南越1号(終)

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斗酒庵 ベトナム月琴に手を出す の巻南越1号(終)

STEP9 漢の塗装道

塗装中

  うおおおおおっ!!塗るんじゃーいッ!!!!!

  ――というほどのことではありませんが,まあいつもながらタイヘンな作業なので,ちょっと気合を。

  南越1号の下塗装は,これでまいります。


ベンガラ溶いて
塗って
拭いて
柿渋/油
色ニスかけて
仕上げにオイルニス
  早苗ちゃんの修理以来,庵主は「ベンガラ」という,ずっと使ってきた自然顔料をあらためて見直しています。

  ベンガラと砥粉と炭の粉,そして柿渋という,工房に常備されている素材で,さまざまな木の色――調合の割合でいくらでも微妙な色合いが作り出せるのですね。

  古代からの知恵ばんざい!古色付けばんざい!

  まずはベンガラを柿渋でよく溶きます。
  色合いを見ながら,混ぜるのはほんのすこしづつ。
  板切れか何かで,皿の底に押し付け,すり潰すようにしながら,完全に混ぜ合わせます。
  ちゃんと混ぜておかないと,塗ってる途中でダマがつぶれて,思わぬマーブルカラーになっちゃったりしますので,気をつけましょう(経験者,談)。

  ウサ琴ですんで,月琴の修理で使うよりはいくぶん赤めの調合です。

  木目や工作部を隠したいところのみ筆でベタ塗り,そうでない部分は布で擦り込み,なるべく薄く色付けをします。上から色ニスを塗るのが前提なので,ちょっと薄めの色でいいでしょう。
  乾いたら布でこすって余分を落とし,薄くなってしまったところは再度塗装します。

  けっこう何度もやりなおせるので,前回の染めとかにくらべると気がラクですね。

  だいたい具合が良くなったところで,全体に柿渋を塗布して固め,それが乾いたら,つぎに極少量の亜麻仁油をつけた布で,表面を磨いて落ち着かせます。乾性油が乾くまで一週間,できれば一ヶ月くらいは放置したいとこですね。

  中塗りは日本リノキシンさん謹製,ヴァイオリン用ヴァーニッシュのダークレッド。下地にすでに色が付いているので,3度も塗ればウサ琴カラー。

  トップコートは,同じくオイルヴァーニッシュ。
  紫外線硬化なので,天気のいい日を狙って作業をします。

  下地の塗装に柿渋を使ったので,オイルニスの硬化とともにこれも紫外線で発色して,色がちょうどよく濃くなりました。

  さらにこれも柿渋のおかげでしょうか。
  いつもより木地が締まって,固めの感触になってるような気がします。
  ただ,この下地と上面に塗ったニスの相性がどんなものなのか不明なので,そのへんには不安もないではありませんね。

  とまあ,書き並べてゆくと,大したことがないのですが。

  実際には塗装開始から終了まで,およそ2ヶ月近い日々が流れています。
  その間にも,古い資料を漁ったり,コウモリ月琴を改修したり,鶴寿堂の再修理が終わったり,彼氏月琴の調整があったり,10号菊芳の修理が始まったりと,色々なことがございました。



STEP10 S.K.T.(すーぱー小物たーいむ)!

新作軸
  さあて,この間に小物を作ります。

  最初に作ってやった軸は鶴寿堂のほうに回してしまったので,まずは再び軸削り。
  こんどはちょっと細身のスマートな軸にしました。
  オハグロベンガラで塗って黒軸に…なかなかかっこいいですね。


目摂1
目摂2
目摂3
目摂4
  つぎに目摂,もちろんこんなもの,ホンモノのベトナム月琴には付いてませんが,ウサ琴とのハイブリット楽器ですんで何としても付けたい。

  日本に音楽をくれた国の一つに「林邑」というのがあります。
  雅楽の「林邑八楽」のふるさとですね。
  これは現在のベトナムの古い王朝の一つなんですが,そこの伝説によれば,この国の最初の王様は,川で捕まえた二匹の魚が刀に化け,その刀を使って新しい国を切り開いたことになっています。
  その魚が何だったのか――「フナ」だとか「ハモ」だとか諸説あるようですが,「魚」で「王様」と言って分かりやすいので,とりあえず「鯉」に。

  そもそも,月琴の丸い胴体はお金(銭)に喩えられます。
  そこに「魚」が付くと 「魚銭」 となり,それは 「余銭(ユウチェン)」 と同音。
  「お金が余ってお目出度や!」という洒落となります。
  しかも二匹いるから 「双鯉」  「双利」 の近音,余ったお金が倍倍倍…

  朴の木の薄板を両面テープで二枚貼りあわせてざっと切り抜き,剥がすと左右対のお魚が出来上がります。
  両面に和紙を貼って,細工中の割れ止めをしておきましょう。
  ヤスリで削って,アートナイフで刻んで。こちらもオハグロベンガラで黒く塗装。

  庵主,海浜の出なので川魚に今ひとつ縁が薄く,「鯉」のつもりでデザインしているのに,何度描いても,なぜか 「シャケ」 になってしまいます。出身地のせいでしょうかねえ?
  今回の鯉も,庵主的にはまだどこかシャケっぽい気がするんですが,まあこれ以上どうにもなりませんや。


フレット塗装
  フレットも渋く塗装しときましょう。

  胴体に使ったのと同じベンガラを,ごく薄くさッと刷いて,柿渋とラックニスで止めました。

  うん,ちょっとなんだか古楽器っぽくなってきたぞ。



STEP11 完成!!

  軸の塗装の乾燥に思ったより時間がかかり,一週間ほど余分にとられてしまいましたが。
  最後に全体を軽く研磨して,鳥口,フレット,お飾りを取り付けて。

  2009年5月27日。

  ベトナム月琴とその古形である「丐彈雙韻(かいだんそういん)」,古代楽器「阮咸(げんかん)」,そして明清楽の月琴とウサ琴の詰め込みすぎハイブリット楽器 「南越1号」 ,完成です!

完成!


  記録を見返しますに,最初に棹を切り出し,製作をはじめたのは2007年4月のこと。

  その間,しょっちゅうクジけたり,何ヶ月も放置したまま忘れたりしていたので,べつだんコレにずっとかかりっきりだったわけではありませんが。

  ――2年ちょっとかかってるワケですね。

  ウサ琴の製作が月割り一本だったことを考えると,こりゃまさに「記録」だわ。

  * 去年までの一年ちょっとで13本。製作は4本同時のことが多い。でも「楽器」の製作ペースとしては,これもちょっと異常。




南越1号・音資料

南越1号全景

南越1号試奏中!

  庵主,正直ベトナム月琴の奏者ではないので,作ったはいいものの,この楽器をちゃんと使いこなせません。

  そこで今回の音は,受け取りに来た和尚♪さんに頼んで,試奏してもらったものです。
  bebung(弦を押し込んでかけるビブラート効果)の効きかたが,もーぜんぜん違います。高音域での音がまた,庵主がちょいと弾いてみたのたあ比べものにならないくらいいい!

  祝杯挙げながらの録音,かついつもより少なめですが,まあどうぞ。




南越1号(6)

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斗酒庵 ベトナム月琴に手を出す の巻南越1号(6)

STEP8 神々への挑戦

そら庵
  深川の正木稲荷といえば,時代劇ファンやら池波先生ファンだともうちょっとたまらないスポットですが,そのお隣に「そら庵」というカフェ&フリースペースがございます。
  演奏中の画像がなくって申し訳ないが,4月4日,南越1号,和尚♪さんによる塗装前ホワイト状態での試奏は,目出度くここで行われました。

  なんせ名前は同じですが,本来,専門ではない楽器ですから,あっしにはどこがどうやら分かりません。

  塗装前に,ちゃんと弾ける人に実際に演奏してもらい,問題点を叩き出して…と思ったんですが,工作の方は意外におおむね好評,指がひっかかるとことか,削って欲しいとこがあれば即対応,というくらいの工具類を持っていったものの,出番ありませんでしたね(やった!)。

  さすがに専門職。

  複弦の感触も面白いようで,この楽器で庵主にゃ出せないような音,いっぱい出てました。
  この組み合わせは,面白い音楽を生んでくれそうです。

  まあもっとも,今回はまだあちこち仮接着で,楽器をパワー全開バリバリで弾けたわけではないので,本格的に弾きこんだ場合,どうなるかは分かりませんが。

  一通り弾いてみてもらい,問題点とご要望を……やっぱり出ましたか。

  低音域のEが欲しい,とな。

  ベトナムで頼んでも断られちゃうからね。



ウサ琴F
  庵主はウサ琴で,通常,明清楽の月琴では8本であるフレットを,2本増やして10本する,ということをしています。
  これによって全音で出せる音数は13個から,15個へ。
  音域は完全2オクターブとなり,対応できる曲数が格段に増えました。

  もっと増やして,半音含めた全音階にしたら?

  ――という人も,確かにちょくちょくいますな。

  フレットを増やすと,音数は増えます。
  どんどん増やしていけば中国月琴のように,かなり色んな音楽に対応できるようにもなるでしょう。

N氏の月琴,フレッティング中
  しかし,月琴のような高いフレットを持つ楽器では,フレット間の距離によっても,その音色がかなり変ってしまいます。

  弦を指板に押さえつけるようなかたちで演奏される,ギターのような低いフレットの楽器にくらべると,月琴の弦は,指板の上でも上下左右,より自由に振幅しています。

  これが次のフレットに完全にぶつかるようですと 「ビビリ」 という不具合になり,弦の振幅が止まって,音がミュートしてしまうわけですが,わずかに触れる程度の場合,そこにいわゆるハーモニクス,一種の倍音のようなものが発生することがあります。

  この現象をナットの部分で発生させ,効果として使っているのが,三味線や琵琶についている 「サワリ」 なわけですが,月琴のフレットの場合は,そこまで効果を意図した工作ではなく,結果として同じような現象が発生しているのですね。
  それが胴内の響き線の効果と相混って,月琴の独特な音色・余韻を生み出す,一つの要素となっているわけです。

南越1号・塗装前表裏
  このことは例えば修理の途中で月琴を,山口とフレットのない状態で,糸を張って弾いてみるとよく分かります。
  それでもちゃんと音は出るのですが,まあその音は,下手な作りの箱三味線といったとこ。
  キンキン,ペコペコとした音で,余韻も何もありません。

  フレット間が開いていたほうが,障害物がないぶん,弦の動きは大きくなります。
  フレット間が詰まると,弦がフレットにぶつかる回数が多くなる反面,振幅は小さくなり,余韻は浅く短くなってしまいます。

  ウサ琴のフレットを「10本」としたのも,楽器が作り上げてきた音色を損なわず,今の音楽により対応しやすくするため,庵主が実験しながら考えた,必要最小限かつギリギリの「改造」なんであります。


  もちろんフレット間を詰めたとしても,中国月琴のように,弦の工夫や構造上の改造などにより,音色への影響をある程度改善することは出来るのですが,楽器というものに関する限り,その本来の音色をわざわざ損ねてまで「便利さ」に追従する必要はない――と庵主は考えます。


  歴史を背負ったすべての楽器は,その楽器が成立してゆく過程で生じた構造上の不合理やその操作上の不便ささえも,ある意味その楽器の「音」の要素の一部としていることが多いのです。

  だから,その楽器の歴史や構造をきちんと調べもせず,ただ 「こうしたほうがいいと思う」「必要だから」 というような浅はかな思い,考えだけで行われる,やみくもな「改造」やら「改良」は,その楽器のアイデンティティたる「音色」を,引いてはその楽器の音楽における存在意義さえもかえって損なうもの――とも,庵主は考えます。




フレッティング(5)
  間話が長くなってしまいましたが,庵主は何も,その楽器を未来へと進めるための改造や工夫までも否としているわけではありません。その工作に正当な理由があり,必要があり。それでいて楽器の持つアイデンティティのようなもの――「いちばん大切な部分」 を損なわないような配慮があるならば,逆にどんどんやっちゃって構わない,と思いますよ。

  南越1号はまず,現在2弦の楽器であるものを,4弦複弦としています。

  これの理由(いいわけ)は,最初の方の記事でも述べたとおり,この楽器が古くは 「4弦の楽器であった」,とされているとこを再現してみた,というところ――ここまでは歴史,ちゃんと考えてますよね?

