清楽曲「泊船肝胎」について

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斗酒庵 清楽曲に惑う の巻清楽曲 「泊船肝胎」 について

STEP1 「はくせんかんたい」 どんな曲?

  お忘れのかたも多いかとは存じますが(w)
  庵主,ほんらいの専門分野は机にしがみつきヴァーチャルな世界で調べものする系のニンゲンでありまして。楽器の修理だとか演奏だとか,リアルの世界に属するシゴトは,およそ大いに二の次なはずなのですが,ここ数年は筆先仕事も減って,リアルの世界でリアルなモノを扱ってばかりおりました。
  そのなかで去年,長崎まで行って,いろいろと資料をかき集めてきた結果。このところの宿願であった,渓派(東京派)の基本楽譜にある楽曲の再現・研究が,ほぼ完了しました----といってもまあ流派内でメジャーだった曲について 「だいたいどんなメロディだったのか」 を再現したていどのことで,まともな付点資料があれば誰にでもできることではありますが。

  渓派における第一基本楽譜,流祖・鏑木渓菴(徳胤)の『清風雅譜』(31曲)と,中興の立役者・富田渓蓮斎(寛)の『清風柱礎』(65曲)の再現については,以下をご参照アレ。

  渓派の楽曲について--総合INDEX


  このブログと違って,なンにゃらいろいろと小難しそうなことを書き散らかしてますが無視してけっこう。インデックスから「これ」と思うタイトルの曲に飛んで,項目の最後のほうに 「再現曲」 と書いてリンク張ってありますところをクリックすれば,その曲のMIDIが再生されます。WindowsだとWMPが起ち上がってくるはずですね。歌付きで再現できるものは,AquesTone を使ってMP3を組んであります。こちらはクリックするとブラウザ内蔵のプレーヤーによって,別窓再生されると思われます。
  なお,不具合・リンク切れなど見つけられましたらぜひご連絡を,けっこう大部な資料なもので,直すのにも目が行き届きません。

  さて,今回はその渓派の楽曲中のある曲について。

  これは『清風柱礎』に収録されている 「泊船肝胎」 という曲です。
  画像は国会図書館のアーカイブにある版本から。
  今のところ,ほかに収録例がないので詳しいあたりはちょと分かりませんが,題からしても曲調から言っても,まあ,お船でどんぶらこ,みたいな状景を歌ったもの,と考えて間違いないでしょう。

  この原譜に,読み解きのためのシルシをつけるとこんな感じになります。

  工尺譜はそのままだと単なる漢字の羅列ですからね。こうやって記号をつけ,「ここは伸ばす」 とか 「ここはつなげる」 といったことを指示して,ようやく 「楽譜」 として使えるものになるわけです。伝系により人により,微妙に差異はあるんですが,複数の付点資料を校合して,当時の渓派での標準的なキマリに従って再現すると,だいたいこんな感じだったと思いますよ。

  これを4/4拍子の文字譜----近世譜----に直すとこう。

  1文字が1拍,「-」は延ばす音,「○」は休符です。「●」は笛のみ息継ぎ,月琴は入れても入れなくてもいい休符だと思ってください。

  これをさらに,中国の民楽なんかで使ってる数字譜に直すとこんな感じになります。

  こちらのほうが分かる人は多いかな?「1=ド」で高音は数字の上に,低音は下に点が付きます。
  月琴は再低音が「1」なので「567」の下に点のついてるのは,点を無視して弾いてください。明笛は右画像,赤で書いた「56」にはさまれてる上点付きの符の,上点を無視して吹いてください----この3行目から4行目3小節まで,月琴で高音にあがって弾かれるフレーズは,ぜんぶ低音ですね。ほかも下点の「56」にはさまれてる上点の「1」はぜんぶふつうの「1」,低いほうの「ド」になります。
  明笛のパートをMIDIにやってもらって,実際に月琴で弾いてみました。
  特徴的な2分半4分の4分のところが,油断すると途絶えちゃいますので,なるべく指をちゃんと当てて,しっかり弾きましょう。


STEP2 ふねは泊まるよレバーにコブクロ

  で,まあ,再現作業が終わって数か月----
  そろそろ落ち着いて,イロイロと見直しをしていかなきゃあ,と見回りながらふと気が付いたんですが----この曲のタイトル…「泊船」 はともかく 「肝胎」 ってなんじゃ?

  「レバーとコブクロに船が泊まる」 ってのはどういうシュチュエーションなのだろう。
  もしかして船の上で 「天下一料理大会(焼肉編)」 でも開催されてるのでしょうか。

  「泊船肝胎」というからには,ともかく「肝胎」のところは地名であるに違いありません。あの広い国のことですから,どこかにそんなキドニーパイみたいな名前の町があってもぜんぜん可笑しくはないのですが,少なくとも庵主は知らないし,ぐぐって,やふって,ばいどってもちッとも出てきません。
  まずは「船 肝 胎」とか「肝胎 地名」とかで検索したりしてたんですが,だいたいあがってくるのは料理のレシピだったり,漢方薬だったり,どこかの地方の名物料理や肉屋の広告ばかりというところ。でもそのうちふと,あがってきた検索結果のなかで,いままで無視してた情報のうちに,同じようなものがくりかえし出てきてることに気が付いたんですね。
  サーチエンジンのあげてくる結果には,テキスト化された資料,すなわちコンピューターがそのまま読み込み,選別して拾ってきたもののほかに,文字の画像やPDF化された資料などを読み込んでテキストに変換したものがけっこう入ってきます。一昔前にくらべれば格段に精度はあがっていますが,基本的には紙の資料をスキャナーで読み込んでOCRかけたようなシロモノですので,漢字の読み間違いも多いし,縦書きにはほとんど対応してないしで,マトモな日本語になってなかったりもするため,だいたいはハナから無視していたんですが,そこに 「関羽が "肝胎" に行った」 だの 「懐王が "肝胎" に都した」 といった文章が,複数のソースにある同様の資料から採られて,繰り返し出てきてたわけです。
  人名のほうは間違ってないようですし,それぞれの前後に書かれたシュチュエーションにも読み覚えがありますから,ちゃんと実際の史書なり小説なりから引っ張ってきたものに間違いありません。サレバ----と,それぞれの検索結果に記されているところの書籍名をチェックし,原書を尋ぬれば----ありましたよ。

  この「肝胎」, 「盱眙」(クイ) の間違いですね。
  ****字をよく見てください,違ってますwww****

  江蘇省に現在もある地名です。南に少し下れば長江,淮安・揚州といった地にも近い淮河流域の要衝の地で,目へんに「于」,目へんに「台」,中国語だと 「xu1yi」。日本語だと一般的な読みは 「クイ」 ですが,普通語の「x」の音は,清楽では「ひ」に変換されることが多いので,清楽家の間では 「はくせんひうい」 と読まれていたかもしれません----あくまで「肝胎」が「盱眙」だと知っていた,としてのお話ですが。(w)
  字はどちらも 「凝視する」「じッと見る」 という意味で,県庁所在地が山のてっぺんにあり,見張りの適地であるところからきたものと言われています。まあ 「レバー&コブクロ」 ほどではありませんが,珍地名ではありますね(w) 

  検索エンジンはPDF文書などに出てきたこの 「盱眙」 というコトバを,よく似た 「肝胎」 という字として認識・変換しちゃってたわけですね。「盱眙」という字はどちらも,日本人にとっては馴染みのない難しい漢字です。おそらく清楽家の間でも,曲譜を筆写伝言ゲームやってるうちに 「盱眙」 が 「レバー&コブクロ」 になっちゃったんでしょう。

  コンピュータもニンゲンが作ったもの----いくら優れていても,ニンゲンと同じ間違いを犯す,という証左の一つでしょうか。(w)

  地名の目へん,たとえば 「睢陽(すいよう 現在の河南省商邱のあたり)」 の「睢」という字の目へんは,大陸の俗間の印刷物や筆記体ではよく「且」のような字体で書かれていることがあります。「雎 (しょ)」 という字はちゃんと別にあって,意味も発音も異なるのですが,広く混用されていますね。またこの「且」に似たカタチが,木版本で「肉」を基とするいわゆる「にくづき」の簡易体(彫りやすいように「月」の曲線部分を角ばらせたもの)としても使われることもあるので,大陸人の書写,あるいは原譜のもとになった唱本の段階で 「盱眙」 と 「肝胎」 が混じってしまっていたとしても,まあ可笑しくはありません。

  さらに調べてゆくと,唐の詩人・常建の詩に 「泊舟盱眙(はくしゅうくい)」 というのがあることが分かりました。

  とうとうたどりつきましたね(w)

  清楽譜では 「泊舩」,この 「舩」 は 「船(せん chuan2)」 の通用字で,「舟(しゅう zhou1)」 ではありませんが,まあカタいことは言わない。
  この曲はおそらく,この漢詩をテーマにしたか,もしくは歌詞として歌うためのものだったと考えられます。

  泊舟淮水次 霜降夕流清 夜久潮侵岸 天寒月近城
  平沙依雁宿 候館聴雞鳴 郷国雲霄外 誰堪覊旅情

  舟を泊(とど)む淮水の次(やどり) 霜降の夕べ流れは清し 夜は久くして潮 岸を侵(おか)し 天寒くして月は城に近し
  平沙 雁の依る宿 候館に雞鳴を聴く 郷国は雲霄の外 誰か堪えん覊旅(きりょ)の情

  「晩泊盱眙」と題している資料もあります。2句目,「霜降る」と訓じてる記事もありますが,あとで「天寒くして」と言ってるぐらいですから,これは「霜降(そうこう)」,二十四節気の一つ。されば季節は旧暦の九月ごろでしょうか。5句目,「平沙落雁」といえば古琴の曲題にもありますが,この詩の「平沙依雁」も似たような表現,川辺の干潟に雁が群れて休んでいる様子。「候館(こうかん)」は「やど」「宿屋」とも訳されてますが,それはかなり古い意味で,この場合は町の物見台。港などでは船舶の監視のためかならずあります。「盱眙」は港町ですからね。また「雞」の字は「鶏」の通用字ですが,夜の詩なので,この場合はニワトリではなく「水雞(くいな)」を指しているのかもしれません。「郷国(きょうこく)」は故郷・ふるさと,「雲霄(うんしょう)」は空の彼方,雲の向こう,はるかなる事のたとえ。「覊旅(きりょ)」は旅行の雅語です。
  作者の常建さんは伝に 「水上の景を詠むに巧み」 とあります。お仕事はなんと,この盱眙県の知事。ただし,その仕事と地位に満足できなくって,ほとんど職場放棄してたようなヒトですんで,この詩は 「水上を旅している優雅な光景」 を詠ったものではなく,お役所の物見台から港のほうをのぞきながら 「あぁいいなあ……あいつら気ままに旅しやがって!」 と,うなってる 「リア充爆発しろ」的詩 と解釈したほうがよいかもしれません。

