月琴57号 時不知 (4)

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斗酒庵 高級シャケにまみえる の巻2017.10~ 月琴57号 時不知 (4)

STEP4 髪結い看板の冒険

 さて57号「時不知」,修理もあと一息!
 まずは裏板の接着。
 前回書いたように,裏板はかなり状態が悪く虫食いも多かったので,新しい板を間に入れて矧ぎなおしました。
 接着後,板のほかの部分に合わせて染め,古色付もちゃんとしますが,まあ多少BJ先生になるのはしょうがないところです。

 最後にあけておいた真ん中のスキマに板を埋め,板表面とハミ出してる周縁を整形したらできあがりです。

 棹のフィッティングも済ませましたし,胴体も箱になりました。
 半月を戻しましょう。

 剥離の際に,端っこのところを少し欠いてしまいましたので,これを直しておきましょう。
 初代不識の月琴の半月は,下縁部が刃物で削ぎ落したかのような面取加工になってるのが特徴。かなり角度がゆるやかなぶん,端っこのほうが薄くなっちゃってますんでモロいんですね。材質は紫檀。27号のもそうでしたが,あまり上質でない材をうまく染めて使っています。
 楽器の作りの系として関係があると思われる田島真斎の楽器にも同じようなものがありますが,真斎のほうが面が細かく角度が急で,一見よく見る板状半月に近いものとなっています。

 初代不識はあまりケガキの指示線とか残さないヒトでして,前に修理した時それで,オリジナルの位置が分からなくなってしまい,ちょっと難渋した記憶がありましたが,今回の楽器はヨゴレが酷かったおかげ(w)で,部品のついてた位置が日焼け痕みたいにしっかり残っちゃってますので,その心配はあまりありません。
 再接着の前にいちおう測り直して確認しましたが,中心線,糸のコースともにほぼオリジナルのままで問題ナシ。「もとの位置に戻すだけ」ってのはふつうの楽器の修理なら当たり前のことだと思うんですが,素人作家の多かった月琴だとなかなかナイことなので----なんかひさしぶりだなあ。(w)

 糸の反対がわ----
 山口は,マーブル模様のツゲ材で作りましょう。

 糸巻は前回も書いたとおり,1本はオリジナル(初代不識製・ただし別の楽器についてたもの),3本が補作です。本来ならオリジナルの色に近く色をつけるとこなんですが,ちょっと実験したいことがあったので黒染めになりました。
 同時期に修理してた56号の補作糸巻も黒染めですが,こちらのはちょっと異なり,いつものスオウではなく面板の染めなどに用いるヤシャブシでの黒染めです。最近発見したんですが,ヤシャブシに少量のスオウと月琴汁(面板の洗浄で出た汚汁を煮詰めたもの)を混ぜて煮詰めると,ドロドロしてきてかなり濃い紫黒が得られるんです。スオウ+ベンガラ+オハグロの黒に比べると赤味が薄く,青紫のほうに少し近いですかね。スオウは褪色しやすいのですが,こちらはかなり丈夫なようです。

 フレットも山口と同じツゲ材。
 オリジナルはおそらくどちらも牛骨,あるいは27号のように低音部が牛骨で高音部が唐木になってたかもしれません。55号お魚ちゃんでも使ったこのツゲ材は,ツゲとしては低品質な部類になりますが,木地の色合いと斑の入り具合が絶妙で,一見すると木だか骨だか練り物だか分からない独特の風合いがあり,庵主たいへん気に入っております。
 フレットは板状に切り出した素体の状態で,アセトンに漬け込んで油抜きをしておきます。
 ツゲは染まりが悪い材料ですが,こうしておくと少し具合がよくなりますね。
 四角い板のまんまの状態で幅と高さを合わせ,整形後,薄めたラックニスに少し漬け込んで表面に染ませます。
 塗膜を作っちゃうと糸のすべりが悪くなりますので,これで磨いて,拭き漆みたいな木地のままのツヤツヤ状態を作り出すわけですね。ツゲ自体もともと目も細かく磨けばすぐツルツルになる材なので,ちょっと使い込めば問題はないのですが,修理後すぐの間はまだひっかかりやすいので,操作性向上のためフレットの頭にはロウを塗ってスベリを良くしておきます。

 オリジナルの位置で配置した場合の音階は以下----

開放
4C4D-24E-84F+54G+104A+305C-125D+435F#-44
4G4A-54B-15C+95D+145E+165G-315A+186C+34

 高音域でやや高めにブレがありますが,清楽音階と西洋音階の中間,やや西洋音階寄りといったところでしょうか。
 清琴斎や初代不識の月琴には,関東の月琴の定型をふまえながらも,月琴を清楽の楽器からより汎用な楽器へという先進的な企てが見てとれることがあります。日清戦争などの影響で急激な衰退があったため,日本の音楽のなかに完全に根づくことのなかった楽器ですが,今少し時間があったなら月琴という楽器は,彼らの作っていた楽器に近いものになっていったのではないかと,庵主はよく考えます。

 オリジナルの音階を測るためひとまずそのままにしておいたのですが,少し弦高が高いので,西洋音階に直す前に,半月にゲタを噛ませることにします。
 初代不識の楽器は全体にやや弦高が高めである傾向があります。ひとつには棹が一木造りで調整が難しいため,あまり背がわに傾けられない,という工作上の理由もありましょうが,彼の属していた渓派流の清楽は連山派よりバチ使いが少なく,余計な音を出さないぶん一音を長く深く響かせる必要がありました。彼の楽器のフレットが全体に高めなのはそのせいもあるかもしれません。
 煤竹の板を細く裂いて角を落とし,半月のポケットの中に接着します。
 フレットが高いままでももちろん弾けますし,古臭い清楽曲しか弾かないつもりならそれでもいいのですが,いろんな曲を弾いてみたい場合には操作性に問題が出ます。半月付近での弦高を下げると,テンポの速い曲にも対応できるようになりますし,余韻の深みは若干減りますが,アタック部分が少し立って音が鮮やかになります。
 これで高音域のフレットの背丈が,平均でだいたい1ミリほどづつ低くなりました。

 あとはお飾りですね。
 まずは蓮頭。庵主の知る限り,不識製の月琴の蓮頭はコウモリだった例が2例ほどありますが,あとはみなほぼ同じ意匠になっています----今回はこれで。

 いろんな作家さんが同じようなデザインの蓮頭をつけてますが,真ん中のところに,ヒマワリの花芯みたいな丸があるのが彼の蓮頭の特徴です。
 いつものように,スオウ染,ミョウバン媒染,黒ベンガラで軽く下塗り,オハグロがけ。  最後にラックニスをタンポ塗りして仕上げています。


 胴右のニラミのシッポが欠けてますので補修しておきましょう。
 この手----庵主の大好きな作業ですねえ。(w)補修箇所を補彩,同時に全体も軽く染め直して,蓮頭同様にラックニスをはたいて仕上げ。
 よく見ればどこが補修箇所だかは分かりますが,シロウトさんにパッと見で見分けられないレベル。逆にこういうのを一見で見分けちゃうようなヒトは,何らかの裏の道のクロウトさんだったりする可能性がありますので(ww)ご注意ください。

 56号同様,盛大に書かれてた裏板の墨書は消しちゃいましたが,あちらと同じくこれにも「琴名 時不知」と銘が書いてありました。こちらもささやかながら,ラベルに書いて記録を残すことといたしましょう。

 スオウで3度染めてミョウバン媒染。紙だとこんなにあざやかな赤になります。貼るときに板の補彩に使った重曹がスオウと反応しちゃったようで。少し紫っぽいシミができてしまいましたが,これはこれで何か古い印刷物っぽい味があって悪くありませんね。

 臙脂の梅唐草のバチ布を貼って,
 2017年10月18日,
 初代石田不識作・月琴57号「時不知」
 修理完了です!!



 棹と胴体とのバランスのせいで,こうやって単体で見るとやたらコンパクトに見えますが,ほかの作家さんの楽器と並べてみると,これで棹も胴体も一回り大きいんですよ。有効弦長も平均的な楽器より2センチくらい長いですね。

 庵主の場合,ふだんメインで弾いてるのがこの人の楽器なんで,正直試奏しててもあまり新鮮味(w)がナイのですが,あいかわらず文句のない音量・音色でよく鳴ります。
 やや男性的な太い音で,ぜん○ろう先生の空気砲みたいに音が前に飛ぶ楽器です。
 まっすぐな直線の響き線のため,あまやかな深みはあまりありませんが,音のシッポは意外に長く,まッつぐに減衰してゆくキレイな余韻も,好き嫌いはありましょうがほかの楽器ではなかなか得られないでしょう。
 一回り大きく薄めの胴体にすらりと長い棹は,日本の清楽者が畳の上に正座して演奏することが多かったところからきたものですが,それがかなり特化した形で顕われているだけに,操作性にやや強めのクセがあります。有効弦長が長めなこともあって,ほかの作家の楽器で慣れていると,若干運指でとまどうことがあるかもしれません。
 ただその音色は上にも書いたように汎用性が高く,清楽器である「月琴」として,というより音楽を奏でる「楽器」としては,いろんな場面でかなり使える道具となります。独り静かに部屋の中,風流や風雅を語りながら弾きたい向きにはどうかと思いますが,ギグでライブで,あるていどのパフォーマンスを期待できるでしょう。
 **各部拡大画像(クリックで別窓拡大)**


