんのように実際に下桁を入れてみたりまではしなかったようです。
 60号の内桁もおせんさん同様,中央よりは上に位置していますが,このくらいなら唐物月琴などでもある範囲ですし,胴自体が少し小さめなのもあって,現状でも構造的なバランスは良い。よってこちらには下桁を追加するような,これ以上の補強は必要ないものと思われます。

 さて…でわでわ,棹に取り掛かりましょうか。(青)

 まずはジャブ的補修----棹と胴体の接合部,ギターでいうところのネックのヒールのあたりがネズミに齧られて少し欠けちゃってますので,ここを直しときます。

 形状は残ってる部分の曲面と棹口の日焼け痕から推測しました。ふつうこの基部の背側は裏板の手前あたりまでしかありませんが,この楽器のは握り部分からの立ち上がりをきつめにして,側面の厚みほぼギリギリ,裏板の木口まで覆うくらいの感じになっていたようです。ほかで見たことのないデザインですが,これはこれで組み上がったらなかなか小洒落た感じになりましょう。

 そしていよいよ「60号・7つの謎工作」の筆頭。
棹なかごにとりかかります!

 原作者がここを丸棒にした理由やその利点については庵主,とうとうナニも思いつきませんでした----欠点のほうはいくらでも思いつくんですけどね(^_^;)いや,ちょっと見たって 「これじゃあ棹がクルクル回っちゃうじゃん!」 くらい分かるハズですよね。(ww)
 棹と棹孔の噛合せがいいので,挿しただけの状態でもほとんど動きませんし,このまま接合が多少ユルくなったとしても,弦を張ればその張力であるていどの定位置におさまってくれるものとは思われますが。現状,棹の指板面が胴水平面とほぼ面一になっており,例によってこれを少し背がわに傾ける必要があります。
 しかしながら,この丸孔に丸棒をつっこんだ状態では,棹の調整が……いや,工作的にはやればできないこともないんでしょうが。いつものように棹角度の調整なんかしようと思ったら,棹の削りも棹孔のほうに貼るスペーサの形状も「曲面3D」で考えることになるんですよね(汗)……ほほほほ,残念ながらそれはもう,庵主の演算能力をはるか巨大に超えてしまっておりますですハイ。

 まずは内桁の孔のほうからいきましょうか。
 こっちを先に片付けておかないと,内桁が付けられず,胴が完成しませんからね。

 棹なかごのウケ孔を削って,丸を舟形にします。
 棹なかごの先端はこう。表板がわを平らに均し,棹の傾きのぶん斜めに削りました。
 この状態で調整し,ちょうどいい角度で入るようになったところで,孔の残った丸い部分をスペーサで埋めてしまいます。
 丸孔を,四角孔にしたわけですね。なかごは半分以上丸いまんまですが,これでもう棹がグルグル回っちゃうような心配はありません。

 当初はこれだけで,胴体の棹孔のほうは新しい角度にした時にぶつかる部分を丸ヤスリで軽くこそぐ程度にしてたんですが,やはり内桁がわを固定しただけでは,強く握ると棹が左右に微妙に回転して,わずかながら傾いてしまいます。
 わずか…であり,通常の演奏ならば充分に使用可能の状態,とは言え,演奏中棹がグラつくというのは,弦楽器奏者としてあまり気持ちのいい状況ではありません。しかし,丸棒なかごの直径は15ミリ。ふつうの月琴よりかなり細めなので,先っちょの場合はともかく,より力のかかる棹基部のほうは,むやみに削って減らわけにいきません-----そこで,こうしました。

 胴の棹孔を舟形に。内桁の孔とは違って,こちらはこのままでいきます。
 なかごは表板がわの基部を削って,直径とぴったり同じ幅の四角い板をかぶせます。舟形の孔に挿しこむのですから,これでいいわけですね。

 この改修によって(本当にナニかあったとしても)棹なかごが丸棒であった意味も機能も完全に消失してしまったはず----まあいいか。最初のほうでも書いたとおり,丸孔に入る丸棒を手作業で削るのは,四角い穴に入る四角い棒を作るよりはるかにタイヘンな加工のはずなんですが,いや,ほんと,なんでわざわざそんな手間までかけてこんなことしたのかなあ。いまだ原作者の気がしれません。

 さて,今回の修理最大の懸案が,なんとか片付きました。一気に仕上げとまいりましょう。

 まずはちょいと半月を改造します。
 糸の出る上辺部の角を丸く落としてあるなどちょっと変わった加工もされてますが,オリジナルの半月は糸擦れが少し深くあるくらいで損傷はなく,やや背も高めながら機能上の問題もありません。ただ,この楽器の半月はまさしく違いなく「半月」----円を描いて半分にぶッた斬ったカタチ----になっています。おソバのカマボコかっつーの。(w)