  まあ,常建さんもこの詩を書いた時には,まさかにこれが 「盱眙の舟やどり」 から 「レバー&コブクロに泊まる船」 の歌になろうとは思いもしなかったでしょうねえ。(www)

  『唐詩選』や『三体詩』に入ってるレベルの超メジャーなものではないとはいえ,大陸では 「郷国雲霄外,誰堪覊旅情」 のフレーズでけっこう有名な詩のようです。お江戸の月琴音楽の祖である遠山荷塘(専門は中国小説)とか流祖・鏑木渓菴(実家は漢学者の市河家)なら,まずない間違いだったと思いますが,それだけ明治になると清楽家の知識レベルも下がってた,ということでしょう----まあ庵主自身,専門っちゃあ専門のクセに気づきもしなかったんですから,あまり他人のことは言えませぬが(^_^;)

  ちょいとこんな実験をしてみました。

  五言律詩の切れ目に,曲の長音の部分がくるように合わせてみたんですが----うむ,尺的には問題なさそうですね。
  5句め「平沙…」のところで高音にあげましたが,ここは低音でも良かったか。
  「紗窓」など,同じように漢詩をテーマにした曲の例からして,どこかにインストの部分が入るはずですが,わからないのでぺろーっと歌わせてあります。あくえちゃん,ごくろうさま。

  こういう資料や実例があったわけじゃなく,あくまでもお遊びですが,意外とまあ,こんな感じの曲,くらいにはなっていましょうか。
  ご笑納あれ。

(つづく)


胡琴譜の読み方 (2)

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斗酒庵 胡琴譜を読み解く の巻2015.5~ 胡琴譜の読み方 (2 西皮調)

STEP2 西皮は西瓜の皮ではない。


  月琴の場合,ほとんどの曲は 「上/合(六)」,すなわち 「上=ド」 としたとき 「ド/ソ」 にあたる調弦で弾かれますが,一部の曲に 「尺合調」,すなわち 「レ/ソ」 で弾くことになっているものがあります。

  清楽の胡琴も,前回解説した「二凡調(にはんちょう)」,すなわち「合/尺(ソ/レ)」の調弦のものがほとんどなんですが,そのほかに 「西皮調(せいぴちょう)」 もしくは 「四工調(すいこんちょう)」 という調弦で弾かれるものが何曲かあります。
 「四」 は 「ラ」,「工 」は 「ミ 」ですから,「二凡調」を 「ソ・レ」 とすると,一音づつあげて 「ラ・ミ」 のチューニングで弾かれるわけですね。

  「四工調」では工尺符号の 「四・五(ラ)」 は同じ低音開放弦で弾かれ,オクターブ上の 「ラ」 には 「伍」 もしくは 「伵」 とニンベンが付けられます。 「合・六(ソ)」 はどちらも高音弦,楽器の構造上この音のオクターブ上はありません。

  そしてこれが「四工調」の譜読み,最大の特徴なんですが,同じ 「ミ」 を,「工」 とあったら低音弦で 「仜」 とあったら高音弦で弾きます。 通常の工尺譜において 「仜」 は,「工」 のオクターブ上の音を表しますが,ここでは「高音開放弦」を指示する記号であるわけですね。

  「二凡調」では曲の流れで,「仩(高いド)」 がオクターブ下の 「上」 に書き換わったりしますが,「西皮調」ではその手のことはありません。「上(ド)」 のオクターブ上はふつうに 「仩」 ですが,明笛を基準とした音符の並びと違うところは,「仩」 が 「仜」(本当なら工(ミ)の1オクターブ上) や 「伍」(本当なら五(ラ)の1オクターブ上で,四の2オクターブ上) の後になることですかね。

  すべての曲に「二凡調」とか「西皮調」と書いてあればいいのですが,そうでないとき,その胡琴譜がどっちの調弦なのか,どう見分けるかといいますと。庵主所有の『清風雅譜』17年版で言えば,後付で 「合・四/六・五」  にニンベンの付いてるのが「二凡調」,「四(五)」 と 「工」 に付いてるのが「西皮調」ということになります。

  清楽曲に「西皮」もしくは「西皮調」と題される曲があって,タイトル通りこれは西皮調で弾かれます。ちょっと長い曲ですが,まずは『清風雅譜』17年版の原譜を。

  (楽譜画像はクリックで拡大)

  これを1文字=1拍,4/4拍子の近世譜に直すと以下のようになります。黒い文字の部分から読み解かれる,月琴や明笛による標準的な曲調(一部にテキストクリティーク上の変更アリ)は左,同じ楽譜を,前所有者の朱字書き込みから,これを胡琴譜に組みなおしたのが右です。

  六-六-|尺工六-|-○[仩-|六仩五六|
  工-尺工|六五六○|尺工六-|五六工尺|
  上--○|尺尺工五|六--○|工六工尺|
  上--○|工六工尺|上○六六|工六上-|
  -○上四|上-上-|六-工六|工尺上-|
  尺-上-|四-合-|-四工尺|合--○|
  合-工-|四上尺-|-○尺-|--尺-|
  --四上|尺--○|工-尺工|尺上四-|
  工-尺上|四仩合-|-○五六|工六尺-|
  -○六工|六-尺工|六-五六|工尺上-|
  -○尺尺|工五六-|-○工六|工尺上-|
  -○工六|工尺上○|六六工六|上--○|
  上四上-|上-六-|工六工尺|上-尺-|
  上-四-|合--四|工尺合-|-○工-|
  合-四-|四-乙-|乙-五-|五-六-|
  -○六-|六-五-|-六工-|五-六-|
  -○五六|工五六-|-○工六|工尺上-|
  -○工六|工尺上○|六六工六|上--○|
  上四上-|上-六-|工六工尺|上-尺-|
  上-四-|合--四|工尺合-|-○上-|
  上-工-|工六尺-|-○工六|工尺上-|
  -○五六|工五六-|-○工六|工尺上-|
  -○工六|工尺上○|六六工六|上--○|
  上四上-|上-六-|工六工尺|上-尺-|
  上-四-|合--四|工尺合-|-○合-|
  四-乙-|乙-五-|-○五-|--五-|
  --工六|五--○|]
  六- 六四上|尺 六-|-合伍[仩-|六仩 伍六|
  工四上|六伍 六四上|尺|伍六 工尺|
  上--○|尺尺 伍|六--合伍|工六 工尺|
  上--上尺|工六 工尺|上○ 六六|工六 上-|
  -○ 上四|上- 上|六- 工六|工尺 上四上
  尺 上-|四 合-|-伍 合四|合--五六
  合- 工|四上 尺-|-○ 尺-|-- 尺-|
  -- 四上|尺--上尺- 尺|尺上 四上尺
  - 尺上|伍仩 合-|-○ 伍六|工六 尺-|
  -○ 六工|六四上|六 五六|工尺 上-|
  -○ 尺尺|伍 六-|-○ 工六|工尺 上-|
  -○ 工六|工尺 上○|六六 工六|上--○|
  上四 上-|上 六-|工六 工尺|上四上
  上- 四|合--伵|尺 合-|-○ 工-|
  合- 四-|四- 乙-|乙- 五-|五- 六-|
  -○ 六-|六- 五-|-六 工-|五- 六-|
  -○ 五六|工五 六-|-○ 工六|工尺 上-|
  -○ 工六|工尺 上○|六六 工六|上--○|
  上四 上-|上 六-|工六 工尺|上四上
  上- 四-|合--四|尺 合-|-○ 上-|
  上 工-|工六 尺-|-○ 工六|工尺 上-|
  -○ 伍六|工伍 六-|-○ 工六|工尺 上-|
  -○ 工六|工尺 上○|六六 工六|上--○|
  上四 上-|上 六-|工六 工尺|上四上
  上- 四-|合--四|尺 合-|-○ 合-|
  四- 乙-|乙- 伍-|-○ 伍-|-- 伍-|
  -- 工六|伍--○|]

  前回と同じく,赤文字は装飾符。後半に2箇所ただの 「工(低いミ)」 がオレンジになってるところがあります。原書ではここにニンベンはついてないんですが,前2回同じフレーズで 「仜」 になっていることから,ここはニンベン付けるのを省略したものと考えます。まあ,上にも書いたとおり,「四工調」で 「工・仜」 は同じ音の低音弦で弾くものと,開放弦で弾くという運指,すなわち指遣い上の違いでしかありませんから,基本的にはどっちで弾いても構わない(w)のですが。

  ちなみに『清風雅譜』内の曲で(調弦法の)「西皮調」を使って演奏されたことが分かっているのは,この「西皮調」のほか「三五七(尼姑思還)」,「銀鈕糸」「金線花」の4曲だけで,あとはみんな「二凡調」です。

  前回同様,このチューニングにおける三つの楽器の実音と符号の関係を表にするなら----

明笛(乙)
実際の音3G3A3B4C4D4E4F4G4A4B5C5D5E5F5G5A5B6C
月琴六/合五/四𠆾
胡琴四/五工/仜六/合伍/伵亿

  と,なります。
  前回も書いたとおり,あくまで 「上=4C」 とした場合の表で,古い明笛に合わせた実際の清楽の演奏では,これより長音2度ほど高かったと思われます。

  まあ,実際,庵主はMIDIの上では何度も組んで実験してますが,こちらの調弦で,現実(リアル)な楽器を使い,胡琴と合奏してみたことはいまのところありませんねえ。

  無段階楽器とはいうものの,胡琴は短いだけに音域がせまく,「二凡調」でも「西皮調」でも,「工」のオクターブ上(上の表で言うとあとマス2つ先)くらいまでが,なんとか安定した音の出せる高音の限界のようです----そういやまだ見たことはありませんが,四工調の場合,その音を表すときは「工」にギョウニンベンを付けることになるんだろうな~,とは思います。

  庵主,自分では弾けないので~(w)まだ実験と文献の擦りあわせが多少足りてないところもございます。
  SOS団・胡琴弾き諸君の健闘と成長を祈る!