 要は----人前でガンガン弾いてやりたい人向き。
 ただしかなり根性がないと楽器に呑まれます。(w)
 56号と同様,現在お嫁入り先募集中!
 お気軽にご連絡ください。
(メアドは本家HPの下のほうにありまあす)

 この57号も含め,修理の終わった楽器の試奏の様子,復元した清楽曲なんかはYouTubeのチャンネルで垂れ流しております。楽器の音なんかの参考にしてください。

 https://www.youtube.com/user/JIN1S

(おわり)


月琴57号 時不知 (3)

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斗酒庵 高級シャケにまみえる の巻2017.10~ 月琴57号 時不知 (3)

STEP3 虫食い穴(ワームホール)の世界

 清掃の時に,表板の虫食い箇所はだいたいチェックしときます。
 濡らすと虫に食われたところだけ乾きが遅いんで,分かりやすいんですよね。
 大きいのが上に2箇所,下に2箇所。小さいのが下に2箇所と,棹口の横の木口と,板の右端のあたりにあるくらい----思ってたよりはずっと軽微でしたね。最初見た時はあんまりにもキタナいので,50号フグくらい,切り抜きツギハギになっちゃうかなあ,とか思ったんですが。
 順繰りやっていきましょう。
 まずは下のつごう4箇所。半月右横のがいちばん大きく食われてました。ほじくったら横への広がりもそこそこあったので,ちょっと大きめに切り取ります。

 上の2箇所はいづれも木口から侵入し,板の矧ぎ目に沿って食われたもの。裏板のほどヒドいものはなく,貫通しているところもありませんので,弱くなってる部分をV字形に切り取とり,埋め木で対処します。

 ここに古板を刻んだ補修材を埋め込んでゆくわけですね。周縁の不定形な欠けなんかも,いっしょに木粉パテで埋め込んじゃいます。パテ埋めの部分は,整形してからエポキ染ませて強化補強ですね。

 乾いたところで整形。  バチ皮のすぐ右横に木目に沿った長いエグレがあり,端のほうがちょっとバチ皮や半月の下にかかってしまっているので,端材を浅い舟形に削って埋め込んでおきました。あとで半月やバチ布の接着があるので,ここはエポキです。場合によっては音に影響の出かねない個所なので,あまり使いたくないんですが,ごく小さな範囲なのでこれくらいならさほど問題ありますまい。

 裏板はかなり酷い状態。
 ど真ん中の矧ぎ目をはじめ,上下に貫通してる虫食いが何本もありました。周縁もかなり食われちゃってますね。

 埋め込める部分は埋め込み,薄皮一枚でボロボロになってる箇所などは切り除きましょう。
 使える部分はすべて使いますが,これだけ範囲が大きくなると古板は使えません。古色付して悪目立ちしないようにはしますが,多少BJ先生になってしまうあたりはカンベンしてもらいましょう。
 左右2枚に矧ぎなおしてから,真ん中を開けて接着します。

 ----と,胴体を箱にする前に,棹のフィッティングを済ませておきましょう。
 不識の月琴の棹は,糸倉からなかごまで一体の一木造り。古い月琴によくある,延長材が折れるはずれるといった故障はないものの,一体化しているだけに融通が利かず,完成後の修理や細かな調整が難しい欠点があります。
 じっさい,彼の月琴にはよく,胴体がわとくに棹口や上桁に大きなスペーサが噛まされていることがありますね。延長材を継いだよくある構造なら,完成後でも延長材をはずせば,棹だけである程度の角度等の調整も可能ですが,一木造りの棹ではそうはいきませんものね。
 しかしながら,裏板がオープン状態になっている今なら,棹基部と胴体どちらも存分にいぢくれますので,どんな細かな調整でも可能なわけです。
 オリジナルの状態で,棹の傾きは山口のところで背がわに約2ミリ,やや浅いものの角度的には問題ありません。ただ指板と表板の間にわずかに段差があります。関東型の清楽月琴は,4番目のフレットがこの継ぎ目のところにかかる場合が多いので,棹の角度はそのままに,指板の端と表板を面一にしていきましょう。
 このズレ,原作者も気づいてて,すでに棹裏がわに,棹と同材の薄板が貼りつけてありますが,調整が甘く,段差の解消にまでは至っておりません----やれやれ,また古人の尻ぬぐいか(w)

 オリジナルのスペーサは削り取り,ツキ板を貼って調整していきます。
 薄いツキ板のほうがより細かい調整は可能なのですが,重ね貼りすると修理後にハガれたりするのが心配なので,スキマが1ミリくらいになっちゃうような部分は,胴体のほうに薄板を接着する方向で対処します。

 毎回のように書いてますが,(w)この「棹の調整」というはごくごく地味な作業ながら,完成後の使い勝手にものすごい影響のある大切な作業です。庵主はいつも,かなりの時間をかけて,慎重に慎重にやっています。
 上にも書いたように,月琴の場合ここは表板と指板が面一(実際には指板がわがわずかにかたむいているのですが)で,指先で触っても段差が感じられず,写真に撮ると,上画像みたいに継ぎ目あたりの面が白トビしちゃうくらいになるのが理想ですね----うむ,ほぼ理想的な仕上がりじゃ。(ww)

 オリジナルの糸巻は4本ともなくなってますが,以前修理したほかの作家さんの楽器についてきた,同時代の不識製と思われる糸巻が一本,道具箱から出てきましたので,これを付けてあげましょう。
 よくある六角一溝のタイプですが,不識の楽器の糸巻は,ややスマートで溝の彫りが深くお尻のトンガリが高い。同じタイプのほかの作家さんのに比べるとかなり特徴があるので,区別がつきやすいんですね----挿してみるとさすが同作の糸巻,調整もほとんどナシでピッタリコンです。

 残り3本をこれに合わせて削ります。例によって¥100均めん棒製。

 まだ半月も戻してませんし裏板もついてませんが,いよいよ楽器らしくなってきましたね。

 というあたりで,今回はここまで----

(つづく)


月琴56号 烏夜啼 (5)

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斗酒庵 54号に涙し烏夜啼を直すぞ の巻2017.7~ 月琴56号 烏夜啼(5)

STEP5 三千世界の暁烏

 ボンド漬けがまた見つかってやンなっちゃいましたが,気を取直して月琴56号,修理を続けます。

 前回はずした半月ですが,よく見ると糸孔の裏がわを浅く刳ってあります。(左画像)糸が出やすいよう,また掛かりやすいようにひと手間したんでしょうね。
 響き線の構造やあちこちの工作の微妙な甘さから見て,この作者さんが,この楽器のことをどれだけ分かって作ってたかには多少の疑念がありますが,こういう細かいところに気配るあたりには好感がもてますね。


 表板のハガレやヒビ割れも埋めましたし,ぜんぜん効いてなかった響き線も交換,棹の修理とフィッティングも済ませちゃってますので,もう内がわに用はねェ。
 胴体を箱に戻しましょう。

 裏板は割れなくベロンと剥がれてくれましたが,戻すのにはこれをどこかで割らなきゃなりません。まあ今回墨書を残すつもりはないので,ど真ん中からまッ二つでもいいンですが,いちおう定跡どおり,中央付近の板の矧ぎ目から切り分けます。
 左右の縁がはみ出すよう,少しだけ間をあけて再接着。
 一晩おいてくっついたところで,細く切り出した桐板をハメ込みます。今回は古い桐箱の蓋に使われてた板を使用。

 これと周縁を削って,そのまま清掃へ。
 表板は何度か水濡れしたらしく,にじんだような痕もあり白ッ茶けてましたが,全体にヨゴレ自体は大したものではなく,表も裏もだいたい一回でキレイになりました。

 裏板の墨書も削っちゃいましたが,記録は取りましたし,まあ大した字でもありませんでしたので。(w)

 続いて胴側を染め直します。
 棹先などに残っている色から見て,この楽器はもとスオウで濃い黒紫で染められていたようです。

 スオウはもともと褪せやすいのもあって,ここらもほとんど木地の色みたいな薄茶色になっちゃってますが,ホオ材ほんらいの木地色は灰緑,これが茶色になってるのは時間による変色だけではなく,もとのスオウ染の影響があるわけですね。
 表裏面板の木口をマスキングして,温めたスオウ液を2度ほどかけます。ミョウバン媒染で赤を発色させてから,亜麻仁油と柿渋で仕上げます。
 棹よりは少し薄めの色にしました。

 糸巻はオリジナルが2本残ってます。
 2本補作しなきゃですが,とりあえず2本あれば,高低の外弦は張れますからね。胴体に棹を挿し,仮糸を結んで半月の位置を確認します。多少傾きやズレはありましたが,だいたい原位置で大丈夫なようです。
 胴側がまだ乾いてないので,縁にマスキングテープ着いたまんまですが,半月を戻しましょう。もちろんボンドじゃなく,ちゃんとニカワづけですよ。(w)