 名前は「半月」ですが,月琴のテールピースは,実際には半円よりやや小さめの「木の葉」を縦半分に切ったカタチであることが多いのですね。石田義雄の楽器の半月なんかは,平面的にはほぼきっちりの半円形なものの,下縁部を大きく斜めに落としてあるので,糸孔のある上面はやっぱり木の葉型になっています。
 こういうのを参考に,最少の加工でこれを月琴の半月として不自然でない形にしちゃいましょう。
 いやなに現在直角につッ立っている下縁部を,少しだけ斜めに削るだけのことです。
 左右は浅く,真ん中は少し深めに。

 たったこれだけのことですが,これで半円形のダサダサ感はかなり薄まりましたね。
 加工した半月は磨いて,取り外しておいた蓮頭といっしょに染め直しておきます。

 つぎに響き線です。
 この楽器の響き線は太目の真鍮線。
 形状は唐物月琴と同じ,肩口から内桁の孔を通るタイプですが,桶の状態の胴体で表板をタップするなどして確かめてみると効きがよくありません。鋼線にくらべると真鍮線はやわらかいので,自重による変形を考えてやや短めにしたようですが,これだと線がちょっと太過ぎ,短すぎたみたいですね。
 とはいえ,少しサビは浮いてたもののオリジナルの線は健康ですし,効きがよくないといってもちゃんと機能してますので,ここはそのままにして別の方向で。反対がわにもう1本,線を足してやることにしました。
 2組の響き線というのはそれほど一般的ではありませんが,けっこうないでもない構造です。それなりに効果はあるんですがデメリットもあり,失敗例も多いですね。

 失敗例のほとんどは,同じ構造を左右対称に付けたもの。この楽器は見た目「左右対称」っぽいので,そこからみんな思いつくんでしょうが,たいていは演奏姿勢に構えた時の傾きとかを考慮してないので,せっかく2組入れたのに片方しか働いてなかったり,一方の線がもう片方の線に干渉してその効果を打ち消し,かえってどっちも役に立たなくなったりしてしまってます。うまくいってる鶴寿堂の例なんかはそのあたりを考慮して,取付位置を上下にズラしたり,線の長さを変えたりしてますし,太清堂だと,まったく違うタイプの線をそれぞれ最も効果を発揮する位置に取付けています。

 そうした先人の教え(w)と,いくつかの形の線を実際に作り実験してみた結果から,庵主はこの「Z線」を選びました。直線の根元をZ形に曲げたカタチです。2本線のデメリットとして,どっちに傾けても線が揺動してしまうため,ノイズとしての「線鳴り」が発生しやすいというのがありますが,このZ線は比較的「線鳴り」の起こりにくい構造です。これをオリジナルの線に干渉しないよう長さを調節し,内桁の下あたりに接着しました。
 あらためて表板をタップ----うん,こんどはどこを叩いても響き線の効果の入った余韻が返ってきます。

 あとは裏板を閉じて組み立てるだけ。
 糸巻は健全で噛合せも良いため,軽く清掃して柿渋と油を染ませておきました。棹は蓮頭・半月と同じくスオウで染め直した後,オハグロでこげ茶に。指板部分のみもう一手間,ラックニスを染ませて磨きます----唐木でなく,桑を染めた板のようですがなかなかの景色。

 胴側は柿渋を染ませて亜麻仁油とロウで仕上げました。
 山口とフレットは漂白ツゲ。
 1次フレッティングの結果,丈が多少高めでしたので,半月にゲタを噛ませて弦高を下げました。

 最後にお飾り類。
 左右のニラミに欠け・割れなどの損傷はありませんが,裏面に少々虫食いがあったので,これを埋めてから染め直します。
 最後に扇飾りをこさえるのですが。もともとわずかな接着痕と日焼け痕しか残っていなかったので,オリジナルのデザインが分かりません。ここはよくある唐草万帯のぐにゃぐにゃ----よく見かける割に何を意味している模様なのかイマイチはっきりしない,月琴のナゾ意匠の一つですね。

 仕上げのあたり多少はしょりましたが,師走ということでごカンベンを(w)
 2018年,イブ前夜の12月23日。
 月琴60号,修理完了!!