*(曲の)「西皮調」のメロディなどについては こちら でどうぞ。

(つづく)


胡琴譜の読み方 (1)

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斗酒庵 胡琴譜を読み解く の巻2015.5~ 胡琴譜の読み方 (1 二凡調)

STEP1 「胡琴譜」読んで胡琴を弾こう!


  清楽で用いられている楽譜,「工尺譜」っていうものは,ある意味きわめて合理的な楽譜で,月琴や明笛,胡琴など音域の違う楽器が,パート分けされていない,まったく同じ譜面の同じ文字列を同時に見ながら,それぞれの奏者が自分の楽器に合わせた演奏が出来るようになっています。

  「工尺譜」は文字譜,かんたんに言えば 「ド,レ,ミ…」 という音階に 「上,尺,工…」 という漢字を,記号として当てただけのものです。 「上」 を 「ド」 とした場合の,文字の並びは 合 四 乙 上 尺 工 凡 六 五 (乙) これが ソ ラ シ ド レ ミ ファ ソ ラ シ に当たります。

  高音の「乙」から先,1オクターブうえの音には,「仩」 といったぐあいに,漢字にニンベンが付けられます。ちなみに,中国の工尺譜では低音の「乙」は「一」,高音が「乙」と書き分けられますが,日本の工尺譜ではこれがなく,「乙」がどちらの音なのかについては,それぞれの楽器の音域・音階と,前後の符の高低によって判断されていたようです。(すなわち合・四に隣り合わせ,または同じフレーズ内にある場合は低音,五・六,もしくはそれ以上の高音に隣り合わせた場合は高音となる)

  楽譜自体に何の前置きがなくても,月琴の奏者は 「合・四・乙」 を,符字の並びから言えば1オクターブ高い 「六・五・乙」 の音を使って弾きます。月琴の最低音はそもそも「上」で,低音の「合・四・乙」にあたる音はないからですね。
  また,明笛は 「五 仩 六」 と楽譜にあった場合,この3音をすべて甲音(高音)で吹きますが,「四 仩 合」 となっていた場合は,まんなかの「仩」を1オクターブ下の呂音の「上」で吹きます。明笛の最低音は「合」。後者の場合,まんなかが「上」でなく「仩」になっているのは,月琴などの高音楽器のためなわけです。


  胡琴の場合,この読み解きはさらに少し複雑になります。

  胡琴には二つの調弦法があり,曲によって調弦を変えて弾きます。
  このうち「九連環」や「茉莉花」などで使われる一般的な調弦が 「二凡調(にはんちょう/ねはんちょう)」 です。上記のように「上=C(ド)」とした場合,低音弦の開放が「合」,すなわち低いG(ソ),高音が「尺」,すなわちD(レ)のチューニングになります。
  胡琴の譜では月琴と同様,工尺譜の 「合・四」 と 「六・五」 に区別がなく同じ音で弾かれまが,月琴の場合これらの音がいずれも高いほうの音で弾かれるのに対して,胡琴ではこれと反対に低音弦で出す「低い音」として弾かれます。 そして,開放弦のオクターブ高い音は「六・五」ではなく,符字にニンベンを付した 「𠆾・伍」 で表されます。
  また,明笛の場合 「五 仩 六」 とあればまんなかの 「仩」 は高音,「四 仩 合」 とあれば「仩」はオクターブ低い「上」として吹かれますが,胡琴の場合はどちらの「 仩 」も,低音,「伍仩𠆾」 の時だけ高音になるわけです。
  すなわち,胡琴の奏者が工尺譜を見たときの音の並びは----

  (合/六) (四/五) 乙 上 尺 工 凡 𠆾 伍 亿 仩…

  ----となるわけですね。
  基音楽器である明笛での工尺符字の並びを基準とし,月琴の「上」を 「4C」(ピアノの真ん中のド) とした場合,3つの楽器の音域と工尺符字の関係は,以下のようになります。

明笛(乙)
実際の音3G3A3B4C4D4E4F4G4A4B5C5D5E5F5G5A5B6C
月琴六/合五/四𠆾
胡琴合/六四/五𠆾亿


  あくまでも,わかりやすくするため 「上=4C」 とした場合の表ですからね。

  東洋の音楽は基本的に「移動ド」。
  西洋音楽のように絶対音A=440HZを基準とせず,人の声やなんらかの基音楽器の音を基準として,演奏するその時々に決められます。きょうの「ド」は西洋式に言うと「レ」かもしれないし,明日の「ド」は「ファ」になってるかもしれません。(w)

  清楽では楽器の調弦は明笛の音で合わせるのですが,清楽に使われた明笛の全閉鎖音(合)は3Bbから3Bくらいなので,実際の音階は,これより長音で3度くらい高いでしょう。

  月琴と明笛は,通常の工尺譜のままで,弾き分けがほぼ可能なんですが,さすがに胡琴となると,符と音の関係が複雑でちょっとそうはいきません。

  左の画像は庵主所有の『清風雅譜』17年版の一部。

  この本の前の所有者は胡琴弾きだったようで,朱字の装飾符に 「𠆾・伍」 の字が見えるほか,印刷された「六・五」の横に朱でニンベンを書き込んであるのが分かりますね? 上で解説したように胡琴譜のきまりでは,そのままだと「六・五」は「合・四」と同じ低音になってしまうので,胡琴で高音にすべきところにニンベン付してこれを表しているわけです。
  月琴と明笛の奏者は,黒い文字のところだけを追いますから,この状態でももちろん合奏に支障はないわけですね。

  井上輔太郎 『月琴雑曲ひとりずさみ』(M.24)という譜本の巻末に,渓蓮斎によるものという「胡琴譜」----すなわち通常の工尺譜を,胡琴用にわかりやすく書き直した譜が入っています。これを17年版の譜と対照させると,ふつうの工尺譜と胡琴譜の違いが分かりやすいかもしれません。


   (画像はクリックで拡大)

  まあ,画像だけ見ても分からんか。(w)
  ではまず,これらを4/4の近世譜に直します。上が『清風雅譜』17年版の黒い文字部分を変換したもの。下が『月琴雑曲ひとりずさみ』の胡琴譜です。

 上- 工-|尺--○|工- 四上|尺工 上四|
 合- 合四|仩- 仩合|四--○|四仩 四仩|
 四- 仩四|合--○|四合 四仩|合--○|
 工- 工-|尺工 六-|五六 工尺|上--尺|
 上--○|

 上四合六上|尺--○|工尺工 上|尺
 合尺工 四|上 上合|四--○|
 四合四|合--○|四合 四|合--四合
 工- 工六上|尺 𠆾-|伍𠆾|上-合上
 上--○|

  1文字1拍(4分音符),下線がついて小文字になっているのは半拍(8分音符),「-」が伸ばす音,「○」が休符です。

  『清風雅譜』は渓派(東京派)の祖・鏑木渓菴が著した同派の基本楽譜で,渓蓮斎は渓派中興の高弟,当然その楽曲は『清風雅譜』の版を忠実に基にしているはずですから,胡琴譜に変換されているとしても,その基礎となっている部分の曲調は『清風雅譜』の版と同じなはずです。
  下段で赤文字になっているのは,その基本曲調に対する「装飾符」の部分を強調したものですね。先に見た17年版において,朱文字で書き込まれてた小さい符字がこれにあたります。
  この装飾符をのぞくと,ほとんどの部分が基本曲調とほぼ一致していること,また上に書いたように,「仩」で表されていた部分が,オクターブ下の「上」に変換されていること,高音で弾いてほしい「ソ・ラ」が「𠆾・伍」に換わっていることなどが分かるかと思います。

  上の17年版,版の状態もよく,拍点がウラオモテ両方ついてるなど,付点が分かりやすく基本的な曲調の読み解きによいので,庵主はよく工尺譜の見本として使っていますが,先にも書いたように,こちらも胡琴弾きが使ったものなので「胡琴譜」として読み解くことが出来ます。その場合の譜面は以下に----民楽などやってる方のために,数字譜もつけておきましょう。あ,あと「茉莉花」の胡琴譜もついでに。これも調弦は「二凡調」です。記事を参考に,ご練習あれ。


   (画像はクリックで拡大)

  井上輔太郎『月琴雑曲ひとりずさみ』は国会図書館のアーカイブに,庵主の『清風雅譜』もpdfで公開されてますので,より詳しく調べてたり,読み解いて見たい方は,そちらから資料をDLしてやってみてください,ぜひぜひ。

  参照:「斗酒庵夏の資料大公開! 」(2014.7)

(つづく)


斗酒庵夏の資料大公開!

NEWS_01.txt
斗酒庵 PDFをうpる の巻2014.7 斗酒庵夏の資料大公開!