 補作の糸巻はいつものとおり,¥100均のめん棒を削って作ります。最近36cm長のを見つけました----ちょっと前まで使ってたのが33cmしかなくって。修理のための12cmのを2本取ったら,微妙な長さ残ってなんかイヤでしたが,こんどのは1本からまるまる3本取れます。大したことじゃないんですが,なんかキモチいいですネ!
 六角一溝,月琴の糸巻の最も一般的なカタチ。
 何度も書いてますが庵主,この六角に削ったり楽器に合わせたり,染めたりするのは好きなんですよ。
 スオウで赤染,黒ベンガラとオハグロで二次染めして濃い黒紫色に。柿渋と亜麻仁油で色止めしたあと,握りのとこだけ軽くニスをかけて磨きます。


 山口とフレットはオリジナルのが残ってます。
 汚れもひどく,底面にボンドやニカワもこびりついてましたので,重曹水に漬け込んできれいにしときましょう。
 弦を張って当ててみたら,高さ的にも問題がないようですので,これをそのまま使います。
 フレットは6枚残。
 棹上の第3・4フレットが欠損です。
 外弦を張って高さを調べると,第1フレットがすでに高すぎて,糸にかかっちゃうくらいで----低すぎて困ることはしょっちゅうですが,これは逆に珍しい。(w)
 おそらくオリジナルでは,棹の指板面が胴の水平面と面一に近くなってたのを,今回の修理で棹背に傾けたので弦高が下がったからでしょう。
 いくつかのフレットの頭に,糸擦れによる溝がついちゃってますのでかえってちょうどいい。丈の調整のついでに,これも削ってキレイにしちゃいましょうねー。
 3・4フレットは牛骨で補作。
 そのままだと目立っちゃうので,ヤシャブシで軽く染めて目立たないように古色をつけておきます。

 上にも書いたように,棹の設定を若干いじっちゃってますので,音階の資料としてはどれだけの価値があるか分からないのですが,オリジナル位置での音階は以下----

開放
4C4D+74E-204F+124G-64A+245C+335Eb-445F#-47
4G4A+84B-215C+95D-95E+195G+225A+476C#-44

 おっと…「やや正確さに欠ける」どころか,計測上はかなりちゃんとした清楽の音階になりましたね。第3音が20%ほど低いあたりなんてかなり正確。最後の3フレットあたりが少し怪しいですが,第4フレットの5度もほぼ合ってますから,弦楽器の設定としてもきちんとしてます。このところの中で音階では,いちばんキチンとしてたんじゃないかな。
 さてこれを西洋音階に調整,あとはくっつけるだけです。
 工房に着いた時,胴左右のニラミは----

 ----こうなってました。
 日焼け痕も着いてたので,おそらくはこの状態でかなり長いことあったのでしょう。しかしながらここもボンド付けでしたので,もとからこうだったかは分かりません。それに----

 と,よくある方向にしたほうが,なんかやっぱりあずましいですねえ。この位置に直してへっつけましょう。
 バチ布は55号の時に予備で作ったのがちょうどの大きさでしたのでそれを----「荒磯」ですね。おお,偶然ですがけっこう似合うなあ。
 補作の糸巻2本の塗りがまだちょっと生乾きだったんですが,ここまで組み上がったら,もー弾きたくて辛抱たまらんくなりまして。

 2017年10月16日。
 56号「烏夜啼」一気に完成!


 裏板の墨書は消しちゃいましたので,代わりにラベルを。
 ちょっと大きめですので,気に入らなかったらハガしちゃってください。

 さて,試奏----おう,思ってたより遠慮のない響き(w)だなあ。
 かなり音量が出ます。
 胴体構造を徹底的に補強して,接合を密にしたのも良かったみたいです。
 音の胴体が図太くて長いぶん,余韻はさほど強く感じられません。ただ図太い音のなかにずっと 「シーーーン」 と冷たくひそやかな響き線の効果が,音の底,芯の部分のように響き続け,指を離した瞬間,減衰してゆくときにふッっと耳に残ります。
 現状,まだ部材が乾き切ってないので本意気の響きとはいえませんが,それでこれだけ鳴るんだから大したものです。この感じだと,半年ぐらいしたら余韻も伸びてきそうですしね。
 フレットはほとんどオリジナルですが高さに問題なく。低音から高音までほぼフェザータッチ状態。高音部でやや抑えにクセがあり,うまくやらないと少し音がカスれることがありますが,このあたりはちょっとした慣れ。相当姿勢を崩しても,線鳴りが起きにくいですし,基本的にはかなり弾きやすく,使い勝手がいいです。
 内部構造や棹の設定など,作りに少し甘さのある普及品の楽器でしたので,少し手を加えましたが,もともとのデザインもあまり変なクセがなかったし,余裕のある作りだったのが幸いしたみたいですね。

 音質的には野外でもそこそこ響くし,この音ならそんなに音楽を選びません。
 かなり 「使える楽器」 になりました。
 気に入ったら,弾いてやってください。

(おわり)


月琴57号 時不知 (2)

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斗酒庵 高級シャケにまみえる の巻2017.10~ 月琴57号 時不知 (2)

STEP2 知らずの森の勇者


 実のところ。
 木の仕事だけでいうならば,初代不識より巧い月琴作家はなンぼでもいるのです。
 それでも庵主がこの人の楽器をもちあげるのは,この作家さんが渓派の清楽家でもあるからです。前回も書きましたが,楽譜の出版に関わってたり演奏会を主催したりする,流派内でも幹部クラスの人物だったと思われます。
 ごく単純な話ですが----その楽器がどのように弾かれ,どのような音楽を奏でるためのものなのか----それをちゃんと識っているのといないのとでは,同じような材料で同じようなものを作っても,品質には差が出るものです。逆にそういうことをちゃんと識っていなければ,どれほど木工の技術が高くても,その技術が楽器に反映されない,活きてこないですわな。
 山形屋とかにもそのケがありますが,「え,そこ?」 みたいなところにやたらと凝ってたり,必要のないところに必要以上のスゴいワザを使ってるわりに,必要なところ大事なところで手を抜いてたり。そんなことですから高井柏葉堂の楽器みたいに,「こんなにカッコ良くて木工も巧いのに…え?…こんな程度の音?」 てなことにもなっちゃうわけですね。当時の月琴の作り手の大半は,おおよそそッちの手合い。流行りの楽器で売れるからという理由で,「よく分からないで」 作ってた,みたいなほうが多かった。
 そういう中で。
 初代不識は,間違いなく 「ちゃんと分かって作ってる」 一人なわけです。
 ただし,彼はかなり背伸びして,ギリギリの技術でギリギリの作業をやってるので,その楽器には 「余裕」 がない----構造的にも音色的にもギリギリのバランスの上に作られた 「ギリギリ楽器」 です。もともとに余裕がないので,引いても削ってもそのぶん前より劣る状態にしかなりませんし,足してもジャマな余分にしかならない。修理は基本的にきっちり前と同じに戻す,のが目標となります。

 修理の手始めは内部の清掃から。
 内部にたまったホコリやゴミを,硬めの刷毛で落として集めます。こんだけ裏板が食われてましたから,ちょっとカクゴしてたんですが。内部のヨゴレは意外とそれほどじゃありませんでしたね。
 予想通りの虫の食べカスや繭の一部のほか,竹の皮部分が一筋出てきました。
 月琴で竹が使われるのはフレットくらいなものですが,不識の楽器のフレットは牛骨とか唐木製のが多い----何か工具とか道具についてたものでしょうか。
 ついで側板や内桁に残った古いニカワを拭い去ります。

 ところどころ黒っぽくなってるところが虫食いの痕。虫害はほぼ板のみで,胴材に孔はあけられてませんが,ニカワのついてた接着部を浅く食われた部分です。

 続いて月琴の音のイノチ,響き線のお手入れ。
 サビは浮いていますが表面的なものなので,Shinexの#400で軽くこすったあと,木工ボンドを塗り,ラップでくるんでサビ落とし。柿渋で黒い酸化膜を作り,ラックニスを軽く刷いて防錆しておきます。

 天地の側板に板との部分的な剥離個所がありますので,これを再接着。
 月琴は単純な構造の楽器で,この二箇所はその 「背骨」 にあたる部分ですので,まずここを固めておきませんと変なところに変な歪みが出ちゃったりしますから。
 虫に食われてのハガレですので,面板周縁の接着部がすこしガタガタになってます。ハガレのスキマに練った木粉粘土をたっぷり押しこんでからニカワを垂らしてぐっちゃぐちゃ揉みこみ,表裏にハミ出てくる余分を掻き取りながら充填接着します。

 数日置いて 「背骨」 が固まったところで,表板の構造物の除去。
 左右のニラミと扇飾りにバチ皮と半月ですね。
 どれもけっこうガッチリ接着されてるんで,いつもより少し手間取りました。

 そしてそのまま清掃に。いつもだと最後のほうにやる作業ですが,現状,あまりにも真っ黒すぎて,板の継ぎ目も見えません。このままだとこの後の作業に支障が出ちゃいますんで,だいたいのとこ,板目が分かるくらいに………と。

 うわあぁあ----板からも,側板からも。エスプレッソコーヒーみたいな色の月琴汁が浮き出てきました。あまりに濃い色で,「これ,ワンチャン,飲めるんでネ?」 と,思わずボウルに口をつけそうになりましたよ(w)