  だからまあ,そちらのほうは良いとして(ホントか?)。
  では 「棹上のフレットの追加」 というのはどうでしょう?

  ベトナム月琴の場合,フレット高は月琴よりもさらに高く弦長も長いので,もともとの糸の振幅が大きく,ご要望のあった2~3フレット間のEと4~5フレット間のBを足したくらいでは,楽器本来の音色への影響は,さほど大きくはないものと考えます。

  しかし,こちらの改造には,過去の歴史の支えはありません。
  しかもそのうえ 「神のご加護」 もないご様子。


  「今の曲を弾くのに必要だから」という未来の力はありますが,これだけじゃとても足りません。
  神様も納得するような理由(いいわけ)が欲しい。
  八百万の神々の国のニンゲンといたしましては,他国の神様とはいえ神様は神様。
  神罰,コワいですからね。

神罰回避策
  で,ですね。

  庵主が何日も頭を絞って考えた,フレット追加における 「神罰回避策」 です。

  「穴あけただけぢゃーんっ!!」

  ――とか,言うなかれ。

  これは棹の上に鎮座まします神様を踏んづけないための配慮であり,神様が自由に通れる「道」です。
  だって,人間は通れないでしょ? こんな小さな穴。
  神なればこそ,通う通い路。

  しかもこれによって,演奏者はこの2本のフレットが,伝統的なフレット配列にないものであることが一目で分かります――つまり伝統的な曲を演奏するときには,この2本を避けて弾けばいい。そのための実に分かりやすい目印にもなるわけですね。

  さらに現代と未来に対しても,いくらか弁明(いいわけ)しておきましょうかね。

神罰回避策(2)   12本のフレットは「一年の "月" の数」。
  4本の弦はそこにめぐる「四つの季節」です。

   古代の阮咸からベトナム月琴の古型,明清楽の月琴,そしてウサ琴――時代の中で,交叉し,雑じり合う,音楽と楽器。

  この楽器は,神います天をめぐる「お月さん」の琴,ではなく。過去から現在,未来へと続く「時間をめぐる」月の琴。

   時間の「もしも」の,パラレル月琴。

  ――こんなところで,いかがでしょう?


南越1号(5)

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斗酒庵 ベトナム月琴に手を出す の巻南越1号(5)

STEP6 組み立て

裏板(1)
  さて,部品もあらかたそろったことですので,いよいよ組上げていこうと思います。

  まずは裏板。
  前にも書きましたが,今回は厚みが2倍なため,この圧着作業にいつも使ってる5センチのCクランプが使えません。面板保護の板を付けると,大き目のCクランプ(75mm)でも駄目。
  なもので,Fクランプをありったけ,あとは角材にゴム輪を総動員して,なんとか固定しております。
裏板(2)
  格好はかなり悪いものの,無事くっつきましたので,余分を切り取り,縁周を整形。

裏板(3)
  はい,胴体が箱になりました。

  厚みがあるのもありますが,バランスはいいようですね。
  見事に自立します。
  急須などでもそうなんですが「いい道具は立つ」のですよ(笑)。

裏板(3)
  ちなみに棹挿しても,ちょっとの支えでほぼ自立しました。
  これにはお父さんもびっくりだ。



STEP7 フレッティング


フレッティング(1)
  さっそくフレッティングに入ります。

  まずは鳥口の接着。
  塗装前に取り外すので,あまりしっかりは着けられないのですが,あるていどしっかり着いててくれないと,きちんと試奏ができません…難しいですね。

フレッティング(2)
  ニカワをわざと厚めに,点のように盛り上げて3~4箇所,底につけて固定しました。
  固定のときも特に圧力はかけず,ほぼ定位置にのっけるだけ。
  ニカワの層だけでくっついてるので,隙間に水が入れば比較的簡単にはずれてくれるはずです。

フレッティング(3)
  フレッティングの開始です。
  まだたった1本でも,なにか感動しますなあ~。


  フレットの音配列は,和尚♪さんが送ってくれました。

  さすがにこうした細かなところまで書いてくれてる資料が見つからなかったのと,安物の現物楽器は手元にあるんですが,あまりに工作がヒドいんで,そのフレッティングが正しいかどうか自信が持てなかったのですよ。
  うちのはいかにもアヤしげな「お土産」レベルの一本ですが,日本で数少ない(専門,なのは唯一か?)ベトナム月琴奏者である彼の愛器はショップのカスタムメイド。
  ちゃんとした職人さんの作った高級品ですものね。

  伝統的には8フレット,調弦は明清楽月琴などと同じく4度もしくは5度,C/Gで弾く楽器ですが,いろんな曲を弾きたい関係で,和尚♪さんはC/Dで弾いてます。
  またモダンスタイルのベトナム月琴は,胴体の上に数本高音域のフレットが追加されることがあるようで,彼の愛器も10フレットになってますね。

開放弦10
111112
111112

  上段が高音弦,下段が低音弦。
  伝統的なC/Gのチューニングに直すとこういう感じになります。

開放弦10
111112222
111112

  この伝統的な調弦で弾いてみて,第一に気がつくことは,低音域のEがない,ってとこですね。

  この楽器の低音域の音は素晴らしい。
  bebungを使ったビブラートのかかりも良くって気持ちいいんですが,何か知ってる曲を弾こうとすると,すぐに気がつきます。

  「あ,"ミ" がない…どうしよ!」。

  半音がない,なんてのはこちらの月琴も同じ。フレットが高いので,技術的には琵琶のように,弦を押し込んで半音から1~2度くらいあげることは可能ですが,速い曲では対応が難しいでしょうね。
  もちろん伝統的な曲をこの楽器の担当パートでやる場合は,それでいいんでしょうが,現代の曲を弾こうと思うと困っちゃう。

  最初,和尚♪さんのチューニングを聞いたときは,もともと弦もフレットも少ない楽器なのだから,伝統的な調弦にもどして音数を増やした方が有利なんじゃないかと考えたんですが。

  「Eが欲しいからC/D」

  このキモチは,実際に演奏してみると良く分かります。

  「フレットなんて勝手に増やしやぁいーじゃん!」

  ――てなことは,誰でも考えつきます。

神様(1)

  実際,近年では8フレットだったのを10フレットに増やして弾いている人もいる,というのは上にも書いたとおり。しかし,追加されるフレットは胴体の上,高音域の部分で,よく使われる棹の上ではありません。

  ――なぜか。

  この楽器の棹の上には,「神様がいる」 からなのです。

  高級な楽器では,この細い棹の上に8人の神様が象嵌されています。
  おそらく中国の「八仙人」のようなものなんでしょうが,この8人の神様は8本それぞれのフレット間に鎮座ましまし,それぞれの音を表象し,司っていると言われています。
  そのためそこにフレットを追加するということは,その神様を踏んづけて,ないがしろにしてしまうことになる――

神様(2)   「だから,それはできない。」

  と,和尚♪さんも現地ではっきりと断られたそうな。

  さあ,どうしましょうかねえ。

  音は欲しいが,神様はコワい…なんせこのハナシだと,演奏する方はいいとして,作る方にバチが当たる構図になっとるわけで。
  ダンナ,音楽家は違うかもしれやせんが,職人ってえ人種は,あッしもふくめて,どこの国でも意外と信心深いものなんでさあ。

神様(3)
  じつは庵主,この件に関しまして ハラにイチモツ あるのですが,そのあたりは後のハナシとして。

  とりあえずは,神罰の当たらない方向で,組み立ててゆきたいと思います。



  ベトナム月琴のフレットの材料は,安いものでは竹――さすがに南方,こんなにデカいフレットを平気で削りだせるような巨大・肉厚の竹材が平気であるんですわ。高級なものは唐木で出来ています。このあたりもこっちの月琴と同じですね。

フレッティング(4)
  南越1号のフレットは,竹と木のコンパチ。
  本体は棹と同じサクラ,弦で擦れる先端部分に竹の板を貼ります。

  和尚♪さんの現在の愛器のフレットも,唐木の本体に竹の板を貼ったものなのですが,竹板に「肉」の部分から取られた板が使われていたため,彼のパワフルな演奏に耐え切れずエグれてしまったのを,庵主が直したことがありました。

  できるなら最強と言われる皮付きのまま使いたいところですが,それもあまりカッコよくないので,目が詰まっていてぶ厚い,斑竹の皮ぎしの部分を使おうと思います。

  画像は素体の製作中。

  マクロのアップで撮ると,なんかカマボコ板の加工場みたいですねえ。
  すくなくとも「楽器のフレット」なんてものを作ってるようには見えませんて。


  こうして竹板を接着したカマボコ板を,いつものようにチューナーで位置を探りつつ,高さを調節してはどんどん立ててゆきます。

  まあもっとも――

  いつもの月琴のフレッティングだと,庵主,最近は4時間もあれば1セット,8~10本作っちゃえるんですが,さすがに格段デカいので勝手が違い,削りすぎとかで何本もオシャカりまして,今回は結局,10本そろうのに三日もかかってしまいました。
  おかげで最初使っていた本サクラの柾目の材料が払底。
  「日本人の作るなんちゃってベトナム月琴」 ということで,なんとなく国産っぽい材料を使いたかったんですが,7フレットから先は 「アメリカン・ブラックチェリー」 に…まあ,ぎりぎり「サクラ」なんで勘弁してください。

フレッティング(5)
  胴径の関係でスケールがわずかに短いので,オリジナルでは胴体上もしくは,棹と胴体の継ぎ目あたりにくる第7フレットが,棹上――それも基部のふくらみの真上にきちゃいましたが,この時点では本物との違いはその程度。

  本物のベトナム月琴のフレット幅は,上から下までほとんど同じですが,第7フレットを同じにすると,指板とのあいだに変なくぼみが出来て,指がひっかかっちゃいまして。
  指板の幅に合わせて,長くしちゃいました。

フレッティング(6)
  ついでに第8フレットを長く,以下を尻すぼみに。
  おなじみの――日本の明清楽月琴なんかで見るデザインですね。

  なんせほれ(忘れてたけど),ハイブリットな楽器ですから,このくらいは。

  さて,フレットがそろったところで,外二本しか張ってなかった弦を,内外4本の複弦に張り替えます。
  もう一度,フレットの位置と高さを微調整して,仮接着。

  複弦ベトナム月琴・南越1号。
  いまだホワイト月琴状態なれど,とりあえず楽器としては「完成(仮)」です。

  さあ,和尚♪さんに試奏してもらいましょうかあ!