STEP1 PDFYさんありがとう

  Webでいろいろとニュース見てましたら,こういうのを見つけまして。

  http://gigazine.net/news/20140716-pdfy/

  PDF用の広告なし登録なしの無料鯖の紹介記事であります。
  この手の無料サービスはある日とつぜんお亡くなりになることが多く,いつまであるかは分かりませので,直リンは張らずに置きますが,とりあえず自炊したのやら加藤先生からもらったのやら,手持ちのPDF資料を手当たり次第でうpしてみました。

  今回うpした資料は,朱入り本を中心に以下の12種です。月琴の自習に,清楽音楽の研究にお役立てください。


  『月琴読本』(マンガ): https://pdf.yt/d/4SPESNhv-G08Ojk3

『清風雅譜』明治11年版
  『清風雅譜』(朱入)_M11: https://pdf.yt/d/Zf4v9D1CHzE12s08
『清風雅譜』明治17年版
  『清風雅譜』(朱入)_M17: https://pdf.yt/d/S3JnlxGf-S9hWPWw
『増補改定・清風雅譜』明治17年版
  『清風雅譜』(増補改定)_M20: https://pdf.yt/d/3mJJf3-XWyZk7BYo
『清風雅譜』明治25年版
  『清風雅譜』(朱入)_M25: https://pdf.yt/d/h9UScYYsi64V5Tnm
『清風雅譜』渓蓮斎校朱入 明治31年版
  『清風雅譜』(渓蓮斎校朱入)_M31: https://pdf.yt/d/1pQMwKSjH7hoMGXB
『清風雅譜』渓蓮斎訂朱入 明治31年版
  『清風雅譜』(渓蓮斎訂朱入)_M31: https://pdf.yt/d/cEJzO5zhypThIckY
『清楽指南』明治25年版
  『独習自在清楽指南』(花井信)_M25: https://pdf.yt/d/424LdkmoJO77SX7p
『清楽独稽古』明治27年版
  『清楽独稽古』_M27: https://pdf.yt/d/xH95GYERBQ-VbZvV
『月琴雑曲 清楽速成自在』明治30年版
  『清楽速成自在』(静琴居士)_M30: https://pdf.yt/d/iuywKLp3eSdy09KG
『声光詞譜』明治11年版
  『声光詞譜』(朱入)_01: https://pdf.yt/d/0dmPLSDjY3gR_-yy
  『声光詞譜』(朱入)_02: https://pdf.yt/d/0cgyol8LFz-nquaV
  『声光詞譜』(朱入)_03: https://pdf.yt/d/EMH4oboYKBmKDVM6
『清楽横笛独自習』廣川正 明治26年版
  『清楽横笛独自習』(廣川正)_M26: https://pdf.yt/d/dqYWbHOWgqHAJHjC

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  ただ見るだけならそれでもいいし,DLしたい時は右下のほうダウンロードのボタンがあります。


  ブログ記事「工尺譜の読み方」のシリーズとかでも説明したように,清楽のむかしの譜本と言うのは,買ったそのままだとただの漢字の羅列で,音階は分かっても音の長さが分からないから,どんな曲だかは分からないんですね。買った人がお師匠さまから教わりながら,あるいは独自に朱や墨で印をつけて,どの音をのばすとか,どこを続けて弾くということを書き込んで完成されるわけです。
  ですので,ふつう古本では書き込みがあると困るんですが,わたしたち清楽の研究者は,書き込みがないと逆に困っちゃうわけですね。

  いちばん最初にあげたのは,不肖・庵主作の『月琴読本』。

  このブログで挿絵に使ってたマンガを再構成して作りました。
  いちおう一部では好評。
  ----まあご笑納ください。(w)

  つぎに6冊ばかり並んでるのは,東京で勢力のあった渓派の基本楽譜『清風雅譜』。
  この流派の中興の人である渓蓮斎(富田寛)の校訂した版の朱入り本を,最近あらたに二冊手に入れましたので,これもあげておきます。

  この6冊,「増補改定」以外は曲目はまったくいっしょですが,朱点や棒線,装飾符なんかがちょっとづつ違います。
  音楽のほうではどうだかしりませんが,われら俗っぽいほうの民俗学の研究の手法は「重出立証法」,その「ちょっとの違い」からさまざまなことを読み解いたり,解き明かしたりするのが基本です。
  庵主が月琴や明笛を,30本以上も自腹切って買い込んでるのもそのせいなんですが,さてこの6冊をもとに,渓派の音楽をどこまで解き明かし,再現出来るか----そのあたりがこの夏の庵主のしくだいであります。

  最後の一冊,『清楽横笛独自習』は加藤先生から拝借した資料で,拍子の点もついてて再現可能なんですが,一部の符の指示が分からず,いまだに読み解けないでいるもの。
  笛吹きの方々,たとえば「上ノ指ニテ動作ヲ取ル」とか「工ノ指ニテ動作ヲ取ル」とはなんぞや?
  わかったら庵主にも教えてください。(泣)

  こうした資料をただ抱えこんで秘匿してるだけのマニアさんや,各地の研究機関が,自分のところでは役に立たない,読み解けない,再現できないような資料を,こういう方法でどんどん公開してくれたなら,情報の点と点が線でつながり環になって,研究の裾野も広がり,清楽の不明点なんて1~2年でぜんぶ解決されちゃうんですけどね。

  庵主これより二ヶ月ばかり,北の大地に帰省して,キタキツネとたわむれてまいります。
  夏のお中元(宿題?)をばどうぞどぞ。


(つづく)


明笛の吹き方(2)

MINTEKI02.txt
ちゃんと吹けてない奴がなんなのですが の巻明笛の吹き方 その2

STEP2 吹けよ風!倒れよ酸欠!

  響き孔さえふさいでしまえば,明笛なンぞはただの笛,つか筒----つか,筒に孔をあけただけのシロモノですよね。

  「ほら,瓶の口に息を吹き込んでぶーぶー鳴らす,
アレといっしょだよ!カンタン,カンタン!」        

  などと,管楽器リア充どもはのたまいます。(怒)
  (瓶は瓶じゃ----笛とは違うし,こちとら瓶すら上手く鳴らせんものを……バクハツしろ)
  糸物専門ン十年,リコーダーすらマトモに吹けない庵主にとって,「明笛を吹く」なんぞという行為は,ゼロからの出発どころかマイナス地点,日本海溝あるいはルルイエからの脱出にほかなりませんでした。(弩泣)

  およそ一年あまり,筒ッぽの穴めがけて息を吹きかけ続け,酸欠で倒れること数十度。
  はじめて 「ぺひょ~」 と音らしいモノが鳴ったとき,ナミダで青空が見えなくなったことのある庵主では,コトバでうまく説明できませんが----




  だいたいこんな感じでやると,もしかして出るんじゃないかと。(w)
  (画像はクリックで拡大)


  指孔はぜんぶふさいじゃうのより,右手がわの1・2孔くらい開いておいたほうが,最初は音が出しやすいですね。

  まあ庵主みたいに,どれほど不得手なニンゲンでも,一年も息を吹き込み続ければ 「ぷひょ~」 とか 「ぺひゃ~」 みたいな感じには鳴ると思うので,あとは気長に試してくんな。とにかく音が出るようになれば,この楽器,そんなに難しくはありません。(まだ大して吹けもんクセに…)


  音が出るようになったら,つぎは音階ですね。

  明笛は指孔をぜんぶふさいだ音,「全閉鎖」の音が工尺譜でいう「合(ホー)」の音となります。
  古い明笛は,この音がだいたい 「Bb~B」,大正期あたりに作られたものは 「C」 のものが多いようですね。

歌口響孔左手右手工尺譜西洋音階
(C)
西洋音階
(B)
●●●●●●b
●●●●●○
●●●●○○#
●●●○●○b
●●○○●○
●○○○●○
○●○○●○b
○:ひらく孔 / ●:指でふさぐ孔


  くらいの感じです。
  明笛のレポートにも書いたとおり,庵主が明笛はじめたのは,この「音階」を調べるため。まだ調査中ですんで,対応してる西洋音階はまあ大体のところ。笛によってはもっとハズれてたりもしますので,あまり信用しないでね。

  とにかく大事なのは,「明笛」ってのは月琴では出せない工尺譜の「合・四・乙(低い)」の音が出せる楽器だ,ってとこですね。


  笛と合奏する場合,音合せで,月琴はまずこれの 「上」 の音に,低音弦を合わせます。つづいて高音弦----本ではコレ 「○ ■ ●●● ●●●(合)」 の 「甲音(カンオン)」 を使う,ということになってます。
  しかしながらこの 「甲音」,初心者にはなかなかうまく出せません。(^_^;)
  音が出た,ドレミも吹けたとなって次に待ち構えてる難関が,この 「甲音」 ですねえ。

(注)ふつうに吹いて出る音を 「呂音」(リョオン-乙音「オツオン」ともいう),指遣いは同じで「息を強く吹き込んで」出すオクターブ上の高音を 「甲音」 と言います。ホレ,きーきー声を 「甲高い(かんだかい)」 なんて言うでしょうが? あの「カン」ですよん。


  本には 「高音を出す時は息を強く」 とかって書いてあるので,庵主,顔を真っ赤にして,レンガの家を吹き飛ばさんとするオオカミさながら,ぶーぶーやってはぶッ倒れてた時期もありましたが,ちッとも出やしねえ。
  篠笛やってる御仁が 「これこれ,そうじゃない。ちょと唇をすぼめるようにしてみな。」 と教えてくれたんで,今はようやく少し出るようになりましたね。


  単に 「強く吹き込む」 んじゃなくて,息を 「集束して(歌口に)強く当てる」 って言うのが正しい!

  こりゃ笛吹きども,日本語は正しく使え!


  ま,それはともかく。
  音合せにおいて 「○ ■ ●●● ●●●」 の「甲音」だと音が安定しないときは,呂音---ふつうの息遣いのままで

   ○ ■ ○●● ●●●

という運指を試してみてください。多くの笛ではこれで筒音のオクターブ上が出るようになってます。工尺譜でいうと 「六」 の音,月琴の高音弦の音になるはずです。
  あと「尺」まではだいたいふつうに出るけど,「工」「凡」が安定しない時は,これと同様に右手の孔をぜんぶふさいで,

  ○ ■ ●○○ ●●● 工
  ○ ■ ○●○ ●●● 凡

  としたほうがいい場合もあります。
  (注) ただし笛によっては,音が半音ぐらい高くなっちゃうこともあります。

  笛のドレミ(工尺譜だと上尺工ですが)が出せるようになったら,いよいよ曲に挑戦ですよね!