 糸倉のてっぺん,蓮頭のついてた部分や指板上の接着痕もキレイにこそげ,棹背についていたセロテープらしきもののゲトゲト付着痕も落とします。

 おお,やっぱりキレイですね----ヨゴレを落とせば傷はなし。糸倉の先っぽから棹なかごまで一木造りの見事な棹があらわれました。

 棹は乾燥後,スオウを全体にかけて染め直し。指板も一緒に染めて,ここだけミョウバンとオハグロで黒染めにします。
 こういう部分的な染めにもラップが重宝しますね~。
 ほどよく発色して乾いたところで,柿渋と亜麻仁油でロウ磨き仕上げ。不識の楽器の木地はナチュラルな感じになってるほうが多いです。

(つづく)


月琴54号(3)/56号(4)

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斗酒庵 54号に涙し烏夜啼を直すぞ の巻2017.7~ 月琴54号(3)/56号(4)

54号 STEP3 うつろぶねの姫君

 響き線は長いほど調整が難しい。
 典型的な演奏姿勢に構えた時,線が胴内で完全な片持ちフロート,胴内どこにも触れずにプルプルしてる状態になること。その「線鳴りの起こらない状態」でいられる範囲をどこまで広げられるかが調整の主眼なのですが。線が長く曲りが深いほどに,それが難しくなってゆくわけですね。
 結局のところ,これをくりかえしつつ妥協点を探ってゆくしか方法がありません。
 長くなればなるほど,スペース的な問題だけでなく「線自体の重さ」も影響してきます。長さとカタチで,まあこんなもんだろうと思ってると,重さで予想よりもしなり大きく振れて胴鳴り。またそもそも曲線は,どこを調整するとどこが持ち上がるとか,どこが傾くといった予想がつきにくいのです。平面ではなく3Dですからね。ここをこうしたらこうなったから,じゃあ今度はこうすればと思ってもと,ぜんぜん関係のないとことかが動いてしまったりもします。
 さて,楽器を演奏姿勢にしては響き線をちょいと曲げ,傾けてはまたちょいとひねり……見た感じ,チンパンのタマネギ剥きのような鬱作業。
 長さの調整自体は10分で済んだんですが,最適な位置角度を模索して,けっきょく何日,いや何週間くりかえしたかなあ。

 合間に表板と桁の剥離個所を再接着しときます。
 内桁が板にちゃんとくっついてるかどうか,これも楽器が鳴るかどうかの重要な点なのですが,三味線師出身の作者さんなどはけっこうおざなりにしちゃってることがあります。

 細かいところも確認したところで,さて~,いよいよ裏板をへっつけましょうか。
 再接着に際し,板を分割しなきゃならないんですが----おお,板の作りが上手すぎて矧ぎ目が分からなーいッ!!
 いや珍しいんですよ。
 表板ならともかく,裏板なんかはけっこうどうでもいいような材質の小板を組み合わせて作られていることが多いので,矧ぎ目以前に木目ですでに板の継ぎ目が分かったりするんですが……こやつ,木目まで合わせてやがる。(余計な…いやいや)

 板をちょっとしならせたり反らせたりすること十数分。
 ようやくちょうどいいところにほそーい筋を発見。カッターの刃を入れてなんとかスッパリ2枚に。

 左右両縁が少しはみだすよう,間にスペーサをはさめるスキマをあけて接着。ここでも真ん中に重しをかけて,板と内桁がちゃんとくっつくようにしときます。
 へっついたところで一気に整形してしまいます。

 うむ,外見は変りませんが。
 さすがに音が違いますね----
 胴の接合部も補強したし,ついでにあちこち固まってないのもあって,まだ本意気の響きではありませんが,前は何をやっても台所でGが青春してるていどの音しかしなかったところ,今度は胴に耳をつけてタップすれば,どこをどう叩いても 「むーん」 と響き線がちゃんと働いてる音がします。

 同時期に修理した43号が,同じように駄菓子屋のデッドストック並に新品だったわりには,ずいぶん「こなれた」音がしたのに比べると,こちらの山形屋はいかにも新品楽器といったカタい音しか出ませんでした。
 というか,響き線が働いてなかったので,この大きさの木の箱から出る絹の糸の音----ペコペコでしたね。
 これでようやくちゃんと「月琴になった」って感じかな。
 長く深いアールの響き線の欠点として,直線タイプなどより胴鳴りが起こりやすいところは変りませんので,演奏姿勢に少しの工夫が必要となりますが。上にも書いたよう,従前よりその演奏姿勢の自由度ははるかに広がっていますし,演奏姿勢と響き線の状態がばっちり合致した場合には,楽器の見かけと反対みたいな,芯の通った図太い響きが得られます。
 あとは弾いてもらって音がこなれてくれば,かなり使える楽器になると思いますよ。


56号 STEP4 ダイナマイトがどどんがどん

 56号は胴構造補強の続き。
 矯正しながら再接着した胴四方接合部の裏に和紙を重ね貼り。54号でもやりましたっけね~。
 1枚目は薄めたニカワをしっかり染ませた上から,カタめの筆の先で叩くようにして,よく木肌になじませます。これは土台みたいなものなので,多少破れてもかまいません。一度完全に乾かしから,表面を軽く紙ヤスリで均し,二枚目を紙の目を交差させて貼りつけます。場合によって違いますが,ぶ厚くしても意味はないので,4枚くらいまでが限界ですね。
 一部でも浮いてきちゃったら最初からやり直し。
 よく乾かして,柿渋を2度ほどしませ,表面をニスかカシューで固めてできあがりです。

 胴体構造が固まったところで,表板のヒビ割れを埋めましょう。
 これはピック・ガードとして貼られたヘビ皮によって,板が割れたもので,割れは矧ぎ目ではなく,真ん中の小板の弱いところが,木目に沿って裂けています。
 木の弱いところから裂けた割れ目は,ある意味,木がそういうふうになりたくてなった結果ですので,しっかり埋めてやらないと再発することが多い。割れ目の形や方向がやや不定形なので,薄く削いだ小板や木屑を駆使しながら少しづつ,きっちり詰め込んで埋めてゆきます。今回はオープン修理なので,裏がわからも作業出来るのが有難いですね。

 胴体の補修箇所を養生している間に,棹の補修も済ませてしまいましょう。
 棹が前傾している原因となった基部の割れは,すでにニカワで継いでありますが,力のかかる部分だけにそれだけだと多少心配----もう一手間加えておきましょう。

 基部の左右側面,割れ目のところがちょうど交点となるよう,X字形の切れ目を入れます。
 これをほじくってこう----
 ツゲの端材をチギリにして埋め込んでおきましょう。
 小さな部品ですので,ワタシのウデでは最初からキッチリというのは無理(w),最後にスキマというスキマにツキ板を削いで押しこみ,完成です。延長材も先端を削って調整し,再接着しておきます。

 オープン修理の特典として,棹角度の調整をかなり徹底的にできる,というのがあります
 延長材の再接着時にあるていどの調整はしていますが,胴体がわの孔にもかなりのガタつきがあるので,さらにスペーサを入れて,理想的な角度に近づけていきます。
 スペーサをぜんぶ接着してしまうと棹が動かなくなりますんで,その前に棹と胴体のフィッティングも済ませておきましょう。胴体との接合面の最終調整は微妙な作業ですんでこう----ガタついてる間に棹孔のところにペーパーを貼って行います。
 ツキ板は調整がラクなんですが,あんまり重なるとハガレるのがこわいので,スキマが1ミリくらいになったところは,棹でなく胴体のほうにエポキで接着しましょう。

 この時点まで半月はつけたまんまでいたんですが,前面のほうにウキがあったのと,棹とのマッチングの結果少しズレがあるようだったので,ハガしてみたところ----うう,ここもボンド漬けであったか!
 とりあえず呪ってから,ボンドを掻き落としました。
 戸棚に並ぶ呪いの粘土人形が増えてしまいますので,楽器に木瞬とかこの手のボンドを使うのは,国際的なテロ行為として国連で認定してもらいたいものですね。

(つづく)


月琴57号 時不知 (1)

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斗酒庵 高級シャケにまみえる の巻2017.10~ 月琴57号 時不知 (1)

STEP1 時も知らず名も識らず

 さて,秋もたけなわ。 10月に入り,54号・56号の修理も絶賛続行中のところ,さらに一面,壊れ月琴がやってまいりました。

 自出し月琴57号。

 盛大な墨書が裏板に記されております。
 真ん中に 「理髪人」 とあります。こりゃあ床屋さんのカンバンにでも使われていたものでしょうか。上のほうに 「琴名/時不知」 とあるので,これをそのまま銘にしてしまいましょう。

 作業名は 「シャケ」。

 獲れても料亭とかに直行する高級なシャケですねえ。道民でも滅多に食べられませぬ。(w)

 あまり状態が良くないうえに,開始額がちょっと高かったのでまあ落ちたんですが,多少無理してでも手に入れたのは,これが 石田不識(初代)の楽器だったからですね。


 当代が人間国宝の琵琶師である虎ノ門の石田楽器店。
 その初代・石田義雄はもともと清楽家でした。
 鏑木渓菴門下の渓派に属し,楽器の製造販売のほか,楽譜の出版や清楽の音楽会を主催したりもするなど,当時の派内ではそこそこの有力者であったもよう。
 はじめ,店は神田錦町にあり,後に南神保町に移っています。