  その先は…そこからまた考えます。


南越1号(4)

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斗酒庵 ベトナム月琴に手を出す の巻南越1号(4)

STEP5 覆手を作る

覆手(1)
  表面板の製作と同時に,テールピースを作ります。

  明清楽の月琴だと呼び名は「半月(はんげつ)」ですが,形が違いますんで,琵琶と同じ「覆手(ふくじゅ)」と呼んだ方が良さそうですね。
  オリジナルは「T」を逆さにしたような,というか横長の「凸」というか----
  あまり凝ったものはなく,簡単なカタチが多いのですが,今回は製作のテーマのひとつ「古代阮咸のなんちゃって復元」というのに沿い,正倉院の阮咸の覆手の形なぞ,少し真似てみることとしましょう……ごりごりごり。

  素材はローズウッドのカタマリ。
  材料箱をひっくり返していたら,ちょうど良さそうな大きさのものが出てきました。
  例により銘木屋さんのゴミ箱還送の品で,樹皮に近い部分のようですが,片面が丸くなってる形もちょうどいいですね。ほんに,ありがたやありがたや。

  糸鋸やノミ,木工ヤスリを駆使して2時間。大体の形に仕上がりました。
  口端の部分を少し削って,象牙の薄板を接着します--糸擦れの防止ですね--ちょうどこのカーブにあいそうな,輪切り板の欠片がありましたので,これを使っています。

  糸穴は6つ。
  「複弦ベトナム月琴」にするための糸間のせまい4弦2コースのと,「なんちゃって阮咸」にするための,ほぼ均等な糸間のもの----この穴の間隔にはけっこう悩みました。

  4弦単の阮咸仕様にしたとき,糸間があんまりせまいと弾きにくいし,かといって全体を広げすぎると,複弦ベトナム月琴として弾きにくくなります。
  何度か仮組みをし,糸の間隔をいろいろとシュミレートしてみて,

   複弦2コースのときは外弦間 28,内弦間 22,内外の弦間各3ミリづつ。
   4弦単の場合の1,4弦は,複弦時の外弦の穴を使い,各弦間は約9ミリ。

  棹上の糸間がせまいので,4弦単で琵琶風の演奏はちょいと難しいかもしれませんが,ウクレレやギターと同じくらいなことは出来ようかと思います。

  さっそく覆手の接着です。
  接着の前に,面板をヤシャブシで下染めしておきます。
  覆手の下とか,後でやるとき染めにくいですからね。

  いつもの月琴の板状のそれと違って,片持ち式ですんで多少バランスが悪い----面板との間にスペーサーを噛ませたり,左右がズレないように板をあてたり。Fクランプ大動員となりましたが,なんとかきちんと貼りついてくれたようです。
覆手(2)
覆手(3)
覆手(4)
覆手(5)
覆手(6)



STEP6 鳥口を作る

鳥口(1)
  テールピースと同時進行で,トップナットも作ります。

  こちらもいつもの月琴では「山口(サンコウ)」ですが,ベトナム月琴のそれは,角度は違うものの薩摩琵琶のに似ているので,そちらから取って「鳥口(とりくち)」と呼ばせていただきましょう。

  「鳥口」----ほんとこの姿。言いえて妙な名前ですわな。

  雅楽などで用いる古い形の楽琵琶や,明清楽の唐琵琶,現代中国の琵琶(ピーパー)などは絃高がそれほど高くはなく,このナット部分も月琴のそれとあまり変わらない姿をしています。
  一方,近世になって生み出された薩摩や筑前は絃高が高く,薩摩では「鳥口」という独特の形に,筑前のものは四角い大きなブロック状のものになっています。

  そういえば,絃高の高さ,フレットが末広がりなこと,弦を押し込んで音程を変える bebung 効果……前二回の解説に書いたとおり,庵主は「ベトナム月琴」という楽器は,うちらの(円胴短棹の)いわゆる「月琴」とは関係がなく,むしろ阮咸を祖として,奏法的にも琵琶に近いものと考えているのですが,こう考えてみると,やはり何気に共通点が多いですね。

  さて,こちらの材料も端材箱を掘り返して見つけたタガヤサンのカタマリ,出所は同じ。
  ちょっと底部の幅が足りないんで,以前ウサ琴の半月に使った同材の板を左右に貼り足します。。
  削って削って…さすが「鉄刀木」と書いて「タガヤサン」。
  モノが小さいのもあってこりゃタイヘン。

  糸の乗るてっぺん部分には竹板を貼り,鳥の「口」の部分には擦れ防止の象牙の薄板を貼り付けます。
  高さはあとで調節しようと思い,とりあえず手持ちの安ベ月琴と同じ 2.5センチにしたのですがが,仮組みで糸を張ってみたところ,案の定ちょっと高すぎて絃高に落差がつきすぎていたので,首を一度ちょン切り,背丈を縮めて付け直しました。

  まあ,どっしりとした据わりのいい感じになりましたか。
鳥口(2)
鳥口(3)
鳥口(4)
鳥口(5)


南越1号(3)

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斗酒庵 ベトナム月琴に手を出す の巻南越1号(3)

STEP3 胴体続き

内部構造(1) 内部構造(2) 内部構造(3)

  内部構造の組み付けです。

  棹に継ぐ茎(たぶん米松,DIY屋さんで買った端材より)も作り,実際に挿して,串にした状態で胴体に入れ込みます。
  こうしときゃ,まず後で「挿さらないっ!」てことはないわけで。

  いつもですと外枠にはめこみ,円が崩れないようにしながらやるのですが,今回はそうすると,胴の厚みのせいでクランプがかけられなくなるので,左右に部分枠をはめたりしてなんとか…
  いやはや,サイズが二倍になっただけで,いろいろとタイヘンですわい。

  下桁がわずかに傾いでしまいましたが,構造上は問題なく,なんとか接着できました。

内部構造(4)
  ウサ琴の竜骨構造は,普通の月琴よりニカワでの接着部分が多いので,乾いたら柿渋を塗りまわします。

  これにて補強&耐湿&接合部のニカワを狙う厄介な虫類からもガード。
  内部がイカレたら,欠けたりもげたりより始末が悪いですからね----
  古い月琴とかではよくここで職人さんの「手抜き」が見つかります。
  後世,そうやって誰かに見つかるのもヤですからね。
  出来ることは,ちゃんとしておきましょう。

内部構造(4)

  内部構造も完成しましたので,さっそく仮組み----棹を挿してみましょう。


  バラバラ状態だと,手桶と魔法少女のナニヤラ・ステッキ的なモノにしか見えないんですが,ようやく「楽器」っぽくなってきましたねえ。


  さて,これで表面板が着けば,もう完全に「楽器」の顔になりますね。


  今回の板はいつもの¥100均の焼き桐板を削ったものではなく,府中家具さんより買った5ミリの板。
  いつものように手で削ったものでなく,家具用に機械で切り出された板なので,厚みも正確,側面の断ち切りも鋭い――ほとんど何も調整しないでも,切って,木端面にニカワを塗って合わせたら,そのままピッタリ着いちゃいました。

  矧ぎ終わった板の余分な角を切り落として,胴体に接着します。

  写真はございませんが,胴体の厚みのせいで,いつものCクランプ(5cm口)が使えず,板二枚と角材で挟みこみ,荷止めゴムでグルグル巻きに縛り上げて,なんとか接着....けっこうタイヘンでした。

  くっついたら縁を整形して,まンまるに。

  まだまだオープンバックですが,糸を張ったら三味線みたいに鳴りそうですね。

表面板(1) 表面板(2) 表面板(3)




STEP4 響き線を仕込む

響き線(1)

  もちろん,本物のベトナム月琴にはこんなもん仕込まれておりません。

  通常のベトナム月琴の胴径は,だいたい明清楽の月琴などと同じ 35~36センチほど。
  今回はエコウッドを丸ッと使い,胴の厚みは同じくらいになってますが,胴体の直径のほうはウサ琴と同じく,30センチほどです。ベトナム月琴のあの深みのある幽玄な音色は,この胴内の空間から生み出されるものなわけですが,南越1号,その点ではかなり内部の容量が足りません。

  そこで,明清楽の月琴で培った知識を使い,余韻の足りない分のリゾネーターとして,「響き線」を入れてみることとしました----たんに「ベトナム月琴に "響き線" とか仕込んだら,面白いンじゃネ?」とかいう思い付きがハジマリだったことは禁則事項です。

  茎が胴をほぼ二分する形で通っているので,直線や弧線の長いものは入れられません。

ゴッタン阮咸・内部構造
  この形にじゅうぶん入って,もっとも音色上の効果が高いのは「渦巻き型」の線。
  「2号月琴」で実物をはじめて目にし,以後「ウサ琴」の初号機,「ゴッタン阮咸」「アルファさんの月琴」など,チューブラアンプのようなうねりのある余韻が,深く長く持続する----庵主お気に入りの構造ですが,この渦巻き線には,楽器の揺れに敏感でノイズが起こりやすいという欠点があります。
  しかも構造上この「線鳴り」がはじまると,なかなか収まらない上,かなり音がでかい。

  楽器を自由にぶン回しながら弾きたいムキにはやや不向き,ということ。

  実験のときはともかくとして,思い切り弾ける楽器がいいでしょう。

響き線(2)

  ――というわけで,線は4本直線。

  いづれも通常仕込む響き線の半分くらいの長さです。
  上の線はハガネ。鋼線は硬く,短いと効果が足りなくなるので,ギリギリまで長くするため,斜めに取り付けます。下の2本は真鍮。真鍮の線は柔らかいので,短くてもちゃんと音を拾ってくれるはず。


  焼入れもうまくいったし,取り付け・調整もまあまあ。

  メインの鋼線二本がやはり短いせいで,ウサ琴とかで上手くいったときのように,金属余韻がビリビリ響きまくる,というほどではありませんが,胴に耳を付けて胴側や面板をはじくと,ちゃんと「キーン....」と金属の余韻が生まれています。
  弦の長い楽器なので,音の振幅も長い。もともとの余韻も,短い月琴よりは長いはず。
  そのぶん,響き線がこのくらいでも,じゅうぶんに面白い効果が出せるのじゃないかと,多少楽観的ながら考えています。



南越1号(2)

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斗酒庵 ベトナム月琴に手を出す の巻南越1号(2)


INTRODUCTION2:「月琴」の起源について2----もうひとつの「ベトナム月琴」。

Dan Nhat
  わたしたちが「ベトナムの月琴」といって思い浮かべるのは,たとえば映画「青いパパイヤ」に出てくる,たとえば枯淡なキム・シンの抱えてる,スマートな長い棹に丸い胴体の楽器,「ダン・ングィット」(Dan Nguit)ですが,実はベトナムには,短い棹で丸い胴体の----庵主のような中国月琴や明清楽の月琴弾きである人間が言うところの,「月琴」にあたる楽器が存在しています。