 オリジナルの状態でのフレットや山口の加工および設定に多少疑問があるので,この修理後の音階がもともとのそれと一致しているのかどうか,すこし怪しい点もあるのですが,フレットを原位置に配置した時の音階は----

開放
4C4D-184Eb+454F+124G+124A-305C-75D+105F-19
4G4A-324Bb+245C-195D-165E-445G-125A-36C-32


 そもそも表板や糸巻・半月に,楽器としてかなりちゃんと使用されたことをうかがわせる痕跡がありましたので,音が合ってるのはあたりまえッちゃあ,あたりまえの結果なんですが----修理中思っていたのよりは,ずっとマトモな音階ですね。
 第3・7音(2ndフレットの音)がやや低すぎますが,5度・オクターブの位置でのズレが小さく,月琴かどうかは知りませんが,あるていどこの手のフレット楽器について知っている人による設定だったのではないかと思われます。(なお,調査後にフレットは開放C/Gでの西洋音階で配置し直してあります)

 音は----すごくイイですね。
 くッ…太清堂の修理でも良く味わうんですが,なんだこの割り切れない感じというか敗北感のようなものわ!!とはいえ,元の工作にはいろいろ問題があったものの,部材の加工は同時修理のおせんさんの作者より丁寧でしたし,庵主が「月琴の正則」のほうにかなり(ムリヤリ)寄せて組み直した,みたいなところもありますが。

 大きく明るく遠慮なく。
 Anzuさんとこに置いてある49号にもよく似た,唐物月琴に近い響きです。
 国産月琴によくある闇堕ち中二病的な色がなく,昼の青空みたいにすっこーんと抜けてゆく音。それを追いかけるようにシーーンと広がる余韻。

 胴が少し大きいものの,庵主の作るウサ琴とほぼ同じ大きさの小柄な月琴です。不識の月琴のような大型月琴で慣れてると,少しとまどいがあるかもしれませんが,持った感じのバランスはよく,演奏中のふりまわしもかなりラクです。
 音もデカいし,路地での立奏向けかなあ。
 欠点(?)としては,楽器を横にしたり運んだりする時に2組入れた響き線がまあにぎやかに鳴ります。いわゆる「線鳴り(演奏中に発生する響き線によるノイズ)」ではなく,演奏姿勢に構えている時はほとんど問題ないのですが,それ以外の体勢にしたとたん,ガンゴラガンガラ----ブラつかせると曲線が,横に寝かすと直線が,って具合でどッちかの線がかならず音をたてちゃうみたいですね。線鳴り抑制のため,オリジナルでついてた「鳴らし釘」も抜いたんですが,こりゃあんなもんなくてもじゅうぶんにぎやかですわい。
 曲を弾き終わったあと,まだほかの人の演奏があるような場合は,細心の注意でしずかーに寝かせること。(w)

 作業名:60号/マルコメX,
  あらため,音の印象から「銘:碧空(あおぞら)」

 ギターの前科があるヒトなんかが弾くと,ちょっと面白そうですね。いまなら斗酒庵特製・牛蹄のギターピックもオマケに付けちゃうよ。
 吾こそと思わん方。
 お嫁入り先,ご連絡お待ちしております。(ww)

(おわり)


おせんさんの月琴 (4)

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斗酒庵年末大修理 の巻2018.11~  おせんさんの月琴(4)

STEP4 裏がなく二枚舌のない性格

 依頼修理のおせんさん。
 桑の薄板で外がわを固められていたおかげで,胴体構造は円の状態のまま。一箇所接合部が破断してましたが,これもすでに再接着済み。
 表裏の板は剥がしたあと接着痕などを清掃し,虫食いや剥離作業中に欠けた個所などを補修しておきます。

 さあて,これで年末までに直るかどうか!

 まずは胴体に表板をつけて構造を安定させるとこからはじめましょう。
 この後,胴の周囲にぐるりと巻かれていた飾り板をもどすのですが,現状しっかり円形を保っているとはいえ,表板のない状態の胴構造は単に木片を円形にくっつけただけのシロモノです。このままでぎゅッとシメつけたら,作業中にバラバラになってしまうかもしれません。

 表板ウラ周縁や胴材接着面の虫食いは丹念に埋めてあります。
 古いニカワをこそいだら,胴材の接着面に原作者がほっぽっといたと思われるエグレが数箇所見つかりました。仕上げ作業が粗い……胴材が厚めですから,こういうところは板の剥離の原因になりやすい。これもしっかり埋め込んでおきます。
 胴側面にあったエグレやキズも同様に埋め込み,均しておきました。飾り板があちこちで浮いたり剥がれたりしていたのも,こういう外から見えない「内がわ」の作業をオロソカにしたせいですね。