 糸倉や棹が長かったり,半月の下縁部が削ぎ落としの多面形になってたりと,不識の月琴には一目で分かる特徴がいくつかありますが,この花が正面を向いた菊がついてるのは,なかでも錦町時代の初期のころの楽器と思われます。

 棹なかごを抜いてみますと「十一」の文字が。
 庵主の1号と同じ数字だなあ。ということはこれは総数的な通し番号とかではなく,その月かその年の何面目かということかしらん。「五十」というのも見たことがあるから,明治の年号とかではないよね~。


 庵主の場合,最初のさいしょに手に入れたのがこのヒトの楽器。以来長年使ってきてるので,もう慣れちゃいましたが。作りも音も良いものの,当時の月琴としてはかなりの大型で,操作性にはけっこうなクセがあります。
 けっこうな数を作ったらしく,庵主のとこでもその1号をはじめ,8号,27号,KS月琴,と4面ばかり扱っております。
 1号は巣鴨のお地蔵さんのお縁日で入手。価格は¥1000,「マケて」と言ったら¥700にマカさりました----これもお地蔵様の御引き合わせというものか。27号などは自出しで買い入れた27本目なので「27号」と命名したものの,棹を抜いてなかごを見たらそこにも「廿七」と書いてあったほか,フシギな連続夢を見続けさせられるなど,少々怪談じみた現象まで引き起しており。元来,中国民俗学の研究者であった庵主を,この楽器とその音楽の研究にボットンさせるキッカケとなったことも含め,ナニヤラ因縁めいたものを感じずにはいられない作者の楽器なのでありますです,ハイ。

 全長:660。
 胴縦:351,横361,厚:36(表裏板各4.5)
 有効弦長:429

  は糸倉の先っぽからなかごまで,1本の木から切り出し彫り貫きで作られてます----これも不識の楽器の特徴の一つ。

 蓮頭欠損,糸巻・山口・フレット全損。
 やや横長で大き目の扇飾り。今回の楽器のは,よく中央飾りの意匠として使われる 「獣頭唐草」 の類ですね。不識の楽器ではこれの代わりにコウモリがついている場合もあり。第6フレットの痕跡は長く,7センチばかりもあります。

 右のニラミに欠け,表裏あちこちに虫食い。
 総身まっくろくろで,棹にはセロテープかなにかの痕もべったりとついております。
 よく見ると,表面板バチ皮周辺には無数のバチ痕がついています。かなりしっかり使い込まれた楽器だったみたいですね。

 表面的にはかなりキチャないものの,糸倉や胴の接合には微塵の損傷もなく。カンバンとして長年ぶるさげられてたかもしれませんが,楽器としての基本的な機能に関する部分にはさしたる問題がなさそうです。

 一通りの計測が終わったところで,裏板をハガし,内部の確認を----うぷ,裏板のほうが若干虫食いがヒドかったみたいですね。

 内桁は2枚。 国産月琴ですと通常,スギやヒノキ,マツといった針葉樹の板が使われるところですが,不識は胴や棹と同じ材で作っていることが多いですね。
 今回の楽器の 主材はサクラ のようです。
 ここも1号と同じだなあ。

 響き線は直線が1本。 やや太目の鋼線。
 サビがそこそこ浮いてますが腐ってはいないようです。
 ほかの作者の楽器だと,根元にささってるクギが飛び出していて,線を鳴らすための「舌」の役目を果たしてたりもするんですが,不識の場合は頭のところまでちゃんと埋め込まれており,唐物の月琴と同じく純粋に線を止めるためのものとなっております。
 まあ「線を鳴らすための工作」自体は,もともと誤解から生じたものなんで,これでいいンですけどね。(過去記事参照)

 板から出た虫食いのホコリなどが積もってたものの,内部は比較的キレイ。内がわから見ても,胴部材の各接合部にユルみや狂いはありません。あいかわらず,さすがの工作精度と舌を巻きますレロレロ。
 というあたりで今回のフィールドノート。
 (下画像はクリックで別窓拡大)


 修理楽器の数が増えちゃいましたが,いづれも自出しなので期限もないし責任もない(w)。
 3面同時修理,お気楽にまいりましょう~。


(つづく)


月琴56号 烏夜啼 (3)

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斗酒庵 54号に涙し烏夜啼を直すぞ の巻2017.7~ 月琴56号 烏夜啼(3)

STEP3 断腸の思いで猿は啼く,ダンチョネ。

 表板ヒビ割周辺の矯正がだいたい終わったところで,胴体構造の補修・補強に入ります。

 最初はなにより胴四方の接合部。

 原状では4箇所すべてニカワがトンで割れてしまっております。その状態のままずいぶん長いこと放置されていたせいでしょう。所によっては木の狂いからわずかな食い違いや段差も出来ちゃってますねえ。
 これを矯正しつつ,接合部の木口を密着・接着させなければなりません。
 まずは接合部周辺を裏からよ~く濡らして,木口に水分を滲ませておきます。とはいえ,考えナシにビシャビシャにすると余計なところに余計な被害が出ますからね。
 胴を回しながら平筆で,何度も刷いて少しづつ。目安はだいたい,新しく水を置いても滲みこまなくなるくらい----飽和状態ってあたりですかね。
 その状態でしばらく置き,表面が少し生乾きになったくらいの時に,裏がわからニカワを垂らします。
 割れちゃってる部材をクニクニ動かし,またクリアフォルダの切れっ端にニカワを塗って挿しこむなどして,接合部のスキマにしっかり行き渡らせます。
 表がわのスキマから,ちょっと粘りのあるアブクがぶくぶく出てくるようになったところで,周縁に太ゴムをかけ,段差ちゃってるとこにはクリップ・クランプを噛まして正位置で固定。

 あとは乾くまで放置ですが,あまり早く乾いてしまうと,木の矯正が終わる前にヘンな形で固定されちゃうこともありますので,乾くのを遅らせるため,濡らした脱脂綿を裏がわに貼っておきます。狂いがあると言っても今回はさほどのものでもないんでそのまま貼ってますが,ちょっと大きな段差になっちゃってるような場合は,接着工程の前に 「濡らして>矯正」 をやっちゃいましょう。そういう時は,より長時間ピンポイントで濡らし続けなきゃならないんで,脱脂綿の上からラップでくるんだりしましょう。

 で,まあ----このあたりになって今更ながらに気が付いたのですが。
 この楽器の響き線,まったく働いてませんね。
 演奏状態にして胴をタップしても,余韻どころか線鳴りもしません。思い切り振っても 「カサカサカサ」 と,----なんかGが台所で暗躍してるみたいな音で----鳴るていどです。
 この作者,「響き線を入れる」ってとこまでは知ってて,そこに自分なりの工夫を加えたりもしているんですが。「それ」が何のためにあるどういうものなのかまではちゃんと分かって工作していなかったようです。

 響き線は月琴の音のイノチ。

 本来なら,はずれたとか折れたとかしている場合以外,なるべくなら手を出したくない部分ではあるのですが,このまま組み立てて,自分の修理した楽器が 「Gの足音再現器」 のほかナニにもならないっていうのもナニか厭ですので,ここは修理者としての本分を曲げ,この楽器をきちんと「月琴」として成立するところまでもっていってあげたいと思います。

 ----なもンで,よッと。

 釘は四角い和釘。やっぱりよく見かけるのよりずっと短くて細いですねえ。基部に埋め込まれる先端部分を少し曲げて,細い鋼線をがっちり押さえこめるように加工してあります。こういうところは細かいねえ。
 原作者の意図を尊重するなら,線の形状はもとのカタチに準拠したものにするのが本筋でしょうが。アレ自体がすでに「思いついただけ」的加工でしかないようですし。
 真ん中の空間の幅は54号とほぼ同じなので,スペースを目いっぱい使えるなら,同じような長い曲線を仕込むことも出来るのですが,響き線の基部がその空間のちょうど真ん中のあたりに位置しています(54号は上桁のすぐ下)。
 これだと長い曲線を仕込むのに,下桁までの丈が少し足りません。

 ----で,これだ。

 36号に使われていたこの線形。基本は直線で,やってることはと言えば根元をZ状に曲げてあるだけのことなのですが。 これ実は,直線型の欠点と曲線型の短所をともに解決してる,響き線としては,かなり進歩的な形なのです。

 まず,根元をZ形に曲げると,この部分が板バネみたいな構造となるので,線の振れ幅はただの直線の時よりはるかに大きくなります。さらにはコレ,線の振れる方向に 「指向性」 をもたせることにも成功しているんですね。

 響き線がエフェクターとして働くうえで必要なのは,おもに上下方向への振れ。いくら反応が良くっても左右方向に振れてしまっては,せまい胴内でぶつかって,たちまち効果がなくなってしまいます。36号の作者はこの単純な加工によって,線の揺れを上下方向に大きく,左右方向へ小さくし,響き線の効果を最大限に高めつつ,線鳴りをおさえこんでるわけです。