  清楽の合奏における明笛の役割は主に 「低音パートの演奏」です。
  「月琴の弾き方」とか「工尺譜の読み方」の記事のなかで,「月琴では(工尺譜の)合・四は,1オクターブ上の六・五で弾く」 って何度か書きましたよね。
  月琴の最低音は「上」ですから,そこより低い「合・四」の音はナイ,ので代わりに,オクターブ上の「六・五」の音で弾くしかナイわけですね。これに対して明笛の最低音は「合」ですから,とうぜん「合・四」は 工尺譜のとおり低い音 で 「六・五」はその1オクターブ上 の音で吹くことになります,が。

  明笛にも月琴と同じような符号読み替えのキマリがあります。
  まずは工尺譜を,まあ「九連環」ですね。(画像はクリックで拡大)


  2・3行目に,合・四にはさまれて 「仩」(上の1オクターブ高い音)がありますよね。
  この部分を,例えばそのままMIDIで組んでみると,イキナリどえりゃあアがッたりサがッたり,すンごい気持ちの悪いメロディになります。また実際に笛で吹いてみると分かるんですが,呂音の息遣いで合・四の低音を出した直後に 「仩」 とか 「伬」 の音を出す,ってのはなかなか難しいものです。
  逆に「仩」や「伬」が「六・五」に隣り合わせてある場合は,「六・五」がすでに甲音なので,息遣いはそのまま,運指だけ変えればいいので,さほど難しくはありません。

  呂音からいきなり甲音ってのは,練習すればもちろん出ないわけではありませんが,その場合もチューナーで測ってみると,1オクターブきちんと高くはなってないことのほうが多いですね。演奏もきわめて大変で,不自然なものとなりやすいです。
  どッかの国の古代の呪術音楽や,日本の雅楽なんやらならこれでもいいんでしょうが,中国の民間音楽や伝承音楽が,そんなに気持ち悪いシロモノでないことは,十二楽坊あたりのCDでも聞けば容易に気がつくはずですね。

  前にも書いたように「工尺譜」ってのは,きわめて合理的な「総譜(オールスコア)」です。

  複数の異なる楽器の奏者が,同じ一枚の紙,同じ一行の文字列を見ながら,それぞれのパートをふつうに弾けるようになってます。
  なので月琴の奏者が「合・四」を「六・五」に置き換えて弾くのと同じように,明笛の奏者は「合・四」にはさまれた,もしくは隣り合わせた高音を,甲音ではなく呂音----オクターブ低い音で演奏しましょう。

  上の譜で言うと,2行目の 「合合四仩仩合四。」 を,月琴は 六六五仩仩六五。」 で弾きますが,明笛は 「合合四上上合四。」 で吹く,というわけですね。

  月琴の場合と違ってこれは本には書いてないことなんですが,楽器の性能から考えても(カンタンに言うと,そッちのほうが吹くのがラク),またそうしたほうがより「ちゃんとした」アンサンブルとして聞こえること,また同じ曲の楽譜で流派によって「合・四」が「六・五」になっていたりする,その違いの説明にもなります。(注) たぶん,昔のヒトにとっては言わずもがな,なことだったンじゃないのかな----まあ,庵主の間違いだったとしても,そのほうがずッとマシに聞こえますから,とりあえずはそうしといてください。

  吹くのに慣れて,いちど工尺譜の音階どおりに吹いてみれば,イヤでも分かるとも思いますし。
  ではでは。

(つづく)

(注) 「合・四/六・五の書き分け」については,明治時代の『音楽雑誌』などでも「質問コーナー」みたいなところで取り沙汰されてますが,当時の識者の答えは「合・四/六・五の書き分けに,それほどの理由はない」ってとこでした。現在の研究者さんたちも同じように考えている人が多く,「記譜者の個人的な嗜好」みたいなのが定説になってます。これは「明清楽の演奏はすべての楽器がユニゾン」という,音楽辞典などにある誤った決め付けがあることも一因ですが,実際にはまあ,誰もちゃんと考えたことがない,というのが正直なところでしょうか。
  庵主はこれを,基本的には流派や伝系の違いによるアレンジの差だと考えています。たとえば明笛が専門の先生なら「合・四」が多くなるでしょうし,月琴が得意な先生なら「合・四」の代わりに「六・五」で記譜することが多くなるでしょう。また多くさまざまな楽器が扱えた人なら「ここは明笛の低音で」とか「ここは高音そのままで」と,合奏時の効果を考えて書き分けたはず,そういう相違からくるものだと考えています。
  実際この「合・四/六・五」のアレンジの違いによって,譜本の伝系,すなわちは編者の流派が分かるような場合も多くあります。「たんなる嗜好」なんてものじゃなく,清楽の研究においては,けっこう大切な手がかりの一つだと,思うんですがね。


工尺譜の読み方(15)

koseki_15.txt
工尺譜を読んでみよう の巻工尺譜を読んでみよう! その15


STEP11 歌え,その身の感電しちゃうまで!

(画像はいずれもクリックで別窓拡大)


  さあ,ここまでついてきてくださった皆様,いっしょに次のステップへとのぼることにいたしましょう(…あ,踏み外した)。 では歌つき復元曲,第一曲目--やはりこの曲からはじめましょう--「九連環」,合わせる裏曲は「九子連環」です。

  今回使用するテキストは,国会図書館所蔵の『清楽雅唱』(太田連 明治16年)。
  なぜこの本を選んだかといいますと----

  1) 渓派(東京派)の譜面である。
  2) 付点がされている。
  3) 歌詞対照譜もついてる。
  4) メジャーな曲しか入っていない。

  という3点に合格したからであります。

  庵主は現在,東京に住んでいる関係上,江戸から明治のころ,「この街でどんな音楽が流れていたか」 に興味があります。
  渓派というのは鏑木渓庵(参照 こちら など)の作った清楽の流派で,「東京派」という別名のあるとおり,この東京における最大流派の一つであったと申します。ただこの流派,漢文学者系のトラッドな頭の方が多かったらしく,庵主いうところの「近世譜」とか,数字譜への変換といったような,より読み解きやすい楽譜への工夫とか,西洋楽器などとの共演といった新機軸には,ライバルだった梅園派(参照 こちら など)などにくらべるとやや不寛容でありまして。楽譜といえば自分で朱入れする字だけの工尺譜が多く,資料が多いわりにはこういうふうに歌詞対照になってる譜なんかが少なく,イザ復元しようとするとタイヘンなのであります。
楽譜1
  さらにこの楽譜は,まず曲だけの工尺譜があり,これに付点がされています。
  前にも書きましたが,こういう古いタイプの縦書き工尺譜というものは,ふつう音階を示す上尺工凡…の符字が並んでいるだけ,本来はそれに,お師匠さんから教えてもらいながら,点とか線を朱入れして完成させるものなんですね。だからそのままだと,どの音がどのくらいの長さなのかが分からない----つまりは,ある楽譜とある楽譜に書いてある符字の並びが100%同じだったとしても,ほんとに同じように演奏されていたかどうかについては,ふつうは分からないんですね。
  その点,この楽譜には点がある。曲を4/4としたときの,1小節の出だしを示すだけの点と連続音を表す棒線だけなものですが,これがあるおかげで,庵主の持っている,渓派の朱入りの楽譜との,曲の上での比較同定が可能----ちなみに,ここに収録された歌譜の曲調は,符字の順列だけでなく,いままで復元した同派における基本的な部分のそれと,ほぼ完全に一致いたしました。渓派の基本楽譜における各朱入り本の比較の詳細と復元は,拙HP「明清楽復元曲一覧」の『清風雅譜』の項目をご参照ください。

  つぎに「歌詞対照譜」があります。
  これは見て分かるとおり,歌詞のうち,どの字がどの音符に対応するかを書いたもの。
  対照になっているのは一番の歌詞だけで,後の部分は句読点(○)の位置で推測せよ,というものですがこれも大切。ないとどこをどんなふうに歌えばいいのか分かりませんものね。

  では清楽曲,歌い方のお勉強をはじめましょう!
  原書のカナ書は,画像を参照してください。

楽譜2 楽譜3
  もうちょっと一般向けの楽譜なんかだと,歌詞は3段めまでしか紹介されてないほうが多いですね。
  ただこの歌詞,5段めくらいまでは内容的にもつながりがありますが,6~7段めにつながれてるのは同じころ流行っていた 「五更調」 という別の俗曲の歌詞だと思います。だので,この部分が「九連環」の歌詞として最初からついてたかどうかについては少々ギモンあり。もしおぼえるなら,3段めまででもいいですよ。

  上=4Cだと,女の人の声では前半が低すぎて歌いにくいし,不自然ですね。これを歌うときには清楽本来の音階 「上=Eb あたりに上げておいたほうがいいかもしれません。
  音域が狭い曲なので,弦子(蛇皮線・中国三線)で演奏すると,どこのフレーズもさらに1~2オクターブ上げ下げして演奏できますが,歌の音程は,そのなかから人の声で歌ったとき,もっとも自然でフレーズ間に違和感のないメロディ・ラインでとりましょう。