 表板の原位置は,剥がす前に開けておいた小孔に竹クギを刺して確認します。分離した左の小板は,虫食いのあった木端口の接着面を整形,スペーサを入れるぶん少し離して接着。
 一晩おいて,接着を確認したところでスペーサをブチ込んで整形しときます。

 胴体が「桶」の状態になったところで,飾り板を接着します。
 飾り板はここまで,丸めた状態で鍋に入れて水漬けしておきました。
 胴側にニカワを塗り,お鍋から取り出した飾り板の片側の端を棹口のあたりでクランプで固定。ぐるっと回したところで,その外側から太ゴムをかけ回し,ぎゅッとしぼって固定します。
 文字で書きゃあカンタンそうな作業ですが……飾り板がじゅうぶん湿っているうちにコトを済ませなきゃなりませんし,のばしたゴムはけっこう暴れてなかなかうまく思ったところにかかってくれません。そして,かかった後も板のズレとか浮きを確認しながら微妙に調節してゆきます----タイムリミット付きのけっこうな精密作業ですね(w)

 二日ばかりそのままでおいて,接着具合を確認----百年前と違い輪ゴムという武器もありますし,原作者よりも下地の調整をしっかりしておいたのもあり。貼り直しの結果,飾り板が2ミリちょい余って,棹口のところで重なっています。
 余ったぶんを糸鋸で切り取り,重なって浮いてる部分のスキマにニカワを流し込んで,再びゴムかけ,またまた一晩。

 ようやく360度接着されたところで,胴材からハミでたところや棹口にかかってしまっている部分を切り取り,削り取ります----これで棹が挿せますね。
 で,棹角度の確認のため組み立ててみると,胴と棹との接合部のところに妙なスキマができちゃってます……ハテ?作業前にはこんなスキマ,なかったと思うが。
 触ってみると飾り板がわずかにヘコんでいます。ここだけなぜか板が薄くなってるみたいです。たぶん元は,厚塗りの接着剤がパテみたいになってたんでしょうねえ。

 このままでも棹の固定等にさして支障はないと思われますが,見た感じ少し不安なので,唐木の粉をエポキで練ったパテで軽く埋めて均しておきましょう。

 続いての作業は,棹角度の調整。
 オリジナルの状態では棹の指板面と胴水平面はほぼ面一でしたが,これを少し背がわに傾けます。
 まずは内桁の棹孔----表板がわを1ミリほど削り,裏板がわに削ったぶんのスペーサを接着。
 棹基部の胴体との接合面を少しづつ削って,新しい角度でピッタリ胴におさまるよう調整します。
 毎度のことながら,文章だときわめて地味な作業ですが,修理後の楽器の使い勝手を左右するもっとも重要な工程ですので,時間をかけて慎重に……まあ,どう急いでやっても三日ぐらいはかかりますね(w)

 棹の調整があらかたできたところで,ここまでハメこんでるだけだった内桁をバッチリ接着します。
 国産月琴の作者さんはここの接着をオロソかにする人が多いんですが,この内桁がしっかり着いていない楽器は,ちゃんと鳴りません。

 あと,再接着の前に響き線を鳴らすため刺されているでっかい釘を1本抜きました。
 もとは渦巻線の両側に1本づつ立ってたんですが,これだと楽器が揺れた拍子に線がどっちかの釘にひっかかって,本来の役目である音への効果が出なくなってしまうのです。「響き線を鳴らす」という目的自体,日本人の勘違いから生じた間違いなので,ホント言うと不要。両方抜いちゃいたかったんですが,いちおう,1本は残しておきます。繊細な線なので,1本だけなら少々ひっかかっても,すぐにはずれてくれるようですしね。

 ついでに,この月琴の構造上の問題を,もうひとつ解決しとくこととします。
 新しく下桁を作って入れましょう。
 少し前の「ぽんぽこ」でもそうでしたが,一枚桁の構造として見た時,いまある内桁の位置はあまりにも上すぎます。
 この位置だと確かに下部の空間は広くとれますが,前にも書いたように,もともとの空間が狭いのでこの程度のことでは何の効果もありません。そればかりか,内部に支えのない部分の胴材や表裏面板に余計な負担がかかり,胴の歪みや板割れなどの故障の原因になってしまいます。