 また,基本は直線なので,曲線型のネックである焼き入れなどの加工や取付けの工程も至極簡単。どんな微調整もこのZ状になった根元のところだけでできるので,全体を何度も見ながらあッち曲げこッち戻ししなきゃならない曲線型にくらべるとはるかにラク。

 響きも素晴らしいですよ。
 曲線型のゆったりとした波のような余韻や渦巻線のリバーブ感とはまた異なりますが,うまく効いてる時には,庵主が 「天使のささやき」 と乙女チックに呼んでる----頭の右斜め45度あたりから還ってくるような----不思議な余韻がかかります。ハチの羽音に似たブーンっていう響き,聞きつづけてると,ちょっと昇天しちゃたくなるような音ですね。(w)

 楽器の中心も中心,タマシイみたいなところにまで手をつけてしまいましたので,修理としてはすでに極道,「魔改造」の域にまで堕ちてしまっております(良い子はけっしてマネしないでね)が。この楽器,木の工作はそこそこ。手抜きの部分も改造可能な 「余裕」 と見れば,手を入れる余地はまだまだ。そしてたぶん手を入れれば入れただけ良い楽器に生まれ変わる予感がします……この身,冥府魔道に落ちようとも,復活させずにおくべきや~。

 てなあたりで続きは次回。

(つづく)


月琴54号/56号 (2)

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斗酒庵 54号に涙し烏夜啼を直すぞ の巻2017.7~ 月琴54号/56号 (2)

54号 STEP2 ノーブル・オブ・フールズ

 53号天華斎と交換した月琴2面のうち「お魚ちゃん」こと55号は先日,ブジお嫁にまいりました。
 楽器としての音色・性能に文句はないものの,満艦飾なうえお魚づくしというあたりが好みに合う合わないがありますで,お父さん,多少シンパイしておったのですが,気に入ってくださった方がいて,弾いてくださることに~ありがたや~ありがたや~。

 さてもう1面,日本橋区薬研堀住,山形屋雄蔵作の54号。
 いまお店から買ってきましたよ~と言っても良いくらい,奇跡的な保存状態の一本。作者の山形屋は三味線の名家・石村の系を引く職人さんで,腕前のほうは折り紙つき。胴材の合わせ,面板の接着,寸分の隙もなく線のキッと立った見事な仕事です----

 この作者の欠点として,詰めが甘いというか始末が雑というか。木の仕事それ自体の精度はモノ凄いのですが,組立てとか調整とか,大事な最後の最後の仕上げのところでイキナリほり投げちゃう悪いクセがあるんですね。

 この楽器の瑕疵は響き線。
 どんな演奏姿勢にしても,ガシャガシャ鳴るだけで,効きが悪い。
 明治の作家さんのなかには,響き線を 「線を鳴らすための構造」 だと勘違いしておった者も相当数いたようなのですが,元になった唐物楽器の構造を見る限り,これはもともと胴体を鈴のようにして鳴らすためのものではなく,弦音に金属的な余韻を加えるためのエフェクターであったことは間違いありません。
 山形屋もそのあたりはイチオウ分かってるようなんですが,過去に修理した楽器でも,線が長すぎて上桁にひっかかってたり突きささってたりしたことがあります。まあ,勘違いしてたにしても「鳴らすべき時に鳴る」ならまだしも,現状では 「持ってる間じゅうずっと鳴って」 ますし,その鳴りかたも「キーン」とか「リーン」みたいなキレイなものじゃなく,便所コオロギみたいにそっけない「ガシャガシャガシャ」。今の状態じゃあ,「弦楽器」としての意味はなく,ただの 「そういうノイズ発生装置」 でしかありませんわな。

 基本的に,月琴の響き線は長いほうが効きが良いのですが,線の太さにより形状により,また胴内の構造の違いによって,入れられる線の長さには限界があります。さらに長くなればなるほど,ふつうは振幅の幅も大きくなってしまうので,面板や桁にぶつかって「線鳴り」を起してしまいやすくなります。
 そのため月琴作者としては「線鳴り」の起きない範囲で,最適な位置や曲り角度長さを模索しつつ,各楽器ごとに微妙に調整する必要があるのです----が。

 山形屋雄蔵のバヤイ。

 そのへんはサクッと無視して,とにかく寸法として入るだけの長さでブッと切って,グサッっと挿しこんでやがりますね。
 それでも構造上,この楽器としては成立してますし,最適の演奏姿勢はきわめて限定されるものの,弾けないわけではない。もともと工作は良いので,響き線さえちゃんと働いてくれてれば,それなりに素晴らしく鳴るはずなのです。

 前回の「修理」では,そのあまりの保存状態の良さもあり,依頼修理の他人様の楽器ということもあって,つっこんだ手出しが出来なかったワケではありますが,今回はウチの子----あたしゃあ身内には容赦しませんですわよ。

 というわけでこうだッ!!

 ----うう,グスグス…保存状態が……キズひとつなかった…百年以上……ほとんど新品…ううううう(元古物屋の小僧としてのダメージ大)

 ちなみに,マジやるかどうか,1ヶ月悩みました。(w)

 裏板を全面ひっぺがし,響き線の曲りや角度を調整します。通常の演奏姿勢をとったとき,響き線の全体が完全な片持ちフロート状態となり,あるていど動かしても胴内でぶつからない,というのが理想ですが,それを実現するにはオリジナルの長さだとやっぱり長すぎます。線がやや太目で重く,たぶん作者が想定してるより,先端部分5センチの範囲での振幅が大きくなってしまっています。
 軽くするため先を2センチほど切り詰め,先端から1/3程度の部分のカーブを少しキツめに調整したところで,だいたい良い感じになりました。それでも若干線鳴りはしやすいほうですが,前と違ってすぐおさまりますし,演奏不能なくらいずっと鳴りッ放し,みたいなことはもうありません。


 微妙な作業ではありますが,所要時間およそ1時間……山形屋ほどの腕があれば,ほんの10分かそこらで終わる作業だったかと思われます。そのほんの10分ほどの手間を吹ッ飛ばしちゃうのがこのヒトの悪いところ----向こうに逝ったらゲンノウで横殴りにしちゃるけんのォ,カクゴしときゃあ!!(激おこ)

 少しだけサビも浮いてますので,あとはちらっと磨いて柿渋で酸化膜こさえ,ラックニスで防錆しときましょう。

 ついでに表板にあったヒビ割れ----オモテがわからは補修済みなんですが,裏にも少しスキマができてましたんでこれも追加で補修しときます。
 この板はたぶん山形屋が自分で矧いだもののようで,その加工もまた見事なもンなんですが…やっぱりここでもやらかしてくれてます。継いだ小板の一枚がハズレだったんですね。乾燥のよくない,悪節(わるふし)のある板。この類は収縮がヒドく,暴れやすいんです。ちゃんと精査して裏板のほうに回していれば良かったんでしょうが 「まあいいか,寸法足りてればOK,OK」 ってあたりかな?

 ちょっと裏まで来ーいッ!根性焼いたる!!

 開いたスキマにニカワを垂らしながら,裏からも木屑を詰めてゆきます。仕上げに薄い和紙を張って補強。

 胴四方の接合部のうち,上面の2箇所が割れてますのでここも再接着。ゴムをかけまわして密着させ,さらに裏から和紙を重ね貼りして補強します。


56号 STEP2 黄色いお山にカラスのカアで,ノーエ


 こちらは調査の際,すでに裏板をエイッ!ってやっちゃってます(スヤリス姫的表現 w)ので,まずは内がわからまいりましょう。
 まずは内桁の音孔,このあたりからいきますかね。
 この楽器の上下桁には左右にひとつづつ,合わせて4つの音孔があけられています----いちおう。
 しかしながらそれがまあ,孔あけする場所の片方にキリで孔をあけ,そこに挽き回し(狭いところや穴開け用の細身のノコギリ)を突っ込んで,横にガリガリッっとやった。っていうくらいの雑な加工でして。
 「孔」というより細い「溝」といった感じ。輪郭もミミズがのたくったみたいにふにゃふにゃしております。

 実のところこの加工----共鳴空間のきわめてせまい月琴の胴では,ほとんど意味のない工作でして。穴があってもなくても,音色や響きにさほどの影響がありません。
 あくまでも問題なのは,胴がきちんと密閉された「箱」になってるかどうかなんですね。
 いや,気持ちは分からないでもないんですけどね。そもそも考えてみてください。ギターくらい大きいならともかく,こんな狭い空間で空気が多少対流したところで,ナニがどうなるってもんでもないでしょうよ。胴の各接合部がきちんと貼合わされ,密着していて,胴全体に振動が行き渡るようになってるかどうかのほうが大切なんです。

 これもまた原作者の手抜き加工の尻拭い以外の意味はありませんが,ちゃんと「音孔」に見えるくらいにしといてあげましょう。

 続いて棹なかごの延長材をはずします。
 すでに接合部裏板がわの接着がハガれていたため,濡らした脱脂綿で巻いて2時間ほど湿らせたらカンタンにはずれました。
 乾いたところで,本体がわの基部の割レを補修。
 ニカワを垂らし,はずした延長材でグリグリやって,割れ目を閉じたり開いたりしながら全体に行き渡らせ,圧着。