  さて,コトバの注は細かいですよ。見出しが赤文字になってるのは,明らかに誤伝と思われる要修正箇所です。

    (第1段ほか)
  • 「兮(エ)」 は普通音 「xi1 ,カナに直すと 「シィ」 または 「ヒィ」。 秋山・河副・村田きみ『清楽歌譜』・岡本半渓『清楽の栞』いづれも本書と同じ。「看々兮(カンカンエー)」という表記は清楽の譜本以外,たとえば当時の流行音楽について触れた記事中にも見かけられ,広く認知されていたものだが,上記のように,実際の大陸における字音とはずいぶん異なっている。これを普通音に近く 「兮(イ)」 としているのは穎川藤左衛門『からのはうた』くらいで,中井新六『月琴楽譜』や黒沢瑞与『清風雑曲』は字もかえて 「也(エ)」 としている。こちらのほうが発音上も用法的にも問題がないが,ビン南語での発音は「エ」であるので,間違いではない。ただ,あまり俗文学ではみない文字なので,漢詩好きな日本の文化人が「也」の通音借字とした可能性もないではない。
    (第1段)
  • 「九(キウ)」 普通語では 「jiu3。 これだと日本語の 「キュウ」 には聞こえないが,南方の方言では 「カウ」「ギュウ」 と発音されることが多い。
  • 「環(クワン)」 普通語では 「huan2,ビン南語や客家語では 「クヮン」「コヮン」 と,ほぼ原書表記で発音される。
  • 「双(スヤン)」 普通語 「shuang1 は 「シュアン」「ショエン」 に聞こえる。南方の方言では 「サアン」 か 「シァン」
  • 「了(リャウ)」 普通語では 「liao3」 と詞尾に「オ」の音が来るが,南方の方言では「リウ」「リャウ」と「ウ」で終わることが多い。
  • 「断(ドワン)」,普通語だと 「duan4,ビン南語で 「トァン」 のほか南方で「ドゥン」「デュン」といった発音になる。「ドワン」でも間違いではない。現在の長崎明清楽では「ダン」と唱えるが,これは明らかに日本読み,ただしもともと「ドゥ-アン」と唱えていたものが,縮まって「ダン」に落ち着いた可能性もあり,実際,人工音声で「ドゥアン」と読ませると「ダン」に近く聞こえる。
    (第2段)
  • 「夫妻(フツイイ)」,普通音だと 「fu1qi1。 秋山・岡本半渓,百足登『明清楽之栞』などは 「フウサイ」 とする。広東語などでは「妻」は「チャイ」に近いが,この「サイ」は実質日本語の音読みである。これもあるていど広まった誤伝のようだ。中井新六は「フウツイイ」河副作十郎「フウツイ」,こちらのほうが実際の音に近い。
    (第3段)
  • 「岸(ガン)」 普通音 「an4(アン)」だがビン南語では 「ガン」,広東語では「ゴン」となる。黒沢の『清風雑曲』だけは普通音に近く「岸(アン)」とする。南の方音ならば問題なし。
  • 「船(チエン)」,普通語 「chuan2 は「チュェン」だが,南方の方言ではもう少し短く「チュン」とか「ツン」と傾向があるので,「チェン」でもさほど間違いではない。広東語・上海語の「セウ」「シュン」は「舟」のほうの日本語読み「しゅう」に通じる。
  • 「雖然(ナンゼン)」,普通音 「sui1ran2方音にも「ナ」ではじまる要素はない。河副「スイゼン」,頴川藤左衛門は「ソイジエン」,中井新六・黒沢水与「スイジェン」。もともとは「雖」を「難」と間違ったものか?秋山・岡本純は本書同様だが,同系の村田きみは「スイゼン」としている。これも渓派による誤伝であろう。再現では修整。
  • 「遠(ヨン)」 普通音 「yuan3 方音にも「ヨ」と聞こえるような音で始まる要素は少ない。台湾語などで 「オェン」 と読む例があるが,「ユェン」あたりが妥当か。中井「エン」同前。
  • 「閉了双門(ピイリヤオスヤンメン)」,再現では一音づつ丁寧に発音させると不自然になるので促音させて 「ピ-リャシャンメン」と読ませる。「双(スヤン)」普通語 「shuang1 は「シュアン」か「ショエン」に聞こえる。南方の方言で「サアン」「シァン」
  • 「見(ケン)」,普通音 「jian4 は「チェン」「ジェン」 に近いが,南方では 「キェン」 もしくは 「ギェン」 とするところが多い。「ケン」でもあながち間違いではない。
    (第4段)
  • 「変(ヘン)」 普通音 「bian4,中井も「ペン」とする,方音も「ビ」もしくは「ピ」で始まり「ヘ」の要素はない。
  • 「鳥(チャウ)」 普通音 「niao3 で中井は 「ニャウ」 とするが,台湾語などでは 「チャウ」もしくは「ヂォウ」,間違いではない。
  • 「唭哩呱〓(ギリコロ)」,「〓([口|戸])」 はここでは 「嚧」 の略字。「qi-li-gua-lu」 で鳥の鳴き声。中井は「唭[口|梨]咕嚧(ギリクル)」とする。不定字の擬音なためどちらでも構わない。
  • 「春(チン)」,秋山・村田きみ同じ。普通音は 「chun1で,中井新六は「チュン」とする。黒沢瑞与はこのフレーズを「還有一個春同相会了」とする(「春」の読みは同じく「チュン」)。方音もだいたい「チュン」か「ツン」で「チン」に近いものは見つからない。おそらくは誤写誤伝,再現では「チュン」に修整,ただし人工音声に「チュン」と入力して発音させると「ツン」に聞こえてしまうため,多少工夫している。
    (第5段)
  • 「飄(ピヤウ)」,普通音 「piao1 で詞尾は「オ」もしくは「ウォ」だが,上記「了」等と同様,ビン南語および南の方音では「ピャウ」「ピウ」「ペウ」「ピョウ」と,詞尾が「ウ」になる例が多い。
  • 「高(カウ)」,普通音 「gao1 同前,南方では詞尾が「オ」>「ウ」。
  • 「雪美人(スイムイジン)」 普通音 「xue3mei2ren2,中井は 「シマイジン」 とする。普通音はカタカナ読みにすると 「シエ」か「ソエ」,方音もだいたい同じ,本書の方がすこし近いか。
  • 「懐中(ワンチョン)」,普通音 「huai2zhong4,中井「ワイチョン」,方音でも「ハイ」「ワイ」で詞尾が「ン」になる要素はない。
    (第6段)
  • 「好(ハウ)」,普通音 「hao3 だが,これもまた南のほうでは詞尾が「ウ」になる傾向あり。
  • 「敲(テ)」,普通音 「qiao1,方音は 「キォ」「ハウ」,再現は中井「キャウ」とするに従うが,もっと簡単な 「打」 であった可能性もある。
    (第7段)
  • 「鶏(クイ)」 普通音 「ji3 ,中井は「キイ」河副は「キヒ」。清楽で普通音のJがKになる傾向からすると,中井・河副の「キイ」は可だが,方音だと「コイ」「コエ」,本書の「クイ」とは少し合わない。おもえらく,日本風に「ケイ」と音読みカナ書きした「ケ」を「ク」に誤写したのが伝承されたものかもしれない。再現は中井に従う。
  • 「報(パウ)」,普通音 「bao4 だが,南方ではもっと簡略に 「ボー」 とする場合が多い。「新聞」のことを中国では「新報」というが,北京ではこれを 「シーンバアーオ」 と言って売り歩き,上海では 「シーンブウゥゥゥ」 と言って売り歩く,という記事を何かの本で読んだことがあるが,まさしくそれ。

  さて,以上を踏まえ,修整した上で,歌詞に新たなカナ読みをふってみましょう。
  こんなふうですかね----
楽譜4
  1字1拍子,黒四角(音の伸びたぶんを表す)も1コ1拍子,4/4とすると,文字4つで1小節ですからね。
  まずは上の3段までをおぼえてみてください。残りの部分はこちら。

楽譜5 楽譜6
  これに伴奏つけて AquesTone で歌わせたのが,こちら■(mp3 24bps 847KB)

  どうせ上の注なんかすっとばして読んでることでしょから,歌うときに気をつけて欲しいあたりをザックリと言っときますと。語尾が「-ヌ」になってるのは,中国語だと「ng」で終わるとこ。 「n(ン)」より柔らかく,鼻に抜ける「ン」だと思ってください。
 (キ)は「キ」と「ジ」の中間のつもりで,同様に(ジ)もしくは(ズ)は「ジ」と「リ」,「ズ」と「ル」の中間くらいのつもりで発音してください,ほか( )で囲んである場合は「軽く」発音する箇所ね----ナニ,ムリを言うな,舌噛んだ?がんばって練習しなさい,そのうちなんとなく慣れます。
  ほかも細かいことを言ったらキリがありませんが,そのあたりでとりあえず「中国語(南方の方言)っぽく歌ってる日本人」くらいには聞こえるはずです。

  歌うのに慣れたら,日本語でも歌ってみてください。
  以下は庵主の訳,コレ,原曲でちゃんと歌えるようにもなってますからね----

 1ごらんよ あたいの知恵の輪を ああ知恵の輪よ
  何じょうしても解けぬ いッそ切りましょか
  切って切れるものなら ねえ

 2誰(たれ)でしょか あたいの知恵の輪を ああ知恵の輪を
  解いてくれる ひとは 解きゃそのひとに
  いッそつくすものなの にねえ

 3いとし あのひと河岸(かし)のうえ わしゃ船のうえ 
  流れァ越え られぬ 窓しめましょか
  見て触れぬ ものなら ねえ

 4鳥と なってや飛びたいね そうよどこなりと
  どこなりと飛んで でも落ちるなら
  春のよな あなたの 手ぇよ

 5風花(かざはな)も 三尺つもったら そうよつもったら
  雪だるまなろか そんであのひとが
  抱いて溶ける ものなら ねえ

 6宵にはあなたを待ちこがれ そんで二の刻(こく)
  あのひとは来ない 三の刻響く
  太鼓 思い切れない ねえ

 7四の刻 鶏もないてます ああ夜も明ける
  五の刻にゃ朝よ ほんに切ないね
  恋の病てえのは ねえ

(つづく)


工尺譜の読み方(14)

koseki_14.txt
工尺譜を読んでみよう の巻工尺譜を読んでみよう! その14

STEP10 歌を翼にのせるまで

楽譜1
  さて,清楽の曲というのは,かつて大陸で流行っていた俗曲や流行歌。
  本来は,楽器で弾くだけの器楽じゃなく,「歌」のついていた曲,というものがけっこうあります。

  清楽の曲を月琴や明笛で演奏していると時折,「なんでここ,こんなに変なメロディになってるのかなあ?」 とか思うことがあるのですが,多くの場合,そういうところは歌との兼ね合いで伴奏の調子を少しはずしていたり,歌と合わせてはじめて意味をなすような部分だったりするのですね。
  楽器と歌がまったく同じメロディをなぞっていては,音楽に深みは出ません。沖縄の三線音楽じゃ「唄三線」といって,歌と楽器がそれぞれの違ったメロディを合わせることで完成する,とされてます。

  前にも書いたように,清楽で使われる「工尺譜」という譜面は,同じ文字列を,低音楽器と高音楽器それぞれ楽器の奏者が,それぞれの楽器の音域・音階に合わせて読み解くようになっています。 たとえば,月琴の場合は,楽譜に「合・四」(低いソ・ラ)と書いてあったとしても,音がないので,実際には「六・五」(高いソ・ラ)で弾くしかありません。明笛はそのどちらの音を出すことも可能ですが,高音域を持続させるよりは全体を低音域に下げて,平坦なメロディにしてしまったほうが,ラクですし演奏的にもより美しく吹き続けることができます。
  清楽曲の音域はたかだか2オクターブていど,人の声はこの場合,どちらの楽器のパートに合わせることも可能ですが,そのどちらに合わせても,ニンゲンのうたう歌としては不自然な旋律にしかなりませんし,どちらかの楽器の音をつぶしてしまう,あるいは楽器の音につぶされてしまうことにもなりかねません。

楽譜2
  庵主はいまのところ,特に「歌」についての指示が書き込まれている楽譜,というものにはお目にかかったことがありません。 現在残っている明清楽などでは,歌のパートは基本,明笛と同じ低音部で発音されることが多いのですが,これとても,芝居歌のように男女のパートが分かれていたりするような場合には,それぞれ低音/高音のメロディで唱えられるようなこともあったでしょう。また,同じフレーズを何度もくりかえすような長い長い歌などでは,まったく同じ音程で同じメロディをくりかえしていては,歌っているほうも聞いているほうも飽きてしまうでしょう。