 下桁を入れた場合は,国産月琴でよく見る二枚桁の構造になってしまうわけですが,下手の考え休むに似たり,ふつう・あたりまえがいちばん。

 下桁の入るべき位置に指示線が書かれており,表板のウラにニカワの痕もあったことから,原作者も最初はそう考え,おそらく一度は入れてみたようですが,組上げの段階で魔がさして,せっかく入れた下桁を引っこ抜いちゃったみたいですしね。
 材は上桁と同じヒノキの板。
 さらにこれも前回書いたとおり,実際にはあまり意味のない加工(w)ながら,大き目の音孔を左右に貫いておきます。響き線が長く,下桁にかかるとかこれをくぐるといった場合には,真ん中に大きく長い音孔があけられますが,今回の響き線は渦巻線で大きさもそれほどではありませんし。役割的な意味から言えば,穴のないただの板で良いのですが,まあなんとなく……気休めです。(ww)

 側板にハメこむための溝は切ってないので,この時点では表板と胴材の内壁に接着しているだけ。しかしこの上桁はハメこみ・下桁は接着だけというのも,国産月琴でよく見られる工作ですね。たとえば左画像は山形屋の楽器の下桁。これなんかそのうえ両端が胴材まで届いておらず,実質表裏板でサンドイッチしてるだけでした。おまけに接着の雑な人が多いので,はずれた内桁が胴体の中ではずれてカタカタいってたり,ヘンなビビリの原因になってたりしてるのもけっこう見かける事態ですね。

 月琴の胴体は本来,唐物で一般的な中央一枚桁の構造で充分な強度が得られています。これを上下2枚に増やした理由については以前にも考察したことがありますが,そのもっとも主たる理由の一つが,日本の職人の感性が一枚桁の構造を「不安定なもの」と捉えたこと,と庵主は考えています。

 二枚桁にした場合,見た目的には一枚桁よりも安定して頑丈そうにも見えます。ただ実際に作ってみた時,上桁には元と同じく「棹を支え構造を補強する」という分かりやすい役割がありますが,下桁の役割はいまいち分かりにくい。見た感じだと「上桁だけだとバランスが悪いから」くらいなものですかね(実際には上桁の位置が変わってしまったため,それなりの意味・役割が生じています)このため,その存在自体が気休め的なものと軽視されてしまい,こうした中途半端な工作が横行していたのではないかとも思います。


(つづく)


月琴60号 マルコメX(5)

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斗酒庵いろいろみろり の巻2018.6~ 月琴60号 (5)

STEP5 ふりだしにもどる

 さて,いったんバラして前修理者の仕業っぽいアレやコレもぜんぶひっぺがし,各部品をいったん修理前に近い状態にもどしました。
 庵主の修理はここからはじまります。

 まずは破断している右側板の補修から。
 前修理者は分解前の状態で,割れたところにニカワ流し込んで留めようとしたみたいですが,もちろんそんな程度の手抜き仕事でうまくゆくはずもなく。さらに細いクギみたいのを斜めに打って留めようともしたようですが,これもうまくゆかなかったご様子。
 さらに割れめパッキリのままのとこに後,古物屋か誰かが木工ボンドを流し込もうとしてくださりやがったようですが,幸運にもこれは割れ目のほんのトバ口の部分に少し入っただけで止まっておりました。
 もともとは衝撃による破損なのか,あるいはもともとヒビでも入っていての自壊なのか…ぶつけた痕みたいのは特に見つかりませんし,こんなことになるような衝撃がこのあたりにかかったとすれば,よっぽどピンポイントでない限り棹や糸倉なんかにも損傷があったはずなので,後者のほうが可能性ありますかね。

 前修理者のニカワ,呪われた(庵主に)誰ぞのまぶした木工ボンドをキレイに取り去り,割れ面をアルコールで丹念に拭ったあと,木粉を混ぜたエポキで接着します----ここは「ふつうなら壊れなくてもいいところ」ですからね。
 割れ面を慎重に合わせて当て木とクランプで固定。
 割れ目のスキマから出たパテに木粉をまぶし,裏面のほうは割れ目を覆うようにパテを広げて補強にします。

 一晩おいて表面がわを整形。
 もともと押し付ければピッタリ合うくらい,割れ目が素直だったのでさして手間ではありませんでしたね。

 続いて,表板の補修を。
 深刻な虫食いは2箇所。一つ目は右のニラミの下から右肩に向けて,けっこう大きく食われてました。千枚通しなどでトンネルを探りながら潰してゆきます。

 もう一箇所は半月の横,左下部の端から小板の矧ぎ面に沿って10センチほど。双方ともに埋め木で処置します。
 左端の小板は接着不良,右端の小板は矧ぎ面に虫食いがあって分解後脱落しました。

 ほか板の裏面,胴材や内桁の接着箇所にもいくつか虫食いがありましたがさほど深刻なものはなく,木粉粘土で充填し,さッさと矧ぎなおしちゃいます。

 そしてある晴れた一日,作業台といっしょにお外へ----

 そりゃコスれ!やれ削れ!