  この楽器は「ダン・トゥ」(Dan tu) と呼ばれています。

  「Dan」は楽器,一般に撥弦楽器,琴の類に着く語。
  「Dan Nguit」の「Nguit」は「月」ですが,こちらの「tu」はたぶん「四」の意味でしょう。
  中国の西南少数民族の月琴の異称にも 「四弦(スゥシェン)」 といったものが見られますが,こうした「四本の絃を持つ楽器」というような,かんたんな呼び名のほうが,何か単純な楽器の特徴以外のところに結びつけた「○○の琴」といった呼び方よりも古くて,かえってその民族と楽器の親密な結びつきを表しているものなのかもしれませんね。

  面白いのはこの楽器が,別名で「ダン・ニャット」(Dan Nhat)とも呼ばれているところですね。
  「Nhat」は「太陽」(「日本の」という意味もあるようだけど…まさか「日本の楽器」とかいう意味ではないでしょうねえ…)
  前回書いたように,漢字の象形では「月」は三日月型,丸いのは太陽のほうです。
  その意味では「名が体を」ちゃんと表している言葉遣いかと。

Dan Nguit
  もっとも,庵主はベトナム音楽も語学も専門ではないので,この楽器がどれだけ一般的なものなのか,またそのどちらの名前がふつう使われているのかなどについては,いまひとつ要領を得ないのですが。

  形はほぼ,古いタイプの中国月琴と同じ,きわめて短い棹で四弦。フレットは8から10本。
  主旋律の演奏よりは,おもに伴奏楽器として使われるところも同様。
  蓮頭は如意雲板型ではなく,1950年代ころまでの古い中国月琴や,西南中国,四川などで今も見られる古形の月琴で見られる,三味線風の板状の海老尾型のことが多いのが特徴です。

  ベトナムの楽器や音楽は,中国の古いそれの影響を受けている,もしくは模倣であると言われますが,中国では近世,「短棹円胴」の楽器が「月琴」の名前を奪っているのに,なぜこの国では長い棹の「月琴」が「月琴」のままで,短い方は違う名前で呼ばれているのでしょうか?

  これもまた,名前の上では長い方が古くて正統派で,短い方は後に名前を簒奪したものである,という証拠の一つ,なのかもしれません。




STEP1 棹作り

  ウサ琴だろうがベト琴だろが,作る手順にゃかわりはねぇ。
  まずは棹を作りましょう。
  長物の製作は「ゴッタン阮咸」以来,ひのふの…んと,3年ぶりですかね。

  経験も少ないことですし,ハテ…うまくできるでしょうか?


棹作り(1)
  棹材には,サクラを選びました。

  安物の三味線などでも使われる素材なので,長物とはいえ強度的にもなんとかなりましょう。

  ベトナム月琴の棹は長くて細い----
  実際には細棹の三味線より若干細いくらいなのですが,末広がりの大きなフレットのせいもあって,やたらと細く感じられます。

  胴体との接合部,棹元部分にふくらみがあります。
  元の板がそれほど厚くないので,このふくらみを出すのに,端材袋から見つくろったサクラの板を左右に貼り足しました。
  ウサ琴の糸倉に使った余り材ですね。本サクラで柾目がきれいです。

  棹裏全体をゴリゴリと削っているうちに,やっぱりサクラだけだと強度がちょっとシンパイになって,指板として厚さ4ミリの黒檀の薄板を貼り付けることにしました。

  例によって銘木屋さんから貰ってきた端材ですが,ほとんどマグロに近い上物です。


棹作り(2)
棹作り(3)


棹作り(4)
  ホゾになる部分をざっと切り,棹元のふくらみ部分を整形してゆきます。

  このあたりの微妙な曲面や太さが,高音部を弾くときの操作感に影響するらしいので,けっこう慎重に調整してゆきました。





  深澤ヤスリさんの細工平と丸棒ヤスリ,大活躍です。





  ………ショリショリ,ゴリゴリ。

棹作り(5)
棹作り(6)

糸倉(1)
  糸倉はメイプル。

  この材料は,ウサ琴4号で棹に使ったのを半分に挽いて,15ミリ厚の板にしたもの。
  基部を斜めに削いで,棹末に切った受けに接着します。

  指板の長さがちょっと足りなかったので,糸倉との接合部,「鳥口」(とりくち=月琴だと山口)の乗るあたりにカリンの板を足しました。
  接合部の上なので,強度的には多少問題があろうかとは思うのですが....赤と黒で,なかなかキレイではあります。

  先端の裏面左右に,サクラの端材を貼り足してカタマリにし,ヘッドの飾り部分を削り出しています。

  ほんとうは「官冠」といって,お役人のかぶる冠の形になぞらえたもの(中国月琴でも時折見られる意匠)----に,したかったんですが。
  左右の渦巻きを削ってるうちに,バイオリンのヘッドをただ裏表ひっくり返したのみたいになっちゃいました----バイオリンの棹はよくメイプルで作りますが,もしかしてその影響とかもあるのでしょうか?

  全体を削って整形し,軸穴をあけます。
  はじめはドリル,焼き棒を突っ込んで焦がしながら,リーマーで削って調整してゆきます。
  メイプルで糸倉を作ったのははじめてなんですが,ほんと,焼くと砂糖を焦がしたみたいなニオイがしますね----さすがシロップを採る樹だなあ,と。

  本物のベトナム月琴の糸倉は,小さくスマートなものなのですが,今回の楽器では軸が4本ささるため,また低音の響きが欲しかったのもあって,通常のものよりかなり重く,大きな糸倉になりました。

  正面から見て糸倉の左右が,やや先端方向にすぼまるような曲面構造になっています。
  このあたりのデザインは正倉院の阮咸の糸倉からインスパイヤ。

糸倉(2)
糸倉(3)
糸倉(4)
糸倉(5)

軸(1)
  軸の材料は,このところの定番,¥100均屋さんのスダジイ製です。

  ウサ琴5の記事でいづれ紹介しますが----

  いちばんニガテだった「四面落し」(棒の四面を切り落として四角錐っぽく整形する)のために作った固定具が,なかなか上手くいって,軸の素体作りがほんの少しラクになりました。

  実際に,楽器に差し込みながら先端を調整し,合わせてゆきます。
  一本を軸の形にするのには,2時間もあればいいのですが,この調整が意外と大変。
  二日ほどかけて,四本がそろいました。
  うむ,いかにも弦楽器っぽくなってきましたね。

  ちょうどこのころ,「N氏の月琴」の修理も手がけていたため,軸のスタイルは乙女ちゃん月琴のそれに近くなりました。
  六角形で一本溝。
  明清楽の月琴では定番のカタチですね。

  ベトナム月琴とのハイブリット化(笑)は,もうこんなところでも進んでおります。

軸(2)
軸(3)
軸(4)



STEP2 胴体を作る

胴体(1)
  胴体はウサ琴と同じエコウッド。

  ただし今回は幅5センチの一本を,丸まんま使います。
  ----いつものウサ琴では,これを半分に割って使っているわけです。

  接合には,ふだん使っている外枠だけだと厚みが足りないので,部分枠を足してなんとか対応。
  接合部のスキマに,接着のいい桐板を薄く削って繋ぎにします。

  接合部分がふだんの二倍なのもあって,手持ちのクランプ類ではうまいぐあいに圧がかけられず,何度か失敗。

  なかなかタイヘンな作業でした。

胴体(2)
胴体(3)

胴体(1)
  まずネックブロックに桂の板を削って接着。

  棹を受ける穴をあけ,棹のホゾを整形,調整します。
  ホゾの位置は手持ちのベトナム月琴を参考に----明清楽の月琴とかに比べると,かなり下ですね。ほぼ三味線の茎と同じような感じです。

  表側には穴周りの補強のため,ブビンガのツキ板を貼り付けてあります。

胴体(4)
胴体(5)


胴体(6)
  エンドには当初,そこらに転がっていたクルミの端材を十文字型に組んで貼り付けてたんですが。

  カッコも悪いし強度的にもあまり意味がないので,接合部が完全にくっついてから,一度削り落として,エゾ松の板を削ってブロックにし,貼り直しました。

  それにしてもデカいなあ…おモチみたいだ。

  こちらも接合部保護のため,表側にブナのツキ板を貼り付てあります

胴体(7)
胴体(8)


ベトナム月琴内部構造
  本物のベトナム月琴の内部構造は「古い中国月琴」のそれに似ています。
  内桁は明清楽の月琴のように板ではなく,表裏面板の裏面,胴の上からだいたい三分の一程度のところに,幅1センチほどの薄いバスパーを渡し,その間に板を挟み込んだ形になっています。
  真ん中の板は台形になっており,そこに茎を受ける穴があいています。

  茎も短く,楽器内部で棹を受ける部品はこの一枚の桁だけ。
  こんな長い棹なのにこれで大丈夫なのかいな,というくらい簡単な構造です。

  庵主の楽器では,この内桁を2枚にし,茎を下桁まで通すことにしました。

  明清楽月琴とのハイブリット化,そして強度上のこともあるのですが。
  丸いエコウッドでラクができるぶん,胴径が小さくなるので,より胴全体が鳴るような構造にしたいところもあります。

  ふだんの製作だと檜か杉の細材を使うんですが,厚みが二倍になりちょうどいいサイズの材がなかったので,今回の桁材には,ちょっと大きいエゾ松の12ミリ板を使うことにしました。
  6センチ幅だったのを,DIYで胴の厚みの5センチに落としてもらい,真ん中に茎の穴,左右に音孔を開けます。杉とか檜にくらべるといくぶん柔らかめですが…まあ,ギターとかにも使われる素材ですから,音のほうでは問題ないでしょうか。

  竜骨は10ミリ厚の版画用カツラ板。
  これもふだんは6ミリの杉板で作ってますからね,やたらと太く感じます。

胴体(9)
胴体(10)
胴体(10)

  あちこち部品が大きいんで,ときどき仮組みしてみても,せまい部屋の中ではなかなか全貌が分かりかねまして。
  どんな楽器が出来てくるやら,なるのやら。
  まだ,ちッっとも分かりませんねえ。

  エイリアンやジョーズみたいに,なかなか全貌の見えない楽器作りとなっております(笑)。


南越1号(1)

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斗酒庵 ベトナム月琴に手を出す の巻南越1号(1)

INTRODUCTION:「月琴」の起源について

プイ族の月琴
  さて...「月琴」と一口に申しまして,こう名付く楽器には,実はイロイロなモノがあります。

  現在の中国月琴,プイ族やイ族など西南少数民族の月琴,庵主がやっている明清楽の月琴のような 「短棹円胴」 の楽器のほかにも,三味線のような長い棹を持った,台湾や中国南方の 「南月琴」,ベトナムで弾かれいる 「ダン・ングィット」 といったものがあります。
  また,いまはほとんど弾かれていないようですが,お隣の朝鮮にも 「ウォルグム(月琴)」 という,丸い胴体に長いネックのついた楽器がありました。