 じっさい復元の作業をしていると,楽譜は低音で指示されているけれど,全体の流れからすると,その部分はオクターブあげたほうが歌いやすかったり,あるいは聞きやすいといったフレーズに出会うことがちょくちょくあります。

  清楽に使われる楽器の中で,もっとも「歌」のメロディ・ラインに近いフレーズを弾くことが出来る楽器は,おそらく「弦子」(蛇皮線)だと思います。実際に歌と合わせるときは,さらにそのメロディの「ウラ」を弾くことになるとは思いますが,工尺譜から歌のパートを復元するとき,庵主は常に,弦子による再現演奏を念頭におき,実際に声を出して歌ってみることで,その高低を考えるようにしています。

  復元された「歌」のメロディ・ラインに,庵主の勝手な好みや,根拠の薄い改作が混じってしまっているあたりは,多少ごかんべんください。(笑)まあ,研究の出汁(だし)として,おびただしい数の中国の民謡や民間音楽や古い邦楽の曲などを,耳から反吐が出るほど聞きまくってるので,こうした曲におけるある種の音楽的な「傾向」みたいなものは,多少なりとも庵主の耳や脳にヘバりついており,その妥当性は皆無ではない,と信じたいところであります。

楽譜3
  こうして復元されるメロディですが,おつぎには,その「歌詞」にも問題があります。

  まずは日本のがわの問題。

  清楽はほんらい日本人が中国の歌を中国語で歌うところに意味があります----そのため楽譜に漢字で書かれた歌の横には,中国語の発音がカナ書きで付されているのですが,同じ歌の同じ字に付せられたカナが本によって違っていたりで,その表記は一定していません。

  まあもともと,日本語の平仮名や片仮名は,音表文字としては不完全なものですからしょうがありませんね。

  ふたつめに,清楽の譜本というものはいまから百年以上むかしに出されたもの。
  そこに載ってる歌自体は,さらにその数十年以上前に伝わってきたものなわけですよね----ここオボエといてください----この受け取ったがわの日本人の日本語の発音が,当時から現在までにけっこう大きく変わってしまっているのです。
  たとえば明治のはじめまで,「はひふへほ」 は 「ふぁふぃふぅふぇふぉ」 に近い発音でしたし,現在は書くうえの違いだけで同じように発音される「お」と「を」,「わ」と「は」などにも顕著な違いがあり,統一されてしまった「せう/しょう」,「けう/きょう」「か/くゎ」などにも発音上の差異があったわけです。
  このあたりから「本に書いてある」ヒラ仮名なりカタ仮名を,現代の発音で「そのまま」読んだとしても,中国語に聞こえないのはあたりまえのことながら,当時の日本でどんなふうに歌われていたか,の再現にもなりません。

  清楽曲の復元において,歌詞の音を考える時,まずはこの日本語の変化を念頭においておかなければなりません。先行の研究の多くは,このあたりへの考慮を欠いていて,本に書いてある「カタカナ」をもとに復元したり比較したりしたものが多いのです。清楽の曲はたしかに「中国伝来の」音楽ですが,二つの国も時代もまたいでいるのですから,単純に送ったがわのことばかり考えていては,その研究は成り立ちませんよね。

楽譜1
  つぎに中国語のほうの問題。

  清楽曲の歌詞の漢字のところを,中国語の共通語「普通話」(ぷうとんふぁ)で読むと,横に書いてあるカナ読みとぜんぜん合わないようなことがちょくちょくあります。
  ひとつには上にも書いたように,日本語のカナは音表文字としては不完全なものですから,外国語の発音を適確にとらえ,表現することはもともと不可能です。また日本における伝承の中で,伝言ゲームのように間違いたり変化してしまった部分もありましょう。

  ではカナ書きを無視して,ぜんぶをいッそいま一般的な「普通話」で再現する,というのはどうでしょうか?
  そこにもまた,そういうわけにいかないという問題があります。

  ----日本にくらべると中国は広い。
  地域による言語の差異というものも,日本の方言なぞとはくらべものにならないくらい大きくて,省をまたいだら互いに通じない,くらいのことはザラにあるのですね。   清楽の曲でその来歴がしっかりと分かっている,つまりはその曲が広い中国のどのあたりで発生し,日本に伝わってきたのかが分かるものはほとんどありませんが,その担い手となった船乗りたちは,中国の南のほうの出身者が多かったので,やはりそのあたりで流行っていた歌が中心であった,と推測されます。
  南のほう,と大雑把に言っても,そこにはさらに「広東語」(かんとんご)や「閩南語」(びんなんご)があり,杭州や蘇州,上海なんかも地域的な独特の方言を持っています。

  江戸から明治のころの日本語の発音とその表記を頭に置き,さらに中国南方の方言の傾向を加味したうえで,あらためて譜本に記された平仮名・片仮名による発音を考えてみると,ああなるほど,この語は普通話の発音じゃないな,とか,当時の日本人には中国語のこの音がこういうふうに聞こえていたのか,だからこういうふうに表記したのかということが分かってくることが多いですね。

  今回はまずまず,言い訳ていどの書き連ね。
  さて,次回からいよいよ歌のお勉強です。

(つづく)


工尺譜の読み方(13)

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工尺譜を読んでみよう の巻工尺譜を読んでみよう! その13

STEP9 ご忍耐と薄情


  さて,今回の記事は……まあ読んでくれればいいです。(w)
  「弾き合わせ」もこの領域になると,もー「趣味」の範囲ですもんねえ。(^_^;)

  前回も紹介した「茉莉花(もぉりぃふはぁ)/秋風香(しうふうこう)」の弾き合わせですが,楽譜の載ってる『清楽曲譜』には,ちょっと気になる解説がついております。

   秋風香ハ茉莉花ト秋籬香ト両曲ヨリ組織シタル曲ナル故ニ,三曲伴奏スル,尤妙ナリ。


  「三曲伴奏スル,尤(モットモ)妙ナリ。」

  ----とはいうものの,三曲を二曲づつ組み合わせて演奏するのが「尤妙」なのか,三曲一度きに合奏するのが「尤妙」なのか,解釈として多少微妙なところではありますが。(笑)

  『清楽曲譜』に「秋籬香」の楽譜は載っていませんが,同じ編者の『洋峨楽譜』(明31)に幸いあることですし,まあ一丁やってみようかァ…と,試してはみたんですが,この楽譜,前の二曲とどうにもうまく合いません。


  「秋籬香」の音長の分かる資料がほかに見あたらなかったこともあり,手がかりもないのでしばらくほおっておいたんですが,最近,『音楽雑誌』の記事のなかに,梅園派の「茉莉花/秋籬香」の合奏対照譜を見つけまして。これで「茉莉花」のどこに,「秋籬香」のどの音が対応するのかのあらましが分かるようになりました。

  この『音楽雑誌』の対照譜を参考に,『清楽曲譜』の「茉莉花/秋風香」に『洋峨楽譜』の「秋籬香」を組み込んでゆくと----


  茉莉花 MIDI秋風香 MIDI秋籬香 MIDI  弾き合わせ MIDI

  こうなります。
  うむ…「三曲伴奏スル,尤妙ナリ」 かどうかは,微妙?
  あ,そうかこの「尤妙」は微妙の妙なわけね。(笑)

  なんせ3曲対照,近世譜と数字譜はご覧のとおり縦向きになりました(クリックで拡大)。
  弾き合わせの再現MIDIですが…なんか楽器の音が多すぎて,わけわからん感じですねえ----これでもかなり Panpot とかいぢってるんですがねえ(汗)。

  まあこれが(もしかすると)明治における「茉莉花」の最終進化形態,なのかもしれません。



  おつぎは「四節調(すぅきいでゃお)」「四節如意(すぅきぃるぅいぃ)」「芳月調(ほうげつちょう)」の3曲弾き合わせ。

  なんで「秋風香」とか「芳月調」は日本式読み,かと言いますと,これらは(たぶん)日本で作られた曲だからなんですねえ。
  「四節調」はまえに紹介した「四季曲」とか,「四季」と呼ばれている曲の一種。ほかにも「四節串」とか「四季相思」「到春来」など,この類の曲はヴァリエーションがとても数多くあります。


  四季如意 MIDI花月調 MIDI  弾き合わせ MIDI

  『音楽雑誌』の43/44号に「四季如意」と「花月調」の弾き合わせ対照譜が載っています。
  「四季如意」と「四節如意」は同じ曲,また「花月調」の別名が「芳月調」---『清楽曲譜』では「芳月調」ですが,同じ曲譜が『洋峨楽譜』では「花月調」として載っているんですね。
  そしてさらなる一曲「四節調」の解説に,これまたこんなことが書かれているのです----

   四節調モ秋風香ト同ジク四季如意・花月・四節ト三曲伴奏妙ナリ。

  また「妙」ですか。
  コレ,「たえ」じゃなくて,「ヘン」の意味の「みょう」なんじゃないでしょうねえ。(笑)

  今回は『音楽雑誌』の対照譜をもとに「四節如意」と「芳月調」の擦り合わせを改めて行い,そのうえで「四節調」を合わせてみました。これも以前にやった復元では「四節如意」と「芳月調」までは合ったものの,「四節調」を合わせると途中で破綻してしまっていたんですね,新資料のおかげです。


  四節如意 MIDI芳月調 MIDI四節調 MIDI  弾き合わせ MIDI

  当初,タイトルの短さから「四節調(黒文字)」を「本曲」と考えたんですが,こうして対照譜を組んで見ると,2段目の「四節如意(青文字)」のほうが譜がずっとシンプル。「四節調」は言っちゃえば「四節如意」の手数を少し増やしただけのバージョンです。
  『音楽雑誌』の記事でも「花月調」のオモテとされているのは「四季如意」----おそらく,この3曲のなかでは,「四節如意」が「本曲」なのでしょうね。


  しかしこういうことも,実際に譜を組んでみないと…それぞれの譜を平面的にながめてるだけだと,まったく分からないものですねえ。

  なお「芳月調(ピンク色)」4行目と10行目にある「合(数字譜だと5)」の連弾は,『音楽雑誌』では「掛撥で」と付言されています。律儀に符の数だけ弾くのではなく,フレーズの長さのぶん,トレモロでルルルラァ……と弾いちゃってください。

(つづく)


工尺譜の読み方(12)

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工尺譜を読んでみよう の巻工尺譜を読んでみよう! その12

STEP8 苦因茉莉号襲撃!