 うっぷぷ,げほげほ!……ホコリもうもうたてながら,表板をザリザリガリガリ削りまくり砥ぎまくりました。

 これにて60号・7つの謎工作(w)の一つ「表板の厚みがヘン」を解消いたします。
 この間,庵主,さまざまに考えてみました。
 表板は棹がわが6.5ミリ,お尻がわが4.5ミリ…この厚みの違いにどんな意味があるのか?…なぜ棹との間に2ミリもの段差を作ってまで,棹口のあたりの板を厚くしなければならないのか?----と。
 しかしながら,一つの屁理屈も言い訳も思いつきませんでした。黒を白と言い含める生来詐欺師タイプの庵主がその理由に思い至らないのですから,これは間違いなくその工作のほうが理不尽なのであります(w)
 前回書いたように,この表板を質も悪くなく厚みも均一な裏板と取り替える,という手もあるのですが,日焼け痕の処理やら陰月の穴埋めなんかを考えると,こうして表板のほうをマトモにするのと大して手間が変らんようです。

 とはいえとほほ…手作業で「面」を加工するのはやっぱタイヘンですわい。2時間ほどの格闘の結果,ようやく表板と棹の指板が面一,全体の厚みもほぼ均一となりました。

 板裏を中心に削りましたが,けっきょく表面もあちこちかなり削っちゃいました。板裏に墨書とかなくって良かったです。
 表面にはまだ半月の接着痕が残ってますので,その上縁を表板の中心線と垂直に交わる線の一つとし,あとは板中央に残ったぶんまわし(木工用コンパス)の中心点や木口に残った棹基部の痕跡とも合わせて表板の中心線を新たに求め,しるしをつけておきます。

 さあ,組立てですね。

 天の側板は棹孔の位置と新たに決めた板の中心線をもとに位置決めをし,残りの三枚は貼りつけた時に板の損害--削り直さなければならない板の木口--のもっとも少なくて済む位置を確かめ,接合面の角度を調整しながら戻します。
 最後に取付けるのが地の側板。ここでいつも,製作時からの板や部材の収縮,あとは修理によって生じた誤差のぶんを清算するのですが,今回は両端を合わせて1ミリほど削る程度で済みました。

 この時点で側板は,板にはくっついているものの胴四方・4箇所の接合部はまだ接着されていません。

 組上げてみて気がついたのですが,4箇所の接合部のうち上2箇所は通常の木口接着なのですが,下の2箇所は内がわの木口の角が,一部斜めに削ぎ落とされています。
 斜めになってる面はガタガタでしたし,途中で加工の切れている部分もあったので,はじめは木口が欠けたのをラフに整形したのだろう,ていどに思っていたんですが。接着位置で木口を合わせると,間にほぼ直角になるくぼみが出来ることから見ると,原作者は当初このくぼみの部分に下桁を入れるつもりがあったのかもしれませんね。
 
(つづく)


月琴60号(4)/おせんさん(3)

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斗酒庵いろいろみろり の巻2018.6~ 月琴60号(4)/おせんさん(3)

 さて,自出月琴60号および依頼修理のおせんさん。
 ともに分解作業まで進んだところで,今回はここまでの調査のまとめとしてフィールドノートを。
 フィールドノートの各画像は,クリックで別窓拡大されます。
 細かい寸法とか参照されたいかたはどうぞ。
 まずは60号から----

60号・STEP4 マルコメの園

 棹なかごが丸棒状だったのにはちょー驚かされましたが。(^_^;)
 胴径:343は国産月琴の平均からだいたい1センチちょい小さく,有効弦長:387は2~2.5センチくらい短い。全長だと2~3センチ,石田不識みたいな大型の月琴と比較すると5センチくらいも短くなります。
 しかし全体の構造から考えて,これは楽器として小型高音の月琴を目指したのではなく,庵主のウサ琴のように,材料か工具の制限からくる小型化だったと思われます。
 そのあたりも含め,原作者には月琴という楽器またその構造に関しある程度の知見はあったようですが,その工作には量産を意図しない----きわめてワンオフ的な手間が見てとれます。他人に頼まれて作ってみたものか,これから作って売ろうかという段階の,試作品的な楽器だったのではないでしょうか。
 「月琴」の製作に関しては,ほぼシロウト同然であったと思われますが,材の木取りにしろ各部の加工,部材同士の合わせ等,その木工技術にシロウト臭は感じられません----大工さんか指物屋か,いえ,すくなくともボール盤といった新しめの加工機械は有していたようなので,ほかの楽器,たとえばバイオリンやギターのような西洋楽器を手掛けていた若い職人さんが,手慰みで作ったような楽器だったかもしれませんね。