 うまくくっつきはしましたが,ここはこの楽器でも特に力のかかる部分ですので,後でもう一補強しときたいと思います。

 ここまでやったところで表板にへっついてるモロモロを剥がします。
 お飾りやヘビ皮の下から出てきたのは……アラビック・ボンド…………くわッ!!(鬼の形相)

 く~そ~。ボンドの状態からして,ここ数年のものではなく10年か20年以上前のシワザのようですが,く~そ~。
 一族絶えるまで呪ってやるうううううッ。
 ぷすぷすぷすぷす…(粘土人形に錆びて曲がった縫針を埋め込んでる音)

 バチ皮の左右,皮の収縮によって裂けちゃったヒビ割れのところが,少し反って下桁から浮いてしまってますので,板を濡らしたついでにニカワを垂らし,表裏から圧をかけて矯正しておきましょう。

(つづく)


月琴56号 烏夜啼

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斗酒庵 烏夜啼を直す の巻2017.7~ 月琴56号 (1)

STEP1 唐土のお山も溶けて流れりゃちョい

  庵主は北の生まれゆえ,夏季の内地におりますと溶けてなくなってしまいますので,8月の1ト月はWSもお休みにして,実家に帰省するのが慣例となっております。帰省の期間中はふだんできないような時間のかかるまとめやらデータベースの整理やらに勤しんでおりまして----今期の成果は前回の記事をご覧ください。

  さてさて,今回の楽器はその帰省の直前にとどきました。自出しで購入した壊れ楽器は,これで56面めとなりまする。まずは測定----

  全長:650
  胴径:350,胴厚:35(板厚 3.5)
  有効弦長:424



  裏板に

  将軍会

 烏夜啼

    東山田
     増澤仙桂


 と墨書がありますが……まあ,あんまり上手な字じゃないですねえ。(w)

  「将軍会」は所有者の入ってた清楽団体でしょうか。清楽曲に「将軍令(しょうぐんれい)」というのがありますからそれにちなんだものでしょう。「烏夜啼(うやてい)」は漢詩の題としても有名ですが,明楽曲に同題のものがあり,明清楽の曲としても演奏されてましたね。渓派ではあんまり演奏しなかったようなので,梅園派の系だったかもしれません。
  所有者については不明,出品者は神奈川県のひとなので「東山田」は神奈川県横浜市の「ひがしやまた」でしょうか。
  指板部分の長さが150,第4フレットは棹の上,その棹背のフォルムといいほっそりとした糸倉の姿といい,間違いなく関東で作られた楽器だと思われます。
  あちこちいろんな人の楽器と似てるところは散見できるのですが,ラベル等もなく,いまのところ作者は分かりません。またまた未知の作家さんの月琴ですね。

  目立った特徴はありません。かなりきっちり「ふつうに」作ってるって感じですかね----いや,こういう流行り物を作るってときには,へんな独創性や身勝手な解釈を容れず,こうやってスタンダードに作るってほうが却って難しかったりするもんですよ。少なくとも木工の技は手熟れてますし,楽器についても素人さんの作ではありえません。

  あえて何かあげるなら,表板が景色のある板目っぽい板になってるってあたりでしょうか。これは比較的古い楽器の特徴,フシのあるなかなか難しそうな板を4枚ほど継いでいるようですが,合わせが上手で継ぎ目はなかなか分かりません。


  あと,棹のなかごが少し変わってますね。
  延長材はふつう,棹から3センチほどのところで接いでるもんですが,これは短いなかごの半分くらいのとこから接いでいます。延長材の接合部,裏面がわの接着がトンで基部に割れがあるため,棹は現状表板がわに少しお辞儀しちゃっています。接合の工作に,若干雑というか不自然なところがあるので,これ,もしかするともともとはなかごの先まで一木だったのかもしれません。

  損傷は糸巻が2本なくなってるのと,表板の左右にヒビ割れ----これはピックガードのヘビ皮が原因の故障ですね。明治の国産月琴ではよくある壊れで,生皮の収縮で柔らかい桐板が裂けちゃったもの。もともと皮のピックガードが必要な楽器ではありませんし,ほぼただのカッコつけの飾りですんで,楽器の将来のため,ウチでは修理の際ひっぺがして錦の布に貼り換えています。
  そのほかはフレットが2枚欠損。さらに第5と第7は入れ替わっちゃってるようです。同じくらいの長さだけどよ,第7フレットのほうが背が高いってナニよ?(w)古物屋さんのシワザですかねえ。
  あと胴四方接合部の剥離に,虫食いと思われる小孔が数箇所。やや大きめの圧痕や擦痕もいくつか見えます。それに上のほうで触れたように棹のお辞儀----しかしながら,全体的に保存状態はまずまずかと。

  んでは,裏板をへっぺがして内部の確認をいたしましょう。
  -----おぅ。
  こんなところに新機軸が………


  上桁は薄く6ミリほどの厚さ,下桁は左端が5ミリで右にゆくほど厚くなり,右端では倍以上の13ミリになってます。なんか意味があるのかなあ~,たぶんないだろうな~(w)

  音孔は上下桁ともに長さ9センチで左右のほぼ同じ位置にあけられています。片端にツボギリで孔を穿ち,回し挽きで貫いた模様。幅は1センチないくらい細くて加工も粗め「まあ開いてりゃイイわい」って感じかな。

  半月の下あたりにちゃんと陰月もあいてます。径3ミリほど。ふつうの四つ目ギリあたりであけたものかな。中心線に沿っていて位置決めなどはちゃんとしてるみたいですが,孔の端はボサボサで,これも「あけといた」ってくらいの加工ですね。


  2枚桁のパラレルで,胴内をだいたい3等分というその配置はごくごくありふれたものですが,響き線の反りがふつうと反対になってますね。通常は楽器のお尻方向に向かって弧を描いてるもんですが,棹がわにそっくりかえってるってのはハジメテみましたわい。

  響き線の基部は黒檀を刻んだ小さなブロックに刺さってます。同じこと,菊芳なんかもやってましたねえ。実験の結果,この響き線の基部の材質を変えるってのは,ほとんど意味がない(w)ことが分かってますが,なんとなく気持ちは分かる,って工作です。
  長2センチほどの細い四角釘でとめてありますが,このクギ,あまり見ないタイプですね。クギというのは結構種類がありまして,それぞれの職種で使うクギがあるていど決まってたりしますから,ここから作者の出身が分かるかも。

  では今回のフィールドノートをどうぞ。(下画像クリックで別窓拡大)


(つづく)


月琴55号 お魚ちゃん(4)

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斗酒庵 わらしべ長者 の巻2017.6~ 月琴55号 お魚ちゃん(4)

STEP5 魚の出てきた日

 さて,では裏板をふさいで。
 この物体を 「楽器」 へと戻してまいりましょう。

 裏板にはもともと板の真ん中あたりに,上下に貫通したヒビ割れがありました。剥がす時に左端の小板が分離して3枚になってしまいましたので,まずはこれを矧ぎなおして2枚に戻します。
 このくらいの作業だと,こんくらいの装置(?)でじゅうぶん。
 接着の良い桐板なので,ごくせまい接着面でも,ちゃんと擦り合わされていれば,左右方向に少しの圧力でかなりガッチリと継ぎ直すことができます。

 左右を少し離して接着,例によって真ん中にスペーサを埋め込みます。
 板クランプにはさみ,内桁部分に重しをかけて一晩。
 スペーサを埋め込み,固定してもう一晩。
 周縁とスペーサの周辺を整形して完成です。

 棹とのフィッティングを済ませたら,表裏を清掃。

 棹の調整は原作者がかなり神経質にやっといてくれたので,今回は角度や傾きを大げさに直すこともありませんが,部材の経年収縮で少しだけガタつきが出ているのと,棹・胴体の接合部にわずかな段差が発生しているので,延長材の先端と基部2箇所にツキ板を貼って修正しました----うむここが,たった3枚のバンソウコで済むのはホントに珍しい(w)。

 板がかなり目の詰んだ高級品だったおかげもあり,バチ皮痕の虫食いはごく浅いものばかり。今回はほじくらなくて済みそうです。

 木粉粘土で充填,エタノで緩めたエポキを滲ませて強化。
 ここと裏板の作業部分はあらかた均しておき,清掃の時に板からしみだした 「月琴汁」 をまぶして目立たなくしておきます。

 表裏板ともにさほどヨゴレはキツくなかったのですが,この清掃の時,半月の状態がちょっとおかしいことに気がつきました。
 その上面(糸孔のあいてる面)だけが,異様に真っ黒に汚れてるんですね。布でぬぐったら少しネチョっとする感じもあります。たしかにこの楽器において少々凸ってる部分ではありますが,ほかの部分のヨゴレがそれほどでもなかったのを考えると,なぜここだけ?----かなり不自然です。

 ----もひとつ言えば。
 この楽器はこれだけ魚づくしの満艦飾,半月も材料は紫檀かカリンを染めた上物なのに,全体を見渡してみると,この半月のあたりだけがデザイン的に妙にサミシイ感じになっています。このレベルの楽器だと,ここが透かし彫りの曲面になってるとか,上面にもっと飾りとかがついててもおかしくはないのですね。
 もっとも単純な板状であること,背丈が低めであること,そしてその上面の汚れかたの不自然さから言って,おそらくこの半月にはもともと,透かし彫りの飾り板が付けられていたのではないかと,庵主は考えます。とれたのが最近ではなく,かなり前だったとしたならば,ニカワの接着痕がまともに残ってなかった可能性もじゅうぶんにありますし,もしかすると,古物屋さんが汚い雑巾で拭いとっちゃったのかもしれない(泣)