  さて,このへんから突然読まれた方などは,前の記事読んでないから分からないかもしれないので,ここらにうpされてる楽譜の,数字譜のお約束事をもう一度。

1) 月琴・胡琴・二胡の方は,数字譜の 「1」 より低い,数字の下に点のついた 「5・6・7」 は,点のない 「5・6・7」 として弾くこと。

2) 明笛・阮咸・弦子などの方は下に点のついた 「5・6・7」 はそのまま,逆に,下に点のついた 「5・6・7」 にはさまれている,上に点のついた高音は,すべて1オクターブ下げて演奏してください。





  茉莉花 MIDI茉莉花裏 MIDI  弾き合わせ MIDI

  「弾き合わせ(伴奏)」という合奏行為は,連山派・梅園派(大坂派)の記録にはよく出てくるのですが,渓派や長崎派など,ほかの流派でも同じようなことをやっていたかどうかについては,確たる証拠がありません。しかし,すでに紹介したように,渓派(東京派)の基本楽譜『清風雅譜』にある「厦門流水」と「如意串」は,そのまま無加工でオモテ/ウラとして合奏できますし,同じ派に属する山本有所の『清風雅調』(明24 上画像)などに「茉莉花裏」という譜も見えますから,当初はあまりやっていなかったととしても,他流の影響でやるようにはなっていたかもしれませんね。
  渓派に関しては写本や楽譜の書き入れなどから見て,明笛や二胡や唐琵琶,それぞれの楽器に合わせたアレンジがあったようですが,そのアレンジ自体にはあまり統一性はなく,梅園派の「伴奏曲」のように,固定された別個の曲として派生・成立する,ということはあまりなかったようです。

  というわけで,本日も合奏譜をいくつかうpりましょう。
  まずはSOS団内でも人気の高い「紗窓(さぁつぉん)」と「露月(ろげつ)」の合奏。


  紗窓 MIDI露月 MIDI  弾き合わせ MIDI


  「露月」が美しいです。
  これは梅園派の 「弄月(ろうげつ) というのを洗練した曲だと思われますが,単独で弾いても趣きのあるいい曲だと思いますよ。もちろん「紗窓」とうまくからんだ時には,えもいわれぬ快感があります。

  「弾き合わせ」ではたいていの場合,「伴奏曲」のほうが手数が多い分むずかしいのですが,この2曲の場合は「紗窓」の前半部で極端に音数が少ないため,かなり間に気をつけてないと,つい先に進んじゃって,本曲のほうが崩れてしまうことがママあります。

  月琴はそんなにサスティンが効く楽器じゃないので,長音で間を保つのがあんがい大変なのですが(汗),長く伸ばすところは 「イチ・ニ・サン・シ」 と拍を数えながら,ちゃんと間をとって演奏しましょう。



  おつぎは「平板調(ぴんぱんでゃお)」と「平板串(ぴんぱんかん)」。


  平板調 MIDI平板串 MIDI  弾き合わせ MIDI


  『音楽雑誌』に載った梅園派の対照譜では 「寒松吟(かんしょうぎん) という曲が合わされていますが,この『清楽曲譜』では「平板串」がウラとなっています。「寒松吟」と「平板串」は,出だしの部分は似てはいるものの,全体にフレーズがかなり異なるので,同じ曲,もしくはどちらからか派生した曲,というようなわけではないようです。

  「寒松吟」のほうは類例譜が少ないんですが,「平板串」は渓派中興の師・渓蓮斎富田寛の『清風柱礎』にも曲目として見えますので,この弾き合わせは渓派でもやっていたかもしれません。

  「平板調」は軽快に弾くと陽気な感じのする曲なので,庵主,よく弾いてますが,正直言いまして,この弾き合わせあんまりやったことがないですねえ。(w)



  さて,最後です。
  清楽曲中もっとも有名な「九連環(きうれんかん)」,合わせるのは「九子連環(きうしれんかん)」です。


  九連環 MIDI九子連環 MIDI  弾き合わせ MIDI

  ちょっと弾いていただければ分かるとは思うのですが。
  この「九子連環」という曲は,言っちゃえば「九連環」の高音バージョンです。
  「九連環」よりも8小節ばかり長いのですが,この部分を間奏と考えて合奏譜を組むと,本体部分はほとんど「オモテ/ウラ」のように合致します。

  じつはこの2曲には「オモテ/ウラ」である,というような解説や証拠はなく,庵主もはじめは曲名や曲調の類似から,なかば悪戯で組み合わせてみたのですが,ここまで合っちゃうというのは,やはり「九子連環」というのは単なる高音バージョンではなく,「九連環」の伴奏曲として作られたものなのじゃないかと考えます。

  まあ,面白いですのでいちど試してみてください。
  というあたりで,今回はここまで---

(つづく)


工尺譜の読み方(11)

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工尺譜を読んでみよう の巻工尺譜を読んでみよう! その11

STEP7 茉莉子さんの壁


  さて,ではイッキにハードルをあげてイキましょうかァ!

  ---いやいや,だいじょうぶ!…だいじょうぶだからァ!
  ま,読むだけ…せめて読むだけ読んでくださいぃっ!!

  一部の本などでは,清楽の演奏は「単純なユニゾン」,つまりどの楽器も同じ曲を同じ音で弾き合わせる,そんな音楽だ----というように書かれているのですが,明治のころの資料をちゃんと見ますと,いくつかの曲は 「ウラ」 と呼ばれる伴奏のメロディを持っており,二曲を同時に演奏してアンサンブルったことになっております。
  西洋音楽と違うのは,それぞれの「ウラ」が単に「本曲」の一部としてではなく,基本的には本曲から派生・独立した別個の曲として扱われている,というとこでしょうか。

  「ウラ/オモテ」の演奏ですから,月琴にしろ二胡にしろ,一台で同時に弾く,ってのはまあムリなわけですが。
  サイワイにもわがDBでは,それぞれのオモテの曲もウラの曲も,MIDIで再現したものがあります。
  ですので,おひとりさま独習派の方々も,いつかなれる音楽リア充への予行演習として,それらMIDIの演奏に合わせて練習してみてください。
  それでもサミシイその時は,大川端のSOS団までいらっしゃい。(w うちは別に未○人や宇○人や○能力者でなくていいです,いやできれば,もッとフツーの…ああっ!窓が!窓に!



  ではまず1曲目は「厦門流水(かもんりうすい)」と「如意串(るぅいーかん)」。
  それぞれ独立した曲としても弾かれますがこの二曲,同時に弾くと見事なウラ/オモテをなします。


  厦門流水 MIDI如意串 MIDI  弾き合わせ MIDI

  これに関してはとくに注意事項なし。
  拍さえはずさなければ,比較的合わせるのはカンタンです。
  ただ,伴奏曲(ウラ)はみんなそうなんですが,この組み合わせでも「如意串」のほうが手数が多いので,弾くのが若干むずかしいですね。うちのSOS団では,ジャンケンで負けたほうが「如意串」係になったりもします。(w)

  とはいえこの2曲,どちらも清楽曲としては基礎的な曲。
  「ハジメテの合せ弾き」には最適の組み合わせですんで,どちらの係になっても,ふつうに弾きこなせるよう,修練しておくべし。



  さて2曲目は「茉莉花(もりぃふはぁ)」と「秋風香(しうふうこう)」。


  茉莉花 MIDI(弾き合せ時に一部変更アリ)秋風香 MIDI 弾き合せ MIDI

  曲譜はいつもの『清風雅譜』ではなく沖野勝芳の『清楽曲譜』(明治26年)を使います。
  ( 『清楽曲譜』 復元曲一覧 は こちら )

  『清楽曲譜』は国会図書館のデジタル資料で一般公開されています。
  全体をご覧になりたい方はそちらからDLしてください。

  『清楽曲譜』の編者・沖野勝芳は石川県の人。邦楽革新の活動家の一人として『音楽雑誌』などにも良く名前が出てきます。
  清楽演奏家としての流派は,おそらく梅園派---大阪の連山派の分派で,東京に拠を構えた長原梅園平井連山の妹)を中心とするグループで,関東においても渓派と匹敵するくらい大きな勢力があり,ときにはこちらが連山の「大坂派」に対する意味で「東京派」と呼ばれてもいました。梅園の息子の長原春田が「音楽取調掛」というお上の機関で,それこそ西洋音楽に対する「日本音楽の改造」に関わっていたこともあり,ほかの流派にくらべると,近世譜や数字譜の使用といった新しいこころみにも比較的寛容であったようです。

  この『清楽曲譜』もご覧のとおり近世譜で組まれており,縦書きになってるところをのぞけば,庵主なんかはほぼそのままで,ふつうの楽譜と同じように読めちゃいます----というか庵主のバヤイ,五線譜だとかえって読めんなあ。
  演奏上の注意点は,以下の通り---

  1)『清楽曲譜』の「茉莉花」は,前に弾いた渓派の「茉莉花」とは,若干メロディが異なります。

  2)原譜のままだと「茉莉花」のほうが1小節多いので,途中から合わなくなります。

  それぞれを単独の曲として弾く場合には問題ありませんが,弾き合わせのときだけ,原譜に書き込んである指示に従ってください。ちなみに,楽譜画像の2枚目にある近世譜と数字譜では,どちらもその「弾き合せる場合」の譜面として,すでに修整済みで組んであります。

  ----むかし,これの弾き合せがはじめて成功したときは,ほんとすンごく嬉しかったですねえ。

  オモテの「茉莉花」は普段からよく弾いてる曲ですが,ウラの「秋風香」,これがまた,単独で弾いてもキレイな曲なんですよ。
  渓派の譜本にも「茉莉花裏」と題した曲があり,梅園派で主にウラとして使われていた「秋籬香」という類似の曲例もあるのですが,どちらもただ手数が多いっていう感じの曲で,これらと比較すると,この『清楽曲譜』の「秋風香」は,伴奏曲としても単独の曲としても,より音楽的に洗練されている感じがします。


  といったところで今回はおしまい。
  なんせ2つで,つごう4曲覚えることになるわけですからね。
  まあ,ゆっくりやつてくんな。

(つづく)