正倉院の阮咸
  一般に「月琴」という楽器の祖先は,正倉院の御物などにもある四弦円胴長棹の古代楽器 「阮咸(げんかん)」 であるとされています。歴史書によればこの楽器は,唐の則天武后の時代,蜀の国で古墓から出てきた青銅製の楽器を,木で摸作させたのがはじまりだとか。
  その名前はこの物体が出土したとき,誰もそれが何であるのか分からなかったのですが,元行沖というものが 「それは晋の阮咸が作った楽器である」 と言ったところから起こっているとも書かれています。

  中国の本などでよく見られる 「阮咸>月琴」 説の根拠は,つまるところ,そうした古書や類書に,この「阮咸」が 「 "月琴" とも呼ばれた」 と書いてある,というところにあるようですが,古くは江戸時代,馬琴あたりも言っているように,丸い胴体にまっすぐな棹が付いてるという外見上のことを除けば,二つの楽器に共通点は少なく,実際のところ,文献上・名称上の一致からくる牽強付会に過ぎません

  ついで,この長棹の「阮咸」が,今の月琴のカタチになった理由について 「清代に早弾きをするため短くなった」 とする,典拠不明の説があります----よく見るものですが,これもはなはだアヤしい。

  弦楽器弾きならまあ,瞬間的に分かってしまうことなのですが。

  超絶早弾きをする津軽三味線が,ゆっくりしっとり弾くお座敷三味線より短いかというと,けっしてそういうコトはなく,ショートスケールのギターのほうが,ロングスケールのそれより早弾きしやすいかというと,そういうワケでもありません。

古い中国月琴
  庵主の持っている1950年代の古い中国月琴の棹は短く,長さは10cmほど,棹上のフレットはわずか2本(過去記事 「古い中国月琴」 参照)しかありません。

  現在の中国月琴はもう少し棹が長く,幅広ですが,これは文革のころから1980年代にかけて,作為的に「改良」された結果なので,こうした古くからの楽器との関係は薄く,ある意味,近世の「創作楽器」といって良いかもしれないですね。

  これらよりさらに以前の中国月琴の姿をとどめている明清楽の月琴は,有効弦長40~42センチ,一方,こうした古いタイプの中国月琴は10センチほども短く,31~32センチほどとなります。


明清楽月琴   清代後半,演劇音楽の変化とともに,その伴奏楽器としての月琴は,細かいパッセージを連弾する,リズム楽器的なパートを受け持つようになりました。

  主旋律よりは,背景としてのトレモロ演奏に特化していったわけです。

  一音一音を余韻までしっかり出す必要はないので,弦の振幅は狭くて宜しく,フレット間もせまくてかまわない,また弦の表面を引っ掻くようにして弾くので,弦長が短く,弦圧が高い方がキレイに音が出ます。

  こうした音楽,奏法の変遷上の必要から,それ以前の明清楽の月琴型の楽器が,「より短くなって」,こうした月琴へと変化した,というのならまだ分かりますが,明清楽の月琴と比べても有効弦長が2倍近くある「阮咸」という楽器が,いきなり半分近く縮んで「月琴」になった,というのにはかなり無理があると思いますね。


現在の中国月琴
  また,実際にそこまで大きな長弦から短弦への変化があったのなら,それは一年二年といった期間での話ではなかったはず。そうするとその間に,中間的なスケールを持つ楽器が様々に生まれ,どこかに残っていてもいいはずですが,そうした例があげられていないのはなぜでしょう?

  また,「清代に阮咸が短くなって "月琴" になった」のなら,西南少数民族の「月琴」はどこから来たのでしょう?

  台湾やベトナムの長い棹の「月琴」との関係は?
  そして彼らは,どうして長い棹のまま残ったのでしょう?



八角月琴
  そもそも,この楽器がなぜ「月琴」という名前で呼ばれるようになったのか。

  よく 「胴体が満月のようだから」 という解説がなされますが,これもまた考えてみるとイロイロとギモンがあります。

  わたしたちの知る「月琴」はたしかに,丸い胴体に棹が挿してあるのが特徴の楽器ですが,少数民族の「月琴」には六角形や八角形の胴体のものもあります。
  また,かつて明楽で「月琴」と呼ばれた「双清」,清楽でいうところの「阮咸」も,「長棹八角胴」の楽器です。

  胴体が丸くないなら,これらのどこが「月」だというのでしょうか?

  そもそも「月」という文字は「三日月」の象形文字。
  真ン丸なのはむしろ「日」のほう。
  ほか真ん丸で「月」なのは,月餅くらいなものです。
  どうして「太陽琴」や「日琴」ではいけなかったのでしょう?

  西南少数民族の歌や伝承のなかでは,「月琴」は「お月様から授かった楽器」である,ということになっています----お月様の楽器だから,「月琴」

  うむ,庵主にはこッちのほうがしっくりときますね。


  今のところ「短棹円胴」の「月琴」がいつごろ,どこから来たものかは,はっきりとは分かりません。

カチャピー
  庵主はこうした少数民族間にある伝承や,その奏法・調弦の比較から,「短棹円胴」の月琴の淵源は琵琶に近い楽器である「阮咸」ではなく,亀の甲羅に弦を張ったインドの竪琴に由来するという東南アジアの弦楽器 「カチャピー」 の類にあるのではないかと考えています。

  東南アジア一帯に分布する「カチャピー」もしくは「カサピ」などと呼ばれる類の楽器は多種多様で,フレットのあるもの,三味線のようなフレットレスで長いもの,丸っこい胴体を持ったウクレレ風のものなどさまざまですが,2弦から4弦で,基本その奏法は,少数民族の月琴と共通する「かき鳴らし」です。

  そうした楽器群の中から派生した西南少数民族の楽器が,清代に文化人の間で何度かあった「南方ブーム」のなかで中央に取り込まれ,それまで中国人の間で「月琴」と呼ばれていた長棹八角胴の楽器(「双韻」=清楽でいうところの「阮咸」)に,いつの間にか取って代ったものではなかろうかと推測しております。




斗酒庵,ベトナム月琴を作る

安物ベトナム月琴
  さて,ちょいと長講釈をしてしまいましたが。
  ひさしぶりの製作記です。

  ウサ琴の第5シリーズにも手を着けているのですが,どうやらこちらのほうが早く終わりそうなので,先に報告をまとめることとしました。

  庵主,今回はなんと,ベトナム月琴を作ります。

  上でも述べたとおり,庵主の普段やっている短い棹の「月琴」は,実のところ起源不明・本性不詳なナゾの楽器で,唐宋のころにあった「月琴」とは関係ないものだと思っております。
  そしてその「月琴」とも呼ばれた「阮咸」という楽器の,本当の意味での直系の子孫・生き残りは,台湾の「南月琴」やベトナムの「ダン・ングィット」など,長棹の月琴類なのではないかと,庵主は考えておるわけです。

  ちょっと前に,安物のベトナム月琴をネオクで \1,000 で落としたのがきっかけで,いろいろと遊んでいるうちに,そういう考えがムクムクと湧いてきまして,ハイ。ではちょいと庵主なりのやり方で,これを確かめてみよう,と.....

  ただし,庵主はベトナム月琴という楽器を弾きこなせるわけではないので,代わりに弾いてもらう実験体も用意いたしました。

  よろしく。



年画のベトナム月琴
  たんに,「ベトナム月琴を手作りする」というだけでしたら,まあ,安物とはいえ実物もあるわけですし,そのくらいの資料も集めましたので難しいことではありません。

  明清楽の月琴のように,製作者が絶え,製法が不明になってしまった楽器ですと,あえて製作する意味もいろいろとあるのですが,ベトナムの月琴は廃れつつあるとはいえ,まだまだ現役で職人さんもおり,ちゃんと作られ続けています----ここで庵主が一本作ってみたところで,「ベトナムの楽器を日本人が作ってみた」ていどのことにしかなりません。

  まあ,それでも構わない,とは思うのですが。

  庵主の楽器作りはあくまで実験のためですから,どうせ作るなら楽器の起源を探る,何かしらそうした情報の得られるほうがいい。

  たとえば,現在のベトナム月琴は2弦の楽器ですが,むかしは4弦の楽器だった,とされています。

  正月に飾る伝統的な年画などでは,今でも4弦の楽器として描かれることが多く,その糸倉には今も実際に軸が挿せる穴のほかに,装飾的な穴が1~2組あけられています。

ベトナム月琴の糸倉
  その4弦時代のベトナム月琴の調弦が,こちらの月琴のような4弦2コースであったのか,阮咸や琵琶のような4弦単だったのかまでは調べが着きませんでしたが,もし後者なら,庵主の仮説そのまんま,前者なら東南アジア一帯に分布するカチャピー類が,中国経由の秦琵琶・阮咸系の楽器と混じりあったもの,と考えられるかもしれません。

  実際の古楽器を調べにサイゴンまで飛ぶ,というわけにもゆかず。
  文献上調べたくともベトナム語はちょいと読めない。

  というわけで,とりあえずはどっちが楽器としてしっくりくるのか,実験してみようと思います。

  あくまで,ちゃんとした情報が得られるようになるまでの予備的研究にしか過ぎませんが。
  古いベトナム月琴と古代楽器の阮咸と明清楽の月琴,というかウサ琴のハイブリット。
  古代から現在に到り,ひょっとすると未来にまでいっちゃう楽器にしちゃいましょう,と思っております。



「南越1号(仮)」製作コンセプト

  1) 4弦のベトナム月琴。

   さらに「4弦2コース」にも「4弦単」にも張り替えられるようにしましょう。

   ナニ,テールピースに複弦の4つのほか,単弦用の穴を2つ,余計にあけるだけのハナシです。
   これにより 「複弦のベトナム月琴」 としても,ひょっとすれば古代楽器・阮咸の 「お手軽復元楽器」 としても,実験可能な楽器とします。庵主の実験はそこまでですが,その後は4弦単にすれば琵琶みたいな演奏が出来ますし,低音を複弦にしたり,コースをオクターブにしたり,音楽的な可能性の広い楽器となってナニヤラ面白そうです。


  2) ウサ琴ベースの小型月琴(トラベリング・ングイット)。

   というか,例によって胴体をエコウッドで組む予定なので,小さくなってしまうのです。


  3) 「響き線」を仕込んでみる。

   明清楽の月琴と,ベトナム月琴の融合~,てなとこで。


  むかし,ベトナムには「林邑(りんゆう)」と呼ばれる国がありました。
  日本の雅楽には「林邑八楽」といって,この国から来たとされる音楽が伝わっております。
  古代日本に音楽をくれた国へ,楽器作りを通して,旅をしてみましょう。

  製作は次号より。
  刮目して待たれよ!