 うむ,ここには後で何かこさえてあげることとしましょう。

 清掃で濡らした板を,二日ばかり乾かしたところで,仕上げに入ります。

 まずは山口とフレット。
 先に,整形しておいた山口を接着します。
 今回は指板が手前で切れて段になってるタイプですので,指板の厚みぶん丈やや高め,約12ミリにしました。

 つぎに,山口といっしょに脱脂し,乾かしておいた同材のツゲ板で,フレットを作ってゆきます。
 染めてないとほんとに,白っぽくて骨みたいな質感ですね。茶色い筋模様も,木の年輪とかよりはちょっと年代がついて変色した骨っぽい感じに見えます。
 工作は,竹よりは面倒ですが,骨や唐木よりはラク。
 櫛作るくらい密でカタい木ではありますが,切るのも削るのも比較的サクサクいきますからねえ。
 それでもほぼ一日を費やし,8枚完成。
 最終フレットで高さ 4.5ミリほど。オリジナルより平均で1ミリほど高くなってますが,清楽月琴としてはかなり低くそろってるほうだと思いますよ。このくらいなら,半月にゲタ履かせる必要もぜんぜんありませんね。


 整形したフレットは,薄めに溶いたラックニスのなかに数時間漬けこんで数日乾燥。#400から2000くらいまで番手をあげて磨いていって,つるッつるに----あ,マジこいつら骨みたいだわ。(w)

 フレットをオリジナルの位置に置いた時の音階は以下----

開放
4C4D-14Eb~4E4F4G+174A+135C+235D+155F+8
4G4A-124Bb+365C-165D+85E5G+75A6C-5


 ちょっと面白い結果ですね。
 低音開放からはじめたときの3音目,第2フレットの音がふつうよりかなり低めなほかは,ほぼ西洋音階準拠みたいになってます。この調弦だと第3音はふつう,ミ(E)の20%くらい低いあたりなんですが,これだとEbとEのぴったり中間。音階の特徴的なところだけがやたらと強調されていて,西洋音階から見た,清楽音階のカリカチュア,って感じ。
 そこから考えても,やっぱり作られたのは明治の後期でしょうね。西洋音階に慣れた人がそうじゃない楽器作ると,こんな感じになっちゃうんじゃないだろうか。
 胴体の「鸞」のデザインがちょっとモダーンなこととか,響き線の「舌」として入れられてたクギが西洋クギっぽかったのもあるし。


 フレットを西洋音階準拠に並べ直して接着,蓮頭とお飾り類をつけます。

 もともと,山口と第1フレットの間についてた小飾りが1コなくなっていたんですが,フレットを西洋音階に合わせたところ,第2・3フレット間がせまくなって,オリジナルでここに付いてたお飾りが入らなくなってしまいました。
 第2・3フレット間にあったのは,おめでたい感じの赤い鯛----色も目立つし形も悪くないので,これを一番上に移し,代わりのものをこっちのせまい空間用に作ってやろうと思います。

 さてでは,こういう時のデザインのネタ本を召喚!----『本草綱目』ですねえ。
 鯛をのぞくヘンテコなお魚のデザインは,たぶんこのあたりの挿絵からきてると思いますヨ。

 このあたりのお魚の絵を参考に,第2・3フレット間のせまいスペースに合うお魚を彫りあげます。


 ほかの小飾りと彫りの手を合わせ,不自然にならないような感じで…………どやぁ?
 絵はあくまでも参考。けっきょく彫り上がったのは,ドジョウだかサバだかウグイだかクチボソだか分からないシロモノではありますが,まあ,だいたいそれっぽい感じのお魚にはなったかと。

 あとは半月上面の飾り。
 おそらくはこういうのとかこういうのが付いてたと思います。

 「魚づくしの水中世界」がコンセプトだとすると,唐物月琴でよくある左の「海上楼閣(蜃気楼)」の絵柄なんかがバッチリなんですが,さすがにここまで細いの,彫りたくないなあ----「水草」くらいでカンベンしてもらいましょう。(www)

 ちなみに庵主,左の意匠が庵主と同じような動機で変化していった結果が,国産月琴でよく見る右の模様,だと考えています。
 てってーてきに簡略化されちゃってますが,全体のフォルムの相似とか,ならべてみると分かるでしょ?


 この手のお飾りは,だいたい1枚板を加工したものが多いんですが,今回は省力デザインのため,1/4円のものを2枚,左右対称に作ります。
 まずはカツラの端材板にだいたいの輪郭を描いて切り出し,さらに板を厚み半分のところで挽き割ります。
 表面を平らに整形したところで,2枚を両面テープで貼り合わせ,外縁と切り貫き。
 だいたいのカタチになったら,ふたたび2枚に割ってそれぞれ彫り込み,ヤシャブシとスオウでツゲっぽく染めたら出来上がりです!

 彫りはシンプルだったんでそれほどでもなかったんですが,半月の縁にキレイに合わせるのがちょっとタイヘンだったかも。

 「魚づくし」ですから,バチ布はやっぱコレですよねえ!
 「荒磯」----前も書いたんですが,「磯」ってわりに,この魚,鯉ですよねえ。
 「荒川」とか「深淵」の間違いなんじゃないのかなあ(w)

 この模様,室町時代に大陸から伝わってきたもので,名物裂の名前としては「あらいそ」とも「ありそ」とも読むそうです。
 ちなみに,漢字で言う「磯」ってのは「水面と陸地が接している場所」で,ほんらいはとくに「海」には限定されません。これを海岸の岩場に限定するのは海国である日本での用法。同じような場所でも,「岸」はそこが崖みたいに切り立ってる場所。「磯」は「石」へんなのからも分かるように主に「岩場」,陸がわから見た水際ですが,これに対して「渚」はサンズイ,そこの砂とか小石が寄って浅くなってる場所で「水のほうから見た水際」を指します。
 琵琶などの側面を「磯」って呼ぶのは,これを川などにつきだした岩場(みさき,などと同じような)に見立てたものでしょうかね。丸い岩場のふちを流水がめぐるように,音の波がめぐる場所ってとこかな----ほう「国際標準化機構」がイソなのは知っちょったが,「国際砂糖機関」もイソなんじゃなあ。(無駄知識)
 漢字の本も訳してる庵主(そうなのよ!)の漢字知識講座でした。ww

 そんなこんなでイロイロありましたものの,梅雨の終わりの6月末日。
 お飾お魚づくし,月琴55号,修理完了いたしました!!!

 こういう満艦飾の楽器というものは,お飾りとして作られたようなものが多く,姿かたちは立派でも音はてんで,操作性もヒドいものが多いんですが。お飾りの質と出来はともかく,この楽器の本体部分は,きちんと楽器として作られています。いまのところ誰だか分かりませんが,作者はこの楽器のことをかなりきちんと分かっているヒトですね。

 内部構造の組み方や接着具合,棹の設定や弦高などは,たんにガワだけ見て真似したような連中の工作ではありません。唐木の扱いの巧さ,工作の緻密さ。また胴が「太鼓」ではなく「箱」----きちんと密閉された中空の構造体として作られているところからすると,三味線屋ではなく琵琶師か指物などの経験者ってあたり,でしょうか。
 ちょっと前に修理した「佐賀県から来た月琴」とよく似ています。棹などの工作や,フレットのオリジナル位置での音階によく似通っているところもあることからすると,もしかすると同じ作家さんの作なのかもしれません。

 あちらにくらべると,材質などの面で若干落ちますが,じゅうぶんに贅沢な材料と木取りで作られているので,音質の面での退けはそれほどないかと。
 53号ほどではありませんが,かなり音量が出ます。音の胴体は深くやわらかくあたたかな感じなのですが,響き線はうまく効くと 「シーーーン」 という,かなり高音の冷たい金属的な余韻が長く耳に残り,冷暖ちょっとギャップのある面白い音色になっています。
 響き線の巻きが丁寧なせいか,鳴らすための「舌」がついてるにもかかわらず,演奏中のよけいな胴鳴りは少ないですね。おかげで演奏姿勢もかなり自由にとれ,比較的ラクちんに弾けます。

 あと,フレット----琵琶での「相」をのぞけば,この材料で作ってみたのはハジメテだったんですが,これ,悪くないですね。
 見た目もちょっと木だか骨だか分からない風だし,指を落とした時の感触がちょっと独特で,骨はもちろん唐木や竹よりも 「すべらか」 というより 「なめらか」 な感じがします。(感覚的物言いww)
 形状や加工の違いもあるんでしょうが,おなじツゲでも,ふだん使ってる一級品の黄色くてカッチリした材の,緻密な感じとはまた違った感触ですね。

 満艦飾なところとその意匠が,かえって好みの分かれるところとなっちゃうかもしれませんが,楽器としての実力はかなり高く仕上がっていると思います。

 さて,魚づくしの55号。

 次はどんなところへ回遊することとなるのやら。

(おわり)


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