 胴にけっこうなバチ痕が残ってます。しかもちゃんと清楽月琴の擬甲で付けられたとおぼしい痕跡ですので,月琴として,楽器として,実際そこそこに使われたものだとは思われます。

 フィールドノートに記載したほかに数箇所,分解ちゅうに虫食いが見つかりました。
 その中では,右のニラミの下から発見されたものが,孔も大きく,けっこう広がりもありそうです。ほかには今のところ,さして深刻そうな問題は見つかっていません。

 原作者が月琴シロウトとおぼしきゆえに,見て思い浮かぶ細かな疑問点や問題点は多々ありますが,なかでもいちばん分からないというあたりをあげるなら----
 表板が妙にぶ厚いということでしょうか。

 共鳴板の表が厚く裏が薄い。
 楽器として音を前に飛ばすことを考えるなら,ふつうは逆なんじゃないかなあと思いますね。
 しかもこの表板,厚みが一定ではなく,上のほう(棹がわ)が特に厚くお尻に向かって薄くなっています。胴上端,天の側板周縁で6.5ミリ,地の側板のあたりで4.5ミリほどでしょうか。この棹口付近の妙な厚みのため,指板と表面板の間には現状2ミリほどの段差ができてしまっています。
 はじめは何らかの音響的な効果を狙ってワザとこうしたものか,とかも想像してみたんですが,どう考えても理屈に合いません。強度上の理由,もさして考えられないですよね。さらには,ふと思いついてバラした裏板を当ててみると……こちらのほうが段差もできず,見事なほどぴったし面一に!……なんじゃこりゃ?

 あらためて見比べてみますと,裏板のほうが厚みも均等。厄介そうな節目や荒れもなく,木目も柾目っぽい,しごく安定しているイイ板です。
 なのになぜこれを使わなかったのか?
 上に書いたように何らかの効果(庵主には思いつきませんがww)を狙った実験的な工作だったとか,単純に組上げの時胴体のオモウラを間違えた,というアホらしい理由を除くと……そうですね…あと残るのは表板に比べると若干地味で見た目のインパクトが薄い----と言うところでしょうか。
 裏板のほうが本来表板として使われるべき板だったとするならば----現在,修理のためバラバラにしてありますから,ためしに表裏をひっくりかえして,本来使われるべきだった方向で組み直すことも可能ではありますが……まあさすがにお飾りや半月の日焼け痕もあるし,陰月まで開いてますからそうもイキますまいか。

 修理では,壊れたところを直すのと同時に,原作者の不慣れなとこと,この楽器に関する経験や知識の差のフォローをすることになりそうですね。月琴シロウトの職人さんが作った「ギリ月琴っぽい」楽器を,どこまで「比較的マトモな月琴(w)」のレギュレーションに近づけることができるのか。
 「修理」と「改造」のせめぎ合いみたいな作業になってしまいそうですね。
 まあそれもヨシ。


おせんさん・STEP3 風の都

 続いて依頼修理のおせんさん。


 前回書いたよう。この楽器は「太清堂」の作にきわめて近い特徴を持ってますが,おそらく別人の手になるものと思われます。初期の作家さんたちが唐物の楽器を参考・模倣したように,その後の流行期に全国に湧いたニワカ職人さんも,たまたま手に入った誰かしらの楽器を参考にしたことが多かったでしょう----これもそういう例の一つ,おそらくは「ぽんぽこ」に近い,太清堂の比較的初期の楽器をモデルにしたんじゃないかと思いますね。
 ただし,こちらは60号と違って明らかにプロの楽器職の仕事です。
 各部の工作の手熟れさ加減から推して,まだ作数は少ないようですが,それも一面とか二面といった数ではない感じ。
 また,少なくともデザイン・センスは太清堂より少し上ですね。
 え----証拠?