N氏の月琴(仮)3

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斗酒庵 N氏の月琴(名称未定)を直す の巻 N氏の月琴(仮)3

内部について

  さて,宝箱のふりしたミミックに驚かされたハナシばっかり書いててもイけません。
  作ったり修理したりするうえで,滅多にお目にかかれない,こういう楽器内部の情報が「お宝」であることには変わりありますまいて。

内部全景
■ 胴材:4枚接ぎ。

  材は花梨。最大厚 10,最小 6。

  凸凹継ぎにより接合。

  寸法はほとんど同じく,加工の精度は高い。
  内部の加工痕はかなり薄く細かく,挽回し鋸による加工後に,ヤスリ等でざっと均した様子。
  仕上げの際に出たと思われる,微細な木屑が,桁の隅などにたまっている。

  棹穴左右のヒビも左下接合部のも,内側にまでは達していません。貫通や剥離はしていないようです。


内桁(1)
■ 桁:上下2本。

  杉板と思われる。
  胴体の天から上桁までが 140,上桁から下桁まで139,下桁から楽器の地まで 58。

  上桁は 長 328,幅 30,厚 7。
  両端を左右胴材に彫られた溝にハメこんで固定。
  音孔左右2つ。

  下桁 長(最大) 260 幅 30,厚 7。
  基本的には上桁と同じ材からとった板と思われる。
  左右端を斜めに削ぎ落とし,胴内に直接接着。
  音孔真ん中に1つ。

  いづれも加工は荒く,中途半端にテキトウ。
  きちんと仕上げられているのは,面板との接着面だけといっても良い。

  ・ 上桁中央の棹茎を挿しこむ穴も,進入側はきっちりと四方にノミを入れているが,裏側には多少ムリヤリひきはがしたような痕。
  ・ 音孔の表面板側の線は鋸できちんと直線に切られているが,左右とその反対側はノミを荒く入れ,はぎとったようでガタガタ。
  ・ あちこちにササクレが立ち,下桁音孔の左端には大きな取り残しがある。
  ・ 下桁の両端の切り落としもやや雑で,胴材とちゃんとくっついていない。
  ・ 下桁の左端部分に割れ。
内桁(2)
内桁(3)


  いつも思うんですが,見えないからってここまで手を抜かなくても…ねえ。



■ 響き線:鋼の弧線,1本。

  基部は紫檀。おそらく棹の余り材と思われる。
  大きさは 25×22×13。
  上桁に接触する形で左胴裏面に接着されているが,表裏の面板とは接触しておらず,2ミリほどのスキマがある。

  響き線はその中央に細い丸釘でとめられており,基部から斜め下方に2センチほど出たところで弧を描く。
  太さ 0.8 ミリほど。長さは弦長で測って 285。アールの頂点で上桁から 100。

  小サビ,ところどころに浮くが健全。

  基部に調整によると思われる歪みが少し見られるものの,弧の部分にはほとんど歪みもなく,作りとしては悪くない。
  線自体がかなり細く,繊細であるため,弾いて出る音は大きくはないが,反応は良い。
響き線(1)
響き線(2)


棹茎
■ 棹茎:サクラかカバ。

  現在の取り付け状態とかについては前号参照。

  棹ホゾの寸法は 34×26×14。

  通常は杉や檜など,安価な針葉樹が使われることが多い部品だが,杢の入った,それなりに上質な材が用いられている。加工は良い。

  全長 140。基部で幅 23,厚 12。末端は幅 15,厚 8。棹ホゾにV字継ぎ。



■ そのほか:

表面板の裏がわ
 ・ 表面板の裏側に3箇所,ほか内桁や胴材の裏側にも数箇所,エンピツによる目当てや線引きが見られるが,作者の記名・墨書の類は残念ながらなかった。

 ・ この楽器の表面板の半月で隠されている部分にあけられている小孔は,おもてがわから見ても,比較的小さかった(直径3ミリほど)のだが,板裏から見ると,その上部1/3ほどは下桁の接着箇所にかかり,ふさがってしまっている。
   この小孔が何のためにあけられているかについては諸説あるが,なんにせよ,この楽器ではあまり役には立っていないように思う。



  かくデーター書き終わり。自作の折にでも,ご参照あれ。





修理作業開始!

棹/茎の分離(1)
  ここからがようやく,本当の修理ってやつですね。

  まずは棹をひっこ抜かなきゃどうにもなりませんが。

  茎(なかご)がズレたまんまでガッチリとくっついてしまっており,ちょっとやそっとじゃはずれてくれそうにはありません。

  胴体から棹を抜くためには,どうあっても,この茎と棹本体を分離しなくちゃなりませんが,手段としては。


  1)接合部のニカワをゆるめ,棹と茎に平和的に別れてもらう。
  2)刃物で接合部を切り離し,分割分離する。
  3)問答無用で茎をぶッた切る。


  という3パターンがございます。
  2)3)は刃物沙汰でイチバン話が早いし,作業も早い。

  普及品の月琴でよくあるよう,この茎材が今もたやすく手に入る杉や檜の類であったなら,迷わずたたッ切り,ポイして,交換しちゃってるところなんですが,今回の場合はここに,ちょっと質の良い広葉樹材が使われています。
  もっと高級品なら8号のように棹からムクで削り出し,もしくは棹と同材,ふつうの楽器なら安い針葉樹材を継いで構わないところに,あえてこういうものを付けたところには,この楽器の原作者の意図が何かしらあったはず。

  なるべくならばこのまま,このオリジナル部品を使いたいところですね。

  修理の本筋から言っても,1)が理想ではありますが,今回の場合,作業上いくつか難点があります。

  1) 一度くっついたニカワをユルませるには,第一に水分,できればそこに多少の温度が加わるとさらによろしい――ようするに,くっついてるあたりをお湯でまんべんなく,間断なく濡らし続ければいいわけですが,今回のこの場合,場所が場所なので,部材全体にお湯を含ませるのが難しいのです。

  2) とくに,棹ホゾの裏の部分なんて,筆やハケをもぐりこませるのにも苦労しそうですし,棹も茎もともに水の滲みこみの悪い,硬く密な材で作られているので,筆でコショコショとやってるくらいでは,どれほどの時間がかかるか知れたものではありません。

  3) もともとヤリにくいところへもって,作業が長くなればなるだけ,水垂れや湿度で,楽器のほかの接着部,関係のない箇所にまで支障が出る可能性が高くなってゆきます。裏板などはともかく,すぐそばの棹穴にはすでにヒビが入ってますので,いまここに余計な影響を与えたくはありません。


  もちろんお金があれば,強力なスチーム系の器具でぶぉーっとやって,短時間のうちに必要な箇所だけ確実にふやかしてしまう,という手もありましょうが,なにせそういう文明の道具がナイので有名な斗酒庵工房――家にありげなモノを使って,最善と思われる方法を考えてみました。

棹/茎の分離(1)
 1) まず接合部分の下に,ラップを敷きます。

 2) その上に脱脂綿を敷き詰め,お湯を垂らして湿らせます。

 3) 脱脂綿だけだと水の量に限界があるので,スポンジの欠片にお湯を含ませたのもいっしょに置いて,ラップを持ち上げ,包み込みます。

 4) あとは上下をタコ糸でしばり,密封。


  タコ糸でしばるときに水が少し漏れちゃいましたが,大事には至らず,余った脱脂綿で処理。

  これで筆の入らないような裏の部分も含め,該当箇所をまんべんなく,しかも手間なく長時間湿らせ続けることが出来ますし,さらに時々,この上からドライヤーで熱風を浴びせ,ラップしてレンジでチンしたときみたいに膨らむくらいまで温めてやり,お湿りの効果をあげてやりますた。

棹/茎の分離(2)
棹/茎の分離(3)


棹/茎の分離(4)
  半日ほど放置したところ,ニカワがユルみ,茎さんは平和裏にはずれてくださいやがりました。
  はずれた後の接合部をのぞくとこれがまあ,必要以上にべっとりとニカワが塗りつけてあります。

  何度か書きましたが,ニカワは薄いほうが接着が強固です。

  ニカワの層の両方にモノをくっつけるのじゃなく,ニカワの染みこんだ接着面同士をくっつけた場合,上手い人がやるとそりゃもう,分子レベルで結合してるんじゃないかと思うくらい,接着痕も見えず,ちょっとやそっと濡らしたくらいじゃハガレやしません。

  今回の場合,原作者さんの失敗は,ニカワがちゃんと固まる前に作業をしたこと,そしてさらにこの「着けすぎ」ですね。

  ニカワが薄ければ,接着面がきちんと噛み合わさっていないので,そもそもこんなふうにくっつかなかったと思うのですが,変に生乾きのうえ厚塗りだったもので,接着剤の層がかえってグリスみたいになって,茎を横スベリさせたのでしょう。



棹/茎の分離(5)
  まずは,無事はずれた棹と茎の接合部の,古いニカワをこそいできれいにし。
  部材がまだ湿っているうちに,ニカワを今度は「うすーく」染ませて再接着しました。

  接合部の工作自体はじつに丁寧で,ちゃんと組み合わせたら,ご覧のように,茎が棹ホゾの奥の奥まできっちりとはまります

  この状態で試しに棹穴に入れてみたら,そこもまた見事に「するぴた」,てカンジで……ほんとうに。これだけのウデを持っていながらなんであんな……orz。


  最後に,茎が本来の位置に,まっすぐになるように調整したら,当て板をしてクランプで固定。

  100年ぶりくらいだと思いますが。
  今度こそちゃんと組み立ててあげますからね。


  何はともあれ,まずは今回の修理,第一関門,突破,かな?





絃停をハガす

表面板清掃(1)
  まあ,商売でやっているわけではないので,それほどでもないとは思うのですが。

  それでも,自分でネオクで落とした楽器を修理するのと違い,他人様の楽器を扱う時には,いろいろと気を遣います。

  前も書きましたが,庵主は気が短いほうなので,修理でもバリバリーッ!とかドリドリーッ!ていうようなワイルドな行為が好きで,今回もうきーっ!とかがーっ!!てやっちゃいたいトコはイッパイあるんですけどね。


  なるべくオリジナルの部品・部材を使うところはいつもと変わりませんが,今回は依頼主よりのご指示にもより,さらに古色を損なわないような修理に挑戦します。


  次に待つ作業は,表面板上の諸物のひっぺがし。

  ――いやあ,カンタンに取れる取れる――さすが接着が下手だねえ。
  そして取れない部品は,かならず後の誰かさんの手が加わってやがりらっしゃいます。


第9フレット除去
  5~8フレット目までの取外しには,まったく支障がありません。
  周囲に筆で軽く水をしませるだけで,数秒で浮き上がり,つぎつぎとはずれてしまいます。

  第9フレットの接着は,たぶんセメダイン。
  水で濡らしても白くならない,カチカチした透明なやつでくっつけています。


  前にも書いたとおり,この9番目のフレットは,明清楽の月琴にはふつうないもので。
  剥がしてみると案の定,ほかのフレットの下にはあった原作者による目当てのケガキ線が,こいつにだけありません。

  おそらくですが,このフレットがへっつけてあったあたり,楽器の中心には,丸いお飾りが付けられていることがあります。
  たぶんそういう飾りがとれた痕を隠すために,こんな蛇足のフレットをへっつけたんじゃないでしょか。


目摂除去
  右の目摂は,ほぼ濡らしたとたんに,「ポン」とはずれてきたんですが,左目摂がまた手強い。

  右目摂はもともと傷ひとつありませんでしたが,この左の目摂には,割れたり欠けたりしたのを,直した痕が見られます。
  後に修理の手が入っていることは間違いありません。

  30分ばかり格闘したあと,はずれたのを裏返してみると,やはり,ほぼ裏全面にボンドを塗ったくった痕が…orz。



  さて,再接着やクリーニングの作業でジャマになる,面板上の諸物の除去。
  残るは「絃停」だけとなりました。

  オリジナルではヘビの皮を貼っていることが多いのですが,明治のころには,女性がよく弾いた楽器なんで,ヘビが嫌いなムキも多かったと見え,実際に演奏されていた楽器ではよく,庵主がやっているように,これを錦裂や金襴の類にはりかえてしまっている例も少なくはありません。

  お飾り月琴の場合も,どっかにしまわれているうちに,たいていはネズ公や虫に食べられちゃったりするのがふつうなので,これがほぼオリジナルのまま,ここまで残っている例はあまり見たことがありません。

  依頼サイドからも残して欲しい旨の申し出があったので,今回は努力してみま~す。

  とはいえ――もとが薄い生皮なんで,ただでさえ原型をとどめたまま剥がすのが難しいんですよ,コレ。

絃停除去(1)
  そこへ来て…木工さんですよボンドさんですよ真っ白いやつですよドクロちゃんのクラブ活動ですよ!