 言わずもがな----右が「太清堂」の楽器についてたコウモリ。
 どちらのコウモリもある意味デザイン的に崩壊ライン・ギリギリですが,見比べるならこちらのほうが少なくとも,フォルム的にはまだ「まともなセンス」が感じられるじゃあないですか(w)

 元になってる太清堂は,上画像でご覧のようにお飾りなどのデザイン・センスはかなり壊滅的ですが,音を出す道具である「楽器」としてはかなり性能の良い部類となります。そいでから,毎度太清堂の楽器を修理するたび庵主は,「なんでこんな雑な仕事してやがるのに音がイイんじゃああ!!」と叫んでいるわけですが,それは太清堂の楽器が,月琴の楽器としてのツボ-つまりモノとして「ここ」と「ここ」さえシッカリやっておけばあとはどうでもイイ-というところを,逃すことなくバッチリしっかりおさえているからです。詳細に比べてみると,こちらの楽器は仕事ぶりそのものは太清堂より丁寧なものの,そうした「ツボ」の認識には若干ズレがあるようにも感じられます。

 たとえばこの内部構造。

 上にも少し触れましたが,この楽器の内桁の配置は,太清堂の初期作と思われる「ぽんぽこ」とほぼ同じとなっております。
 全円直径のほぼ1/3にあたる箇所に内桁を上げて,響き線の効果のかかる下部共鳴空間を極力広げようというわけですね。もともと三味線やギターに比べると共鳴胴内の空間が小さい楽器です。強度的なバランスを無視しても,これを最大限に利用したい,という気持ちは分からないでもありません----しかしながら。

 太清堂ですら,こういう極端な空間構成が楽器の強度バランス,特に表裏の板に及ぼす影響について薄々想像はついていたとみえ,内桁とは別に,表板のうらがわ中央に補強の板を接着しました。まあこれは,経木で作った弁当箱の蓋の裏に同じ経木の薄板を細く切って貼りつけたくらいのもので,思いつきというか気休めというか……実際の効果のほどはアヤしげで,現に表板には板の左右方向への収縮をおさえるものがないところからくる割れが生じ,面板は弦圧によって剥離してましたから,少なくとも「補強」にはならなかったようです。
 この楽器の作者も,そのあたりには些か想うところはあったらしく,剥離後の側板を掃除していたら,ふつうならここに下桁が入るだろう,という位置に何やら指示線が見つかりました。それであらためて調べてみると,表板の同じあたりに,一度板を貼りつけようとした痕……ニカワの痕跡がうっすらと。

 じつはもともと下桁がついていたのが,壊れて面板のスキマから落っこちたんじゃないか,とも考えましたが。ほかの部分ではあんなに接着剤べったりの人が,ここだけこんなに薄くキレイにするハズもありませんし,側板や裏板には痕跡が見つからないことから,下桁を入れるべきか否かで逡巡し,組立中,一度は実際に貼りつけてみるまではしたものの,結局はやらずに痕跡を拭って終わった,と考えるのが妥当でしょう。
 ちなみに----内桁をズラして共鳴空間を広くとる,というこの工夫は,月琴という楽器に関わるとまあ誰でもが思いつき,通ってしまう中二病的な道のようなんですが。いままで修理で見てきた楽器の経験とウサ琴による実験の結果,害はあれども効果のほうはほとんどナイ,ということが分かっています。

 そういうあたりにまで聞いて分かるような影響を及ぼすにはね,
     月琴の胴は小さすぎせますぎるんですよ……もともとの空間が。(w)


 この楽器でもそうですが,よく内桁の左右に「音孔」という細長い孔があけてありますよね? 実はこの孔,あってもなくても,音の大小や響きはそれほど変わりません。

 まあ考えてみてもくださいよ。

 そもそもこんな薄っぺらくてせまッちい空間で,ちッとやそッと空気が対流したくらいで何が変わると思います?

 月琴の音のヨシアシは,何もない空間がどれだけ広くとられているか,ではなく。胴がどれだけしっかりとした箱構造になっているかによって決まります。部材の継ぎ目にスキマやユルミがなければ,箱全体に振動が伝わってよく鳴るし,逆に少しでもスキマがあれば,そこで伝導が途切れて部分的にしか鳴らない,そういうごくごく単純なハナシです。
 シンプルな構造の楽器だけに,部材の合わせは精密か,接着は確実か----思いつきの中途半端な工夫よりずっと----そういった,たかだか「箱」を作るうえで必要となる程度の,木工上のしごく基礎的・基本的な技術や加工の差異のほうが,音を出す道具という意味での楽器の品質に大きく関与しているのですね。

 「ぽんぽこ」の場合は,表板の補強板と同じような板を裏板がわにもつけ,中央に表裏板をつなぐ構造を足して,もとおとの「補強板」を擬似的な「下桁」に改造することで「箱」としての強化をはかりましたが,こちらの場合は原作者が一度躊躇したように,いッそガッチリとした下桁をブチこんでしまったほうが,楽器の将来的にも良いかもしれません。


(つづく)


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