  左右にそりゃもうべったりと。

  いつもならベリベリッ!とハガして,木工ボンドこそぎにかかるところですが,今回はそうはいかない。
  お湯を含ませ,低温にした焼き鏝でゆるゆると温めながら,少しづつ……2時間以上,かかりましたとさ。


絃停除去(2)
  それでもまあヘビ皮の絃停を,ほぼ原型をとどめたまま剥がすのに成功しました。

  とにかくはがれてしまえば,古いとはいえ丈夫な皮革,扱いはそれほど難しくありません。

  裏についたボンドや表のヨゴレをぬるま湯の中でキレイに洗って,濡れているうちによく伸ばし,和紙で裏打ちして,板にはさめて乾燥しております。

  さすがに,ハガすとき少し四辺を傷めてしまったので,貼りなおすとなると多少切り詰めなければなりますまいが,劣化もあまりしておらず,表面もきれいな状態ですし,うまくゆけば,じゅうぶんに再利用が可能でしょう。


絃停除去(3)
  ヘビ皮を剥がした痕を始末していて気がついたんですが,この白くなった木工ボンドの下に,つまりその前に一度,別の接着剤で着けようとしたた痕がありますね。

  絃停の周囲に,茶色というか汚いオレンジ色のシミや汚れがついているんですが,それはどうやらその最初の接着によるもののようです。

  いまひとつ,正体の分からないものなのですが,何かゆるい,ゴム系の接着剤のような気がします。

  一部は木地に染みこんでしまっており,完全な除去には到りませんでした…ザンネン。

絃停除去(4)
  つねづね言ってるし,いちおう心がけてることなんですが。

  修理や製作をするとき気をつけなきゃならないことは,その作業が「次のヒト」のメイワクにならないようにすることです。

  下手でもいいんです,まだしも。
  雑でもいいんです,まだしも。
  でもやるなら,その前にちゃんと,勉強を。

  庵主が接着にボンドでなくニカワを使うのも,それが強度で劣っても,何度でも貼りなおして,ずっと使い続けることができるからです。
  ボンドで貼った箇所はたしかにはずれにくい。
  けれどはずれる時には,そして何らかの理由ではずさなきゃならなくなった時には,かならず本体や他の部品に少なからぬダメージを与えます。

  どちらのモノが,より長く生きながらえられるでしょうか?

  むかし親方が言ってたんですが,良い職人というのは「絶対に壊れない」モノを目指すヒトではなくて,「壊れるべき時に壊れるべきところが壊れる」モノを作れるヒトなんだそうで。

  作ったからには,修理するからには,その楽器がより長く,少なくとも自分よりは後まで,元気でこの世にありつづけることを,庵主は願います。


  いー感じの言葉を吐きやがったところで,修理担当者から,最後に一言。

  こんなふうにボンドを使って「修理」するみなさァん…いいですかあ。
  こういう真似をすると,こういう知らないところで,罵られたり,嘲られたり,蔑まれたり,怨まれたり,恨まれたり,呪われたりしますからねえ。

  ワタシとっては,あなたがシロウトだろうがクロウトだろうがかんけーはありません――夜中にうなされたり,金縛られたり,おシッコが近くなったりするのがおイヤなら,くれぐれもお気をおつけになりやがってくださあい。

  あー,少しスッキリした。

N氏の月琴(仮)2

NSHI_02.txt
斗酒庵 N氏の月琴(名称未定)を直す の巻 N氏の月琴(仮)2

  依頼主より,この月琴の正式な名前がとどきました。

  命名:「乙女月琴」。

  月琴を弾くきっかけとなった龍馬さんにちなんで,とのこと。

  うむ,いいのじゃないでしょうか,お姉さん月琴……あ,でも,そういえば。ウチのウサこどもは「 F 女子月琴」て呼ばれてるなあ。  一人,貴 F 人がオーナーで弾いてるし,イイ男だと出る音が違うとか。
  「乙女」といえば,今は I 袋の,アノ通りを――いやいや(汗)。



修理への助走

  さて,修理を開始します。
  今度の作業は,表面板のオープンがメイン――久し振りの大ごとであります。

  とはいえ,庵主は瞬発力のないタイプなので,スタートダッシュが悪い。
  大事の前に,ちょいと助走をつけておいたほうが,より精密な作業が続けられるかと。

  今回はまず手慣らしに,軸を削ることにしました。

  いちおう4本そろってはいますが,一本だけ材質や工作が違うのが雑じっています。
  その後補の軸も出来は悪くなく,そのままでも使用上さほどの問題はないようですが。
  まあこれだけの上級楽器,せっかくですからカタチだけでも揃えておきましょう。

  ちょうどウサ琴の第5弾の製作を開始したところで,四面落しした材料が床のあちこちに転がっております。

軸(1)
  材質はスダジイ,長さをオリジナルの一本に合わせて,削りまくります。
  ウサのだと,いつもは 「揃っていればいいや」 程度の工作なんですが。
  先端は何度も糸倉と合わせながら,きちんと収まるように。
  握りはオリジナルを横において,はじめは目で,最後のほうは手で触って,感触を確かめながら削り込んでゆきます。

  2時間ぐらいで完成!

軸(2)
  それにしても,この楽器の軸の「ミカン溝」は深いですねえ。

  いつもはこの溝,百均の棒ヤスリの細いので入れているんですが,それだとぜんぜん間に合いませんので,両刃の目立てヤスリでさらに深く彫り込みました。
  うちにあったヤスリが少々小さいもので,溝がわずかに細いですが,まあ,こんなものでしょう。

  空砥ぎペーパーの番手をあげて,表面を磨いたら,オハグロベンガラを何度か塗って黒染めしておきましょう。この時点ではフラットなステルス戦闘機色をしていますが,あとは塗装してピカピカにしますね。

  さてウォームアップも終わったことだし。
  いよいよメイン作業に入りますか!





何が出るかな?オープン修理

  はじめに,表面板のハガレてるところをちょっと広げ,そのスキマから,棹穴の上の胴材あたりまでを観察してみたのですが,べつだん何もない。

  棹を抜こうとしたときの感触から言うと,ちょうどそのあたりに何かひっかかるものがある感じなのですが,クギとかクサビのようなものは見えません。

表面板をハガす(1)
  さて…何はともあれこうなると,表面板を剥がさない限りは,それがどうしてなのかも分かりません。 棹穴のヒビの状態もちゃんと確かめなければいけないので,やはりオープン修理ですね。

  棹との接合部付近の左右がハガレてますので,刃物を二本挿し,水を垂らしながらさらに広げてゆきます。
  ニカワの扱いが上手な人だと,このくらいでもハガすのに苦労があるのですが,この原作者,ニカワづけがそれほど上手くないらしく, ぱりぱりぱり,と,1時間ほどで刃物が一周。

  けっこう簡単にはがれました。

  最後に内桁から剥がすため,曲尺をつっこんで胴体を引き通します。

  ――さあて,楽器の内部は宝箱!――


表面板をハガす(2)
  …ミミックでした。


  なんと,楽器の内部で,茎が左へ5ミリほどズレたまんま,ガッチリとくっついていらっしゃいます。
  庵主もずいぶんと月琴のハラワタを覗いてきましたが,こういうのはさすがに初めてだなあ。

  初モノを拝むと寿命がのびるんだそうな。


  ――鶴亀,鶴亀。

ズレ(1)
  いやはや,これならぜったい抜けるわけございません。
  まずはこうなった原因を,推測してみることとしました。


  1)後の修理者が,茎が抜けたり折れたり(けっこうある)のを,適当に再接着し,しかも着いていないうちに挿し込んだ。

  …うむ,まず接着はニカワです。

  楽器を知らない骨董屋さんやシロウトさんだと,木工ボンドとかセメダイン,アロンアルファの類でくっつけていることが多いですね。

  また,再接着の場合,たいていはオリジナルの接着痕や,調整や再加工した痕が,何かしら残っていることが多いのですが,この接着部はキレイです。

  前回推測したように,この楽器は主にお飾りとして使われていた模様なのですが,もしそういう状態で,茎が抜けたまま放置されたような場合,ユルんだ棹穴のスキマから胴内にホコリや汚れが侵入していることが多いのですが…内部はキレイですね。

  オリジナルで,胴材内部を仕上げたときに出た細かな木屑が,桁の隅っこに固まっているくらいで,外からの汚れはほとんど入っていない感じですし,桁材の色や状態からしても,この楽器の内部は,製作当初から今日まで,ほぼ密閉状態のままだったと思われます。

ズレ(2)
ズレ(3)


  つまり,この楽器はいままで,そういう内部構造にかかわる「修理」をされたことはないようだ,ということなんですね。

  そいでは推測,その2――

  2)これはこういう構造にワザとして,棹が抜けないように工夫しているのである。

  …と言われてもなあ。
  だいたいアナタ,この状況,どうやって作り出します?


  どうやってもこの状態で棹穴から挿しこむのは不可能ですから,茎を胴に押し込んでから,棹本体を入れ,手探りで,上手い具合に中途半端なところで接合する――まあ,出来なくはありませんが,かなり難しいでしょうなあ。
  とくに,見えない内桁のホゾ穴に,茎だけをここまでしっかりと埋め込む方法が,ワタシには思いつきません。


  月琴の棹はふつう,三味線と同じように,抜けるようになっているモノです。

  あまりそういう事態はなかったようですが,この構造だと,弦の張力によって反りや曲がりが生じた場合の調整や,イザ棹が壊れたとなればまるっと交換したりすることもできます。流行していたころは,最初,安い材料の棹で買って,後に高い紫檀や黒檀のものに,棹だけすげ替える,なんてこともあったかもしれません。

  そもそも 「棹が抜けないように」 というだけなら,前回も言ったように,棹ホゾと接合部にニカワを塗りこんで,完全に固定してしまったほうがはるかにラクですね。

  そうすると,この工作自体には,あまりメリットが考えられない。

表面板をハガす(3)

  えー,結論としましては。

  この職人さんは,よほど急いでいたのかなあ――――と。
  納期が迫ってたとか,ムスメさんの結婚式が近かったとか。

  「てやんでえ!ニカワも塗ったし,棹もがっちり突っ込んだ…これでヨシっと。
  おおっと,もうこんな時間じゃあねえか!どれ,ちょいと出てくるぜいっ!」


  ――てとこで長屋を飛び出していった留さん(仮名)でしたが,
  残された月琴の内部で,やがて悲劇が…

  棹はたしかに根元まで,しっかり収まっています。
  ニカワがユルかったんでしょうかね。
  茎は内桁の穴にちゃんとハマり,棹ホゾもまっすぐ入っているものの,二つの部品をつなぐ部分はいまだ完全には乾いておらず。上から押し込まれたときの圧力によって,そこを中心に,茎だけが横方向にうにょーっ,とズレ,そのままくっついてしまったのだたのだたのだたのだ…………

表面板をハガす(4)
  庵主,これだけ何本も修理してまいりますと,原作者の「手ヌキ」と思われる加工なぞは,ハイ,そりゃもう結構,しょっちゅう目にいたしております。

  しかし,こういう――あきらかな失敗――というものは,ええ,はじめて見ましたねえ。

  まあ,そもそも月琴の棹をしょっちゅう抜くという人も,そういなかったようですし。よほどのことでもなく,気がつかなきゃ,それはそれで済むかと。

  先にも触れたように,この楽器,実際の演奏には使われなかったようなんですが,もしかすると失敗作(でも外見はうまくいった)ゆえに,楽器屋のカンバン娘でもしていたのかもしれませんね。

N氏の月琴(仮)1

NSHI_01.txt
斗酒庵 N氏の月琴(名称未定)を直す の巻 N氏の月琴 (仮)1

  今回の楽器は,リュート奏者の方からの依頼。
  ちなみに「月琴」は,リュート属ギター目に分類されます――楽器学上はね。

  まだ銘がないので仮称「N氏の月琴」。
  はやく名前付けないと,「ボッコちゃん」とか,ヘンな名前テキトウに付けて,定着させちゃうぞ~い。



観察・採寸

  まずは採寸と簡見から。

修理前・全体
  全長 645  全幅 346  胴厚 38  有効弦長 415


蓮頭
■ 蓮頭: 色の濃い紅木紫檀。オリジナル,破損ナシ。

   85×55×最大厚10。
   よくある透かし彫りのデザインだが,かなり紋様化されているものの,伝統的なコウモリの意匠の目や羽のフォルムを微妙に残している。


軸(1)
■ 軸:4本アリ。長 110±1,太 26-28。

   上から2本はオリジナルと思われる。
   材質は唐木ではなく,硬木を黒染めしたものと思われる。
   ミカン溝深し。

   090117修正:染めではなくムクのマグロ黒檀でした。

   3本目は後補,材質はタガヤサン。
   軸尻に象牙のポッチ。ほかの楽器から移したものであろう。

   4本目はオリジナルと同じ手だが,わずかに細く,後補の可能性なきにしもあらず。

   上2本,オリジナルの軸にヒビあり。
   最上のものは先端から握りの中央ほどまで,軸のほぼ中心を走る。
   2番目のものは糸穴を中心に些少。
   いづれもさしあたっての使用に,さほど支障はないものと思われる。


糸倉・棹(1)
■ 糸倉~棹:  全棹長(蓮頭含む) 300。

   材は紫檀,縞目のややキツい材だがほぼ柾目。
   糸倉の天までムクの一木作り。
   ほぼ無傷,ただし胴体から抜けないため,茎の状態は不明。

  糸倉: 長 150(蓮頭を除く) 幅 32。
   糸倉側部の平均幅は 30。
   アールの頂点は,棹の水平面から 76。
   弦池は 長 100 幅 13。

  棹: 指板はナシ。指板に相当する部分は,長 150。
   胴体に向かってわずかに末広がりになる。
   幅は糸倉とのくびれの部分で 26,胴体との接合部付近で 32。

   断面は底部の丸いカマボコ型,裏はほぼ直線で,最大太は 32,最小が 22。

   棹上に山口,第1,第3フレット残。
   おそらくオリジナル。象牙にしては白っぽく,ともに練物ではないかと思われる。

   090117修正:棹上の2本と山口はともに鹿角。

   第1フレットに再接着痕,ボンドか?
   第2・第4フレットは欠損。 接着痕のみ残る。

糸倉・棹(2)
糸倉・棹(3)

■ 胴体: 側部はおそらく花梨。凸凹接ぎによる接合,工作良くユルみなし。

   楽器表から見て左下接合部に小ヒビ。貫通,遊離はしていない模様。落下による破損か。
   棹穴を中心に表板側左右にヒビ走る。貫通はしておらず,剥離には至っていないが修理はなされていない様子。棹を動かすと拡がる。

胴体左下 棹穴ヒビ/表面板ハガレ
■ 表面板: 厚 4.5。かなり目の詰んだ桐の柾目板。

   棹との接合部付近に,胴体からのハガレ。
   ほぼ胴体天の板の全幅に渉る。

表面板

  目摂: 左右オリジナル。材質は不明だが,檀木の類ではなく,軸と同じ黒染めと思われる。

   出品者は「向日葵」と書いていたが,意匠は菊。
   かなり図案化され,蘂の部分がやや大きくなっている。

   左目摂下辺にヒビ,補修痕アリ。
   090117修正:軸と同じく塗りではなく,マグロ黒檀の板でした。

  扇飾: 棹・半月と同じ素材。紫檀と思われる。無傷。
   小ぶりで,8号などについていたと思われるものと同様の紋様。

胴上フレット
  フレット: 胴体上には4本残,ただし最終フレットには疑念アリ。

   おそらくは本物の象牙ではないかと考えるが,不明。
   090117修正:象牙でした。

   欠損したものの痕も含めると,9本ついていたことになる。
   明清楽の月琴におけるフレットの追加というものは,書物の記述上ではないでもないが,あまりほかに実例を見ない。

   またこの9本目のフレットは,通常の最終フレットである第8フレットよりも背が高く加工されているので,演奏のために追加されたとは考えられない。
   さらにこれが胴上に残る他のフレットとは材質が少々異なること,またその接着がニカワではなく,ボンドの類によるものらしいことを考え合わせ,後の何者かによる蛇足的補修と思われる。

絃停/半月
  絃停: ニシキヘビの皮。120×83。
   経年による変色はしているが,ほぼ原型のまま,完全なカタチで残っているものは珍しい。
   周囲にニカワによる補修のシミが見られることから,数度貼り直しがなされていると思われる。

  半月: 100×46 のほぼ半円形。
   棹や扇飾りと同じく紫檀。
   形態はごくポピュラーな板状半月だが,表面に花の飾り彫り。
   糸穴にも象牙の丸板を埋め込むなど手が込んでおり,細工は緻密で美しい。
   象牙板に少イタミあるも,ほぼ健全。取り付けにもウキ,ハガレはない。

■ 裏面板: 厚 表と同様。

    表面板よりは落ちるがほぼ柾目に近い,比較的良質な板が使われている。目だった損傷はナシ。


■ その他:

  ・ 表面板に2箇所,裏面板に3箇所,虫食い穴を確認できるが,いづれもさしたる食損にまでは至っていない様子。

  ・ 楽器右端,目摂のすぐ横あたりに,ヒビか虫食いの補修痕,長約 700。木糞を充填したものと思われる。

  ・ 目摂,フレットの周囲に変色があるのは,おそらく一度表面を水拭きされた結果と考えられる。

表板補填痕 裏板虫食い穴 目摂周囲のシミ



簡見による推測

第4フレット痕
  第4フレットの痕が,棹上にあること。
  棹にテーバーがついてやや長く,胴径がやや大きく,厚みが薄いこと。
  また表面板に柾目板が使われていることなどの特徴から見て,明治後期の大型月琴と思われる。

  胴体が棹より一段落ちる花梨,軸や左右の目摂が唐木でないようだというあたりから考えると,最上級,特注品とまではいかないようだが,細工宜しく,当時においてもかなりの上級品であったと推測される。

  山口には糸溝が切られており,糸倉の姿,また棹裏の直線的なフォルムなどから見ても,実用楽器として作られたことは間違いないと思われるが,面板上等に演奏による使用痕がほとんど確認できないことから,実演奏には使われず,長期間,カンバンもしくは飾り物として使われていた可能性が高い。



要修理箇所

斜めから

  現状での観察より確実なのは,

 1)棹穴左右のヒビの補修。

 2)後補の軸1本の再製作。

 3)第9フレットの排除,ならびに欠損フレットの再製作。

  の3点。

  ただし棹が抜けないので,茎,また内部の状態が不明である。

  通常,月琴の棹は三味線と同様に胴体に挿し込んであるだけで,抜けるのが正常である。

  いままで修理した中には,棹材に茎(なかご)を継がず,棹ホゾを竹釘で固定しているという例が確かにあった(「おりょうさんの月琴」参照)。
  今回の事態が同様の構造によるものであるならば,棹が抜けないことも納得はゆくが,この構造は月琴という楽器の工作としては,あまり一般的なものとは言えず,あくまで安価な普及品において,工作を簡略化するための方便と考えられるため,ここまで凝った作りの楽器においては,まずありえないと思う。

ここまでは抜ける
  次に,これが修理などの事情により,棹を固定したものならば,まったく動かないようにするはずで,かなりたやすく5ミリほども動くというのは,かえって不自然な状態である。

  接着による完全固定より,このような中途半端な状態を作り出すほうが,工作としては複雑で難しい。
  しかもメリットが何も考えられない。

  したがって現段階では,意図された構造・工作ではなく,修理者もしくは原作者による,何らかの工作不良が原因となっている可能性のほうが高いものと推測される。

棹穴のヒビ(右)
  計測したところ,現状でこの棹は,山口のところで,表面板がわに約3ミリお辞儀した状態になっている。これが棹穴のヒビによるものなのか,あるいは茎など内部構造に原因があるのかは分からないが,今までの経験から言って,この状態での正常なチューニングは難しく,また張弦によって事態がどう進行するのかも分からない。

  棹が抜けない原因,また内部の状態を知るためだけならば,表面板棹穴付近にあるハガレをもうすこし広げるだけで良いと思うが,どちらにせよ,1)の修理を完璧にするためには,表面板をはがさなければならないだろう。

  したがって今回は,表面板剥離後,内部の状態を精査した後に,再度,より正確な修理方針をたてたいと考えるものである。



  ふうう。
  なんか久しぶりにマジメそうな文章書いたら疲れたなあ。
  要するに――

  「いやあなんか棹抜けねし,分がんねわ。ひっぺがして調べてみるね~。」

  ――ということですね。
  久しぶりのオープン修理――まあ早苗ちゃんは「分解再生」でしたからちょっと違ったし――楽器も良いし,緊張します。

  古い楽器は宝箱。

  たまにミミックだったりもします。

  さてさて。何が出るかな,何がでるかな?


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